数日後…C.E.72の12
月23日……地球衛星軌道上を航行する艦隊があった。ナスカ級2隻にローラシア級で構成された艦隊……周囲には、無数のMSが展開している。
「隊長、レーダーレンジ内に
敵影なし…問題はありません」
ガナーウィザード装備のザク
ウォーリアのコックピットに座るライル=レテーネ…そして、彼の機体の横には、金色のザクファントムの姿がある。右肩に施されたエンブレム…金色のグリ
フォン:ヴァネッサ=ルーファスの機体であった。
大戦終結後、ヴァネッサら
ルーファス隊は小隊ではなく艦を与えられ、一部隊を担うまでになっていた。
まあ、流石にそういった面倒
くさい事務仕事が苦手なヴァネッサは未だにライルに押し付けているらしいが……案外、二人の関係はそれでいいのかもしれない。
「おう……こちらヴァネッサ
=ルーファス、エリア内に問題なし」
そう告げると、艦隊の中心に
位置するナスカ級:ヘルダーリンのブリッジでは、報告を受けたタリアが頷いた。
「議長、クライン外務次官…
降下は予定時間通りに行ないます。準備をお願いします」
モニターに向かって呟くと、
ヘルダーリンの横に並ぶ小型旅客シャトルの客室で、正装をしたプラント現議長であるジュセックと、今回の調印に参加するラクスが応えた。
《うむ、グラディス艦長ここ
までのエスコート感謝する》
《必ず、調印式を無事に締結
させてきます》
「お気をつけて…まだ地上で
はどうなるか解かりませんので……」
そう……ここでは妨害工作は
なかった。今回の調印式を快く思っていない者も少なくないのだ……気遣うタリアに二人は笑顔で応じると、降下準備に入ったのか、通信が切れた。
「艦長、シャトル降下しま
す」
艦隊の中心で護られていた
シャトルが降下を開始する…それを確認すると、タリアはもう一つの指示を出す。
「130秒後に第二便降下さ
せます、降下準備を」
ジュセックやラクス達が乗っ
た旅客シャトルに続き、ローラシア級の船底にドッキングされたMS用の大型輸送機が離脱する。
「チャーリー2よりチャー
リー1へ…ドッキングアウト確認、シャトル降下します」
「こちらチャーリー1、了
解……チャーリー1:ハイネ=ヴェステンフルスよりHQへ…問題なし。シャトル突入角確認!」
輸送機を誘導するオレンジの
ザクファントムとザクウォーリア……誘導に従い、離脱した輸送機はゆっくりと降下態勢に入っていった。
「これで、俺達の仕事は終わ
りだな」
誘導と護衛を行なっていた
ヴェステンフルス隊の隊長機であるハイネが肩の荷が降りたとばかりに息を吐き出す。
「そうだね……地上には、
ジュール隊がいるし…うまくいくよね?」
やや不安げに問う副官のセラ
フ……今しがた降下した輸送機には、オーブにて行なわれる調印式の護衛を兼ねて派遣するグラディス隊のパイロット達とオペレーターが乗っており、オーブに
到着後、先行して降りたジュール隊にオーブ守備隊と合流し、明日の警護に当たる。
「ああ、ジュール隊の面子は
皆一騎当千だしな…それに、議長やラクス様達がいるんだ。必ずうまくいくさ」
確信したような言葉に…セラ
フも苦笑を浮かべながら頷いた。
ルーファス隊、ヴェステンフ
ルス隊、グラディス隊……今現在のプラント政権が抱える屈指の部隊に見守られ、シャトルと輸送機は降下していく。
先行して降下するシャトル内
では、ジュセックとその隣にはラクス、そして離れた席にはキラの姿があった。
戦後、外務次官として従事し
ているラクスの秘書兼護衛役としてプラントに移住。そして、今回の調印式においてはジュセックとラクスの身辺警護を請け負っている。
キラは、ラクスがどこか表情
を強張らせているのに気づき、気遣うように声を掛ける。
「ラクス?」
「どうしたね、外務次官?
緊張しているのかね?」
ジュセックもそれに気づき、
声を掛けると…ラクスはどこか苦笑を浮かべて応じる。
「あ、申し訳ありません……
少し、緊張してしまって…」
「ハハハ、まあ明日のことを
思えば仕方なかろう…だが、君の尽力で叶ったことも多い。堂々としていたまえ」
緊張を解そうと笑うジュセッ
クにラクスも笑みで応じる。まあ、明日はこの一年の苦労が報われる日……ようやく終戦にまでこぎつけたのだ。
だが、これは終わりではな
い…新たな始まりでもある。
「君の提唱した外宇宙航行計
画…明日の調印終了と同時に開始される。プラントと連合諸国との初の協同プロジェクトだ。頼むぞ、外務次官」
真剣な面持ちでそう呟くジュ
セック……そう、協議の最中、ラクスは連合諸国家に対し、外宇宙航行計画を提唱した。それは、枯渇するプラントの人的資源の早期解決のためにナチュラルや
ハーフコーディネイターなどを募り、それらと提携し、ジョージ=グレンの掲げた異文化へのコンタクト、そして両者の共生のために……このプロジェクトへの
賛同のため、ラクスは地球各国をこの一年幾度も訪問し、頭を下げ、説得を試みた。その行動力と豪胆さはある意味驚愕に値するものであろう。外務次官という
役割を与えられた時は連合国家から小娘と陰で罵られもしたが、ラクスはそれに屈しなかった。その程度で屈するような柔な心ではない……あの戦争を戦い抜
き、多くの出逢いが彼女を成長させたのだ。
そんなひたむきさが実を結
び、半年も経った頃にはようやくそのプロジェクトへの賛同者が少しずつ出始め、そして協議するまでに至った。
「戦争によって革新した技術
がそれを可能にした……あまり諸手で喜べませんがね」
やや苦い笑みを浮かべる……
そう、このプロジェクトを提携できたのもひとえに戦時中における技術革新故だろう。戦争は技術革新によるパワーゲームだ…戦争が起これば、それは革新的な
技術をいくつも生み出す。それが今回のプロジェクト提唱に一役買うとは…皮肉なものである。
本格的な始動は調印後に開始
される…そのためにも……明日の調印式は必ず無事に迎えなければならない。
決意を新たにラクスは表情を
引き締め、そして一行の乗ったシャトルはオーブが在る赤道周辺へと降下していった。
大気圏を突破し、地上へと降
り立ったシャトルと輸送機……そして、それを待っていたように飛行してくる戦闘機……戦闘機形態に変形したムラサメと白と赤というオーブカラーに塗装され
たスカイグラスパー隊が随行し、周囲を護衛しながら誘導する。
真下には、オーブ連合首長国
の島々が見え、そして本島のヤラファスの滑走路へと降下していくシャトルと輸送機……管制塔からの誘導に従い、滑走路へと着陸するシャトル。着地の衝撃が
船内を揺さぶるも、シャトルは無事に着陸し、そのままゲートへと接続に入る。
明日に行なわれる調印式のた
めに、現在本島のヤラファスでは厳戒態勢がしかれている。
周辺警護に哨戒機が飛び交
い、連合とザフトの両軍の警備隊と共同で警護に当たっている。
ドッキングされたシャトルか
らゲートを通り、スペースボート内に降り立つジュセックとラクス、そしてキラ…ゲートを潜ると、眩いばかりのフラッシュの閃光が幾つも発される。
来訪を待ち構えていた各種報
道陣のフラッシュが焚かれるなか、ジュセックらは動じず歩き出し、そして出迎えに来ていたミナの前へと対峙する。
大戦終結後、オーブの代表に
就任したミナ……だが、あくまで臨時代表という立場に拘った。オーブは近い将来に首長制を廃止し、民主制に移行となる…これまで首長だけで決めていた政治
形態に民間からの政治家を選出し、そして議会をつくり上げる。ゆくゆくは政治を担当する議長席を設けようと考えている。
それらへの政治形態の移行ま
ではミナが臨時ということで取り仕切ることになっている。
「本日はよくぞ無事に参られ
た…ホテルを取ってある。明日まではそちらにて休まれるがよかろう」
「感謝する、サハク代表」
ミナが手を差し出し、来訪歓
迎の意を表すと、ジュセックもそれに応じて握手を交わし、またも報道陣からのフラッシュが増した。
そして、ミナが促すと、後方
に控えていたオーブ軍服を纏った男が敬礼する。その板が付いた様子にキラは微かに笑みを零す。
その場に立っているのは、現
在オーブ軍に身を置くムウであった。大戦後、旧アークエンジェルクルー達は脱走兵としての罪状を撤回させられ、ハルバートンは復帰を希望すれば受理もした
が、復帰するクルーはいなかった。そのままクルー達は除隊扱いとなり、今は大西洋連邦内での一市民かオーブに移住している。
ムウはオーブ軍に入隊…その
経験を買われ、現在二佐という階級で指揮官職に就いている。そして、恋人であったマリューとは結婚し、マリューは今はモルゲンレーテ社員として働いてい
る。
常にどこか軽薄であったムウ
に似合わぬ引き締まった表情に笑みを噛み殺しながら、ジュセックらはゲートをくぐって移動用エレカに搭乗していく。
そして、前後を護衛車両に挟
まれながら、市内ホテルへと移動を開始した。
場所を変えてドック周辺の格
納庫では、明日の警備に備えて多くのMSが最終調整を行なっている。
地球軍はウィンダムにダガー
Lといった機体が立ち並び…そして、ザフト側に割り当てられた場所では、先程シャトルと同じく降下してきた輸送機から数機のMSが降ろされてきた。
白と青に塗装されたザクファ
ントムに黒と赤のザクウォーリア…そしてゲイツRの3機だ。
下ろされる機体とともに専属
パイロットが輸送機から降りてくる。4人の少年少女…内二人はエースの証である赤服を纏っている。
彼らが降りる先には、数人の
男女……そして、タラップを降りると、降りてきた少年少女達が一斉に敬礼した。
「グラディス隊所属、シン=
アスカです」
「ステラ=ルーシェ」
「ルナマリア=ホークです」
「メイリン=ホークです。オ
ペレーターを担当させてもらいます」
一斉に敬礼する4人……彼ら
は、若きザフトのパイロットであった。赤服を纏うシンとステラ……戦後、シンはステラ、マユとともにプラントへと移住。そして、当面の生活としてシンとス
テラは軍に志願……大戦を戦い抜いたその腕は確かにあったが、肝心の戦術論など教養に関してはまだまだであったために、アカデミーでそれらを学び、そして
外務次官となったラクスの推薦もあり、シンとステラは赤服を纏うことを許された。
その後、二人はタリアの下に
配置され、先任であったルナマリアと共にパイロットとなるも、その事に関してルナマリアが文句を漏らした。
「なんで私だけまだ緑なの
よ……」
そう…ルナマリアは未だ緑の
ままであった。そこへ後任で加わった二人はエースの赤…さして変わらぬ年齢の二人が赤を纏い、愚痴を零すも……
「だってお姉ちゃん、活躍し
てないじゃない」
という妹であるメイリンのあ
りがたい言葉を受け、ルナマリアがさらにいじけたのは余談である。
敬礼する4人に敬礼を返すの
は、現在オーブにて護衛任務中のジュール隊の面々だ。
「ジュール隊、イザーク=
ジュールだ……俺達は明日、式典会場警護に就く。お前達はオーブ軍のクオルド三佐の指揮下に入り、警備に当たってもらう。各自の搭乗機の最終チェックを入
念にしておけ」
やや低い声で指示する白い指
揮官服を纏ったイザーク……その傍らには、紫に近い服を纏った赤い髪の女性…リフェーラ=シリウス…いや……今はリフェーラ=ジュールとしてジュール隊副
官を務め、公私に渡って助けている。その後方には緑の軍服を纏ったディアッカとラスティの姿がある。
その指示に応じると、4人は
踵を返し、ハンガーに固定されている各々の機体に向かって歩んでいく。
その背中を見送りながら、
リーラがポツリと呟いた。
「あの二人も立派になったよ
ね……」
その言葉にディアッカやラス
ティは相槌を打つ……彼らは先の大戦、共に戦っていたからだ。あの頃は、シンは向こう見ずに喧嘩早い少年でステラはどこかオドオドとした人見知りの激しい
少女だったが、その二人が今やザフトのエース……変われば変わるものだ。
「奴らの実力は聞いている…
貴様らより上かもしれんぞ」
「おいおい、いくら緑でも実
力的には赤だぜ」
イザークの言葉にディアッカ
が悪態をつく。そう……脱走兵としての処分は確かに司法取引によって帳消しにはなったが、それでもやはり一度は離反したけじめだろうか…ディアッカとラス
ティは復隊後、自らの意志で赤服を脱ぎ、一般服を纏った。リーラもそれにならおうとしたのだが、リーラは既にザフト軍内部では脱走兵として登録されておら
ず、どさくさでデータが紛失したために処分はなかった。
その後、彼ら3人は本人の希
望もあり、イザークの部隊へと配置されることになった。
リーラは副官として…ディ
アッカとラスティは部下として………
「そういや、ニコルとあの彼
女も明日来るんだよな?」
「そうっしょ…まあ、ミゲル
は無理みたいっしょ」
ここにいない面子……ニコル
とジュール隊副官であったシホの二人は戦後、ザフト軍より除隊…そして、キョウの誘いを受け、戦災支援のために今地球を回っているらしい。
だが、明日の式典には来るそ
うだ……ミゲルは今、軍を除隊してミュージシャンとしてプラントで活躍している。その傍らには、マネージャー兼恋人のルフォンがいる。
「貴様ら、いつまでも無駄口
を叩くな…俺達も戻るぞ」
「へいへい」
「解かったしょ」
隊長と部下という関係になっ
ても彼らにはやはりこういったスタンスが合っているのかもしれない。
踵を返して先にいくディアッ
カとラスティ……そして、残ったイザークはリーラに向き直る。
「ほら、いくぞ」
「うん」
手を差し出すイザークの手を
握り返す……その左手の薬指は、二人の絆の証が嵌っている。
二人の絆は……今もなお強い
ものであった。
オーブのホテルへと案内され
た一行……明日の調印まではこのホテルでの滞在となる。
チェックインすると、キラと
ラクスはロビーで座っている面々に気づいた。
「アスラン、カガリ」
「ニコルさんにシホさんも」
やや驚いた表情を浮かべる二
人の視線の先には、ロビーのソファにて談笑を交わすアスラン、カガリ、ニコル、シホの4人が座っており、こちらに気づいて手を振る。
「クライン外務次官、それに
ヤマト秘書官…明日まではどの道我々はここで休まねばならない。今日はゆっくりするといい」
ジュセックがそう声を掛ける
と、秘書官や補佐官らに案内され、歩を進めていく。その気遣いに感謝すると、二人は小走りに駆け出し、その場へと向かう。
「キラ、ラクス…よく来た
な」
「ああ、ここで待ってれば会
えると思ったぞ」
思わず席を立ち、久方ぶりの
邂逅にキラとラクスも表情を緩ませる。ここ半年は、二人は忙しく世界を飛びまわっていたので、滅多に会う機会がなかった。
「お久しぶりですわ、でもカ
ガリさんよろしいんですか? 親衛隊の隊長と副隊長がここにいらして……」
挨拶を交わすと、ラクスはど
こかからかうように問い掛ける。
カガリとアスランは現在、
オーブ軍親衛隊に属している……オーブ主権回復と同時に再編成されたオーブ軍…そのなかで行政府におけるお抱えの親衛隊を組織し、今現在は実質ミナの護衛
を務める部隊である。
戦後、ミナはカガリに政府の
ポストを与えようとしたが、カガリはそれを拒否した。自分はまだまだ学ばねばならないことがあるし、なによりカガリは己をもう少し鍛えたかったのだ。そし
て、親衛隊編成におり、軍部内の編成に関わる隊長という役職を任されることになった。
アスランはその副官に任命さ
れ、そして部下としてアサギ、ジュリ、マユラら先の大戦を戦い抜いたエースで構成されており、使用する黄金のアカツキと真紅のムラサメ、そしてムラサメ隊
に施された獅子のエンブレム……間違いなくオーブ軍のなかでも最強を誇る部隊であった。
「ああ、アサギ達が今日は
ゆっくりしてくれってな」
ラクス達の来訪を知ってか、
アサギ達は強引にカガリやアスランを休ませ、わざわざ会う時間をつくってくれた。変なところでお節介だなと思う反面、それに感謝していた。
「ニコルとシホさんはどうし
て?」
「ええ、キョウさんがこちら
へ戻ったので…明日の式典を僕も見たかったですから」
「それに、少しは休めって言
われまして」
苦い口調で答え返すシホ……
除隊した二人は戦後キョウの誘いでTFへ残留し、今は復興支援のために世界を回っている。無論、それは過酷な旅だ……まだ民間レベルではコーディネイター
というだけで嫌悪されることもある。だがそれでも、ニコルとシホは負けずに従事していた。
大変だが、遣り甲斐はあっ
た……そして、今は二人ともなかなかいいパートナーとなっている。
近況報告を交わしていると、
そこへ新たな人影が現われた。
「あれ、皆さんお揃い
で……」
その言葉に振り返ると、そこ
にはカムイとシルフィが佇んでいた。
「あ、カムイにシルフィじゃ
ないか…どうしたんだよ?」
「いえ、明日のスケジュール
ができたので、それをお伝えに………」
戦後、MSより降りたカムイ
は再びモルゲンレーテへ……やはり、機械いじりが好きなために、今は開発者として励んでいる。戦いが終わり、親友とその妹の死を目の当たりにしたカムイは
やや欝気味であったものの、それをシルフィが懸命に励ました。そのおかげか…二人の関係は少しずつ変化し、今では、シルフィとともに量子通信の研究に取り
組んでいるようだが、二人の関係は未だ友人以上恋人未満といったところだ。
そして、二人も呼ばれ…久方
ぶりに揃う面々で談笑を時間も忘れて交わし、各々の近況を報告していた。
フレイは戦後軍から除隊し、
今は大西洋連邦で父親の跡を次ごうと勉学に励み、今までの遅れを取り戻そうと頑張っている…それが、彼女なりのけじめなのだろう。あの後、キラと再会した
彼女はキラに涙ながらに謝罪し、キラもまたフレイと話し合った。
今では、また仲の良い友人関
係に戻っている…そして、サイはそんなフレイを支えるために彼女の隣にいる。一度は離れてしまった二人だが、以前以上に強く互いに絆を結ぶだろうと…キラ
はそんな二人を応援していた。
キョウはTFとして戦災復興
支援のために修復されたポセイドンで地球各地を回っている。マリアとはまだ式は挙げていないが、近々挙げようと考えている。
「イザークとリーラの結婚式
は凄かったからね」
「ええ、プラント中でも注目
されてましたしね」
戦後に結婚したイザークと
リーラ……眼覚めた母親に見守られながら、そして仲間達に祝福されながら式を挙げた二人は幸せそうだった。
無論、これにはプラント市民
に対してのアプローチもあった…やはり、終戦したとはいえ、暗然とした社会不安はなかなか拭えず、それを少しでも和らげるためにザフトのなかでも有数のパ
イロットであり英雄になったイザークとリーラの結婚式を報道し、市民に対してのアプローチを試みたのだ。
バルトフェルドはアイシャと
ともにオーブに移住…今では、市内で喫茶店を経営しているらしい……キラ達はまだ訪れたことはなかったが、喫茶『砂漠の虎』で経営しているらしい……あの
個性的なコーヒーの味に一同は苦笑を浮かべる。
ジャンク屋であったロウはな
んと火星圏へと向かって旅立っていった。なんとも彼らしい行動だろう……劾達サーペントテールは今も傭兵家業を行なっている。だが、各地での紛争が沈静化
している今、彼らはあまり表に出ることもないだろう。
アルフとメイアは互いに除隊
後、オーブに移住…今は一部隊の指揮官となっている。
「そう言えば、カガリさん…
お母さんとは?」
「あ、うん…今は私の家で一
緒に暮らしてる」
シホに振られた話にカガリは
ぎこちなく答えた……戦闘終結後、エヴォリューションが収容したカプセルに眠っていたヴィア…その存在に衝撃を受けたのは他でもないキラとカガリであっ
た。
そして、眼を覚ましたヴィア
も成長した子供達に対してどこか後ろめたさがあるのか、やはり一歩引いていた。
その後、ヴィアはフィリアと
共にオーブに移住…今ではカガリの家に世話になっている。まだぎこちなさは残るものの、少しずつ母子としての関係を修復していきたい。
時間も忘れて談笑を交わして
いると、ふとラクスが漏らした。
「そう言えば……お二人が姿
を消してもう一年近くですね」
何気に発せられた抽象的な言
葉……だが、その意味をここにいる誰もが察した。
彼らの脳裏に浮かぶ二人の人
影……かけがえのない仲間であり、あの戦争で一番傷つき…そして終わらせた二人の少女………
レイナとリン……彼女達が彼
らの前から姿を消したのは、戦いが終わって数日後のことだった。
独立部隊ではあったものの、
戦後は解体……それぞれの場所へと分かれるなか、レイナとリンは姿を消した…愛機とともに………何も言わず、無事帰還したことに対しても称賛される立場で
ありながら、彼女達の存在は世間には知られていない。無論、彼女達もそんな名声など必要ないかもしれないが………
それから数ヶ月後だった……
地球、宇宙の各地で非合法的な実験施設や反政府組織などが襲撃されるようになったのは……目撃者の話では、2体の黒いMSによって半ばやられたとある……
その報告を聞いた時、彼らは悟った………
彼女達は、今も戦っている
と……戦う道を選んだと…………日陰での戦いを選び、そして今も進んでいる………
無言のまま……一同は天井を
仰ぎ、やや哀しげな表情を浮かべるのであった…………
彼らは道を選び…そして進ん
でいかなければならない……それは自分自身で決めたもの…覚悟したもの……正しいか間違いか……そんなことは解からない……だが、進んでいかなければなら
ないのだ……この自らが選んだ道を……覚悟と…決意と…責任をもって………その先にある…自分達の選んだ世界を……
翌日…まだ朝陽も昇らぬ…薄
紫にも取れる淡い空模様のなか……島の一画に立ち並ぶ無数の墓………さっと見渡しただけでも万はくだらないだろう。その立ち並ぶ墓標は、最終決戦において
戦死した者達の墓標だった……あまりに多くの者が死んだ………そして、オーブは本島再建に当たり、これら戦没者の墓標を立てた公園を設立した。
完成したのは半年前……そし
て、程度こそあれその公園は定期的に訪れる者が絶えることなく花を手向けている。
だが、今はまだ朝も早い時間
帯……当然、人影はほとんどないも、その墓標の間を歩く二人の人影……微かに差し込む陽の光がその影を浮かび上がらせる。銀と紫銀に輝く髪を片方は首筋
で…片方はポニーテルで束ね、そして喪服のような漆黒のコートを羽織った女性達………手には花束を持ち、ある一つの墓標の前にまで辿り着くと、持っていた
花束の一部を添え、そして黙祷を捧げる。
レイナ=クズハとリン=シス
ティ……それが二人の名だった。
彼女らが黙祷を捧げる墓前に
は、『ウェラード=クズハ』、『セシル=クズハ』、『マルス=フォーシア』と刻まれている。
無論、この墓の下の遺体があ
るわけではない……いや、遺体が埋められている墓など、全体の一割にも満たないだろう。
だが、少なくとも魂はこの地
球へと戻ってきている……そう、思いたい。
数分、黙祷を終えた二人は歩
き出し……公園の奥へと入っていく。奥には、岬に面した場所に植えられた樹木……数十m以上の高さを誇るその樹木の下に来ると、そこには6つの石が置かれ
ている。どう見ても、公園内にある墓石とは比べものにならないほど質素なものだが……この樹木の下まで来る者は滅多にいない。故に、この樹木の下に墓があ
るなど知っている人間は少ない。この墓石には名前さえもない…いや……名を刻めない………
これは……きょうだい達の墓
なのだから………自らの闇に身を委ね…絶望を抱き散って逝ったきょうだい達……それさえも、一人の男に仕組まれたこと……そして、その存在を忘れないため
に……こうしてここに墓をつくった。
『カイン=アマデウス』、
『ルン』、『ウェンド』、『テルス』、『アクイラ』、『アディン=ルーツ』……それがこの墓石の主だった。
華など添えても逆に嘲笑され
るだけかもしれないが……レイナは徐に懐からマッチを取り出し、火を灯す……線香に点火させると、それを6つの墓前の前に突き刺し、レイナとリンは無言で
花を添えると、静かに黙祷を捧げる……立ち昇る白い硝煙……一年前のあの刻が…彼女達の脳裏を掠める。
己が全てをかけて戦い…殺し
合い……そして倒した刻を…………カインはこの世界をまだ信じていたのかもしれない……自らが強大な敵となることで………
第3者として……強大な敵と
して………二つの種族の前に立ち塞がった………自らが敗れようとも…それは世界を破滅という答から僅かに遠ざかる………そのために…敢えて大罪人になっ
た………
ウォーダン=アマデウスの血
を色濃く受け継ぎながらも……カインは覚悟をもっていた。強大な力を持ったが故に必要な覚悟を……強大な力は持つ者の思考を麻痺させる。その力に恐怖し、
手放すならいい…だが、その力に酔い、溺れ…自らのためだけに他を排斥する……それは決して止まらない堕落となる………
暴走は狂気を呼び、狂気は殺
戮を呼ぶ……だが、カインは暴走しながらも…覚悟をもっていた………たとえ、大罪人としての汚名を刻もうとも…死ぬという覚悟を…自らの命が残り少ないと
知った刻……あいつは何を思ったのか………今となってはもう解からない……だが、あの男はその存在を世界に刻んだ。その闇を…未来へと向かうことの愚かさ
も……世界に示して………
「あんた達の闇も…その存在
も……決して忘れない…………」
だから……眠れ………静か
に…誰に邪魔されることのない……闇のなかで…孤独ではない………世界の…破滅へ進むこの世界の進む先を……見届ける………
この命尽きるその刻ま
で………そう内心に呟くと、レイナとリンは立ち上がる。オーブへ立ち寄った時には必ずここを訪れている。
徐に踵を返し、公園の入口に
向かって歩みを進めていると……入口付近で人の気配を感じた。この公園を訪れる者は多い…まだ早い時間帯とはいえ、そう珍しいことではないが……その人物
を視界に入れた瞬間、レイナとリンは眼を見開き、息を呑む。
そして、相手もまた驚いた面
持ちで二人を凝視し、呆然と佇んでいる。
レイナとリンの前に立ってい
るのは……ヴィアであった。
二人はどこか苦虫を踏み潰し
たような…苦い表情を浮かべる。
あの後……戦後、レイナとリ
ンは仲間達の前から姿を消した…同時に、コールドスリープにかけられていたヴィアとは一回も顔を会わせずじまいだった。
会っても……話すことなどな
かったせいもある。自分にとってこの人は、遺伝子上の繋がりを持つ他人でしかないのだから……それでも、ざわつく心を抑えることはできない。
だが、リンは微かに息を吐く
と、ポンとレイナの肩を叩く。
「先に行くわね」
そう呟くと、リンは歩み出
し、ヴィアの横を過ぎると、そのまま軽く会釈して去っていく。
その背中にやや恨みがましい
表情を浮かべつつも、レイナはヴィアを凝視する。
ヴィアの方もなんともいえな
い表情を浮かべている……コールドスリープから目覚めた後、ヴィアはフィリアの勧めでオーブに在住することになった。今は保護の下、カガリらと暮らしてい
るはずだ……無論、母子といっても生まれてすぐ離れたためにぎこちなさは否めないが……そして、自分達の事情もある程度フィリアから聞かされているはず
だ。
風が吹き荒れる……朝の冷ん
やりとした風………それが髪を掻き揺らす。
「………私は、レイナ=クズ
ハよ。貴方の愛したレイ=ヒビキじゃない」
ポツリと…静かに漏らした言
葉にヴィアは微かにビクっと身を震わせる。
そのままレイナは歩き出
す……そして、表情を俯かせたまま過ぎる瞬間、小さく囁いた。
「レイは貴方を愛してい
た……それだけは、伝えておきます」
一瞬戸惑うも…ヴィアは次の
瞬間、過ぎろうとしていたレイナの身体を抱き締めた。
「っ」
不意を衝かれたためか……突
然のその行動にレイナは眼を剥く。
レイナは女性にしては割と長
身の方だ……ヴィアは小柄なためにその顔を窺うことはできないが……抱き締めたまま、静かに囁いた。
「貴方も…貴方も私の……大
切な娘よ…」
その言葉が届いたのかどうか
解からない……だが、レイナは微かに息を呑む。
「貴方が自分を赦せないの
も…認めないのも……今はまだ変わらないかもしれない…でも…あやまった過去は誰もが持つもの……だから、それだけに囚われないで………」
縋るように…そして伝わる鼓
動に……レイナは表情を微かに顰め、眼を伏せ、その手でヴィアの身体を引き離す。
そして、そのまま無言で去っ
ていく…決して振り返ることなく……レイナの姿は消えていった……その背中を見送りながら、ヴィアは静かに囁いた。
「レイナ……」
待っている……いつか、彼女
が自分を赦せる刻を………そして、彼女に母親として認めてもらうために……ヴィアもまたその背中を向け、離れていった………
今はまだ…お互いに距離と時
間が必要だった。
入口から離れ、バイクを止め
ていた場所へ来ると、リンが既に自身のバイクを背に佇んでいる。
「いいの……話しなくて?」
その問い掛けにレイナは無言
のままだ……話をする必要が今はない………それに、自分のような女が子供などと、言えるはずもない。
レイナはやや憮然としたまま
ヘルメットを取り、被ると同時にバイザーを下ろし、バイクに跨る。
エンジンを噴かし、リンに対
して一瞥さえせず走り去っていく。その背中に苦笑を浮かべて肩を竦める。
「まあ、私も姉さんのことは
言えないな……」
リンも一度墓を一瞥すると、
ヘルメットを被り、バイクを駆ってその場を去っていった。
湾岸線を走るバイク……昇り
始める太陽を微かに一瞥しながら、レイナはハンドルを切ってバイクを走らせた。
C.E.72.12月24の
クリスマスイヴ……この日、オーブにて遂に終戦条約が調印されようとしている。
各種様々なメディアがそれら
を捉えようとカメラを構えている。
警備がガードを張るなか、や
がて昨日のうちにオーブに入った各国代表が続々と調印会場に到着する。
車から降り、そして同時にフ
ラッシュが焚かれる…車から降りたジュセックにラクス、キラらを映すカメラマンのなかに一人、周囲から浮くような女性がいた。
カメラを構えてシャッターを
切るのは、彼らの戦友であるミリアリアだった……戦後、彼女はフリーカメラマンとして世界を回っていた。戦死したトールのために、少しでも戦争の悲惨さを
世界に知ってもらおうと戦災地を回っている。
そして、今回のこの調印式に
おいても本来なら彼女のようなフリーでしかも駆け出しのカメラマンは入れないのだが、今回はある特別な理由で許可され、この場への参加を許可されていた。
シャッターを切るなか、ミリ
アリアはカメラに熱中しすぎて誰かにぶつかった。
「あ、ゴメンなさい」
「いや、俺もわりい。集中し
てたもんでな」
ぶつかった相手は長身の男
性……だが、マスコミにしては妙な出で立ちだった。大きなカメラを抱え、首にゴーグルをかけた赤いジャケットの青年はそのまま手を振りながら離れていき、
ミリアリアもそれ程気には留めず、再度カメラを構え、そのレンズに今調印式に臨もうとするかつての仲間を収めた。
そう……ここへ参加できたパ
スも彼らがわざわざ用意してくれたもの…なら、それに恥じない真実を撮り、そして世界に伝えなければならない。
決意を秘めた表情でミリアリ
アはシャッターを切った。
そうした緊張感と熱気で充満
する会場周辺では、違った緊迫感が展開されていた。
会場周辺の高層ビル群の屋上
にて数名の男が倒れ伏している……その横には狙撃ライフル…そして、倒れ伏す男達の前には銀の髪を靡かせる女性………
「さて、と………」
女性は身を翻す…既に警備に
通報はした。数分後にはここに来るだろう……今回の調印式を快く思わない者達が起こす行動など読むのは簡単だ。
遠距離からの狙撃による殺
害……セオリー通りだけに、狙撃ポイントを割り出し、数ヶ所で網を張っておいた……内部からの妨害工作はこれぐらいだろう。あとは、機動兵器による強
襲……まあ、それは守備隊でどうにかなるだろう。
そして、女性は今一度屋上か
ら見える会場を一瞥すると、その場を静かに去った。
その頃……オーブ群島周辺海
域では、静かに戦いの火蓋が切って落とされていた。
点在する島々において飛ぶ火
花……連合軍のウィンダムにザフト軍のゲイツRらが挑む先には、ディンやバクゥ、グーンなど…なかにはストライクダガーなどもちらほらある。
彼らは、先の大戦中に地上に
取り残されたザフト兵だった……大戦終結とともに地球各地に残留している兵士に向けて停戦と撤退をプラント上層部が呼び掛けたが、全ての部隊が帰還した訳
ではない。
なかにはその評議会の決定に
異を唱え、こうして潜伏している一団もある。彼らにしてみれば大局的見地などどうでもいい。ただ戦友や部下、仲間を喪った怒りと哀しみから停戦…さらには
終戦などというものを受け入れられなかったのだ。
そして、この調印式を強襲
し、壊そうとする…だが、それがさらなる混乱と混迷を引き起こすと解かっているのだろうか……恐らくそんな先のことなど考えず、ただ感情的に行動している
だけに過ぎない。
それは人間としては間違って
いないかもしれないが、少なくとも自己満足なのは間違いない……戦況は膠着していた。
兵力は敵の2倍はある…しか
も装備の差もある……だが、あちらは大戦を生き抜き、尚且つ決死の覚悟で挑む者達だ。対し、守備隊の面々は両軍ともまだ若い兵士が多い……その勢いに押さ
れ、被弾する機体も多い。
そんななかで活躍する機体が
在った。
「おおおおっっ!!」
咆哮を上げて斧を振り下ろす
ザクファントム……ビーム刃に腕を斬り落とされ、行動不能になるジン……コックピット内で構えるのは赤いパイロットスーツを纏うシン。
倒れ伏すジンを見下ろすと、
背後から迫るストライクダガー……ハッと振り向いた瞬間、ストライクダガーは後方から放たれた奔流に頭部を呑み込まれ、そのまま倒れ伏す。
放たれた方向には、両腕に
M1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲を構えたザクウォーリアが佇んでいる。
《シン、大丈夫?》
「ああ、サンキュステラ」
通信から聞こえるパートナー
の声に応じると、シンはやるせない表情を浮かべて向かってくる機体を見やる。
「くそっ! なんでこんなこ
とするんだよっ!」
せっかく戦争が終わるの
に……ようやく終戦なのに……何故それを壊そうとするのか…無論、シンはまだそこまで大人ではない。敵にも事情があると…だが、それでも今のシンには仲間
達がつくろうとしている平和を壊そうとする相手を許すことはできなかった。
MA−MR:ファルクスG7
ビームアックスを振り上げながら、ザクファントムは敵機のなかに突撃していった。
苦戦していた守備隊であった
が、そこへようやくオーブの護衛艦群が連絡を受け、駆けつけてきた。
「ブルーリーダーより各機
へ、発進後フォーメーションC3で展開!」
先頭を進む護衛艦の甲板に
は、発進態勢に入る蒼い戦闘機が2機……そのコックピットには、オーブ海軍所属ブルースカイフォースの指揮官であるアルフォンス=クオルド三佐と副官であ
るメイア=ファーエデン一尉の姿があった。
「アルフ、出るよ!」
「ああ!」
先陣を切るように甲板員の指
示に従い、発進する蒼い2機のムラサメ…それに続くようにムラサメ隊が次々と発進してくる。
彼らが向かう先では、苦戦す
る守備隊の面々……旧式のディンの突撃銃に飛行ユニットを破壊され、失速するウィンダム…そして、その銃口が島にて狙撃するゲイツRに向けられる。
銃弾に晒され、コックピット
内でルナマリアが呻く。
「くぅ! このぉぉ! 卑怯
よ! 降りてきなさい!!」
なにか見当違いのことを叫び
ながらビームライフルを連射するも、ディンには当たらない…空中という絶対的な優位性に地上機であるゲイツRでは分が悪い。
歯噛みするルナマリアだった
が、ディンが突如直上からの砲撃を受け、翼を撃ち抜かれて失速する。
「えっ!?」
眼を見開いた瞬間、直上から
急降下してくる戦闘機部隊……蒼い戦闘機を先頭に数機が一糸乱れぬ編隊を組んで砲撃し、地上の敵機を撃ち抜いていく。
そして、戦闘機はMS形態に
変形する……ムラサメは手にしたビームライフルでバクゥの武装を撃ち抜き、沈黙させる。
「そこのザフト軍機、損傷が
酷いなら後退しなさい」
蒼いムラサメから聞こえる女
性の声にルナマリアは正直助かったと思い、従って後退していく。
オーブ守備隊の参戦で戦況は
有利になった……次々とMSが行動不能にさせられ、沈黙していく。
それらを確認しながら、アル
フの駆るムラサメが護衛艦のブリッジ前に滞空する。
「トダカ准将、敵母艦の位置
は?」
《特定した…ここより北西
10キロの地点だ。数は潜水母艦が2隻だ》
間髪入れず答えたのはオーブ
海軍准将に任命されたトダカであった。そして、トダカの指示に従い、アルフは機体を翻す。
「メイア、敵母艦を叩く!
いくぞっ!」
「了解! ムラサメ一個小
隊、私達に続け!」
2機の蒼いムラサメが先陣を
切り、そして数機のムラサメが追随する……
敵母艦を叩くために……十数
分後、沖合で浮上していた潜水母艦を発見、拿捕した。
そして、残存機はもはや退路
を断たれ……だが、決して投降することはなかった。もはや死すら覚悟していた彼らには…最初から退路など無かったのかもしれない………守備隊は重軽傷者が
数名出たものの死亡者はなし…だが、テロリスト側は4割近い構成員が戦死・または自決した……そうした血生臭さが展開される沖合の戦闘が終結に向かうと同
時に……調印式も大詰めを迎えるのであった…………
陽が既に傾き…水平線の彼方
へと沈もうとする夕闇のなか……オーブ群島の端の小島…そこに立つ小さなコテージにも似たマルキオの伝導所……灯りが灯る家内では、無数の子供達が騒いで
いた。
家内はどこか煌びやかに飾り
付けさせられ、子供達が眼を光らせている。
そして、リビングの端では天
井に届くぐらいの高さのツリーに子供達が飾り付けしている。
「リンお姉ちゃん、これ何処
につけるの?」
一人の少女が手に持った大き
な星のアクセサリーを差し出し、問い掛けると、手伝っていたリンが微笑む。
「それはツリーの先につける
ものだ…ほら、ジッとして」
徐にリンは少女の身体を抱え
上げ、そしてツリーの頂点近くまで少女の身体を近づける。
「ほら、そこにつけるの」
「うん」
少女がおずおずと星を取り付
け、降ろすと同時に周囲にいた子供達がツリーを見上げている。
そして、厨房では数人の年長
の子供達が料理を行ない、それに混じって立つ女性……子供二人が女性の許に駆け寄ってくる。
「レイナお姉ちゃん、味付け
これでいいかな?」
差し出す小さな取り皿に盛ら
れたスープを一口啜ると、その女性:レイナは屈み込み、静かに答えた。
「ええ、これでいいわ…さ、
もうすぐケーキが焼ける……手が空いたらテーブルに皿を並べて」
優しい…そして論するような
口調に子供達は頷き、そして駆け出していく。
その背中を見詰めながら、レ
イナは厨房を後にし、リビングに備え付けのモニターの前に座るマルキオの傍に歩み寄り、モニターに映る映像に視線を向ける。
《調印式は滞りなく進み、無
事締結された模様です……皆さん、先の戦争はこれでようやく終わりを迎えます》
モニターには、女性レポー
ターが実況し、幾つものフラッシュが焚かれる先には、見知った顔が幾人も並び、会見に応じている。
「どうやら、無事に終わった
ようですね」
レイナの気配を察したマルキ
オがこちらに顔を向け、表情を和らげる。
調印式はさして大きなトラブ
ルもなく終了……既に廃れていた宗教的ニュアンスを踏まえての調印式の日取りを決め、今世界はそれを謳歌していることだろう。
「よろしいのですか……彼ら
に逢わなくても………?」
「……日陰者は、わざわざ陽
の当たるところに出る必要はありませんよ………それに、興味もないですから」
素っ気ない口調で肩を竦め
る。
そう……自分達は歴史に…表
舞台に立つ必要など無い。それは彼らの役目だ……そして…自分達はその影として戦うこと………どんな時代でも、裏で汚い真似は必要になる。
誰かが手を汚さなければ、平
和は訪れないし続かない……所詮、世界は平等ではない……誰かが幸福を得れば、当然誰かが不幸となる……世界を彼らがどう導いていくか…それを見届けるた
めに………そしてなにより…自分で決めたことだ。
「マルキオ導師、何か新しい
依頼はありました?」
「いえ……貴方方には」
何気ない口調で問うと、マル
キオも静かに答え返す。
レイナとリンが……姿を消
し、共に愛機を封印して数ヶ月の後……二人は非合法処理者・TWIN DESTINY OF
DARKNESS通称TDODとして、裏世界で活動を開始した。
国家間における問題を合法的
に解決できないとき、それを請け負う者として……彼女らへの依頼は全てマルキオ導師を通じて依頼されるものだ。そして、それに従ってこの一年間、多くの非
合法施設や反政府組織を潰してきた。無論、提示されたデータの裏づけを取り、自分達で判断した上でだ。そして、一度だけ自分達の正体を知ろうとした依頼人
がいたが、その行動を起こした瞬間、その者の政治家生命を潰してやった。
今では、自分達の正体を知る
ことはタブーだと暗黙の了解となっている……だが、大方の主だった組織は潰し、そして調印が行なわれた以上、当面はTDODとしての依頼はこないだろう。
なら、それはそれでいい……
暫くはここを訪れる必要もない。
レイナは身を翻し、リビング
から退出し、そのまま伝導所を抜け出す……陽は落ち、既に夜の闇が空を覆っている。
そのまま浜辺まで歩み、波打
ち際に近づくと、その場で佇む。
「姉さん」
暫し海を眺めていたレイナは
呼ばれた声に振り向くと、リンが同じように浜辺へと降りてきた。
「いいの、子供達を放ってお
いて」
「ええ、今は皆食事に夢中
だ」
苦笑めいた返答を返し、二人
はそのまま並ぶように浜辺に腰を下ろす。
赤道直下でありながらも吹く
夜の冷んやりとした風に髪を揺らしながら、レイナとリンは無言のまま星空を見上げていた。
「生命は…運命られた刻のな
かで生き……そして滅ぶ……か………」
ポツリと呟く……あの刻…カ
インに向かって…そしてウォーダンに向かって言った言葉……生命というのはこの星のようなもの……今もどこかで新たな星が生まれ…また滅びていく………
もし、あの刻……自分がカイ
ンに負けていたら………そう思うことがある………別に自分が今更死ぬということを恐れるわけではない……ただ…あの刻世界がカインを選んでいたら……あの
男はいったいどういった道を選んだのだろう………
既に自身の命さえ尽きかけて
いた……そして、世界を滅ぼし…残った自分をもこの世界から滅していたのだろうか……あの男を……ウォーダン=アマデウスという妄執に囚われた男を道連れ
にして……自分と同じように…………
恐らく、どっちが生き残ろう
が……ウォーダンの言うようなニュータイプの覚醒など、夢物語でしかなかったかもしれない。
確かに自分は人としての枠を
大きく超えた能力を持っているかもしれない……だが、それだけだ。頭や心臓を貫かれれば当然死ぬ……どの程度かは解からないが、寿命もあるだろう……そ
う…決して逃れられない生命としての運命が………
レイナやリンの世界は何もな
かった……世界が…その人を成すものが壊れた刻、人は…生命は暴走し、狂気に走る…そしてそれが殺戮と軋轢、排除を求める…………
だが…その逆はどうだ………
最初から何もなかった世界に突如ねじ込まれたもの……その結果……自分達は世界に選ばれた………
「滑稽よね……」
自嘲気味に吐き捨てたレイナ
に…リンは無言のままだ。レイナが何を思い、そして嘲笑っているのか……それを嫌というほど察せられるのだから………
レイナはチラリとリンの腰を
見やる……コートの裏に備えられた一刀…リンにとっての十字架の証…そして、己の覚悟の証………
生きられることが幸福だとい
う……だが、その生は所詮苦痛でしかない………刻には死が安らぎを齎すこともある……カイン達は、その身を闇に堕とすことで静かな安息を得た…そして、世
界に選ばれたレイナ達は苦痛を与えられた………
どちらがいいのか悪いの
か……そんな事は解からない………ただ、運命がこの選択をした……ただその事実だけだ………
顔を上げる…吹く風が髪を揺
らす……これからどうするか………少なくとも、当面は自由に動けるだろう………
「なら……見てみるか…この
世界を………」
それも一興かもしれない……
自分という存在を選んだ世界を……運命をこの眼で…耳で…肌で……全ての感覚で見るのも………
そして…もし自分が世界に…
運命に絶望したなら……カインと同じように…闇に全てを委ねるようになれば……レイナは哂ってやるつもりだった。
自分を選んだ愚かな世界に…
運命に……自分のような化物などを選んだことを……嘲笑い、蔑み、そして見下してやるつもりだった………
そうなるかもしれない…そう
ならないかもしれない……結局…未来など誰にも解からない…進む先さえ…確定したものなどない………
だがそれでも……自分は生き
ていかなければならない………この世界で……惨めでも…這ってでも…無様でも………生きていかなければならないのだ………
レイナはリンを見やると、リ
ンも同じようにこちらを見やる……同じ真紅の瞳が絡み合い、互いに苦笑を浮かべ合い、そして手を取り合う………
(私達は生きていく…そして
進んでいく……この醜くも美しい世界でね………)
夜空を一瞥し、レイナは天に
向かって囁いた。
孤独ではない……カインは孤
独に生き…そして絶望し、苦痛に耐えられなかった………だが、レイナは違う………孤独の意味を知り…そして変わったのだ………
レイナとリンは静かに口ずさ
む……自分達が自身であるという証の歌を…………
星空に届くように歌う歌は流
れ……そして拡がっていく…………それが…彼女達の進む道を指し示すように………
―――――堕天使は安息の死
よりも苦痛の生を選んだ………
―――――神も悪魔も…天使
さえも見離したこの世界………
―――――ならば生きていこ
う……この醜くも美しい世界で…………
一条の流星が流れ落ちる……
歌が流れる………水音が揺れる…………
まるで静寂に包まれたかのよ
うな世界のなかに……ただ佇む二人の少女……運命に翻弄され…そして闇を身に抱え……少女達は生きていく………
今は……傷つき…そして舞う
べき翼を閉じ……その身を休める………
闇という鎖をその身に纏い…
いつか再び……その翼が舞い羽ばたくその刻まで……………
―――――今は眠れ………堕
天の少女達よ………静かに…静かに……………
機動戦士ガンダムSEED
TWIN DESTINY OF
DARKNESS
〜FIN〜