第六話       戦闘開始



「さて・・・」

その頃伊庭たち三人はボートに乗っていた。もちろんのんびりと釣りを楽しむ気など毛頭ない。

「二人とも、準備はいいか?」

「どうせ『いい』って言わなくても突入するでしょう?」

まったく表情を変えずに玖里子が答える。いやむしろほんの少し顔をしかめている、といったほうがいいかもしれない。

「当たり前だ、ぐずぐずしていたら見失っちまう」

既に夕菜を乗せた貨物船は既に灯台からかなり離れている。伊庭たちは魔法を使ってかなりスピードを出して追いついたのだが、呪文をかけたボートの方が限界 だった。おそらく近づくことの出来るのは一回が限度だろう。

「式森は・・・」

澟がふと口を開いた。

「式森は、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だろ、撃たれたといっても静脈は外していたし、紅尉もいる。無茶してここまでくるなんてこともないだろう。第一場所が分からん」

「そうですか」

違う

澟が言いたいのはそんなことではなかった。

「和樹に好きだって言えなくて落ち込んでるんでしょ」

「なっ!」

玖里子の言葉によって澟は顔中真っ赤になった。

「なななな何を言うのですか!私はですね、式森がいると帰って足手まといなのでついて来ない方がよいとむしろいやだから」

「顔に書いてあるわよ、あの時和樹が起きていれば言うつもりだったのに、って」

澟は言葉に詰まった。あのときは何とか上手く行ったが今回もうまくいくとは限らない。いやむしろ二回目だからこそ敵は前回のことを予想しているはずであ る。

生きて帰れないかもしれない・・・・・・

言葉にこそ出さなかったがそれは三人が心の中で共有しているものであった。

「でも不思議よね・・・あの時はそんなに怖くなかったのに、今はとても怖い・・・震えが止まんないのよ」

原因は玖里子も澟も解っていた。

和樹がいない

いつも自分たちのそばで笑っていた・・・

とても柔らかく笑っていた・・・

ちょっと怒ると(玖里子にとっては言い寄ると)すぐにあわてていた・・・

成績も運動神経も悪いくせに逃げ足だけはとんでもなく速い・・・

筋金どころか、鉄パイプが入っているのではないかというぐらい鈍い・・・

それなのに妙なところで勘がいい・・・

鈍いのと同じぐらい自分たちに優しい・・・

そんな少年、

いつの間にか、そばにいることが当たり前になった、少年。

今までの二人ならこんなことはなかったのに・・・・・・

「おしゃべりはそこまで、そろそろ行くぞ」

伊庭が自動小銃にマガジンをセットする。玖里子もショットガンを背負い澟は日本刀を持つ右手に力を込める。

「はぁ!」

伊庭は足元に力を込めた。すると三人の足元に数字や奇妙な紋様が描かれた円が出現する。転移魔法の為の魔方陣だった。

転移魔法とは特定の物体を術者の任意により移動させるという魔法である。その範囲は術者本人の魔力に比例するが、これは扱いが難しい。その時のコンディ ション、集中力などに大きく左右されがちなのである。きちんと手順を踏まなければまったく違う場所に飛ばされる、ということもあり得るのである。

だが伊庭はこの道に関してはプロだ。自分も相当な場数を踏んできた自負とプライドがある。何よりこんなところでつまずかせるわけには、いかない。

だが、

「なに!」

「どうしました?」

いきなりの声に澟は驚いて尋ねた。

「妨害されている・・・」

「なんですって!」

魔法は人が行う。人によってもたらされる事象である以上、妨害することそのものはそんなに難しいことではない。だが問題はそこではない。

「やっぱ読んでたってわけか・・・」

妨害するには二つの方法がある。術者に物理的に攻撃を行って集中力を途切れさせるか、あるいは術者の魔力に(この場合は魔方陣に)魔力を送り込んで相殺す るかのどちらかである。ボートの周りには誰もいないから前者が起こった可能性は皆無である。

「しかし・・・なんで一思いにやらないんだ?」

伊庭の疑問ももっともだった。

船の規模から行っても貨物船にいる人数はどんなに少なく見積もって50人以上はいるだろう。こんなちまちまやらずに始めから呪文そのものを吹き飛ばせばよ い

「予想はしていましたが・・・不覚!」

澟が悪態をつくと同時にボートが揺れ始めた。魔力の反発が起っているためだった。

「でも、これで敵の目的がはっきりしたわね」

「え?」

玖里子の言葉にもまたも驚く澟。

「敵はあたしたちを殺す気なのよ。邪魔したら、じゃなくて最初からね。だからこんなところまで連れてきたし今まで何もしなかったのよ」

ボートの揺れが次第に激しさを増してゆく。

「やばい!二人とも衝撃に備えろ!」



ガアアアアアァン!

轟音とともにボートがはじけ飛ぶ。そしてその後に三人の姿はなかった。ただボートの木片だけがバシャバシャと水しぶきを上げて落ちてゆく。











「・・・・・・まったく、やってくれるよ」

伊庭は今日何度目になるとも知れない深いため息をついた。

既に彼女は複数の男たちに囲まれていた。皆銃やらライフルやらを構えている。

玖里子がにらんだ通りやはり敵の作戦だったのである。トレーラーのナンバーをわざわざ見せ付けたのも、転移魔法の妨害を中途半端に行ったのも、二度に渡っ て自分たちを混乱させてきた奴らへの・・・報復。

「夢叶わず、か・・・。ゲーム、制覇したかったなぁ」

そう言うと伊庭は、彼らめがけて跳ねた。





「ふう・・・女の子口説くつもりなら、もうちょっとスマートにやんなさいよね」

玖里子はその頃食料このあたりを駆け回っていた。あの後薄暗いところに落ちたと思ったらこのざまである。

三つ目ぐらいだろうか、角を曲がろうとしたら又男たちと鉢合わせてしまった。

「はあ・・・・・・結局あの子には、して貰ってばかりだったな」

そういうと彼女は懐から何枚か霊符を取り出す。

ガルルルルルル!!

銃声が、こだました。





ガキィン!ギィン!

「でぇい!」

がん!と鈍い音を立ててリボルバーを構えた男が倒れた。

「ち・・・これで何人目だ、五十・・・ええい!忘れた!」

澟はもう一人、近づいてきた男をなぎ倒すとこれまた何度目か分らない悪態をついた。

澟の飛ばされた場所は甲板。伊庭たち同様既にその近くには何人もの男が控えていた。挟み撃ちに鳴っていないのが勿怪の幸い、といったところ。

澟が刀を構えなおす、敵は銃を構えなおす。

「許せ・・・駿司・・・・・・・・・・・・式森・・・」

そして地表スレスレに、飛び出す。

銃声音と金属音が、交差した









「それじゃあ紅尉先生、舞穂ちゃんは頼みます」

「ああ、基本説明はさっき言ったとおりだが気をつけろ。君が世界最悪の魔力を持っていることには、変わりは無いのだからな」

葵学園から少し離れた空き地、そこに少年と少女、そして白衣の男が一人立っている。そしてその少年、式森和樹は二人に背を向けると、空中を上がり始めた。

足元のそれは騎乗される馬のごとく和樹を受け入れると、低く鈍い起動音を上げ始める。

「和樹君・・・」

不意に舞穂が口を開いた。

「ん?」

「晩御飯・・・美味しいの作って待ってるからね・・・五人分!」

和樹は何も答えない。ただ彼女に向かって微笑んだだけだったが、舞穂にとってはそれで十分だった。


 うん!必ず、五人で食べよう!


その言葉が、狂おしい程に伝わった。



そしてそれは飛び立つ、彼を乗せて・・・

そしてそれは今こそ飛び立つ・・・勇者を連れて

「いっっっけえっっ!!」

そしてそれは飛び立った・・・・・・勇気ある誓いとともに





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