第二十四話       翠緑の黎明





「なんで二人ともこんな所にいるんですか!?」

100パーセント驚愕、という顔で、宮間夕菜は目の前にいる二人の少女に向かって叫んだ。

「夕菜さん夕菜さん、そんなに叫んだら響くよ。この部屋狭いから」

栗丘舞穂が必死にたしなめる。

「そんな怒んないで。私たちだって、夕菜ちゃんがここにいるなんて知らなかったわ」

「ええ、連れてくるだろうということは……何となく予測できましたが」

風椿玖里子は呆れた顔、神城凜は『ああやっぱり』という感じの顔だった。






玖里子たちはGパークで和樹たちとはなれた後のことを話した。ゾンダーが出現したあと、急いで雷王にここにつれてこられたこと。そして過去に起こった戦 い。和樹の体のことも………

夕菜と舞穂は最初、二人がここにいることに驚きを隠せないでいたが、そもそも今までが驚きの連続だ。話し終えるころにはすっかり平静を保っていた。

「はあ……で、その肩につかまっている人は………和樹さんの……お父様ですよね」

「酔ってるんです………紅尉先生に薬か何かもらえれば」

「いい加減、もうこっちが疲れたわ」

そういうと、二人はへべれけに酔っ払ったその物体を地面に放った。ドサリ、という音を立てて、二メートルを越す巨体は地面に沈む。

「にゃ〜〜〜すごい臭いだよぅ」

普通ならばここら辺で目を覚ます様なものだが、あいにく式森雷王という人間は一旦寝ると、ちょっとやそっとでは起きなかった。

「あ………もしかして」

夕菜ははっとなって、ポケットをまさぐった。

「これ、紅尉先生がこの部屋に来てから持たせてくれたんです。自分は行くところがあるから代わりに飲ませてくれって………誰とは言いませんでしたけど」

そういいながらおもむろにビンのふたを開け、酔っ払いの口の中に注ぎ込んだ。

腐ったニンニクのような臭いがする。おまけに口の中から漂う酒臭さと交わって、耐え難いことこの上なかった。思わず鼻をつまんでしまう。

「む……むむむむ、ぼげえあ!!

ぼぼん!


一瞬何が起こったのかわからなかった。

あまりのことに四人は、叫ぶのも忘れその場に立っているだけしかできない。



目の前にいた酔っ払いの口の中から突如として、巨大な音が聞こえたのだった。そしてそれが澄むと、唇と唇の間からもくもくと白い煙が立ち昇った。

やがてその煙はあっという間に、全身を覆いつくす。


そして………

「ふ………フフフフ」

不気味な笑い声。

四人娘たちはいつの間にか後ろに下がっていた。自分で考えたのではない。本能が「これは危険」と足に訴えたのだ。



「ふっか〜〜〜〜〜っつ!!」




あっという間に体を覆っていた煙は晴れ、中からは、血色のいい青年……もとい中年が姿を現したのだった。

「いや 〜〜〜、さっすが、紅尉お手製の酔い止めは聞くぜえ! 眠気覚ましにもなるもんな。まさに徹夜にはもってこいの…………ってあれ、 どうかした?」

「「「い………いえ、何でも」」」

(新手の手品ですか?)

(いや………私はあいにく、こういうのを見た事は…)

(舞穂も無い………)

(ていうか、客が引くから無理よ、これ)

これらの会話がすべて念話である事は言うまでもない。

「まあいいや、この薬は後で話すとして………」

雷王は一転きりっとした表情で四人を見た。

「夕菜ちゃんも……話してもらったな? 和樹のこと」

「………はい」

「よし………君らに、折り入って頼みがある」

















「じゃあ………その地球防衛組織って言うのが………」

「うん。GGGってわけ」

式森和樹は、もう何十個目かわからないリンゴを口の中に放り込んだ。

「あなたのお父さんは、宇宙開発公団の総裁をしながらずっと、この役職に勤めてきたのよ」

かみ締めると、甘い果汁が口いっぱいに広がる。

「そう………ですか…………」

しかし当の本人は、そんな風に甘い気持ちになれるわけではなかった。

「何で……もっと早く教えてくれれば……」

「和樹君………」

「だってそうでしょう! 夕菜だって……皆、みん な死なずに済んだのに!」

怒りと悔しさと………後の残りはわからない。息子の能力を黙っていた父に、何を思えばいいのかわからない。そんな心情を、ごっちゃにした表情だった。

「父さんは………賢人会議のこと、前から知ってて………知っててそれで………!!」

「あなたの気持ちはわかるわ。何で最初から言わなかったんだって………でもね、長官の気持ちもわかってあげて」

「父さんの………気持ち?」

華の表情は変わらない。ただまっすぐに………優しい目で、和樹を見ていた。

「GGGの中で、一番今回の事件を憂いているのは長官なの。いつも大きな声出して笑ってるけど………あなたを巻き込ませたくない思いは、人一倍強いわ」

「オカゲデ……イツモ傍ニイル俺ニ、愚痴ッテンノサ」

華の肩に乗っているオウムは、『ヤレヤレ』といった口調で喋っていたが、和樹には伝わっていた。

ミレイもまた、雷王を心配していることが………

「けど………」

「どこかの魔法使いの男の子の話……知ってる? イギリスだったかな?」

「?」

「その子、自分が魔法使いだって知らずにおじさんとおばさん夫婦に育てられて………ある日突然、自分が魔法使いだって知らされるの」

「それってもしかして、ハ…」

「名前は言わないでね」

「法ニ触レルカラナ」

「???」

何を言ってるのはさっぱりわからない。法?

「自分の正体を知っても、魔法使いの子はあまりその夫婦の事を責めなかったわ。それはまあ、余りに急だったとか、今までのその子に対する待遇が良くなかっ たとか、いろいろ有るけど………」

彼女はフォークをリンゴにつきたてた。

「私は、こう思うの。男の子は解ってたんじゃないかって………」

和樹はその人の言葉を神妙に聴いていた。最初の疑問などすっかり忘れて。

「心の奥底では………その夫婦は、本当にその子のことを心配していたのよ。少なくともそれなら、自分の知る範囲でなら幸せにしてあげられる。そう思ったか ら、その人たちは隠していた。男の子も、それが解っていたからこそ………怒らなかったんだって」

「………………」

不思議だ………

「もちろん君が………戦うのが怖いっていうのは解っているつもり………いやだったら戦う必要なんてない。けど………これだけは、解って」



この人の言葉は………



「雷王さんは………血は繋がって無くても…………」




体の中に………染み込んでくる。




「和樹君を一番、愛しているから………」







まるで………春のせせらぎの様に………



森の中で聞く…………翠緑の黎明のように………







「マ、アイツハソンナ事、直接言ウ訳ネエケドナ。ハムッ」

ミレイも方から飛び降りて、オウムらしからぬ動きで器用にリンゴをつかむと、それを嘴でつついた。

「ま、まあ………それで、君が本当に戦うかどうかとは、別だけど…」

「大丈夫です」

和樹はにっこりと笑うと華の方をまっすぐに見た。

「もう、大丈夫………」

その顔を見て、華の顔にもまた………笑顔が広がった。

「そう………良かった」








カシャン




「目が覚めたかね? 式森君」

「あ……参謀」

「紅尉先生」

あれだけひどい状況の和樹を見ても、今和樹が起きていることには何の疑問も抱いていないようだった。

「何か、自覚症状はないかね? 頭が痛いとか、腹痛とか…」

普通、あれだけ派手に担ぎ込まれたら三日は寝ているだろうと判断する。すくなくとも、一般の医者はそう判断する。

「大丈夫ですよ、今のところは特に」

だが、この男―――紅尉晴明は見抜いていた。

「そうか………残念だな」

「何が残念ですか」

「この間も話したとおり、今の君の魔力は極めて安定した状態だ。何か問題が起こればよかったのだが………」

式森和樹の―――エヴォリュダーに備わる、脅威の自己治癒能力を。

「僕はよくないです」

「ふっ………おそらく、こんな問答もこれが最後だろうな………式森君」

「はい」

「話は聞かせてもらった………本当にこれからも、君は戦うのかね?」

「はい」

もう、和樹の眼に………迷いは無い。

「死ぬかもしれない。いつ終わるとも知れない、壮絶なものになる」

「大丈夫です」

少年の目に………迷いと矛盾は、無い。

「もしかしたら、君の近くで誰かが死ぬかもしれないぞ。私かもしれないし、雷王かもしれない」



死なせませ ん



そう言って紅尉を見つめた、彼のまなざしは………

「もう、誰も、死なせません」



獅子だった



「夕菜も、玖里子さんも、凜ちゃんも………今まで助けられなかった分まで、僕が助けます」

そのまっすぐな視線に、紅尉は圧倒された。

同じ部屋にいる華とミレイも同じだった。

紅尉は、それでもひるまずに聞く。

「式森君。君のそれは、いささか自惚れだよ」

「できます。してみせます!」

そういった彼の目には炎が宿っていた。憎しみや悲しみから来る負の感情ではない。

「僕なら、できます」

「式森君………」

「カズキ………」

「和樹君………」

彼の自身を後押しする………勇気の焔だった。

「それに………僕には解りました。あの時に」

そう、夕菜だけではない。彼女以外の、全員の笑顔を守ろうと誓った、あの時に。

「この力は………」



パアアァァァァァ………!!



和樹の手の甲が、光った。



勇気の誓いを……を……………その手に浮 かべて



「この力は………世界中のみんなを守るために、神様がくれたものなんだって」

「!!?」

紅尉の顔がこわばった。柄にも無く

頭の中で……記憶が掘り起こされ、フラッシュバックする。


「俺、なんとなくわかりました………この力は、世 界中のみんなを守るために、神様がくれたものだって……」



「そう…………か…」



獅子王君。雷王には悪いが………



「ならば、私は何も言わない」



この少年は、紛れも無く…………君の子だよ



「初野君。例のものを」

「はい!」

「ホントハ、コレヲ届ケニ着タンダゼ。カズキ」

「え?」

そう言われて差し出されたのは、リンゴの入っていた袋とは別の、もう一つの箱だった。

金色の縁取りに、銀色の装飾、そして………

「この真ん中のマークは…」

「そうだ、GGGのロゴだ」

翠緑の………Gの紋章。

おもむろに箱を置ける。その表情には、子供がおもちゃ箱を開けるときのような、好奇心も含まれていた。

「これは、服?」

機械的につかみ機械的に取り出す。

「GGG隊員に与えられる制服よ」

「もともと、獅子王君が使っていたものだがね。この日のために、新調した」

「オイオイ、実際ニ縫ッタノハ華ダゼ」

ミレイの突っ込みは、和樹の耳には入っていない。

「父さんが………」

手に取ってみて恐る恐る、ゆっくりと触れていく。

「隊員といったが、その服はGGG機動部隊隊長のみに与えられるものだ。つまり、この世で一人にしか、それを身に着ける事は許されない」

「機動部隊?」

また聞きなれぬ単語だ。

「GGGの中核をなす実動部隊だ。『人命の尊重』を行動理念の第一とし、その隊長には、戦闘時における行動権の七割が委ねられる。それゆえ、隊長には不屈 の勇気と人を愛する心、そしてそれに裏打ちされた強さが求められるが………君ならば大丈夫だな」

「それじゃあ………」

「うむ」

紅尉は、その場できりっとした表情をよりいっそう堅固なものにし、そして言った。





「式森和樹君。非公式ではあるが、本日をもって君 を、ガッツィー・ジオイド・ガード―――GGGの機動部隊 隊長に任命する」





凛とした声が、部屋中に響く。

「………」

「返事は?」

「敬礼はいいわよ」

「ココハ、軍隊ジャネエカラナ。隊長



和樹は湧き上がる気持ちを、手にある制服を握り締めることで抑えた。

「…………はい!」









しゅるしゅるしゅる

病人服をほどき、下着の上から渡された服を着込む。

ちなみに、紅尉と華には外で待ってもらった。

(今までに無い感覚かも………)

着心地はちょうどよかった。ぴったりと体にフィットする。

生地は柔らかく、それでいて艶があった。張りがあって、他を寄せ付けないオーラをかもし出している。しかしそれも、自分の前には一切従う。触れている指 に、手の平に、吸い付いているようだった。

さらに黒と白、そして青の線が描く絶妙のコントラストが、着る者に王者の風格を漂わせる。

よく、物はその主を選ぶ、と言うが、この服はそれを見事に現していた。

最後に、金色のベストを着る。このベストも特注で、他の隊員は黄色とオレンジらしかった。

「オオ! 似合ッテンジャネエカ!」

鏡の前に立ってみた。

「うわあ………」

自分にナルシストの気は無い。

想像するだけでいやだ。

けれどこの時だけは、

この瞬間だけは………




自分のことが……少しだけ………かっこいいと思えた。



「ミレイ………」

「ン?」

「僕………がんばるよ!」




「オウ!」












「で………これからどこに行くんですか?」

「とりあえず、この中を案内するけど。その前にメンバーを紹介しなくちゃね」

と、初野華

「どのくらいいるんですか?」

「心配せずとも、少しずつ覚えておけば良い。今日は、ここの簡単な構造と、主要オペレーターに会わせる」

と、紅尉晴明

今和樹たちは、GGGバリアリーフの中央に位置する中央司令室―――メインオーダールームへ向かっている最中だった。

「そういえば………僕がこうしてここにいるのって、労働基準法に違反するんじゃないんですか?」

「アア、ソレハ大丈夫ダ」

と、これは和樹の肩に乗ったオウムの言葉。

「GGGは日本政府のどの省にも属していない、まったくの非公式な組織だ。そこには当然、超法的措置がとられているから、労働基準法に違反はしないのだ よ。裁判所が訴えようとしても……相手には見えない」

「いいんですか? そんなことして」

GGGの基地は宇宙開発公団の本社ビルに直結し、その下の海底深くに建てられている。

「おや、戦うと決意したのではないのかね?」

「そうじゃなくて………」

「和樹くん、『嘘も方便』よ」

基地そのものは四つの区画に分けられ、地表にある本社ビルはAライン。機動部隊の緊急出動や、機材の搬入を司るのがCライン。Dラインにはメイン動力炉 や、隊員たちの食堂、さらには温泉などのリフレッシュルームが設けられている。

「17年前の戦いを忘れている人たちにとって、今回の事件はとても衝撃的よ。今から全部記憶を元に戻そうとしても、パニックになるだけよ。公にしないの が、一番なのよ。わかって、ね?」

「………はい」

しぶしぶと言った感じで、首を縦に振った。

「さて………もうすぐ着くぞ」

和樹達が向かうメインオーダールームはBラインに区分されるものだ。ヘキサンゴンと呼ばれるフ ロアを中枢に、六つのエリアがそれを囲む形となって構成される。

「オペレーターって、どんな人たちなんですか?」

エリアとは、戦闘時における機動部隊をサポートするための六つの機動要塞の総称である。和樹を収容した『水陸両用整備装甲車』、今まで寝ていた『三式空中 研究所』もこれにあたる。

「何、心配には及ばんよ。ほとんど、君に近い年だからな」

「はあ?」

和樹の頭の中を一瞬妙な考えがよぎったがすぐに振り払った。まさかそんなことはあるまい………そうさ、あるわけ無いさ、絶対




しかし、そんな少年の淡い期待は………




「ココダナ」


カシャア



「あ、和樹さん!」

「式森!」

「和樹! 遅いじゃない!」

「舞穂たちずっと待ってたんだよ!」




四人の少女の声によってもろくも崩れ去ったのだった………






「あ、あれ………」




「わあ! それが和樹さんの服ですか?」

「へえ、結構カッコいいわよ」

「う、うむ。そうだな………少しだけ、男前になった気がするぞ」

「似合ってるよ、和樹君!」




「みんな、どうしてここに………」

なぜGパークで別れたはずの三人がここにいるのだ?(舞穂は、戦闘で見かけて例外としても)

しかも………

「そ、その服は………?」

和樹は自分の声のトーンが上がったり下がったりしている事に気付いていなかった。

「これですか? 私たちのGGG制服なんですよ」

「その………あくまで一意見としてだが……に、似合うか?」

「でも結構窮屈ねえ? 胸のところとか」

「何で舞穂は制服無いの〜〜?」

三人が今着ているのは、赤と白を基調としたものだった。その上からオレンジ色のベストを着ている。少しスカートの丈が短いような気もするが、それはあえて 触れないでおこう。

「栗岡君は特別隊員だからな。制服は無いんだ」

「みゅう〜〜〜〜」

「そんなに残念がるなよ、舞穂ちゃん。今度バッジでも、特別に作るよう頼むからさ」

いつの間にか少女たちの後ろに立っていた雷王が言う

「ほんと?」

「ああ、なあ両輔?」

両輔と呼ばれた白衣の老人は、にっこりと笑って見せた。

「ええ、もちろんですとも」

けれど、そんな言葉の数々が、今の和樹に聞こえるはずも無い。

やがて彼は、一つの仮説にたどり着いた。






「も、もしかして…………」

「はい、私たちは、本日付でGGG専属オペレー ターになりました! よろしくお願いしますね、和樹さん!」


もう限界だった。





ぐらあ…………






体がかたむいた。

「きゃあ! 和樹さん!?」

「ちょっと和樹!」

「し、式森! しっかりしろ!!」

「にゃ〜〜、和樹君が倒れた〜〜〜!!」




僕はひょっとして………とんでもない間違いをした んじゃ………





グルグル回る視界と薄れ行く意識の中で、式森和樹は密かにそう思ったのだった。






人類存亡をかけた、戦い。その火蓋は、今切って落とされたのだ………

少し………先行きが不安だが…………







あとがき



君たちに、最新情報を公開しよう!
式森和樹は、この日も訓練に明け暮れていた。成果が上がっているかどうかは別にして………

しかし、そうは言っていられない! ついに出現した、二体目の賢人会議の刺客、WIZ−02! 
初の連携体制をとるGGGに、勝機はあるのか? 

案ずるな! 我々には勇気がある! 

まぶらほ〜獅子の名を継ぐもの〜、NEXT『ファースト・ミッション』

次回も、この小説にファイナルフュージョン承認!
これが勝利の鍵だ! 『ディバイディング・ドライバー』



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