静寂が支配する荒廃した都……かつては栄華を誇っていたと錯覚させるような街並みはもはやゴーストタウンと化している。

その都の奥に聳える12の宮 殿らしき建造物……だが、そのどれもが朽ち、優雅さを微塵も感じさせない。

その内の一つ……中央にひっ そりと佇む宮殿の奥深く………

玉座のようなものに静かに眠 る和人の姿……それを眺めるように姿を見せたアーリィが表情を緩め…そして、和人に寄り掛かる。

「………ようやく逢え た…………ずっと、ずっと一緒……………」

和人の髪を掻き上げている と……眠りに就いている和人の唇が微かに動く。

その動きを読み取り…発され た名を認識した瞬間、バッと弾かれるように離れるアーリィ。

「まだ……なの………まだ、 あの女のことを…………っ」

ギリっと奥歯を噛み締め…… 拳を強く握り締め、怒りに振るわせる。

「どうして………うっ…」

刹那……悲壮にくれていた アーリィが微かに表情を歪め、頭を抑える。

 

 

 

              ―――――迷うな……殺せ…………

  ―――――あの女を滅せよ……さすれば………

               ―――――あの男はお前のもの………

 

 

 

脳裏に響く声………頭を抑え ながら呻くアーリィの髪が漆黒から金色へと変わる。

だが、それもまた漆黒へと戻 り……呼吸を激しく乱しながらも、落ち着かせようと胸を抑える。

少し落ち着いてきたのか…… 呼吸が戻ってきたアーリィ…そんなアーリィに近づく影……

「……大丈夫か、アー リィ………」

その声に表情が和らぎ…顔を 上げると……そこには眠りから醒めた和人が窺うように覗き込んでいた。

「セイ……お願い…抱き締め て………私を…」

懇願するように手を伸ばす と……和人もその手を取り、そっとアーリィの身体を抱き寄せる。

「もっと……もっと強く抱き 締めて…………私を…安心させて」

胸に顔を埋めるアーリィを和 人は強く抱き締める……温かかった……今までの不安が嘘のように消えていく………

 

 

――――この人は私のもの だ……誰にも渡さない………ずっと私のものだったのだ………

 

 

今感じるこの温もりとまどろ みに……アーリィは身を委ねた…………

 

 

 

 

 

円盤皇女ワるきゅーレ  

第3部  次元を超えた契り

第伍話  闇に堕ちた心

 

 

 

 

 

宇宙に浮かぶ小さな蒼い惑 星……その地表は、沼地が多く原生林が生い茂り、時折獣のような叫びが響き、とてもではないが人の住んでいる気配はない。

だが、そんな鬱蒼とした沼の 脇に一人の小振りな人影が腰掛けていた。

小振りな……尖った耳にオー ルバックに流す白髪と白髭………頭に大きめの笠を被り、あぐらを掻いて釣り糸を垂れている。

鳴き声が木霊するなか……微 動だにしなかった人影が僅かに身じろぎした。

伏せていた笠を上げ…その下 から見える眼が上を見上げる。

「ほっ……なにやら、空気が 乱れとる………どうやら、刻が来たようじゃな」

ボソボソと呟き…それと同時 に僅かにひいていた釣り糸を引っ張り上げ……沼から巨大な怪魚が姿を見せる。

目玉をギロリとさせ、巨大な 口に牙がはえ、そのまま襲い掛かる。

だが、人影は逃げようともせ ず……そのまま怪魚向かって飛ぶ…刹那、光が幾閃も煌き……次の瞬間、怪魚は身を細切れにされ……そのままバラバラに落ち…陸上と沼へと落下した。

「ほっほっほ…今宵は珍しく 客人が来るようじゃな」

右手に持つ柄のような棒から 伸びる光の刃…それが消え、棒を懐にしまうと……今一度空を見上げるのであった………

「……はてさて…予知が正し ければ、あの方を救う希望になりえるかのう………」

誰に聞こえるともなく苦い口 調で呟かれた言葉は…虚空に消えていくのであった………

 

 

 

 

宇宙に突如青白い閃光が稲妻 のように走り……刹那、宇宙が引き裂かれたように裂け目が形成される。

その裂け目の奥から吐き出さ れるように出現する円盤……メームの円盤だ。それが吐き出されたと同時に空間の裂け目が消え……宇宙にまた静寂が戻る。

浮遊する円盤のブリッジで は、一同が衝撃に苦悶を浮かべていた。

「うっ…どうやら、通常空間 に出たみたいだけど………」

眩暈がする頭を抱えながら ゴーストが立ち上がると、メームも続き…急ぎ意識を覚醒させる。

「状況の確認、急ぎなさい」

その指示に侍女達が朦朧とし ていた意識を覚醒させ、作業を実行する。

ともかく状況を確認しなけれ ばならない……次元を超えられたのか………

「いててて……」

「あたた……もう、あの子の おかげでエライ目にあったわね」

衝撃に打ちつけた身体を抑え ながら身を起こす秋菜とハイドラ……そう、次元跳躍において余計な衝撃を与えてくれた相手………

「で……彼女はどうなった の?」

ずり落ちていた眼鏡を持ち上 げ、やや怒りを滲ませてリカが呟く。

次元跳躍の際にメームの円盤 に激突してきた相手……トラブルメーカーの皇女…つまりはライネ………

オペレーターの侍女達が確認 を急ぎ…一人が顔を上げる。

「外装にて確認……至急、救 助班を向かわせます!」

どうやら、ライネの円盤は メームの円盤の外装に激突し、そのまま抉り込んでしまったようだ。恐らく、操縦席でライネは眼を回していることだろう。

救助に向かう一方で、一同は モニターに映る宇宙を見詰める。

「で……ホントに跳んだのか よ?」

半信半疑にハイドラが呟き、 全員の視線がゴーストに集中する。

「……だと、思うけど…」

だが、ゴーストも言葉を濁 す……次元跳躍には成功したはずだが、問題はこの次元が肝心の並行宇宙かどうかだ。

そして、データを照合してい た一人が声を上げた。

「メーム様、分析結果が出ま した……ほんの僅かですが、我々が把握していたデータと差異が認められます」

その報告に、どうやら跳躍だ けは成功したということが解かったが……問題は、この宇宙に本当に和人とアーリィがいるのか……仮にいるとして何処にいるのか……見当もつかない。

「メーム様! 航行システム に異常あり! このままでは長距離航行に危険が……!」

息を呑む一同……どうやら、 次元跳躍の際に円盤のシステムにも損傷が起きていたようだ。

どこかで一度修理せねば…… その時、ゴーストはハッと顔を上げる。

「どうしたのよ?」

その様子に怪訝そうに問う秋 菜だが、ゴーストは無言のまま……静かにモニターに映る惑星を見詰めている。

「……あの惑星に降りましょ う」

唐突な申し出に一同は眼を丸 くする。

「あん? なんであの惑星に 降りなきゃならねえんだよ?」

訳が解からないといった顔で ハイドラが表情を顰める。モニターに映るのは蒼と緑に色ずんだ惑星……

「サーチの結果、あの惑星に 都市などの存在は確認できていません……恐らく、無人の惑星かと……」

おずおずと惑星の様子をサー チした侍女が遠慮がちに進言する。

「あの惑星に……なにかある のですか?」

「もしかしてお兄ちゃ ん!?」

意気揚々と皆が身を乗り出す が、ゴーストは首を振る。

「いえ……そうじゃない…た だ、なにか気に掛かるの……あそこに…なにかがある……」

真剣な面持ちでそう告げる ゴーストにメームは考え込む。

どの道、どこかで円盤の修理 をせねばならない……ならば、状況の整理のためにも惑星に降下した方がいいかもしれない。

そう結論づけると、すぐさま 指示を出す。

「解かりました……進路をあ の惑星に…降下後、すぐに修理を開始させなさい」

慌しく動きまわる侍女達…… そして…円盤はゆっくりと惑星へ向かって降下していくのであった………

 

 

 

大気を裂き……名も知らぬ惑 星へと降下した円盤はそのまま地表に向かっていく。

幸いに無人の惑星だけあり、 余計なトラブルはなさそうなのが救いだ……地表が見え始めると、その拡がる光景に一同は呆然と声を上げる。

「うわー凄い原生林ね……」

「ホント…でも少し薄気味悪 いわね〜〜」

モニターに映るのは一面に拡 がる原生林と沼……しかも陽があまり差さない惑星なのか、周囲は薄暗い……それがいっそうに感じる。

本当にこんな惑星になにがあ るというのだろうか……未だ怪訝な態度でゴーストを見やるも、ゴーストはただ無言で拡がる光景を見詰めるだけ……やがて、円盤は着陸できる場所を見つけ、 そこへ着陸した。

そのまま修理作業に入るな か……彼女達は円盤の外に出ていた。

鬱蒼とした雰囲気に時折木霊 する獣の鳴き声……とてもではないがあまり長居したくない惑星だ。

「ねぇ、戻りましょうよ…な んか気味悪いし」

リカが表情を顰めてそう進言 するも……一同は黙ったまま……リカは怪訝そうになる。

「どうしたの?」

ゴーストだけでなく秋菜達も やや表情を顰めて眼前を見詰めている。

「いやね……宇宙からじゃ解 からなかったんだけど、確かになにか強い気のようなものを感じるの……」

「ええ……」

神妙な面持ちでそう呟き…一 同は見詰める………そんななか、ゴーストの視線が鋭くなる。

「………気配を感じる…」

「気配?」

「ええ……誰かに見られてい る…ね!」

振り返った瞬間、オーラブ レードを展開してそのまま跳躍する……呆気に取られる一同の視線が追うと…円盤の上部にいつのまにか人影があり、ゴーストはその人影に向かってオーラブ レードを振り下ろすも、次の瞬間…オーラブレードは光の刃に受け止められていた。

「ほっほっほ…なかなか鋭い の……じゃが、いきなりの挨拶にしては無粋じゃな、お嬢さん?」

呆然となる一同の前でけたけ たと笑うのは、編笠を被った白髪の老人…だが、少なくとも人間タイプの宇宙人ではない。

背は小さく、100もない… だが、そんな小柄な老人がゴーストのオーラブレードを受け止めたことにゴースト本人も驚きを隠せない。

「……刃を下ろされい…乱れ た心で振るっても、剣は答えてはくれぬぞ」

その言葉にゴーストは息を吐 き、刃を消す……そのまま地上に降りると、メームが一歩前に出る。

「申し訳ありません…私ども の者が御無礼をしたようで」

「なんのなんの…そのお嬢さ んも決して好きで斬り掛かったわけではあるまいて……」

静かに笑う人物にメームはな おも問う。

「失礼ですが…貴方は、この 惑星の方で?」

「そうじゃ……まあ、こんな 惑星に住んでるのはわしぐらいのもんじゃろがな…ほほほ…ああ、待ちなさい。今降りよう…あまり上から話すのは失礼じゃろうからな」

老人はどっこいせとばかりに 腰を浮かし、そのまま飛ぶ……眼を見開く前で老人は鮮やかな降下を行い、地面に降り立つ。

その立ち振る舞いとあのゴー ストのオーラブレードを受け止めた力といい…只者ではないと警戒する。

「さて……こんな辺鄙な惑星 にお嬢さん方は何用かの?」

気を取り直して尋ねる老人に リカが進み出る。

「あの、私達…人を捜してい るんです」

「ほう、人をの?」

「はい……時野和人というん ですけど…ご存知ないですか?」

秋菜が問い返すも…こんな別 次元の辺境惑星に和人を知っている人物がいるとは思えない……懐から生徒手帳を取り出し、そこに挟んでいる和人と撮った写真を見せると、老人の眼が微かに 細まる。

「ほう………こやつか?」

「なにか知ってるんです か!?」

予想外の態度に藁をも掴まん ばかりの態度で前のめりになる。

「こやつかどうかは解からん が……似た男は知っている………それに…お嬢さん方…その頭の羽……もしや、ヴァルハラの者かな?」

その言葉に今度こそ全員の視 線が警戒した面持ちに変わる。

身構える一同に向けて老人は 悪びれもなく手を振る。

「いや待ってくれ待ってく れ…わしは別にお前さん方をどうこうするつもりはない……ただ確かめたかっただけじゃよ……そうか…遂に来たのか………」

なにか感慨深げに意味深な言 葉を呟く老人にメームが問う。

「……どういう意味でしょう か?」

まるで自分達を待っていたと 言わんばかりの態度に不審そうになる。

「まあ、待ちなさい…長くな る……そうじゃな…わしの家に来るがええ……話はそこでしよう………」

また笑みを浮かべ、踵を返す 老人に一同は不審な眼を浮かべたままだ。

「どうするよ?」

ハイドラが全員を見渡しなが ら尋ねると……逡巡していたメームが答える。

「行ってみましょう……とに かく、今の私達には情報が必要です」

そう……和人かどうかは解か らないがなにかを知っている……それがなんなのかを知るためには、このまま話を聞く方が得策であろう。

「私とゴースト、ハイドラ… それとリカちゃんと秋菜さんでご招待を受けましょう…真田さん、船の修理とワルキューレのこと、頼みましたよ」

「はいっ、お任せを!」

意気込んで敬礼し、脱兎のご とく駆けていく真田さん……そして、最後にシロ達を見やる。

「貴方方は、船の警護をお願 いします」

「おう、任せておけ」

ニヒルな笑みを浮かべて親指 を立てる…それに満足げに頷くと、今一度顔を上げて老人を追うと、何時の間にか大分離れた場所に老人が進んでいた。

「ほれ、なにをしとる…はよ うこんか?」

その促しに頷き、一同は警戒 を解かぬまま…その老人の後を追う。

「……そういえば言い忘れて おったのう…わしは……アルヴィース…アルとでも呼んでくれて構わんよ」

人の良い笑みを浮かべ……一 同は静かに歩き始めた。

 

 

 

 

 

どこまでも続くような闇の回 廊………一寸先すら見えぬその闇のなかを、ワルキューレは必死に走っていた。

最愛の者の姿を捜して……焦 燥感を浮かべ、呼吸が乱れ、動きが止まる。

俯いていたワルキューレが顔 を上げると……その先に最愛の者の姿が浮かぶ。

『和人様………』

喜色に染まるワルキュー レ……だが、和人はそのまま踵を返し……闇のなかへと進んでいく。

『ま、待って! 待って、和 人様!!』

慌てて身を起こし、離れてい く和人に追い縋ろうと駆け出す。

だが、それだけ走っても一向 に距離は縮まらず……それどころかどんどん離れていく。

それでも必死に追うワル キューレの前で……先を進む和人の先に人影が現われる。

『っ』

驚愕に眼を見開くワルキュー レ……和人の先に現われたのは銀の鎧に身を包む黒髪の女性………その女性と抱き締めあう和人………ワルキューレにはそれがなによりも残酷な光景に映る。

『和人様!』

嫌だった……自分から離れて いくのが………必死に手を伸ばそうとするも……振り向いた和人の視線に萎縮し、思わず足を止める。

まるでワルキューレのことな ど気にも留めていないような無機質な視線……それがなによりも深くワルキューレの心を抉り、傷つける………

その視線に……ワルキューレ は無意識に下がってしまった。

刹那……和人の後ろから覗く アーリィの唇が動く。

 

 

―――――所詮…貴方の想いはその程度なのよ………

 

 

声は聞こえなかったが……そ れははっきりとワルキューレの頭に響いた。

『違う……違う違う! 私 は………!』

眼に涙を浮かべ、頭を振って 追い払おうとするワルキューレ……だが、次の瞬間………ワルキューレの足元は突如砕け散った。

声にならない悲鳴を上げてワ ルキューレはその奈落の底へと落ちていく………

助けを求めるように手を伸ば すも……そこには無機質な和人の視線………

『和人……さ…ま…………』

涙を零しながら……ワル キューレの意識は暗転した…………

 

 

 

「っ!」

大きく眼を見開き……眼を覚 ますワルキューレ………首がゆっくりと動き…周囲を見渡す。

「ここ…は………私は…」

周囲に犇く医療器具に微かに 感じる消毒液の臭い……未だ覚醒しない意識のなか…ワルキューレの耳に声が響いた。

「あっ! 侍女長! ワル キューレ皇女が意識を戻しました!」

「ええっ!」

弾んだ声に反応し、脱兎のご とく駆け寄ってくる真田さんはガバッとワルキューレを覗き込む。

「姫様! 御意識が戻られま したか…よかった…ほんとぉぉによかったぁぁぁ」

涙を零しながらオイオイと泣 く真田さんにワルキューレの唇が動く。

「真田…さん………ここ… は……?」

「はいっ、メーム様の円盤の なかです…傷の方はいかがですか?」

片言で呟くワルキューレに答 えると……ワルキューレの意識がようやく思考し始め…そして……自身の身体へと向けられる。

「…やはり……夢では…な かったの……ですね………」

「ひ、姫様……」

自嘲めいた表情を一瞬浮かべ たと思ったら……次の瞬間、ワルキューレは表情を逸らして嗚咽を漏らした。

「うっ……うぅぅ……和人 様……うぅぅ」

すすり泣くワルキューレ に……真田さんはなにも言えず……ただ静かにその場を離れるしかなかった。

独り残されたワルキューレは 声を押し殺して泣き続けた……この傷は…最愛の者につけられたもの………

夢であってほしかった……だ が、現実はワルキューレに容赦なく襲い掛かる。

 

 

―――――傷い……心が…… 傷い………

 

 

何度もリフレインしながら… ワルキューレは慟哭した。

 

 

 

闇に捉われた心には……まだ 光は差さない…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――To Be Continued


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