母親が乗るイヴィルを相手に
銃を構えるジャスティス……そのアスランの葛藤は計り知れない。
だが、アスランは決意したの
だ……鬼となることを……そして…どんなに罵られようとも…たとえ、親殺しの汚名を着ようとも……囚われる母親の魂を解放すると………
イヴィルのビームライフルが
火を噴き、ジャスティスを狙う……だが、ジャスティスはシールドで受け止め、機関砲で狙撃する。
機関砲をボディで弾きなが
ら、一気に加速するイヴィルに向けてビーム砲を放つも、螺旋を描くように掻い潜り、レールガンを放つ。
「くっ!」
シールドを掲げてレールガン
を受け止めるも、弾き飛ばされる。
「アスラン…っ!」
その光景にカガリのアカツキ
が援護しようとするも…そこへ鋭い声が響く。
「カガリ、お前は手を出す
なっ!」
ビクっと身を強張らせ…カガ
リは態勢を立て直すジャスティスに視線を向ける……息を乱しながら、アスランはカガリになおも言い放つ。
「手を出さないでくれ……こ
れは…俺個人の問題なんだ……っ」
「け、けど…お前………一人
じゃ…」
アスランの心理状態も今は悪
い…そして、なにより相手の戦闘能力は高い……アスラン一人で果たして戦えるのか……だが、アスランは表情を険しくする。
「解かっている……あそこに
いるのは母上じゃない………だが、それでも…いや、だからこそ俺の手でやらなくちゃならないんだっ」
そう……これはアスラン個人
の問題だ……いくら母親があの機体のなかにいると言っても…たとえ…アスランには果てしない苦痛だとしても………今のアスランは…この場に立つのは、この
世界を護るためにここいる………ここで無為に死を迎えるのは…自分の今までやってきた全てが無になる………アスラン個人の問題で……それを赦すわけにはい
かない……この世界の……新たな護るべきもののために………
その決意を秘め…アスランは
操縦桿を引き……ジャスティスを加速させる…ビームサーベルを抜き、突貫するジャスティスにイヴィルもまた両腰部からビームサーベルを抜き、連結させ…加
速する。
「はぁぁぁぁぁっっ!」
咆哮とともに振り上げる刃と
刃が交錯し、火花を散らす……その戦いを…アカツキは呆然と見詰め……カガリは……ただ見ているしかできない自分に歯噛みする。
ジャスティスの振り下ろす刃
をイヴィルは連結刃で受け止め、互いに押した瞬間…イヴィルが身を跳ね上がらせ、ジャスティスに蹴りを振り落とす。
頭部に喰らった鋭い一撃にア
スランは呻く…だが、怯みながらもバルカンで狙撃し、イヴィルの態勢を崩させる。
その隙を逃さず、ジャスティ
スも懐に飛び込み…ビームサーベルを突き刺す…掠める刃がイヴィルの肩を貫き、装甲を抉る。
『……アスラン』
なおも聞こえる母親の声が、
アスランの迷いを増幅させる。
いくら決意しようとも……心
の葛藤は決して消えない………僅かに動きを鈍らせるジャスティスに向けてイヴィルはビーム砲を放ち、4条のビームがシールドに直撃し…表面を融解させ、そ
の勢いに耐え切れず…ジャスティスを弾き飛ばす。
「うわぁぁぁぁっっ!」
『アスラン……アスラ
ン…………』
なおも響く声……昔は幾度と
なく自分を呼んでくれ、そして安らいだ母親の声が、今は逆に自分を苦しめ、追い詰める………まさに悪夢だった………
「くそっ! やめろっ……母
上の声で…俺を……俺を…これ以上、怒らせるなぁぁぁぁっ!!」
刹那……アスランのなかで何
かが弾けた………クリアになる視界……スラスターバーニアを噴かし、踏み止まると同時に加速するジャスティス。
ビーム砲を放ちながらイヴィ
ルに突進する……イヴィルもまたビーム砲を放ちながら応戦する。互いにビームの応酬が轟き……機体を掠め、装甲を抉る………
そして……ビームサーベルを
互いに振り上げ、交錯する………離れた瞬間…ジャスティスのシールドの一部が飛ばされ…イヴィルのスラスターの片翼が斬り落とされた。
だが、そんな損傷に気を逸ら
すことなく……振り返ったジャスティスは両肩のパッセルを抜き、大きく振り被って投げ飛ばす。
左右から高速回転で迫るパッ
セルをイヴィルはシールドで片方を弾き…もう片方を身を翻させ、ビームライフルで撃ち抜き、破壊する。
「ちぃぃっ!」
舌打ちしながら戻った片方の
パッセルを収納し、再度加速する。互いに強襲を前提に設計された機体……接近戦でこそその真価を発揮する。
ビームサーベルが交錯し…ス
パークするエネルギーが両機の眼を照りつける……赤と白というカラーリングの違いを除き……同型機とも取れる鏡合わせのごとくこの世界に造り出された2
機……だが、その与えられた名はまったくの正反対のもの………『正義』と『邪悪』という名をそれぞれ冠した2機は互いのカメラアイに映る機影と主の想いを
乗せ……激しく膠着し……互いに弾き飛ばす。
「このぉぉっ!」
突き上げたジャスティスの刃
がイヴィルの左肩を抉り……イヴィルは脚部を振り落とす。
ボディに叩き込まれる蹴り…
その衝撃に呻きながらも、左手でその足を持ち上げ、態勢を崩させる。
だが、イヴィルは態勢を崩さ
せながらもビームサーベルを振り被り、ジャスティスに向かって振り下ろす。アスランはその軌道を見切り……ジャスティスのバルカンが放たれ、イヴィルの右
手に着弾する。
その振動により動きが僅かに
鈍る…その隙を衝き、ビームサーベルを振り上げ…イヴィルのビームサーベルを弾き飛ばした。
「母上…ぐっ
うぉぉぉぉっ!!」
生じた隙に一瞬戸惑うも……
アスランは叫びを上げてビームサーベルを振り払った。
薙がれた刃がイヴィルの脚部
の膝、そして胸部を僅かに捥ぎ取る……その爆発に弾かれるイヴィルはそのまま浮遊していたデブリに激突する。
爆煙が漂うなか…先程までの
猛々しさが消え、浮遊するジャスティス内でアスランは息を切らしながら爆煙を見詰める。
だが、その顔に喜びはない…
むしろ、胸が張り裂けそうな傷みでいっぱいだ。
「くそおおおっ」
やり場のない怒りをぶつける
ように、コンソールを叩きつける……そして…そんな死闘を見詰めていたカガリはいたたまれない気持ちでいっぱいだっだ。
「アスラン………」
どう声を掛ければいいのだろ
う……互いに望んでいなかったはずの戦い………なのにやらざるをえなかった………どう声を掛けることができよう………口を噤むカガリだったが…その時、ア
ラートが響き……カガリと…そして…アスランが顔を上げると同時に……爆煙の内から裂くように放たれる閃光………
「アスラン!!」
その閃光に反射的に動き出す
アカツキ……アスランは、呆然となっていたために反応できない。眼前に迫る閃光は酷くゆっくりに映った………そんなジャスティスの前に割り込む影………
「カガリ…っ!?」
黄金に輝く機体が立ち塞がっ
たと同時に……閃光がアカツキに着弾した。
その熱量に……機体装甲の排
熱が許容範囲を超え……装甲が融け、爆発が轟いた。その光景に……眼を見開き、息を呑むアスラン………
後ろへと倒れ込んでくるアカ
ツキ……それを無意識に手を伸ばし、受け止める。
「カガリ…カガリ!? お
い、しっかりしろっ!」
受け止めたアカツキに向かっ
て必死に叫ぶ……雑音混じりのなか…やがて、弱々しい声が聞こえてくる。
「だ…大丈夫……だ……心配
ない…」
苦い口調ながらも……返って
きたカガリの声にアスランは安堵できる余裕はなかった……アカツキの装甲も半ば融解している。許容範囲を超えたものの、なんとか装甲が完全に融解するのだ
けは避けられた……だが、もうこの装甲のシステムは使えない。
だが、アスランはカガリの無
事とは裏腹に…己の不甲斐なさに悔やむ。そして…その眼には、爆煙のなかから姿を見せるイヴィル……装甲を僅かに失い、亀裂が走っている箇所もあるが…な
おもその殺気を増大させている………
「っ!」
アスランはギリっと奥歯を噛
み締め…イヴィルを睨む。情けない……自身が…護ると誓った相手を護るどころか、逆に護られて………しかも…傷つけて…………
己へのどうしようもない怒り
がアスランを突き動かし…ジャスティスがイヴィルに対峙する…そして、アスランの眼にはもう眼前の敵機に母親が乗っているという認識が半ば飛びかけてい
る………そんな怒りを剥き出しにするアスランに向かって、カガリが呟く。
「アスラン……いい加減にし
ろよ!」
突然の言葉に眼を瞬く…だ
が、カガリはなおも言い募る。
「なんで独りで全部背負い込
もうとするんだよ! 私じゃ力になれないのか? お前と一緒に苦しんでやるのもできないのかよ!?」
切なく吐露するカガリに…ア
スランの昂ぶっていた心が僅かに平静を取り戻す。
「あれには…あれに乗ってい
る人は…お前の母親だけど母親じゃない……でも、お前独りで苦しむ必要なんてないだろっ、だから…私もお前と一緒に苦しみを分かち合いたいんだっ!」
眼前の敵機の乗っているのは
アスランの母親だったもの……死者の尊厳を侮辱しているそのシステム…だが、それでも母親を撃つことに変わりない。なら、せめてその苦しみを一緒に味わ
い…分かち合いたい………
「カガリ………」
そんなカガリの葛藤を感じ
取ったアスランは逡巡し…やがて、眼を見開き……呟いた。
「頼む…力を貸してくれ……
母上を…母上の魂を…解放するために」
「ああっ!」
その言葉を待っていたとでも
いうように強く頷く……そして…それを見計らったようにイヴィルから閃光が放たれ……ジャスティスとアカツキは分散する。
そして…流れるように振り
被ったジャスティスのビーム砲とアカツキのレールガンが火を噴き、イヴィルに襲い掛かる。
イヴィルは咄嗟にシールドを
掲げるも…直撃するエネルギーを拡散しきれず、表面が融解し、弾かれる。
「カガリ! お前は支援
を!」
「解かった!!」
翻弄するように放つ弾丸がイ
ヴィルの動きを牽制する……動きを鈍らせたイヴィルにジャスティスが斬り掛かり、ビームサーベルを振り下ろす。
シールドを掲げて受け止める
も……そこへ撃ち込まれる弾丸がボディに着弾し、弾かれる。
レールガンを放ち、そして距
離を詰めるアカツキが両手に対艦刀を振り上げ、イヴィルに振り下ろす。シールドを掲げるイヴィルだったが…振り下ろされた対艦刀のビーム刃を受けた瞬間、
蓄積されていたダメージが遂に許容範囲を超え…シールドが斬り裂かれる。
斬り裂かれると同時にイヴィ
ルはシールドの破片をアカツキに向けて投げ飛ばす。対艦刀を引き上げて防御するも、僅かに怯む…その隙に距離を取るイヴィルだったが…後方から迫る刃が左
脚部を斬り飛ばした。
斬り飛ばした飛翔体をキャッ
チし、ジャスティスのビーム砲が火を噴く……ビームがイヴィルの肩に直撃し、バックパックのビーム砲を吹き飛ばす。
煙を噴き上げるイヴィルだっ
たが……そのダメージに怯むことなく…両手にビームサーベルを抜いてアカツキに斬り掛かる。
「ぐっ!」
カガリは歯噛みしながら両手
の対艦刀を振り、イヴィルの猛攻を受け止める。交錯する刃……だが、剣技に関しては憶えがないカガリでは斬り結びを長く続けることはできない。
振り下ろした二振りのビーム
刃が長刀の刀身を斬り落とす。
「くそっ」
単装砲を放ち、イヴィルを怯
ませようとするも…イヴィルは弾丸を受けながら加速し、アカツキに体当たりした。
「うわぁぁっ!」
「カガリっ! おお
おっっ!」
弾かれるアカツキの援護のた
めに……ビーム砲を斉射し、振り返ったイヴィルの左手が破壊される。
その爆発に弾かれるイヴィ
ル……もはやビーム砲も2門失い、片腕片脚欠損…機体の各所からも煙が噴出している。
その姿に…呼吸を乱しながら
も……アスランは緊張を解かない………やはり、確実に相手の動きを止めるには………完全に四肢を破壊するしかない。
ビームサーベルを構えるジャ
スティス……そして………イヴィルもゆっくりと顔を上げ…残った右手のビームサーベルを構える。
その時……ジャスティスに向
けて何かが飛んできた……アスランが思わず左手で掴んだそれは、アカツキの小太刀型対艦刀……
「アスラン…それを……使
えっ」
投擲態勢で……そして、やや
荒い口調で叫ぶカガリ………その想いに、アスランは頷き…ジャスティスの握り締める対艦刀からカガリの想いが伝わったくるようだった。
身構え、対峙するジャスティ
スとイヴィル……砲火が轟く戦場のなかで……その場だけが切り取られたように静寂に支配される………コックピット内で見据えるアスランの額から汗が流れ落
ちる。
そして………互いにタイミン
グを見極め……眼を見開いた。
「っ!?」
息を呑んだと同時に加速する
ジャスティス……イヴィルもほぼ同じタイミングで加速し、向かってくる。
鏡合わせのように真っ直ぐ相
手に向かって加速する両機……ジャスティスの振るったビームサーベルがイヴィルの脚部を斬り裂き……イヴィルの振り下ろした刃が真っ直ぐジャスティスに向
かう。
だが、ジャスティスが振り上
げた対艦刀がビーム刃を受け止める。
「おおおおお
おっっっっ!!!」
咆哮と同時に出力を全開にし
て振り上げれた対艦刀は、ビーム刃を折り…そのままイヴィルの右腕を斬り飛ばした……同時にアスランはビーム砲を構え……イヴィルもまたビーム砲を構え
て…互いにトリガーを引いた。
放たれる閃光がイヴィルの
残ったビーム砲を吹き飛ばし、放たれた閃光をアスランはサイドバーニアを噴かし、機体重心をずらしてかわそうとするも…完全にかわせず、左肩が吹き飛ばさ
れる。
至近距離同士の砲撃で……弾
かれるジャスティスとイヴィル………だが、ジャスティスの方にはアカツキが素早く回り込み、受け止める。
「おい、アスラン! しっか
りしろ!」
「あ、ああ…大丈夫だ……そ
れより……」
アスランとカガリの眼はイ
ヴィルに向けられる……四肢を失い、尚且つ攻撃火器も失った状態…もはや戦闘能力は皆無のはずである………二人が見守るなか……イヴィルのボディからエネ
ルギーが迸り……ボディから火が噴き上がる。
眼を見開くアスランとカガ
リ……確かに本体に誘爆しないよう、四肢のみを落としただけのはず……困惑する二人の前で…爆発が収まり、煙が晴れ……装甲がひしゃげ、コックピット内が
微かに露出される。
「ア、アスラン……あれ
は……」
震えるような声で指すカガ
リ…だが、それに促されるまでもなく……アスランの眼はコックピット内へと釘付けになっていた。
「母上……」
呆然と呟く先には……コック
ピット内に満たしていた溶液のようなものがひしゃげた装甲から溢れ出し、その下にはアスランの母親…レノアが浮かび上がっていた………ユニウスセブンで死
に…遺体さえも見つからなかった母………
思わず手を伸ばしかけたアス
ランの耳に……信じられない声が響いてきた。
『……アス……ラ…
ン…………』
掠れる声で呼ばれた名に……
バッとイヴィルに向けると……コックピットで眼を開け…こちらを凝視するレノアと視線がかち合う。
「母上…? 母上なのです
ね……っ!」
咳き込むように叫ぶ……アス
ランが見間違うはずもない………あの眼は…間違いなくレノアのもの………
『アス…ラン………ゴメン…
なさい………』
「何を言うんですか、母上!
今すぐ助けに…」
そう…意識を取り戻すな
ど……まさに奇跡かもしれない……アスランはいてもたってもいられず、救出しようとジャスティスを動かそうとするも…そこへレノアの制する声が響く。
『来ては…ダメ………来て
は…いけません………』
予想外の拒絶に…アスランは
息を呑む。
「母…上……?」
『私は…一度死んだの……で
す……今は…この機械のおかげで…無理に…ごぽっ…でも…機械が壊れた以上、どの道私はもう……』
芽生えた希望がじわじわと絶
望に変わり…アスランの胸に拡がっていく……せっかく…また母親と逢えたというのに……また母を喪う苦しみを味わうという恐怖がアスランを蝕む。
「そんな……母上、なにか方
法が……っ!」
『もう…いいの……よ…それ
に……私は…貴方に銃を向けてしまった……大切な…貴方に………そんな私を…貴方は……いえ…貴方達は救ってくれた………』
言い募ろうとしたアスランに
レノアが苦しげに呟く…アスランには、もう見ていられない……そして…またもやイヴィルから爆発が起こる………
『…アスラン………貴方は…
生きなさい……生きて…こうやって……貴方ともう一度逢えただけで……私は…満足だから………』
本来なら……こうして話すこ
とさえ叶わなかったはず…まさに奇跡………微笑むレノア…その微笑が、記憶のなかにあるレノアと重なる………
『……アスランを…お願いし
ます………』
レノアはアカツキを見や
り……そして…真剣な面持ちでそう呟き……カガリもまた無言で強く頷き返す……それが伝わったのか…レノアは柔らかな表情を浮かべ…そして……今一度、
ジャスティスを見やり……アスランもまたハッチを開放し…自身の眼でレノアを見据える………
その涙で滲んだアスランの顔
に……レノアはやや困ったような…そして…哀しげに笑った。
『アスラン…男の子は……泣
くものじゃ…ありませんよ………でも…貴方の顔をもう一度見れて……私は満足よ………』
軽く叱るように呟き……アス
ランは手を伸ばしかける……だが、その前にイヴィルが突如機体を動かし…ジャスティスとアカツキから離れていく。
「母上!?」
眼を見開くアスランとカガリ
を置いて…どんどん離れていくイヴィル……コックピット内で、レノアは静かに眼を閉じる………
『さよなら……アスラ
ン………私の愛しい……子………』
そう最期に呟いた瞬間……臨
界を超えたイヴィルのエンジンが爆発し……イヴィルは閃光のなかに消えていった…………
彼方で輝く白い閃光……その
光景に…カガリは呆然となり……アスランは…掠れた声を上げる。
「あ……ああ………母
上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
悲痛な絶叫が宇宙に木霊す
る……またもや救えなかったという後悔の念………涙を零すアスランに……カガリはアカツキのハッチを開放し……そっと…ジャスティスの方へと近づく。
そして…ジャスティスのコッ
クピットを覗き込み……アスランを抱き締めた……それしか…できることがないとでもいうように…………
「うっうう……う
あぁぁぁぁっ」
そして…アスランも……抱き
締めるカガリを拒むことなく…そのなかで慟哭した……
哀しみに木霊する宇宙のなか
で……ジャスティスのモニターに一つの文字が打ち込まれていた………
―――――THANK
YOU...DEAR.MY SON.........
――――C.E.71.10.2 21:04……
――――AET−X09:イ
ヴィル撃破………
――――パイロット不
明………
ムウと…そしてクルーゼは
今……困惑のなかにいた………クルーゼによって追い詰められたムウのストライクテスタメント……ドラグーンの攻撃が放たれ…ムウが覚悟した瞬間……その
ビームは割り込むように放たれたビームによって相殺されたのだ。
思い掛けない援護と邪魔にム
ウとクルーゼがその相手を確認した瞬間…二人の眼は驚愕に見開いた。
そこに佇んでいたのは…赤紫
のボディを持つストライク………二人のって因縁浅からぬ相手であるネオ=ロアノークの駆る機体が佇んでいたからだ。
ストライクファントムのコッ
クピットで……仮面の下にネオは不適な笑みを浮かべ、そのままビームライフルを放ちながら、プロヴィデンスに襲い掛かり…突然のことに呆気に取られていた
クルーゼだったが、機体を掠めるビームにようやく我に返り、距離を取る。
そして、ストライクファント
ムは未だ呆然となっているストライクテスタメントの前に立ち塞がるように立つ。
「お前……」
「お前じゃない…俺は、ネオ
=ロアノークだ……憶えておけ」
自分と同じ…そしてどこか不
適に聞こえてきた声にムウはますます困惑する。
「無事だったのか…いや、そ
れよりどうして俺を助ける……?」
ネオが奴らによって操られて
いないという事実にも驚いたが…何故それ以上に自分を助けるのか……それがムウには解からない。
だが、その問いに対してネオ
は不適な笑みを浮かべたまま肩を竦める。
「さあな…俺は、連中のお眼
鏡には叶わなかったようなんでな……それに言うだろう…昨日の敵は今日の友ってな」
冗談めかした口調で言い放
ち、ネオはプロヴィデンスを見据える……正直、自分でも何故助かったのか不思議でしょうがない………
あの刻……ヤキン・ドゥーエ
での戦いで被弾し、そして機体の修理のためにパワーへと戻った瞬間にあれが起こった……ストライクファントムのコックピットでその情景を見ていたネオは一
瞬覚悟したものの……何故か自分には降り掛からず…その上、何故か整備班は意思を失いながらも機体の修復を開始し……自身の機体も修復された。
正直何故なのか自分でも解か
らなかったが……もはや自分は用済みということだけは理解できた……そして…この戦闘開始と同時にネオはパワーより逃亡し……そして…その道中で感じた気
配に導かれるままに……この場へと辿り着いたのだ。
「へっ……結局俺も…この運
命からは逃れられないってやつかね………」
自嘲めいた笑みを浮かべ……
肩を竦めるネオにムウが怪訝な面持ちで見やっていたが…そこへクルーゼの声が響く。
「フフフ……これはなんとも
異様なことだが。君も、私同様…この世界に絶望してくれていると思っていたが……やはり、貴様も所詮はその男と同じということか」
侮蔑するような言葉……だ
が、ネオはそれに反論しようとせず…むしろ、笑みさえ浮かべている。
「ああ……確かに俺はお先
真っ暗な人生さ……けどよ、少なくともお前さんみたいに逃げた弱虫野郎と一緒にしてほしくはないね……」
皮肉めいた返しに…クルーゼ
の表情が顰まる。
「どうあっても俺の人生は変
わらないさ……けどな…俺は俺だ………ネオ=ロアノークだ…俺が俺であれた以上、悔いはねえさ………それにてめえには借りがあるしな……」
不適に指差しながらニヤリと
笑うネオにクルーゼの怒りはますます増長する。
ネオにはネオの……たとえ利
用され、そして短いものだとしても……はっきりと自身だという自己があった……人の人生など…長く生きただけが価値ではない……どれだけその人生のなかで
そう自分が自分でいられたかだ………少なくとも…自分と…そして、あの短い間ではあったが部下であった少年達を見て……そう感じた………
そしてなにより……ネオには
クルーゼに一度歯牙にもかけられずやられたという借りがある…それを返すまでは………自分は終われないのだ……
「フン! そのような独
善……貴様も所詮は神に選ばれるに値しないただの虫けらということ……その男共々…ここで私が滅ぼしてくれるっ!!」
荒々しい感情に昂ぶるクルー
ゼ……それは…微かな羨望を抱いていたのかもしれない……だが、クルーゼはそんなものを認めない……この世界に救いなど…ありはしないのだから……そう叫
び……ここまで来たのだ………
ビームライフルを放つプロ
ヴィデンス……だが、そのビームに向けてストライクファントムの奥から姿を見せたストライクテスタメントがオクスタインで狙撃し、ビームを相殺する。
「ムウゥゥゥゥゥ」
地を這うような低い声で怨念
のごとく呼ぶ……そして…ストライクテスタメントはゆっくりと振り返る。
「……信じていいのか?」
試すような物言いに……仮面
の奥でネオは小さく笑った。
「ああ……少なくとも、今は
な……お互い…あんな男との因縁は早く断ち切りたいところだしな」
「……違いない」
その返答に…ムウも肩を竦め
て、ストライクテスタメントとストライクファントムはプロヴィデンスを見据える。
交錯しないと思われていた二
つの道…二人の男……だが…この瞬間………奇跡に近しいこの一瞬だけは……その道が微かに交わった……ムウ=ラ=フラガとネオ=ロアノーク…恐らく……二
度とない交錯……そして……その因縁に導かれ…二人は咆哮を上げ、神に魅入られた哀れな男へと迫る。
一斉に飛び出すストライクテ
スタメントとストライクファントム……オクスタインとビームライフルを構えてプロヴィデンスに狙撃してくる。
「蛙の子は蛙か……揃いも
揃って私の邪魔をしてくれるっ」
キラ=ヤマトに続いてムウ=
ラ=フラガ…そしてあの男………何故自分に関わる者達はこうまで揃って自分に抗ってくるのか………
クルーゼは己が絶対の真理と
妄信している……己以上にこの世界を憎み、そして滅ぼす資格がある者はいないと……だが…それが傲慢だということに気づいていない………
ビームを掻い潜りながら……
プロヴィデンスはドラグーンを展開し、2機へと襲い掛かる。
歯噛みし、放たれるビームを
回避する2機のストライク……だが、その数が一機の時に比べて半減した今…どうしても僅かな間隙は生まれる。
そして…その隙を逃すほど、
ムウもネオも腕は低くない……ストライクテスタメントのドラグーン、そしてストライクファントムのガンバレルが展開され…一斉にプロヴィデンスへと襲い掛
かる。
「ちぃぃぃっ!」
さしものクルーゼもその波状
攻撃には歯噛みし、回避行動に専念する。
「赦されない…赦されないの
だよ……貴様達の存在はぁぁぁぁぁっ!」
自身を追い詰めるなど……
あってなるものかと…さらに鋭さを増したプロヴィデンスのドラグーンとビームライフル、シールドからビームが幾条も放たれ、ガンバレル一基を破壊し、スト
ライクテスタメントのオクスタインに着弾し、ムウは弾かれる。
「クルゥゥゥ
ゼェェェェ!!!」
吼えながら…態勢を立て直し
たストライクテスタメントがオクスタインのビームサーベルを振り、プロヴィデンスに斬り掛かるも、プロヴィデンスもまたビームサーバーを展開して受け止
め、蹴りで弾き飛ばす。
続けて飛び込んでくるストラ
イクファントムもビームサーベルを振り被るも、振り上げたビームサーバーと交錯し…出力差から……ビーム刃を叩き折られ……ビームサーバーによって右腕を
肩から斬り飛ばされる。
「うぐっ」
「はははっ! 君は先程私に
言ったな…自分自身だと……あの男とは違うと…だが、それが誰に解かる!?」
その言葉にネオは僅かに気圧
され、動きが緩む……一瞬怯んだ隙を逃さず…バルカンで狙撃し、距離を取るプロヴィデンスはドラグーンを展開する。
「解からぬさっ! 誰にも
なぁぁぁぁっ!!」
発射されたドラグーンがスト
ライクファントムの左脚部を撃ち抜き……衝撃に身を強か打ちつけ、弾き飛ばされる。
「ぐぉぉぉぉっ!」
苦悶を浮かべるネオ……その
姿に醜悪な笑みを浮かべる。
「君は所詮は自己満足してい
るだけに過ぎないのだよ……君が君であるなど…誰も知りはしない……誰にも解かりはしない……」
嘲笑するクルーゼにネオは歯
噛みする……愉悦感を再び味わい、クルーゼはプロヴィデンスのビームライフルを構える。
「さあ……君も…この世界と
ともに滅びるがいい……」
砲口にエネルギーが集束した
瞬間……別方向より放たれるビームがプロヴィデンスのボディを掠め、装甲を微かに抉られ、態勢を崩した瞬間…放たれるビームがストライクファントムの頭部
を僅かに掠める。
忌々しげに舌打ちするクルー
ゼが顔を上げ…加速してくるストライクテスタメントを睨みつける。
胸部ミサイルを発射し……プ
ロヴィデンスを牽制する。ストライクファントムより距離を取り、その間に割り込む。
「………少なくとも…俺はお
前を認めているぜ」
背中越しに呟き…その言葉を
聞き取ったネオは眉を仮面の下で寄せる。
「お前はお前…ネオ=ロア
ノークってな………少なくとも、俺はそう考えている…他の誰でもない…てめえってことをな」
口元を微かに緩めながら言い
放つ……出生がどうであれ………その人物を成すのはそれぞれ自身………それを見失わない限り……その人間は自分独りしかいないのだ。
言葉を呑み込むネオ…だが、
そんなムウに対し侮蔑に哂い上げるクルーゼ。
「アハハハハ! なんとも滑
稽だな……ムウ…それも所詮は貴様の自己満足であろう……いくら叫ぼうが、もう遅いのだよ!」
弱者の傷の舐めあいと……た
だの自己満足の独善と罵り……ドラグーンを放つプロヴィデンスに回避しながらストライクテスタメントもドラグーンで応戦する。
「既に審判は降された……だ
が、これも全ては自らが突き進んだ運命だろうっ!」
そう……全ては人類が…世界
が望んだ道………そして…愚かな世界に審判は降されたのだ……それを呼び込んだのは他でもない世界そのもの………
オクスタインのビームサーベ
ルを展開し、斬り掛かるストライクテスタメントにビームサーバーで受け止めるも……ストライクテスタメントの影から飛び出したドラグーンがビーム刃を纏
い、プロヴィデンスの左腕を斬り飛ばす。
「ちぃぃぃっ!」
「ほざくんじゃねえ! たと
え世界がこいつを呼んだとしても…俺は……抗うっ!」
ビーム砲、レールガンを連続
発射し…プロヴィデンスを翻弄し、ドラグーンを撃ち抜いていく。
「何故抗うっ!? 正義と信
じ! 解からぬと逃げ、知らず! 聞かず…そして退かず! その果ての終局だ! もはや止める術などない……そして世界は滅ぶ……滅ぶべくしてなっ!!」
掻い潜るように回避しなが
ら、残ったドラグーンが牙を剥き、ストライクテスタメントの装甲やスラスターを撃ち抜き、破壊していく。
「ぐぅぅ! じゃあてめえは
何だ!? この世界を滅ぶように望んだピエロかよ!? 世界が望んだ闇なのかよっ、てめえがっ!?」
これまで見てきた世界……誰
もが己の正義、大切なもの、妄信……多くの理由を抱え、渦巻く世界……それがこの世界を破滅へと導いた………
そして……その闇が哀れなピ
エロを生み出した………
「世界が抱える闇なんて、俺
には解からねえさ……けどな、この世界をまだ…滅ぼすわけにはいかねえ……俺はそれだけだ!」
大義や理想など…そんなもの
ではない……ただこの世界を望むだけ……大切なものを護りたいだけ………
滅ぼそうとするなら…それに
反する以上……決して相容れない………
人は…世界は確かに大罪を犯
した………だが……その大罪を裁くのもまた世界なのだ……
「だから俺はお前を還す……
お前が生まれた闇へな……ラウ=ラ=フラガ!!」
ギリっと歯噛みするクルー
ゼ……仮面の奥の瞳が見据える狂気………
「黙れっ! 忌まわしきアル
=ダ=フラガの遺した業がっ!」
吼えるクルーゼとプロヴィデ
ンス……残されたドラグーン2基がストライクテスタメントにビームを浴びせていく。
既にダメージが著しいストラ
イクテスタメントは徐々に追い詰められていく………
「これで終わる…終わるのだ
よ……私の望がなぁぁぁぁっ!」
トドメと放たれるドラグーン
の閃光……だが…その前に割り込む機影……ムウとクルーゼの二人の視界に飛び込んでくる機体……メビウス・ゼロを模したストライカー…ガンバレルストライ
カーが両機に割り込み、残っていたドラグーン2機へと突撃し、爆発する。
呆然となるムウの耳に……ネ
オの声が響いてきた。
「やれぇぇぇムウ=ラ=フラ
ガァァァァァァ!!!」
闇に囚われた哀れな兄弟
を……父親の遺した業を………解放する………操縦桿を引き、ストライクテスタメントは加速する。
「クルゥゥゥゥゼェェェェェェェ!!!」
もはやこれが最期の一撃……
残った全エネルギーをオクスタインのビームサーベルに回し……振り上げて加速する。
「っ!? ムウゥゥゥゥゥゥ!!!」
クルーゼも高らかに声を荒
げ……残ったビームライフルを連射しながら狙撃する……だが、ストライクテスタメントはそれを掻い潜って突撃する。
矢のように突撃したストライ
クテスタメント突き出したビーム刃が……プロヴィデンスのボディを貫いた………
ハッチを破り……視界に飛び
込んできた刃がクルーゼの身体を灼く。
歯噛みしながら刃を突き立て
るムウ……その光景に…クルーゼのヘルメットのバイザーが熱で割れ、その顔を覆っていたマスクを吹き飛ばす。
「ゴプッ…クク…ククク……
や、やはり…私を殺すのは……貴様だったか………ムウ……」
吐血し、視界を真っ赤に染め
ながら自虐的に呟く。
キラ=ヤマトではない……自
らを生み出したあの男の血を引く者………やはり…自分はこうなる運命だったのかもしれないと……薄れ逝く意識のなか……ムウの声が響いた。
「……てめえは、生まれる時
代を間違えたんだよ……クルーゼ……地獄で…親父を殴ってこい………俺の分もなっ」
この状況で……そしてなによ
り……最期に自分へと放つ言葉が侮蔑ではなく頼みとは………クルーゼは滑稽を通り越してもはや知覚できていない意識のなかで哂い上げた。
「クハハハハ……アーハハハ
ハハハハ!!!!」
その哂いが……どんな意味が
込められているのか……ビームサーベルを離し…蛇行するプロヴィデンス……刹那…プロヴィデンスは爆発のなかに掻き消えた………
その爆発を……妙に冷めた…
そして……どす黒いなにかに満たされた面持ちで見詰めるムウ……ヘルメットを外し…息を吐き出す。
「………てめえは結局…逃げ
たんだよ…本当に戦わなきゃならない相手からな………」
クルーゼは逃げたのだ……自
らの運命から……アル=ダ=フラガという呪縛から………自分自身との戦いから………もし…彼が絶望に支配されず……運命に刃向かっていれば……そう考えた
時点で、首を振る。
もう……そんな仮定に意味は
ない……クルーゼは…いや…ラウ=ラ=フラガは憎悪に炎を焦がし……地獄へと誘われた……自らも憎悪に掻き立てた炎のなかへと………
「あばよ……ラウ=ル=ク
ルーゼ………いや…ラウ=ラ=フラガ…………」
長く続いた因縁に……終止符
が打たれた……だがそれは……歓喜ではなく新たなる十字架の証……自らの父の生み出した十字架を背負うという………
その道が果たしてどのような
ものなのか解からない…だが……それでも選択したのだ……
漂う天帝の残骸……神に魅入
られしピエロは……宇宙に散った…………
――――C.E.71.10.2 21:21……
――――ZGMF−
X13A:プロヴィデンス撃破………
――――ラウ=ル=クルーゼ
戦死…………