第三話 思い出
その日の宮間夕菜はいつも通りに家事に精を出していた。ちなみに今やっているのは掃除である。
本当ならこの時間は全員いる筈なのだが夕菜を除く全員が留守にしていた。というのも澟は部活、玖里子は買い物、和樹と舞穂は毎回義務づけられている魔力診
断があったからである。
本来なら和樹にくっついていくはずなのだが、そうするとまた他の三人が色々とうるさい。
幸い和樹にくっつこうというのは今日はいない。いつもならば舞穂が何らかの騒動を引き起こすはずだが、実は昼間もひと悶着起こしているのだ。また性懲りも
無く、ということは無いだろうというのが彼女(彼女たち)の結論だった(というよりみんな疲弊しきっていてそんなことやる余力は無いと考えていた)。
夕菜は一階の掃除を終えると二階に取り掛かった。
玖里子、澟、舞穂の部屋の掃除を終わらせると和樹の部屋を掃除するための部屋に入った。
ほかのところと違ってここは念入りにやらなければならない。別にほかの部分をおろそかにしているわけでは無いが特に綺麗にしなければならないと彼女は考え
ていた。
(だって旦那様なんですから。ピカピカにするのは当然です)
と、彼女は考えていた。
(これで和樹さんも見直してくれるかも・・・・・・)
本当ならこんなことは日常のことなのでいまさら和樹が見直すはずが無いのだが一旦突っ走った夕菜にはそんなことには気付かない。
(「夕菜、こんなに綺麗にしてくれて・・・」「いいえ、こんなこと・・・妻として当然のことです」「ううん、やっぱり僕には君しかいないよ・・・」「和樹
さん・・・」「夕菜・・・」 なんてこに・・・きゃ!)
ドドドドドド!!
突然棚から物が落下してきた。周りを見ないで勝手な妄想に浸っているからである。
「ああ〜、ぐちゃぐちゃです〜」
さっきの自分の行動を少し恥じると、落ちたものを片付け始めた。と、その時
チャリン
金属音がする。何かが指に触れたらしい。不思議に思ってそれを掘り当ててみる。
「和樹さんの・・・でしょうか?」
出てきたのは金色のペンダントだった。卵形の本体を金色の鎖で繋いである。そして中には写真が入っているという典型的なものだった。
(和樹さんがこんなもの持ってたなんて・・・ちょっと意外かも)
夕菜は蓋を開けようとした。一瞬どうしようかと戸惑ったが好奇心がそれに勝ったのだった。相当古いものらしくところどころ装飾がはがれていたが、それだけ
に中のほうはそんなに傷ついてはいなかった。恐る恐る中をあけてみる・・・・。
そして・・・・・・
「な、な、何ですかこれはー!!!!!」
和樹は今日も魔力診断を受けさせられていた。入学当時は一ヶ月に一度だったのが、ここ最近は四日に一度ぐらいの割合になっていた。
「ふむ・・・今日も変化なしか・・・・・・」
と、紅尉は残念そうにつぶやいた。
「いいじゃないですか、何も起こらないほうが」
「いいや、君のようなサンプルは二人といない。むしろ何かが起こったほうが都合がいい」
「僕はよくないです」
「まあまあ、いいじゃないですか。私も見られなかったのは残念ですが、また今度の機会にすればいい」
この人物は高之橋両輔。御殿山科学センターに勤務する世界十大頭脳の一人である。
世界十大頭脳とは全世界のあらゆる分野の科学者の中でも、特に優れた能力あるいは実績を持つ十人のことである。特に何らかの制度があるわけではなく、単な
る賞賛をこめた呼び方でしかないものの、この呼び方は世界各国に共通している。
何を隠そうこの保健室の主である紅尉晴明も世界十大頭脳の一角を担う男なのである。
「せっかく来てもらったのにすまないな」
「いえいえ、魔力の波長パターンだけでも大変意義のあるものでした。また呼んでください」
基本的に温和で気さくな性格の持ち主である高之橋である、別に気にしていませんよ、という感情を彼はそのオランウータンみたいな顔で一生懸命表していた。
「あの・・・ぼくは」
「ん、ああ、もういいよ今日は。検査は終了だ」
「じゃ、行こうか、舞穂ちゃん」
「うう〜ん?うん・・・」
気の抜けた声で返事をする。やはり昼間の騒動で疲れていた。
和樹は舞穂の手を引くとすぐに出て行った。はっきり言ってこんなところには一秒も居たくない。どんな研究材料にされるか分ったものではない。
和樹が一人出て行ったあとも紅尉と高之橋は会話を続けていた。
「驚いただろう、いくらなんでも違いすぎるからね、彼は」
「いえいえ、親の背を見て子どもは育つといいますし。それによく似ていますよ、あの隊長に・・・」
「そう思うかね」
「ええ、笑ったときの顔なんか特に」
「しかし、それだけではないだろう?」
紅尉はあることに気づいていた。高之橋も和樹に対して一つの確信を持っている。ゆるぎない証拠を握っているのがひしひしと伝わってきた。
「はは、よく解りましたね」
「二年間も式森君を観察しているのだ・・・・・・やはりあるのか?」
それは本来人間には備わることのない力。そして、絶対に人が持ってはいけない、宇宙のかなたより伝わる魔法とはまったく異なるもう一つの能
力・・・・・・。
「はい、確実にありますよ、彼には・・・・・・・・・エヴォリュダーの素質がね・・・」
その頃和樹は家までの道のりを走っていた。予想より少し遅くなってしまった。夕菜は心配しているだろう。このごろ神経質だから泣いているかもしれない。
確かにここ最近の夕菜は少し暴走しすぎだった。少しでもほかの女の子とくっつこうものなら即魔法、である。落ちた消しゴムを拾ってもらった程度でも爆発す
るのである。それだけならまだいい、和樹にとってはもっと大きな問題があった。夕菜が謝らないのである。
今までは自分間違いと判ればすぐに謝った。謝るどころか泣き叫んで土下座までしようとするのである。ところが今の夕菜はたとえ自分に非があっても謝らな
い。
「間違われるようなことするのが悪いんです!」
と、言うのが夕菜の意見だった。
(いったい僕が何をしたって言うんだよ・・・)
和樹はこのままではいかんと考えていた。
(そりゃ確かに、悪かったと思ったのもあるけど・・・・・それにしたって僕にばっか当たるのはなぁ・・・)
このままでは本当に自分は死んでしまう。たとえ自分がどんなに気をつけていたとしても玖里子が押し倒そうとするだろう、澟もそういえばこの頃はやけに自分
と話したがる、舞穂とは常に一緒にいなければならない。
「和樹く〜ん。ついたよ〜」
「え、あ・・・うん」
考え事をするうちについてしまった。
「だいじょうぶ〜?」
「ああ、だいじょうぶだよ、」
出来るだけ動揺を隠さずにドアを開けようとする。が、
ズゴアァァァァァァァ!!
突然ドアがとてつもない勢いでぶっ飛んだ。破片が四方八方に次々と飛んでくる。
「な、なななな何だ!」
「にゃ〜前が見えない〜」
もう何がなんだかわからない。破片をかわすので精一杯である。と、中から二人出ててきた。風椿玖里子と神城澟である。なにかひどく慌てていた。
「あ、澟ちゃん!玖里子さん!これはいったい・・・・・・」
「何を言っている!全てお前のせいだろう!」
澟が絶叫する。いや、叫びというより悲鳴に近い声だった。
「は、いったいどういう・・・」
「どういうじゃないわよ!夕菜ちゃん、今まで以上に怒ってるわよ!何とかしなさい!」
「そんなこといったって・・・・・・」
ドガアァァァァァァン!
いきなり火の玉が飛んできた。慌ててよける三人。
顔を上げるとそこには、目を真っ赤に血走らせた悪鬼の形相の夕菜が立っていた。
「か〜〜〜〜〜〜〜ず〜〜〜〜〜〜き〜〜〜〜〜〜〜さ〜〜〜〜〜〜ん」
たちまち和樹はヘビに睨まれたカエルのようになってしまった。
「な、なんだい、夕・・・」
「なんだ、じゃありません!私には何もしてくれないのにこんな女と〜!」
「え?いったい何の事・・・」
「とぼけないでください!これを見つけたからにはもう言い訳できませんよ!」
そうしてあるものを和樹の前に突き出した。
夕菜が見せ付けたのはさっき部屋で見つけたペンダントだった。そしてここからが重要だった。なんと、中に入っていたのは女の写真だったのである。さすがに
玖里子達三人も驚きを隠せないでいる。
そして和樹の顔が真っ青に染まる。
「ゆ・・・夕菜・・・・・・それ・・・いったいどうして」
震えるような声で和樹が口を開く。かろうじてと入った感じだった。
「さっき和樹さんの本棚から出てきました!一体どういうつもりですか!玖里子さんや澟さんならまだしもこんな・・・」
「そうじゃない!」
突然和樹が叫んだ。和樹はツカツカと夕菜の所へ歩み寄るとあっという間にペンダントをもぎ取ってしまった。
「どうしてこんなボロボロなのかって聞いてるんだ!」
和樹はペンダントを夕菜に突き出す。和樹の言う通り確かにペンダントはボロボロだった。
もともと所々がかけていた上、更に圧力が加えられたらしくひしゃげてしまって、もはや原形をとどめていなかった。
突然の和樹の行動にしばし呆然としていた夕菜だが、はっと我に返った。そうだ、呆然としている場合ではない。夕菜も負けじと言い返す。
「質問しているのはこっちです!ちゃんと・・・」
「答えろ!」
思わぬ怒声にビクッと身体を震わせる夕菜。玖里子や澟も声が出なかった。
和樹が怒っている・・・・・・。
それも今までに無いほどに・・・。
和樹が怒ったのはこれが初めてではない。確かに怒ることは少なかったがまったく無いというわけではなかった。しかし今の和樹はまったく違う別人のようだっ
た。何か大切なものを壊された・・・・・・そんな気持ちがオーラとなって伝わってくるのが分る。
数秒後、やっと夕菜が口を開いた。
「私が・・・やりました・・・・・・」
震える声で答える夕菜・・・さっきまでの怒りはもうどこかへ消え失せてしまった。
「そう・・・・・・」
和樹の声が再び元に戻る・・・そして・・・嗚咽が響いた・・・・・・。
「式森・・・・・・?」
澟が心配そうに声をかける。しかし彼の涙は止まらない。
泣いている・・・。
どんなときでも笑顔を絶やさず、やんわりと、天使の様に笑ってた式森和樹が・・・・・・・
大粒の涙を・・・流していた。
「キミは・・・そんな人じゃないと・・・思ったのに・・・」
ダッ!
「式森!」
「和樹!」
「和樹君!」
和樹は飛び出していった、夕闇の中を・・・茜色の空の下を・・・。
あわてて三人は後を追う。
夕菜は何も出来なかった、ただ・・・立ち尽くすしかなかった・・・。