決着が着きつつある戦場のな かで……鋭く飛び、交錯する黒と白の影……運命によって戦う宿命を背負った二人の姉妹……リンのエヴォリューションとルンのミカエルが凄まじい機動で幾度 もぶつかり、火花を散らせる。

互いにIRPA、そして FRSにより自身の能力を限界にまで引き出し、その激突はますます激しさを増す。

「っ!?」

エヴォリューションの振り下 ろすインフェルノをミカエルがアシュタロスで受け止め、錫杖を振り上げるも、エヴォリューションは次の瞬間には距離を取り、レールガンを発射する。

ミカエルも振り被ってキャリ バーを発射し、両機の中間点でぶつかり合うエネルギーが火花を散らし、エネルギーをスパークさせる。

刹那、リンとルンの脳裏に走 る感覚に眼を見開く。

「これは……っ」

これは…間違いなく、魂の砕 け散る感覚……しかも…自分達と同じ存在……MCとしての………散ったのは全部で3つ………

「ウェンド…テルス……敗れ たのね………」

その砕け散った気配にルンは 冷たく一瞥する……最初に消えたのはアディン…続けてウェンド、そしてテルス……所詮、連中も不完全な個体だったということ。

忠義や信念に生きるルンとは 違う……己の欲望や快楽のためにしか生きない連中だった…どうせ、遠くない未来において袂を分かっていただろう……カインに対して刃向かうなら、ルンはそ れが誰であろうと容赦なく叩き潰す。

そして、アクイラのラファエ ルのシグナルも先程から確認できていない……砕け散ったような気配はなかった…まだ生きているとは思うが、役立たずは要らない。

「そう……私独りで…あの人 の障害となるものを全て排除するっ!」

カインのために命を懸けられ るのは自分だけ……そして、自分はカインの剣であり盾…この身がたとえどうなろうとも……悔いなどない。

そして……まずその初めとし てこの眼前に立ち塞がる姉を……自身と同じクローン体である女を殺す。

カインのためだけではない… なにより……ルン自身の憎しみとして………

振るわれる刃を交錯させなが ら、リンは歯噛みする……確かに反応速度、動体視力はまるで機体と融合したような一体感を憶える。だが、そのフィードバックによる過負荷がまた大きい…… 長時間使用は…間違いなく危険だ。

「成る程…ね……確かに、こ れは長くはないわね……」

自嘲めいた笑みを浮かべ る……実際にシステムを起動させたのはこれが初だが……これ程の能力と過負荷があるとは…まさに諸刃の剣………

そしてそれは…奴も同じ…顔 を上げるリンの眼に映る純白の機体……ミカエルは鋭い機動でエヴォリューションに斬り掛かってくる。

アシュタロスを受け止め、蹴 りで弾き飛ばす…だが、ミカエルは錫杖を振り被り、次の瞬間…錫杖が幾つもの棍に分かれ、蛇のようにしなりながらエヴォリューションに襲い掛かり、リンは 舌打ちする。

やはり、あの錫杖の能力は厄 介だ……距離を詰めても開けてもあの伸縮自在の獲物ではどの間合いでも餌食になる。

ドラグーンブレイカーを展開 し、一斉に発射する…ミカエルもニビルリングを展開し、応戦する。

漆黒の宇宙に煌く幾条もの火 線……互いの機動ポッドが放つ攻撃が掠め、ビームを相殺する。その火線のカーテンのなかを網目を掻い潜るように飛翔するエヴォリューションとミカエル…… UFOのような鋭い軌跡を描きながら交錯するエネルギーをスパークさせながら相手に向けて振り下ろす。

「はぁぁぁぁっ!!」

「えええぇぇぇぃっ!」

渾身の一撃のごとく振り払わ れた一撃が交錯し、押す2機の距離が縮まり、その真紅の瞳に互いの顔が映る。

同じ存在から生を受け……… 自らの信じるもの…信念に従い、刃を交える………まったく同じ存在ながら対立する………本当の……双子の姉妹………

歯噛みするリンとルンは互い に相手を見据え、吼える……押し合っていた2機は互いに弾き飛ばし、距離を開ける。

「はぁ、はぁ……」

「はぁ、はぁ…っっ…」

呼吸を乱しながらも…ルンの 方は表情がやや苦しげに変わっている。

FRSによる過負荷が起こす 副作用が徐々にその身体を蝕んでいる……だが、ここで退くわけにはいかない。

錫杖を構えるミカエルにリン も表情を顰めながらエヴォリューションを構えさせる……己の命さえ厭わないその覚悟に…リンも退くわけにはいかない………相手が倒れるか…自分が倒れる か……二つに一つなのだから………

二人を突き動かす純粋な想い と信念……ヴィサリオンを構え、トリガーを引く。

放たれるビーム弾丸のなかを 掻い潜るように加速し、ミカエルは胸部姿勢制御バーニアで動きを小刻みに動かす。

距離を詰めると同時にキャリ バーで砲撃する…だが、エヴォリューションは沿うように回避し、デザイアで応戦する。

13条のビームが襲い掛か り、ミカエルの装甲を僅かに焦がす……ルンは舌打ちし、一気に距離を詰める。

両手に錫杖を構え、エヴォ リューションに向けて連撃で打ち込んでくる。突かれる連撃に翻弄されながらも、紙一重で回避し、距離を取ろうとするもミカエルはそれを赦さず、ピッタリ間 合いを詰めて離さない。

このままではいずれやられ る……リンは繰り出される錫杖の動きを追う…だが、眼で追っていてはその動きに追いつけない。

歯噛みした瞬間…ミカエルは 大きく引き、渾身の一撃を放つ……その先は…コックピット…錫杖の先端にビーム刃が展開される。

「くっ!」

半ば反射的に振り上げたデザ イアでボディを覆う。

接触する槍と盾……ビーム刃 がデザイアのコーティングされたシールドを突き破り、内部の発射口に突き刺さる。

「っ!」

リンが意識したわけではな い……だが、無意識にトリガーを引くと同時にデザイアを離した。

刹那、デザイアの貫かれた発 射口から光がこもれ…デザイアが爆発した。

「なに……っ!?」

さしものルンも息を呑む…爆 発が襲い掛かるが、錫杖は爆発したデザイアに突き刺さっているためにどうしようもない。舌打ちし、離して離脱した瞬間……デザイアと錫杖が爆発に掻き消え た。

結果的にエヴォリューション は盾を…ミカエルは矛を失った………無論、偶然の事態だろうが……ともに損失した武器に代わり、エヴォリューションは左手にスクリューウィップを取り、大 きく振り上げる。

腰部から吐き出されるように 伸びるチェーン……エヴォリューションはそれを大きく振り払った。チェーンが大きく振られ、先端のスクリューがミカエルに襲い掛かる。

僅かに離脱が遅れ、チェーン が右腕に絡みつく。

ルンは歯噛みし、掴んだ チェーンを離すまいと必死に掴むリン……互いにチェーンを引き合い、膠着する。

迂闊に動けば、まず間違いな く先手を取られる。

本能でそれを察したリンとル ンは互いに動けない……睨み合うように見やる二人…ボディを通して見えるお互いの顔……髪の色を除けば同じ顔、瞳をした二人………

まるで…自分自身と戦ってい るような錯覚………どうして…自分達はこうして戦っているのか……そんな問いさえ過ぎることもなく……互いに見計らったようにレールガンとキャリバーを発 射した。

解き放たれる閃光が着弾し、 二人の視界を閃光が覆う……刹那、エヴォリューションとミカエルは加速し、インフェルノとアシュタロスを振り被り、相手に向かって振り払った。

交錯するエネルギーが両機を 通して干渉する……突如起こったエラーに息を呑む。

リンとルンは互いに鼓動が大 きく脈打つ……その眼に映る光景…………

 

 

リンが次にハッと自身を知覚 した刻…彼女の前には違う光景が映し出されていた。

『ここは……?』

自分は何故ここにいるのだろ う……確か、ルンのミカエルと戦闘を行なっていたはず……ゴポっという気泡音が聞こえる……自分の周囲に張られた溶液………

自分が…何かのカプセルの内 にいることを察した……これはまるで……

『あの刻の…記憶……』

そう…このカプセルは調整用 に何度か入ったものだ……他でもない…メンデルで……ウォーダンの許で………ナンバー02のクローン体の試作体として成功した自分………

正直、自分というクローンの 成功に近い個体が誕生するまでどれだけの失敗があったのかは解からない……だが…その果てに自分という存在が選ばれた………

神と驕った愚かな連中によっ て……吐き気がする………だが、半ば夢見心地であったその眼がカプセルの外側に刻印された数字を視界に収めた瞬間、リンの眼が大きく見開かれた。

『…0…5………?』

カプセルの外側に貼られた個 体を表わすナンバーは05……おかしい…自分は03のはずだ…05は……彼女の……妹の………

実際に動かせたのかは解から ない…だが、その眼が横へと向けられる……自身のカプセルの横に並ぶのは…姉の姿ではない……横に並ぶのは別の存在………

それは、06から08までの ナンバーを与えられた者達……その3本のカプセルの前で行なう研究員……そして…リンは理解した。

『これは…ルンの記 憶………』

今自分が辿っているのは…… 紛れもなくルンのもの………クローン試作の2体目……自分の妹に当たる存在……やがて、リンの呼吸が苦しくなり……意識が闇の奥へと引き摺られてい く………

堕ちていくなかで見る彼女の 記憶………クローンとして…コピーとして造り出された個体……自身の存在に最高という言葉を送られても……彼女はその力の使い方さえ知らない………そし て…ルンの眼を通して見る二人の姉の姿………

そのルンの感情から流れてく るのは――――羨望? 嫉妬? 憎悪? 悲哀?

多くの感情が流れ込んでく る……だが…そのなかにあるのは………寂しさ……ルンには縋るものがない……自分自身さえ解からない彼女には……閉ざされた世界しか知らない彼女には…… 縋るものがなにもない………閉ざされ…闇に囚われていく心…………

満たされない想い…そし て……悔しさ…………その彼女の脳裏に響く声………

 

―――――俺と…来る か………?

 

リンに…いや……ルンの記憶 のなかを垣間見る自分に聞こえた声……それは間違いなく…カインのもの………

閉ざされていた心に差し込ま れるもの……だが…それはすぐに絶望に変わる…………

カインの眼に映るのは………

 

 

「っ!?」

そこでハッと覚醒するリ ン……周囲を確認すると、エヴォリューションとミカエルはやや離れた位置にて浮遊していた。

先程の交錯時に発生したエネ ルギーの逆流…それによって飛ばされた意識……どれ程呆然となっていたかは解からない……だが、飛ばされたなかで見たのは……静かに顔を上げ…眼前のミカ エルを見据える。

そして…ミカエルもまたエ ヴォリューションを見据え……低いルンの声が聞こえてきた。

「……見たのね…私の……」

問われる言葉に無言で返 す……だが、それが肯定を意味するのはルンにも察せられた。

一瞬の内に垣間見たルンの記 憶……いったい、なにがキッカケで今のような意識のシンクロが起こったのか解からない……それは…自分達だからだろうか………

「フフフ……哀れに思う?  私を? アハハハハ」

自嘲めいた笑みを浮かべるル ンに…リンは表情を曇らせる。

確かに…哀れには思う……だ が、同情はしない………闇に囚われ、そして壊れてしまった以上は……リンにとって倒すべき立場である以上は………こんな刻は感情が煩わしく思う。

望んでこの道を取った以上 は……決して交わらない………身構えるエヴォリューションにルンも笑みを浮かべる。

「そう……哀れんでほしくな んてない………姉さんに哀れまれるぐらいなら、死んだ方がマシよ」

なによりも憎む相手に……自 身の過去を哀れんでもらうなど、恥辱以外のなにものでもない。

自分達は戦うことこそ全 て……リンはそう宿命付けられ…ルンは自らその宿命に殉じた。

「でも、意外ね……ルイ姉さ ん………」

唐突に切り出したルンにリン は眉を寄せる…そして、次の瞬間……歪んだ嘲笑を浮かべて発せられた言葉に眼を見開いた。

「オリジナルを愛するのは禁忌じゃないの!?」

「っ!?」

リンの息を呑む音が響く…… だが次の瞬間、ミカエルはフルブーストで加速し、エヴォリューションに向かってきた。

不意を衝かれ、反応の遅れた エヴォリューションに向けて、ミカエルは両手のアシュタロスを振り被り、クロスするように斬りつけた。

反応が遅れ、防御さえできな かったエヴォリューションに刻まれる斬撃……刹那、エヴォリューションの胸部が爆発する。

「うわぁぁぁぁっ!」

半ば無防備に受けた一撃に弾 かれ、エヴォリューションは浮遊していた戦艦の甲板に叩きつけられる。

甲板を大きく抉り、破壊され た艦橋に激突し、動きを止めるも…その胸部には鋭い斬撃の跡が刻まれ、融解している。

「ぐっ……うぅぅっ」

コックピットで受けた衝撃に 呻くリン……苦悶を浮かべながら、佇むミカエルを見やる。

何故気づかなかったのだろ う……自分がルンの意識を感じたのなら……ルンも同じことが起こったということに……リンがルンの記憶を垣間見たように…ルンもまたリンの記憶を垣間見た はずだ……その奥に秘める想いも………

確実に自分の不意を衝く言 葉……決して口には出してはならない想い………苦悩するリンに向かって響くルンの嘲笑………

「ククク……これで私の気が 少しは晴れたわ………さっきから随分と癪に障ることばかり口走ってくれたけど……今、その口を永遠に封じてやるっ」

幾度も自身の内を見透かすよ うな言葉を発したリン……ルンにとってこの上ない怒りと憎しみを駆り立てさせた。

だが、その屈辱も…見透かさ れたという羞恥も……これで終わらせる…キャリバーの砲身を展開し、その砲口をエヴォリューションに向ける。

「うっ……」

リンは離脱しようとするが、 今の衝撃の麻痺がまだ身体に残っており、操縦桿を握る手に力が入らない。

キャリバーの砲口に集束する エネルギー…粒子が迸り、ルンの表情が歪む。

「これで…私は私に……あの 人の対となれるっ! 姉さん達を超えることができるっ!!」

高らかに叫び、照準がエヴォ リューションにセットされ…トリガーに手をかけた瞬間……彼方より放たれた閃光に気づき、振り返った瞬間、迸っていたエネルギーが周囲に拡散された。

リンもその攻撃に顔を上げる と……彼方から加速してくる機影があった。

フリーダム、ジャスティス、 スペリオルにデュエルパラディン……4機がビームを放ちながら向かってきた。

「くっ…何度も邪魔をしてく れる……っ!」

昂ぶりを邪魔されたルンは視 線を鋭くし、向かってくる4機に加速する。

真っ直ぐに突撃してくるミカ エルに向かってフリーダムとジャスティスが一気に飛び出す。

「キラ! あいつが最後の一 機だ!」

「うん! いくよ、アスラ ン!」

フリーダムとジャスティスは フォーメーションを組み、交互に飛行しながらミカエルに向かってくる。

フリーダムのビーム砲とビー ムライフルが一直線に放たれ、そのビームに沿うように加速するジャスティス……ミカエルはビームの奔流をかわすが、ジャスティスが頭上を取る。

ビームサーベルを連結させ、 フルブーストで斬り掛かる。

「でぇぇぇいい!!」

振り下ろされるビーム刃…… だが、ルンはその軌道を見切り、右手のアシュタロスを振り上げると同時に加速する。

振り薙がれた剣閃が煌く…… 次の瞬間、ジャスティスのビームサーベルの形成口から斬り飛ばされ、加速したミカエルの膝の一撃が加速していたジャスティスの腹部にカウンターのごとく突 き刺さる。

「がはっ!」

衝撃に呻くアスラン…振り 被ったミカエルは蹴りを叩き落とし、ジャスティスを弾く。

「アスラン! くそっ!」

吹き飛ぶジャスティスを横に 距離を詰めるフリーダムがビームサーベルを振り下ろすが、ミカエルは左手の掌を翳し、フィールドを展開して受け止める。

スパークするエネルギーに歯 噛みするキラ…そして、ルンは鼻を鳴らす。

「あの男を倒したか……ま あ、その辺は礼を言っておこう…キラ=ヤマト…だが、あの女の血を引く者……お前も生かしてはおかないっ!」

刹那、通信から響いた声にキ ラが息を呑んだ瞬間……ミカエルは握っていたビーム刃を強引に拡散し、消滅させる。

眼を見開くキラに向かってミ カエルの鋭い蹴りが叩き込まれる……弾かれるフリーダム…そのコックピットにいるであろうキラ……忌まわしき自身の姉のオリジナル……その血を引く者…… ヴィア=ヒビキの血を引く者は、一人も生かしてはおかない。

ニビルリングが飛び、フリー ダムに襲い掛かる……回転し、縦横無尽に動きながら切り掛かるニビルリングにフリーダムは翻弄される。

「ぐっ!」

歯噛みするキラ……必死に回 避行動を取るも、装甲を掠め、傷が幾条も機体に刻まれる…刹那、衝撃が後方より轟いた。

「うわぁぁっ!」

フリーダムのバックパックが 爆発し、吹き飛ばされるフリーダム……致命傷ではなかったが、その衝撃に呻き、フリーダムは残骸に叩きつけられる。

「このぉぉぉっ! 舐める なぁぁぁっ!」

間髪入れず加速し、斬り掛 かってくるデュエルパラディン…イザークが吼え、ビームサーベルを構えて突撃する。

ミカエルもアシュタロスを抜 き、デュエルパラディンと斬り結ぶ…だが、ミカエルはその機動性を駆使し、デュエルパラディンの周囲を凄まじいスピードで動き回り、イザークを翻弄する。

眼に止まらないそのスピード にイザークが歯軋りする…刹那、眼前に現われる影……デュエルパラディンを覗き込むように立つミカエルの真紅の眼光が射抜き、至近距離でキャリバーを展開 し、放った。

「ぐわぁぁぁっ!」

胸部に施していた装甲が砕け 散る……アンチビーム粒子がコーティングされたKMを纏っていなければ、間違いなく今の一撃でコックピットを灼かれていただろう。

「ぐっ、なんてスピード だ……」

破損した胸部を押さえなが ら、イザークは毒づく……ミカエルの機動性は恐ろしいほど高い。

「イザーク、大丈夫!?」

「ああ、だが奴の機動性は高 いっ」

リーラに向かって苦く答え返 す……リーラはキッとミカエルを睨むと、操縦桿を引く。

「私がいく……っ!」

有無を言わせず…イザークが 制する前に加速し、ミカエルに向かっていくスペリオル……戦闘機形態に変形し、一気に迫る。

ルンは鼻を鳴らし、ミカエル をまたもやトップギアに切り換えるように加速させ、スピードを上げる。リーラも歯噛みしながら操縦桿を引く。

強いGが身体を圧迫するが、 ミカエルのスピードに追いつくほどの加速を叩き出し、スペリオルはミカエルに迫る。

「スピードなら負けな い……っ!」

このスペリオルも機動性なら 群を抜く性能を誇る……ミカエルに追い縋るスペリオルにルンがやや感嘆の声を上げる。

「へぇ…出来損ないとはいえ 流石はMCね……もっとも、テルスが敗れたのは己を過信したからでしょうけどね」

自分達と同じMCの調整を受 けたが、それは所詮付け焼刃……だが、それに油断し、出来損ないの調整体に敗れるなど、テルスもウェンドも欠陥品だったということ。

自分は違うと……全てを叩き 潰すと……ルンの闇の衝動が突き動く。

「くっ…そこっ!!」

リーラは身体を圧迫するGに 歯噛みしながらも、照準を合わせ、スペリオルはビームを放つ。

だが、ビームはミカエルを貫 通したかと思われたが、ビームはまるですり抜けるように後方へと消え、ミカエルの姿が幾重にもブレる。

「えっ!?」

息を呑んだ瞬間、スペリオル を包囲するように幾体ものミカエルが飛び回る。残像を残すほどの高速で動くミカエルにリーラが不意を衝かれ、衝撃がスペリオルを襲う。

弾かれるスペリオル……その 光景を見詰めるリンは表情を顰めながらもなんとか機体を立ち上がらせる。

「はぁ、はぁ……」

息を乱しながら、ルンの言葉 を反芻させる……誰にも…レイナにも決して見せなかった想い……それを見透かされた刻は確かに羞恥にも似た感情が駆け巡った。

だが、今のリンの内を占める のは……離れた場所で砲火を交え合う哀れな妹の姿……己の身さえ厭わず…そして……決して報われない想いに全てをかけるもの……傍から見たそれは滑稽以外 のなにものでもない。

だが、ルンにはもうそれしか ない……たとえどのような結末か解かっていても…もうそれしか縋るものがないのだから………闇に囚われ…受け入れることも…逃れることもできない………

だからこそ……リンは決して まだ敗れるわけにはいかない……見透かされた心の奥底も…憎しみも…今は封じる………今は……

「あんただけを見てあげる わ……ルン! だから、あんたを闇へと還すっ!」

リンの意志に呼応し…エヴォ リューションが低い咆哮を響かせ、リンは息を呑む。

 

DEUS EX MACHINA  TYPE-X000-02 EVOLUTION】

 

それは、真なる覚醒……封印 されていた剣…そして、受け継いだ無限の翼と同じ、翼を拡げるための……漆黒のスラスターが紅い粒子を吐き出し、拡がっていく。

舞い散る真紅の粒子は、暗い 闇のなかで煌くかのごとく……周囲に舞い上がる。

闇にその身を染めながら…澄 んだ輝きを持つ瞳……真紅の鮮血とも…宝石とも取れる輝きを秘め、佇むその姿は黒衣の騎士……堕天使を守護せし、天使を斬るために戦う戦女神………

そして……構えるは十字架の 剣………

 

CROSS DRIVE

 

先程起動させた刻に見た起動 文字と違う……だが、先程よりも自身へ圧迫するような不快感が襲ってこない。

そして理解した……これが、 自分が背負うべきもの…………

彼女のクローンとして誕生 し…その彼女を……愛する者を一度は殺そうとし…そして今……自分と同じクローンの妹を殺そうとする自身への戒め………

破滅という宿命を与えられ、 そして背負う十字架………最期の覚醒……………

 

―――――戦闘護衛機械神: DEM−X000−02:エヴォリューション…………

 

受け継ぎし力と翼………十字 架を背負い、羽ばたくためのもの………黒衣の鎧を包み、そして戦う黒衣の機械女神…………与えられたのは、背負い…闘うための命………

立ち上がったエヴォリュー ションのスロットルを全開に噴かし、エヴォリューションは砲火が咲き乱れる戦場へと向けて飛翔する。

エヴォリューションが向かう 先では、ミカエルの戦闘能力に圧倒されるキラ達……フリーダムとジャスティスが狙撃するも、そのビームのなかを掻い潜り、キャリバーで砲撃してくる。

掠めるビームが機体を揺ら し、歯噛みする。

「くそっ!」

「なんてスピードだ……さっ きの奴とまるでケタが違うっ!」

アスランもその機動性には眼 を剥く……先程倒したガブリエルとはまったく違う。イザークとリーラもウリエルとは違うその戦闘能力に圧倒されるばかりだ。

苦戦する4人の耳に響く嘲 笑……

「フッ…当然よ……私こそ、 ウォーダン=アマデウスが手塩にかけて造り上げた完全なマシン・チルドレン……不完全だったオリジナルのレイナ=クズハに失敗作の試作体だったリン=シス ティの姉達などとは違う……っ!」

分身するように幾重にも分か れたミカエルがキャリバーを展開し、一斉に発射する。

まるで全部の機体から放たれ るような光条に防戦一方になるキラ達……ルンはなおも狂ったように狂気の笑みを浮かべる。

「お前達は私に指一本触れる ことも叶わない……天を舞う天使と地上を這い回るしかできない虫けら……それが私とお前達の差だ!」

ナチュラルやコーディネイ ターなどの人類とは違う……この力こそ、自分自身の証…誇示するルンに向かって言葉が突き刺さる。

「…本当にそう思っているの か?」

「っ!?」

その言葉に息を呑んだ瞬間、 ミカエルに向かって突撃してくる漆黒の機体…エヴォリューションがインフェルノを振り被り、正確にミカエルの姿を捉え、斬り掛かってくる。

「はぁぁぁぁっ!」

「ちっ!」

咆哮を上げ、振り下ろすイン フェルノをミカエルはアシュタロスで受け止める。

エネルギーをスパークさせ、 互いに見合うリンとルン……鍔迫り合いから弾き出し、至近距離からキャリバーを発射する。

ビームの光条がエヴォリュー ションに迫り、機体が閃光に包まれる。

「リン!?」

「リンさん!」

アスランやリーラが悲痛な声 を荒げる……爆発にほくそ笑んでいたルンだが、突如爆煙のなかから伸びる影に眼を見開いた。

「何っ!?」

爆煙を裂いて現われたエヴォ リューション……その伸ばされる腕がミカエルの脚部を掴み取る。

「生憎だったわね……私の機 体には、ビームコーティングも施されているんだっ!!」

インフィニティとは違う能 力……それが本体に施されたビームコーティング……流石にキャリバーの熱量は無傷とはいかなかったが、それでもなんとか耐え切った。

「うおおおっ!」

相手の隙を衝くために……敢 えて攻撃を誘った…そして、掴み取ったミカエルの脚部をエヴォリューションは全力で振り下ろした。

呆気に取られていたルンはそ の動きに対処できず、振り下ろされたミカエルはそのまま戦艦の残骸へと叩きつけられた。

「くはっ!!」

凄まじい衝撃がミカエルを襲 う……咄嗟のことで受け身も取れず、衝撃がルンの身体を襲い、吐血する。

「ぐっ…ううぅぅ」

呻きながら、零れる鮮血を噛 み締め…ルンはエヴォリューションを睨む。

「決着をつけましょう……ル ン」

インフェルノを構えるエヴォ リューションにルンも口元の血を拭い、ミカエルを立ち上がらせる。

既にもう長時間のシステム起 動でリンもルンも互いに限界が近い……対峙する2機は構えたまま相手の出方を窺い…音が響いた瞬間、互いに眼を見開き、相手に向かって加速する。

繰り出される刃と刃が激突 し、火花を散らす。

「この出来損ないがっ!」

「出来損ない…そうね……私 は、失敗作の出来損ないよ…けど、私は後悔はしていないっ!」

弾くと同時にドラグーンブレ イカーを展開し、一斉射する。ルンは舌打ちし、ミカエルの掌を掲げてビームを防ぎ、ニビルリングを展開して応戦する。

ビームの応酬が轟くなか、距 離を保ったまま高機動を繰り返す。

「私は私だ……だけど、あん たは違った………なにも知らず、なにも与えられず…そして、お前はその先にあったものに絶望したっ!」

その言葉にルンは息を呑み、 羞恥に表情を顰める。

何もなかったルン……あるの はただの実験体としてのエゴのみ………絶望と孤独のなかで…もがき苦しみ……そのなかで唯一差し込まれた希望さえ…最期には絶望に変わった。

「うるさいっ! 黙 れぇぇぇぇっ!!」

激昂し、ミカエルはキャリ バーを放ち、ドラグーンブレイカー数基が撃ち落とされる。リンは歯噛みするも、襲い掛かるニビルリングの軌道を見切り、インフェルノを振り上げて斬り裂 く。

「あんたのその哀しみ…その 絶望の原因は…私……いえ…私達のオリジナル………」

静かに告げるリンにルンが歯 軋りし、交錯した2機が離れ……対峙したまま動きを止め、静寂が満ちる。

ミカエルのコックピットで項 垂れるルン……眼を伏せたまま、低い声で呟く。

「そうよ……なんで…なんで あの女なの………なんでっ」

感情を剥き出しにするように 吐き捨てる……絶望…そう認識していたかは今となっては思い出せない……苦痛の闇の孤独のなかで……ルンに差し伸べられた唯一の救い…カインの言葉……そ れに縋ったルン………

だが…それはすぐさま暗い闇 に囚われた……カインの先にいるのは…自分ではない……自分のオリジナル……カインと同じ半身の遺伝子を持つ存在……レイ=ヒビキという名を与えられた個 体………

「私は同じ顔、同じ瞳、同じ 遺伝子を持っているのに……なんでっ!」

それは嫉妬だったのかもしれ ない……自分は所詮、クローン体……過ぎたる望だということも理解している……だがそれでも……レイの存在だけが赦せなかった。

自分はあの女と同じ存在だと いうのに……遺伝子上のコピーではあっても、同じ顔…同じ瞳…同じ遺伝子……同じ存在だというのに……それがルンには果てしない絶望だった。

「お前に解かる、ルイ? 愛 しい人に見てもらえない苦しみが……そして、赦せない自分自身がっ!?」

大切な者に自分を見てもらえ ない……それは何にも勝る苦しさ…そして……惨めな自分を浮き彫りにする……葛藤するルンにリンは表情を顰める。

「お前に解かってたまるもの かっ! 奴と同じDEMを与えられ、望んでその場にいられるお前にっ!」

侮蔑に近い言葉…だが、リン は反論しない……逆に、静かな口調で問い掛ける。

「なら…どうしてそんなに苦 しんでまであんたはその闇に身を置く……何故闇だけに身を委ねるの………」

「解かっている…これが私の 自己満足だということも……けど、この苦しみも傷みも…あの人から与えられているのなら、それでも構わない!」

自嘲めいた笑みで吐き捨て る。

たとえ……望まれないとして も…この苦しみも傷みも…全てはカインから与えられているもの……たとえなんであれ…一度縋った相手から与えられるなら……それが何であろうと構わな い……カインが戦う以上は自分は付き従う……カインが望むなら修羅だろうが悪魔だろうがなんにだってなる……自分を必要としてくれるなら………

「だから…私は潰す……お前 を…そして……あの人の前に立ち塞がる全てを………」

お喋りは終わりだとでもいう ようにアシュタロスを構える……聞いていたリンは表情を顰めたままだが、やがて息を吐き出した後…静かに呟いた。

「そうね…私にはあんたを理 解することはできない……私とあんたは違う…そして……姉さんとも私達は違う……」

その言葉にルンの眉が顰ま る。

「けど、自らの居場所は自分 で勝ち取らなければならない……誰の代わりでもない…まして、望む望まないじゃない……自分自身だという場所をね」

やはり…この眼前の少女は自 分だ……自分の場所が解からずに闇を彷徨う……そして、闇に囚われてその場所を見失い…暴走する………もし、リンもまたルイ=ヒビキという過去に囚われた ままだったなら……ルンを否定できなかったかもしれない。

だが、今のリンはリン=シス ティという一人の存在だ……与えられたわけでも…オルタナティブでもない……自分で選んだ道だ………

「場所は自分自身の意志で選 ぶ…自分自身であり続けるためにっ!」

ルンは逃げたのだ……自分自 身であることを捨て……人形となった…終わりのない道を…縋るもののない今のルンに必要なもの…それは、その闇をぶつける相手………

感応し、シンクロしたからこ そ……今の自分にしかできないことだ…彼女の心が一人の存在に縛られていることも傷いほど解かる……だからこそ、自分の手で……他でもない…リン自身の手 で。

「ぐっ、黙れっ! 何も知ら ない女がっ!」

強く反論できない己の歯痒 さ…そして怒りを胸にルンが吼え、ミカエルが牙を剥く。

エヴォリューションも加速 し、インフェルノとアシュタロスが交錯し、密接した状態で幾度も葉を交え合う。

交互に螺旋を描くように交錯 し、ぶつかる刃が互いのカメラアイに映る。

右手のインフェルノでアシュ タロスを受け止め、左手のインフェルノを振り下ろすも、ミカエルの掌に止められる。だが、素早く右手を返し振り払う。

ミカエルは上体を逸らして斬 撃をかわし、腰を浮かせてエヴォリューションを蹴り飛ばす。

歯噛みし、咄嗟に防御したも のの弾かれるエヴォリューションに向けて加速し、アシュタロスを振り薙ぐ。

「っ!」

だが、その軌道を読み、身を 跳躍させるように跳び、斬撃をかわして振り下ろす。

掠める斬撃がミカエルのボ ディを掠め、融解する…舌打ちし、ミカエルが掌をエヴォリューションに叩き込もうとするも、瞬時にレールガンが展開され、発射される。

ボディを捉える弾丸が爆発 し、弾き飛ばされる。

互いに距離を取り、デブリの 上に着地する……一拍後、足場を蹴って加速する。

「はぁぁぁっ!」

「うおおっっ!」

両手のインフェルノを振り上 げるエヴォリューションとミカエルの振り払うアシュタロスの斬撃が交錯し、剣閃が煌く……離れた瞬間、ミカエルの脚部が斬り飛ばされた。

「がっ!」

自機の損傷に呻き、歯噛みす る……バカなと………

「それが私とあんたの違い よ……ルン」

振り返り、突き刺さるリンの 言葉がルンの神経を逆撫でる……悔しげに歯軋りし、振り向くと同時にキャリバーで砲撃する。

エヴォリューションは後退し て回避し、ドラグーンブレイカーを放ってくる。走る火線に晒され、ミカエルの機体を掠める。

「負けるものかっ…お前に… お前だけにはっ!」

今までやってきた全てを否定 されないために……リンだけは必ず自分の手で始末する。

ニビルリングの残った3基を 操り、弧を描くようにエヴォリューションに向かって飛ばす。

高速で迫るニビルリングが動 く……リンは瞳を閉じ…闇のなかを蠢く影を探る……自分という起点の周囲に拡がる闇のなかを自分に襲い掛かる気配……それを感じ取ったリンは眼を見開き、 意識を飛ばした。

展開していた残り4基のドラ グーンブレイカーが一斉にビームを放ち、ニビルリングの中心点を貫き、撃ち落とす。

だが、落とせたのは2基の み……残り一基が眼前に迫ると同時にミカエルが向かってくる。リンはエヴォリューションの左腕を引き上げ、スコーピオンでニビルリングを受け止めると同時 にパージする。

貫いたニビルリングごと爆発 するスコーピオン……インフェルノで弾けば、間違いなく隙ができる。

加速するミカエルは左手の掌 のフィールドを展開し、真っ直ぐに襲い掛かってくる。

光を帯びるその掌の閃光…… リンは反射的に両手のインフェルノを振り被り、掌に叩きつけた。

激突する掌と刃……互いのエ ネルギーが干渉し合い、そして重ねられたインフェルノの熱量が掌の許容限界を上回り、掌が破壊される。

左腕が吹き飛びながらも、ル ンは怯まず…ミカエルの脚部を振り上げる。

エヴォリューションもまた脚 部を振り上げ、激突する蹴りの衝撃で互いに弾かれあう。

吹き飛ばされながらも、態勢 を戻すエヴォリューションとミカエル……だが、ミカエルは既に左腕に右脚部を喪い、ボロボロだ……エヴォリューションの方ももうレールガンの弾数も残り少 ない。

共にもう限界だ……恐らく、 次が最期の一撃になる………それを察しているのか、ルンも静止したまま…静かに残った右手のアシュタロスを構える。

機体を軽くするためか、バッ クパックのキャリバーとスラスターをパージする。

リンもそれに応じるように左 手のインフェルノを戻し、右手のインフェルノだけを身構える。

「フン……余裕のつもり?  なら、次で完全に息の根をとめてやる」

「ええ…これで終わりにしま しょう……私達の戦いも」

互いに睨み合ったまま……二 人の間を静寂が支配する……勝負は一瞬…緊迫感漂うなか…時間の経過さえ解からなくなるほど静かな心持ちで構える………

やがて、均衡は崩れる……ほ ぼ同時に眼を見開き、スロットルを限界に踏み込んだ。

互いにバッと飛び出すように 加速するエヴォリューションとミカエル……真っ直ぐに跳ぶ2機はその刃を振り上げる。

ミカエルの突き刺す刃がエ ヴォリューションに…エヴォリューションの振り下ろす刃がミカエルへと……それぞれ放たれた。

重力の発生にも似た衝撃が周 囲に振動する……その戦いを呆然と見詰めていたキラ達はそれに気圧された。

怯みながら…眼を開けた彼ら の前に拡がる光景………折り重なるように静止するエヴォリューションとミカエル………

ミカエルの突き刺したアシュ タロスの刃がエヴォリューショの頭部を僅かに掠め、融かしていたが……エヴォリューションの振り下ろした刃がミカエルの胸部を大きく斬り裂いていた。

露出するコックピット……一 拍後、爆発がミカエルを襲う。

 

SYSTEM  CUT】

 

コックピットに浮かぶ文 字……爆発によって離される2機……コックピットでリンは息を乱しながら、ミカエルを見据える。そして、上擦った笑みをが聞こえてきた。

「フッ…フフフ…成る程…… 姉さんが最期まで後手を取ったのはこのため……」

「ええ……後の技………いつ か、姉さんと勝負する時のために考えた技………」

リンが苦く呟く……相手の攻 撃を誘い、そのポイントをずらし、相手の加速力を応用して自身の攻撃を倍化させる……だが、相手の攻撃が何処を狙ってくるか解からない以上は迂闊に使えな い。今回は、相手がコックピットを狙うのを確信できた…それ故に相手の攻撃をずらすことができた……リンがまだレイナと対立していた刻、いつか使うつもり だった技だ……姉を倒すつもりで編み出した技で妹を殺すとは……なんて皮肉だろう………

「そう…それは、光栄… ね………うはっ」

額から流れる鮮血…ルンの口 から溢れ出す鮮血……流れ落ちる鮮血が身体をつたってコックピットを真っ赤に染め、そして亀裂の走ったコックピットに浮かぶ。

「ルン……」

「結局…私も不完全な調整体 だった……アハハハ!」

自嘲めいた笑みを浮かべるル ン……リンはただ無言で見詰めるのみだ。

だが、その瞳から微かに雫が 零れる……それを自身で確認した瞬間、ルンは歪んだ笑みを零す。

「涙……か………私に…そん なものがあったなんてね……私は……姉さん達に勝てなかった………けど…本当は……姉さん達のようになりたかったのかもしれない………」

自分自身の世界を与えられ… そして生きたレイナとリン…………嫉妬以上に羨望があった……心のどこかで、それを望み…また愛しく思っていたのかもしれない………

「自分は自分自身以外なれな い……あんたは、その戦いから逃げたのよ………」

「そうかも…ね」

皮肉を浮かべ、ルンはもう意 識が朦朧としてきた……既にFRSによる副作用で神経細胞が崩壊しかかっている。

ルンはもう半ば動かない手で コックピットに立て掛けていた刀を掴むと同時に、コックピット外へと放り投げた。

息を呑むリンはその放り出さ れた刀をハッチを開放し、コックピット外へと身を乗り出し、向かってくる刀を受け取る。

「でも、私は後悔はしていな い……これが、私自身が選んだ道なのだから………忘れないことね、姉さん……」

微かに眉を寄せるリンに向 かって、最期にルンは言い放つ。

「私達は…所詮、この無限に 続く闇のなかを彷徨う……哀れな存在…なの、だから………さようなら……ルイ……いえ…リン…姉…さん………」

できるのなら……愛する人と ともに最期を迎えたかった………溢れてくる涙がルンの視界を覆う……やがて…その言葉を最期に……ルンの意識は闇に堕ちていった…………刹那、システムの 過負荷が限界を超え、機体が爆発していく。

ボディが吹き飛び、ミカエル を炎に包む……その炎に白いボディが崩れ落ちていく……その光景を見詰めるリン………

『火』を司り、天界を統べる 天使の最高位……その名を冠する機体が炎に呑まれて消えていく……

「業火から生まれた天使 は……その業火を纏って還る…か………」

皮肉めいた物言いでその炎 を…炎のなかで燃え落ちるミカエルを見据える……コックピットは既に炎に包まれ、もう内部を確認することはできない。

ルンの身体も…魂も……全て は炎のなかへと呑み込まれていく………救いを自ら放棄し、ただただ人形であることを望んだ妹………

ミカエルの頭部が融け落ち… そして完全にその姿を消す……そして、リンは眼の前に浮かぶ水滴に気づく……コックピットに浮遊するそれは…リンの瞳から零れていた。

「泣いているの……私 も………」

己自身に問い掛けるように呟 く……そして、その雫を握り締めるように拳を握り、強く震わせる。

「もし…運命が少し違ってい たなら……あんたが私で…私があんただったのかもしれない………」

同じオルタナティブとして生 を受け……この世界に生まれた………そして…その道は分かたれた………

二人を隔てたもの…それはほ んの些細な違い……もし運命が一つ違っていたら…あの業火に灼かれていたのは自分だったのかもしれない……今となっては……もうなんの意味もない事だ が………

最期に自分のことを姉と呼ん だのはどんな思いだったのか…それを知ることも叶わない……リンにできるのは…ただ静かに見葬るのみ……右手の刀を強く握り締める。

「解かっている……だから… あんたの闇も…存在も……業も…私は忘れない…私が背負っていく………だから……」

闇に葬られようとも…その存 在を決して忘れない……救いを放棄しながらも…その救いを欲していた天使の妹を………

だから……静かに闇に眠 れ………大切な…妹……………そう心の内で呟き、リンは崩れ落ちていくミカエルを最期まで見詰めた。

炎が完全に消え…残ったのは もはや黒く変色した残骸のみ………リンは今一度眼を閉じると、意識を切り換える。

「姉さん……」

レイナはどうなったのか…… 残り時間はもうあと一時間もない…あと少しで統合軍が核を用いてくる。

ユニウスセブンにまだ変化は 見られない……見上げるリンに聞こえてくる声………

「リン、無事か!?」

「リンさん!」

呼ばれる声に振り向くと、キ ラ達の機体がエヴォリューションに近づいてきた。

「ああ…私は無事だ」

コックピットに入り込み、再 び身体を固定し、刀をコックピットの奥に固定する。そして、機体の状態を確認する。

フレームは無事だ……だが、 肝心の装備の方がもう………正直に言えば、ここで一度補給に戻らなければならないのだろうが……オーディーンのシグナルがロストしていることにもルンとの 戦闘中で感じ取った。

それに、今は一刻も早くレイ ナのもとへ急ぎたい……逡巡するリンだったが、その視界に浮遊していたある物を見つけ、リンは微かに眼を見開く。

「待てよ…エヴォリューショ ンも元々は規格は一緒のはず……できるか」

可能かどうかは解からない が、リンはエヴォリューションを眼をつけた物が浮遊している場所へと移動させる。

訝しむキラ達の前で、浮遊し ていたミカエルが切り離したキャリバーを掴み、それをバックパックへと固定させる。

固定させると同時に接続を開 始する……ミカエルはフリーダムを基にしていた…エヴォリューションも元々はザフトのXナンバー…なら、規格は一緒のはずだと…リンの予想通り、接続はう まく重なった。

エネルギーラインを接続しな がら作業を行なうリンにアスランが訳が解からず問い掛ける。

「おい、リン…お前、何 を……?」

「私はこれからユニウスセブ ンに向かう」

その言葉に一同ギョッとす る……遂先程のミカエルとの激戦を終えた状態でユニウスセブンに向かうなど……

「無茶ですよっ」

「解かっている…だが、行か なくちゃいけない……」

淡々と答え、作業を続行す る……そこへキラが割り込む。

「なら、僕達もっ」

「ダメだ…あんた達はさっき の戦闘でかなりダメージを負ったはずよ……付いて来ても足手纏いだ」

思わず言葉を呑み込む…確か に、ミカエルとの戦闘で受けたダメージは思いのほか大きく、一度補給を受けなければならない。

「解かったら行け…私は行か なくちゃいけない……姉さんとあの男の戦いを…見届けなくちゃいけない……」

作業を終え、静かに決意を秘 めた口調で呟く……その声に押し黙る一同………

「リンさん、帰ってきてくだ さいね……レイナさんと一緒に」

リーラのその問い掛けに、無 言のまま背を向けるエヴォリューション……言い縋りそうだったリーラを背に、バーニアを噴かす。

そして、エヴォリューション は加速し…ユニウスセブンに向かっていく……離れていくなか、リンは静かに呟いた。

「……約束は…できないな」

誰に聞こえるともなく…その 言葉は虚空に消え、エヴォリューションは飛び立つ………

「ルン…あんたの闇……今は 力を貸してもらうよ」

この手で殺した妹の闇……白 い羽を拡げ、黒衣の騎士は飛び立つ………継ぎし闇を乗せて……最期の刻を見届けるために…………

 

――――C.E.71.10.2 22:22……

――――AEM−001:ミ カエル撃破………

――――MCナンバー05: ルン戦死…………

 

 


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