(注:最後のインフィニティ とメタトロンの戦闘シーンBGMとして、水樹奈々の『BRAVE PHOENIX』を是非持っている方は聞きながら読んでみてください。あの歌詞が凄く最終決戦のテーマにあっているもので)

 

 

 

 

それは……果てしない闇だっ た……無限に…永劫に続くかと錯覚するような道……少女は…この世界に生を受けた刻……その道を既に歩いていた………

真っ暗な…光りさえ差し込ま ない闇のなかを彷徨うレイナの意識………脳裏に走る光景………

 

―――――私ハ誰………

 

闇のなかで聞こえる声……そ れは…かつて自分自身が放った言葉…………自分自身を知らず……何故生きているのかさえ解からなかった……あったのは虚無……果てない闇だけ………いたの は敵……自らを殺そうとする者…………

いつ何処で自分が生まれ…そ して何故存在しているのか……そんな疑問さえ浮かばず…自分自身の命に執着などなかった…いや……そんな感情さえ持っていなかった……あったのは…ただ敵 を壊すだけ………

壊せと…殺せと……闇を喰ら えと……まるで突き動かされるように戦った………だが、最初からうまくいった訳ではない………

自分を知らない……知ること さえしない……ただ身体が憶えているだけ……壊し方を…殺し方を……だが、それを自分自身のものとするまでが辛かった………

傷つけられたこともあっ た……身体を弄ばれかけもした……逆に殺されそうになったこともあった………

だが…生き延びてきた……… 多くの返り血と屍を超えて………

いつからか…自分はこう呼ば れていた………Bloody Angel:BA…と……

誰が呼んだのかは知らな い……ただ自分はいつのまにかその名で呼ばれ、そして恐れられた……死を振り撒くもの…悪夢の天使………鮮血の悪鬼………

だが、そんな上辺だけの言葉 など無頓着だった……呼び名がどうであれ…自分には執着もなければ愛着もない……所詮…世界は変わらないのだから………

『そう……私には何もなかっ た………あったのは…終わりのない闇と果てない虚無感だけ………』

過去の記憶に向かって冷淡に 呟く。

何も無かった……何故自分が ここにいるのか……何故自分は殺せるのか…そう考える思考さえなかった過去……眼の前に拡がるのは果てしない闇……共に歩く者もない…後ろから追いかける う者もいない……追う者もいない……孤独な…永遠に続く道………

自分の歩いた後に残るのは屍 と鮮血…そして自身の血のみ…………虚無感に…何も感じなかった…その刻は……まだ『孤独』の意味を知らなかったのだから………

かっらぽの身体から溢れるほ どの鮮血を浴び……果てしなく続く道を止まることも変えることもなかった…だが………その運命が転機を迎えた………

 

――――『私』ハ……『私』 ニナッタ………

 

与えられる名……レイナ=ク ズハ………それが私の名………初めて与えられたもの……

ただ無為に続いた空虚な 生……果てしない闇の回廊を進むなかで差し込まれた一筋の光……家族・仲間……そして…自分自身…………

何も知らず…何も与えられ ず……何も感じなかった自身……だが…灰色だった世界に色づいた………レイナ=クズハという名を得て……その魂を…存在を確立していった………

だが……その世界は脆くも崩 れる…………

紅蓮の炎舞う視界……流れる 鮮血………築かれた死体……黒い雨……初めて流した涙………幾つも並ぶ墓標…世界はまた闇に包まれる…………

喪ったもの……二度と戻らな いもの………与えられたもの以上に……魂は孤独に包まれる……だから閉じる………再び…………

 

―――――汝はそうやって… 闇の回廊を進んできた………

 

頭に響く声……開いているの かさえ解からない視界………そして…聞き覚えのある声に…レイナの意識が向けられる。

レイナの眼前に浮かぶ人 影……自分と同じ顔………そして…同じ存在……真でありながら偽に変わった魂……いや………自分は所詮…最低な魂…………

『私を軽蔑する? ならして くれた方が嬉しい……私は…結局、あんたと…きょうだい達の闇を受け止められなかった………』

自嘲めいた笑みを浮かべ、レ イナは己に毒づく。

レイとカイン……レイナに流 れるきょうだい達の闇……その怨念……それらが黒い奔流となって流れ込み、レイナを狂わせる………闇を望みながら…その闇に喰われ…そして恐れてしまった 偽善者………それが自分………

だから……終わらせようと 思った…この呪われた魂も……全て…闇のなかへ……だが、レイの視線が微かに細まる。

『……汝には、誰もいなかっ たな……共に歩む者も…追う者も……追いかける者さえ……』

自嘲するレイナに向けて発せ られるレイの言葉……レイナの表情はやや顰まっていく…………そして、視線を逸らす…だが、レイの言葉はなおも続く………

『闇に囚われ……汝はその道 さえ不確かなものになった……ただ…己のなかで全てを拒絶して……』

淡々と語るレイにレイナは歯 噛みする……レイの言葉が突き刺さる…………レイナがレイの存在を感じ取るように………レイもまたレイナ自身なのだ………

『闇に囚われ…闇だけしかな い……そう己に決めつけ…それ以上を望もうとしない………』

レイナの魂へと消え…そして 見たもの……闇への執着と囚われた意志……その先も…戻る道さえ閉ざされた闇……見えもしない…解かりもしない………

レイナはレイとは違う……虚 無しかなかったBAとも違う………ただ偶然この身体に生まれた魂だ……何が選んだのかは知らない……だが、レイナは突然この運命を背負わされたのだ……… 決して変えられぬこの闇を………

そして……その宿命を背負っ た刻………レイナには何もなかった…誰もいなかった……家族だった者も…仲間だった者もいない……あったのはそれに埋もれる己のみ………与えられたものが レイナの魂を縛り…苦しめる………

傷い……傷い………何故自分 はここにいる……何故自分なのだと………訳も解からない己の内に巣食う闇に怯え、苦しみ…絶望した………

自分をこの身体に縛った神を 呪った……そして…その運命に何度も死がほしいと願った……叶わぬ望み……死さえも赦されぬ自分………嫌…嫌……嫌………

だが…その苦しみも…哀しみ も……絶望さえも……分かち合うものはなかった……ただ…浴びる血だけが……殺すことだけがそれを和らげてくれた………

命のやり取りをしている刻だ けが……全てを忘れさせてくれた……たとえそれが…さらなる傷みと苦痛、絶望を齎すとしても………

壊れた心を…魂のまま……レ イナには歩くしかなかった………自分の前に敷かれた闇の回廊を………一寸先すら見えない…どれだけ歩けばいいのかも解からない……果てしない…永遠の闇の 回廊……そして…歩くのは己独りのみ………

己の過去を…何故自分が生き ているのか……そんな理由を己につけて…そうでもしなければ、狂いそうだった……進む理由さえ無くしてしまったら、もう自分は破壊と殺戮に狂っていただろ う………

どれだけ傷つこうとも…どれ だけ血に濡れようとも……変わらない孤独………ただただ歩き続けるのみ………

『私はずっと独りだった…だ から……誰も哀しむ必要なんてない………私みたいな存在に…心を乱すこともない………』

だから心を閉じた……決して 誰とも……もう……自分は何も求めないと…何も与えないでと……一度知ってしまった喜びを二度と思い出したくなかった………

だから…自分自身を……閉じ た……逃れられぬ闇の回廊を進まねばならないことに恐怖を抱きながらも…それを決して誰にも…弱い自分を知られたくないと………

だから……負けた…己が望ん だ闇に………己の弱い心が……闇に狂い…そして…拒んだ……レイナは自虐的に表情を歪める。

『あんたの闇を……私は恐れ た………きょうだい達の……あいつらの黒い感情を……私は受け止めきれなかった……』

覚悟はできていた……受け入 れることも……だが…それは結局傲慢でしかなった……自分が背負った業…殺した命への裁き……そんなものは所詮自己満足………闇を…底知れぬ闇を知らない 浅はかな自分自身………

蠢くきょうだい達の怨念…聞 こえてくる声……魂さえも喰われる……それに…レイナは耐えられなかった………

『だから……全てを壊し…終 わらせようとした………』

レイナの内を見透かすように 呟く……そう……終わらせようとした………全てを……この闇の回廊を……狂わんばかりの闇の衝動も……すべて…己とともに………

救いなどなくていい……たと え…その魂が二度と転生しないとしても……もう…解放されたかった……縛られるこの闇から……

逃げと…偽善者と罵られても いいと………自分には…何もないのだから………

被虐的に染まる心……だが、 レイの瞳が無表情に射抜き…レイナを見やる………

『何故…見ようとしない…… 汝の周りを………』

鼓動が大きく脈打つ……見透 かされたような表情…だが、レイはなおも続ける。

『孤独であること自らに強 い……全てを拒絶する……それが汝の優しさ………』

『やめてっ』

発せられる言葉にレイナは語 気を荒げ、まるで幼子のように耳を防ぎ、被りを振る。

聞きたくない……聞きたくな い……締め出すように被りを振るが、それでもレイの言葉が…見えない楔となってレイナに突き刺さる。

『汝は独りではない……も う………汝には…大切なものがある………』

闇の回廊をずっと歩んできた レイナ……孤独を自らに強い…そして孤独であることしか知らない……誰もいなかった……分かち合うこともなかった………だから…孤独を自らに強いた……自 分は求めてはならないと………

レイナは自らにそう鎖をかけ た……一度開いてしまえば…もう二度と……この回廊を歩けなくなると思った……果てしなく遠く…果てしなく続く……この永遠の回廊を………

だから見ようとしなかっ た……自分以外を………

『そう……全てを否定し続け るのか………我も…大切なものも…………』

侮蔑するような冷めた視線と 口調……だが、それに反応し…レイナがビクっと身を震わせる。

『そのまま……闇の孤独に喰 われ……孤独に己が魂の死を望むか………自分独りのために……全てを否定して…きょうだいの闇からも眼を背けて………』

押し黙るレイナ………そのレ イナを…レイが抱き締める………息を呑むレイナにレイが微かに表情を和らげる……その表情は…自分自身よりも綺麗に思えた………

『たとえ終わらない回廊だろ うと……汝は独りではない………忘れるな……闇だけに囚われるな………運命だけに身を委ねるな……』

囁かれる言葉……レイナの鼓 動に響く………脳裏を掠める仲間…そして……大切な者……失うことを恐れ…そして怯え……孤独という鎖を自らに強いた少女……その鎖に亀裂が走る………

『たとえ……汝が闇に呑まれ ようとも………我は共にある………闇を恐れるな………そして…自分を……見失うな………』

ただ闇に孤独でいるなと…… 孤独で進むなと………孤独で進めば…それは間違いなく己の破滅………闇へと完全に消える運命………

レイは彼女を哀れに思う…… 本来なら…それは自分の道だったはず……だが…運命の因果は自分ではなく…まったく別の魂を選んだ……そして…ただの消え去るためだけに生まれたと……そ うレイは闇に眠るなかで考えていた………

だが……その運命はより過酷 な運命をその魂に与えた………そして…レイもまた…彼女に過酷な闇を背負わせた………

だからこそ…彼女は救わなけ ればならない………闇に選ばれ…闇に囚われ…闇に愛された魂を……それが…レイにできる唯一の償いなのだ………

独りではないと……孤独は… 闇は……世界は……確かにレイナを選び…そして彼女を壊し…彼女を育んだ……だが……それによって押し潰されそうになる……

『汝なら……できる…我が敵 わなかった闇を……だから…我の魂を……託す………』

今なら解かる……何故運命が 彼女を選んだのか……今一度……その言葉を伝える………彼女は優しすぎた……全てを独りで背負い…そして壊れていく………抱き締めるレイにレイナはただ呆 然と…そして静かに押し黙る………

自分は……何故生きているの か…そうずっと考えていた………生きる価値などあるのかと……殺した命…奪った命……自分のために闇に葬られた命……それらと引き合わせても……だか ら……壊れること…自身の存在そのものを滅ぼすことを………

『私は……』

『忘れるな…汝は……我とは 違う……いつかは…闇に消える運命だとしても……まだ…汝は消えるべきではない………』

永遠などありはしない……命 あるもの…いつか等しく滅びがやってくる………だが…それまでは………

『汝は…汝自身の道を……捜 せ…………生きる意味も…価値も…誰かから与えられるものじゃない………』

背負わされた闇だけにその身 を委ねるなと……己の…レイナ=クズハとしての道を捜せと……自身の生きる意味も価値も…そして……レイナが自ら背負った闇のために……ここで死ぬことは 赦されない………

過酷な運命だと思う……一人 の怯える魂に背負わせるべきではないかもしれない……だがそれでも…生きなければならない……彼女はまだ………生きて…その生の意味を知らねばならな い………

零れる涙……溢れる雫……… まるで幼子のように泣きじゃくる……本当は…誰かに縋りたかった………闇のなかで…ただ孤独のなかで狂い…そして苦しむなかで………託された闇と想い…そ れに応えられない自分に………

レイナは母親を知らない…… ヴィア=ヒビキとの記憶は所詮与えられただけのもの……自分のものではない…誰もいなかった……レイナ自身を見てくれる者が……生を受けた刻には父親だっ た者も兄弟だった者も…仲間ももういなかった………

孤独のままに…レイナは独り で生きてきた……壊れた心のまま………だからなのかもしれない…誰よりも近くにいて……誰よりも遠かったレイに……母親を見ていたのかもしれない………

『人だから…泣ける………我 は…泣けなかった………』

レイがかつてヴィアに言われ た言葉…それを今度はレイナに託そう………想いは通じ…そして…その魂は受け継がれていく………闇に眠るなかでずっと考えていた……自分が存在する意味 を……そして…レイナの魂に触れた刻…それは確信に変わった……

レイは…この刻のためにこの 世界に生を受けたのだと………迷い…そして傷つく魂を救うために……後悔などない…レイは自らそうなることを望んだ………望んで闇へと還った……受け継が れ…そして生きるべき魂のために………

たとえ…自分という魂が消え 去ろうとも…その想いは彼女に受け継がれていく…そして…自分は彼女の一部となって永遠に共にある………

『我が果たせなかったこと を……奴を………あの男を……汝の手で…解放してくれ………』

こんなことを託せる立場では ない……自分の不始末を押し付けてしまう………だが…レイではダメだ……闇を知り…その哀しみも…怒りも……知る者でなければ………

『逃れられぬ運命でも……忘 れるな………我と……汝の大切な者達を…………』

闇の回廊を進むなかで……孤 独で進めば、幾度も転び…そして傷つくだろう……だが…永遠などない……孤独としての鎖を断ち切れば………

『汝は強い……だから…生き ろ………』

まるで…娘に聞かせるように そう呟き……レイは最期に微笑む………レイナなら…きっと超えられる……闇を…そして……その先にある道も…………

だから……目覚めなさい と………レイナがいるべき世界へ……レイナを待つ者達がいる世界へ………

レイの口が微かに動き…その 言葉は聞き取れない………だが…それはハッキリとレイナに聞こえる………

その優しい言葉と…微笑を最 期に………レイナの意識は何かによって引き上げられていった………

 

 

「っ!?」

眼が見開かれ……レイナは呆 然と周囲を見渡す………霞む視界のなかに入ってきたのは、インフィニティの暗くモニターの落ちたコックピット……そして、脳裏に響く傷み………

「私は……ぐっ」

頭に走る傷み……思わず手で 押さえると…手に付着する鮮血………そして、気を失うまでの光景を思い出す……確か…インフィニティのシステムを起動させ…自身を暴走状態に追い込ん だ………

ふとぼやけた視界のなかに映 る正面モニターには、システムの強制停止コードが表示されている。

「インフィニティが…強制解 除した……?」

あり得ない…システムを停止 させるには、どうしてもコックピットからの操作が必要になる……レイナはシステムをカットした憶えがない…なのに何故…考えられるのは……インフィニティ そのものがシステムを強制的に解除したということだけ……まるで…インフィニティそのものが意志を持つように………

呆然となっていたレイナは フィードバックされる記憶と激しい傷みに…自身の存在そのものを葬るために……メタトロンをとぶつかって……その後…何があった………

「うっ……うぅぅ」

思い出せない……何かあっ た………霞がかかったように思い出せない……だが…あの内から感じていた闇の衝動が薄れている………

あれ程不快に思い…そして逃 れられぬ苦痛と絶望が渦巻いていたはずなのに………消えたわけではない……ただ…まるで和らいでいるように感じる………

その刻…レイナは眼元から零 れているものに気づいた。

「これは……涙……私の…」

眼元から溢れ…無重力のなか に浮かぶ雫……それは…レイナの零したもの………

脳裏を掠める声とぼやけた 顔………そして…胸の奥に感じる感覚………眼を閉じ、胸の前で拳を握り締める。

「……ゴメン…ありがと う……」

何に対しての謝罪と感謝なの か……レイナ自身にも解からない……ただ…謝りたかった………裏切りそうになったことへ……そして…今の澄んだ気持ちでいられることに………

「私は……受け入れる…そし て……戦う………」

一度は拒絶しそうになった きょうだい達の怨念……この道が、彼らにとって望まないものかもしれない……だが…自分は決して彼らの存在を忘れない………

闇に苦しみ…そして闇でなお も足掻く彼らを……たとえ…世界が彼らを忘れようとも…レイナは決して忘れない………彼らの闇も…業も……そして…哀しみも……

だから……眠れと………静か に……苦しみも哀しみも………忘れなくてもいい……ただ…静かに……誰にも邪魔されない……静かな眠りに………

きょうだい達を静かに眠らせ るために……レイナは戦おう…孤独じゃない……操縦桿を握り締め、引き上げる。

「インフィニティ……あんた にも迷惑かけたわね…だけど……もう少し付き合って」

そのレイナの言葉に呼応する ように…インフィニティは低い唸りにも似た駆動音を響かせる。メタトロンとの激突で不通になっていた回線が再構築され、モニターに光が灯る。

インフィニティの瞳が輝き、 その頭部をぎこちなく動かした後、機体をゆっくりと立ち上がらせる。

フラフラと立ち上がったイン フィニティ……佇む氷原の大地で身体を硬直させるように動き、レイナは視線を上げる。

その見上げる先に……対峙す るように佇むメタトロン………あちらもどうやら機体機能を麻痺させていたようだ。

再び対峙する2機……あれ程 己が身を削り、そして自らの破滅すら望んだというのに…なのにこうして静かな心持ちでいられることを不思議に思う。

「カイン……もう一度問う わ…どうしても……世界に破滅を齎すの………破滅を望むのっ!?」

傷みを抑え…そして弾きなが ら問い叫ぶレイナ………カインの考えは解かる………この世界がどうしようもない闇を抱えるものだということを……だが…それは全てこの世界の問題……世界 の流れはその世界と生きる者達が決めること………

『滅び』も『存続』も『再 生』も……どんな結果であれ…それは自らが選び取るプロセスだ………だが、カインはそれに干渉し……自らそのプロセスへと進ませようとする……

何故そこまで『破滅』という 道を肥大化させた……それがレイナの内に過ぎる。

静かにそう問い掛けると…カ インは一瞬の間を空け、同じように静かに答え返した。

「……ああ………さっきも 言ったはずだ…この世界は今、混沌のなかにある………多くの感情が渦巻き…そしてそれが……俺を走らせた………」

カインの脳裏を過ぎる光 景……あの日………この今や己が一部といえる機体に初めて乗ったあの日………

このメタトロンに搭載された システムを使用したあの刻……システムを使用したカインは感応した…その場にいた……ウォーダンを含めた研究者達の意識を……

希望…夢……愛情……悲哀… 絶望…憎悪………多くの感情が渦巻き、それが世界を突き動かす。

そして…そこにあったのは卑 屈な自己満足のみ……自らが生を受けた世界にさえ牙を剥く今の世界……それは…混沌としたものを生み出した。

なのに変わらない…世界 は……未来は…………

「俺が真に絶望したのは…… この世界が…変わらない未来を進むからだ」

眉を寄せるレイナ……カイン が絶望したのは人間にではない……この変わらない世界にだ……繰り返される世界……決して途切れぬ連鎖が世界を紡ぎ、そしてまた繰り返す……

未来へと進むなかでそれが変 わらない……未来に希望がある……夢がある…あの男はそう望んだ………だが…その結果がこれだ………

「解かるか? 未来が…夢や 希望で押し潰されそうになっていることを………」

ギリっと奥歯を噛み締めるよ うに呟く……そう……誰もが望むこと…未来がある……自分には輝かしい未来があると……そう望み…そして夢や希望を抱く………

だが…それが未来を押し潰し ている………その未来が…今の世界を呼び込んだ………だからこそ……世界は…一度…滅びなければらない………

闇が世界を喰らい…そしてま た新たな世界が再生される……なら…その世界に闇を齎すのは………幕引きは…自分の手で………

「…あんたはその闇へ…世界 を誘おうというの………私達のように……」

自分達が生まれた闇のなか へ……今度は世界を…………レイナは僅かに眼を細め、メタトロンを睨む。

「世界の向かう先なんて、誰 にも解かりはしない……闇は永遠に続く………この世界はそれで機能している……闇は永遠…けど、現実は永遠じゃない……っ」

確かにこの世界は混沌として いる……だが…闇は常にこの世界にある………なんであれ、光と闇という相反する二つの二面性は決して離せないもの………

矛盾していると思う……だ が、所詮世界は矛盾でしかない……こうして結果的にそんな世界のために戦う自分自身も……酷く矛盾で滑稽な存在だ………

「世界が進む先は……その世 界が…決める………それは…誰にも手が出せないもの…そして…出してはならないもの………」

世界が進む先……そんなもの は解からない…選んだ道がどういった結果を齎すかなど……誰にも解かりはしない………

過去において世界を導こうと した者達はあくまで自身の望むままに世界を進めようとしただけ……だが、世界は所詮人間の思うようになるものではない……世界は流れていく…永遠などあり はしない………

だが、世界の裏側で闇は永遠 に続く……闇があるから………世界は存在していられる……

だからこそ…世界は人間達の 介入を嫌う……いや……所詮、そんなちっぽけな存在が介入できるものではない………

だから……レイナがやろうと しているのはあくまでカインを止めるため………そして…その後の世界の流れは……そこに生きる者達が選び…そして世界は流れていく…………それがいつまで 続くかは解からない…………

「だからこそ…俺達は戦う運 命だ………いや…俺達MCナンバーは…所詮、闇のなかで生き…戦うしかできない存在………っ」

刹那、メタトロンが加速し… アポロンを発射する。

不意を衝かれ、息を呑むが… レイナは反射的に操縦桿を切り、光条をかわすと同時に身を捻ってヴェスヴァーを放つ。

メタトロンは翼を翳して受け 止め、同時にフェザーを展開する。

幾条も放たれる閃光のなかを 掻い潜りながらバルカンを応酬し、フェザーを牽制し、破壊する。

そして…そのなかへと飛び込 むメタトロンがサタンサーベルを振り上げ、インフィニティもまたインフェルノを振り被る。

交錯する刃……迸るエネル ギー……コックピット越しにレイナとカインの視線が交錯する。

「世界はまだ…その愚かしさ を……自ら招いてしまった闇を知ろうとしない…だからこそっ、誰かがそれを知らしめなければならない! そしてその身に味あわせなければならないっ! 闇 を…自らの愚かさをなっ!」

感情的に叫び、受け止める刃 を力押しに弾き…歯噛みするレイナに伝わるカインの感応波……

そう……この役目は本来、カ インとレイナが…いや……レイが成すべきことだった……だが…レイナはレイではない………

レイナにはカインのやり方を 認めることはできない……それは…そう運命られてしまったのだから………

弾かれたインフィニティの態 勢を戻し、反転すると同時にインフェルノを突き出し、メタトロンは翼で軌道を逸らし、サタンサーベルを振り上げる。

デザイアで受け止め、弾く… 距離を取ると同時にビーム砲とデザイアが放たれ、両機の間で激しい火花が散る。

鍔迫り合いに歯噛みするも… カインの表情が不適に変わる。

「だが……それは今はどうで もいい………今は…君と…いや……お前と戦うこの瞬間だけが俺の全てっ!」

眼を瞬くレイナ…一瞬の隙を 衝かれ、弾き飛ばされる。

舌打ちし、操縦桿を引いて態 勢を立て直す……対峙するメタトロンは静かに構える…漂うのは…憎しみよりも…純粋な戦いへの意志……ただ…闇をぶつける相手を得たとでもいうよう に………

やはり同じだと…自分はこの 男と……そして…そんな主義や主張は二人には関係ない。

今…こうして向き合い、闘う ことだけがこの男の全て……なら…レイナもぶつけよう……己の闇を……軽く肩の力を抜くように息を吐き出した後、眼を見開いたレイナはインフィニティを加 速させ…メタトロンも加速して飛び込み、剣を交える……幾度となく……互いに軌道を描きながら………

刃を交えるなかで…カインは ほくそ笑む。

(そうだ……その全てをかけ て…俺を殺しにこい…そして……俺も戦おう……お前と…それが…俺が俺だという証………あの男への叛逆っ!)

内に向かって吼え、メタトロ ンは弾き飛ばし…ミサイルを発射する。

インフィニティはバルカンで ミサイルを撃ち落としながら加速する…爆煙を裂き、突撃するインフィニティの真紅の眼光が輝く。

 

 

その激しい戦いが繰り広げら れる宙域へと辿り着く機影………漆黒のボディに純白と漆黒のスラスターとスタビライザーを装備した機体:エヴォリューション……コックピットでリンはその 戦いを見詰める。

モニターには、鋭く動きなが ら交錯するインフィニティとメタトロンが映し出されている。

本来なら、ここでインフィニ ティの援護に入るべきだろう……他でもない…護衛機であるエヴォリューションは……だが、リンにその考えは浮かばない。

援護など、レイナには無粋な 横槍だろう……何があったかは解からないが、少なくともレイナの動きに迷いはない………

なら、余計な手出しは無用 だ……そして…リンはその映像をエヴォリューションのカメラアイで必死に追う。

「天使同士の決着か……この 勝負はあの二人だけのもの…誰も手を出してはならない……」

今…あそこで繰り広げられて いるのはレイナとカイン……二人の世界だ…互いに運命によって選ばれ、そして戦う運命を背負った……二人の天使………

そして……リンはコンソール を操作しながら、映像を送信させる。

「この闘いこそ…世界が見な ければならない闘い………ナチュラルやコーディネイターの対立じゃない……人々が見なければならない最期の闘い………」

私闘であり死闘……これは少 なくとも彼ら個人のもの…だからこそ……見なければならない……世界は……人類は…………

リン自身もその闘いに見入り ながら……映像の送信を開始した…………

エヴォリューションから発信 された映像は後方の仲間達の許へと届いた。

「艦長、これは……!?」

ミリアリアが上擦った声を上 げ、マリューやキョウ…そして、バルトフェルドやキサカ、トダカら艦のクルー達は突如モニターに映った戦闘に釘付けにされたように見詰める。

そして、その戦闘は展開して いたMSにも届けられた……突如送信されてきた映像に息を呑み、見入る。

「レイナ……」

キラが呆然と呟き…誰もがそ の闘いに見入る………己の全てをかけ…そして命を削り…ぶつけ合う2体の天使を………

その映像を見詰めていたラク スはふと何かを思いついたように通信を開く。

「聞こえますか、ミナ様?」

《何用だ?》

繋がった通信からは、ミナの 声が返ってくる……ラクスは一拍置いた後、静かに答えた。

「お願いがあります…この映 像を、世界全てに送信してください」

その言葉にミナはやや驚きに 包まれるも…ラクスの意図を察し、微かに不適な笑みを浮かべた。

《成る程……だが、確かにこ の闘いはもっと多くの者が見るべきだろう………》

ミナはすぐさまその送信され ている映像をデータ化してイズモに送る……そして、アメノミハシラ付近に後退していたイズモに届けられた映像とミナのメッセージにクルー達は急ぎ、実行す るべく動き出していく。

アメノミハシラへと届けられ た映像……内部で戦いを見守っていたマユやスタッフ達も突如映し出される映像に見入り、そしてアメノミハシラから地球、月、プラントなどのコロニー群…… ありとあらゆる場所へ送信された。

地球における全域のメディア に表示される映像……大西洋連邦首都:ワシントンにて他の議員達とともに戦闘の行く末を見守るシオンは突如映し出されるその映像に眼を細める。

「シュタイン殿、これ は……」

やや狼狽したように戸惑う議 員達…それに冷めた眼を浮かべながら、シオンは補佐官に向き直る。

「この映像を、あらゆるメ ディアに送信するように手配しろ…いいな、あらゆるメディアだぞ」

低い声に補佐官は素早く応 じ、退出していく……そして、シオンは今一度その映像に眼を向ける。

「さて……世界が選ぶのは果 たしてどちらなのかな?」

何気に発せられた言葉は虚空 に掻き消え…誰にも聞こえなかった……シオンの指示の下、この映像はありとあらゆるメディアを通じて地球全域に送信された。

ユーラシア、東アジア…南ア メリカ合衆国、アフリカ共同体……そしてオーブや赤道連合、スカンジナビア王国など……全域に………

その動きは月で…各コロニー で……そして、プラントでも展開されていた。

「ジュセック議長、これ は…?」

「うむ…すぐさまこの映像を プラント全市に放送を行なえ…これは……我々全てに届けられるべきものだ」

アプリリウスに届けられた映 像が評議会議場へと回され、それを一瞥したジュセックら現議員達は他の議員達に向けて指示を飛ばす。

これま間違いなく世界全てに 届けられてメッセージ…誰もが見、そして知らねばならないもの……ジュセックの指示を受け、すぐさまその映像がプラント全市に送信されていく。

そして…プラントの一画…… アリシアが眠る病棟でも…その映像を見入っていた老医師は独り、その映像を見詰めていたが、やがて足音が響き…ハッと振り向くと、そこには身体を引き摺る ように二階から降りてきたアリシアが立っていた。

「あ、あんた、何起き上がっ てるんじゃ!」

意識が戻っていなかった病人 が突如起き上がり、老医師は驚きを露にするが…アリシアの視線はモニターのなかで交錯する黒と白の天使に向けられていた。

「メタトロン…インフィニ ティ………マルス……」

片言のように呟き…アリシア の眼から微かに雫が零れる……かつて…そして今も唯一愛する男の遺した2つの天使が交錯する映像に………

ディカスティスの傀儡艦隊を ほぼ突破し、前進する統合艦隊……だが、激しい戦闘で既に艦隊は全体の4割程度……内1割が戦線離脱した。

奮戦した…といえばいいかも しれないが…残存戦力もまだ残っている。あちらは敗走による士気低下がないために、最前線ではまだ激しい砲火が轟いている。

そして、活路を開いたドミニ オンとケルビムの2隻は今、中盤で応急処置を施しながらゆっくりと前進している。

2隻の周囲には、MS隊が護 衛に就き、援護している。

予備のストライクダガーで迎 撃に出ていたエド、そして借り受けたハイネ…合流したセラフの3人は突然送信されてきた映像に眼を見開く。

「こりゃあ……」

「おいおい、頂上決戦放送 中ってか」

眼を剥くハイネに冗談めかし た口調でぼやくエド…セラフも気を取られていたが、発せられた警告音に気づき、顔を上げるとまだ残存のジンやストライクダガーが向かってきていた。

「くっ!」

歯噛みするセラフ…ゲイツハ イマニューバに向けて斬り掛かろうとするストライクダガーだったが、横から撃ち込まれたビームに機体を貫かれ、爆発する。

眼を見開くセラフ…そして、 ハイネの声が響く。

「おい、セラフ! 大丈夫 か!?」

「う、うん…なんとか……」

上擦った声で応じながら、援 護した相手を確認するように見やると、ゲイツとストライクダガーが2機、向かってきていた。

「油断大敵ってね……他所見 してたら危ないぞ」

からかうように声を掛けるエ レン……だが、それに溜め息をつく声が響く。

「けどよ、この映像見てたん じゃ仕方ないと思うが……」

「ああ、そうだな」

ストライクダガーのコック ピットでどこか呆れたように呟くヴェノムに相槌を打つデスティ……あの後、合流したエレン達は損傷の激しかったヴァネッサらをケルビムに預け、合流した二 人と艦の護衛に就いていた。

「はいはい…でもまあ……私 達全員が見なくちゃいけないんでしょうね……この戦いを…」

ぼやくように呟き、全員の眼 は片隅のモニターに送信される映像に見入っていた。

ケルビムの格納庫でも、その 映像が映し出され……着艦させてもらい、負傷した怪我の手当てを受ける面々………

「いたたたっ」

「うぅぅ…もうボロボロ 〜〜」

傷を押さえ、呻くルナマリア とレミュ……その横で包帯を巻くヴェネッサが呆れたように舌打ちする。

「いいから少し黙ってろ」

ジロリと睨まれ、二人は口を 噤む……その様子に傍から見ていたユリアは笑みを噛み殺し、ジェーンは肩を竦め……そして、ジェイスは静かにモニターに映し出されている映像を真剣な面持 ちで見詰めていた。

地球・月・コロニー……戦闘 をただただ見守り、眼を逸らしていた人々に届けられる映像……あらゆるメディアを通して映し出されるその闘いに誰もが呆然と見入る。

黒衣を纏い真紅の翼を拡げる 堕天使と純白の衣と翼を拡げる神天使の交錯する様を……そして、人々の耳に映像を通して聞こえてくる少女の声……

《皆さん…私はラクス=クラ インです》

戦闘の映像から放たれる声 に…そして名に誰もが息を呑む。

《皆さんが御覧になっている この映像は…今まさに、ユニウスセブンで行なわれている闘いです……この戦争の発端ともなったユニウスセブンで戦う彼ら……この闘いは地球、プラントに とって意味のないものです…ですが……これは私達人類に対しての世界からの問い掛けです》

淡々と語られる言葉……そ う…最初は互いに大義を掲げ、自由を求め…そして信じるもののために戦うものがやがては双方の殲滅戦へと変わった今回の戦争……だが、それは最後の最後に 誰もが予想しなかった方向へと傾いた。

そして……今、人々の眼の前 で繰り広げられえている戦いはこの戦争とはまったく関係ないもの……だが…この世界に生きる全てに関係するもの………

《命あるもの……私達は、争 うことから逃れられぬ運命かもしれません……そして…この闘いは、私達…この世界の未来を決める闘いです…私達は、それを見詰めなければなりません……た だ闘い、勝利しても平和はきません……いえ…平和はいずれ訪れるでしょう…私達は、そう繰り返してきたのです……争い…そして平和を………》

そう…戦争が…闘いが終わっ ても平和はこない……平和は世界がつくっていくもの……命あるものは、必ず何処かで軋轢を生み、そして争う……それは決して逃れられぬ生命の本質………

争いが起これば、次は必ず争 いが静まる…それを平和という定義でくくればそうなるだろう……そうやって、歴史は繰り返し…紡がれてきた………

訴えるラクスの言葉に人々は ただ呆然と佇み、その闘いを見入る……刃を交錯する黒と白の天使がぶつかり、その身を斬り刻み、傷つけあう……互いに全てをかけて…命の全てをぶつけるよ うに………

《そして…このユニウスセブ ンから…いえ、ナチュラルとコーディネイターという軋轢から始まり…今……この闘いは終局に向かっています…ですが、この二人が闘わなければ、未来はこな いのです……感じますか、闘いの哀しさが? 闘いの愚かさが…見えますか…この闘いの向こうにある未来が………っ》

激突する2体の天使は縺れ合 い、氷原へと落下する。

息を呑む人々の前で、氷原を 抉りながらぶつかり、弾くと同時に2体はまた飛翔する。

己が命をかけて戦う天使達 に……人の…生命の本質が見え隠れする………戦場に立ったことがない者には、その恐ろしさも…哀しみも……怒りも…愚かさも解からない……

だから見せなければならな い……闘いが…命のやり取りが何を齎すのか………

何故争うのか……そして何故 人は求めるのか………何故繰り返すのか………

《私達は何故お互いに争い、 そして繰り返すのか……この映像を御覧になっている皆さん、一人一人がその意味を考えてくださいっ》

切なる叫び……今こそ訴えよ う………闘うことの哀しみを…そして……繰り返す意味を……世界を……変えるために………

人々はただ……静かにその闘 いを見守る………その映像から伝わる全てをその身に受けながら……あたかも自身がその場に立つように………

 

 


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