第三十話    EVA(後編)





太平洋上に突如として響いた爆音は、一瞬にして海の穏やかな雰囲気を消し去った。

慌てる者、何が起こったかまるで理解できず呆然としているもの、恐怖に顔を引きつらせるもの。

各々の考えは様々だったが、ここにいる少女、初野華は誰よりも現状を把握していた。

「な、何ですかこれ!」

「船が……ここまで揺れるなんて………」

「まさか、賢人会議!?」

「ちがうよ」

え? と言う表情で夕菜達は舞穂の方を見た。

「ゾンダーはここにはいない。舞穂、全然感じないのもの」

確かに、ゾンダーが出るときには舞穂には特有の反応が出るはずだった。

それがどういった原理なのかは不明だが、とにかくゾンダーが出るかどうかはという事は、舞穂が一番知っている。

「じゃあ一体……」

「………みんな、第一種緊急配備」

華の今までに無い冷静な声に、少し戸惑う。が、言った本人にそんな事を自覚している暇は無かった。

あれが、現れたのだから………

「「「「え?」」」」

「来たのよ、人類の敵が………」










外に出た和樹とシンジ、そしてアスカは、それこそ眼科に駆け込みたくなった。周りにある船が次々と凄まじい勢いで沈められている。

「嘘でしょ………」

(まさか………賢人会議! 夕菜がここにいるのを突き止めて………)

そうは思ったがすぐに思い直した。

夕菜をまたさらいたいのならばGGGの強襲揚陸補給船を狙えばいいのだ。

しかし、強襲揚陸補給船は爆発元からは遥か後方にある。

狙ってやっていないのは明らかだ。

「まさか………使徒!」

「あれが、本物の?」

シンジとアスカの会話を聞いたとき、巨大な音とともに何かが、海中から飛び出した。

次の瞬間和樹は声が出なくなった。

(し……と……あれが!)

水の上から浮き出てきたのは1kmは下らないであろう巨大な魚だった。

真っ白な体と額についた一つ目はぎょろりと辺りを見回し、船を見つけるとそこに鋭い牙を突き立てる。

反撃する意図する暇も無く、艦はあっという間に海中に沈んだ。

そしてまた再び海中に沈む

(ほ、ホントに化け物じゃないか………)

和樹の頭の中で、さきほど華が言った言葉がリピートされる。



『GGGなんてどうでもいいって口調でね』



あの時和樹は心底腹が立っていたが、今は違った。

そういった誰かの気持ちが少しばかり解るような気がする。

こんなものが何体も襲い掛かってきたら正気でいられなくなって当然だ。

ゾンダーはあくまでも機械である。

周囲の無機物を取り込みそれによって強大な力を得る。だが今眼の前にあるのは完全な生物。

それも今まで出会ってきた召喚獣とも、教科書で見た魔物とも違う。もっと凶悪な、何かしらの+αが確実にそこには在った。

(とにかく………早いとこみんなと……!)

「和樹さん危ない!」

シンジが叫び声を上げる。

和樹の頭上に船の破片が降ってきた。それもかなり大きい。

「く!」

和樹はエヴォリュダーの能力を発動させた。

あくまで秘密裏に、と紅尉から言われていたがそんな余裕があるわけが無い。

「ええい!」


全身のバネを使って飛び上がり、降ってきた破片を思い切り外へと蹴り飛ばす。

「………………いってえ〜〜〜!!!!」

和樹はえもいわれぬ悲鳴を上げる。

少しばかり目標が硬すぎた。

咄嗟の事だったから十分にGエネルギーを集中できなかったのだ。

「か、和樹さん、大丈夫なんですか………」

「え、う、うん………まあ、どうやったかはおいおい話すよ。それより………」

「チャ〜〜〜〜ンス!」


先ほどまでだんまりを決め込んでいたアスカが突然叫んだ。

「え、な、何………」

「二人とも、こっちへ来て!」

「え?」

「早くしなさい!」

「「はい………」」

シンジはとことん女の人に弱いことを自覚し、和樹は五歳も年下の女の子にも命令されるほど意思の弱いことを、心の中で密かに責めた。









船は必死になって応戦を続けていた。

何発もの魚雷を打ち込み、隙あらば対空レールガンを浴びせかける。

しかし、依然として効果はない。

その様子を、別室から見ている加持は冷めた表情で見ていた。

まるで、この状況が分っていたかの様に………

「やはりこの程度じゃ、『ATフィールド』は破れないか………」











「ああ、ちょうど二着あるわね」

タンカーの中の部屋の一室。

和樹とシンジは頬に手のひらの跡がついた状態で黙ってアスカを見ていた。

アスカは服を着替え、全身が真紅のスーツに身を包んでいる。

「あれ、何?」

「プラグスーツっていうんですけど………」

「プラグスーツ?」

和樹はオウム返しに尋ねる。

「エヴァとのシンクロを円滑に行うために必要なんです。僕のとはちょっと形は違うけど、同じだと思います」

「ふうん………」

要は自分のIDアーマーと同じ仕組みらしい。

あれは鎧であると同時にガオファーとの神経接続をサポートする役割もあると高之橋博士から聞いていた。

ちなみに二人に頬についている赤いアザは、アスカに着替えを覗かれたと誤解されて出来た平手打ちの跡である。

(でも………わざわざそれに着替えるってことは………)

ドサッ!

「はい、これ」

そこには目の前にいる少女が着込んでいるものと同じ紅い服が手に収められていた。

見るとシンジも同じものがある。

「え?」

「あの、これ………」

「あんた達も、来んのよ」

「「ええええええええええ!!!!!!!!」」










強襲揚陸補給船では依然として発進準備が進められていた。

「凜、ガオーマシンは?」

「後、十分です!」

華の話によれば使徒は通常の兵器では歯が立たないらしい。

一刻も早くガオファイガーを発進させる必要があった。

あったのだが………

「五分でやって! 夕菜ちゃん、ファントムガオーは?」

「すぐにでも発進できるんですけど、和樹さんがまだ………」

夕菜は和樹に手渡してある通信機に必死になって呼びかけていたが、そこからはノイズしか伝わって来ない。

「ええい! もう、何やってんのよあの子は!」

玖里子は手元の機械をドン、と叩く。と、そこへ舞穂が駆け寄ってきた。

とりあえず、和樹がどこにいるのか他の艦の人に訊こうとして舞穂に頼んだのだ。

和樹は機関にいてネルフの人と合流したところまでは確認が出来た、後はそこからどうなったかだが………………

そこで舞穂の口から出たのは信じられないような台詞だった。





「訊いてきたよ、玖里子さん」

「で、どうだった?」

「金髪の綺麗な女の子と一緒にどっか行っちゃったって」







…………

…………………

…………………………

………………………………






「な………」

「な!」

「なぁんですっ てええ!!!!!!!」 次の瞬間玖里子は手の中にある機械を握りつぶしていた。

「あんの、くそガキ…………地球がピンチだってぇのに、外人と一緒に高飛びですってえ………」

その剣幕に舞穂や凜はもちろんのこと、普段なら真っ先に起こるはずの夕菜でさえたじろいだ。

周囲の機会が独りでにフリーズを起こしていた。

バチバチと火花を起こしているものさえある。

「生きて帰ったら見てなさいよ………夕菜ちゃんにお仕置きされた方がまだましってことを思い知らせてやるわ………」




まさか、和樹が紅い女物の服に身を包み、今まさにロボットに乗り込もうとしているとは、誰も知る由も無かった。










「あの〜〜〜〜………」

「ねえ! プラグスーツなんて着てどうすんのさ」

半ば強制的に連れ込まれ、半ば強制的に服を着せられた二人は、半泣き状態だった。

やはりシンジにとってもこれは恥ずかしいらしい。

「あんた馬鹿? 決まってんじゃない。やっつけんのよ!」

「そんな、ミサトさんの許可は?」

「そんなもん、勝って後で貰えばいいのよ」

エヴァンゲリオンの背中が開き、中から白いパイプ状の物が出てきた。

「何、それ?」

「あっきれた。エントリープラグも知らないの?」

「エント………なに?」

解説よろしく、シンジが丁寧に話す。

「エヴァのコックピットのことです。あのハッチから入るんですけど………」

「そういうこと。ほら、さっさと入りなさいよ!」

「「は〜〜〜い!」」

(しかし、夕菜達に連絡すべきだったかなあ………)

「さてと。私の華麗な操縦、目の前で見せてあげるわ。ただし邪魔はしないでね」

和樹は着替えるときに通信機も一緒においてしまった。

その為に連絡がつかなかったのだが………

(まあ、大丈夫かな。後で連絡すれば………大事にはなんないだろ)



大事になっている事に、最後まで気付かない和樹だった。









加持はポケットをまさぐった。そして先ほどから震えていた携帯を取り出す。

「はい、もしもし………」

『私だ』

聞こえてくるのは低い男の声だった。

加持はそれだけで誰からのものか理解したらしい。

「いやはや、驚きましたよ。ここで使徒が出るとは、話が違うんじゃありませんか? てっきり第五使徒の方が早いかと思ったんですけれど、まさか『第六使 徒・ガギエル』の方が先とは………」

『シナリオの修正が発生した。これはその結果だ。そしてそのための弐号機とGGGだ。予備のパイロットも追加してある。』

「狙いは………やはり、あれ、ですか?」

『そうだ』

加持の顔がきりっと引き締まる。

今までの飄々とした雰囲気は完全にどこかへ行ってしまった。

『最悪の場合、君一人だけでも脱出したまえ………』

「わかっています………」

携帯を切ると、加持は即座にベッドの中に入っていたトランクを取り出した。

もし、誰かが蓋を開けたならば気付いただろう。

その中身が、ガサゴソと動いていることに………










「へえ、結構広いんだ………」

和樹は密かに驚いてていた。(アスカに聞こえるとまた馬鹿にされそうだから)

(まあ、元が筒状だもんな………)

プラグが閉まったその時、



ゴボゴボゴボゴボゴボ…………




「げえ! みみみ水!」

プラグの下の方から水らしき液体が浮かび上がってきた。

しかもすごいスピードで水位が増している。

「五月蝿いわね! LCLよ。いちいち驚かないの!」

「そ、そ、そんな事言ったって……ムグウ、グボ!」

「大丈夫ですよ。肺がLCLで満たされれば、直接酸素を取り込んでくれますから」

和樹は笑顔でこちらを見てくるが、あいにくそれを見ている余裕など和樹に無かった。

「が、が、があぁぶぁ! ………けほっ、けほっ! 気、気持ち悪い………」

「男が情けない声出すんじゃないの!」

「大丈夫ですよ、すぐに慣れます」

14歳の少年と少女はまったく動じていなかった。

(慣れる訳無いよ………こんな血生臭いのに、どうして二人とも平気なんだろ?)

和樹の思うとおり、確かにLCLの中には血の臭いが充満していた。

今すぐにでも出て行きたい気分だが、自分より年下の子が平気なのに自分だけ泣き言を言うわけにもいかず、そのままでいるしかなかった。

その間にアスカは何かしら言葉を紡いでいる。

「L.C.L Fullung. Anfang der Bewegung. Anfang nerven anschlusses. Ausloses vou links-Kleidung.Sinkuro-start.」

語調から察するにドイツ語のようだった。

アスカが呟く度にその言葉は壁に吸い込まれ、機動音を発する。

そしてだんだんと壁が透き通っていく。

「ほおお〜〜〜〜〜〜」

思わず和樹の口から感嘆の声が漏れる。

が、突然途中でそれが止まった。

けたたましく警報が鳴り、壁一面に『ERROR』の文字が浮き出ている。

「エラー? どういうこと?」

「バグって事みたいですけど………」

どうやらシンジにも具体的な原因は解らないらしい。

シンジはとりあえず正パイロットに聞くことにした。

「ねえ、どうしたのこれ?」

「思考ノイズ。二人とも邪魔しないでって言ったばっかでしょ!」

「「え?」」

「あんた達日本語で考えてるでしょ! ちゃんとドイツ語で考えてよ!」

「「そんな無茶な!」」

ギロリ!

「「………………はい、分かりました」」

もう極力この子に逆らうのはよそう。二人は密かにそう誓い合った。

だが誓い合ったはいいものの二人にドイツ語など分かる筈も無い。

シンジは中学生だし、和樹にしたってドイツ語が分かる位頭がいいならば最初から夕菜達の尻に敷かれたりはしない。

とはいっても考えずにはいられない。

二人は必死になって知っているドイツ語を探し始めた。

やがて、二人に共通の文字が浮かんでくる。

(そうだ!)

在ったのだ。日本国民ならば誰もが知っているドイツ語。

(これなら!)

その名は………

「バームクーヘン!」

「あんた達、わざわざ日本から喧嘩売りにきたの!」


轟音が艦の外から鳴り響いた。

おそらく使徒の攻撃だろう。もう猶予は残っていなかった。

「もういいわよ………思考言語切り替え。日本語をベーシックに」

(必死になって考えたのに………)

(ていうか、最初からそうしてよ…………)

直接口に出せば殺されかねないので、二人は心の奥底で思うだけにした。

「エヴァンゲリオン弐号機、起動!」

鈍い音を立てて、金色の腕が動いた。









あとがき

B型装備のまま敵に挑むアスカとシンジ、そして和樹。
しかし使徒の能力ははるかに想像を絶するものだった。
海中に引きずり込まれ、絶体絶命の状況の中で、ミサトは大胆な作戦を考え付く。
少年少女たちの思いに対し、紅の巨人は、どう答えるのか?

次回 『零距離 の決断』

さぁて、この次も、サービス、サービスゥ!




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