「護衛………ですか?」

「そうだ」

式森和樹は目の前にいる男の突然の言葉に、ただ眼を丸くするだけだった。

「明日、こっちの時間で15時43分。連合軍太平洋艦隊が、新横須賀港に入港してくる。そこに着くまでの道中を護衛するんだ」

「何でそんなこと………」

GGG作戦参謀はいつも言うことが遠回りだ。

「そんなこと、僕たちがやることなんですか? 第一、何で軍隊がこっちに来るんです? 戦争で忙しいのに」

和樹がGGGで戦う前から、連合とザフトの戦いは続いている。

それは海の上も例外ではない。

むしろそんなところを連合軍が堂々と通ったら格好のえさになること間違いなしだ。

「EVAだ」

「え?」

何か聞きなれない言葉が耳の中を通った。

だが紅尉はそれ以上何も言わない。

「………これは内閣からの命令なのだ。私が断りに行けばよかったのだが、雷王が勝手に判を押してしまってね」

紅尉は微笑を浮かべながら肩をすくめた。

「まあ、とにかくそういうことだ。君も大変だろうが行ってくれ。万が一ゾンダーが出現しないとも限らん。あと、栗岡君たちも付いていくと思うからそのつも りでいてくれ」

「あの………EVAって…」

「何、心配はいらん。護衛と言っても、せいぜいが五、六時間だ。ゾンダーが本州に出現したとして、十分間に合う」

「………分かりました」

絶対にはない際という紅尉の態度を悟った和樹はそれ以降何も言わない。

五月上旬、暖かな陽気が身にしみる、春の日のことだった。













(あの時は、なんとなく納得したけど………)

「……さん」

(軍の目的はさっぱりだったなあ……)

「ち……と、…樹」

(後でちゃんと教えてくれるのかな?)

「………森」

(でもやっぱり気が進まないなあ。折角のゴールデンウィークだってのにさ)

「か………君」

(大体軍から嫌われてるのに、何で僕たちがこんな………)

「和樹さん!」「和樹!」「式森!」「カズキ君!」

「うわあ!!」

耳元で叫ばれて、和樹は思わずその場で転びそうになった。

「な、ななななんですか突然!?」

「何が突然よ。さっきからずっと呼んでんのに気が付かないで」

「へ?」

和樹は素っ頓狂な声を上げた。

「もう付いたぞ。これから向こうの艦長に会うそうだ」

「早く行かないと駄目ですよ」

「う、うん」

少女たちに促され、和樹は急いで手元のショルダーバッグを担いだ。

「大丈夫よ和樹君。護衛って言っても、私たちがやることなんてほとんどないでしょ」

「じゃあ、甲板とか出ていてもいいの?」

「許可が出ればね」

華の答えに、ひときわ小さい少女、栗丘舞穂はうれしそうに、とびはねた。

「じゃあみんな、行きましょうか」











第二十八話       EVA










本日11時25分、式森和樹は太平洋のど真ん中に立っていた。

無論これはあくまで比喩表現だし、なぜここにいるかは冒頭を読めば分かってもらえると思う。

具体的に言うと、和樹たちがいるのはエリアU『強襲揚陸補給船』。

本来はGGGのツールの射出や、被災地への援助物資の輸送を目的に作られたものだが、この任務では護衛艦として使われてしまった。

「それにしても………空母が4に戦艦が5。おまけに旗艦になってるのは幻のオーヴァー・ザ・レインボゥ………」

「大艦隊ですね………」

「正式な軍隊ってやっぱり違いますね。こんなにお金かけて」

「余って捨てられないのよ」

華を除いて、皆が驚きを隠せない。

まあ、確かに誘拐騒ぎやら何やらで軍艦には何かと縁のあった和樹たちだが、それでもこれだけの軍隊を見るのは初めてだ。

「いったい何をしようというのでしょうか……」

「長官も何も話してくれなかったですね」

「ああ、そのことについては後で話してあげるわ」

先頭を歩いていた華がこちらの方を向いた。

「華さんは知っているんですか?」

「ええ、でも話すと長くなっちゃうから、挨拶が済んでからにしましょ」

そんな会話を続ける彼女たちの上空を、ヘリが一機、緩やかに飛んでいた。









「うっひょ〜。大艦隊だ! あ! あそこに見えるは連合軍のモビルアーマー『メビウス』! こんな所で見られるなんて………」

黒いヘリコプターの中では、そばかすの少年がビデオカメラを回していた。

「ケンスケ、あんなもんのどこがええんや?」

「その言葉、今ので千三百五十六回目だぞ、トウジ!」

ケンスケと呼ばれた少年のめがねがきらっと光った

「ホントに興味がないんだなあ」

そういうと少年はビデオを回しつつ、関西弁のジャージ姿の少年の横に座る学生服の子供に声をかけた

「碇は分かってくれるよな! この素晴らしさが!」

碇と呼ばれたその人は少しあせった顔をした。

ひょろ、とした体。顔はかっこいいと言うよりも、かわいいと言った方が無難かも知れない。

「えっと………僕は…」

「ああ! あそこに見えるのはもしや!」

(聞 いてない………)

自分で質問しといて、と思いつつも碇は何も言わなかった。

「やっぱり、間違いないよ!」

「何やケンスケ?」

「GGG………ガッツィー・ジオイド・ガード所属の『強襲揚陸補給船』だ!!」

「GGG?」

碇が聞きなれぬ言葉に反応した。

「何やそれ?」

「ミサトさん。GGGって?」

碇は一番前にいる人、ヘリコプターを運転している女性に声をかけた。

「ああ。GGGっていうのは、地球防衛勇者隊の総称なのよ」

まだ若い。大学生と言ってもまだ通用するであろうほどの美貌があった。

「地球防衛……勇者隊……」

「秘密主義で、その正体はほとんど謎のままなんだ! くうっ……俺はなんてついてるんだ!」

ケンスケの感嘆の声に、もはや返す気力もない。

「何のための組織なんですか?」

「私たちと同じようなもんよ………」

そういうミサトの声は少しばかり素っ気無かった。

「『使徒』よりは少しばかりかわいい連中が相手だけどね」

「はあ………」

「何やシンジ。お前にしてはえらい積極的に聞くやないか?」

「そんなことないよ………」

そんなことはない。

そんな事はないはずだが………

なぜか知らないが……彼はあの船に奇妙な感覚を覚えていた。

(なんだろう………あの船、すごく気になる)

自分の中で、時々胸の辺りがちくりと痛む。

(気のせい……だよね)

「そうか! 碇もついに、俺と同じ趣味に目覚めてくれたんだな!」

横で叫んでいるビデオの友人の言葉は、耳には通っていなかった。

(そうだ、気のせいだ………)






彼は気付かなかった。

その痛みの原因が、

たった一人の、同じ境遇の少年のとの、

『運命』の荊による物だとは、ついぞ気付くことは無かったのである。












「なんですか! あの人の態度!」

強襲揚陸補給船に戻った後、デッキにおいて、宮間夕菜はひどく荒れていた。

「夕菜さん、少しばかり落ち着いてください」

「そうよ。もう終わったことなんだし」

「これが落ち着いていられますか! あんな風に言わなくても!」

「夕菜さん、船が揺れるよ」

凜と玖里子、舞穂までもがなだめようとするが夕菜は聞く耳を持たない。

彼女が怒っているのは船員たちの態度だった。

特に艦長の態度ときたら超弩級だ。常に言葉の節々には皮肉があり、会話の中には必ずといって良いほど棘がある。

何とか抑えていたものの、戻ったところでこうして堪忍袋の緒が切れたのである。

「皆は平気なんですか!? 『社会科見学の子供達』なんて呼ばれて!」

「頭にはきましたが……いくら騒いでもどうにもなりませんし」

「私は取引先で慣れちゃってるしね。あんな対応は日常茶飯事よ」

「舞穂は我慢したから」

三人の態度が余計に気に入らないのか、夕菜はますます顔を膨らませた。

「でも………」

「夕菜ちゃん、あの人たちにもプライドがあるのよ」

華がポン、と肩を叩く。

「こんな戦争の最中に太平洋を横断するんだもの。文句の一つも言いたくなるわ。分かってあげなきゃ」

「そうですけど………」

「和樹君なら心配ないわよ。別に捕って食う為に体を引き裂いたりしないから」

さらりと恐ろしいことを言う華に後ろの二人は少したじろいだ。

「やっぱり心配です………和樹さん一人で……」

実のところ和樹はこっちには戻っていなかった。

和樹の役目は『自分の眼の届く範囲での護衛』だったから、近くにいないと困る。と言うことで向こうに戻ったのである。

「心配性ねえ」

「だって! 何されるか分からないじゃないですか! たとえ体を引き裂かれなくても、目玉を引っこ抜かれたり、鞭打たれたり、煮えたぎった釜に入れられる かもしれないですよ!」

「もう、そんなことないわよ」

さらに恐ろしいことを口に出す少女にも、この女性は動じない。

「和樹君はエヴォリュダーよ。わざわざやられたりしないわよ。何かあったら逃げてくるわ。それに………」

「それに?」

「和樹君には、ネルフの人と一緒にするように言ってあるから」

「そのネルフって何ですか?」

玖里子が口を挟む。

「さっきも言ってましたよね。そろそろ話してもいいんじゃないですか」

「………そうね」

華のいった三文字には不思議な力があった。

「信じられないような話よ?」

「「「いいです」」」

「舞穂もいいよ」

彼女たちの言葉を聞くと、華は少し笑って、

そして言った。


この世界の、ほんのひとかけらについて………










「この辺りに来るんだよなあ………」

和樹は甲板に一人ぽつんと立っていた。

潮風が身にしみる。

要するに、寂しい。

(いつ来るんだろう。それにネルフって………)

和樹は先ほどの華の言葉を思い出していた。

彼だけは話を聞いていたのだ。

『和樹君は、セカンドインパクトって知ってる?』

『え? あの……巨大隕石が衝突したっていう?』

『表向きはそうなってるけどね。本当はそうじゃないの』

『そうなんですか?』

『ええ………14年前、人類は、南極に現れた巨大な光の巨人を発見したの』

『光の………巨人』

そのとき、和樹は不思議な感じを覚えた。

『国連では、それを『使徒』って呼んでるわ』

『使徒?』

自分の肌がぴりぴりするような、奇妙な感覚

『そう。でも、結局調査中に巨人は消滅、原因不明の大爆発を起こしたの。そこから先は、教科書に載ってる通りよ』

南極の氷の実に4分の1が溶け、元の状態に戻るまでに、実に十四年という歳月を費やしたのである。

『そして、これから起こりうるかもしれないサードインパクトを、未前に防ぐために結成された特務機関が…』




「ネルフ………」

誰もいない甲板で、和樹は一人ポツリとつぶやく。




『じゃあ、今運んでるのは………』

『エヴァンゲリオンって言う汎用人型決戦兵器の弐号機と、そのパイロットって話よ。』

『エヴァンゲリオン………』

まただ………

またこの感覚。

『わたしも詳しくは知らないけど、使徒って言うのは、ほかにも何体かいるらしくて、それは人類に敵対してるわ』

『ゾンダーとは違うんですか?』

『もっと凶悪っていってたわ………まるでGGGなんてどうでもいい、見たいな口調でね』

『そんな………』

『そんな顔しないの。私達だって、人間を守るためにやってるわ。重さなんてないわよ』

『はい………』

『ならば、よし! じゃあ、私達は船に戻るけど、早くネルフの人たちと合流してね。向こうにも伝わってるから、すぐに分かるわ』






(………とは言っても、ねえ)

バタタタタタタタタタタ

「ん?」

急に上が五月蝿くなってきた。

和樹は空を見あげる。

「あ………あれが、そうかな?」

大型のヘリコプターが鈍い音を回転させながらこっちへ下りてきた。

和樹はあわててそこから離れる。

このままじゃ潰されてしまう。

(いよいよか………ああ、なんか緊張する!)

ヘリはゆっくりと、ずれることなくポートに降り立った。

(どんな人たちだろう……やっぱり黒服とか着たエージェントかなあ………もしかして記憶消されるかも………)

青白い光を浴びせられる自分が脳裏をよぎった。

ガラリとドアが開き、中から何人か人が出てきた。

が、

「ああ! やっと出られたで! ほんま窮屈でかなわんなあ」

「熱かったしね………」

「すごい! すごい、すごいよ! 実際に空母の上に立てるなんて夢のようだ!」

「あんまりはしゃがないでね〜。とりあえず、責任者に会わなきゃいけないから」






(………あれ?)

人違いか………この人たちがネルフ?

あまりにも自分の想像とかけ離れていた。

と、一人がこちらに向かってきた。

年は、二十、ニ、三ぐらいだろうか。黒い長髪の女性だった。

はっきり言ってかなりの美人である。

「あなた、式森和樹君?」

「え………あ、はい!」

艶のある声に思わず聞きほれてしまった。

「聞いた通りね」

「ね、ネルフの人、ですか?」

「ええ。特務機関ネルフ本部作戦部長、葛城ミサトです。よろしくね」

「は、はい………」

緊張しているわけではない。

あまりに想像と違ったことからの脱力だ。

どうも夕菜たちと出会ってからと言うもの、和樹の人との出会いは、唐突、そして奇妙すぎる。

そして戸惑いの理由はそれだけではない。

「あ、あの、僕のことを知って………」

「ええ、もちろん」

「驚かないんですか? その……僕みたいな子供がパイロットで」

和樹はさっきまでの艦長たちの態度のような態度をとられるかと思っていた。

「ああ、別に気にしないわよ、そんなこと。こっちだってそうなんだから」

「え?」

「あ、ちょうどいいから紹介するわ」

そう言うと彼女は向こうにいる三人の一人、特にこれといって特徴もない学生服の少年に声をかけた。

「シンジく〜〜〜ん! チョッチ来てくれる?」

「は、はい!」

少年はこっちへ向かって早足で向かってきた。

「さっき話した、GGGの機動部隊隊長の、式森和樹君」

「どうも………」

和樹は目の前にいる少年をまじまじと見詰めた。

(もしかして、この人が………)

「えっと、エヴァンゲリオンパイロットの……碇シンジです。よろしく」

(嘘だろ……)

見てくれからしてみればおそらく和樹よりも年下だ。

たぶん中学生ぐらいか?

「あ、うん、こちらこそ」

「ほらほら、二人ともそんなに硬くなることないわよ。何かと会うこともあるだろうし、握手、握手!」

笑うミサトに促されて、ぎこちなく二人は手を握り合った。

そのとき、シンジの顔が少し緩んだ事に和樹は気付いた。

(何だ、普通の子じゃないか)

きっと自分と同じような立場なんだろう。

自分だけの素質があって、それゆえに戦うことになっている。

そう思うと途端に親近感が沸いてきた。

和樹の能天気さは日本一だろう。

「えっと、碇君は中学生?」

「は、はい。式森さんは………」

「僕は高校生。それと、和樹でいいよ」

「は、はい。えっと、和樹…さん」

ぎこちなかったが和樹にはそれでも良かった。

「ねえ! 君が着てるって、機動部隊の隊長のもんだろ?」

突然シンジの後ろから大きな声が聞こえてきた。

ヘリから降りてきたそばかすの少年だ。

よく見ると手にはビデオカメラを持っている。

「ね、そうでしょ!」

「う、うん………そうだけど」

「やっぱり! ガオファイガーってどんな感じなのさ! エヴァンゲリオンともモビルスーツとも違うんだろ!」

「え、何でそれを?」

「もちろん知ってるよ! あれだけ派手に暴れたしね。それよりもさ、教えてくれよ! 武器とかはどんなものを使ってるんだ? 外装は? OSはどんなもの を?」

「え、えっと………」

和樹は困ってしまった。

調整とかははっきり言って夕菜達一堂がやってくれるから、自分が分かるわけがない。

自分でやろうとしても無理だろう。

夕菜達だからこそ、GGGに入るまでの短期間で職務内容を完璧に把握できたのだ。

エヴォリュダーになったとはいえ、頭の中身はやっぱり落ちこぼれであった。

シンジの方を見ると力なく笑っている。こういうやつなんだよ。という感じだ。

和樹は観念するしかなった。

(自分の知ってる限りでいいから教えよう………)

「えっと、ブロウクン・ファントムって言うのがあって……」

「何やだいぶ想像と違うなあ……」

その様子をシンジと一緒に見ていた関西弁のジャージ姿の少年―――鈴原トウジは呆れた顔でその様子を眺めていた。

しかし、

「うわっとと、っと………」

彼の被っていた帽子が飛んだ。

あわててそれを追いかけようとする。

が、

グシャ!

「ああ!」

哀れトウジの帽子は地面に着地したと同時に誰かに踏んづけられた。

「ハァイ、ミサト! 元気にしてた?」

踏んづけた当の本人はそれにまったく気付かずにミサトに叫んだ。

「あら、アスカ! ひさしぶりね。背ぇ伸びたんじゃないの?」

「でしょ。他の部分もちゃ〜んと女らしくなってるわよ」

気付いた和樹とシンジ、それにさっきからせわしなく質問し続けていたケンスケがこちらを向く。

見るとそこには同じく中学生ぐらいの女の子が立っていた。

栗色のロングヘアーを紅いヘアピンで留めてある。

クリーム色のワンピースが似合う、夕菜達とはまた違ったかわいさがあった。

その足元ではトウジがさっきから踏まれた帽子を取ろうと四苦八苦している。

「みんなにも紹介するわね。エヴァンゲリオン弐号機パイロット、セカンドチルドレン」

嘘だろ………

何でこの子まで………

「惣流・アスカ・ラングレーよ」

ミサトがその言葉を放った直後、




彼らの目の前で、スカートがぶわっとめくれた………




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