第七話       その名はエヴォリュダー




宮間夕菜は闇の中にいた。

もちろん単なる比喩表現ではある。意識ははっきりしているし、かすかではあるものの
自分が今いる部屋や体の輪郭を把握できるぐらいの明かりはある。しかしそんなものは今の彼女にとっては無いも同然のものであった。

彼女は今何も考えない。否、何も考えたくない。しかし彼女の思考が以下に止めようと働きかけても効果は無い。何度試みても最後に残るのは自分の思い人のこ とだけ・・・・・・

「和樹さん・・・・・・」

最後に見た彼の声はどんな声だっただろう・・・・・・そうだ・・・私を呼んでいた、最後の最後まで・・・私を、私のことを、私のために、私のせい で・・・・・・・・・。

自然と口から嗚咽が漏れてくる。そうだ、みんな私のせいだ・・・・・・。

思えば彼が悪いことなんてはじめから無かった、今までの騒動は殆どが私の勘違い。今回だってそう、勝手に勘違いして勝手に嫉妬して勝手に暴れて、あまつさ え彼の心の傷をえぐってしまった。

それでも彼は自分を許してくれた。どんなときでも、自分が何をしても笑って何も無かったことにしてくれた。周りの人たちは情けない顔、と馬鹿にするがそん なことはない。何でも許せる・・・全て理解した上で、それでも全てを受け入れてくれる・・・そんな天使の様に笑う人だった。それを・・・・・・

玖里子さんや澟さん、伊庭先生も・・・・・・今こうして迷惑をかけている。和樹さんがくるのを止めてもきっと3人は来てしまうだろう。今回も無事に行くな んて保証はない・・・・・・いや、殺されてしまう。



そうだ・・・

「私が・・・・・私が、みんなを」



(夕菜)

「えっ・・・・・・」

突然自分の頭の中に響いてくる聞き慣れた声。

「和樹さん」

こっちが呼びかけても返事は何も無い、しかし声はなおも彼女の中にこだまする。

(夕菜・・・・・・絶対、絶対助ける!)

声はそれでお終いだった。もういくら待っても声は聞こえない。こちらから何度か声を出してみたが同じだった。それでも、この少女にはこれで十分だった。

自然と、夕菜の顔に、笑みが広がった。







ゴアァァァァァァ!!

貨物船の甲板上での戦いは続いていた。

敵の放った火炎攻撃を、澟は刀で一閃、そのまま敵に突っ込み問答無用の一撃を叩き込む。

「っだあ!」

ドグ!っとこもった声がして敵はその場に崩れこむ。だが澟は次の瞬間、その場から横っ飛びにはねていた。間髪いれずに銃撃の嵐が来る。もう少し遅ければ身 体を蜂の巣にされるところだった。

「っくあ!」

急いで魔力を練り自分の刀に魔法をかける。

「剣、鎧、護法!疾風!」

さっきまで緑色の光を帯びていた刀身は、たちまち青色の光を帯びた鋼の刃へと姿を変える。飛び道具を使う妖怪に対して編み出された技、疾風だった。

「くらえっ!」

澟は上段の構えを取ると叫んだ勢いのまま振り下ろした。そこから放たれた光は周囲のものを巻き込みながら男たちに突進していく。

「ぎゃああ!」

衝撃を受けた者たちは、壁に激突、あるいは勢いそのままに船から落下していった。

「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・」

だがすぐに次の敵が何人か、待っていましたとばかりに奥の方から出現する。澟にとってはあまり、というより非常にまずい状況だった。このままではいずれ魔 力も体力も尽きてしまう。

(なぶり殺しにするつもりか・・・くそ!)

そして奥のほうの男が数人、なにやら呪文を唱えている。

(複数の呪文で攻撃すれば言いと踏んだのか?)

だとしたら余りにも甘く見すぎている。と、思った時である。

ズガガガガッ!

突然自分の足元が揺れた。何だと思って下を見ようとした次の瞬間、澟の視界が崩れる。

「こ、これは!」

巨大な水流が床の底から突き出ていた。そしてそれは意思を持っているかのように澟に襲い掛かる。

(くっ!合体魔法か!)

澟は必死にバック転を繰り返しながら逃げる。

合体魔法とはその名の通り、複数協力して行う魔法で単純に魔力をプラスするより更なる相乗効果を生み出すことが出来る。彼らの場合は水の精霊ウンディーネ を何人かで同時召喚することによってこのような巨大な水流を生み出しているようだった。

澟は妖怪退治の専門家としての勘でかわし続けていたが、さすがにそれも限界が来てしまう。

ドゴォ!

「しまっ・・・・・・」

澟の立っていた最後の足場が壊された。バランスを崩したところに強烈な勢いの鉄砲水が激突する。

「ぐぅっああ!」

とっさに刀の腹の部分で防御はしたが、完全に防ぎきれるはずも無い。水流の勢いそのままに澟は船の外にまで吹き飛ばされてしまった。

(落・・・・・・ちる?)

頭の中が真っ白になってしまった。

(式森・・・・・・・・・)

死ぬ間際になると思い出が走馬灯のように、と言うが結局思い浮かぶのはあいつのことだけか・・・・・・私は何も言っていないのに・・・・・・

思えばあいつに素直になれたことは何回あっただろうか?もしかしたら面と向かって、真っ正直に言えた言葉は一言も無かったような気がする・・・・・・

追いかけてくるなんてことは無いからとりあえずは安心だ。紅尉先生もいることだし、わざわざ危険にさらすことはしないだろう。

死ぬときになって自分の本当の気持ちに気付くとは・・・なんて滑稽なことだろう。いや、最初から気付いていたんだ、こんなこと・・・・・・

最初に彼に惹かれたのは何でだろう。そうだ、確か駿司が来たとき、あいつはそれを弔うために、月へ移動するために魔法を使ってくれたのだ・・・・・・。八 回しかない魔法を、私のために・・・・・・

ガシッ!



そうだ・・・・・・こうやって・・・肩を支えてくれて・・・!?

「大丈夫?澟ちゃん」

「し、式森!」

そこにいたのは紛れも無い、式森和樹の顔だった。

「な、何でここに、て言うか式森、何で空を・・・」

澟の言うとおり、和樹は空に浮いていた。一瞬魔法を使っているのかとも思ったが魔力の放出を感じない。自然に、鳥のごとく飛んでいたのである。しかも、骨 折も直っている。怪我なんてはじめから無かったようである。

「えーっと、澟ちゃん・・・下りて大丈夫、かな?」

「え・・・あ!」

実のところ澟は頭から落下していた。とりあえず肩の所を支えたわけだがそれだけでは不安定なのでもう片方の手で膝の部分を折りたたむように掴んだのだっ た。

つまり今の澟の状態は、一般世間で言うお姫様ダッコ・・・・・・。

「は、離れろおぉぉぉぉぉ!!!」

バキッ!ドゴッ!ガスッ!

いにしえから数々の妖怪を屠ってきた神城家の刃(もちろん比喩)が襲い掛かった・・・

「は、はいはい・・・今下ろします。あっ、自分で飛ばなくていいよ」

「え?」

言われた通りに恐る恐るだが立ってみる。そうしたら本当についてしまった。

何か固い感触がある、ちょうど金属のような・・・

「澟ちゃんはここにいて」

「え?」

「あ、そこから余り動かない様にね」

そう言うと和樹は少しかがむと、それを反動にして跳んだ。

「おい式・・・」

だが澟が言おうとしたとき和樹は既に甲板に立っていた。

「なんだぁ、このガキ」

「どっから出てきやがった」

変な子どもがいる。船上の和樹を除く彼らが最初に思った、全員共通の心情だった。そして次第に彼らの顔が疑問から驚愕に変わっていく。

さっきの会話から察するにどうやら知り合いのようだがそれにしたって出てくるのが急すぎる。しかも魔法の波動も感じなかった。いったいどうやってここに、 しかも魔法も使わず何の乗り物にも乗らず・・・

「ごめんなさい・・・・・・初めてだから、多分・・・手加減できません!」

それが彼らの聞いた最後の言葉らしい言葉だった。

「おおおおおおおー!!」

瞬間和樹の髪が伸びた。そしてそれは腰の辺りまで伸びる。

「ファントムガオー!IDアーマー射出!!」

その言葉を受けると、澟の足元にあるそれは主の命令に従った。

「こ、これは!」

澟の足元の空気がグニャリと湾曲し始めた。いや、湾曲ではない。そう澟は直感で判断した。これは逆だ、そう、元に戻っているのだ。

そうして三秒ほどが経過した後、宙に浮かんでいるのは、まったく見たことのない、異様な形の戦闘機だった。

20メートルはあろうかという白と青を基調としたカラーリング。翼は無く、代わりに左右から前面に突き出た腕上の何かがついている。

和樹がファントムガオーと呼ぶそれは、真正面に設置されたシャッターを開けると、そこかからこれまた白と青にカラーリングされたトランクを射出する。

そしてそれは和樹の頭上に届いた瞬間、中から黄金に輝く光を飛ばす。

「イーーーーークイッーーープ!!!!」

獣の雄叫びのごとく吼える和樹。それに呼応するかのように、光は彼の足に、腕に、胸に、腰に、肩に、そして顔へと巻きついてゆく。

和樹は左腕を構えるように突き出した。すると彼の身体を包むように左手から緑色のオーラが生成される。

そして左手の甲に輝く文字は・・・・・・‘G’

そしてそれらが、終わった。

「な、何なんだ・・・・・・てめえ」

光がやんだ後、そこに残っているのは金色の鎧を身に纏う戦士の姿だった。

鎧といっても二の腕や腹、首にはまったくと言っていいほど装備は無いが、それでもこの威圧の前に男たちはもちろんのこと、澟さえもが、何かを感じずに入ら れなかった。

足や腕には妙な装飾は無く、光こそ止んだものの左手の甲には‘G’の文字が依然として輝いている。肩にはRPGに出てくる騎士がつけているような、盾状の ものがスラリと伸び、右胸にははっきりと‘G’の文字が装飾されていた。

額から左右に伸びた角、耳の辺りからマンモスのように伸びた角は意志の強さを表すかのように鋭く尖り、左目には片眼鏡(ドラゴン○―ルのスカウターのよう なもの)がついている。腰まで伸びた髪の毛は不思議な光沢を放ち、それは獅子の鬣(たてがみ)を思わせた。

「はあー・・・・・・」

唐突な変化の後、和樹は深い吐息をついた。そして船上の彼らに対し、今までにない程の鋭いまなざしを向ける。

「うわああああぁぁぁっっっ!!!」

圧倒的な威圧感の前に耐えられなかったのか、一人の男がマシンガンを乱射した。パニックを起こしていても狙いは正確で、弾は一発残らず和樹めがけてその爪 を立てようとする。

が、

パパパパパパパパパパパ!!

何かがぶつかるような、はじかれるような音がした。

よく見ると和樹が自分の目の前で両手をブンブン振っている。

「撃ち終わりました?」

「え?・・・・・・」

和樹がいつの間にか握っていた両手を離す。

「な・・・・・・」

バラバラと音を立てて、弾丸が、一発残らず地面に落ちた。

「う・・・・・・」

嘘だこんなこと、と彼は言いたかったらしいがその言葉の半分もいえなかった。

和樹が、超人的スピードと踏み込み、その末に生まれる重量を加味した、音速の拳を叩き込んでいた。

「え、ごぶあぁ!!」

とてつもない衝撃を受けて、マシンガンの男がぶっ飛んだ。そのままコンクリートの壁に激突、めり込んでいた。上半身はまったく見えず、下半身も力無くぐっ たりとしている。

「はあああああああっっっー!!」

和樹の身体を再び緑色のオーラが包む。その光を受けて、和樹が動いた。

一人の男をアッパーカットで仕留める。と、その男が中を舞う頃には既に和樹は違う男の後ろに回ってその首筋に手刀を打ち込んでいた。

「この、クソガキがぁ!!」

一人が和樹に向かって、持っていたアーミーナイフを振り下ろす。だがこの男は学習能力が極端に低かったらしい。和樹は指二本でナイフを受け止めると彼のみ ぞおちに強力な膝蹴りをぶち込む。

「ぐふ!・・・・・・」

男はそれから一言も口を聞かなかった。

この間わずか五秒あったかどうか、

これらの驚異的な一連の動作の後も和樹の態度は変わらない。息も切らせていない。たださっきと同様、無防備な姿勢で彼らを睨み付けているだけである。

「て、てめえ・・・・・・」

「何モンだ・・・・・・」

既に彼らの頭は正常に機能していなかった。今の状態で認識できることは唯一つ・・・・・・。

早く逃げろ・・・・・・

逃げなきゃ殺される・・・・・・

こいつは人間じゃない・・・・・・

ましてやただの高校生でもない・・・・・・

こいつは人の皮を表面にかぶった・・・・・・

とんでもない・・・・・・バケモンだ・・・・・・・・・・・・

「僕は・・・・・・」

そのバケモノはゆっくりと口を開く。そして、宣言するように、彼らに向けて言い放った。

「僕は・・・・・・エヴォリュダー・・・カズキだ!!」





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