エンジェルの出現は、ロウや
劾らの宙域だけではない……別の場所でもエンジェルが出現し、跋扈していた。
特に、スサノオ周辺宙域にお
いても十数機確認できた……突如として出現したエンジェルに護衛に就くアストレイ部隊は混乱し…次の瞬間には、展開したドラグーンによって数機が撃ち抜か
れ、破壊される。
迫るエンジェルに向かって突
撃銃を乱射する青と赤の入り混じった装甲を持つジン。
「くっそぉぉぉぉっ!」
スサノオの護衛に回ったイラ
イジャは悪態をつくように攻撃するも、エンジェルは悠々とかわし、バイザーセンサーがジンの動きを分析し、右手のランチャーを発射し、イライジャは咄嗟に
機体を捻るも……その一射に左脚部を撃ち抜かれ、爆発する。
「うあぁっ!」
呻き声を上げてバランスを崩
すジンにエンジェルが迫る……イライジャの顔が絶望に染まるも、ジャンのM2が援護に回る。
振り下ろされる双斧刀をシー
ルドで受け止め…表面が融解し、押されるも……フリーになったイライジャのジンがその背後から突撃銃を至近距離で放ち、頭部を撃ち抜き、エンジェルが態勢
を崩す。
その隙を逃さず、追い討ちを
かけるようにビームライフルを放ち、エンジェルを破壊する。
「ぜぇぜぇ……」
「…無事か?」
「ああ、あんたか…なんとか
な」
息切れを起こすイライジャに
同じように息を微かに乱すジャンが問い掛けると、上擦った声で応じる。
「なんなんだよ、こいつ
ら!?」
「連中のものだ…油断する
な……」
あまりに予想以上の能力にイ
ライジャは思わず怒鳴る……この強さ…劾並みだ……半ば冗談ではないと思いたいが……そう言っても敵が消えるわけではない。
ジャンのM2がその場を離
れ、エンジェルの破壊に向かい、イライジャのジンは半ばヤケクソになって攻撃に向かった。
その頃……エンジェルの攻撃
が激しさを増すなかへ帰還してきたアサギ達……だが、激しい砲火が飛び交う戦場に息を呑む。
「これじゃ、辿り着けない
よ……」
こんな状況ではスサノオに迂
闊に近づけない……だが、このままここに留まるのも危険だ。
「いくしか…ないよね……そ
れでも」
そう……もうバッテリーも残
り僅か…しかも、半壊した機体ではいつ墜とされるか解かったものではない……このままここに留まっていても死ぬだけなら、多少無茶でもなんでもこの宙域を
突っ切ってスサノオに帰還した方がまだ望みはある。
「よっし! いくよっ!!」
「うん!」
「ここで死んだらシャレにな
んないしねっ!」
それぞれ空元気で応じなが
ら……アサギのM1Aを抱え…マユラとジュリのM1Aはスラスターを噴かし、機体をフルブーストさせた。戦闘空域を急加速で突っ切りながら……一路、スサ
ノオを目指す。
だが、共にダメージの大きい
機体は既に限界に達し、スラスターが悲鳴を上げかけている。それでも、止まるわけにはいかない……ひたすら真っ直ぐ突き進み…やがて、スサノオが視界に入
る。
後少し…と、彼女らが安堵
し……微かに気を抜いた瞬間……・・・ロックオンのアラートが響いた。
息を呑む彼女達の前……進路
を塞ぐように立ち塞がるエンジェル…エンジェルが、真紅のバイザーを光らせ、ランチャーを構える。
今からでは回避も間に合わな
い……ランチャーにエネルギーが集束していくのが、凄く遅く感じる……ここで終わり………彼女達の脳裏に走馬灯のように今まで光景が過ぎる…そして、トリ
ガーが引かれようとした瞬間……矢のように向かってきたビームサーベルがエンジェルの右腕に突き刺さり、右腕が爆発する。
「「「えっ?」」」
その光景に呆然となる……エ
ンジェルが攻撃を加えられた方角を見やると…そこにはグランのM2…エンジェルは目標をM2にセットするも……そこへ割り込む機影………
「ほぉぉぉっっ」
拳を頭部に叩き込まれ、バイ
ザーが砕け散る……それだけに留まらず、ボディに蹴りを叩き込み、弾き飛ばされるエンジェル…そのエンジェルにビームライフルを構え、発射するM2…ビー
ムがエンジェルを撃ち抜き、エンジェルが爆発に消える。
閃光に唖然と見詰めていた彼
女達の眼には、M2とM1A……そして、M2がこちらに振り向き、通信を送ってくる。
「無事か?」
「ハ、ハーテッド隊長…助か
りましたぁぁ」
その声に安堵したのか…大き
く息を吐き出す……正直、今のは流石に生きた心地がしなかった……下手をしたら、自分達はここで撃ち落とされていたのだから……
「お前達も派手にやられた
な…バリー、お前はこいつらを連れてスサノオに戻れ。お前の機体も結構損傷が大きいはずだ」
そう指摘され、バリーも表情
を顰める。
確かに、ストライククラッ
シャーとの戦いで左腕が欠損し、今の攻撃で駆動系統にもダメージが及び、これ以上はスムーズな動きは難しい。
無言で渋々応じると、グラン
は満足したように笑みを浮かべ、M2は背を向ける。
「え? 二佐はどうするんで
すか?」
「私はまだやれる…指揮官が
まだ離れるわけにはいかんからな」
「そんな! 無茶ですよ!
その状態で!」
グランの言葉は驚愕させるに
は充分であった……グランのM2もダメージが大きい…こんな状態で満足に戦えるはずもない。だが、グランは鼻を鳴らす。
「ひよっこに心配してもらう
ほど、俺はロートルになってはおらん…それに、まだくたばるつもりはないさ……お前らのようなひよっこを残してはな」
「でも……」
苦笑めいた物言いだが…アサ
ギ達はまだ言い募ろうとするが、ピシャリと遮られる。
「これは命令だ! いい
な!」
有無を言わせずにそう告げる
と、グランのM2は加速し、前線に向かっていく……その背中を、アサギ達は不安な面持ちで見送った………その不安を紛らわせるために、早く艦に帰還し、す
ぐさま出られるようにしようと気を取り直し、一路…カタパルトハッチを開き、受け入れ態勢を取るスサノオに向かっていった。
エンジェルの猛攻に苦戦する
M1隊……その渦中へと飛び込んでいくM2は、ビームサーベルを振り上げながら、エンジェルに突撃し、機体を斬り裂く。
「おおおおっっ!」
猛々しく吼え、ビームサーベ
ルを振り回すM2はまるで戦場武者のごとく暴れ回るも、そのような猪突猛進の攻撃がいつまでも通じない。
ただでさえ、ダメージが大き
いM2には機体動作も無駄が多く、また反応も遅れ、徐々に押され始める。
双斧刀を薙ぐエンジェルを
ビームサーベルで受け止めるも、ドラグーンが脚部を撃ち抜く。
「ぬぅっ!」
態勢を崩した瞬間、双斧刀が
フリーになり…M2に向けて振り下ろされる。
反射的に操縦桿を引き、機体
を引き上げるも…ビーム刃が装甲を掠め……その傷がショートし、先程のダガーとの攻防でダメージを負っていた機器が誘発され、機体が爆発した。
「がぁぁっ!」
コックピットに届く爆発……
計器類が弾け飛び、グランの身体に破片が突き刺さり、血が噴出す。相当の深手だ…出血も激しい……
その光景をスサノオのブリッ
ジで確認したキサカらは驚愕し、すぐさまM2に通信を繋いだ。
《二佐! それ以上は無理
だ! 早く帰還を!》
苦悶を浮かべるグランに届く
キサカの切羽詰った声……だが、それに対しグランは苦い笑みを浮かべる。
「フ…フフフ……キサカ一
佐…どうやら、私もロートルだったようだ………」
《二佐、何を言っている?》
意図の掴めない言葉に戸惑う
も、その声があまりに苦しげであることから、焦りは増す。だが、グランは苦笑を浮かべたまま、内心に毒づく……自分の乗っている機体のダメージも把握でき
ていないとは……これでは、パイロットとしては失格だ。
「どの道、私はもう助から
ん…相当傷が深い……それに、機体の方もな」
傷跡から滴る出血量から見て
も、もう手遅れなのは明白……それに、機体もいつ爆発してもおかしくない……帰還して、スサノオを巻き込むわけにもいかない。
《諦めるな、二佐! すぐ誰
かを…!》
「必要ない!」
だが、なおも助けを出そうと
するキサカを遮るように怒鳴り、その迫力にキサカは口を噤む。
「ぐっ…はぁ、はぁ……ジャ
ン、聞こえているか?」
《…聞こえている、ハーテッ
ド二佐》
もはや霞む視界に遠くなる
耳……聞こえてきたジャンの声にグランは告げた。
「今から…ぐっ……指揮はお
前が執れ! 後を…頼むぞ」
静かに告げる言葉にジャンは
驚愕するも……やがて、表情を俯かせ…無言で応じた。
その態度にグランは笑みを浮
かべ…ヘルメットを脱ぎ捨て、操縦桿を握り締める。
「キサカ一佐……後をお任せ
します。カガリ様やロンド様にお伝えください……オーブを…頼むと……私のような者を今日まで置いてくださったことを…感謝すると……御免!」
刹那…グランのM2はスラス
ターとバーニアを全開で噴かし、急加速する。
《二佐、応答…っ》
なおも聞こえてくるキサカの
声をカットするように通信機を切る…これ以上は余計なことだと……グランの眼には、立ち塞がるエンジェル達……急接近するM2にエンジェルのドラグーンが
一斉に放たれ、ビームが頭部、ボディを撃ち抜き、破壊していく……だが、M2は止まらない………爆発するコックピット内で、グランは眼を閉じる。
「今……お前達のもとへいく
ぞ………」
脳裏を掠める女性と少女の光
景……逝った妻と娘の顔が過ぎり、グランはどこか安らいだような笑みを一瞬浮かべ…眼を見開いた瞬間、スロットルを全開にし、エンジェルの一機に掴み掛か
り、残った右腕でしっかりと掴み…そのまま加速し、エンジェルの固まっている箇所へと向かっていく。
「オーブに…世界に………未来あれぇぇぇぇぇっ!!」
その咆哮とともに………M2
が光を放ち…次の瞬間……多数のエンジェルとともに…M2は閃光に包まれた………
巨大な閃光に…キサカ達…そ
して、スサノオの着艦に入ろうとしていたアサギらやバリー………多くの者達が呆然とその光景を見送った……
そして…起こる絶叫と悲痛な
叫び……ある者は泣き…ある者は己の不甲斐なさを呪い…ある者は静かに葬る………
勇敢に戦い…散った戦士への
哀悼を込めて…………
――――C.E.71.10.2 19:27……
――――MBF−M2−01
撃墜………
――――オーブ軍二佐・グラ
ン=ハーテッド殉職…………
オーディーン以下、クサナギ
とイズモは連携してヘカトンケイル、数隻の艦隊と激しい砲火を交わしていた。
クサナギとイズモのローエン
グリンが起動し、陽電子砲が放たれ、ナスカ級を撃ち抜き、轟沈させる。そして、それに続くようにオーディーンの艦首ノズルが開放し、内部から砲口がせり上
がる。
「目標、敵空母! タンホイ
ザー、撃てぇぇぇぇっ!」
砲口にエネルギーが集束
し……解き放たれる奔流………真っ直ぐに伸び、ヘカトンケイルに向かうも、ヘカトンケイル前方に立ち塞がる十機のバルファスがフィールドを幾重にも重ね、
強固な盾となって陽電子を受け止める。
巨大な熱量に数機のバルファ
スが過負荷に耐え切れず、爆発するも……タンホイザーのエネルギーを受け止め切り、周囲に拡散させた。
「タンホイザーのエネル
ギー、消滅!」
「敵空母へのダメージは
0!」
その報告に苦々しく歯噛み
し、拳をアームレストに叩きつける。
追い討ちをかけるように艦内
にアラートが鳴り響く。
「敵空母よりミサイル確認!
数およそ100!」
次の瞬間、ヘカトンケイルの
船体の至るところから発射されるミサイルの嵐……白い弧を描きながら向かってくる百発近いミサイルが、オーディーンとクサナギ、イズモに襲い掛かる。
「対空!!」
オーディーンのCIWS、そ
してビーム砲台が起動し、襲い掛かるミサイルを撃ち落としていき、周囲は爆発と閃光に包まれる。
クサナギとイズモも対空砲で
迎撃し、砲台の少なさは周囲のMSが行なうも、やはり全てを叩き落せず、何発かが弾幕を抜けてきた。
抜かれたのはイズモ……一発
が甲板のゴッドフリートに着弾し、上部ゴッドフリートが吹き飛び、その場にいたソードカラミティも巻き込まれ、被弾する。振動に揺さぶられるイズモ……一
発が抜ければ、後が抜けるのは容易だ。
緩んだ弾幕の間隙を縫い、さ
らに突破してきたミサイルがイズモの側部、そして後部エンジンブロックに着弾し、艦内にも爆発が轟き、クルー達が炎に呑まれ、負傷する。
ミサイルを迎撃していたMS
隊の指揮を執るゴールドフレーム天のコックピットで、ミナは舌打ちする。
「イズモへ…もはや貴艦に戦
闘続行は不可能だ。すぐに後退しろ!」
《し、しかし……》
言い募ろうとした艦長にミナ
は冷たく睨む。
「命令だ……それ以上は足手
纏いにしかならん。ただちに後退せよ!」
辛辣な物言いであるが……こ
れ以上の奮戦でクルー達を危険に晒すわけにはいかない…ミナのその意図を察し、艦長は断腸の思いで項垂れる。
《了解…しました……》
無念の思いで頷き…イズモは
後部エンジンの片方と前方の上部ブレードユニットをパージし、切り離されたエンジンブロックが爆発し、それに紛れて後退していく。
「第12小隊はイズモ後退を
援護せよ! 残りは私とともにクサナギに回る!」
護衛にM1小隊を回し、残存
の部隊を率いてクサナギの護衛に回る。クサナギまで後退させるわけにはいかない。
立ちはだかるデュエルダガー
やゲイツをトリケロス改で撃ち抜き、トツカノツルギで機体を串刺しにする。
イズモの後退はオーディーン
からも確認できた。
「イズモ、後退します!」
ダイテツの表情がますます苦
くなる……ここでイズモが抜けるのは痛い……だが、容赦なく降り注ぐミサイルの迎撃でオーディーンも手一杯だ。
「クサナギは!?」
「オーブ軍が援護に回ってい
ます! なんとか持ち堪えているようですが……」
クサナギも、このままでは時
間の問題になる……その時、オペレーターの一人が声を上げた。
「艦長! 敵空母正面に高エ
ネルギー反応!」
弾かれたようにモニターのヘ
カトンケイルを見やると……前方のハッチが開放され、巨大な砲口が姿を見せていた。
その砲口に集束するエネル
ギーの粒子……反射的にダイテツは叫んだ。
「クサナギに回避を急がせ
ろっ! 本艦も機関最大、回避ぃぃぃぃっ!!」
半ば反射的にその指示を実行
するクルー達…刹那、ヘカトンケイルより巨大な閃光が迸った。
2条の蒼白い閃光がオー
ディーンとクサナギに襲い掛かる……オーディーンは緊急離脱してかわすも、船体底部を掠め、その余波により微かな爆発に襲われ、振動がブリッジを揺さぶ
る。クサナギもトダカの素早い反応により、絶妙のタイミングで射線を外すも…周囲にいたMSが数機、呑み込まれて消えていく……クサナギも左エンジンブ
ロックに余波が飛び火し、エンジンで爆発が起こる。
「ぐっ! 被害状況!?」
「第2エンジン、被弾! 火
災発生!!」
「消化間に合いません!」
第2エンジンルームで火災が
発生し、幾人かが負傷した…それだけに留まらず、エンジンの消化よりも火の回りが速い。
「第2エンジンを切り離す!
総員ただちに本体ブロックに移動させろ!」
エンジンルームにいたクルー
達が急ぎで脱出し、本体ブロックに避難が完了すると同時に隔壁が閉じられ、エンジンブロックがパージされ…後方に流れた数分後…炎がエンジンを呑み込み、
巨大な爆発が起こり、クサナギの船体を揺さぶる。
「第2エンジン、消滅! 出
力67%にまで低下!」
「航行に異常あり!」
傾くクサナギにトダカが歯噛
みする。
「トダカ一佐、クサナギの状
態は!?」
間髪入れず入電したオー
ディーンからの問い掛けに、トダカは表情を顰める。
「エンジンが消失…艦の能力
も既に60%近くにまでダウンしています。回避運動を取るのももはや困難です」
エンジン片方の消失により、
クサナギは航行するのもやっとの状態……もはや、これではいい的だ。この次、攻撃を受けたら一溜まりもない。
その言葉に……ダイテツは歯
噛みし…そして……なにかを思案するように逡巡し…眉を顰めるも……そこへさらなる報告が響いてきた。
「艦長! 敵空母に第二射の
兆候!!」
弾かれたように見やると…ヘ
カトンケイルの2門の砲口から煙のようなものが噴出し、冷却を行なっている。そして、第二射のためのエネルギー充電が開始されている。
今一度アレが放たれれば……
クサナギは間違いなく沈む…その光景がすぐさま脳裏にシミュレートされ……ダイテツはやがて、意を決したように顔を上げた。
「総員、ただちに退艦せよ」
低い声で放たれた内容に…ク
ルー達は一瞬、聞き間違いかと思って静まり返る。
「二度は言わん……全クルー
に退艦を通達! オーディーンを放棄せよ!」
そして…今度こそ、息を呑む
音が響いた。
「何故です!? オーディー
ンはまだいけますっ」
「そうですっ、艦長!」
クルー達は混乱する……オー
ディーンも無傷とはいわないが、それでも放棄する程のダメージは受けていない。だからこそ、ダイテツの言葉が信じられなかった。
だが、有無を言わせぬ眼で睨
まれ…クルー達は萎縮する。
「急げっ! 総員ただちの救
命ランチにてオーディーンより脱出せよ!」
殺気すら感じる視線に晒さ
れ…クルー達は戸惑いながら、シートを立ち…ブリッジを後ろ髪引かれる思いで退出していく。
ダイテツは手元の通信機を取
り、艦内への再度放送を促した。
意図が掴めない指示に困惑し
ながらも、クルー達はすぐさま艦内を走り、ランチへと搭乗していく。そして、開放されたハッチからランチが数隻発艦していく。
それを確認しながら、ダイテ
ツは格納庫のクルーと通信を交わしていた。
「残り何隻だ?」
《あと一隻です…艦長もお急
ぎを!》
「いや……わしは構わん」
切羽詰った表情で促す整備士
に向かって静かに呟く…だが、その内容に呟かれた整備士は絶句する。
《何を仰っているんです
か!? ランチはもうあと一隻しかないんですよ! 艦長はどうされるのです!?》
「わしのことよりもお前達の
ことだ…お前も急げ、グズグズするな!」
《艦長、まさか…艦
長……っ》
ダイテツの意図を察した整備
士が必死に言い募ろうとしたが、これ以上は時間が惜しい…通信を切り、格納庫周りの隔壁を完全に閉鎖し、ブリッジへと続く道をシャットアウトした。そして
それから十数分後……最後のランチが飛び立つのを見送ると、ダイテツは笑みを浮かべてクサナギへと通信を繋ぐ。
「トダカ一佐、聞こえる
か?」
「ダイテツ艦長、どうされた
のです? 急に艦を放棄するなど…それに、何故貴方がそこに残っているのです?」
既にトダカは薄々ながら察し
ていたのかもしれない…ダイテツが取ろうとしている行動を…だが、あまりに無謀な行動であるために否定していたのかもしれない。
「艦長が艦を見捨てるわけに
はいくまい……部下達を頼むぞ」
静かに呟き、ダイテツは手前
の操舵シートへと移動し、シートに着くと同時に操縦桿を握り締める。
「ダイテツ艦長! 貴方
は……!?」
ようやくダイテツの意図を確
信し、トダカは上擦った声を上げる。
「ラミアス艦長やハルバート
ンらに伝えてほしい……わしの子…わしの子供達を託すとな………」
穏やかな笑みを一瞬浮かべた
後、通信を完全に切り……静寂が戻ったブリッジで、ダイテツは一瞬瞑目する。
ここに来るまでに辿ってきた
軌跡が……彼の脳裏を掠める…………そして、その眼を開いた時には…決意が込められていた。
操縦桿を握り締め…大きく引
く。それに連動し、オーディーンのエンジンが火を噴き……オーディーンは加速する。
オーディーンの加速とヘカト
ンケイルのあの巨体を考えれば、回避するのは不可能であろう……コンソールを操作し、全エネルギーを艦首のタンホイザー及び対艦用のビームラムに回す。元
々、このビームラムも高速性に優れ、奇襲を前提とするオーディーンに備えられたが、如何せん実用度が低かった。だが、それがここにきて役に立つ。
苦笑を微かに浮かべ、データ
をセットし終えるとともにオーディーンの接近に気づいたMS隊がオーディーンを墜とそうと向かってくる。
105ダガーやゲイツ、バル
ファスがビームを放ち、オーディーンの船体を貫いていく。
対空砲やビーム砲で迎撃する
も、それらが撃ち抜かれて破壊されていく。艦内へと貫通する爆発……エンジンが吹き飛び、格納庫が炎に包まれる。集中砲火の衝撃にブリッジは凄まじい振動
に襲われ、ダイテツは歯噛みする。
「まだだっ…まだ沈むなよ、
オーディーン!!」
狼のごとく吼えるように…ダ
イテツの気迫に呼応するようにオーディーンも既にエンジンが半壊しているというのに加速がなおも上昇していく。
やがて、モニターにタンホイ
ザーの射程が捉えられた…ダイテツはニヤリとすると、スイッチを押す。艦首砲口に集束するエネルギー…臨界を超えたエネルギーが解き放たれる。陽電子の渦
が立ち塞がっているMSを消滅させながら、ヘカトンケイルに向かう…だが、先程と同じくバルファス群が立ち塞がり、フィールドを重ねて防御する……突き刺
さるエネルギー……その衝撃に推されながらも堪えるバルファス……だが、先程とは短い射程のために破壊力が集束され、さらに数が減少したバルファスも
フィールドの濃度が薄くなり…エネルギーが僅かに貫通し、バルファスの大半を呑み込み、後方のヘカトンケイル甲板上部を過ぎる。
過ぎったエネルギーの奔流
に、上部装甲が剥がれ、甲板のザウートを蒸発させていく。
その光景にダイテツは最期の
賭けに出る。
刹那、艦首のタンホイザーが
ビームに撃ち抜かれ…爆発する……一際大きな衝撃が艦を揺さぶる。
「ぬおおおっっ! くっ、ま
だだ…まだ終わらんよ!」
怯むことなく、コンソールを
叩き、全エネルギーバイパスを艦首へと回す……艦首の先端が起動し、左右に拡がる発生装置が展開され、先端に巨大なビームの刃が展開される。
艦首にビーム刃を構え、加速
するオーディーン……意図を察したMS隊がオーディーンを墜とそうと集中砲火を浴びせてくる。艦橋に着弾するビームにより、ブリッジにも爆発が起こり、そ
の余波がダイテツを襲う。
制帽を吹き飛ばされ、額から
は血が流れる……左眼が鮮血によって遮られ、視界が霞むも…その残った右眼にはハッキリとヘカトンケイルが映る。
「我が子供達よ……未来を頼
むぞ…………年寄りの出番は、ここまでだ」
苦笑を浮かべ、肩を竦めると
パイプを取り出し…最期の一服を取る………もはや未練はない…ただ……子供達のつくる未来を見届けられないが唯一の心残りだが………笑みを噛み殺すダイテ
ツ…刹那、ブリッジ前方に白い影が現われる。
真紅のバイザーを鈍く光らせ
るエンジェルがブリッジを覗き込んだ瞬間…ダイテツは不適な笑みを浮かべ、手元のボタンを押した。
「ゆけっ、オーディーン!」
次の瞬間…ブリッジは閃光に
包まれ……爆発した……その爆発に巻き込まれ、エンジェルが吹き飛ばされる。閃光のなかに……ダイテツの制帽が掻き消えていった………
―――――レイナ……お前は
知っている………闇と……優しさを………
―――――忘れるな……レイ
ナ……お前は一人の人間だということを…………忘れるな………
もはやブリッジを破壊され、
船体もボロボロだというのに……オーディーンは沈まない……ますます加速し、先端のビームラムがヘカトンケイルに狙いを定める。
ヘカトンケイルもオーディー
ンをこれ以上近づけさせまいとビーム砲を連射する。幾条もの火線が走り、オーディーンに集中砲火が浴びせられる。
船体を抉りながらも、オー
ディーンの進行は止まらない……まるで、狼のごとく吼えるようにオーディーンはヘカトンケイル前部の陽電子砲発射口にビームラムを突撃させた。
砲口に突き刺さるビームの光
条……集束していた陽電子が迸り、ヘカトンケイルを侵食していく。
それに連動するように、オー
ディーンのエンジンが遂に臨界を超えて爆発した……爆発に呑み込まれていくオーディーン……そして、その爆発はヘカトンケイルをも呑み込み……2隻の艦は
巨大な閃光のなかに掻き消えていった………
凄まじい爆発と閃光が周囲を
震撼させる……その余波により、クサナギもまた船体を大きく揺さぶられる。
「総員! 対ショック姿
勢!!」
トダカの怒号にクルー達はな
んとかシートにしがみ付き、揺さぶられる振動に耐える……それがやがて収まり……顔を上げると………爆心地には…ただ残骸が残るのみ………
「オ、オーディーン…敵空
母……ともに……シグナル、ロストしました………」
女性オペレーターがどこか嗚
咽を漏らすように報告すると…クルー達もまた沈痛な面持ちを浮かべる。
トダカもまた表情を歪めてい
たが、すぐさま表情を引き締めて口を開く。
「オーディーンからの脱出ラ
ンチの収容急げ! MS隊は護衛に回せ! いいな、決して一機も墜とさせるなっ!」
その鬼気迫るような言葉
に……クルー達は渇が入ったように表情を上げ、素早く実行していく。
ここでランチを一機でも墜と
されては、それこそダイテツに対してどう申し開きしていいか解からない…それがクルー達の心情であった。
トダカは今一度、モニターに
映る爆心地に眼を向け……静かに敬礼する…………オーディーンから脱出したランチ、及びその光景を見ていたミナもまた……勇敢に散っていった戦士に対して
の哀悼の意を………
――――C.E.71.10.2 19:41……
――――エターナル級高速
艦:オーディーン…ザフト軍空母ヘカトンケイルとともに轟沈…………
――――オーディーン艦長・
ダイテツ=ライガ殉職………
ルン達の包囲網を突破し……
ただ一機のみでユニウスセブンへと接近するインフィニティ……真紅の翼を羽ばたかせながら突き進むインフィニティの前に、エンジェルが立ち塞がる。
「っ! 邪魔をっ!」
余計な時間を掛けるわけには
いかない……フェンリルのトリガーを引き、放たれる閃光がエンジェル数機を呑み込み、彼方の氷の大地へと突き刺さり、氷を融解させる。
だが、それに気を配る余裕も
なく……エンジェルはドラグーンを展開して攻撃してくる。ドラグーンの軌道を読みながら、網目のごとく放たれるビームの間隙を縫うように小刻みに機動して
回避する。
反射的にデザイアを放ち、ド
ラグーンを焼き切る。振り向きざまにケルベリオスを掴み、投げ飛ばす。高速回転でビームを纏い、エンジェルのボディを下段から切り上げる。
ボディを大きく抉られたエン
ジェルが一拍後、爆発する……だが、背中から感じる殺気に振り向く…双斧刀を構え、飛び込んでくるエンジェル……フェンリルは射程が長く、接近する敵には
対処できない……インフィニティは咄嗟に右手にインフェルノを抜き、構える。
振り下ろされた双斧刀のビー
ム刃がフェンリルの砲身を焼き切り…インフィニティに届く前に右手のインフェルノが展開され、受け止められる。
インフィニティは脚部を振り
上げてエンジェルを蹴り飛ばし、瞬時にフェンリルをパージし、エンジェルに叩きつける。
激突したフェンリルに向かっ
てバルカンを放ち、フェンリルがエンジェルごと爆発する。だが、あまりに間近で爆発したためにその余波が襲い掛かり、咄嗟にデザイアを掲げて爆発を防ぐ。
エンジェルのなかにいるであ
ろう生体コアにされた人の怨念か……爆発の閃光も紅白く錯覚する。
その刻……レイナの脳裏にな
にかが走った…………
「っ…今の……誰か…死ん
だ…………」
微かに感じた…魂が砕け散っ
たかのような感覚………遥か後方で……人の魂が宇宙に砕け散った……それも……レイナにとって無関係でない者の………
「まさか………っ」
頭に過ぎる光景……オー
ディーンの散る瞬間………レイナは唇を噛み締め…キッと前を見詰める。
襲い掛かるエンジェルに対
し、背腰部に固定していたダークネスを抜き、トリガーを引く。
ビームに機体を撃ち抜かれ、
爆発するエンジェル…その爆発に向かって真紅の翼を拡げ…飛翔するインフィニティ………
立ち止まることも振り返るこ
とも今の自分には赦されない………たとえ…なにがあろうとも………
葛藤を内心に押し込み……操
縦桿を押し、インフィニティは爆発を突破し、加速していく……真紅の翼を拡げて飛翔するその背中は……まるで血の涙を零しているかのようであった………
ひたすら前進するインフィニ
ティの頭部の真紅のカメラアイ……そのカメラアイから、微かに紅い雫が零れ…横に流れた………それは、単にカメラアイの洗浄液が零れただけに過ぎないだろ
う……だが……インフィニティは哭いていた……レイナの心を表わすように…………静かに……血の涙を………
エンジェルを突破したイン
フィニティは遂にユニウスセブンの間近にまで接近した。見下ろす眼下には、氷に包まれた大地…その中央部に聳える神殿のような建造物……半年以上前…自分
はルシファーとともにこの地に降りた……生き延びるために……そして今…機体をインフィニティに変えこそすれ……目的はあの時と変わらない……いや…生き
延びるためではない……終わらせるために………自分はここへ舞い戻ってきた………
感傷を振り払うように僅かに
首を振り…そして、その視線が中央の神殿へと向けられ…コンピューターにユニウスセブンの状態を確認させる。
モニターに表示されるユニウ
スセブンの移動航路と現在位置…そして、残り時間は約3時間……次にユニウスセブンの現在の構造図が映し出される。
「これは……バーニアノズ
ル…? 動かしているのは、こいつか……」
ユニウスセブンのコロニー底
部に装着された可変バーニアノズル…これが現在、僅かな点火加速でユニウスセブンの軌道をずらし、地球への落下コースへと誘導している。こうしている間に
も、少しずつだが近づいている……あと3時間経てば、間違いなく地球の引力圏に捉まり、地球へと落下していく……そうなれば、もう止めるのは不可能に近
い……いや…今はバーニアの出力が低いが、これが最大出力で噴射されれば、その加速も合わさって大地に激突すれば、間違いなく地軸は狂い、生態系のバラン
スは崩れ…地球は未曾有の大災害に襲われ……生命が生き残ることはないかもしれない…少なくとも……人は………
のんびりしている時間はな
い……中央の神殿…MSサイズでも充分なほどの巨大さ……そこが中心部なら……このバーニアノズルの操作もそこから行なっている可能性が高い………
そして……そこに…奴もい
る………それを確信…いや、確信するまでもない…必ずそこにいるはずだと……操縦桿を握り締め…ペダルを踏み込む。
インフィニティが微かな咆哮
を上げ、ウェンディスの翼を拡げる。
翼を羽ばたかせ…インフィニ
ティは神殿に目掛けて加速していく………光の矢のように飛翔するインフィニティ……眼前に立ち塞がる神殿……その外壁に向け、加速しながら上体を起こし、
オメガ・ヴェスヴァーを放った。
閃光が神殿の外壁を吹き飛ば
し……大きく空いた穴に飛び込む。
飛び込んだ瞬間……眼の前に
拡がるのは闇………上の神殿部はほぼ表面とその下の僅かな居住スペースのみ……その真下は……果てしなく拡がる闇だ………ユニウスセブンの氷のなかにでき
た空洞……そのなかを、意を決して進もうとした瞬間……レイナの感覚がなにかを捉えた………
「っ……今のは………」
微かに感じた気配…だが、こ
れはカインのものではない……もっと弱々しく…そして……なにか懐かしささえ憶える不思議な感覚……それが…レイナを呼んでいる………レイナはその感覚の
導くままに……インフィニティを進ませる………
途切れ途切れに感じる感
覚……今まで感じた気配のどれとも違う…だが……自分は知らないはずなのに……何故か、懐かしい………過去に……遠い過去にも感じたことのあるような感
覚………温かく…そして……優しさに満ちた………
「まさか……ね」
その感覚を巡らせ……浮上し
た可能性に思わず苦笑を浮かべ、肩を竦める……そんなはずはない………と…だが……この時はレイナも失念していた………
物事に絶対はない……死以外
は………その自身の考えを………
ほどなく…闇の回廊の奥に微
かなものが見え出した…………天井の氷のが屈折させた光が集束し、照らし出すもの……ユニウスセブンの最深部に程近い空間………
「アレは……」
その光が集束する部分に伸び
るように設置されたセンターシャフトの巨大な柱……コロニーを支える重要なもの……その外壁に面した部分に外付けにされたカプセルのようなもの……そのカ
プセルをモニターに表示し、拡大する…………
拡大されたカプセル内部に
は……人影………さらにズームし…人影の顔が映し出される………
「そんなっ…バカな!」
その顔を確認した瞬間……レ
イナは信じられないように叫んだ。だが、モニターに映る光景がその考えを否定する………息を呑みながら……レイナは呆然と呟いた………
「生きて…いたの………貴方
が……………ヴィア…ヒビキ…………」
カプセルに眠るのは……記憶
のなかにいた母と呼んだ人物………そして…自分という存在がこの世界に生を受ける要因となった…………
―――――ヴィア=ヒビ
キ…………
そう呼ばれていた人物が…カ
プセルに眠っていた………まるで…なにかを待つように…………
刻を超え……闇を超え………
ここにレイナは邂逅した……母親と……………
《次回予告》
運命の存在……それは誰を指
すのであろう………
黒衣の堕天使と純白の神天
使………
真に神に祝福されたのはどち
らなのか………
全てに決着をつけるため
に……今………宿命の対決が始まる…………
護りたいもののために……戦
士達は命をかけて挑む…………
傷つき……傷つき………そし
て…魂を解放する………
闇に囚われし魂を………
自らの進むべき未来のため
に……………
そして……堕天の少女は自ら
の闇に狂い………そして……闇へとその身を堕とす………
次回、「闇の囚人」
闇に囚われし魂…解き放て、
エヴォリューション。