第二十二話       先人達はかく語りき(後編)



「エヴォリュダー………」

夕菜の中には不思議な響きがあった。

そんな夕菜の反応を知ってか知らずか、紅尉は話を続けた。

「エヴォリュダーには魔法能力こそないが、恐るべき能力が備わっていた。人知を超えたスピードとパワー、聴覚や視覚、嗅覚などの感覚機能は野生動物をはる かに凌駕する。さらに融合したGエネルギーを全身に纏うことにより、短時間ならば水中や地中、果ては宇宙空間までも移動できる。ベヒーモスなど足元にも及 ばない、それはまさに究極生物と呼ぶに相応しい代物だった」

「じゃあ、和樹君も?」

舞穂の質問にも、紅尉は真顔で答える。

「その通り、エヴォリュダーの能力が遺伝したんだ」

「でも」

夕菜がふと口を開いた。

「和樹さんはサイボーグになんかなってませんよ。サイボーグとGストーンが融合して、その人はそうなったんですよね」

「………これは私の推測だが……式森君は一度サイボーグのような状態が永く続いたことがある」

「あ………幽霊、ですか?」

「そうだ、あれは極めてサイボーグに近い形態だ。 脳はきちんと働いているのに、魔力がまったくゼロという、奇妙な体。 そして人間に戻ったときに、エ ヴォリュダーの能力が開花し始めたのだ」

「何で紅尉先生はそれに気付いたの? 舞穂たち、和樹君の側にいてもずっと気付かなかったよ」

「それも獅子王君と同じ反応を示したからだ。本当に人間になったのか、私は一度検査した事があった。今度の機械は反応した。誰かが飛んだり跳ねたりして多 少機械が壊れたがね」

紅尉が苦笑混じりに言う。

「しかし反応が過ぎた」

「過ぎた?」

「そうだ。瞬く間に機械が反応を示したところまでは良かったのだが、問題はそこからだ。ものの5秒もしないうちにメーターを振り切り、あっという間に」


パチン!


紅尉が指を鳴らす。

「壊れてしまった。今までの式森君と同じようにね。魔力がないというのはその事だよ。余りに強すぎて使い物にならないんだ。使えばたちどころに世界は滅亡 だろうからね。幸い、エヴォリュダーの力が抑えつけたのだろうな。式森君と違い、勝手に暴走することは無かった」

「エヴォリュダーの力に目覚めてなかったから、和樹さんは魔力の暴走が起こったんですね」

「その通りだ。油断は禁物だが、おそらく暴走することはもう無いだろう」

少しばかり、夕菜たちに血色が戻った。









「それで………その凱さんは、今何処でどうしてるわけ」

「しらん」

「知らないって………どういうことですか!?」

それほどまでに強い力の持ち主が何故? という少女たちの疑問は至極当然だった。しかし彼女達の目の前にいる長官は、わざと淡白な顔をしている様に思え る。

「………ゾンダーは壊滅して、GGGは国際救助隊として活動していた。まあ、サンダーバードみたいなもんだな」

そう言うと、雷王はおもむろに箪笥から取り出した飲み物を取り出した。玖里子も澟も、その匂いからなんとなく察しはついた。


アレは酒だ!




「そして17年前、ある宙域でゾンダーとはまったく違う宇宙人達が悪さを起こしてな。星を一個一個破壊するゾンダーと違って、こいつらのやらかす行動は宇 宙を一気に滅ぼしかねない。それを知ったとき宇宙崩壊まで猶予はもう殆ど無くてな、GGGはそこまでの遠征を希望したが……」


彼は一気にグラスに注いでそれを飲み干すと、それまでの素っ気無さが嘘のように一気に喋り立てた。


「……国連事務の石頭どもにはそんな事を信じなかったんだ! そんなことは在りあえないと! 起こっているとしても滅亡までには猶予があるだろうと! そ んなことよりも重要なのは地球を発展させる方が先と考えたのさ! 頭カラッポのボケナスがよ!」

雷王の目には涙がにじんでいた。やるせない悔しさがこみ上げているのが傍目にも分かる。玖里子も澟も、何もいえない。慰めなんて出来るわけが無い。

「しかし、凱たちは宇宙へ行くことを決意した! たとえ承認が降りなくとも、それがあいつ等の『勇気ある誓い』だったからな! けど、そう決意したGGG に………」


ヒックッ、と雷王からシャックリがきこえた。酒のせいか、それとも………やるせなさか………

十秒近く、肩を震わせた雷王はようやく落ち着いた感じで話した。

地球圏追放令が出されたんだ」

「なんですって!」

「嘘でしょう!」


地球圏を追放など、死刑に等しい罪だ。1964年に国際法によって制定がなされたものの、人権無視といった点から使われることなどまったく無く、つい5年 ほど前に廃止が決定された。

ある意味死刑よりも辛い。一体何をすればそんなことになるのか?
金髪の男は至って真面目だった。

「こんなことで嘘なんかつかねえよ。罪状は『国際反逆罪』」


そういって二杯目を一気に飲み干した雷王は、また先ほどの銅鑼声に逆戻りした。


「だがな! 俺達に言わせりゃ、あんなもんは反逆でも何でもねえ! それなのにだ! 国連上層部は奴等は悪だと世界中に伝えた! 地球を救い、今また宇宙 を救うために、いつ終わるとも知らずに旅立ったGGGを、くだらない見栄の為に大罪人と罵ったんだ!!」

こっちにまで酒の匂いが移ってくるが、二人ともそんな事を気にしている余裕など無い。




余りにも残虐だ


余りにも不条理だ


余りにも…………無慈悲だ




「ああ………悪かったね、怒鳴っちまったりして」

「いえ……そんなこと」

「サンキュ、で………凱達が宇宙に出たその直後、すぐに宇宙崩壊現象が起こり始めた。あの時の国連事務の連中の燻製みたいな顔を見せてやりたいぜ。でも、 それは3ヶ月ぐらい立つとすぐに収まった。みんな分かったよ。GGGがやってくれたんだってな………しかしだ!


どんっ! とテーブルを叩く音が部屋中に引いた。玖里子も澟もその瞬間びくりと体が震えたが、すぐにピンと来た。


目も虚ろで、顔が紅潮している。


つまり………


(澟、これって………)

(はい………多分酔ってます、しかも相当

(まだ、二杯しか飲んでないのにね………)

恐る恐る澟が尋ねる。


「あのう………もしかして酔って…」

「GGGが去った後に一番重要だったのが後始末さ!」

「聞いてないわね………」

「はい……」


もちろんそんな涙の叫びも、この酔っ払った父親に聞き取れるわけが無かった。









その点、この養護教諭は安心だった。重要な話の最中に酒を飲むなどという馬鹿はやらないのである。最も飲んだところで、酔う事は無いだろうが。

「後始末?」

「そうだ。ガオファイガーを含むオーバーテクノロジーの数々を、当時の国連が黙っているはずも無いからな。もし紛争や戦争にでも使われたら、間違いなく地 球は崩壊する。それだけはなんとしても避けなければならない。」

「だからみんな、ゾンダーのことを知らなかったんだね」

「そうだ。君たちは葵学園の地下室を知っているかね?」

「あのマジックアイテムが納められている、開かずの間ですよね」

「あの部屋にはある特殊な魔法がかけられている。秘密にしたい物に一定の封印を施すと、それに立ち合った人間以外は全てその記憶を忘れるという禁呪法だ。 時間をかけてゆっくりとだがね。私はゾンダーのロボットの破片にその呪文をかけた。おかげで十年もたつころには、人々はすっかり忘れていたよ。まあ、これ がばれれば禁固200年は食らうだろうがね」

そうだろう、と夕菜も思った。

人の記憶を操作するなど、あってはならないことだ。昔から魔法社会においてその手の類は最大のタブーとされてきた。増してや人類全体の記憶を消すなどもっ てのほかである。

「でも」

突然舞穂が口を開いた。

「みんな、地球を守るためだったんでしょ。許してくれるよ」

「しかし罪は罪なのだよ、栗岡君」

「罪って言うのは、悪いことをするんじゃなくて、その悪いことを悪いって思わないことが罪なんだよ」

紅尉が珍しくも目を丸くした。

「紅尉先生たちも、ずっと悩んでたんでしょ。だったら許してくれるよ。舞穂は許すよ」

こち、こち、と時計の秒針が進む。

暫くすると紅尉がゆっくりと口の端を吊り上げた。笑っている。誰もこんな表情を見たことが無かった。

「ありがとう」

「うん」

夕菜も自然と笑っていた。



「さて、話を戻そうか。私が書けた禁呪法は完璧だったが………術その物には大きな穴があった。これは『物』にしか効かないのだ

「え………じゃあ」

「うむ。この呪文では生まれたばかりの式森君の記憶だけは消せなかった。何度もやってみたが駄目だった。どうしてもはっきりと残っている」

「何で和樹君まで隠す必要があったの?」

「その前に一度話を戻そう。エヴォリュダーは当時の生物学者たちにとってまさに夢から出た産物だった。涎を垂らさんばかりの勢いで獅子王君に迫ってきた。 その構造パターンをどんななのか、寿命はどれ位か、もしかしたら他にも隠された能力があるのではないか。とこんな感じだ。強引に獅子王君の体を調べようと する輩まで出てくる始末だったが………」

「できませんよね」

「ああ」

Sランク召喚獣のべヒーモスでさえ足元にも及ばないのだ。そっくりそのままボコボコにされるのが落ちだろう

「考えてみてくれ、ライオンの研究をしたいが怖くて近寄れない。そうしたらどうする」

二人は数秒間黙りこくっていたが、やがてはっとした表情になった。夕菜に至っては顔が蒼白としている。

「その子供から着手するものなのだよ。普通はね。エヴォリュダーの前には敵はいない。だが生まれたばかりの赤ん坊となれば話は別だ」

「酷いです………」

蒼白な表情の夕菜が、一転して紅潮した。

「そんなの酷すぎます! 大体能力が遺伝するなんて保証、何処にも無いじゃないですか!」

「そこが科学者という生き物の不可思議なところさ。雷王はこれを『好奇心症候群』と呼んでいたがな。目的達成のためには多少の犠牲は止むなしと考える」

そういって笑った紅尉の顔は少し自嘲が混じっていた。自分もその科学者の一人、ということに矛盾を感じているのだろう。

「さらに都合のいいと言うか悪いというか………自分たちの良いように良いようにと物事を解釈していく傾向があるんだよ。親がすごい能力を持っているのだか ら子も持っているかもしれない、いや持っていて不思議はない、否持っているはずだ、持っていなければおかしい、という具合にね」

「そんな………」

「そんな顔をするな。我々は何とかして他の方法を考える必要があった。これ以上記憶を操作するのは不可能。隠し続けるのにも限界がある。まさか一生蔵の中 に閉じ込めるわけにも行かないしね。そこで考えたのが………彼の先祖から伝わる遺伝子情報だ」

「和樹さんの・・・・・・・・・遺伝子?」

「そうだ、彼が葵学園に入学するまでの17年間だけなら何とか隠し通せる見込みがあった。あそこには優秀な家系がたくさんある。式森君の先祖に優秀な魔術 師が沢山いることは事実だったし、彼らに式森君の遺伝子を囮として見せつけることで、獅子王凱の息子だということを―――エヴォリュダーの存在を隠したん だ。落ちこぼれといわれていた少年にそんな資質がある事が突然分かったのだ。誰もそれ以上のお宝が眠っていることなど、疑いすらしないだろうからな」

そういって、手元にあったティーカップを口に運んだ。これは先ほど淹れ直したものなので温度に問題は無かった。

「そして、事は予想以上に上手く運んだよ。宮間家も、神城家も、一番頭の切れる風椿家ですら我々の目論見には気付かなかった。少々私の方が驚いたぐらい だ。皆、式森君の遺伝子を見つけた事について、まったくの『偶然』『幸運』だと本気で信じている。それが私たちの仕掛けたトラップとも知らずに ね」

「じゃあ………葵学園のサーバーに侵入した探魔士って言うのは………」

夕菜達が和樹に目をつけたきっかけ、それは名も知らない探魔士だった。

そいつは勝手に葵学園のデータベースにハッキングすると、そこに登録されている学生の情報を盗み出し、地下市場と呼ばれる情報の溜まり場にばら撒いたの だ。

それがもとで、和樹の遺伝子の事が発覚し、今の自分たちの日々がスタートしたのだ。今の話が本当だとするならば、その人もグルということになる。

「そう、我々の仲間だよ。時期を見計らって式森君の魔力データを盗ませたのだ。もちろん事故に見せかけるようにしてね。私としても、冷や汗物だったよ。ま ず戸籍から隠さなければならない。正真正銘、雷王たちの息子だということで出産記録も改ざんしなければならなかった。恐ろしく手間が掛かったが………」

紅尉はそこで一呼吸おく

「達成感はそれまでに無いものだったよ………」



暫くの間、三人の間に沈黙が降りた。誰も口を開こうとしない。しかしそれは当然のことだった。

この場にいない澟と玖里子も同じだった。

要するに自分たちの家は、目の前のこの男達にいい様にしてやられたのだ。誰にも知られていない秘密を知ったつもりで………その実、掌で踊らせられていたの だ。

そしてその上で、馬鹿騒ぎを起こし、挙句の果てに建物の崩壊を何度招いたことか…。

なんと滑稽なことだろうか………

まったく持って、情けないことだった………

けれど……………




「ふふふふふふふ………」

「玖里子さん?」

「ふふふ……アハハハハハ!」

玖里子の口からは笑いが止まらなかった。笑うべきところではとてもない。しかしそれでも………笑わずに入られなかった

「ふふふふ………あ、ごめんね。でも、笑うしかないじゃない」

「え?」

「私たち………家の命令でここまで来たでしょ。逆らってるつもりでも、遺伝子が目的じゃなくても、結局は従ってた………」

「……………」

「でも! でもね、ナンカ嬉しいのよ。こうして全てを知ってから見ると、自分たちの家なんか絶対じゃないって思えてくる。天動説唱えてて、地動説知った天 文学者みたいにね。自嘲かもしれないけど、それでも………なんかすごく、嬉しいわ………………」

澟の顔にも………笑みが広がる

「そう………ですね。その、通りです」



家には逆らえない、運命には抗えない

したくても出来ないジレンマに苦しんで来たか………

二人にとって、こうした家系に生まれた子どもにとっては宿命である

少年少女たちにとっては、家というのは、まさに巨大な城だった

しかし、そんなことは幻想だった

二人が信じて疑わなかった難攻不落の要塞は、実際は釘一本で抜けてしまうハリボテに等しかったのだ



何事にも絶対はない



その事実が今………素晴らしく嬉しく思える。


「クックック………君達ならそう言ってくれると思ったよ……ひっく」

もはや先ほどまでのきりっとした態度が見る影も無く、へべれけに酔っ払った雷王は彼女たちに向かってにっこりと笑いかけた。

奇しくもそれは、和樹の笑顔だった………



「さあ〜〜〜〜てっと、これから来て、ひっく、欲しいとこが、ひっく、あんのよ〜〜〜ん」

そう言って(言って?)立ち上がった雷王だったが、もう既に酔いは足を侵食していた。たちまち体制を崩し、その場に倒れこんでしまう。

「ああ!」

「ちょ、ちょっとしっかりしてよ!」

「にゃみぃいってんもお! おりゃ、ふじゅうだんべさ!(なに言ってんの! 俺は普通だってさ!)」

「捨てておきましょうか?」

「でも出口が分からないわよ? 来て欲しいとこがあるって言ってたし」

途方にくれていた彼女たちの前に救いの手が差し伸べられた。




ピピピピピピピピピピピ……………ピィン




何の音かと思って音源を捜してみると、それは雷王の腕からだった。

『雷王、どうした? 応答しろ雷王。また酒を飲んでいるのかね?』

「紅尉先生?」

『神城君か?』

「良かった………この人お酒飲んで酔っ払ってしまったんです」

『やはりな………今から私の言うところに来てくれ。どの道帰れないだろう、そのままでは』

(どうする? 帰るの、澟?)

(いえ………もう、ここまで来たら…)

(そうね。とことんまで突っ込みましょう)




ここまで来たら………やるっきゃない

非科学でも何でもいい………首を突っ込もう………




二人の少女がそう決意したのと………


病室にいる式森和樹の目が覚めたのは、ちょうど同時だった………




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