ガブリエル、ウリエルと反応
が途絶えたことをセンサーで確認したウォルフはやや感嘆したように顎の無精髭を弄りながら漏らす。
だが、その片手だけは操縦桿
を動かし、ゲイルはフリーダムとドレッドノートHの相手をしている。
「ほう……06に続いて08
まで死んだか………とっ!」
まるで世間話でもするかのよ
うにビームを放ってくる2機に向けてビーム砲を放つ。フリーダムとドレッドノートHは左右に分かれ、ビームサーベルとビームサーバーを展開し、弧を描くよ
うに加速する。
左右から突撃し、先制を仕掛
けるドレッドノートHが振り薙ぐビームサーバーを左手のビームサーベルで受け止め、連撃を仕掛けるフリーダムの振り下ろすビーム刃を右手にもビームサーベ
ルを抜いて受け止める。
両の手で受け止めながら、キ
ラとカナードは歯噛みし、押し切ろうとする…ウォルフは愉しげに鼻を鳴らす。
「俄仕込みとは思えん程の連
携だな……結構結構! 流石俺の息子達だぜっ…だがなっ!」
刹那、ゲイルは押しを止め、
瞬時に機体を飛び上がらせ…押し合う力が突然切れ、勢いのまま前のめりに態勢を崩すフリーダムとドレッドノートHは激突しそうになるが、咄嗟に操縦桿を引
き、機体が互いに掠めながらなんとか前方へと流れる。
「くっ!」
「ちっ、姑息な真似を!」
カナードが毒づき、ビーム砲
を展開し、一斉射する。
だが、ゲイルは螺旋を描くよ
うに回避する…まるで、本物の翼でも生えているかのような俊敏な動きでビームの火線を外しながら、ファーブニルのビーム砲を放つ。
ドレッドノートHは光波シー
ルドで受け止め、拡散させる……そして、ウォルフは真横から仕掛けるフリーダムに気づく。
「えぇぇぇいいっ!」
渾身の一撃とばかりに振り払
う一撃を、ゲイルは軽やかにかわし…大きく振って隙を見せるフリーダムに向けてファーブニルを放ち、反応の遅れたフリーダムはその竜の牙の直撃を受け、弾
き飛ばされる。
「うわぁぁっ!」
そのままデブリに激突し、煙
を立ち込める……だが、ウォルフはすぐさま注意を斬り掛かってきたドレッドノートHに向ける。
両手にビームサーバーを展開
し、乱撃を打ち込んでくるが、それらの一閃一閃を身を傾けながらゲイルはかわし、ウォルフはまるでリズムに乗るように肩を竦める。
「どうしたどうした? そん
な感情剥き出しじゃ、俺には当たらん……ぞっ!」
斬撃の一瞬の隙を衝き、距離
を取ったと同時にクオスを展開し、短距離で発射する。
巨大な火球が放たれ、カナー
ドは反射的に両腕の光波シールドを掲げて受け止めるが、その熱量が干渉して爆発し、その爆風によって吹き飛ばされる。
「ぐおおおっっ!」
苦悶を浮かべながら弾かれる
ドレッドノートHもまたデブリを弾きながら飛ばされる。
「フッ……終わりか?」
揶揄するように呟いた瞬間、
フリーダムとドレッドノートHは飛び出し、ビームライフルを放つ。
ゲイルはそのビームを柳のよ
うにかわしながら、一気に距離を詰め…ファーブニルを放つ。
2機は分かれてかわし、目標
を失った竜の牙は後方のデブリを砕き、その顔をユラリと持ち上げる。
「ぐっ!」
キラは歯噛みする……明らか
にMS戦闘に関してはキラはウォルフに推されている。だが、退く訳にはいかない……
振り被り、ビームサーベルを
構えて突撃する…ゲイルはビームサーベルで受け止め、空いた拳をフリーダムの頭部に向けて叩き込む。
装甲が剥がれ、弾き飛ばされ
るフリーダム…ドレッドノートHもビームサーバーを構えて接近戦を挑んでくるが、装甲を掠めて斬り裂かれるもゲイルは意にも返さず、サイドのレールガンで
一斉射し、弾丸の嵐が2機へと着弾し、激しい振動に歯噛みする。
いくらPS装甲で護られてい
ても、これ程の連撃を受けていては、装甲の前に内部機器の方が衝撃でやられる。
レールガンを放ちながら距離
を取るゲイルは怯む2機に向けてファーブニルを発射し、竜の牙がフリーダムとドレッドノートHに噛みつき掛かり、2機は吹き飛ばされる。
キラとカナードは苦悶を浮か
べながらデブリに激突し、煙を噴き上げている。
滅多打ちにされた2機の前で
ファーブニルを戻し、佇むゲイル…追い討ちをかけるのでもなく、ただつまらなさげに鼻を鳴らす。
「やれやれ……この程度か、
葉巻一本吸い終えるまで保たんとはね………」
コックピットで葉巻を加え、
火をつけて噴かしながら、拍子抜けしたようにウォルフは肩を竦める。
「ぐっ…舐めるなっ!」
その挑発が癪に障り、カナー
ドは吼えてドレッドノートHが加速する。
「おおおっっ!!」
完全なる怒り任せにビーム
サーバーを幾条も振り払うドレッドノートH……ゲイルも両手にビームサーベルを構えて刃を受け止め、捌きながら口元の葉巻を噴かす。
「いい気迫だ…だが、動きが
単純すぎるなっ!」
捌きながら受け止め…動きを
止めると同時にゲイルは脚部を振り上げ、ドレッドノートHの腹部に蹴りを叩き込み、その衝撃をもろに喰らったカナードは唾を飛ばす。
態勢の崩れたドレッドノート
Hに向けてゲイルはビームサーベルを振り下ろす…だが、苦悶を浮かべながらも、カナードは眼を見開いて両手の光波シールドを展開し、受け止める。
スパークするエネルギーに笑
みを浮かべる。
「ほう……単なる直線バカと
思っていたが、意外と頑丈だなっ!」
互いに押し込み…弾くように
距離を取った瞬間、ゲイルは肩のビームブーメラン:ジュテーブを抜き、鋭く投げ飛ばす。
ビーム刃を纏いて高速で迫る
刃がドレッドノートHに向かってくるが、カナードは舌打ちして光波シールドで防御し、弾く。
「こんなもの……っ!」
こんな子供騙しの手と…シー
ルドを空けた瞬間、眼前にもう一基のジュテーブが迫っていた。
「っ!?」
息を呑む間もなく、本能故
か……機体をずらしてボディへの損傷が避けられたが、完全にかわすことはできず、ジュテーブがドレッドノートHの左腕を切り飛ばした…一拍後、爆発が機体
を襲う。
「ぐわっ!」
「ハハハっ! 直情バカには
効果的な手だっただろう…ん?」
小馬鹿にするように高笑いを
浮かべるウォルフにカナードは悔しげに歯軋りし、怒りに駆られてビーム砲を連射する。
ビームの火線に晒されたゲイ
ルだが、機体を掠めて余熱が融かす……怒りに突き動かされていてもその狙いは正確だ。
だが、正確ゆえに回避は容易
い……そして、ドレッドノートHはビームを放ちながら加速し、右手に構えるビームサーベルでゲイルに斬り掛かる。
振り下ろされる一撃はゲイル
を捉えられない…だが、カナードはニヤリと笑みを浮かべ、光波シールドの展開ユニットを脚部に向けて固定し、大きく振り被った。
「喰らえっ!」
咆哮と同時に振り上げられた
蹴りに付属した光波シールドの刃がゲイルの展開していたレールガンの砲身を斬り飛ばす。
カナードは笑みを浮かべる
も、ウォルフはさして驚いた様子を見せず、淡々にレールガンをパージしてドレッドノートHに叩きつけた。
刹那、レールガンが爆発し、
衝撃が機体を揺さぶる。
「ぬっ!」
歯噛みし、一瞬視界を失った
カナード……次の瞬間、眼前に飛び込むゲイルがその拳を振り上げ、拳をドレッドノートHに向けて叩き込んできた。
「おらっおらっおらっお
らぁぁぁぁっ!」
幾度となく叩き込まれる拳の
重い一撃がボディと頭部に撃ち込まれ、最後の一撃がボディへと鋭く叩き込まれ、ドレッドノートHは勢いよく弾き飛ばされ、残骸である戦艦の甲板へと叩きつ
けられた。
「なかなかいい手だった
な……流石に面白い手を使ってくれる…葉巻を一本燃え尽きさせただけでも上出来だぜ」
やや称賛するように咥えてい
た煙草を計器に向けて握り潰し、コックピット内だということもお構いなしにウォルフは煙をコックピットに充満させる。
まさか、光波シールドのケー
ブルを脚部に巻きつけて切り上げてくるとは想像もつかなかった……戦闘用に調整されただけはある。野生のカンとでも言おうか…それとも、執念か……だが、
勝負の駆け引きはやはりまだまだだ。
フェイントに引っ掛かるあた
りが直情的な表れだろう……佇むゲイル…そして、その後方に現われるフリーダム………
「おやおや…ようやくお目覚
めか、小僧」
だが、まったく動じずに眼を
細め、ゲイルはフリーダムの振り下ろすビーム刃をビームサーベルを抜いて受け止める。
「くっ!」
受け止められると同時にフ
リーダムは後退し、ビーム砲を発射する。ゲイルもビーム砲を展開して発射し、蒼と黒のスラスターが展開され、ビームの激突が周囲に干渉し、粒子を振り撒
く。
それに紛れ、飛び出すフリー
ダムとゲイル……ゲイルがファーブニルのビーム砲を放ち、フリーダムはシールドで受け止めてビームライフルを撃ち返す。
ゲイルは悠々とかわし、鋭い
機動を2機は繰り広げながら狙撃を繰り返し、爆発と閃光が咲き乱れる。
交錯を繰り返しながら大破し
たナスカ級に接近し、フリーダムがナスカ級のエンジンを背にレールガンを乱射する。
弾丸のなかを掻い潜り、ゲイ
ルはビーム砲4門を展開し、一斉射する。ビームはフリーダムを掠め、ナスカ級のエンジンに直撃し、エンジンが爆発する。
爆発に呑まれるフリーダ
ム……ウォルフは爆発に視界を遮られる…刹那、爆発から飛び出したフリーダムは急加速でゲイルに肉縛し、バルカンを連射してゲイルの装甲を掠めさせ、ビー
ムライフルを発射する。
「そんな見え透いた手にのる
かっ」
戦艦の爆発を利用して仕掛け
ようなど…見え見えの攻撃だ……ビームをビームで打ち消し、一瞬両者の視界が遮られる。
「今っ!」
キラは操縦桿を引き、フリー
ダムはスラスターを噴かしてゲイルを掠めるように加速し、ゲイルの後方へと回り込む…そして、左手に握られるもう一丁のビームライフル……シールドの裏に
装備していた予備ライフルを構える。
ウォルフも眼を僅かに見開
く……キラは眼を細める……この距離ならコックピットを外さない……だが…キラが僅かに迷い…トリガーを引くタイミングが僅かにズレ、放たれたビームは振
り被ったゲイルの左肩を掠め、抉るも……回避された。
キラは息を呑み、ウォルフは
鼻を鳴らす……次の瞬間、フリーダムは至近距離から放たれたファーブニルに弾き飛ばされる。
「ぐぅぅぅっ!」
苦悶を浮かべながらキラは操
縦桿を引き、スラスターを噴かせて態勢を立ち戻す。
なんとか立ち直り、静止する
フリーダム……ウォルフはつまらなさ気に肩を竦める。
「なかなかいい動きした
が……所詮は甘ちゃんか、ガッカリだぜ」
あの一瞬の動きは少なくとも
ウォルフの予想を上回る反応を見せた……だが、そのウォルフを殺れたかもしれない一瞬の勝機を見逃すとは………
「お得意の不殺って奴か……
だが、そいつはお前の甘さであると同時に傲慢よ……ええ、最高のコーディネイター?」
揶揄するように放たれた言葉
にキラは一瞬詰まる。
できるだけ殺さないように戦
う……キラは不殺を己の信条とした……確かに、それは並大抵ではできない技量と能力があって初めて裏付けされるもの……だが同時に…それは相手の生殺与奪
さえも自由にできるという側面がある。
物事は全て一方的な見方では
ない……どんな物事にも正負の両面はある……キラの自身への信念も他人から見れば傲慢と取られる………
「っ、僕は……っ!」
反論できない自分が酷く腹立
たしい……キラはそれが善しと思っていても、それは所詮キラの独り善がり……客観的に見ればそれは余計なお世話でしかない。
「お前の能力があれば、相手
を殺すのとて容易いだろう……本気で殺そうと思えばなっ」
刹那、加速するゲイル……気
を取られていたキラは反応が遅れ、その突進に直撃を受け、そのまま吹き飛ばされる。
加速したゲイルに押され、デ
ブリに激突する……衝撃がコックピットを襲い、身体を強く打ちつける。
「ぐぅぅっ」
呻くキラ……デブリに倒れ込
むフリーダムに向けてゲイルは足を振り下ろし、足がフリーダムの右腕を踏みつける。
「それとも……お前は本気を
出す必要がないのかな? 本気を出さずとも戦えると……」
試すような…それでいて挑発
を含む問い………本気で戦っていない……戦場を所詮自身の力の誇示の場所として捉えているのかという問い…キラは思わず反論する。
「違うっ! 僕は…僕
は……っ」
少なくとも、キラは本気
だ……本気でいかねば、相手を殺さずに戦闘をするなど無理だ。
だが、その答えにもウォルフ
はさして興味を引かれず一瞥する。
「やれやれ……所詮は自分の
能力さえ満足に使えない奴か……能力があっても使いこなせていないなど……」
優れた能力を持ちながらそれ
を使おうとしない……宝の持ち腐れとはこういったことを指すのか……最高のコーディネイターとして調整された者にしては…まったくの興醒めだと……
「こんな自分の能力さえ満足
に扱えない奴が最高のコーディネイターとは……俺のオリジナル様は相当耄碌してたみたいだな」
何気に漏らした一言にキラは
息を呑む……そうだ…この男は……自分の父のクローン調整体……言わば、自分の父親と遺伝子上は違わぬ存在……自分と同じ血を持つ存在なのだ。
「あの女とは正反対……能力
はともかく、まったく戦いに向かんな」
侮蔑するように鼻を鳴らし、
ゲイルは呆然となっているキラに向けて腕を伸ばし、フリーダムの首を掴み上げる。
掴み上げると同時に大きく振
り被り、再度フリーダムをデブリの残骸に叩きつける。うつ伏せに叩きつけられ、キラは再度襲う衝撃に呻く。
「お前が戦うのは何のため
だ……?」
「ぐっ……? 僕の…戦う理
由………?」
唐突に問われた言葉に…朦朧
とする意識のなかで思わず反芻する……そんなキラの状態を気にもかけず、なおも言葉を続ける。
「そうだ……あの男…お前の
きょうだいを見てみろ……奴は少なくとも戦士だ……戦うことに関しての能力はお前よりも上……そしてなにより、俺を殺そうとかかってくる……」
カナードの剥き出しにする闘
志や殺気は少なくとも本物だ……キラのような甘さはない…敵となったものには全力で向かってくる…それはウォルフにとってなかなか好感がもてるものだ。
「お前は何故戦う……仲間の
ため? 平和のため? 戦争を終わらせるためか? とんだ期待外れだな」
ゲイルはフリーダムの頭部を
掴んだまままたもや振り被り、左拳でフリーダムを殴り飛ばす。
弾かれたフリーダムはデブリ
の表面を抉りながら吹き飛ぶ。
数メートル抉り、止まったフ
リーダム……コックピット内でキラは呻きながらゲイルを見据える。
「戦うのは所詮己自身……戦
う理由も所詮は自分独りのもの………理想? 正義? はっ、いくら綺麗なお題目を掲げようともそこにあるのは純粋な敵意と殺意……そして戦うことへの悦
び……己の全てをかけて戦うなかで交わす命のやり取りは最高じゃないか」
理想・正義・悪……お題目は
いくらでも上げられるが、そこに存在するのは所詮、対立するための言い訳でしかない。
戦うのは独り…敵もまた独り
の意志……命をかけて戦う死闘のなかにおいてはそんなものは所詮建前の霞……戦う理由は個人のもの……
キラにとっては不殺こそが個
人的理由……ウォルフにとっては快楽こそが求めるもの……それが受け入れられないからこそ、こうして争っている。
「人間、生きるために空気を
吸うのをいちいち理由づけるか? それが必然だからさ…俺にとってはこう生きることが俺の存在意義よ……命をかけた戦いのなかでこそ味わえるこの興奮と昂
ぶりはな」
誰もが生きる上で理由がない
ことを無意識に行なう……空気を吸うのに理由をつけるような馬鹿はいない……それと同じこと……いちいち理由などつけて戦う必要などありはしない。
純粋に戦いを愉しめればい
い……そして、今の自分達がそうだと言い放つウォルフにキラは歯噛みする。
「僕が…僕が戦うの
は……っ!」
「平和のためか? そして、
それが自分にとっての責任…それとも義務感かな?」
言葉を制され、キラは口を噤
ませる……キラが求めるのはこの終わりなき連鎖の果てにある平和……そして、この戦争に関わった者としての責任…それ以上に彼を突き動かすのは彼の出生に
纏わる義務感………
キラ自身が自覚していない理
由……だが、無意識でそう憶えていた理由……そのウォルフの返答に息を詰まらせる。
「そんなものを糧としても所
詮は自己満足だ……本気で戦うなどなれない………実につまらない優等生の模範的回答だな」
拍子抜けに肩を竦め、ウォル
フは口元を歪める。
「いや…それともお前が戦う
のは………あの忌まわしい記憶から逃れるため…かな?」
その言葉にキラが眼を見開
き、息を呑む……動悸が激しくなる。
脳裏を掠めるは自分の出
生……フィリアから伝えられ…マリューに渡された父の研究日誌から知った自身の出生………
始まりの地:メンデル……そ
の奥深くの研究所で今なおその身を晒す胎児の亡骸………冷却槽に浸かったカプセル……幾十・幾百もの命が弄ばれ…犠牲になった……他でもない…自分の父の
手によって……自身を生み出すために………
犠牲になったきょうだい
達……そして聞こえる怨念………冷たい感覚……それらがキラの内を渦巻き、激しい悪寒を齎す。
決して逃れられぬ業……だ
が、キラは無意識に逃げたいと感じていたのかもしれない……あの忌まわしい過去から………逃げたいと………
「ち、違う! 僕
は……っ!」
一瞬、思考を支配した考えに
被りを振り、必死に否定しようとする……その答に、今度こそ心底呆れたとでも言うように落胆の声が響いてくる。
「ここまで腑抜けとは……あ
の女とはまったく別だな……お前が大事に想っているあの女とは」
キラの鼓動が大きく脈打
つ……見透かされたという羞恥と驚愕……ウォルフはなおも言葉を続ける。
「あの女はハッキリしてい
る……義務感も使命感もない……ただそこにあるのは明確な敵意のみ……敵となった者を倒すというな……」
そう……彼女は少なくとも理
想や正義に陶酔などしない……あくまで現実的だ…そしてなにより……自身のために戦うという強い意志がある……
「所詮、他者を助けるなど結
果論でしかない……戦うのは所詮己のみ………そして……お前が俺を止められないなら……俺は奴との決着をつける……俺の愛しい女となっ」
「っ!? う
わぁぁぁっっ!!」
刹那、キラの内で弾ける感
覚……だがそれは…いつもと違うもの……純粋な殺意と怒りを滲ませる赤い種子………砕け散った瞬間、キラは咆哮を上げ、フリーダムの眼が輝き…スラスター
が強引に機体を持ち上げさせ、一気に加速した。
咄嗟のことに反応できず、そ
の突進を喰らい…ゲイルは弾き飛ばされる。
「むっ!」
僅かに表情を歪ませ…だが次
の瞬間、フリーダムが懐に飛び込み、蹴りを叩き込んだ。
弾かれたゲイルに向かったフ
リーダムが加速する……コックピット内でキラは怒りに吼える。
「うおおぉぉぉっっ!!」
キラの眼に漂うは純粋な敵
意……大切なものを護ろうとする意志が摩り替わった純粋な敵意……それに突き動かされ、フリーダムはビームサーベルを抜く。
ゲイルもビームサーベルを抜
いて振り下ろされる刃を受け止めるが、フリーダムは幾条も腕を振るい、連撃を浴びせる。
鋭く…そして重く振り下ろさ
れる刃にゲイルは防戦一方になり、キラは続けて至近距離でビーム砲を発射し、ゲイルはスラスターを一部捥ぎ取られ、失速する。
その先程とは打って変わった
戦闘能力に、ようやく立ち上がったカナードは言葉を失う。
「なんだ、あの動きは……ア
レが奴の動きだと………」
そのまるで阿修羅のごとく容
赦ない攻撃を浴びせるフリーダムの姿は、カナードから見ても驚愕に値するもの……その眼に映えるは純粋な敵意と殺意……その眼が、以前の自身と重なる。
その発する気配に僅かに気圧
されるも…カナードは歯噛みして加速させる。
なおも続く応酬……全砲門を
展開し、息つく間もない程の連射を浴びせるフリーダムにゲイルは回避に手一杯になるが、装甲を掠め、融解させる。
怯み、態勢を崩すゲイルにフ
リーダムは肉縛し、フリーダムはビームサーベルを握る拳を叩き込み、頭部を殴り飛ばし、蹴りを叩き入れた。
吹き飛ばされるゲイル……追
い討ちをかけるべく加速するフリーダム……モニターに映る機影と口元から微かに垂れる鮮血を舐め、ウォルフは哄笑を上げる。
「フハハハハ! いいね…最
高だ! これだ……これが見たかった! それでこそ最高のコーディネイター…そして、あの女と同じ血を持つ者だっ!」
高らかに哂い、ゲイルは態勢
を戻し…真っ直ぐ斬り掛かってくるフリーダムに向けて胸部ハッチを開放し、クオスを構える。
最速でチャージされるエネル
ギー……3つの砲門から迸るエネルギーが巨大な火球を造り出し、次の瞬間、炎の球体が打ち出される。
「っ!?」
半ば無呼吸状態に陥っていた
キラの眼が初めてその炎によって見開かれる。
最高速に乗るフリーダムは今
からでは減速できない……真っ直ぐにこのまま炎に突撃するだけ……炎が眼前に迫った瞬間、フリーダムは突き飛ばされるように弾かれる。
ウォルフがやや眼を細め…弾
かれたフリーダムは突き飛ばした機体:ドレッドノートHとともに逃れるも、ドレッドノートHは炎を僅かに喰らい、バックユニットが破損する。
縺れるように2機はデブリに
激突し、その衝撃でキラはようやく呼吸が戻り、激しく乱す。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
焦点が合わない……今の自分
の状態にキラは茫然自失となる……そこへ響く声………
「ぐっ……おい、無事
か!?」
「あ…カナード………僕
は…」
聞こえてくるカナードの声に
震えるように答え返す。
「この馬鹿野郎がっ! 貴
様、以前俺に言ったことはどうしたっ! そんな怒り任せで自滅するのが貴様のやり方か、キラ=ヤマト!」
叱咤するような叫び…だが、
その言葉にキラの思考は冷水をかけられたように急速に冷めていく……遂先程までの自分の行動を………
ただ相手を……壊したいと…
憎いと………怒り任せに我武者羅に振るっていた……その事実に思わず手が震えそうになる………
「僕は………僕は…っ」
「貴様が言った甘い覚悟とや
らはどうした!? そんな簡単に崩れるほど、貴様の覚悟は弱いのか!」
カナードの言葉にハッとな
る……脳裏に…かつてのレイナと交わした言葉が過ぎる……もう逃げられないと……覚悟を以って決めた道なら………決して迷うなと……
たとえそれがどんなに甘い道
でも………自分自身で決めた道なら……決して迷うなと……
キラは自身に対して情けない
思いでいっぱいになる……あんなに簡単にぐらつく程、自分はまだまだ覚悟も足りない……誓ったはずなのに……護るために…そして……どんなに苦難があろう
とも……突き進むと………
今一度、キラは己に向かって
叫ぶ……折れるなと…この程度で簡単に敗れるなと……
「カナード……ごめん、あり
がとう………」
「フン…それよりも、不本意
だが二人掛りでやるぞ……悔しいが、あの男の力は掛け値なしに本物だ」
そっぽを向き……そして悔し
さを滲ませて言い放つ。認めたくはないが……ウォルフの能力はまさに超一流だ……キラとカナード……単独では愚か、単純な連続攻撃も通じない。
今のキラの動きは確かに異常
だったが…それでもただ闇雲に力任せにぶつかっても通じる相手ではない。
キラもそれには神妙な面持ち
で頷き返す。
「相談タイムは終わりか
な……今の攻撃はなかなか良かったがな…所詮は独りでは戦えない連中の涙ぐましい友情劇だな」
舌を舐め回し、鮮血を呑み込
んで吐き捨てるウォルフ……キラはキッと見据える。
「確かに……僕は弱い人間で
す………傷みや苦しみから逃れたい…それは否定しない…でも、僕は戦います……仲間と…そして……大切なものを護るためにっ」
誰だって嫌なことからは逃れ
たい…眼を逸らしたい……それは誰にも責めることもできない行為だ……だが、いつかは決して逃げてはならない刻が必ずくる………そして…キラにとっては今
がその刻………
ここでただ自分の負の感情の
ままに戦い、相手を殺しては…自分を一生軽蔑し続けるだろう…だからこそ……自分の信じるもののために戦う………
仲間と……大切なものを護る
ために………自身が信じるもののために…………
「結局はそれか…ならそれで
も構わん……こいっ!」
構えるゲイルに向けてドレッ
ドノートHとフリーダムが加速し、連携してゲイルに襲い掛かる。先程よりも連携を優先した戦闘にウォルフは表情を緩める。
両手にビームサーベルを抜
き、フリーダムとドレッドノートHの繰り出す刃と交錯し、エネルギーを周囲に飛び散らせる。
だが、先程のゲイルのクオス
によってビーム砲を一門失ったドレッドノートHは明らかにパワー不足に陥り、フリーダムの斬撃を受け止めると同時にゲイルは左腕のファーブニルを放ち、牙
がドレッドノートHに噛みつき、そのまま伸びる。
「ぐぅぅぅっ! 何度も、同
じ手でやられるかっ!」
衝撃に呻きながらも、カナー
ドは操縦桿を動かし、ビームサーバーを展開し、自機に噛みつく竜に向けて突き刺した。
ビームが竜を貫き…一拍後、
竜が爆発する。
「ちっ!」
左腕のファーブニルを喪い、
ウォルフは僅かに舌打ちする。だが、爆発を直で受けてドレッドノートHもすぐには動けない。
左腕をパージし、残った右手
でフリーダムと交錯を繰り広げ、蹴りをフリーダムに叩き入れようとするが、キラの内で今一度弾ける感覚……刹那、シールドを離し、離脱する。
蹴りがシールドを弾き、飛び
上がったフリーダムがレールガンを放つ。
弾丸が着弾し、ゲイルが弾き
飛ばされる……だが、怯みもせずクオスを発射する。火球が一直線に襲い掛かり、キラは歯噛みしてスラスターを噴かし、火線を外して移動する。
その後を追うようにファーブ
ニルのビーム砲で狙撃する……フリーダムも回避しながらビームライフルを発射する。
だが、放たれたビームはゲイ
ルを大きく掠め……鼻を鳴らすウォルフだったが、次の瞬間…後方より飛来したビームに脚部を撃ち抜かれた。
爆発する脚部……眼を見開く
ウォルフ……ハッと振り向くと、そこにはこちらに向けられるフリーダムのシールド……
「反射させただと…味な真似
をしてくれるな」
こうなることまで予測して
シールドを離したのかと……ウォルフは機体を加速させ、ビームサーベルを振り上げる。
フリーダムもビームサーベル
を振り被り、交錯する刃がエネルギーをスパークさせる。
「さあ、もっと俺を愉しませ
ろっ! 息子っ!!」
「僕は貴方の息子じゃな
い……最高のコーディネイターでも、キラ=ヒビキでもない……僕は、キラ=ヤマトだ!!」
たとえ…どのような望みの果
てに生まれようとも……今こうして戦うのは紛れもなく自分の意志……キラ=ヤマトという証………
「はっ! 御立派御立派!」
鍔迫り合いで弾き、吹き飛ぶ
フリーダムに向けて連射されるビーム砲……だが、割り込むドレッドノートHが光波シールドで受け止め、残ったビーム砲で砲撃する。
「貴様も貴様だ……何故純粋
に力を振るわない? ただ戦いのみに全てを委ねればいいものを……」
「フン! 俺は俺の意志で動
く! 貴様の指図など受けん!」
誘惑のようなウォルフの言葉
を遮り、カナードは吼える……内にあるのは一人の少年……命をかけて自分に道を示した……ただその先が知りたいだけ………
その少年から託されたこの剣
を振るい…カナードは最後の攻撃に出る。
加速するドレッドノート
H……ゲイルはクオスを構え、一斉に放つ。巨大な火球が真っ直ぐ襲い掛かり、ドレッドノートHは残っていた光波シールドの発生ユニットを取り外し、一気に
投げ飛ばした。
両機の中間で展開される光波
シールド……2枚の重なるシールドに火球が着弾し、エネルギーの干渉が互いに爆発を引き起こす。
その爆発に僅かに怯むゲイ
ル……刹那、閃光のなかから飛び出すドレッドノートH……右手に残るビームナイフを振り被り、カナードは突撃した。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
爆発のなかへと突撃したド
レッドノートHはそのエネルギーを全身に受け、半ば満身創痍に近い状態ながらも…カナードの意志に応えるように瞳を輝かせ、振り上げられた渾身の一撃がゲ
イルの開かれたクオスの発射口ごと抉る。
だが、ウォルフも戦闘のプ
ロ……咄嗟にバックへと身を逸らし、発射口はビーム刃で抉られ、使用が不可になったが、致命傷ではない。
「甘いぜ坊
やぁぁぁぁぁぁっ!!」
振り上げられたままのドレッ
ドノートHに向けてビーム砲を放ち、右腕が吹き飛ばされる。
苦悶を浮かべるも…その表情
が不適に歪む。
「かかったな……地獄へ逝
け、あのクソの亡霊がっ!」
自身の内に刻まれた男の
顔……それに向けて叫び、カナードは機体を上昇させた。
そして、今までドレッドノー
トHの陰に隠れていたフリーダムが現われ…ゲイルを射線上に捉え、その砲口を向けている。
照準がゲイルを捉え……キラ
は瞳を見開く。
フリーダムの構えるビーム砲
とビームライフル……4つの砲門にエネルギーが集束する。
「これで……終わらせるっ!
僕達を縛る鎖を……っ」
キラ達を縛る鎖……課せられ
たもの……そして……自身の父と同じ存在だからこそ…自分の手で決着をつける。
トリガーが引かれ……フリー
ダムはビーム砲、そして両手のビームライフルを一斉射し…4条の火線が合わさってゲイルに襲い掛かる。
既に推進剤での脱出も回避も
不可能……姿勢制御も満足に取れず、また応戦できるだけの火力を持つクオスは既にドレッドノートHによって破壊されている……立ち往生し、ビームの奔流に
呑み込まれるゲイル……装甲が灼かれ、コックピットに膨大な熱が走り、眼前のモニターが割れ、ウォルフの身体が炎に包まれる。
「クハハハハハハっ! クハ
ハハ……」
不気味な哄笑を上げる…まる
で……地獄の業火のなかで彷徨う悪魔のごとく……その閃光がやがてゲイルの影を完全に呑み込み………爆発が発生する。
眩いばかりの爆発に眼を覆う
キラとカナード……だが、視界を開き…見据えるそこには…何も存在していなかった………
「やった……のか?」
戸惑いがちに呟くカナード
に……キラは無言のまま……そして、消え去った宙域を見やる。
父の亡霊……戦うことのみに
悦びを憶え、そして全てに対して戦おうとした男……己に絶対の自信を持って戦った男の最期のあの笑みは……いったい何を意味していたのだろう……キラは無
意識に胸元にあるものを掴む。
それは、出撃前にラクスから
託された指輪……自分は確かに赦されぬ存在だろう……だがそれでも……この道を選んだ………
仲間達とともに…そして……
大切なものを護るために戦うと………この道に終わりはない……あるとしたら…それは自分の死の刻だけ…………
だからそれまでは……進んで
いこう……この道を……険しくも…自身が選んだこの道を………
「動ける?」
「なんとかな…だが、戦闘は
もう無理だな」
主兵装は全壊……機体のダ
メージも大きい……動くのなら可能だが、一度やはり補給は必要だ。
逡巡するキラの許に…通信が
届く。
《…キラ……聞こ…すか……
ちら……ラク…で………キラ…》
ノイズ混じりに聞こえてきた
声に、キラは慌てて受信する。
「こちらフリーダム、キラ=
ヤマト」
《キラ、ご無事でしたか……
よかった…》
キラの声に安堵の笑みを浮か
べるラクス……キラも、その姿に同じように安堵を浮かべる。
「うん…ラクスも無事だった
んだ……よかった」
正直、ラクスが無事でホッと
しているのは事実だ……出撃前に交わした言葉がキラの内を占め、ラクスと戦闘中に離れてしまったために心配していた。
《ええ、御心配をおかけしま
したが、私は無事です……他の方々もなんとか無事です。それと、艦の方が合流してきているので、一度補給が必要でしたら……》
「いや、僕は大丈夫…このま
ま別の空域へ向かうよ。でも、一機だけ艦に着艦させてもらえるように指示を送って…こっちは損傷が大きいから」
フリーダムの状態を確認しつ
つ、ドレッドノートHに艦への合流コースを送る。
シールドは損失したが、機体
フレームに問題はなく…また携帯装備も使用可能だ。
《解かりました…今、アスラ
ン達がリンの援護に向かっています…ポイントはマーク16αです》
「解かったよ、すぐ向かう」
《お気をつけて》
通信が途切れると同時に、キ
ラはカナードに通信を送る。
「母艦が近くにきてるから、
一度そっちに後退して…座標はそっちに送っておいたから」
「ああ」
ドレッドノートHはすぐさま
身を翻し、母艦がいるポイントに向けて加速していく。それを見送ると、キラもフリーダムをリンが戦闘を行なっていると思しき宙域へと向けて発進させようと
する。
だが、今一度振り返り……遂
今しがたまで自身が戦闘を繰り広げた場所を一瞥する。
何故か解からない…だが、妙
な薄ら寒さが離れない……あの熱量を受けては、いくらなんでもMSでは保たないだろう。
なら、何故この妙な胸騒ぎが
消えないのだろうと……キラは自身に問い掛けるが、答は返ってこない。
釈然としないまま……キラは
結局身を翻し、フリーダムはその戦場を後にした。
そして……フリーダムが去っ
たと同時に……一つの影もまた…この宙域より加速していった…誰に気づかれるともなく………