その頃……ユニウスセブン付 近の最前線から後退する機影があった。白い機体が右肩を貸し、赤紫の機体を抱えている。

ストライクテスタメントとス トライクファントムであった……クルーゼのプロヴィデンスとの激しい攻防を終えたムウは、自機の状態とネオのことも踏まえ…一度後退することにした。

自機も左腕を欠損し、武装の 損傷も大きいが…ネオのストライクファントムは半ば大破しているのだ。

後退する時のムウの呼び掛け に、苦い口調で応じたネオ……そして、ここまでほぼ両者とも無言できた。

ムウ自身……未だクルーゼと の決着がついたことに半ば実感できずにいた。父親の生み出した業……それに対して決着をつけると誓ったのは他でもない自分自身………

だが……最期のあのクルーゼ の笑み………奴は結局、解放されたがっていたのではないのか…と……そう考える自分は甘いのかと思う。

「それで……俺はどうなんの かね?」

無言であったネオが突然呟 き…ムウもハッと現実に返る。

つい思考のなかに耽ってい た……まだ、戦闘が終わったわけではない……補給後、自分もまた戻らねばならない。

クルーゼや父親について考え るのはまた後でもできる。

「取り敢えずは捕虜ってこと になるだろうけどよ……まあ、俺らは正規軍じゃないからね…すぐに釈放されるさ」

統合軍指揮下の独立部隊とい う肩書きがあるとはいえ、自分達は正規の部隊ではない……まあ、この男も所属は連合軍なのだから、戦闘終了後に連合軍に預ければいいかもしれないが………

「そうか……まあ、俺はもう あまり長くは生きられんだろうからな………ここでくたばった方が良かったかもしれん」

自嘲じみたネオの言葉に…… ムウは黙り込む。

「なあ…辞世の句代わりに聞 いてくれるか? お前さんの分身の戯言をな」

無言のままのムウに…ネオは 飄々と……そして静かに語り出した………自身の歩んできた過去を………

ネオ=ロアノーク……無論、 これは本当の名ではない………個体名用にジブリールがつけたものだ。元々、自分はナンバーでしか呼ばれたことしかなかったのだから……そう考えると、名を くれたことについてはあの男に感謝してもいいかもしれないと内心思った。

「俺が正直何体目に造られた 素体かは知らんがね……ま、俺も例外ではなく失敗作だったわけなんだが……どういう訳か、今の立場に就いた」

大戦中期……全滅したメビウ ス・ゼロ隊の再建のために…そして、今度は再建を容易にするために……唯一の生き残りであり、高い能力を持つムウ=ラ=フラガの遺伝子を使ったクローン兵 士計画がスタートしたが、進行は芳しくなかった。

元々、クローニングの分野に ついては連合側の精度は低かった……テロメア云々以前の問題で、たとえ成功しても能力まで同じになるとは限らないのだ。

そのために、数々の素体が造 られたが、どれもが破棄された……既に知っているとはいえ、やはり気分のいいものではない。

険しい表情を浮かべるも…… 反応が薄いことにネオはやや首を傾げる。

「いやに冷静だね……」

「ああ…まあ、少なくとも前 知識があったからな」

以前、そのプロジェクトの被 験体の一人であったプレアからも聞かされて…やや耐性はあったが……それでも本人の口から聞かされるとその重みも違う。

「まあ、その後は何の因果 か……ロード=ジブリールに拾い上げられた」

ネオも深く問おうとはせず、 淡々と話を続ける。

プロジェクトが凍結とな り……残っていた素体はほぼ破棄されたが、最後辺りの素体であり、比較的身体能力の安定度の高かったネオはプロジェクトの資金投入をしていたジブリール財 団のロード=ジブリールによって引き抜かれ……その後、エクステンデッド計画の一環として実験を繰り返し……そして……ネオ=ロアノークとして今に至る。

「正直、あんたの存在を意識 しなかったわけじゃないがね……あの男と同じように」

やや低い声でそう呟くネ オ……ムウも表情を厳しくする。

そう……ネオもクルーゼと同 様…ムウの存在を意識せずにはいられなかった………だが、それ以前に自分は道具としての檻から抜け出ることもできなかった。

ジブリールが求めたのは忠実 な駒………任務を完璧に遂行し、自身の野望を果たすための駒……そのためにネオを調整し、そしてファントムペイントいう部隊をつくり上げた。

MAやMSの操縦は自然に身 体が憶えた……そして、エクステンデッドの子供らを率いてきたが……人間はゲームの駒ではない。

ゲームの駒なら、それはプレ イヤーの望むままに最強の駒になれるだろうが……現実はそうではない………

「だが、結局俺はどこまで いっても半端者だな………」

そう……結局、自分は失敗作 だ………道具になりきることもできず…また、人間と呼ぶには異質すぎる…………

自虐的に笑っていたネオだ が……ムウは真剣な面持ちで呟いた。

「少なくともよ……俺は今、 感謝してるぜ………ネオ=ロアノークっていうお前がこの場にいてくれたことをな」

唐突な言葉にネオは仮面の奥 で眼を瞬き、息を呑む。

「お前のおかげで俺はこうし て生きていられる……それだけで充分さ」

あの刻……クルーゼとの戦い でネオが乱入しなければ…正直、自分はやられていたかもしれない……そう考えると、薄ら寒いものが過ぎると同時に……大切な者の泣き顔も浮かんだ。

だが、自分は今こうして生き ている……その一端は、間違いなくネオのおかげだ。

「どんな過去があろうと よ……今のお前はお前だろうが…これからは、ネオ=ロアノークとして精一杯生きていきゃぁいいんだよ」

どこかキザっぽくそっぽを向 いて呟く。

その言葉に……ネオは一瞬口 を噤むも……やがて口元に笑みを浮かべる。

「アハハハ……最高のお人好 しだな、あんたは」

「へっ…まあ、安心しろ…… ネェルアークエンジェルには俺の大切な奴が乗ってるんだ…てめえの身の安全は保証してくれるさ」

「フッ……てめえの女か?」

「ああ……大事な奴さ」

冗談めかした言葉を交わ し……二人はネェルアークエンジェルに向けて後退していった。

 

 

後方宙域では、徐々に決着が つきつつあった……ディカスティス側についた連合及びザフトの部隊はほぼ撃破し、ヘカトンケイル、パワーといった特殊艦も既に沈黙している。

無論、払った代償は低くはな い……そして、シルフィの策が功を奏し、切り札のように投入されたエンジェルも未だ混乱し、戦況は押し返している。

スサノオ周辺宙域では、合流 したクサナギとともに前進している……周辺MSも合流し、密集体勢で進んでいる。

既にあらかたの敵艦を墜と し、艦砲による応酬が低くなった今……艦に迫る脅威は残存の敵MSのみ……ダガーLの発射するバズーカの弾頭がスサノオの船体に着弾し、振動が艦内を揺ら す。

「うぅぅぅ」

その振動に医務室で見守る フィリアは歯噛みする……負傷したクルーやパイロットの応急手当など、今現在医療班は必死に治療を行なっている。

「ノクターン博士、もう一人 お願いします!」

クルーの一人が抱えてきた整 備班の一人を見やり、フィリアはすぐさま叫ぶ。

「ベッドはもうないわ……悪 いんだけど、そこに寝かせて!」

そう…ただでさえ少ない医療 ベッドは重症患者が使用し、それ以外の面々は床に座らせ、その人数は、医務室の外の通路まで延々と続き、医療班が走り回っている。

寝かされた整備班の服を破 り、フィリアは露になった怪我に消毒をかけ、そして素早く包帯を巻いていく。

既に白衣は治療の際の血で汚 れている……だが、フィリアは懸命に包帯を巻く。そして、またもや振動が起こり、態勢を崩しそうになる。

だが、それを堪えて手当てを 終えると、息を吐き出す。

「これでいいわ……とにか く、今は安静にして」

軽く息継ぎをし……フィリア は汗を拭いながら、立ち上がる。そして…その視線を通路に設置されている窓に向ける。

窓の外では絶え間なく閃光が 轟いている……それを見詰めながら、フィリアは不安げな面持ちで天井を仰ぐ。

(ヴィア……あの娘達を…… 護って…………)

祈るような思いで静かに呟 き…そして、また作業を開始する。

敵MSを相手に奮戦するMS 隊……応急修理で戦線復帰したインフィニートとヴァリアブルがその陣頭に立ち、道を切り拓いている。

インフィニートのビームライ フルが放たれ、混乱しているエンジェルを撃ち抜き、破壊する。

「これで3機目……大方は終 わったか」

アルフが独りごちるように呟 く……既に周辺に展開していたエンジェルのほとんどが優先的に破壊され、大方一掃は終わったが、まだ他にもMSや戦艦がいるのだ。

「アルフ」

呼び掛けに振り向くと……イ ンフィニートと同じく応急修理でフリーダムと同型のシールドとビームライフルを持ったヴァリアブルが接近していた。

「メイア、そっちは?」

「こっちも大方終わった…… あとは、エターナルやネェルアークエンジェルと合流して、すぐ向かわなきゃ……」

大分時間をロスしている が……肝心のユニウスセブンの変化はまだ見られない。

やはり、まだ妨害にあってい ると見るべきだろう………こちらもかなりの戦力を低下している。

イズモは被弾により後退…そ して、オーディーンの撃沈………その報告を聞いた時、アルフやメイアは驚きに眼を見張った。あのダイテツが死んだと……だが、哀しんでいる余裕はない…… 今は…自分達の役目を全うしなければならない。

ここで失敗したら、それこそ ダイテツやこの戦争で死んだ者達が無駄死になる。

「大尉!」

突然の呼び掛けにアルフとメ イアが振り返ると…紅いストライク:ストライクルージュと2機のM1が近づいてきた。

「君達は無事だったのか?」

「はい…なんとか」

ホッとしたように安堵の笑み を漏らすアルフにアサギ達は苦笑を浮かべる。全壊したM1Aではなく、修理を終えていたカガリのストライクルージュを借り、アサギがルージュに…そしてマ ユラとジュリは予備のM1で戦線復帰した。

「ミゲルやあの子達は?」

「アイマンさんなら、キャ リー一尉とともに一度補給に戻りました。シン君とステラちゃん達も無事です」

ミゲルとジャンは流石にこの 前線を支えていただけに疲労と機体のダメージが大きい……シンとステラもなんとか無事だったらしいが、機体はどちらも半壊……スサノオに収容され、今は手 当てを受けている。

「そうか……よしっ、俺達は このままスサノオとクサナギの援護に回る。ネェルアークエンジェルやエターナルとの合流を目指すぞ」

インフィニートが先頭に立 ち、残存部隊はスサノオとクサナギに向かってくるMS群の排除に向かう。

 

 

同じく……ネェルアークエン ジェルとエターナルの2隻はパワーを撃沈した後、残るセラフィムを相手にするために……交戦中のコスモシャークの援護に向かっていた。

戦闘宙域に到達し…セラフィ ムとコスモシャークは艦砲の応酬を続けていた。

コスモシャークのビーム砲が 放たれるも、セラフィムのラミネート装甲によって阻まれ、さほどダメージが加えられない。

ブリッジ内で歯噛みするメリ オルらだったが……セラフィムからもバリアントの光弾が放たれる。

「回避!」

素早い指示に反応するも、コ スモシャークの側面を掠め…熱量が右舷の装甲を融解させる。

「右舷ランチャー発射口被 弾! 使用不可能!」

「推力73%にまで低下!」

微かに蛇行するコスモシャー ク……追い討ちをかけるようにセラフィムのミサイルが放たれ、弧を描いて襲い掛かる。

「対空!」

「間に合いません!」

ミサイルが船体に着弾する瞬 間が瞬時に過ぎり…クルー達が衝撃に備えて構えた瞬間、別方向より伸びたビームがミサイルを薙ぎ払った。

寸前で炸裂し、振動が僅かに 船体を揺さぶるも……その援護射撃にハッと振り向くと、そこには白亜と淡いピンク色の戦艦が加速してきた。

「エターナルとネェルアーク エンジェルです!」

その報告にブリッジ内に僅か に歓声が起こる。

「お待たせしました…敵艦の 相手は私達がっ」

間髪入れず開いたマリューか らの通信……メリオルが頷こうとした瞬間、突如鋭い衝撃が船体を襲った。

その光景にマリューやバルト フェルドらは息を呑む……煙を噴き上げるコスモシャークは爆発に蛇行している。

「ひ、被害状況は?」

打ちつけた身体の痛みに苦悶 を浮かべながらも、気丈に振る舞うメリオル……同じく突然の衝撃に身構えてもいなかったクルー達も少なからずダメージを負っており、誰もが痛みに呻きなが ら状況を確認する。

「だ、第一エンジンに被 弾……出力低下」

「第一エンジンブロック閉 鎖…消火作業を!」

直撃を受けた第一エンジンは 既にもう使い物にならない……誘爆を防ぐために、エンジンのカットとバランス維持を実行する。

しかし……敵の反応はなかっ たはずなのに……混乱するメリオルにさらに衝撃的な報告が飛び込んでくる。

「ほ、本艦後方6000!  熱源5! 艦種識別…ナスカ級2! アガメムノン級に護衛艦2です!」

「そんな…そこまで接近され て何故気づかなかったの!?」

思わず声を張り上げるも、ク ルー達は表情を歪める。

「も、申し訳ありません…ど うやら、敵は完全に熱源を絶っていたようで………」

その報告にクルー達は息を呑 む……どうやら……自分達はまんまと誘き寄せられたらしい……コスモシャーク後方のデブリ帯から姿を見せる5隻の艦隊…どうやら、エンジンを切って完全に 息を潜めて潜んでいたようだ。

密かに伏兵を忍ばせるのも兵 法の一つ……この場合、迂闊だったのは自分達の方だ。

ただでさえデブリが密集して いるだけに注意を怠った……歯噛みするメリオルらだったが…コスモシャークに向けて艦砲が放たれる。

その激しい攻撃にバルトフェ ルドは即座に叫ぶ。

「くそっ、味な真似をしてく れるね……ラミアス艦長! エターナルは援護に向かう! 敵AA級は済まんが任せる!」

「解かりました! お気をつ けて!」

すぐさま反転するエターナ ル……ネェルアークエンジェルも分かれ…セラフィムへと向かう。エターナルは加速し、コスモシャークの援護に向かう。

「主砲発射! 射角50度!  回頭20…アイシャ、照準任せるぞ!」

「ええっ!」

アイシャは流れるようにコン ソールを叩き、エターナルの主砲が動き…その砲身を動かし、砲口を向ける。

そして……アイシャの感覚が 捉えた瞬間………

「アンディ!」

「主砲、発射!」

阿吽の呼吸のごとく……放た れた主砲のビームは真っ直ぐに伸び…コスモシャークをギリギリに掠め過ぎる…そして、後方に迫っていたアガメムノン級の船体に直撃し、貫通する。

刹那……船体が真っ二つに裂 かれるように分かれ、爆発するアガメムノン級………バルトフェルドは笑みを浮かべ、コスモシャークへと通信を繋ぐ。

「あーこちらエターナル…… 大丈夫かね、そっちは?」

「援護感謝します……です が、推力がかなり低下していますので………こちらは敵艦を牽制しますので……」

「了解」

短く言葉を交わすと…コスモ シャークは残ったエンジンを噴かし、艦首の向きを変え……残っている左舷ランチャーからミサイルを一斉射する。

真っ直ぐ伸びるように発射さ れるミサイルが一直線に向かうも、敵艦隊はスラスターを噴かし、船体を傾けてかわし…対空砲で撃ち落とす。

爆発の閃光が宙域を彩る…… その閃光のなかから飛び出してくるミサイル…ミサイルは護衛艦一隻の主砲や船体に着弾し、爆発する。

煙を噴き上げる護衛艦は蛇行 し…その側面に向けてコスモシャークの主砲が火を噴く。

ビームが貫通し、護衛艦が爆 発するも……ナスカ級2隻が主砲を一斉射し、集中砲火を浴びせてきた。

ビームの火線に晒され、エ ターナルは船体を被弾させる。

「ぐぅぅぅ! まだだ……敵 の注意をこちらに引きつけろ!」

振動に歯噛みし、装甲をビー ムが融解させながらも決して退くことなく応戦するエターナル……主砲を放ちながら加速するナスカ級に向けて…側面に回り込んだコスモシャークの主砲が放た れ、ナスカ級の主砲が吹き飛ばされる。

「よしっ…チャンスだ! ミ サイル全弾! ありったけぶっ放せ!!」

豪快に言い放つバルトフェル ド……エターナルに残っているミサイルがありったけ放たれ……ナスカ級は対空砲で迎撃するも、その数を全て落とすことはできず……突破してきたミサイルが 船体に吸い込まれるように着弾し、炸裂する。

 

 

激しい攻防が繰り広げられる なか……ネェルアークエンジェルとセラフィムも対峙していた。

これで決着をつける……マ リュー以下、クルー達の思いはその一つ……セラフィムのゴッドフリートが展開し、こちらへと向けられる。

「ゴッドフリート照準……撃 てぇぇぇぇぇっ!」

互いにゴッドフリートを放つ ネェルアークエンジェルとセラフィム……ビームがセラフィムのゴッドフリートを吹き飛ばし、その後方のエンジン部分をも掠める。

だが、ネェルアークエンジェ ルもノイマンやモラシムらが咄嗟に船体をずらすも…完全にかわせず、ビームの一射が後部ブロックを貫通し、激しい振動がブリッジを襲う。

その振動に歯噛みするマ リューやクルー……キョウは素早く状況を確認させる。

「被害状況!?」

「右舷後部ユニット破損!」

「バリアント1番、使用不 可!」

「右舷後部ユニット強制排 除!」

キョウの指示に従い……ネェ ルアークエンジェルの右舷後部ポセイドンパーツがドッキング解除され、後方へと流されていく。刹那、パーツが爆発し…衝撃が船体を揺さぶる。

「敵艦接近! マーク12α インディゴ!」

「ヘルダート、撃 てぇぇぇっ!」

ネェルアークエンジェル上方 に回り込んでいたセラフィムに向けて放たれるミサイルの応酬……真っ直ぐに下方より伸びるミサイルがセラフィムの左舷ブレードに直撃し、ブレードが破損す る。

態勢を崩すセラフィム……だ が、ミサイルが一斉射され……ネェルアークエンジェルを四方から包囲するように撃ち込まれてくる。

船体のイーゲルシュテルンが 一斉に発射され、弾幕を張る…ミサイルが撃ち落とされ、周囲を爆発で覆われながらも…その閃光を突破し、ミサイルが船体に着弾し、艦内に爆風が吹き荒れ る。

煙を噴き上げるネェルアーク エンジェル……クルー達は歯噛みしながらも、マリューはセラフィムを睨み返す。

そして……セラフィムのブ リッジでは………人形と化したアズラエルが醜悪な笑みを浮かべ、首をカクカクと痙攣させ…嘲笑っている。

神の使徒に成り下がった熾天使と叛旗を翻す大天使……ただ想いのままに撃ち合う天使を駆る者達……セラフィ ムのバリアントが放たれ、ネェルアークエンジェルを掠める。

「ぐっ、怯むな! セイレー ン撃てぇぇぇぇ!!」

回頭したセイレーンの砲身が セラフィムに向けられ、ビームが放たれるも……セラフィムはスラスターを噴かしてかわし……ゴッドフリートを放つ。

「艦首上げ! ピッチ角 50! 全速!!」

操縦桿を引き、艦首を持ち上 げるも……ネェルアークエンジェル底部を掠める熱量が底部装甲を融解させる。

「底部イーゲルシュテルン消 滅!」

「ラミネート装甲、危険域突 破!」

「全速! 敵艦の側面を取 る!!」

加速し……セラフィムの側面 へと回り込もうとするも…セラフィムも同じようにネェルアークエンジェルの側面へと加速してくる。

互いに側面を取った瞬間…… ネェルアークエンジェルとセラフィムの両側面からミサイルが一斉に放たれ、両艦の中央でぶつかり合い、爆風が巻き起こる……爆風に流されるように離されな がらも、ビームの応酬が轟き、互いの船体を掠める。

両艦とも既に大きなダメージ をその船体に負っている……いたるところから煙が上がるネェルアークエンジェル……

「第8兵装バンク閉鎖! サ ブ回線オンライン…ダイアグノーシス進行中!」

「第46から51ブロック閉 鎖! バリアント2番、砲身温度危険域!」

もう既に8時間近い長い戦い の連続だ……ネェルアークエンジェルもダメージが大きく、また弾薬も既に尽きかけている。

だが、それはセラフィムも同 じはずだ……あちらも見る限りはかなりのダメージを負っている。だが、相手は退く気配は見せない…いや……見せることがない………

どうあっても決着をつけなけ ればならない……マリューやキョウはもうあとは切り札のローエングリンしかないと考えていた時、ミリアリアが声を上げた。

「ストライク帰投します!  被弾機を抱えているとのことです!」

「えっ!?」

突然のことにマリューは思わ ず思考をそちらに向ける。Gフォースとして突入したムウの帰還……被弾したのだろうかという微かな不安がマリューの心臓を締めつける。

そこへ、モニターにムウの顔 が映る。

《ネェルアークエンジェル聞 こえるか? こちらストライク…補給と、被弾機の収容を頼みたい!》

僅かにノイズまみれになって いる映像に映るムウ…だが、少なくともその声からは傷を負っているようには感じられない。

マリューはすぐさま手元の通 信機を取り、ムウに連絡を繋ぐ。

「ムウ、大丈夫なの!?」

《ああ、大丈夫だ……それよ りもわりい、収容を頼む》

苦笑い混じりに呟くムウ…… マリューはすぐさま、整備班に繋ぎ、緊急着艦の準備を急がせる。

そして……ネェルアークエン ジェルの右舷ハッチが開放され、傷ついたストライクファントムを抱え、ストライクテスタメントが帰還しようとしていた。

「よしっ、もうすぐだぞ!」

ムウがネオにそう呟き……着 艦コースに入ろうとする…そして……ネオは不意に走った感覚に視線を向ける。

その先には……傷ついたセラ フィムの右舷ブレード先端が開かれ、砲口ノズルが展開されているのが眼に飛び込んでくる。

その砲口に蒼白い粒子が集束 している……ムウも…そして、ネェルアークエンジェルのマリュー達もそれにまだ気づいていない。

「くるぞっ、ネェルアークエ ンジェル!」

突如ブリッジに響いたムウと 同じ声にマリュー達は息を呑み…そして…前方に佇むセラフィムの砲口から蒼白い閃光がこもれているのに気づいた。

次の瞬間……セラフィムから ローエングリンの閃光が迸った。

「回避ぃぃぃぃぃぃっ!」

彼女は悲鳴に近い声を張り上 げるも……ノイマンとモラシムが上擦った声で叫ぶ。

「ダメです!」

「間に合わ……っ!」

真っ直ぐに伸びる閃光……ブ リッジへの直撃コースだ……瞬きさえできない一瞬のこと…クルー達の表情が恐怖に歪む間もない………

「マリューっ!!!」

その光景にムウが悲痛な声を 荒げる……刹那、自身の機体が何かに弾かれるように飛ばされ…混乱するムウを横に加速する機体………

誰もが、ブリッジを灼きつく す光景を描くも…その閃光はネェルアークエンジェルの前に割り込んだ機影によって遮られた。

マリューらだけでなく…ムウ もその機影に眼を剥き、息を呑む。

ネェルアークエンジェルの前 方に割り込んだ片腕、片脚…多く欠損した赤紫の機影:ストライクファントムがブリッジの前に立ちはだかり、左腕に残ったシールドを掲げる。

あの瞬間……誰よりも逸早く セラフィムの攻撃に察したネオは反射的に機体を加速させ、回り込んだのだ。

戦艦の…ましてや陽電子砲を MSで防ぐのは無謀どころではない……だが…それでもネオは突き動かされ…シールドを掲げてローエングリンの一射を受け止めている。

「ネオ!」

ムウがその男の名を呼ぶ…… 敵でありながら戦友となった相手を………その時、ノイズに混じって声が響いてきた。

「へ、へへ……やっぱ俺っ て…不可能を可能に…………」

ネオはなにか不思議な気持ち だった……破棄されるはずであった道具……だが…今この瞬間…自分は他人のために命を投げ出している。後悔はない……それどころか…今、この瞬間にこうし ている事を誇れる気さえした………

ネオの顔を覆う仮面に亀裂が 走る………

「くそっ、今助け に……っ!」

ムウはストライクファントム を助けようとするが……耳をつんざくノイズとともに…ネオの言葉が響く。

「あばよ……ムウ=ラ=フラ ガ……惚れた女は…てめえの手で護ってや………」

刹那……ネオの仮面が砕け散 る………露になった金色の髪が揺れ…その下に現われるムウと同じ顔………その青い瞳が…ゆっくりと閉じられ……モニターから溢れるように覆ってくる閃光に 意識が呑まれていく………

その言葉を最期に……ネオの 声はノイズのなかに掻き消え、陽電子砲によってシールドが分解し、そして赤紫の装甲が融けて微粒子となって散っていく。頭部が砂のように崩れ落ち……白い 光に呑み込まれながら……ストライクファントムは炎を噴き上げて燃え尽きた………その残像が…ムウの眼に焼きつく………

「ネオォォォォォォ!!!」

ネェルアークエンジェルの前 方に四散する破片……戦友となりうる男は……ムウにとっての戦友は……その身を呈して護った………自分の愛する者と…仲間を………自分の代わりに………

ムウは拳を計器に叩きつけ る。

「バカ野郎………っ」

血が滲み出るほど唇を噛み締 めるムウ……そして…その視線が戦友の命を奪ったものへと向けられる………そして…その怒りに染まった眼が睨むように見据え……ネェルアークエンジェルに 向けて叫んだ。

「マリュー!!!」

その叫びに呆然となっていた マリュー達はハッとする。今……自分達を灼き尽くそうとした閃光から身を呈して護った機体の最期に……誰もが我を失っていた。

「も、目標…なおも接 近……!」

上擦った声で報告するサイ に……マリューは小さく頷き……そして命じる。

「ローエングリン…照 準………っ!」

展開されるネェルアークエン ジェルの右舷ブレードの砲口………ムウの声に微かに込められた悲痛な叫び…それを感じ取ったマリュー………砲口にエネルギーが集束し……蒼白い粒子が迸 る。

「撃てぇぇぇぇ! マ リュゥゥゥゥゥゥ!!!」

ムウの声に反応するよう に……ネェルアークエンジェルのローエングリンが火を噴いた。

解き放たれる閃光が真っ直ぐ セラフィムに伸びる……その閃光をブリッジから見据えるアズラエルとサザーランド……だが…もはや人としての恐怖さえない彼らには…その迫る閃光が齎すも のを理解することもできなかった。

遮るものさえなく……閃光は セラフィムのブリッジに直撃し…正面の強化ガラスを破り、弾ける閃光がアズラエルを灼き尽くしていく………

その顔は…最期まで醜悪な笑 みを浮かべていた………ブルーコスモスの盟主となり…そして全てを意のままに動かしてきた男の……呆気ない幕切れであった………

炎に灼かれ……アズラエルは 完全にこの世界から消滅した。

ブリッジを直撃し……その爆 発が船体にまで誘爆し……セラフィムは船体から炎を噴き上げ…やがて、大きな爆発のなかに四散していった………

その爆発を……マリューらは 凝視するように見詰め………そして…ムウはその爆発を見守りながら……己の不甲斐なさに毒づくように歯噛みする。

「………ネオ…お前は、俺な んかよりよっぽど強かった…お前は……」

散った戦友……他人の……自 分にとってはまったく関係のない者を護るために自分を犠牲にする……それは…気高い証………ネオは……クルーゼよりも強かった…己の運命に立ち向かったの だから………

「あばよ…そして……眠 れ………ネオ=ロアノーク……もう一人の俺…………」

ネオの意志は…自分が継いで いくと……ムウは静かに敬礼し………哀悼の意を浮かべた…………

 

――――C.E.71.10.2 21:38……

――――AA級5番艦:セラ フィム撃沈………

――――ブルーコスモス盟 主:ムルタ=アズラエル戦死…………

――――第88独立機動軍 ファントムペイン指揮官:ネオ=ロアノーク殉職…………

 

 

 

 

水を打ったように静まり返っ た一画……その場にいる者達の胸中はいかほどのものか……カムイは、呆然と…アクイラは困惑し……そして……アディンは皮肉さを漂わせながらその場に佇ん でいる。

ルシファーとラファエルの戦 闘に突如乱入したヴァニシング………そして…その砲口が向けられる先は、アクイラ……アクイラは表情に変化はない…だが、それでも驚きを隠せないようだ。

「01……思考回路がもう壊 れたと思っていましたが………」

客観的に呟くアクイラ……な にしろ、アディンとの思考の繋がりはMCのなかでも唯一強い……そして…そのアクイラは、既に度重なる措置に破壊されたはずのアディンが明確な意思を持っ て自分に銃を向けている事態に困惑している。

「……壊れているさ…まだ完 全じゃなかったみたいだがな……なあ、妹よぉ」

皮肉げに笑い、そして……そ の発せられた言葉にアクイラの眼が微かに瞬き、カムイが驚きの声を張り上げる。

「アディン! 君、記憶 が……っ」

「よう、久しぶりだな…… もっとも…こんな事言えた義理じゃないが」

苦笑混じりにカムイの問い掛 けに応じる……カムイは暫し呆然となっていたが…やがて、その表情が微かに喜色を混じらせてくる。

「………記憶が残っているだ けでなく…私のことも知っている……? 貴方には、そんな知識は……」

理屈抜きに受け入れるカムイ とは違い、アクイラは冷静に分析するもやはり混乱する。

アディンは間違いなく記憶を 持っている……いや…それだけではアクイラのことは説明がつかない……アディンはアクイラの存在さえ知らないのだから………

「……ああ…ただ知っただけ さ……お前という存在をな………アレだけ人の頭のなかを掻き回せば、嫌でも解かるさ」

不適に笑う……アルイラがイ リューシアとして地球軍に潜伏し、そして……双子ということでその脳波を操作できるかもしれないと踏み、幾度もアディンの意思を操作するために感応した。

どうやら……それが仇とな り、脳波パターンが伝わってしまったようだ。

「………そうですか。では、 貴方も一緒に壊します……」

だが、そんな理由はたとえ解 かってもアクイラにはどうでもいいことだ………ただ、破壊する対象が二つに増えただけ………ロンギヌスを構えるラファエルにヴァニシングも構える。

「お前はどっかに下がってい ろ……カムイ」

「そんな…独りでなんて無茶 だ!」

アディンの言葉にカムイは反 論するも……アディンは冷ややかに言い放つ。

「その状態ではどの道足手纏 いだ……俺との戦闘でかなり機体も損傷したはずだ……」

カムイもその指摘には押し黙 る……ヴァニシングとの戦闘でかなりのエネルギーを消費し、しかも後にラファエルとの戦闘で機体を破損した。

感情論でどうにかなる状態で はない……正確に言えば、ルシファーはもう限界なのだ。

「……お前は元々、俺やあい つらと違って戦闘技能は低い………それにな……あいつだけは…俺の手で決着をつける」

元々、初期被験体であるア ディン……そして、その後に生み出されたレイナとリンは戦闘技能に関しては多く仕組まれたが……カムイはそういった技能がほとんどなかった。

それに……アクイラは……双 子である彼女だけは……自分が相手しなければならない……今この瞬間……自身の意志で戦えることを………アディンは運命に感謝した。

刹那、弾けるようにヴァニシ ングのガトリング砲が火を噴く……放たれる銃弾だが、ラファエルはその4枚の翼を拡げ、銃弾をかわす。

舞い、そしてオロチを連結さ せ…高出力ビームにして解き放つ。

鋭く伸びるビームがヴァニシ ングの装甲を掠め、融解させる…その瞬間、ラファエルはビームクローを展開し、襲い掛かる。

突撃し、ヴァニシングを切り 裂く……胸部に刻まれた斬撃………アディンは小さく舌打ちしながら、ミサイルポッドを開放し、ミサイルを一斉射する。

追尾機能を備えたミサイル群 が軌道を変え、ラファエルに迫るも…ラファエルはビームキャノンを放ち、ミサイルを撃ち落とし、両機の間を爆発が咲き乱れる。

爆発が両者の視界を覆う が……アクイラは正面以外の四方からの攻撃に気づき、機体を捻るも…四方から放たれた攻撃を全てかわすには間に合わず、翼の一枚が僅かに掠められ、欠け る。

視界が開け……正面に佇む ヴァニシングから伸びるワイヤー……ガンバレルが展開され、ラファエルを包囲していた。

アクイラはそれらを一瞥しな がら、無機な眼をヴァニシングへと向ける……アディンも微かに笑みを浮かべ、ガンバレルを引き戻し…ステルスライザーを分離させ、自動操縦に切り換えて分 散する。

対し、アクイラもラファエル を分離させ、ディスピィアと怪鳥になり…分散して襲い掛かる。

戦闘機と怪鳥が交錯し、互い に制御され…設定された敵機に向けて攻撃を繰り返すなか…ディスピィアはロンギヌスを振り被り、ヴァニシングに突き掛かる。一点の破壊力とそのリーチ…… そしてスピード………ヴァニシングに反撃の暇さえ与えようとはせず、幾条も突き放つ。

「貴方はもう用済み……ここ で消えてもらいます」

「それは結構……だが、俺独 りじゃない………ぜっ!」

繰り出された槍をかわし…… 懐に入り込んでヴァニシングは腕のグレネードを至近距離で放ち、爆発がディスピィアの頭部で起こる。

ヴァニシングは追い討ちをか けるようにビームアクスを振り上げるが……突き出されたビーム刃の槍の穂先でビームアクスの刃を受け止める。

その神憑り的な応戦に……ア ディンが息を呑む。煙が晴れ…僅かに焼け焦げた頭部の真紅の瞳が睨む。

「出鱈目な戦い方ですね…… だから、貴方は失敗作だったのですよ」

侮蔑しながら、ディスピィア はロンギヌスを手首を捻って回転させ、ビームアクスを弾き…ビームキャノンを放つ。

放たれた閃光がヴァニシング に襲い掛かり、アディンは咄嗟にガトリング砲を引き上げて防御するも、砲身が爆散する。

「ぐぅぅぅっ」

爆風を直撃し、距離を取る ヴァニシングに…ディスピィアはロンギヌスを回転させ、構える。

「失敗作は不要……それ が……」

「奴の…カインの望み……違 うな」

アクイラの言葉を紡ぐように 吐き捨てるアディン………口元から微かな鮮血が零れ落ちながらも、鼻を鳴らす。

「そう口にしたのは奴じゃな い……その言葉を口にしたのは…………」

口に出そうとした瞬間…… ヴァニシングに鋭い衝撃が走る。

「がぁぁぁっ!」

ディスピィアの放ったオロチ の一撃がヴァニシングの脚部を吹き飛ばす。

「アディン!」

弾かれるヴァニシングを受け 止めるルシファー……カムイはアディンに言い募る。

「アディン、それ以上は無理 だ…っ」

ただでさえ、FRSによる過 負荷がかなり大きいはず……だが、ヴァニシングはルシファーの手を振り払う。

眼を瞬くカムイにアディンは 低い声で一瞥する。

「これは俺の問題だ………お 前は手を出すな」

息を呑むカムイを置き……ア ディンはディスピィアを見据え、口を開く。

「図星か……言ったはずだ… お前の感応波によってお前の記憶が俺にも共有されているとな………」

双子であるアディンとアクイ ラの精神感応……それは、互いに記憶の共有が可能という一種の能力を生み出した。元々は、一個の個体から分裂した二人……元々一つだった命が二つに分かれ ただけ………

その共有する記憶のなかに過 ぎり…これまでずっと封じられていたもの………自分の…いや……MC達にとっての禁忌………

「………あの男が…生きてい るんだな……」

核心を衝いたアディンの言葉 に……これまでほとんど崩れることのなかったアクイラの鉄仮面が僅かに顰まる。それを感じ取り、アディンは笑みを浮かべる。

だが、意図が掴めずカムイは 困惑する。

「どういうことなんだ、ア ディン……あの男………?」

先程から交わされる言葉の内 容がまったく解からない……アディンは困惑するカムイに対し一瞥すると、今一度アクイラを見据える。

「俺が失敗作というのは否定 しないさ……事実、あいつら程の安定は俺にはなかった…そして……お前は死人で再生された……俺達は、かなり数奇な運命に好かれたようだ」

自嘲気味に哂い、眼を伏せ る……過去の記憶は薄い………そのなかで出逢った妹に当たる二人………あの二人は間違いなく…自分よりも深い闇から生を受けた………それ故に……失敗作と 罵られた自分とは違う………

そして…眼前の少女は自身の 分身といって等しい存在………だが、彼女もまた自分と同じ境遇を強いられている……失敗作と人形………だからこそ…奴を闇へと還すのは自身の最期の仕事な のだ………

「それ以上は話させません… 続きは、地獄で解いていただきます………01」

ディスピィアはオロチを連結 させ、大型砲として発射する……放たれた閃光がヴァニシングとルシファーを裂き、ヴァニシングは加速する。

「保ってくれよ……この身 体っ!」

自身に言い放つように叫 び……ヴァニシングが唸りを上げて加速する。

怪鳥と激しい激突を繰り返し ていたステルスライザーを呼び寄せるも…既に機体がいたるところで損傷を負っている。

ステルスライザーからロング ライフルを掴むと同時に離脱する。刹那、自動制御のステルスライザーが加速し…ディスピィアへと加速する。

エクツァーンとアシッドシ ザースを放ちながら迫り、ディスピィアは回避しようとするが…動きを封じるように撃ち込まれるビーム………ハッと顔を上げると、そこにはビームライフルを 構えるルシファー……手出しは無用と言われたが、やはりただ見ていることはできない。

微力でも援護しようとした が…それが結果的にアクイラの意表を衝き、ステルスライザーがディスピィアにクローを展開して掴み掛かり、捕まえる。

動きを封じられたが…こんな ものはすぐにでも解けると力を込めるが……その刻…脳裏を走る気配………ロングライフルを構えるヴァニシングの姿が映った瞬間……ステルスライザーは突如 降り注いだビームにボディを撃ち抜かれ……残っていた弾薬に引火し、爆発を引き起こす。

巨大な爆発がディスピィアを 襲い……爆煙が朦々と立ち込める。

ロングライフルを下げるヴァ ニシング……アディンの表情は変わらない…あの程度で倒せるのなら、苦戦はしない。

そして……それを裏付けるよ うに………拡散する爆煙の奥から姿を見せる影………なんとか原型は留めているが……それでも、頭部のカメラアイが砕け、左腕を欠損している。

コックピットで……アクイラ は虚ろな眼を向ける。その顔に…鮮血が流れ落ちる。

計器類も一部がショート し……操縦桿を握る手にも血が滲んでいる…だが、アクイラの表情は変わらない。

ディスピィアの許に飛来する 怪鳥が分離し……傷つくディスピィアを取り込み、ラファエルが再び翼を開く。

「ミラージュコロイド……作 動………」

ラファエルの残った右眼が鈍 く輝き……その姿を周囲に溶け込ませていく。

モニターやセンサー類からも 完全に消えたラファエル……表情を顰め、周囲を窺うアディン………次の瞬間……ヴァニシングは左腕を斬り飛ばされた。

完全に姿を消したラファエ ル……そして、その高機動を発揮し、右手のロンギヌスを振りながらヴァニシングに襲い掛かる。

振り薙がれた一撃が今度は右 の肩アーマーを吹き飛ばす……アディンは歯噛みしながらロングライフルを放つも、やはり姿を確認できない以上…それは無意味でしかない……だが、邪魔なも のは処分しようと、虚空から伸びるビームがロングライフルの砲口を貫き、砲身が爆散する。

「ぐぅぅっ!」

破壊されたロングライフルを 捨て、ヴァニシングは残ったガンバレルを展開する。

ビームを放ちながら…アディ ンはラファエルの動きを読む。同じ感応波を用いているのなら…その感応波の共鳴を利用し、軌跡を辿る。

「っ!」

その動きを捉えた瞬間……虚 空に向かってガンバレルを放つ。

発射された4条のビームが 真っ直ぐに伸び、虚空を走る……ビームが機体を捉え、ラファエルの装甲が僅かに砕け散る。

だが、相手は姿を見せな い……手応えはあったが、致命傷には至らなかった。次の瞬間、ガンバレルは次々とその場で貫かれ、空中で四散する。

頼みの綱、ガンバレルを破壊 され…もはやダルマとなってヴァニシングに向かって鋭い突きと薙ぎが幾条も刻まれる。

「もはや抵抗することもでき ないでしょう……」

完全に天秤が傾き、勝機のな くなったヴァニシングに向けて容赦ない攻撃を繰り返すラファエル……姿も見せないラファエルの攻撃を、ヴァニシングは回避行動を取ることもできず、次々と 砕かれていく。

肩、腰部、バックパック…… そして…頭部に向けて突かれた一撃が、大きく貫通する。

「アディン……っ!?」

悲壮な声を張り上げるカム イ……アディンも苦しげな表情を浮かべている。ズルっと抜かれる刃……頭部の左側面を大きく抉られ、半壊した頭部……そして、アクイラの無慈悲な言葉が響 く。

「せめてもの情け……最期は 一思いに…楽にしてあげましょう…………」

もはや、あの状態からではど うやっても反撃などできない……最期のトドメを刺そうとロンギヌスを構える。

だが、アディンはその言葉に 悲観するどころか……不適な笑みを浮かべる。

「ああ、こい……よぉく狙 え………俺をな………」

まるで示すようにボディを張 り……コックピットを見せる。だが、その様子にカムイは戸惑う。

「アディン! くそっ」

いったい何を考えているのか さっぱり解からない…だが、みすみす殺されるのをただ見ているわけにもいかず、ビームライフルを構えようとするが…鋭いアディンの声が響く。

「手を出すなと言ったはず だっ!」

なおも強く拒絶するアディン に……カムイは表情を顰め…そして、アディンは挑発するように虚空に向かって囁く。

「そぉら……お前の手で…俺 を……殺してみろ………アクイラ!」

刹那……ヴァニシングの正面 に浮かび上がる機影………眼前でミラージュコロイドを解いたラファエルがロンギヌスを正面に構えて突撃してくる。

突き出されたビーム刃の槍の 穂先が……真っ直ぐにヴァニシングへと伸びる。それを見詰めるカムイの眼には、その瞬間がスローモーションのように映る………

ゆっくりと……伸びるビーム 刃が……ヴァニシングの腹部に突き刺さり……ビームが装甲を破り、そして内部機器を破壊しながらコックピットを灼き……アディンは血を吐き出す。

背中から生えるビームの穂 先……右手で構えるロンギヌスを突き出すラファエルと…串刺しになったヴァニシング………まるで…一枚絵のごとく展開される光景に……カムイは悲壮な表情 を浮かべる。

突き刺さしたアクイラはその 姿を何も感じないように一瞥し、槍を引き抜こうとした瞬間……屍となっていたヴァニシングは突如身体を痙攣させ……半壊した頭部の残った右眼が真紅に強く 輝いた瞬間……残っていた右腕が伸び、ラファエルの首を掴んだ。

「っ!?」

息を呑むアクイラ……そし て…その耳に声が飛び込んでくる。

「ぐっ……はぁ…こ、この攻 撃は流石に読めたからな………ようやく掴まえたぞ……」

下半身を灼かれ……血を流し ながらも……アディンは生きていた……それはひとえに…FRSに繋がれた神経と…MCとしての身体故か……だが、それも長く続くわけではない。

こうしている間にも……ジワ ジワと死の闇は迫っている。

トドメを刺すためにコック ピットを晒せば…必ず正面から向かってくる……そして、アディンは残った右腕に力を込め、掴み上げる首を離さない。

「……無駄な足掻きを」

所詮、往生際の悪い足掻きと 振り解こうとするが……外れない。

「どう…かな……カムイ!  今だ、撃てっ!」

不適な笑みを浮かべていたア ディンが唐突に叫び…アクイラがようやくアディンの意図を察し、そしてカムイが驚愕に息を呑む。

「そんな……そんなことをし たら、アディン! 君まで……っ!?」

この折り重なった状態で攻撃 すれば……間違いなくヴァニシングも一緒に……カムイに…そんなことはできない………

「どの道…俺はもう助から ん……ただでさえ、限界を超えていたんで…な………」

下半身を喪ったこともある が、それ以上にアディンの脳神経はもうボロボロなのだ……度重なる調整…そしてFRSによる負担増大……それは、アディンの全神経を完全に蝕み、破壊して いた……本音をいえば、もう喋ることもできないのだ。

だが……こうして喋り、戦え るばかりか……自分の意志でそれをやれるというのは…まさに奇蹟だろう……

だからこそ……最期の役目を 果たせねばならない……このもう一人の自分とともに……自分達は消えねばならない………

「ゴポッ…早く…しろっ…… 俺も…もう長くは……保たんっ」

滴り落ちる鮮血が、自身を突 き刺す槍へと流れ落ち、紅く染まる。

意識が既に朦朧とし……血を 吐き出す………抑える腕にも力がだんだん入らなくなる。カムイはなおも躊躇う。

そして…ラファエルのビーム キャノンが至近距離で放たれ、ヴァニシングを抉る。

両肩が吹き飛ばされ、拘束す る力が微かに緩まるも…ヴァニシングは決して離さず、ラファエルは拳を叩きつけ、突き離そうとする。

響く振動にコックピットが揺 さぶられ、アディンの意識を殺いでいく。

「ぐっ……急げっ! お前 が……俺のためと思うなら…俺をきょうだいだと思うなら……俺を…無駄死にさせるなっ! カムイ=クロフォード!!」

最期の気力を振り絞って発し た言葉……その叫びに……カムイは歯噛みしながら顔を上げた。

「……解かったっ」

悲痛な決意を固め……カムイ はルシファーのビームキャノンを構える。砲口にエネルギーが集束する………その姿に…アディンは安堵の笑みを浮かべる。

「そうだ……それでい い………」

「01! 貴方……っ」

耳に聞こえるもう一人の自分 の声………その声に自嘲気味な笑みを浮かべる。

「悪いな……お前を解放する には、この手しか思いつかなかった………」

「な、なにを………」

震える口調で呟くアクイラ に……衝撃的な言葉が突きつけられる。

「お前も……俺と同じ……… 誰かに操り人形にされた……失敗作は不要…それは……あの男の言葉だからなっ」

そうだ……その言葉は……何 度も聞いた………あのメンデルで…………そして悟った……この眼前の相手も自分と同じだと……

「あ……ああ…………」

刹那、アクイラの内になにか が脈打つ……動悸が激しくなり…呼吸が荒れる。

アクイラの表情が歪んでい く……その瞬間、ルシファーのビームキャノンの砲口に蒼白い粒子がこもれる。

照準トリガーを構えるカムイ の指が震える。

「アディン……う わぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

振り払うように叫び……トリ ガーが引かれる………ルシファーから発射される蒼白い閃光が、折り重なるヴァニシングとラファエルを呑み込んでいく………

ビームの閃光が装甲を融か し……全てを消滅させていく…………

「あ……わ、私は…………」

片言のように呟くアクイラの 意識は真っ白な閃光のなかに呑み込まれ……アディンは眼前に迫る閃光に安らいだような笑みを浮かべる。

「そうだ…それでいい……こ れで俺も…ようやく終われる…………」

苦痛に満ちた生……だ が………そのなかで唯一安らぎを齎してくれた時間……きょうだいとの出逢い………

アディンの脳裏に二人の少女 の姿が過ぎる。

(いいか……油断する な………あの男が……お前達を狙っているということを………)

カインではない……それ以上 に高みから見下ろしている男………その男の眼が向けられているのは………

そう……心の内に呟き……ア ディンの意識は真っ白な閃光に覆われ、深い闇のなかへと堕ちていく………

ようやく訪れた解放の 刻………そして………こうして死ねる瞬間を……彼は運命に感謝した…………

刹那……ヴァニシングが爆発 し…ラファエルもその爆発に呑み込まれる………一際大きな閃光が咲き乱れ…それを見届けたカムイは涙を浮かべながら、コンソールを叩きつけた。

「アディィィィィンンンンン!!!」

何度もコンソールを叩きつ け……カムイの悲痛な叫びが宇宙に木霊する………

自らの手で奪った……親友の 死に…………ただ……最期の最期で笑って逝ったアディン……カムイは……己の手で救うことはできたのだ………

闇に囚われていた魂を……… ただ……涙を零しながら………………

 

――――C.E.71.10.2 21:51……

――――GAT−X414: ヴァニシング消失………

――――アディン=ルーツ殉 職…………

 


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