第四話       真実





「ふむ・・・そういうことか・・・」

ボロボロになった家・・・・・・その中のかろうじて原形をとどめたリビングの中で、紅尉は神妙に話を聞いていた。

「夕菜さん・・・大丈夫?」

舞穂が心配そうに声をかけるが、夕菜には届いていない。ずっと下を見てうつむいている。

「で、センセ・・・あのペンダントの中の写真は誰のなんですか?」

「そうです。私もそれが聞きたいです」

澟も玖里子の後に続く。

「あんなに怒りをあらわにした式森は始めてみました・・・。その・・・恋人とはまた違う関係のようですが・・・」

紅尉は目の前に置かれたコーヒーを飲み干すとたっぷりとため息をついた。

「私は、本来ならこういうプライベートなことは話したくはないんだが・・・」

そしてもう一呼吸おく。

「仕方あるまい・・・」

紅尉は、このことは口外無用、と硬く念を押すとペンダントについて話し始めた。

「あの女性は・・・」

玖里子と澟が同時に息を呑む。

「式森君の・・・母親だよ」

二人の顔が一瞬にして凍りつく。

今までずっとうつむいていた夕菜でさえ、信じられないといった表情で顔を上げた。

「ち、ちょっとまって・・・」

ようやくといった感じで玖里子が口を開いた。

「そんなはずないでしょ、ぜんぜん違うじゃない」

ほかの二人と違い、式森和樹に近づけと家の命令を受けたとき、玖里子は和樹だけではなく両親の顔写真にも目を通していた。

だがあの写真の女性はその時見たそれとはまったく別人だった。整形したとしてもこうはなるまい。

「今の両親は、式森君の本当の父親のいとこなのだよ。その関係で式森君を育ててもらったというわけだ。素性については、これ以上はプライベートなことだか ら話せないが私がその写真の女性、つまり式森君の本当の母親の出産を担当したのは私でね・・・まあ式森君が葵学園に入ったのは偶然だが」

「じゃあ・・・遺伝子の話は・・・」

澟がまだ信じられないといったような声でたずねる。
 
「ああ、それは本当だ。確かにあの魔力は本物だし、式森君の先祖には高名な魔術師が豊富にいる。ただその因子が濃縮されるのは、いとこ夫婦ではなく式森君 の本当の両親だったというだけの話さ・・・」

三人はただ呆然とするしかなかった(舞穂はよく分らなかった)。

一気に嵐が過ぎたようなそんな感じだった。

ガタッ!

突然夕菜が立ち上がった。

「夕菜さん!」

舞穂があわてて、止めようとするが夕菜はその頃には玄関に近づいていた。

「夕菜ちゃんが行っても返って逆効果よ!」

「そうです、夕菜さん!ここは私たちが・・・」

玖里子と澟もとめようとするが、夕菜は靴紐を結ぶ動作をとめようとはしなかった。

「いいんです・・・」

夕菜の声は震えてはいたものの、静かな声だった。

「和樹さんが許してくれなくても・・・私はいいんです・・・・・・」

そう・・・

許してくれなくていい、侮蔑の言葉をかけられても頬をひっぱたいても構わない。

ただ・・・私は・・・

「和樹さんに謝りたいんです」

二人に対して振り向いた夕菜の顔は・・・涙にぬれていた・・・・・・。

そして靴を履き終えた夕菜は、さっさと駆け出してしまった。








「はあ・・・」

式森和樹は街道を歩きながら今日何回目になろうかというため息を吐いた。といっても普段人気のない場所だったが今の和樹にはちょうどよかった。

(ナンデ僕は今ここにいるのだろう・・・)

和樹は半分後悔、半分自己嫌悪といった表情だった。

実のところ和樹は余り起こっていなかった。確かに怒鳴ったりもしていたが、だんだんとそれは薄れていき、その代わり申し訳ないという気持ちが段々とにじみ 出てきてそれが心の中を渦巻いていた。

よく考えてみると夕菜はいつも自分たちの部屋を掃除していた。あのペンダントが見つかるのは時間の問題だっただろう。そうすれば最近の夕菜のこと、暴れる のは火を見るより明らかだった。ましてや一歩間違えれば握りつぶすかもしれない(金属を片手で握りつぶすというのはそれはそれで怖いが)なんてことは大い に予想できた。

だからそれを話さなかった悪いのは自分のほうかもしれない、と和樹は考えていた


だが和樹は今帰るのだけは気が引けた。

(だって怒っているかもしれないもんなぁ・・・)

紅尉が事情を説明していることを知らない和樹は、また夕菜が怒り出したのではないかと、それを心配していた。

(かといってこのままここにいて帰らないんじゃ、また怒られるもんなぁ・・・・。ああどうしよう!)

要するにこの超鈍感少年は完全に事態を履き違えていたのである。

すこし歩くのにも疲れた頃、和樹は母親のことを考えていた。

和樹は母親のことは余り覚えていない。というよりまったく覚えていなかった。そもそも自分が養子だとは夢にも思わなかったのである。知らせてくれたのは自 分を育ててくれたいとこ夫婦だった。普通こういった類のことはショックを受けることを恐れて余り話さないものだが、和樹のことを理解してくれていた両親は 時期が来たら話そうと思っていたらしい。

そして和樹は実際親の期待を裏切らなかった。怒りなどその欠片すら見せなかった。話した本人達にもこれはさすがに以外だったらしく、怒らないのか、と聞い てみたが返ってきた答えは、

「別にだからといって何か変わるものでもないでしょ?」

という単純明快なものだった。

驚かなかったわけではない、むしろこのことで三日間はろくに食事も取れなかったのを覚えている。しかしそれで、二人に対して怒るのは筋違いだ、というのが 和樹の出した結論だった。

それでも本当の両親が気にならなかったわけではない。何度かそれとなく尋ねてみたがたいした答えは得られなかった。

(そういえば・・・)

ふと和樹は立ち止まった。

実のところ和樹は一回、母親の夢を見たことがあった。中学にあがったばかりの頃だろうか・・・。今でもたまに思い出す不思議な夢だった。

病院の一室で赤ん坊が寝ている。その近くに女性が一人立っていた。多分あれが母親なのだろう、と和樹は直感で理解できた。母親は赤ん坊についてしきりに何 かつぶやいていたが、それがふと途中で止まる。なんだろうと思って駆け寄ると・・・

彼女は涙を流していた・・・。

(ごめんね・・・ごめんね・・・和樹・・・・・・・・・)

和樹が慌てふためいても、彼女の嗚咽は止まらない。

(私は・・・母親なのに・・・それなのに何も出来ない・・・・・・・・・そばにいてあげることすら・・・・・・)

彼女は赤ん坊の額に手を当てた。

(でも・・・あなたが憎んでも・・・・・・親と認めてくれなくても・・・・・・・・・私は・・・)

夢はそこで終わった・・・。

そのあと、その夢のことを話したらあのペンダントをもらったのだった。話によると本当の母親が、お守りと言って夫に渡したのだという。

「あなたは・・・・・・今どこにいますか?」

ふとそんなため息が出た・・・その時、

タッタッタッタッタッタ

足音が聞こえてくる。なんだと思って振り向いてみると・・・・

「うわ、ゆ、夕菜!」

こっちに近づいてくる宮間夕菜だった。

あっという間に距離が縮んでしまった。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

息を整える夕菜だが、一樹の頭の中は以下にしてこの状況を切り抜けるかに向けられていた。

(ど、どうしよう)

和樹の頭の中では、沸騰した油の張った鍋に入れられようとする自分がグルングルンと回っていた。両親になんて言い訳しよう、クラスメートのみんなはどう受 け止めるだろう、おそらく両親はあきれ返りB組のみんなはお楽しみ会でも開くだろう・・・。

「和樹さん・・・」

「はひ!」

そんなことを間が手いるうちに夕菜は息を整えてしまった。きりっとしためでこっちを見つめてくる。

ああ、これが僕の最後か・・・お父様・・・お母様・・・お許しください・・・。

しかし次の瞬間夕菜の口から出てきた言葉は信じられない言葉だった。

「ごめんなさい」

和樹は目が点になった。

「紅尉先生から聞きました・・・知らなかったとはいえ・・・ほんとにごめんなさい!」

「夕菜・・・」

「許してくれなくても結構です!罵倒しても石を投げつけてもいいです!」

和樹はしばらく考え込んだ表情をしていたがすぐにほっとした表情になった。

何のことはない。夕菜も謝りたかったのだ。それも今までにないぐらい真剣に・・・心の底から・・・。

「何でもしてください!憤激のシェルブリットでもペガサス流星拳でもスタープラチナのザ・ワールドでも何でも・・・」

「もういいよ」

どんどん主旨のずれていく言葉を吐き続ける夕菜に和樹はそっと声をかけた。

「もういいって、夕菜」

「和樹さん・・・」

和樹は自分が先に謝ろうとしていた。考えてみれば自分が何か結うなといざこざを起こすとき、謝るのはいつも夕菜のほうだった。

(だから今度僕から謝りたい・・・いや、謝ろう)

和樹はこれ以上ないほど安心感に見舞われていた。

だから気がつかなかったかもしれない・・・。

後ろから近づいてくる一台のトレーラーに・・・・・・



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