第五話       強襲、そして覚醒



グオォォォォン!

突然の騒音で二人は後ろを振り向いた。

一台のトレーラーが二人めがけて突っ込んできたのだ。しかも相当スピードが出ている。

「夕菜!」

和樹はとっさに夕菜の手を引くと横にそれた。トレーラーが勢い余って壁に激突する。

「くそっ!」

最初はナンデと思ったが和樹と夕菜には見当がついていた。この間の晴海と玖里子の別荘で夕菜と自分を狙ってきた賢人会議。最近鳴りを潜めていたものがつい に動き出したのだ。

(どうしよう!和樹、どうする!)

今は夕方である。ただでさえ人通りが少ないところだ、こんなところに人が来る確立などゼロに等しい。

何とか大通りに出なければならない。和樹は意を決した。

「夕菜、逃げるよ!」

夕菜の手を引いて立ち上がろうとするが上手く行かなかった。夕菜が立たない、いや立てなかった。足元がすくんでいたのだった。

「夕菜!」

「和樹さん・・・私・・・足がすくんで・・・だめです・・・・・・」

「何言っているんだ!」

無理を言っているのは分っていた。実際彼自身も震えが止まらない。
それでも彼女を守らなければならない。夕菜が前のような目に遭う・・・それだけは死んでも御免だった。

「夕菜!ここで立たなきゃ駄目なんだ!さあ早・・・・・」

ダァンッ!










「あ・・・・・・」

突然和樹の方に激痛が走った。目の前につんのめる

トレーラーのドアから銃身が伸びていた。和樹の肩からは血が滴り落ちている。

和樹は後ろから撃たれたのだった。撃った男はフードで顔を隠していたので顔はよく見えない。

「和樹さん!」

夕菜が和樹の下へ駆け寄ろうとする・・・

が、

もう一人の男の手が夕菜に伸びていた。ハンカチで夕菜の口を押さえ込む。

「ふ、むぐぅ・・ぐ!」

夕菜は振り払おうと抵抗を試みていた。が、ハンカチに何か染み込ませてあるらしい、突然ぐったりと糸の切れたマリオネットのようになってしまった。

男は夕菜を肩に担ぐとトレーラーの後ろのほうにのせる

「ゆ・・・夕菜・・・・・・」

和樹は弱弱しい声で必死に彼女に呼びかけるが返事がない。

「おおっと」

目の前に一つの影が立ちふさがった。先ほど和樹を撃った男だった、フードで顔を隠しているらしく人相は分らない。

「遭いたかったぜぇ・・・・・・クソボーズ・・・」

瞬間和樹は背中が凍る思いがした。それは決して思い出したくない、しかし決して忘れることは出来ない声・・・

「お・・・まえ、は・・・」

「クククククク・・・」

男がフードを取った。

「アステリ・・・」

そう・・・

忘れるはずもない・・・・・・

玖里子たちも別荘に遊びに行ったとき、自分たちに牙を向き、危機一髪まで追い詰めた男。

夕菜の中のアレが出現しなければ自分たちは確実に殺されていただろう。

しかし、

「なんで・・・・・・」

彼は死んだはずだった。その瞬間は被きも見ている。水の精霊ウンディーネによって身体を胴体から、文字通り真っ二つにされたはずだった。

だが事実として現にアステリはこうして自分の目の前に立っている。マントで身体を隠して入るものの、そのさっきのこもった形相と血走った目は見間違うはず がない。

「クク・・・俺も驚いてるよ・・・はっきり言って俺も死んだと思ったから、なぁ!」

アステリはそういって和樹の肩を足蹴にした。思わず声が出てしまう。

「がっ・・・」

「オラ、もっといい声で鳴けよ!今日は俺の復活祭なんだ、ぜぇ」!」

「アステリ」

和樹は激痛の中で声がした方向を見た。トレーラーからもう一人、声色から男だとは分るが、かなり甲高い声である。アステリ同様フードで顔を隠しているた め、余り区別がつかない。

「余りはしゃがないでくださいヨォ、本来の目的を忘れてはいけませんねぇ・・・」

「うるせえよ・・・黙ってみてな、せっかく新しい自分を試しているんだからヨォ」

男の言葉にも聞く耳を持とうとしない、アステリは方にかけた足に更に力を込める。

「ぐ・・・!」

「なあ・・・知りたくねえか・・・・・・俺が今なんでここにいるのかを・・・」





「んなもん、知りたくもないね!」

ダァン!と鋭い銃声音が薄暗い路地にこだまする・・・。

突然自分にのしかかっていた重い感覚が途切れて和樹は思わず地面に横たわった。

「てめえ・・・」

そこにいたのは、自分たちの担任・・・その世界では知るもののいない、そしておそらく自分の知る限り最も信頼できる夕菜を護衛するためにやってきたエー ジェント・・・

薄れ行く意識の中で和樹は、銃を両手に持った・・・・・・伊庭かおりの姿を見た・・・























暗い・・・

真っ暗だ・・・

ここはどこだ・・・

そうだ・・・僕は・・・・・・

夕菜は!

そうだ・・・彼女を・・・・・・夕菜を逃がさなきゃ!

あれ・・・・・・力が入らない・・・

何故だ・・・立たなきゃだめだろう・・・・・・式森和樹!

何でかって・・・そんなの決まってる・・・・・・だって僕は・・・

まだ夕菜に・・・

何も・・・

ナニモ・・・・・・・・・





「夕菜!」

勢いよく自分にかかっている何かを蹴飛ばす。

「うわっ!」

「舞穂ちゃん?」

そこにいたのは、心配そうな目でこっちを見つめている栗丘舞穂。

「大丈夫?」

「ここは・・・イテッ!」

あわてて肩を押さえる。

自分はベッドに寝かされていた。上着の制服は脱がされて、代わりに包帯が巻いてある。

「余り動かないほうがいい・・・」

「あ、紅尉先生」

そこにいたのは紛れもなく養護教諭、紅尉清明だった

「もう出血は止まったし、骨折もしてなかったが・・・安静にしているに越したことはないからな」

数秒後、始めて和樹は自分が保健室にいることに気づいたのだった。





「じゃあ、あの後僕は・・・」 

「ああ、災い転じて福、というやつだな」

和樹はあの後魔力が暴走したのだった、その影響で周囲の建物が半壊し、彼らあわてて逃げ出したのだ。

和樹本人が眠っていたためいつもより勢いも抑えられたという訳だった。

「じゃあ、夕菜も・・・」

だが運命はそこまで情に厚いわけではなかった。

「いや・・・伊庭も君を助けるだけで精一杯だったよ」

伊庭は今玖里子と澟と一緒に夕菜の救出に向かっていた。

「夕菜が何処にいるか・・・わかったんですか」

「ああ、ナンバープレートからあのトレーラーの場所が割り出せてね。どうやら熱海と同様、船で彼女を運び出すつもりらしい。ただ・・・」

「ただ、何ですか・・・」

「賢人会議にしてはあまりにも・・・単純、そう単純すぎるんだよ・・・やり方が。ただの典型的な営利誘拐ならともかく、彼らは正体こそ不明だがプロの集ま りだ。わざわざナンバープレートを見せ付けた、というほうがいいだろう」

「場所は・・・場所は何処なんですか」

「聞いてどうするつもりだね・・・」

「それは・・・」

どうする、といわれて和樹は言葉に詰まった。
 
「魔法は使えない・・・運動神経だって頭のよさだって下から数えたほうが早い、ましてや今の君は左手が動かない・・・・・・そんな状態で何をしようって言 うのだね?」

和樹はしばらくだまっていた。うつむいているその表情は、悲しみとも絶望とも取れるかもしれない・・・

「それでも・・・」

彼は選ぶ、自分の道を・・・

「いかなきゃいけないんです」

彼は従う、自分の中の信念に・・・

「だって・・・・・・僕は・・・」

そして、彼は目覚める・・・

「僕は・・・・・・・・・まだ夕菜に謝っていない!」





そのとき、





和樹の体が・・・光った・・・



「え・・・・こ、これは」

和樹本人も驚きの色は隠せない。

突然自分の体が光り始めたのだから当然である。

「にゃー、和樹君・・・何それ?」

「僕が聞きたいよ・・・・・・」

二人が驚きの色を隠せない中、紅尉だけが一人不適に笑っている

「やはりあったか・・・君にも」

「はい?・・・」

和樹があわてて聞き返そうとするが、それは次の紅尉の言葉によってさえぎられてしまう。

「ついてきたまえ・・・詳しい話は降りながらだ」

「ちょっと待ってください!何の話を・・・」

「宮間君を助けに行きたいのだろう。時間は惜しいはずだ」

確かにそうだが、話がさっぱり要領を得ない。そもそも「降りる」とはどういうことだろうか。

そう言うと紅尉は強引に和樹の腕を引っ張った。

「痛!・・・・・・く・・・ない・・・?」

痛みがない・・・

完全に消えている。それどころか自由に動く。骨が折れたなど初めからなかったようである。

「栗岡君もついて来るかい?」

「うん」

頭の中がこんがらがったまま、紅尉についていく和樹。保健室を出ると紅尉はまず職員室に向かった。校長室で何か話していたようだが和樹は入れてもらえな い。職員室を出て次に向かった先は葵学園の地下室だった。

葵学園は江戸時代の開国とほぼ同時期に作られたため、貴重なマジックアイテムがいくつも存在する。この地下室はそういったものをまとめて保管するところ だった。

紅尉は入り口の前にたどり着くとふと口を開いた。

「式森君・・・今こそ話そう・・・・・・君の中に眠る本当の力・・・・・・」

鍵穴に鍵を差し込み、

「賢人会議の正体」

軽くそれをひねる

「そしてこれから・・・君の進む、道を」

そして扉を開けたとき・・・

向こうにあったそれは、マジックアイテムなどでは決してなかった。






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