こうして今に至るわけだ。
「さて………式森君について話す前に、君たちには知ってほしいことがある」
紅尉晴明は、宮間夕菜に向き合いながらその長い髪を揺らめかせた。
いまだに物々しい雰囲気を漂わせている。今までにもこんなことはあったが今日は格別だった。
そして同じころ、そことは違う一室、宇宙開発公団本社ビルの地下の一室ではまったく同じ内容を、金髪美人と剣豪大和撫子が、今まさに聞こうとする真っ最中
であった。
「まず二人とも、機界大戦という世界規模の事件から話そうかな」
自分をここまで連れてきた張本人、式森雷王と呼ばれる金髪の男は、ソファーに座って、テーブルの向こうにいる二人にそっと話しかける。
彼は紅尉と違い、話すことにそんなに抵抗を感じているようには思えなかった。むしろ今すぐ話したいような、そんな表情をしている。
「機界大戦って………?」
「知らないのも当然さ。君たちが生まれる前だし、何より………」
雷王は一つ一つ、ゆっくりと言葉を選んでいた。
「この世界で、そのことを覚えているのは、ごく一部だからね」
今からおよそ18年前、世界を恐怖のどん底に叩きつけた大事例。人が死に、森は焼き払われ、それまで人類が培っていた栄華は、その時を境にいとも簡単に砕
かれたのだ。
今まで世界中に例を見ない出来事、それが機界大戦である。
西暦20××年、人類は一丸となって、とある敵に文字道理の総力戦で持って闘うことになった。
先ほど今まで例を見ないと書いたが、それは当然だった。人々が直面した『敵』は、まったく予想だにしないものだったからだ。
どんな物だったのか、色々説がある。地球に眠っていた古代の遺産とか、異次元からこちらを攻撃してきた侵略者とも言われている。
しかし当時の人々の見解はどれも『当たらずとも遠からず』だった。
「歴史書や人の記憶に残っていないということですね」
冷静さが戻った凜が言った。
「記憶を操作したって言うのが答えだろうけど……なんでそんなことを」
「理由は二つある。まず一つ目に、こんなことは覚えて痛くないからさ」
「一体何なのよ………それ?」
二人の少女は、気付いていなかったかもしれないがその額に汗が滲み出ていた。
魔法で記憶を操作するほどに、どす黒く吐き気のする出来事、ということだ。
これ以上聞くことは、何かしらの、得体の知れない『何か』に足を踏み入れることだということを、二人は本能で察していた。出された紅茶に手を付けようとも
しない
「それはな………」
第二十一話 先人達のかく語りき(中編)
「宇宙人………ですか?」
「そうだ」
宮間夕菜は目を文字通りの真ん丸にしながら目の前の養護教諭を見つめていた。
「正確に言うならば、それらは機械生命体…………高度な技術によって進化した生機融合体だった。我々の価値観からは遠く離れたものでね」
夕菜はつい数週間前に起こった出来事を思い出していた。あの自分に襲い掛かった紫色のオゾマシイ、人間として大事なものをなくしたような何か、確かにアレ
には機械的な何かが感じられた。
「彼らは宇宙の星を滅亡へと導く危険な存在だった。地球に来る前にも、既にいくつかの星は滅ぼされていたという。我々は、それを未確認生命体『ゾンダー』
と呼称し、生き残るための手段を講じた」
「で………それに対抗するために作られた組織、それがガッツィー・ジオイド・ガード、
通称GGG(すりーじー)さ」
「……………そんなことが」
「ようやく思い出したわ。少し前に資料を読んだことがあるのよ。『彼らの勇気ある心は、まさに人類の宝である』って」
「そうさ、そしてその任に当たったのが、当時俺とおんなじ役職についていた、宇宙開発公団総裁、大河 幸太郎(たいが こうたろう)。そして………」
「そして……………攻撃部隊の隊長に任じられたのが………」
夕菜と舞穂が同時に息を呑む。それはここにいない二人も同じだった。
「式森君の父親………獅子王 凱(ししおう がい)だ」
「式森の、父親が………」
「その、機界大戦の………GGGの隊長?」
「ああ、そうだ」
そこで雷王は一呼吸置いた。それは相手のためでもあり、何より自分のためでもある。
「俺たちには、やつらゾンダーに対し勝算があった。やつらにとって天敵とも言える切り札を持っていたからな」
「それが、和樹が乗っていた黒いロボットなのね」
「……………半分正解だよ。玖里子ちゃん」
「「え?」」
二人の少女の反応は、シンクロナイズドスイミングさながらの呼吸の合ったものだった。
「つまりは、あのロボット―――ガオファイガーと言うんだが―――その動力になっている無限情報集積回路、Gストーン(じー・すとーん)と呼ばれる宝石が、我々が生き残る唯一つの、たっ
た一つの生命線だったのだ」
「じー………」
「すとーん?」
「そうだ」
紅尉は席を立ち、壁に近づいた、するとそこから突如として亀裂が入った。いや、亀裂ではなく、引き出しだった。大人の手が一つちょうど入るぐらいだ。どう
やら紅尉の魔力に反応する仕掛けらしい。
おもむろに何かを取り出すと、それを夕菜の手のひらにそっと降ろした。
「これがGストーン………」
「にゃー、きれい………」
舞穂はもとより、状況を把握していない夕菜にも、その神秘的なポテンシャルを感じることが出来た。
六角形で、緑色。大きさはちょうど手のひらに収まるぐらいだろうか。宝石としての価値だけでも相当なものだというのが素人目にもわかった。
「Gストーンは、それ自体が無限情報集積回路であると同時に結晶回路を利用した超々高速度の情報処理システムであり膨大なエネルギィの抽出源でもある。何
より、ここから発せられる『Gエネルギー』は、ゾンダーから発せられる魔力を完全に無効化できる。GGGはこれを利用することによって、敵の宇宙人たちを
撃退することに成功したんだ」
信じられない話だが、そもそも起こっていることが非現実的だ。信じざるを得まい。
むしろこれによっていくつか疑問も解消した。
あのロボットも、そしていま自分たちが乗っているこの巨大飛行船も、今時分の手の中にある未知のアイテムによるものだとすれば納得がいく(強引に自分を納
得させられる)。
「さて………ここからが本題だ」
「まずはこの写真を見てくれ」
雷王は一枚のスタンドに入った写真を取り出し、玖里子と澟に見せた。写真の中では、先ほど基地で見かけた人達と同じような制服を着た人たちが集まってい
た。
雷王よりも立派な金の髪を生やした背の高い中年。
緑色のモヒカンヘアーの、何だか柄の悪そうな筋骨隆々のおやじ。
一ヶ月以上風呂に入ってなさそうなモヤシの様なヒゲ面男。
ナイスバディの………これまた金髪のアメリカ系の白人女性。
快活そうに笑う、少し小太りな恰幅のいい青年。
そして…………
「あ、この人は………」
「式森のペンダントに写ってた人ですね………」
澟と玖里子が指したのは、赤い髪の女の子だった。
なんとなく子どもっぽいあどけなさが残る、ウサギのような髪型が似合うかわいらしい少女。
「そいつが、和樹の母親の卯都木 命(うつぎ みこと)。で、その隣
にいるのが………当時二十歳の獅子王凱」
じっくりと、その顔を覗き込む。
燃えるような緋色の長髪はまさに獅子の風格を漂わせ、銀を帯びた青の瞳は、海の壮大さを感じさせた。
なにより、
「なんとなく・・・・・・・・・わかるわね」
「そうですね、何処となく……似ています」
ガラス越しに二人を見つめるその青年の笑顔は、まさに自分たちが接してきた少年、式森和樹の時折見せる笑顔そのものであった。
「でも・・・・・・・・・如何してこんな真っ白いマントを着てんの?」
「そうですね、これだけどうも違います。しっくりこないと言うか、違和感が在ると言うか………」
確かに、彼の格好は妙だった。写真には20××年7月12日と書いてある。
つまりは夏の季節だ。こんなマントを首からズッポリ被っていたら、暑くてしょうがないだろう。
「この写真を取ったとき、あいつは一次装甲を外していたからな。そのときは、こんなマントをつけたのさ」
「一次装甲?」
「ああ、あれ外しちまったら、あいつ内部が丸見えになっちまう」
「内部?」
「うん、まあ…………つまりだね……」
ここで始めて雷王が顔を雲らせた。それは、話したくなくても、話さなければならない現実。そのジレンマから来るものだった。
「あいつは………」
この後二人は、首を突っ込んだことを何よりも後悔した。
そこにあったのは、夢ならば覚めてほしいと、誰もが願う現実。
しかし、その期待が、淡く儚い物であることを………彼女たちは本能で、これまでの経験で解ってしまっている。
そんな絶望感にも似た感情が………このあと彼女たちを襲う。
「凱のヤツは・・・・・・・・・首から下は、機械な
んだよ」
「何………ですって……?」
「獅子王君はもともと、将来を約束された天才的な宇宙飛行士だった………しかし突如として飛来したゾンダーによって、彼の乗ったスペースシャトルは大破。
彼自身も、生きているのが不思議なぐらいの瀕死の重傷を負わされた」
「免疫なんかの問題もある。あいつがが生きる方法は、身体を全て人工臓器に置き換える事だけだったんだ。Gストーンの持つ超能力を利用するしかなくなっ
た。そしてその結果、自分の体の内90パーセント以上機械の、サイボーグが誕生したったつうわけだ」
夕菜も舞穂も、別の部屋で同じ内容のことを聞かされていた玖里子も澟も、頭が働かない。
一体この人は何を言ってるんだろう。
サイボーグ? 首から上は機械? 生身なのは頭だけ?
その凍った口を、ようやくこじ開けた夕菜が細々といった。
「それじゃあ………魔法も……………?」
「そうだ、もちろん魔法は使えない。だがゼロでは無い……」
その時、紅尉はこれまで誰も見たことがない悲痛な表情をしていた。
「今でも覚えているよ。全ての手術が終わって、私は検査のためにここへ来た。そしてまず魔法回数を図ろうとした。そうしたら何がおきたか………分かるか
ね?」
「「………………」」
「何も起きなかったのさ、装置がまったく起動しない。きちんと腕部に巻いて、手順にも誤りはなかった。それなのに、まるで反応が無かったのだ」
二人の顔が、苦痛にゆがんだ。紅尉が何を言わんとしているのかがよく分かる。今すぐにでも耳を覆いたい。それでも………出来なかった。
「それって………」
「そうだ……………………機械はそこに人間を感知しなかった! 認識しなかったんだ
よ! 『お前は人間ではない』と、それは無慈悲にも宣告したんだ………。畜生め………」
「それは獅子王君以上に、雷王を含む身内全員を打ちのめした。魂が半分抜けて、生きる屍とはまさにあのことだ。私も呪いたくなったよ………彼の運命
を………。いくら装置を近づけていても、スイッチを入れようとしても………モニターに移るのはいつもこの一言だけだ。『しっかりと、患『者』の腕部に取り
付けてください』それだけがいつも………点滅していた」
舞穂のほうから、ぐすんと、鼻をすする音が聞こえた。
夕菜たちも今すぐに泣き出してしまいそうだった。
どんな気分だろう?
それまでの自分を根底から否定されるなんて………
しかしそれを話した本人は、むしろそこから少し表情を和らげた。
「しかし、彼は挫けなかった。むしろその体が、彼の正義感に火をつけた。機械の体が何とか五体満足に動くようになると、彼はその身体を使ってゾンダーと闘
うことを決意したんだ。それもそのとき彼を動かしていたのは復讐心じゃない、使命感だ。もちろん敵を憎む気持ちはあるだろう。けれども人を愛し、人類を守
りたいという気持ちは………それよりはるかに大きかったのだ」
澟と玖里子は、ため息をつく事さえ忘れていた。
「なんか………私たちには、出来ないわね」
「そうですね………私なら、敵を呪って、切って………それでお終いです」
人は憎むことが簡単に出来る生き物だ。
けれど、それでは何も生まない。復讐を遂げたところで、それからは何も出来ない。
それが分かっていても止められない、手は動く、ナイフを握る、そしてそれを………心臓に突き立てる。
ここにいる二人はそれを知っていた。玖里子は裏の世界で、そうやって夢を希望もドブに捨てられ、復讐に眼をぎらつかせてきた人をいやというほど見てきた。
澟の実家はそもそもがこうしたことの後始末だ。人に弄られ、刺され殺され裏切られる。そこから生まれた悪霊を退治することで生計を立てる。
人を踏み倒し、そこから生まれる怨念を知りつつも、また生み出さなければ成らない。悪祓いと呼ばれながらも、結局はその悪霊に頼らなければ生きていけな
い。そんなパラドックスを………二人は言葉でなく、先人の態度と行動で染み込まされた。
「ま、人間そんな捨てたもんじゃないって事さ」
そういうと雷王はすっかりぬるくなってしまった紅茶を一気に飲み干した。二人もそれに従う。唇から咽喉に至るまでがすっかり砂漠だ。
まずい紅茶に三人が顔をしかめたのは言うまでもない。
「んで、話を戻そうか、そのことはオイオイ話すよ。凱のやつは立派に闘って、そして勝った。英雄だよ、あいつは………人類どころか、宇宙全てを救ったん
だ。ところが、だ…………」
二人は身構えた。もうどんな事実を突きつけられようとも構うものかと、二人は腹を括った。
「最後の戦いが終わったとき、あいつの身体に変化が起きた。今でもどうしてあんなことが起こったのか、紅尉もわからんそうだ」
「それは一体?」
雷王は一呼吸置いた。
「うん………あいつの体がな、人間に戻ったんだ」
「「え!?」」
「そんなに二人とも驚かないでくれ。さっきも行ったが、何でそんなことになったか今でも不明なんだ。ただな、元に戻ったあいつの体は正真正銘人間のもの
だった」
何だが頭がこんがらがってきた。要するに機械になった男が、敵を倒したら人間に戻った、ということだろうか?
「そんでな、ここからが奇妙でな。ほんとに人間に戻ったのかどうかっつうと、厳密にはそうでもない。あいつは………『戻った』んじゃない。『進化』したん
だ。Gストーンとサイボーグの体が融合してな」
「しんか?」
「進化………あ!」
澟ははっとなった。 「進化」すなわち「エヴォリューション」 さらに船の上での戦いのとき、式森は確か……自分のことを…………
「あいつの体は人間としての機能を保ちつつ、さらにそれ以上の身体能力を持つ、超進化人類へ生まれ変わったんだ」
「それが………エヴォリュダーだよ」