脳髄そのものが肯定した…… 自らをウォーダン=アマデウスと………レイナは息を呑み、ざわめく胸を抑えながら必死に自制する。

「どういう、こと……お前 は…カインに殺されたはずじゃっ」

記憶があの刻へとフラッシュ バックする……まだレイナの魂が存在すらしていなかったあの刻……燃え盛る炎と血の臭い………紅蓮と鮮血のなかで見た光景……壮年の男の首を締め上げる少 年の影………炎によって遮られる光景………

【我は死なぬ……万が一の場 合の代わりは用意しておくものだ………】

発せられる機械音……脳髄だ けだというのに、まるで不適な笑みを浮かべているようにも感じる不快感……ウォーダンはあの刻間違いなく死んだ……それは事実だ…だが…死んだのはウォー ダンだったものだ……

ウォーダンは非常に猜疑心の 強い男だった……他者を心から信じることができない…上辺だけで、その内心は全て敵として認識していた。

故に、自分の代わりを求め た……不老不死…永遠に近い命を得るために……ウォーダンはあの襲撃が起こる少し前に、自らの脳髄を取り出し…それをコンピューターと連動させた特殊なカ プセルへと接続した。

より永遠に近い命を得るため に……その内容に、レイナは眼を剥く。

「じゃあ、カインが殺したの は……っ」

【我の抜け殻……不要な脆弱 な人の身よ………フハハハハ】

甲高い哂いが響き渡る……カ インが殺したウォーダンは、脳髄を失っただけのただの抜け殻だった……頭に入っていたのはコンピューターからの受信装置のみ……全てを欺き、そして己の存 在を高めるために………

そこでハッとする…まさか、 機能停止をしていたエンジェルが突如動き出したのは……コンピューターと一体になっているウォーダンなら…可能だ……システムを再構築するのも……歯噛み し、凝視する。

「貴様…そんな姿になってま で、いったい何を……っ!?」

レイナの視線が鋭くなる…溢 れんばかりの殺気が溢れ出す……だが、意にも返さず…脳髄は尊大に言い放った。

【我が望み…我が研究の最終 目的……新たなる世界のニュータイプを造り出すため……】

「ニュー…タイプ……?」

不審そうに表情を顰めるも、 脳髄の言葉はなおも続く。

【そのために我はあらゆる策 を講じた……そして…最終的に、我はある方法を決定した………二人の候補者を戦わせ…そして……どちらが真のニュータイプとして覚醒するのかを見極めるた めにっ】

鼓動が大きく脈打つ……レイ ナの内で弾けるもの………発せられた言葉が、まるで今までバラバラだったパズルのピースを組み上げていくような錯覚………

「まさか……」

セカンドナンバーズ……カイ ンの行動………それらが一つに繋がっていく………ニュータイプ候補者が真のニュータイプになるために……もう一方の候補者を喰らい、そして殺す……それ が…ウォーダンが求めたニュータイプ…新たな種の誕生のプロセス………

【そうだ……我は仕組んだ… 全てを………あの刻に……】

そう…セカンドナンバーズを 誕生させ……ウォーダンは一つの仮説を立てた。自分の造ったMCナンバーズ……だが、ウォーダンはあくまで新たなる種の後継者を求めた。

MCナンバーズにおいても当 然、能力に差がある……無論、最高の被験体と自負するのがナンバー00、ナンバー02…そしてナンバー05であることは間違いなかった。

だが、最高という名を冠する のは一人でいい……なら…選べばいいと………彼らが戦い、そしてそのなかで最後まで生き残った者こそ……自身が求める真のニュータイプとなると……過去に 幾度となく繰り返された進化の道筋……強い種が弱い種を喰らい、そして新たな世界を構築する……それが自然の摂理だと……ウォーダンはそのためにあらゆる 策を実行した。

それは、己の脳髄のコン ピューターへの移植…そして、カインやルン達の深層心理における後継者選定のためのプログラムを組み込んだ。

カインには、遺伝子細胞の劣 化という要素があらかじめ備わってしまった……それは流石にウォーダンには手が出せず、カインをコールドスリープにかけて眠らせた。候補者が成長し、その 力に眼醒めるまで…そして、セカンドナンバーズのルンには憎悪の姉妹愛…ウェンドとテルスには自らの欲望に忠実に…アクイラは記憶を、感情を消去して人形 として……それぞれに起こす活動を刷り込んで………

【そして…お前は自ら戦い、 その資格を得た……ヴィアやフィリアが求めた人の意志が、勝敗を決するとはな……】

まるで、自身の汚点のように 吐き捨てる……そう…ウォーダンにとって唯一邪魔だったヴィアとフィリア……その二人が初期ナンバーズに感情を与えているのを忌々しげに考えていたが、 ウォーダンは逆にそれを利用する考えを持ったのだ。

すなわち……カインらには破 滅を…破壊や絶望に対する衝動を強め……レイナ達はその与えられた人の意志という相反する感情同士のぶつかりで、戦いを促し…そして、戦わせる……候補者 を選定するために………

レイナの眼が伏せられ…ギ リっと奥歯を噛み締める。操縦桿を握る手が震える……どうしようもない苛立ちと憤りが込み上げてくる………この男は何だ? 神なのか? それとも悪魔か?  どちらにしろ、まともな神経ではない………ではなにか…自分達は戦うように仕向けられていたのかと………

カインは恐らく気づいてい た……あの刻…あの炎のなかで…自らの意志で創造主を殺したことが……全ては仕組まれたものでしかないと…自身の命も……そのためにしかないと……こんな 男のエゴのために……自分達だけでなく………この世界を弄んだのか……自身に向かって吐き捨てるレイナは凄まじい嫌悪感に胸が引き裂かれそうだった。

これで解かった……カインの あの闇への衝動と破滅へのシナリオも…全て、こいつが仕組んだこと………だからか…あの矛盾とした釈然としない思いは………

【00も所詮は失敗作だった か……遺憾だが、それを認めよう………】

ピクっとレイナの意識が反応 する……失敗? ふざけるな……レイナは顔を上げ、脳髄に向けて叫んだ。

「カインは…いや……ルン も…あいつらも…失敗作でも貴様の人形でもないっ! あいつらはあいつら自身の意志で闘った…そして……私達も、自分の意志で闘ったっ!」

確かに…闘うように仕組み、 仕向けたのはウォーダンかもしれない……だが、少なくともカイン達は自分の意志で闘っていた…自ら破滅を齎すために大罪人となり……己の命と魂を絶望に染 めてまで闘い、そして逝った……ルン達もその行動を褒めるつもりはないが、自分の意志で殺しにきた………

そして……自分達もま た………迷い、苦しみ…何度も闇に呑まれそうになった…だが、この場に立っているのは紛れもなく自分の意志……ニュータイプなど知ったことか。

インフィニティのスラスター を噴かし…構える……この男だけは生かしておかない………こんな…エゴに固執した亡霊に………自分達の闘いも…闇も汚されてたまるものか。

だが、身構えるインフィニ ティに対して動じた様子も見せない。

【ククク……貴様の意志は関 係ない…我が欲しいのは……貴様のその身体なのだからなっ】

刹那…インフィニティの足元 の地表が割れ、背後に影が這い上がった。

「っ!!?」

背後への反応が遅れ、イン フィニティは背後から這い上がったその影によって締め上げられる。

締め上げるのは…ドロドロに 溶けた機体……紅の竜鬼:ゲイルの姿があった。

「ウォルフ……っ! 貴様、 生きてたの……っ!?」

ウォルフのゲイルがフリーダ ムに敗れたというのはキラから聞いた……だが、こうしてここにいるということは……その時、コックピットにあの卑下た笑みが響いてきた。

《ひゃははは……言ったろ う? 俺は死なないってな……流石にあの時は死に掛けたが…お前を殺すまで、俺は死なねえよ………なぁ、BA……》

狂ったように哂うウォルフ… そして、モニターにその顔が映った瞬間、レイナは息を呑んだ。

ウォルフの顔の皮膚が半分剥 がれ落ち…その下からは……機械的な金属の輝きが見えた。

剥がれた皮膚の下に現われる 銀の金属の骨……そして、その眼は機械のような怪しい光を発している。

「貴様…アンドロイ……い やっ、サイボーグっ!?」

《ああ? そうだったか ね……ひゃはは、生憎と何度も頭を弄られたんでね………あの男にさ》

その言葉に眼を見開く……な ら、ウォルフは………それに答えるように、脳髄の声が再度響く。

【その者は、我が造りし人 形……我にとって憎きあの男の人形よ………】

愉悦を感じさせるように笑み を噛み殺す……ウォーダンにとって憎むべき男:ユーレン=ヒビキ…そのクローン………

MCの調整技術のために生み 出した実験体……その過度な調整実験により、ウォルフの肉体はボロボロになり、ウォーダンは身体の半分をサイボーグとすることで生かした。

自らの忠実な道具として…… レイナはようやく納得がいった。

ウォルフのこの異常な執 着……そして、あの刻に生き埋めにしてなお生きていられた訳も……ウォルフも…この男の操り人形でしかなかったことを……

「ぐっ! あんたに付き合っ て暇なんか…っ!」

だが、ウォルフの境遇に同情 などしない……そんな余裕もなければ、する必要もない。

いくら損傷しているとはい え、既に半壊しているゲイルの拘束……振り解こうするも、ウォルフはニヤリと哂う。

《おいおい、つれないね〜〜 地獄へ俺と洒落込もうぜ! BAェェェェェェッ!!》

亡者のように拘束していたゲ イルの機体から、突如、エネルギーがこもれ…暴走を起こし、鋭い衝撃がインフィニティに襲い掛かり、それはコックピットのレイナにも伝わる。

「うあぁぁぁぁぁっ!」

身体に走る衝撃に、悲鳴を上 げる。

既にフリーダムとドレッド ノートHの攻撃で大破同然のゲイル……ここまで来ただけでも奇跡に近い状態…故に、残された武器はこれしかない……すなわち…ゲイルに残留している全エネ ルギーの暴走……相手をも道連れにする自爆システムだ。

《ひゃはははははっっ!!》

まるで自身に酔うように高ら かに哂うウォルフ……身体に走る衝撃………そして、響く嘲笑………

【生命の起源は単細胞生物… 有機物と水分が結合し、『生命』という概念が成立した…だが、我はそんな概念さえも覆す生命体の遺伝子をこの世界に再生させた………】

ガスとチリ…それらから惑星 という一つの母体が誕生し……そして、灼熱の惑星に水が溢れ、それらがやがて有機物と一つになり…初めて『生命』という種がこの世界に息吹を上げた。それ は、母体から生み出された子……そして様々にカタチを変える。

それらの生まれた生命はやが て、多くの種に分裂し、現在まで滅びと再生を繰り返してきた……進化という生命の根源に秘められた本質に従い………

だが、それらの概念を完全に 打ち砕いた生命体がいた……水もない灼熱のなかから誕生せし生命体……翼を持ち、この宇宙を舞うかのように生きる生命体………それは…地球の種が到達でき ない極みへ………

【進化し、滅びと再生が繰り 返される……そして…我は新たなこの世界の種を自ら生み出す……我が欲しいのはその身体よ……ニュータイプとなりし者の遺伝子…それを捧げよ……】

ウォーダンにとって必要なの はあくまでその身体……その身体の人格など必要ない……自らが造る新たな世界の担い手となりし新たな種は…自分の手で造り出す……そう謳うウォーダン…そ して自らに酔い、暴走するウォルフ……その妄執に囚われた者達からの衝撃にレイナは意識が薄れそうになる。

(うっっ……くっ)

このままでは、間違いなく意 識が刈り取られる……だが、衝撃に身体がゆうことをきかない。

その刻……脳裏にカインの顔 が過ぎる………刹那…無意識に伸ばしていたインフィニティの手に、何かが収まった……それは、メタトロンのサタンサーベル………何故ここに、という疑問を 抱くよりも…息を呑むレイナ…意を決し、レイナはサタンサーベルを展開する。

形成されるビーム刃……この 麻痺した状態では、後ろに突き刺すことはできない…だが、唯一確実な方法がある。

レイナは迷うことなく…… ビーム刃を振り上げる。

「ウォルフ……地獄へは…先 にあんた独りで逝けっ!!!」

逆手に持ち構え…次の瞬間、 ビームの刃を一気にインフィニティの腹部に突き刺した……インフィニティのボディを貫通し、それは後方のゲイルのコックピットに真っ直ぐに向かう。

眼前に迫りくる閃光が…ウォ ルフにとってこの世界での最期の光景となった……だが、ウォルフは笑みを浮かべたままだった………醜悪な笑みを………

ビーム刃がゲイルのコック ピットに突き刺さり、灼いた………ビームに呑み込まれ、ウォルフは、肉片一つ残さず滅え去った………

串刺しになる2機……イン フィニティの腹部に火花が散る…だが、爆発は起こらない。レイナとしては賭けだった……機体の隙間を狙えるかどうか………

逆に…コックピットを貫かれ たゲイルはボディから火花が散り、拘束していた腕を緩め、インフィニティから離れると……ショートした部分から爆発が起こり…暴走し、漏れていたエネル ギーと干渉し、次の瞬間……ゲイルは爆発に包まれた。

 

――――C.E.71.10.2 22:53……

――――RGX−174I: ゲイルインサニティ撃破………

――――鮮血の双竜:ウォル フ=アスカロト戦死…………

 

バラバラに砕け散るゲイルの 破片……血の色と錯覚するような真紅の装甲が舞い、インフィニティは膝をつきそうになるが、なんとか堪える。

「はぁ、はぁ………」

コックピットで大きく息を乱 しながらレイナはその舞う破片を見詰める。

貫いた感触…そしてあの爆発 では、間違いなく生きていられないだろう………これで終わった…奴との因縁も………

「心配しないで、ウォル フ………私も……すぐに逝く…………」

ウォルフと一緒に逝くつもり はない……まだ終われない……もう独りの…因縁の相手………自らのエゴのためにレイナ達を呪縛し、その身を闇へと堕とさせた男を……全ての始まりの男 を……神と驕る愚かな男を………この手で闇へと堕とす。

インフィニティは立ち上が り……機体に過負荷が掛かり、動くのもままならない。だが…レイナの……そしてその闇に応えるように…インフィニティは微かな唸りを上げ、翼を拡げる。

【ぬっ……く、くる なぁぁぁぁぁっ!】

初めて…脳髄からの声が震え た。

恐怖に縛られた者を殺すのは 趣味ではないが…レイナはこの刻……そんな恐怖に微かに笑みを浮かべていたかもしれない。

これが神と驕った男の本性か と……死者をいいように使い、そして多くの命を闇へと誘った………

刹那、機械の柱から自衛用に 設置されていた砲台が動き、インフィニティに放たれる。

ビームの銃弾が、狙いもつけ ず撃ち込まれ、インフィニティの周囲に着弾し、激しい振動を起こす。

だが、それに怯みも動じもし ない……眼を閉じ、気持ちを静かな闇に沈めていく………

まるで、全てが消え去ったよ うな静寂感と澄んだ気持ち……そして…その闇に浮かぶ道標……右手に握るサタンサーベルに力が込められる。

何故ここにこれが漂ってきた のか……それはどうでもいい………ただ…カインの闇も…あの男にぶつけなければならない……利用され…そしてそれでも自分で在り続けた半身のために……… レイナが閉じていた眼を見開いた瞬間、インフィニティの瞳が輝き、翼が羽ばたいた。

フルブーストに突入し、一気 に脳髄に向かって迫る……ビームのなかを掻い潜り、インフィニティは跳躍する。

サタンサーベルを構え…真っ 直ぐに脳髄を目指す。

「神様は…死にもしな い………でも、それは自分で戦おうとしないからでしょう……ねぇ、神様ぁぁぁぁぁっ!!」

神と驕った男……手に入れた 永遠の命……だが…そんなものは所詮見せかけ……誤魔化しているだけだ……殺されない限り…死なない限りは……なら…その神様を殺そう……

咆哮を上げながら加速するイ ンフィニティ……放たれるビームが頭部に着弾し、衝撃にカメラが麻痺するも…レイナは構うことなく加速した。

突き出される刃が脳髄の入っ たカプセルに突き刺さり、ビームの熱が脳髄を灼く……悲鳴が響き渡る。

【がぁぁっ……何故…お前 は……新たな…世界の支配者に…なれるのだぞ………】

途切れ途切れで漏らす言 葉……支配者? 哂ってしまう……そんなものに興味もなければ、するつもりもない……何の感慨も浮かばず…レイナは淡々と告げる。

「究極の生命体? 貴様は勘 違いしただけよ……そんなものはいない……生命は、運命られた刻のなかで生き、そして滅びていく……」

ウォーダンが魅せられたエ ヴィデンス……だが、そのエヴィデンスも所詮は生命という運命から逃れることはできなかった……カイン達も…それに殉じた…………

誰もが…何故生まれ…そして 滅びていくのか……そんなことを解かる者はいない……だが、この男は…その全てを否定し、自らのエゴのみに妄執した。

【な、何故……わ……娘…… が………】

「私は、レイナ=クズハ…… 貴様のニュータイプでも…まして娘なんかでもない…っ」

自分は…自分は……レイナ= クズハだ…ただ闇に縛られただけの……ただそれだけの存在だ……それ以上でもそれ以下でもない………

もし、世界が自分の存在を壊 そうとするなら……レイナは敢えてその運命に委ねよう…自らが生きる運命も……もう…生への執着もない………

「私は…神殺しの天使……確 か、そう言ったわね……だから私は殺す…神をねっ」

レイナを…MCナンバー02 に叛逆者:神殺しという役割を与えたウォーダン……だが、その自ら名づけた役割によって殺されるとは……皮肉な運命だろう……

「地獄で…カイン達に詫び ろっ!」

力を込め、カプセル内へと深 く差し込まれる……断末魔の悲鳴が響き渡る。

レイナはその眼をもう一方の カプセルへと向け、左手で掴む。

「この人は……返して…い や……本来の居場所へと戻させてもらうっ!」

ヴィアの入れられたカプセル を力任せに引き千切る……この男とともに逝かせるつもりはない……逝くのは…この男だけで充分だ。

サタンサーベルを離し、カプ セルを抱えて離脱する……刹那、脳髄のカプセルが砕け、溶液が溢れ出す。

同時に…ウォーダンの意識 も……深い闇に堕ちていく……その妄執に囚われた思考は、何故…何故と……理解できない現実に無限のループを繰り返す………

解からない…と……自分の立 てた計画は完璧だったはずだ……新たなる種『ニュータイプ』誕生のために……全てを動かしてきたはずだ……神となったかのごとく……なのに何故…最期でこ の事態に陥ったのか……まったく理解できないまま…ウォーダンは堕ちていく。

そのウォーダンの組み立てら れた計画…そのなかで一点のイレギュラー……レイナ=クズハというイレギュラーな魂がその思惑を崩したなどと……人の心など…意志など不要と常に考えてい たウォーダンには絶対に解からないだろう………

運命によって受け継がれ…そ して生きる魂の存在を………カプセルの周囲から爆発が起こり、それに連動して機械の柱が爆発に包まれていく……それを冷めた眼で見やりながら、レイナは軽 く肩を落とす。

「終わったの……これで…」

まるで、自身に言い聞かせる ように呟く……結局………自分達は踊らされていただけ…あの男の用意したシナリオの上で……だが……それでも…カインは世界に絶望し、そして滅びを選んだ のは事実だ。

なら……そうやって…せめ て、そう戦うことだけが…カインなりの叛逆だったのかもしれない……冷めた眼で見下ろしながら、レイナは己の手を見やる………

本望だろう…自らが求めた最 高の被験体とやらの手で殺されて………そんな考えが一瞬過ぎる……俯くなか…佇むインフィニティの姿は…まるで哭いているようだった。

闘いには勝者と敗者しかない ない……だが…今のレイナの姿は…とても勝者には見えなかった……むしろ…敗者かもしれない………

レイナはふと手に抱えるカプ セルを見やる。

カプセル内で眠るヴィア=ヒ ビキの姿……コールドスリープが壊れた以上、すぐに意識を取り戻すだろう。だが、レイナは彼女と逢うつもりもない……逢ってどうする…自分は…この人と関 係ない存在なのだから………

レイナは僅かに呆然となって いたが…タイムリミットが残り5分を告げた刻、ハッと我に返り、ヘルメットを取り、被ると同時にハッチを開放する。

微かに空気の排出される 音……レイナは、爆発でボロボロとなった機械柱を見上げ、そして、下部に設置された外部端末に向かって跳んだ。

無重力のなかを進み、端末ま で降りると、急ぎバーニアの制御プログラムを検索する。

ウォーダンを倒すためとはい え、機械柱を破壊した影響で電子系統がやられていなければいいがと内心悪態を衝きながらコンソールを叩いていると、システムが起動した。

どうやら、外部による制御シ ステムを独立させていたようだ……レイナは、不意に…これはカインの仕業であると確信した。

制御パスワードが表示され、 『INFINITY』と打ち込む……それに連動し、ユニウスセブンは大きな振動に揺れ始めた。

ユニウスセブンの外部で戦闘 を繰り広げていたリーラ達は、突如エンジェルが機能を停止し、動きを止めたことに呆気になっていた。そこへ、大きな鳴動のようなものが響き渡る……ハッと 眼を向けると…ユニウスセブンに取り付けられていたバーニアノズルが動き…そのコロニーの軌道を変えていく………

地球からの衝突コースから外 れるように軌道を変更するユニウスセブンに、レイナ達が間に合ったと直感したマリューは慌てて統合艦隊に向けて、核使用の中止を発信した。

残り時間あと1分を切ったと ころで……ギリギリのタイミングで間に合い、統合艦隊は最終フェイズの行使を中止した。

その返信に、クルーの誰もが 息を吐き出す……ようやく終わったのだという解放感と、肩の力が抜け…なかには腰が抜けたように座り込むクルーに歓声を上げるものまでいる。

マリューら艦長も、大きく息 を吐き出し…そして、互いに笑みを交し合う。

誰もが喜びに浸るなか……レ イナはインフィニティのコックピットで大きく肩を落としていた。

「カイン……これが、あんた の望だったの………」

虚空に向かってぼやく……シ ステムが独立しており、尚且つ制御系のパスワード………カインは、この結末を既に予知していたのではないだろうか……解かっていても…カインはカインの道 を貫くしかなかった………

破滅の道を……そして……自 らを終わらせるものを…………

「……眠れ…静かに………」

だからこそ…もういいと…… 眠ればいいと…静かに………誰にも邪魔されない…静かな眠りに………

そう感慨に耽っていると、突 如ユニウスセブンが大きな振動に包まれた。

「っ!?」

軌道変更の振動ではない…… 何かが割れるような衝撃…レイナはインフィニティのハッチを閉じ、そして機体を飛び上がらせる。

天上部を破り、宇宙へと身を 晒した瞬間…眼を見開いた。

軌道を逸らし、離脱していた ユニウスセブンの前方部に亀裂が走り、コロニーの欠片が本体から切り離され、地球軌道への落下軌道に突入していく。

「なっ…」

レイナは思わず息を呑む…だ が、考えてみれば当然かもしれない。ユニウスセブン付近であれだけ派手に立ち回り、内部でもあれだけの爆発があったのだ。当然、崩壊していたコロニーの亀 裂がその衝撃で一気に拡がり、トドメとなった急激な方向転換で崩れた。

コロニーの一部が本体から崩 れ落ち…そして、それは真っ直ぐ地球に向かっていく。

「姉さんっ!?」

歯噛みするなか、呼ぶ声に反 応し、振り返ると…そこにはエヴォリューションが同じくユニウスセブンから飛び出し、接近していた。

「マズイわよ…あの大きさ じゃ、大気圏で燃え尽きないっ」

破片を大まかに見たが、その 大きさは大気圏で燃え尽きる質量ではない……ある程度は小さくなるだろうが、それでも大きな衝撃が地球にぶつかる。

「目標は……赤道付 近っ!?」

破片の落下予測地点は赤道付 近……少なくとも、アレが直撃すれば、赤道周辺の被害は甚大なものとなり、海面を裂いて到達した衝撃が地球に冬を齎すかもしれない。

「くっ!」

リンも同じ結論に達したの か、悔しげに歯噛みする……今からでは、とてもではないが核ミサイルや戦艦の艦砲で狙うのは無理だ。

唯一残る方法は……それに思 い至った時、レイナは一瞬自嘲気味な笑みを浮かべる。

「リン、この人をお願いね」

だが、すぐさま表情を引き締 め…レイナはインフィニティの手に護っていたカプセルを差し出す。

「え…っ! この人 は……っ!?」

唐突に渡されたカプセル内に 眠る人物を視界に入れた瞬間、リンの眼が先程のレイナと同じく大きく見開かれる。

だが、そんな困惑しているリ ンを横に…インフィニティは背を向ける。

「? 姉さん…?」

その様子に不審げに見や る……そして、静かな声が響いてきた。

「あと……お願いね…私 も……逝くかもしれないから……」

微かに自嘲を含んだ声…そし て決意……刹那、インフィニティはウェンディスを展開し、エヴォリューションの前から飛び立ち、一気に加速していく。

僅かに怯んだ一瞬のうちに離 れていくインフィニティは真っ直ぐにある方向と向かっていく。そして、レイナの言葉の意味を理解したリンは息を呑み、眼を見開く。

「姉さん、まさか……っ!」

レイナがこれから使用として いる事が脳裏を掠め、リンは手を伸ばすも…既に彼女の視界から遠く離れていた………

インフィニティは真紅の翼を 拡げ、真っ直ぐに向かっていく……落下するユニウスセブンの破片に向かって…………

 

 

 

 

ネェルアークエンジェル、エ ターナル、スサノオ、クサナギ、コスモシャーク、リ・ホームもまた大気圏へと突入を開始したユニウスセブンの破片に驚愕し、混乱していた。

「ユニウスセブンの破片、大 気圏に突入し始めました!」

ダコスタの報告に、エターナ ルのブリッジでバルトフェルドが歯噛みする。

確認できただけでもその質量 は大きい…大気圏内では燃え尽きない……だが、もはやここからではどうしようもない。

艦砲では展開し、発射するま でに突入される……今から核ミサイルを発射しても当たる確立は限りなく低く、また追いかけて撃つにしても距離が離れすぎている。

完全に手が無いことに、周囲 に展開しているMS隊も皆、その光景に悔しげに歯噛みするしかない。

「くそっ、ここまでき てっ!」

アスランがコンソールを強く 叩きつける……十字架を背負い、ここまで来たというのに…自分は、結局無力だったのかという後悔が渦巻く。

「くそぉぉっ! なんとかな らないのかよっ!」

手があるなら、すぐに実行す るだろう……手詰まりな状況に、悪態を衝くカガリ…だが、焦りはさらなる苛立ちを呼び、カガリはさらに袋小路に陥る。

「まだ諦めてはいけません… なにか、なにか方法が……」

焦るカガリとは対照に、ラク スは冷静に思考を動かしている…無論、内心は平静としているわけではない。だが、冷静さを失えばそれだけで終わるのだ……冷静に、思考を巡らせるのがこの 状況で必要なこと…それでも、やはり対処手段が浮かばずに歯噛みする。

「こうなったら、僕達で追う しか…っ」

キラが決然と顔を上げる…… かなり無茶だが、フリーダムらの高速の機体で破片を追い、そして可能な限り大気圏へ落下しながら破壊する。

単独での大気圏突入が可能な Xナンバーならできない芸当ではないが……問題は、それだけの作業が実行可能な機体がどれだけいるかだ。

フリーダムも含め、損傷が軽 い機体などほとんどない……だがそれでも…やらねばならない。

機体を加速させようとした瞬 間、破片を凝視していたリーラが微かに上擦った声を上げた。

「っ? アレは……っ!」

リーラが確認した時と同じ く…ネェルアークエンジェルでも、ミリアリアがそれに気づいた。

「艦長! ユニウスセブンの 破片に高速で接近する反応が……っ」

微かに上擦った声…だが、そ の報告にマリュー達は眼を剥く。

「ええっ?」

「モニターに出せっ!」

メインモニターに映し出され た瞬間……全員の眼が驚愕に見開かれる。

モニターに映し出されたそ れ……大気圏に突入するユニウスセブンの破片を追う機体………漆黒のボディを熱で紅く染め、紅い翼を羽ばたかせながら追う堕天使………

「アレは…インフィニ ティ!?」

その姿に、ラクスが思わず声 を荒げる。

何故インフィニティがユニウ スセブンの破片を追っている……だが、その行動に逸早く気づいたのは、驚愕の声を上げ、眼を見開いたキラだった。

「まさか……レイナっ!?」

キラが先程まで考えていた 手……ユニウスセブンの破片を破壊、もしくは縮小するための最後の手段……MSによる破壊……だが………

「いくらなんでも無茶だよ、 あんな状態でっ!」

モニター越しからでも解かる ように、インフィニティは機体各所にダメージを負っている…メタトロンとの戦闘は熾烈を極めたはずだ。そしてその後に中枢への突入……相当のダメージを 負っているはずだ。通常なら、大気圏突破もできるが、今の状態では、機体の方も保たない。

誰もが唖然とした面持ちでモ ニターを凝視する……最期まで彼女に頼ってしまうという罪悪感と自身への無力感…そして……彼女の無事を願う想いだった………

そして、独り…インフィニ ティの姿を見詰めるエヴォリューション……リンは無言のまま、インフィニティを凝視する。

自分にはもう、手が届かな い……本当なら、一緒にいきたい…だが、託されたものがある以上…自分はそれを護らなければならない。

そして信じる……彼女の無事 を………戻ってくることを…………

「姉さん……」

切なげに漏らした呟き……虚 空に掻き消えていくなか……リンは拳を握り締め、血が滲み出そうなほど喰い込ませた。

そして、エヴォリューション の右手に護られるように握られるカプセル……装置を稼動させていたケーブルが途切れ、徐々に冷気が薄まって解凍が開始され…徐々に意識を覚醒させつつあっ た。

呼吸がまだできない……だ が、その瞼が微かに動き…瞳が薄っすらと見開かれる。

薄っすらと開かれた霞んだ視 界……その瞳が捉えるもの………

真紅の翼を拡げる黒衣の天 使……ああ…あの娘だと………ヴィアは眼元に微かに涙を浮かべる。

自身の遺伝子から生まれた 娘……母親になれなかった哀しみ………そして…優しさを持っていた………

ヴィアは…声にならない言葉 を静かに囁いた…………愛する娘の名を………

それは…果たしてどちらの名 だったのか……誰にも解からなかった…………

 

 

 

大気圏に突入し、摩擦熱にそ の周囲を赤く燃え上げる破片を追うインフィニティ……ウェンディスを拡げ、稼動できるバーニアを全て全力で噴かし、後を追う。

機体が大気圏突入の影響下に 入り、装甲が振動し、赤く燃え出した……だが、レイナは歯噛みしながらも操縦桿を引き、さらに加速させる。

やがて…射程圏内に捉えると 同時にオメガの砲身を展開し、トリガーを両手で構える。

照準モニターがセットされる も、こちらも重力に引かれているため、なかなか照準が合わない。

もし、少しでも重心がずれれ ば、完全にバラバラにならず、大気圏で燃え残ってしまう。

だが、既に機体フレームも限 界が近い……各所が悲鳴のような軋みを上げている。

「………っ!」

歯噛みしながら必死に照準を 合わせる……姿勢を保つために、バーニアの逆噴射を行っているが、過負荷で機体の装甲が崩れていく。

既に肩の装甲を失い、フレー ムの駆動部が剥き出しになっている左腕の方の過負荷が大きく、照準が狂う……衝撃と振動がコックピットにまで響き、センサー類がショートし、計器コンソー ルから火花が迸っている。

大気圏突入における熱がコッ クピットに充満し、内部は灼熱に包まれる…ヘルメットのバイザーにも亀裂が走る。

「ぐっ……終わらせる……… 全てを……私の…手で………私は……私は……っ」

自身を生み出した男の妄 執………己の欲のみに生き、そして最期まで狂った男の狂気……己が闇と絶望に委ねようとも…最期まで己の信念を貫いて逝った半身………

そして……自分自身の全て を………全てに終わりを齎すために、ここまできた。

呼吸が荒くなる…視界が霞 む……だが…それでも……自分のゆくべき道は見える…その真紅の瞳に………

「私は……レイナ=クズハっ!!!」

新たな種:ニュータイプで も……呪われた妄執の申し子でもない………

BAという狂気と…レイ=ヒ ビキという半身……そして闇を受け継いだ……レイナ=クズハという一人の存在だ………

絶望と闇に狂わんばかりの世 界で与えられた唯一のもの……その瞬間、照準がセットされる………トリガーが引かれたのは同時だった。

構えるオメガの砲身から解き 放たれる閃光……過負荷により、左腕が吹き飛ぶ……刹那、衝撃によって、既に限界だったインフィニティの左のカメラアイが砕け散った………

だが、それでも内なる咆哮を 表すように…オメガから放たれた奔流が真っ直ぐに伸び、ユニウスセブンの破片に突き刺さった………

奔流が破片の中心を撃ち抜 き……破片は四散する……粉々に分裂し、無数の欠片となって飛び散っていく……なおも斉射を続けたオメガの砲身が、その異常な出力と過負荷により、耐久度 を越えて、融解する。

次の瞬間、爆発がインフィニ ティに起こる……オメガの砲身が砕け、衝撃がコックピットを襲う。

「ぐっ!」

コンソールが破損し、レイナ は微かに呻く…そして……視界の先で四散していく破片を見詰める…アレなら、地表に到達する前に消滅するだろう…突破しても、さほどの被害にはならな い……それを見届けると、安心したように肩の力が抜ける………

操縦桿から手が離れ…レイナ は身を沈める………コックピット内の温度が高まっていくのが解かる。

「還るのね……あの炎のなか へ………」

自嘲めいた笑みを浮かべ、眼 前に迫る地球を見据える……もうインフィニティは限界をとっくに超えている。

機体が爆発しないのが不思議 なくらいだ……どの道、この状態では重力に掴まった状況から逃れることも…大気圏を突破できる可能性も万に一つもない。

死が眼前に迫っているという のに……レイナの表情は悲壮さを感じさせず…澄んだ面持ちだった………

還るのだ……自身が初めてレ イナ=クズハという魂を受けた刻に見たあの炎のなかに…裁きの業火に灼かれる刻が………

「…終わる……これで、私の 生も…………」

闇と業…呪縛に縛られた運命 も……この生も……後悔はない………むしろ、こんな澄んだ気持ちのなかで死ねることを幸運とさえ思える………

苦しまず…狂うこともな く……ただ静かに………自分には過ぎたる安らぎに……静かに眼を閉じた刻……脳裏に声が響いた………

 

――――諦めるのか?

 

「っ!」

その響いた声にハッとする。

今のは……内から響くような この声は……………

 

――――我は言ったはずだ… 汝にはまだ……生きるべき世界がある………

 

「レイ………」

呆然と呟く……闇から…そし て……内から響く温かみのこもった声………もう一人の自分…いや……大切な存在………

過酷な運命を背負わせてし まった魂に……受け継がれるべき魂を救うために………そして…生かすために………

脳裏を過ぎるのはもう一人の 人物……対でありながら………闘い…そして逝った男の顔が過ぎる……世界を選んだのは自分……そして…それをどこまで足掻けるか…見届けると……足掻いて みろと……無様でも…自ら選んだ世界のなかで…と…………

その叱咤に、レイナは苦笑を 浮かべる。

「……そう。私には、まだ死 は赦されないのね………」

まだ……死という闇に…静か な眠りに就くのは赦されない………生きて…生き抜くことで…自身の選らんだ世界を見届けなければならない………

破滅を齎した相手を殺した代 償として……そして…覚悟として………レイナは選んだのだ…この醜くも愚かで…美しい世界を………

微かに肩を竦めると…何かを 振り切ったように操縦桿を握り直す。

正直、インフィニティはもう 満身創痍に近い……このまま大気圏に突入しても、無事でいられる可能性は低いだろう。そして…それよりも高い確率は……この状態から上がること……ほぼ重 力に引かれた状態で、可能かどうかは怪しい…だが、レイナは操縦桿を握り締めながら…静かに囁いた。

「力を…最期の力を貸し て………ガンダム…………」

レイナは祈るように囁き、操 縦桿を引く。

刹那……残されたインフィニ ティの右のカメラアイが紅く輝き、背中に真紅の翼が煌いた………

微かな唸りを上げ…堕天使の 真紅の翼が拡がり、昇天していく…………

 

 

 

衛星軌道で破壊され、四散し たユニウスセブンの破片は無数の流星となって赤道地帯を中心に各地に降り注いだ………

人々は、夜空で…あるいは昼 空で……天から無数に降り注ぐ流星雨を見入る。

そして、その光景はここ、 オーブでも拡がっていた……オーブをゆく人々は空を見上げながら降り注ぐ星を見詰め、マルキオの伝導所でも……庭先で空を眺めていた子供達が突如として起 こった流星雨に声を上げている。

「うわぁ、マルキオ様! お 空にお星様がいっぱい降ってる〜〜」

マルキオの手を引き、はしゃ ぐ子供達に苦笑を浮かべながら…マルキオは空を見上げる。

盲目の眼には、その流星雨を 見ることは叶わない……だが…それでもマルキオは感じ取っていたのかもしれない……これは…明日へと続く流星だと…………

その時、一人の少女が声を上 げた。

「あ…見て、マルキオ 様………流れ星のなかに天使様がいるっ」

少女が指差した空に子供達が 一斉に眼を向ける……マルキオもまた…その方向を探るように見上げた………

世界で…流星雨を見上げる人 々の眼にもハッキリと映るもの………降り注ぐ流星雨のなかで、翼を羽ばたかせる天使を………

真紅の翼を拡げ、そして舞い 羽ばたかせながら天へと昇天していく姿を………この世界を…見守るように…………

哀しい…そして優しさに満ち た真紅の翼を……………

その光景を見上げていた巨大 生物……海面から顔を出し、今一度…昇天する天使に向けて鳴き声を響かせた……

それは、哀しみではなく…祝 福に満ちた旋律だった………そして、巨大生物は身を翻すように海中へとその身を沈めていく………

背中の翼が海面で大きく靡い た後……巨大生物の姿は海中深く、沈んでいった……去った海面は暫し大きく荒れていたが……静寂さを取り戻していった………

 

 

 

大気圏内で起こる閃光…… 真っ白に包まれる光景を、リンカーン、ケルビム、ドミニオンを含めた統合艦隊と周辺に展開していたMSのパイロット達は呆然と見詰め……それに近い位置で 固まるネェルアークエンジェル、エターナル、スサノオ、クサナギ、コスモシャーク、リ・ホームのブリッジに、破片の破壊と、四散が報告された。

刹那……艦内に歓声が沸く。

今度こそ……終わったのだ… 破片は全て大気圏内で燃え尽き、深刻な被害を齎すものはない……その報告に、艦長さえもシートに身を沈め…疲れを滲ませながらも、どこか笑みを浮かべてい た。

肩を抱き合うクルーや、称え 合うクルー達……キョウもまた、副長シートで大きく息を吐き出し、散って逝った父に心のなかで終わったことを告げた………

「やったんだよな、俺達!」

「ああ、やったんしょ!」

ディアッカやラスティは興奮 を…そして、達成感に沸き上がる高揚を抑えられずに声を上げた。

「ニコルさん、お疲れ様でし た……」

「シホさんこそ…お互いに、 生き残れましたね」

苦笑めいた笑みを交し合うニ コルとシホ…だが、そこには確かに喜色が混じっていた。

「アルフ……」

「ああ、終わったんだ…これ でな………終わったぜ、 レナ……

気遣うように声を掛けるメイ アに、アルフは軽く相槌を打ち…そして、眼前の光景を、散った戦友に…静かに黙祷を捧げた。

「ラウ=ル=クルーゼ…ネオ =ロアノーク……見えてるか、この光景が…俺達は、生きていくぜ……」

己が倒した男と…己の代わり に散った男……二人に対し、哀悼を述べるように…ムウは静かに囁いた……己が決意と覚悟を秘めて………

「アディン……終わったよ… 全てね」

救おうとし…そして結局は救 えなかった友……せめて、この事だけは伝えたいと…カムイは内に向かって呟いた。

「イザーク……」

「何だ?」

「その……ありがとう」

「礼を言われることはしてな いぞ……」

「いいの…言いたかっただけ だから……ありがとうって」

そう……伝えたいのはその一 言………一緒にいてくれて…そして…離さないでいてくれたこと…この人と共にいられることに………リーラは微笑みを浮かべ、その笑顔にイザークはやや照れ 混じりに表情を逸らした。

「終わったな、アスラン」

「ああ…そうだな」

普段以上に興奮した笑顔を浮 かべるカガリにアスランも苦笑混じりに応える。そして、誓う……この笑顔を護ると…背負ってしまった十字架のためにも……だから、静かに眠ってください と…母親に向けてアスランは最後の懺悔を送った。

ミゲルやジャン、そしてロウ 達他、パイロット達も各々の言葉を交わすなか……ラクスはキラが未だに無言で凝視していることに眉を寄せた。

「キラ……?」

その問い掛けに…キラは小さ く呟いた。

「レイナは……」

その呟きに…ラクスはハッと し……そして、全員がようやくそれに気づいたように未だ閃光を発する地球に視線を向ける。

閃光のなかに消えた……大切 な仲間の存在を…………

 

 

離れた場所で、独り静かにそ の閃光を見守るエヴォリューション……リンはモニターをずっと凝視し……やがて、何かに気づいたように顔を上げた。

「……きたっ!」

その言葉と同時に…全員の眼 がそれを捉えた。

閃光から、飛び出してくる機 体………真っ白な閃光を背に、真紅の翼を羽ばたかせながら翔ぶ黒衣の堕天使……インフィニティ…………

砕け散った片方の眼…だが、 残った右眼は命の輝きのごとく紅く輝いている……片腕を失い、機体各所も大きなダメージを負っているにも関わらず、その翼を羽ばたかせる姿……それに歓声 が上がった。

リンはその姿に笑みを浮かべ ながら、静かに囁いた………

 

――――――おかえり… と…………

 

伝わったかどうかは解からな い……だが、リンは肩を竦め、羽ばたいてくるインフィニティに視線を向ける。

そして、カプセル内では意識 を少しずつ覚醒させたヴィアが、その姿に微かに笑みを浮かべていた。

彼女の意識は…また深い眠り にとらわれる…だが、それでもその表情は安らぎに満ちていた…………

 

 

 

閃光から飛び出したインフィ ニティのコックピット内で、レイナは静かに亀裂の入ったバイザーを上げ、ヘルメットを取った。

軽く息を吐き出し……そし て、視線を俯かせる。

「終わった……いいえ、これ から始まるのね………なにもかも………」

またいつか……いつか……… 人は闇を求めるだろう…………だが…その闇に生まれる者達がなにを思い、願い…望むのか……それはレイナにも…いや……誰にも…もしかしたら神にさえ解か らないのかもしれない………

終わりは始まりを齎すも の……そして…始まりは終わりへの道標………生は死の始まりとなり、死は現実の続きとなって魂を縛っていく………

結局……それは変わらな い……世界はまた繰り返される……だが、自分は選んだのだ……この世界を………醜くも美しい世界を…………

どのような未来であれ……そ れは自分が…そして世界が選び、掴み取った道だ……だから進まねばならない………

たとえその先に……苦しみや 恐怖…狂気が待っていようとも…その先に破滅が待っていようとも…………

「……もう少し……この世界 で生きてみる………あんた達の代わりに……見届ける………」

だから……眠れ……静か に……そう呟き、見やった虚空に浮かぶレイやカイン達……未来は…世界は確かに彼らを選ばなかったのかもしれない……だが、レイナは決して忘れない…その 存在を………そして、彼らは微かに笑みを浮かべ、そして背を向けて消えていく…………

その姿に笑みを浮かべなが ら………レイナは肩を落とす。

いつかまた……世界は闇を肥 大させ……そして求めるだろう……そして…その先に……世界はどんな道を選ぶのか……それは誰にも解からない………

そしてまた……自分と同じよ うに闇に生まれながら闇に反する者が現われるのだろうか……そうやって……幾度となく繰り返し……何千年…何万年……いや…気が遠くなるほどの永劫の刻だ ろうか…宇宙に時間は流れ続ける…………

決して止まらない……生命が 存在し続ける限り………刻は流れ続ける………

「でも…今は………今だけ は………」

祈るように独り言のように呟 くと、シートに身を沈める。

 

 

――――世界が…安らかであ らんことを…………

 

 

瞳を閉じ…レイナはその身を 襲う疲労と心地良い睡魔に……その身体を委ねる…まるで……深い眠りにつくように………

そして……インフィニティは 翼を羽ばたかせ、宇宙を駆け抜けた…………

 

 

 

傷ついた堕天使の選んだ 道………その答が出ることは…永遠にないのかもしれない………

だが…その翼は決して折れな い………

その翼は…未来へと羽ばたく ためのものなのだから……………

 

 

 

―――――『無限』という名 の…『GUNDAM』の力なのだから………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

To Epilogue……


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