ドゴォ! ドゴォ! ドゴォ!



太平洋艦隊の攻撃は依然として続けられていたが、敵は苦しむ素振りすら見せず次々と船を沈めていった。

「くそう! 命中しているはずだ! なのになぜ沈まん!」

「やっぱ、エヴァじゃないと勝てんなあ……」

ギロリ!


艦長の一睨みによってトウジはたちまち縮こまってしまった。

艦だがその様子をミサトは呆れた顔で一瞥した。

どうやら彼女にとってはこうなることは予想できた事らしい。

(まったく、いつになったら気が晴れるのやら………)

こんなことをしても無駄なのだ。早いところ何かしらの対抗策を打たなければこの旗艦も持たない。

もうそろそろ進言のし時かと思われたそのとき、

『オセロより入電! エヴァ弐号機起動中!』

「何だと!」

艦内に通信が届いた。

見るとタンカーのテントがムクムクと膨らんでいる。エヴァが立ち上がろうとしている証拠だった。

「ナイスアスカ!」

「いかん! 機動中止だ、元に戻せ」

「構わないわ、アスカ! やっちゃって!」

通信機に向かって思い切り叫ぶ。

「何をバカな!」

すかさず艦長が通信機をもぎ取った。

「エヴァ弐号機とそのパイロットは我が艦隊が預かっておる! 勝手は許さん!」

「何言ってんのよ! いまさら面子なんかどうだっていいでしょ!」

「何を言うか! その手を離せ!」

「そっちが離しなさいよ!」

通信機の奪い合いが始まった。もはや第一目的が変わって、まるで子供の喧嘩だ。

その時双眼鏡で覗き込んでいた副長が言った。

「しかし、いいんですかね。弐号機はまだB型装備のままですが」

「「え!?」」






B型装備とは基本装備以外は何もありませんという意味である。

エヴァンゲリオンは汎用人型兵器として、あらゆる用途に対応し、オプション装備を組み込むことが可能である。

しかしその分、何も装備していないとその攻撃力は半分以下である。

「それって相当不利なんじゃない………」

和樹の意見はもっともだった。

ガオファイガーのようなパワーも無ければファントムガオーのように姿を消せるわけでもない。

シンジもそれに同意した。

「和樹さんの言うとおりだよ。それに、海に落ちたら戻れないよ」

しかしアスカはそんな生涯など苦にしていないようである。

フン、と鼻を鳴らして言った。

「何言ってんの。落ちなきゃいいのよ」






「シンジ君と………もしかして、和樹君!?」

『『はい』』

(どういうこと、これ………)

目の前のありえない状況に、ミサトは顔にこそ出さないものの驚いていた。

エヴァには選ばれたパイロット以外は乗れないはずである。

パイロット以外のものを発見した場合、コックピットは異物と判断し、直ちに警報を鳴らすはずである。

「こ、子供が三人………」

艦長がぼそっと呟いたがミサトの耳には入っていない。

「この際しょうがない……か」

手元の通信機を思い切り掴んで、叫んだ。

「アスカ、出して!」

『了解。行きます!』

その声が届いたとき、巨大な水柱がタンカーから飛び上がった。





第三十一話       零距離の決断(前編)





タンカーから巨大な何かが出てきて、近くの艦の上に乗った。

その一部始終を見ていた強襲揚陸補給船の面々は、同時に息を呑む。

「げげ!」

「な、なななな何だありゃあ!」

カラス張りの窓の向こうに見えていたのは、40mを超える、白いマント(被さっていたテント)を纏った紅い四つ目のロボットだった。

「あれが………」

誰も気付かないぐらいの声で、華がひっそりとつぶやく。

「エヴァン………ゲリオン」





「サードチルドレン、目標は?」

「来るよ、あっちだ!」

シンジが叫ぶと同時に和樹が立っている右側に時計が他のモニターが表示された。

「な、何これ………停止まで後……何?」

「まずい……アスカ、これじゃあと五十八秒しか動けないよ!」

「分かってる!」

アスカは通信モニターを開いた。

「ミサト! 外部電源用のコードを甲板に用意しといて!」

『わかったわ!』

和樹にはこれらの会話が何を意味するのかまったく分からない。

「どゆこと?」

「エヴァ本体の内部電源は一分弱しか持たないんです」

「ええ!」

和樹は驚いた。一分といえば光の国から僕らのために来たヒーローの活動限界よりも遅い。

「なんて非効率的な………」

「うっさいわね! 根性で何とかなる様な熱血ロボットと一緒にしないでよ!」

「そ、そんな言い方………」

和樹はさすがに抗議しようとしたが、その前にアスカの一声が飛んだ。

「二人とも飛ぶわよ!」

「「飛ぶぅ!?」」

二人が素っ頓狂な声を上げたとき、エヴァあの体が思いっきり揺れた。






「ああ!」

「どうしたの、夕菜さん?」

艦の中で見ていた夕菜がいきなり大きな声で叫んだので、窓の外を見ていない人たちは一斉に驚いた。

「あのロボット、船から船を飛び移ってます!」

急いで舞穂も窓の方を見る。

確かにそこでは筋肉番付顔負けのアグレシップな動きで、飛び回っている赤い巨人の姿があった。すでに羽織っていた布切れは取り払われ、赤いボディを顕わに していた。

凜も、さっきまで怒っていた玖里子も顔を青ざめてさせている。

「あんなふうにやったら、艦が………」

「空母に乗ってる戦闘機、ことごとく潰れてるわよ! うわ、またやった!」

だがそんな少女たちの悲鳴も空しく、艦は次々と足蹴にされていったのだった。








旗艦では外部電源用のコードを出すための作業が急ピッチで進められていた。


まさかこんな場面で使うとは思わなかったが、それだけにメカニックの腕が問われる。

『予備電源出ました!』

『リアクターと直結完了!』

『全員甲板より退避!』

『エヴァ、着艦準備よし!』

艦橋でも副長が叫び、艦長がうめき声を上げる。

「総員、対ショック姿勢!」

「くそ………なんて非常識なパイロット達だ……」






「エヴァ弐号機、着艦しま〜〜〜す!!!!」

「め、眼が回る〜〜〜〜」

「うっぷ………まずい、船酔いかも…………」

思わず耳を覆いたくなる轟音と共に、エヴァ弐号機は無事に甲板に降り立った。

しかしそれはあくまでコックピットの中でのこと

サーファーのような動きで何とかバランスをとるものの、中に伝わる衝撃は計り知れない。

あるものは四つん這いになり、またあるものは柱にしがみついてショックに耐える。

そして船が傾いたせいで先ほどから着艦していた戦闘機やモビルアーマーの類が次々と海に沈んでいく。

「あぁ……勿体な〜い………」

艦橋で涙を流しながらも、ケンスケはカメラを回す。

『目標、本艦に向かって急速接近中!』






「来るよ! 左舷九時方向!」

「後……十五秒ぐらいかな?」

「外部電源に切り替え!」

三つの差込み口がついたコンセントを掴み、ゆっくりと背中に接続する。

和樹の目の前に画面が、『外部』に切り変わる。

「でも武装がない………」

「あんなもん、プログナイフで十分よ」

肩から上に突き出した突起からナイフが出てきた。

プログナイフ

その刀身に超振動を与えることにより、通常よりはるかに高い切れ味と破壊力を出す、エヴァンゲリオンには標準装備されている武器である。これだけでもモビ ルスーツを一刀両断できるだけの威力がある。

弐号機はそれを掴むと迫ってくる使徒に対して構える。カッターのような刃が鈍く輝いた。

「本当に接近戦でやるの?」

何しろ相手の身の丈はこちらの二倍も三倍もあるのだ。逆に殴られるのが落ちのような気がする。

「いえ………使徒を倒すには、近接戦闘が一番いいんです」

「へ? どういうこと?」

「黙ってなさい。舌 噛むっわよ!

次の瞬間、水上から使徒がその巨体を現す。

ズドオオォォォッッ!!


今まで艦を沈めてきた時とは違う。頭だけなく、全身がものすごいスピードで突っ込んでくる。

「おりゃあああああああ!!!!!!」


アスカが叫ぶと弐号機はその大きな腕を振りかぶり、一気に突き落とした。ナイフが火花を散らしながら、旗艦に乗った使徒に深々と突き刺さる。艦橋のガラス 窓がその衝撃で飛び散った。

が、

「だめだ! 弾かれる!」

バキンと言う音と共にナイフが宙を舞った。そのままくるくると回って近くに置いてあった戦闘機を切断した後、転がった。

「まだまだあ!」

アスカがレバーを押した瞬間、弐号機が自由になった両腕で使徒の顔の辺りを掴む。使徒はもがいてそこから離れようとするが力ずくで押さえ込んだ。

どうやら陸に完全に上がったことによって力が半減したようだった。

使徒が飛び込んできてから十秒あったかどうか。

使徒は艦の上で叩き伏せられるような形になった。




「やった! アスカ良く止めたわ」

「冗談じゃない! 飛行甲板がメチャメチャじゃないか!!」

ミサトが歓声を上げ、艦長が悲鳴を上げる。

(これならいけるわ!)




ゴバキャアン!




弐号機がバランスを突然崩した。

「な、なに? 何なのよ!」

「そりゃあ、こんなでかいのを支えられるわけないよ」

「まあ、沈まないだけいいかな………」

和樹とシンジの言うとおり、弐号機と使徒の重さに耐え切れずに、艦の一部、二号機の右足の部分が陥没したのだ。船の端っこの所だからしょうがないと言えば しょうがない。

「って、こんな冷めた口調で言ってる場合じゃないよ!」

「うわあ! 落ちる落ちる落ちる落ちる!!!!」

和樹とシンジの絶叫も空しく、紅の巨人は使徒もろともに海中へその姿を消した。捕まえた姿勢そのままに、ズルズルと引きずられていく。

一方海上では、弐号機の背中に繋がったコードが縦横無尽に暴れていた。右へ左へと移動し、時には波打ってさえいる。

おかげで残っていた戦闘機も殆どが、その影響で落ちていった。

ケンスケがビデオを回しながら「持ったいな〜〜い」と涙ながらに呟いたのは言うまでもない。

「副長、ケーブルの長さは?」

「残り千二百です」

「どうするんだね?」

「なんとかなります!」

そういったミサトだったが、自信はなかった。

現に艦橋のモニターに映し出されているケーブルの長さの目盛りは凄まじい勢いで減っている。

(まずいわね………これじゃあ動けないじゃない)

ケーブルのたわみの減りの早さが、以下に使徒がすばやく動いているかを物語っていた。






海中に入った途端に使徒の動きが突然活発化した。魚型だからだろうか。移動するスピードはおそらく現行の戦闘機よりも速い。

もはや掴まっている、と言うよりもしがみ付いているとった感じだ。まるでスペインの闘牛かアメリカのロデオだ。

「だわあ!」

「ド、どうしてこんなことに!」

「うっさいわね! 気が散るから黙ってて!!」

もう泣きそうになった。

何が悲しくて僕らはこんなことをしてるんだろう。さっきから同じ思いだけが渦巻いている。

『三人とも。ケーブルが無くなるわ。衝撃に備えて』

ミサトがそう言い切る前に、

ガクゥン!


コックピットの中が激しく震えた。和樹は頭を打ち、シンジはそのまま前につんのめる。

「しまった………」







「エヴァ弐号機、目標を喪失しました!」

「っく……今のうちに……」

そう言ってケンスケはかばんの中から手のひらサイズの何かを取り出した。

どうやら録音用のディスクを取り出すらしい。カメラに入っている奴と交換するつもりだ。

だが、その途中でいきなり叫んだ。

「ああ!! メビウス!」

ケンスケにつられて当時とミサトも同じ方向を見る。確かにそこには連合軍のモビルアーマーメビウスがあった。おそらく下の格納庫にあったものだろう。

『お〜い。葛城〜〜〜』

「加持君?」

ミサトは驚いて窓の外を見た。確かにそこから聞こえてくる声は、昔馴染みの人物、加持リョウジその人だった。

(まさか、弐号機の援護を………そんな危険な役を買って出るなんて………)

ミサトは心の中で密かに感動した。声にこそ出ないものの、彼女の心の中は光が刺したようだった。

『葛城……』

「加持、あなた………」

『届け物があるんで、俺先に行くわ。ネルフ本部』


だが、そんな希望と感動の福音が、絶望と歯軋りの音に変わるのは、五秒とたっていなかった。

『後、頼むな(^^♪)』

「あ、あ、あんたって人は……・・・」

『出してくれ』

パイロットの男に加持が指示するのが聞こえた。

パイロットもとっとと逃げ出したいのか、その動きは早かった。

『じゃヨロシク〜〜。葛城一尉〜〜〜』





………

………………

………………………




連合軍制の鉄の塊は、多すぎるというぐらいの煙を噴出しながら、天空の彼方へ消えていった。

「に、逃げ酔った………」

トウジがポツリと漏らした声が、いつまでも虚空に響いているように、ケンスケには思えてならなかった。






使徒が徐々にスピードを早めつつ接近して来た。弐号機の姿をしっかりと捉えている。

「来たよ!」

「なんか怒ってないかなあ………」

和樹が冷めた言葉で言ったとおり、確かにこれまでに無い程に力強い雰囲気が海水を通しても伝わってくる。

「ふん、返り討ちよ。今度こそ仕留めてやるわ」

そう言ってレバーを引いたアスカだったが………

ガチャ!


シーーーン………

「あ、あれ!?」

ガチャ!


シーーーーーーン…………

「な、なによ! 動かないじゃない!」

「B型装備じゃねえ………」

「そういえばさっき聞こえたね。このままじゃ水中戦闘は無理だって………」

「どうすんのよ!」

「僕に聞かれたって………」

「だらしないのね! サードチルドレンのくせに!!」

「っていうか、来たよ。もう目の前」

和樹が言うと、二人は急いで前方を見た。アスカは何とか動かそうとするが何とか首が動く程度である。

しかも敵はさらに追い討ちをかける。

ガバア!


使徒の口が………開いた

「く、口ぃぃぃぃ!?」

「使徒だからね……」

「使徒だもんね………」

「だあ! もうさっきからあんたたち五月蝿いわよ、ごちゃごちゃと!」

「「そんな事言ったって………」」

そんなことを続けているうちに………


ガバチョ!




喰われた…………………



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