「エヴァンゲリオン弐号機パイロット、セカンドチルドレン。惣流=アスカ=ラングレーよ」
ヒュオオオオオ
赤い髪の少女のスカートが、突然の突風でめくれた。
パァン!
第二十九話
パァン!
EVA
パァン!
(中編)
「何すんのや!」
「見物料よ。安いもんでしょ」
(いたたたた………)
和樹は驚愕する暇もなく、突然痛くなった右の頬を押さえてかがみ込んだ。
ミサトが紹介した少女、惣流=アスカ=ラングレーの平手打ちが命中した右頬を。
「なんやてぇ! そんなもん、こっちも見せたるわ!」
そういうとトウジがガチャガチャと音を立てながらベルトをはずし始めた。
そしてジャージを下ろす、つもりが間違ってパンツまで下ろしてしまう。
「キャアアア!」
アスカが悲鳴を上げた瞬間、彼女の右の手の平が光った。
それはやがて色を紅に染め、瞬く間に彼女の腕を覆い尽くす。
「なに、すん、のよぉ!!!!!!」
そ
してその手でもってトウジの顔を、
ボォン!
強襲
「か、かか……かぺ……」
ドサァ………
「うわ………」
「トウジ、大丈夫!」
「多分死んだよ、これ」
シンジたちが倒れこんだトウジに駆け寄る。トウジはもはや何も言えずに、黒焦げになったその体で地面に倒れ伏した。
「ま、魔法………」
和樹は背中が凍りついた。
彼女は炎の精霊を手に集め、トウジの頬に触れる際に一気に爆発させたのだ。
こんなもんでぶっ叩かれたら、ただでは済まない。
(な、なんてことを………)
極悪さではかつての夕菜といい勝負だ。
いや、直接攻撃をしない分、夕菜の方が可愛いかもしれない。
何しろ先まで叫び声を上げていたジャージの少年は、叫ぶ間もなくノックダウンされたのだから。
「アスカ、ちょっとやりすぎよ」
「だって、あんなもん見せられて黙ってられる?」
ミサとは苦笑混じり、といった様子だ。ぜんぜん気にしてない。
さすがに変と思ったのかシンジがミサトに問いかけた。
「あの、トウジが………」
「ダイジョブよ。手加減してるから、三十分もすればすぐに動けるって」
「はあ………」
と、そこにアスカが割り込んできた。
「それより! 噂のサードチルドレンとGGG機動部隊隊長ってのはどれ? まさか今の………」
「ちがうわ、この子達よ」
ミサトは和樹とシンジを指差した。
アスカは二人に向かって一直線に向かっていき、じっと一瞥する。
「ふうん………なんか冴えないわね」
((そりゃ君みたいに冴えたくは無いよ……))
煙が立ち昇る船の上で、シンジと和樹は密かにそう思った。
「ほほお…ボースカウト引率のお姉さんと思っていたが………どうやら違っていたようだ」
皮肉をたっぷり混ぜた声で喋っているのはこの船の艦長だ。
手にはミサトのIDカードを持っている。よく見ると体重などの項目が黒いマジックで塗りつぶされていた。
「ご理解いただけて幸いです。艦長」
甲板での騒動での後、とりあえず『エヴァンゲリオン』の引取りを行うというのでここまできたのだ。
和樹としてはこの艦長さんにはあまり会いたくは無かったが仕方が無い。
でも眼を合わせたくないのは事実なので、とりあえずシンジ達と一緒に脇にいることにした。
「いやいや、こちらこそ、久しぶりに子供たちのお守りが出来て幸せだよ」
どうやらネルフの人に対しても態度は少しも変わらないようだ。
だがミサトはそれに反応することなく会話を続けていた。
その様子にシンジは感嘆の顔をしていた。
トウジとケンスケに至ってはうっとりした表情で見とれている。
「この度は、エヴェンゲリオン弐号機の輸送、ありがとうございます」
「いつから我々は宅配屋に転業したのかな」
「某組織が結成された後、と記憶しておりますが」
そばにいた副長らしき人が答える。
「おもちゃ一つを運ぶのにたいそうな護衛だよ。おかげで世話する子供たちの数も増えたようだしな」
それが自分のことを指しているのに気付くと、和樹は顔を真っ赤にした。
「エヴァの重要度を考えると足りないぐらいですが………では、この書類にサインを…」
「だめだ!」
ミサトが差し出した書簡に見向きもせずに艦長は言った。
さすがにこれは頭に来たらしい。ミサトの眉毛がぴくぴくと動き、血管が浮き出ていた。
「エヴァ弐号機及び同操縦者は、ネルフのドイツ第3支部より、本艦隊が預かっている。君らの勝手は許さん」
だが、そこは大人だ。すぐに顔を元に戻す。
「では、いつ引渡しを?」
「新横須賀港に陸揚げしてからになります」
「海の上は我々の管轄だ。黙って従ってもらおう」
「分かりました。しかし、万が一のときは我々ネルフの指揮権が最優先であることをお忘れなく」
その様子を見てケンスケとトウジはますますうっとりした表情になった。
「カッコええ………」
「こんなミサトさん、始めてみた……」
「え、初めてって、普段は違うの?」
「ええ、家ではもっとずぼらというか………」
「家?」
「コイツ、ミサトさんと同居してんのさ」
ケンスケが変わりに答える。
「それなのに、酒癖が悪いだの。ゴミを分別しないだのっていつも五月蝿いんだぜ」
「ほんまや。自分が幸せモンって事にも気付かん、アホや」
「そんなことないって。全部ホントのことだし、住んでみれば解るよ」
和樹には、シンジの心情がわかるような気がした
確かにケンスケの言うとおり、こんな美人で、しかも凛とした雰囲気を持つお姉さんと暮らせるなんてすごく幸運なことだ。
それに文句を言うなんて贅沢と言うのも解らなくもない。
しかし、女とはその外見とは裏腹に常に何かを隠している生き物だ。
夕菜や凜、玖里子達しかり、二年B組の腹黒女子達しかり。
いくら周りから羨ましいと言われても、本当の苦労は周りには伝わらない。よくは知らないが、はやり彼も苦労しているのだろう。
悲しみとやるせなさがごっちゃにした感情。それが痛いほどよくわかる。
(何かしらの親近感、覚えちゃうよなあ………)
そう和樹が思ったところで………
「相変わらず凛々しいなあ、葛城」
横から声が響いた。
誰かと思って振り向く前に。
「加持センパイ!」
アスカがかわいい声を出しながら手を振った。
「加持君! 君をブリッジに招待した覚えは無いぞ!」
「そいつは失礼。すぐに出て行きますよ」
その人物の出現にミサトは一瞬ゲッと言う顔をしたがすぐに元に戻した。
「では、新横須賀までの輸送、よろしく」
そういうと皆に行くように促し、さっさとそこから立ち去った。
シンジたちもそれに従い、加持と呼ばれた男もそれについていった。
どうやらこの艦の人たちに関りたくないという気持ちは皆、共通の思考らしかった。
足音が遠ざかったのを確認すると、艦長はチッと舌を鳴らした。
「Shit! 子供が世界を救うと言うのか、あんな子供に!」
「時代が変わったのでしょう。議会もあれに期待していると聞いています。GGGにも」
副長はその表情を動かさずに答える
「あんなおもちゃと、時代遅れのスーパーロボットにか? バカ共め! そんな予算があるのなら、こっちへ回せばいいんだ!」
艦長は窓の外にある改造タンカーを一瞥すると、苦々しげに唇をかんだ。
「新型モビルスーツもザフトに奪取されて、いったい上層部は何を考えてる!」
艦長は気付いていなかった。
タンカーの横から見える、何か巨大なものの腕が、ぴくりと動いたことを。
「何であんたがここにいんのよ!」
ミサトが、それまでの態度が嘘の様に叫んだ。
小型エレベーターがすし詰めになっている。元々小さい上にこの大人数だ。当然の結果といえた。
「アスカの随伴でね。ドイツからの出勤さ」
「迂闊だったわ……十分考えられる事態だったのに……」
ミサトは独り言のようにぶつぶつとうめき声を漏らしている。
「知り合いなの?」
「いえ、僕は………」
シンジも知らないらいしい。
和樹は前にいる人をもう一度見ていた。
黒いジーンズに、青いシャツ。黒くて長い髪をゴムで止めていた。ネクタイの止め方は乱暴だし、無精ひげを生やしているところなど、雷王にそっくりだった。
だが雷王と違って彼の場合はそれが欠点とは思えない。むしろ、硬い雰囲気をほぐし、見方によってはいい男に見えなくも無い。
ちなみに彼の隣にはアスカが陣取っていたが………
「「ちょっと、さわんないでよ!!」」
「「仕方ないだろ!」」
トウジと加持、アスカとミサトが叫んだとき、エレベーターががったんと揺れた。
「今、付き合ってる奴とか……いるの?」
テーブルの下で脚を絡ませようとするが、ミサトはそれを許さない。
「それが、あんたに関係あるわけ?………」
「あれ? つれないなあ……」
すし詰めエレベーターから解放された七人はとりあえず軽く食事でもしよう、と言うことでここに来た。
もっともこの状態で食事をしているのは加持一人だけだったが……
「君は、葛城と同居してるんだって?」
加持が自分の前に出されたパスタをフォークでクルクルと弄びながら、シンジに尋ねた。
「え、はい………」
和樹は何でそんなことを知っているのかと疑問に思ったが、その謎は次の言葉によってさらに深まることになってしまった。。
「彼女の寝相の悪さ、直ってる?」
………
……………
…………………
「「「えええええ!!!!」」」
「な、ななな何言ってんのよ!」
手元にあったコーヒーカップが盛大な音を立てて倒れた。
トウジにケンスケ、それにアスカまでもがたがの外れた声で叫ぶ。
ミサトの顔がどんどん紅潮していった。耳たぶに至るまで真っ赤だ。
この状況を理解してないのは若き少年パイロット二名だけだ。
「ええ、僕が毎朝起こしに行くんですけど、それはもう………」
「余計な事言わないの!」
「「?」」
(何で怒ってるのかな? シンジ君わかる?)
(いえ、まったく………)
こういうことに関してはまだお子様な二人だ。そのため今の状況が何も分からないのだ。
無論二人の『訳ありの関係』など気付くはずも無い。
「相変わらずかな、碇シンジ君」
「え? 僕のことを知って………」
「もちろんさ」
加持はシンジをじっくり見ると、次に和樹の方に眼をやった。
「君のこともね、式森君」
「へ?」
和樹は素っ頓狂な声を上げる。
まさか自分が話しかけられるとは思っても見なかった。
それも話の内容が『自分のことを知っている』と言われたのだから、ますます予想してない。
「何の訓練もなしに、いきなりエヴァンゲリオン初号機を動かしたサードチルドレン・碇シンジと、初陣をガオファイガーによる見事な勝利で飾ったGGG・機
動部隊隊長の式森和樹。君ら二人は、この業界では今ではちょっとした有名人なんだぜ」
その言葉を聞いてアスカの目つきがキッと鋭いものとなった。今までに無いぐらい鋭く。
「「い、いやそんな……偶然ですよ………」」
シンクロして答える二人に、加持はクックッと笑って答えて見せる。
「偶然も運命の一部さ。才能なんだよ、君たちの」
眉間にもどんどん皺がよっていくのに、気付いている者はいなかった。
海の中を、太平洋の大海原を、『それ』は突き進んでいた。
まるで、何かしらに惹かれるように、
魚たちはその存在に気付いても恐怖に駆られるようにはならなかった。
むしろ、親にでもすがる様に、体を摺り寄せる。
『それ』自身も嫌がることなく、それらを快く受け入れていた。
まるで、全てのものを包み込むように、
「どうだい、碇シンジ君は?」
「つまんない子。あんなのがサードチルドレンだなんて、幻滅」
二人は、和樹たちと別れた後、甲板に上がってさっきまでのことについて話していた。
素っ気ない様に話しているが、実のところ、今のアスカはご機嫌斜めだった。
自分の力量に絶対の自信がある彼女は、他のパイロットが上になるのが我慢なら無かった。
それもあんなひ弱そうな男の子とくれば当然だ。
「式森和樹ってのも、たいした事なさそう。大体、隊長って言ったって、魔法回数八回って奴に、大役任せれられるのかしら」
彼女はここに来るまでに、GGGの資料を読んでみた。
もちろん、ネルフの諜報部が極秘に調べた資料で。
それを呼んでみて驚いた。
成績は悪い、顔もいま一つ、運動神経最悪、一番肝心要の魔法回数にしたって一般人以下の数値しかない。
まあ、これは彼が一旦死ぬ前のデータだったが。
「しかし、彼の潜在能力は相当なものだぞ」
「潜在能力?」
「彼の先祖を調べて分かったんだが………」
加持はそこで一呼吸いおいた。
これからいうことは自分にとっても信じられないことだからだ。
「彼の家系は有能な魔術師のオンパレードなんだ。賀茂保憲に阿部康親、ポーランドのトファドフスキーに呉の董奉、スイスのパラケルススやイタリアのミラン
ドーラもいる」
「うそ!」
「碇シンジ君にしたって、初めての実戦で、彼のシンクロ率は40を軽く超えるぞ。それに………彼の魔法回数を知ってるかい?」
「え?」
「君と同じだよ」
「!」
アスカの顔が、またも歪んだ。
「十九万回!?」
「は、はい………」
和樹達はエスカレーターを一路進んでいた。
ケンスケがここの中をぜひ詳しく見てみたいというので、とりあえず回ることにしたのだ。
「すごいなあ………」
「い、いやそんな……大した事無いです」
「何が大した事無いや。ほんま人生無駄にしとるなあ、お前」
「まったくだよ。もっと才能の使い道があるだろうに」
その中でシンジから色んなことを訊いたが、殆どが驚くようなことばかりだった。
家での家事は殆どシンジが行っていて、料理はかなりの腕ということ。
その家には温泉ペンギンが住んでいて、それがもう一人の同居人ということ。
彼らの住んでいる第三新東京市そのものが、実は使徒撃退用の要塞都市であること。
そして、極めつけが彼の魔法回数だ。
「でも、十九万回なんてやっぱりすごいよ。回数が多いのは僕の知り合いにも沢山いるけど、それでも十九万回なんてそんなにいないもの」
シンジより多いのがいるとすれば、それこそ二十一万回の夕菜と幼馴染みの山瀬ぐらいだ。
「でも、そんなに使えないんです………」
「え?」
シンジはふと黙りこくってしまった。言葉を捜しているのだが適当なのが見つからない、そんな感じだ。
「えっと………言いたくないならいいよ、うん。僕もそういうのは覚えがあるから………」
和樹は何か別の話題を探そうとした。このままでは気まずくなる。それだけは何かと避けたかった。
しかし、とりあえず、今彼が即座に思いつくのはこれぐらいだった。
「そ、そういえば……面白い人だったね。加持さんって」
咄嗟に放ったその和樹の言葉に、ミサトに耳がぴくっと動いた。
「和樹君………お姉さんからの忠告だけど……」
「え?」
ミサトの口調には、えもいわれぬ凄みがあった。
思わずびくりと体が震える。
「ああいう、ぶぅあくぅあ(バカ)とは付き合わない方がいいわよ………駄目な大人になるから」
「え、でも………」
「いいわね?」
「は、はい………」
もう少し話題を選ぶべきだったと、和樹は少し後悔した。
「そこの二人!」
突然大きな声が耳に飛び込んできた。
何だと思って上を見上げる。
といっても和樹とシンジはこれが誰なのが十分わかっていた。今一番会いたくなかったし、何よりこんな人とは今まで会ったことが無い。
「ちょっと付き合って」
その声の主が、惣流=アスカ=ラングレーのものと確認すると、二人は顔を見合わせて、はあーっと深いため息をつくのだった。
二人はアスカに命令されるままに動いていた。
アスカがさっきにも似た視線を送っていたこともあるが、何より和樹もシンジも基本的に人のいうことには逆らえないのだ。
そういう意味では二人は実に『似た者同士』だった。
そんなこんなで二人が来たのは、旗艦と連結しているタンカーだった。乗船して分かったが人は驚くほど少なかった。
アスカがテントをめくって中に入る。続けてシンジが入る。和樹はいいのかな、と思いつつも入ることにした。
テントの中ではアスカが何かに手を引っ掛けている最中だった。
大きなものに布を被せているらしい。
しかし、それを下ろすのにはそれほど時間はかからなかった。
「これが………『エヴァンゲリオン』」
和樹の口からおもわず感嘆の声が漏れた。
ガオファイガーのようなごつごつした物を想像していたが、実際はそうではない。もう少し人間に近い形をしている。
シンジは同じパイロットとして見慣れているのか、それほど驚きはしなかった。
「紅いんだ。二号機って」
「違うのはカラーリングだけじゃないわ」
横たわる弐号機の上に立ってアスカがそういった。
「所詮、初号機と零号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。訓練なしのあなたなんかに、いきなりシンクロしたのが、そのいい証拠よ」
「………」
「けど、この弐号機は違うわ………これこそ実践用に作られた、世界初の、本物のエヴァンゲリオンなのよ。制式タイプのね」
「………」
シンジは何も言い返せなかった。
目の前にある事実にも驚いているようだが、何より、このアスカという人物の人柄によるものが大きい。
今まであったことの無い人間だった。
アスカはそれに満足したのか、今度は和樹のほうに向き直った。
「あんたのガオファイガーも、時代遅れの旧型スーパーロボット。あたしと弐号機とじゃ、格が違うわね」
これにはさすがの和樹も頭にきた。
むっとした表情で言い返そうと思って………
ドゴオォォォォォォンッ!!
突如として、船が揺れた。