第八話 ゾンダー再来
船の上の男たちは次々と沈められていった。
一人が銃を乱射すれば、和樹は弾を叩き落としながら勢いそのままに殴り飛ばし、刃物で切り掛かろうとすれば同様にその獲物ごと蹴り飛ばす。
余りの凄絶さに、澟はただ呆然とするしかない。
しかしそれは無理も無いことだった。回りの連中が弱いのではない。和樹が強すぎた。しかも強さの質そのものが違う。
澟の場合、まず相手の動きをある程度予測し、それによって反応速度を高めている。つまりは今まで培ってきた勘と経験による強さである。澟に限らず人間全て
がその範疇に入るといって良いだろう。しかし和樹はそんな経験など一度に吹き飛ばすような強さを待っている・・・・・・。それがひしひしと伝わってくる。
それが証拠に、和樹は相手の行動後に動いていた。つまり絶対によけられない、そんな絶妙なタイミングから繰り出された一撃でも、見事に対応し粉砕してい
た。
つい先ほどまで弱々しく笑っていた、欠点だけ集めて作られたようなダメ人間のナポレオンに様な彼が、である。
そんなことを考えているうちに、最後の一人がついに地に伏した。最後に残ったといっても一番後ろにいただけの話だったが。
「・・・はあー・・・・・・」
全員が倒れたのを確認すると和樹はとっても深い深呼吸をする。
「式森!!」
澟が近くまで駆け寄ってきた。和樹もそれに気付く。
「澟ちゃん、大丈夫?かなり危なかったみたいだけど・・・・・・」
「そんな事はどうでもいい!それより、さっきのアレは一体なんだ!?」
「え、なんのこと」
「とぼけるな、あんな動きが人間に出来るか!大体貴様、撃たれた傷はどうした、骨も折れていたはずだぞ・・・・・・髪も伸びているし!それに、その鎧、あ
の空を飛んでいるヤツも・・・・・一体何がどうなって・・・・・・」
更にまくし立てようとする澟だったが和樹はその先を言わせない。
「ごめん、澟ちゃん。分け合って今は話せないんだ・・・・・・」
「なんだと・・・・・・」
「正直僕も何がなんだかわかんなくてさ・・・・・・。無事に脱出できたら、最低限のことは話すよ。・・・・・・ごめんね」
和樹の態度は自分に関わるな、という拒絶ではなく、いまだけは勘弁してくれ、というお願いに近かった。
「・・・・・・」
澟は和樹の態度からこれ以上の詮索は不可能だということを悟った。正確には自分の打撲の傷が強いので気力的に限界だったほうの割合が大きい。
「わかった・・・・・・」
彼が話すと言うなら話すだろう、和樹は嘘をつかない人間であることも知っていた澟は和樹への質問を打ち切った。
「ありがとう、澟ちゃん」
「馬鹿、礼など・・・・・・痛ッ!」
澟は胸を抱えてうずくまった。今なって敵の水流攻撃の激痛がやってきたのである。あわてて和樹がそばに駆け寄る。
「だ、大丈夫!澟ちゃん!!」
「へ、平気だ!このぐらいの傷・・・・・・ぐっ!」
とは言ったもののダメージは結構深い。刀で防いでいたおかげで骨は折れていなかったが内臓をやられたらしい。
「無茶しちゃだめだって。あ、そうだ」
そういうとかずきはさっきの鎧が閉まってあったトランクに駆け寄った。なにやらごそごそやっている。何秒か経った後、和樹はなにやら袋を抱えて戻ってき
た。
「はい、これ」
そういって和樹が取り出したのは何故かドクロマーク入りのペットボトルと小箱。
「なんだこれは・・・・・・」
澟は警戒心と嫌悪感を足して2で割ったような顔をした。当たり前である。
「紅尉先生が持たしてくれたんだ。未発表の新薬なんだって。」
「・・・・・・このドクロは何だ?」
「よくわかんない」
「・・・・・・」
「あ!でも大丈夫だよ!10人に9人は成功したって・・・」
「あとの一人はどうなった・・・・・・」
「よくわかんない」
「・・・・・・」
「あ!でも使わないよりはましかも・・・」
「酷くなったらどうする・・・・・・」
「よくわかんない」
「・・・・・・」
「あ!ちなみに小箱のほうは塗り薬ね・・・」
「話をそらすな・・・・・・」
「はい・・・・・・」
しばらくの間沈黙が続く。
「澟ちゃん・・・・・」
ふと和樹は口を開いた。
「やっぱり、使わなくちゃ駄目だよ。怪我は早めに治しておいた方がいいし、それになにより澟ちゃんがそんなに痛がってるの、見ていられないよ」
「式森・・・・・・」
かあっと自分の顔が熱くなるのが判った。その原因を作った本人は訳がわからず、心配そうに顔を覗き込む。
「顔赤いよ、澟ちゃん」
「う、うるさい!」
あわてて顔を背ける澟、こんな顔を見せるわけには行かなかった。
そしてそれと同時に一つの安心を覚えていた。
正直彼が怖かった。敵に向けたあの鬼のような視線が自分に向けられることがたまらなく嫌だった。しかし今の彼は違う、たとえ髪形が変わり変な鎧を着けてい
たとしても・・・・・・・・・彼は紛れもなく、なよっちくも優しい自分が接してきた少年式森和樹そのものであることがわかる。
無論こんなことがいえる訳がないので心の中で思うだけにする。ペットボトルの口を開け、恐る恐る飲んでみる。
「全部飲まないでね、みんなの分も・・・・・・ああ!!」
「な、何だ式森!?」
「こんなところで和んでる場合じゃないよ!一刻も早く夕菜たちを助けなきゃ!!」
「はっ、そうだった!!」
ついうっかり和樹の雰囲気に乗せられてしまった、ある程度薬を残しておいて口を閉める。そして後は患部へ薬を塗るだけだったが・・・・・・
「式森・・・・・・あっちを向いていろ・・・」
「へ、なんでブベ!!」
まったく気付かない、超鈍感少年は取りあえず殴っておいた。
「な、なんですか!」
ここは夕菜の捉えられている一室。
そして彼女に近づいているのは、黒いマントに身を包んでいたあのアステリだった。
「そんなに睨むな、確かに俺はアンタをブチ殺したいが、そうもいかねえ。彼の命令だからな」
「え?」
「今回のことで彼に借りを作ったからな。まったく頭が上がらねえ」
話が見えてこない。彼、とは誰のことだろうか・・・・・・
「だが無事に連れてこいとも言われていない」
そういったとたん、アステリの顔を肌が紫色に変色して言った。ゴキ、バキ、という音とともに体の形も変わっていく。
「あ・・・・・・ああ・・・」
夕菜は声が出なかった。自分で自分の血の気が引いていくのが分る。
それくらい今のアステリは、不気味で恐ろしい存在だった。
「特別サービスだ!見せてやるよ、今の俺を!」
「なに・・・・・・これ・・・」
もう夕菜は何も判らなくなっていた。
ガルルルルルル!!
ガトリングガンの音が通路中に響き渡っている。
「くっ!」
「風椿、後ろだ!」
伊庭が叫ぶとほぼ同時に紙片を取り出し、扇状に展開する。弾丸は全てそこから生まれた結界に阻まれる。
玖里子は間髪入れずに懐から新たな紙片を取り出す。
そしてそれを彼らに向かって投げた。
「ジェンジチェンピン!!」
たちまち紙片が折りたたまれ、刀を構えた騎士へと変化する。騎士たちは剣を構えると彼らに向かって襲い掛かった。
「斬!」
刃が振り下ろされ、ドサドサという音とともに男たちが倒れていく。
「そっちも片付いたか・・・・・・」
玖里子が振り向くと、伊庭が倒れた男たちを座布団にして立っていた。
「まったく、三國無双じゃあるまいし・・・・・・いつまで出て来るんだよ」
「そうですね・・・・・・」
この二人は偶然にも出会うことが出来た。その結果二人分の敵を相手にすることになったのだが、今ちょうどその敵を全員倒し終えたところだった。
「澟は大丈夫でしょうか・・・・・・」
「信じるしかあるまい」
合流するより夕菜のいるところで落ち合ったほうが早い。きっと澟もそう考えるはず、と二人は考えたのだ。
「しかし、これじゃホント百人切りまで行くぞ・・・・・・おまえこそ・・・」
「万夫不当の豪傑よ、ってか・・・・・・」
突然殺気めいた声がした。ぎょっとして二人は辺りを見回す。地獄の閻魔もかくや、というぐらいのドス黒い声。
しかし二人が驚いたのはそれだけではない。誰もいないのである。気配すらしない。更に、声があらゆる方向から聞こえてくる。まるでスピーカーから音声が響
いてくるようだった。
「何処だ・・・・・・どっから来る・・・」
伊庭が銃を構えなおし、玖里子は霊符を広げる。敵の襲撃に備え、気配を研ぎ澄ます。
そしてその二人のいる通路の壁から、
紫の腕が・・・・・・伸びた・・・
「ゾオォォォォォォンダアァァァァァァァ!!!」