第二十三話     夢と現実、そして初野 華





『………イ   ……ガイ』    



(ん?)



ふと奇妙な感覚を、式森和樹は覚えていた。



『………ガイ………ガイ………ガイ』    



(誰?)



回りは暗闇ばかりで、体はじめじめと暑苦しい。頭の中はぼうっとしている。

しかしそれでもこの声は、誰とも知らぬこの女性の声だけは、隅々まで響いていた。



「凱!」



(うわあ!)



「う………ん?」



ゆっくりと周りから光が差し込んでいった。それは、ちょうど雨上がりの雲の切れ端から、光が差し込むのに似ていた。



「何だ、命か………」



(み………こ、と?)



「何だ、じゃないでしょ。いいの? こんな所でうたた寝してて」



(この人は………)



「え?」



(そうだ………見たことある)



あのロケットの中の写真に……重なる。



「テストがあるんでしょ。宇宙開発公団専属パイロットの、選抜試験!」



(じゃあ………この人が、僕の………母さん!?)



和樹はしばらくその声に酔いしれていた。



「………ああ! そうだ、忘れてた!」



突然自分の口が大きな声を上げた。



そこで、ようやく和樹は理解した。今の自分に起こっている異変を。



(口が、勝手に…………動いている!)



声も自分のものとは違う。



どうなっている? 訳がわからない………



どうなっているのか解明したい彼ではあったが、こういった頭脳労働は彼の最も苦手とするもの。



(頭ももやっとして………ああ、わかんないよ………)



………ん?      『もやっ』と?



「やべえ! あと一時間しかない!」 



そっか………これは夢だ



人間誰しも、ああこれは夢だ、とわかるときがあるものだ。



「もう、凱ったら。遅刻しちゃうぞ〜〜。早く行きなさい」



気がつくかどうかは、まったくの運しだいだが………



その点、このことに気づくことのできた彼は幸福だった。 そう、あらゆる意味で……



「な、何だよ。まるでお袋みたいな言い方だな」



「あ………ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ………」



!?




「あ! いや、別に責めてるんじゃねえよ………お袋のことは、もういいんだ」



(なんだ! 謝るのにそんな態度!)



命と呼ばれた、自分の眼の前にいる女の子が顔を曇らせた。

それだけで………なぜか腹が立った。

いつもの彼ならば、普段の式森和樹ならばこんなことはありえなかった。

意思に反しているとはいえ、自分の口から出た言葉、というのが火をつけたのかもしれなかった。



(そういえば………この『僕』は誰だ?)



今まで考えが回らなかったが………この男の声の主は誰?



「………よし! じゃあ、行ってくるぜ!」



しばし気まずい沈黙の後、明るい声で、またも自分の口が動いた。



「あ、待って凱!」



「ん?」



(…………………え?   凱!?



「これ、持っていってよ!」



そういってさし出されたのは、金色の、卵型のロケット………彼女の写真が入った……ロケットだった。自分の意思に反して腕が機械的に動き、機械的に受け取 る。



(これって………そうだ! 間違いない!)



「なんだこれ?」



(お守りだよ)



「お守りよ!」



不思議と………声が重なった。



「わ、私のこと………忘れないように! ね?」



女の子の顔が赤くなった。それにつられてこっちも顔が熱くなる。



「バ、バカやろう………こんなん、恥ずかしくって持ち歩けねえよ」



言葉は乱暴だが、笑顔は隠しきれない。台詞の節々にうれしさが混ざっているのがよくわかった。



(そっか……父さん、こんな人だったのか………)



自分は父親を何も知らない。写真すらなかった。名前と、戦いの最中に聞いた、あの声を除いて………



(もっと………知りたいな……)



グラ・・・・・・!!






(………え!?)



突然自分の視界が……揺れた。



(ちょっと待って………これで終わり……なの?)



少年はこれまでの経験から夢の終わり方を知っていた。突然視界が暗くなり、景色がぐるぐる回るという、呼んで字のごとくの暗転。

今彼の身に起こっているのは、まさに「夢の終わり」の宣告だった。



(いやだ……いやだ、いやだ! いやだ!!)



こんなところで終わるの? 



だめだ…もっと見せてよ………




だって………父さんのこと………顔も知らない! 





どんな人かも全然、まだ……






知らない! 知 らない!
















次の瞬間彼の目に飛び込んできたのは………



乳白色の………どことも知らぬ、天井




「………何処だ…ここ?」


式森和樹は、そのベッドに埋まった体をゆっくりと起こした。


「……………」


ベッドもしろ、掛け布団も白、自分に着せられている服の色も白、目の前にあるテレビの色の白。


声は……でない、出したくない

今の状況を整理するより前に、そっちの気持ちのほうがどうしても優先してしまう。


(もう少しだけでも………よかっただろ……)


神様は意地悪だ。


確かに、今まではそんなに会いたいと思うことはなかった。望んだところで無理だし、養父母が泣くであろう事は容易に想像できる。そんなことは絶対に御免 だった(雷王はこの話題に触れると途端に涙脆くなる)。

しかし………


(会いたいって、思ってきたのに………そんなときに……あんな終わり方は無いよ)


思い切り、こぶしを握って………ベッドに叩きつけようとしても、力が入らない。


深い深いため息をつこうとした。今の自分にできることはそれだけだ。

ため息をついたら………ここがどこなのか考えよう

そう思いながら大きく息を吸い込んだところで…………



ピシャア




「あ! 目、覚めたの? よかったわぁ!」

「オウ、起キタカ和樹!」

ドアが開かれた。

大きく開けた口を閉じるのも忘れて、和樹はそこにいる女性に眼をやった。

「あれ………ミレイ!」

そこにいたのは、雷王と一緒にやってきたオウムのミレイと………

(誰?)



開かれたドアをはさんで向こう側にいるその人は、まだ年齢二十台に達していないだろうと思えるほどの若々しさを持っていた。

真紅の髪をまっすぐに伸ばして、ポニーテールにしてまとめている。「きれい」というより「かわいい」という表現が似合う感じだ。

それでいて、おどけた雰囲気は一切ない。大人らしさも兼ね備えている。すらりと伸びた肢体は抜群のプロモーションだった。

たぶんモデルも
務まるんじゃないか、なんてことを和樹は密かに思った。


「あれ……まだ調子がよくないとか? あんな戦闘の後だもん、当然よね」

そんな思考をめぐらせている間に、女の人は和樹の顔を覗き込んでいた。

「い、いえ、大丈夫です……」

「ほんとに?」

「は、はい」

「そっか……ならば良し!」

「ヨシダナ!」

女性とプラス一匹はにっこりと微笑む(オウムが微笑む!?)と、近くにあった椅子に腰を下ろした。

「リンゴでも食べる? 持ってきたんだけど」

と、彼女は右手に提げた袋からリンゴを取り出した。

「あ、いえ……お構いなく」

「気にしない、気にしない。お腹空いてるんでしょ」

「え? いや、僕は…」


グウウウウウ ウウウウゥゥゥ………


「…………」

「ヤッパ、空イテルンジャネエカ」

「す、スイマセン!」

「アハハハハ! いいわよ、いいわよ」

そういって、ジャケットから果物ナイフを取り出すと、慣れた手つきでシャリシャリとむき出した。

「あ……あの、ここは何処なんですか? 貴方は一体……」

「ここはGGGバリアリーフのエリアY(シックス)、三式空中研究所(さんしきくうちゅうけんきゅうじょ)の一室。ここはあなたの体調を管理するために設 けられたのよ、和樹君」

「僕のことを知ってるんですか?」

「もちろんよ」

陽気な声で喋りつつも、彼女のリンゴをむく手はよどみなく動いている。

「雷王ノ奴ガ、イロイロト喋ッテンノサ」

「父さんが?」

「そうよ。ここだけの話、長官さんって、ああ見えて結構、親ばかなのよ。っていうか…家族ばかかな? いつも奥さんと君のこと、話してるのよ。知らなかっ た?」

「知ル訳ネエサ。雷王ガソンナ事、話スモンカ」

肩に乗ったミレイが突っ込みを入れる。この一人と一匹は、どうやら知り合いらしかった。

「意外と恥ずかしがり屋なのね。フフッ」

「あの………バリアリーフって?」

「ああ、GGGの秘密基地の総称を、私たちはそう呼んでいるの」

「GGG?」

「あれ? お父さんから聞いてないの?」

皮をむき終え、もう切り分けに入っている。

「はい………こんなこと一度も。何か隠してるのは……最近気付いていましたけど」

ただ息子に会いたくて、こんな遠くまで来るなんて、しかも一週間も有給休暇をとるなんてするわけがない。


「はい、剥けたわよ」

「ありがとうございます………」

「おいしいわよ〜。うちの実家から送ってきてくれたんだけど」

「絶品ダゼ、ソリャ」

ミレイの言葉に目を丸くする和樹。

「ミレイも食べたの?」

「オウ」

「お腹、壊すよ。オウムがリンゴなんて食べて」

「大丈夫ダ」

「まったく………」

むすっとした和樹の顔を見て、彼女がクスリと笑ったことは、ミレイも気づいていなかった。

「あ、そういえば自己紹介。聞かれたのに、言うのまだだったわね」



一呼吸おく




「私は、初野  華(はつの はな)。華、でいいわよ。よろしくね、式森和樹君」

リンゴを食べる音が………部屋中に響いた。



BACK  TOP  NEXT




inserted by FC2 system