突然ガオファーの足に巻きついた触手は、とてつもない勢いでその数を増していた。

「な、何だこれ!」

慌てて触手をはずそうとするが、そこで気が付いた。

この触手は光っている。センサーで確認してみると光の粒子でできていた。つまりはエネルギー体だ。

ガオファーが触った瞬間、

ジジジジジ!!

「痛ッ!!」

(あ、熱い!?)

光熱によって生じる痛みがそのまま和樹にトレースされた。

しかも敵の攻撃は終わらない。

グイ!


「え!?」

ガオファーの身体がそのままの姿勢で持ち上げられた。そしてジャイアントスイングさながらの勢いで振り回される。

「お、おお、おおわわわわああ!!!!」

ブースターを全開にして逃れようとしたが、パワーの桁そのものが違う。勢いを弱めることさえできなかった。むしろ先ほどよりも回転速度が増しているように さえ感じる。

ブォン!


「うわ!」

一瞬からだが軽くなったように感じ思えた。だがそれは麻薬の一瞬の快楽のようなものである。自分が思い切りブン投げられていると言う事に気付くまで、そん なに時間はかからなかった。

ドゴォ! ズガガガガ!!!

「うわあああああ!!!!」

ガオファーが近くの山に激突する。衝撃は弱まることなく山を削り取っていった。

たちまち山の地形は、虫が齧ったリンゴのようになっていった。

「う……ぐぁ…」

背中に焼き切れる様な痛みが走る。他の部分も引き裂かれる感覚が全身を駆け巡った。

光の触手が巻きついた両足首は焼け焦げていた。

『和樹さん! 和樹さん大丈夫ですか!?』

「あ、うん………大、丈夫、かな…今の、所は……」

そう言って立ち上がったものの、痛みが引く気配は無い。気力で立っている、と言うのは多分こんな物なのだろう。

見ると先ほどまで自分が建っていた場所にひびが入っていた。ドン、ドンと下から音も聞こえる。

「一体、何がいるんだ……」

『和樹君!』

「華さん!?」

『そこから素粒子ZOが検出されたわ。間違いない、そこにゾンダーがいるのよ!』

素粒子ZO

ゾンダーがその体内で生成し、常に全身から散布している粒子である。過去のゾンダーにも全てこれが検出されていた。

つまり、これが確認されると言うのは、ゾンダーロボが出現する際の兆候でもあるのだ。

ビシ、ビシ、ビシ!!!!


「!?」

『来るわよ!』

地面が割れる。

飛んだ岩は近くにあった家屋にぶつかり、一瞬にして倒壊させる。


「ゾオォォンダーーー!!!」


そして中から出てきたのは、紅くておぞましい、六本 の脚を持った昆虫のようなものだった。





第三十五話             破滅を呼ぶ両腕(中編)





この姿を見たネルフ人間は全員の顔色が変わっていた。

「あれは……」

「だ、第四の使徒……なんでこんな所に」

わすれるはずも無い。

第三使徒との襲来からわずか三週間と言う短い期間で現れ、ネルフと迎撃に向かった初号機を追い詰めた第四使徒シャムシェル。

今スクリーン越しにガオファーと対峙しているその怪物は余りにもそれと似過ぎていた。

「波長パターンはオレンジ。使徒とは確認できません!」

オペレーターの日向マコトは、ネルフのコンピューターがはじき出した数値をそのままに伝える。

「そんな……じゃあ、あれは一体何なんですか!?」

マヤの疑問ももっともだ。

イカのような身体にぎょろりとした二つの目玉。足はついていないが、その代わりに生えている昆虫のような赤黒い六本の足。どれをとっても、そっくりだ。

唯一違うのは胸部に、妙なメダルの様な物が張り付いていることだろうか。

「あれが……」

リツコが、ふと言葉を漏らした。

「あれが……ゾンダーの能力…」





その衝撃はGGGの本部にも伝わっていた。

雷王、紅尉、高之橋の三人は第三新東京市に現れていた使徒のデータを見ている。当然第四使徒の姿形も知っていた。

『ドウナッテンダ!? コリャア!!』

現場のミレイからはさっきからひっきりなしに驚愕と疑問の叫びが聞こえてくる。

「紅尉、第三新東京市で、ここ数日の行方不明者を洗ってくれ」

「わかった」

「どういうことです? これは」

「大方、あの使徒に恨みを持つものをゾンダー化させたんだろうよ」

高之橋の疑問はこの現場を見ているもの全員の疑問だったろう。

しかし、雷王の説明で納得がいった。

ゾンダーとは人間に『ゾンダーメタル』と呼ばれるGストーンと相反する性質を持つ鉱石を埋め込むことでできる生物だ。

素体となった人間にの深層意識に潜り込んで、日常に対する不満を満たすために活動を行う。

その為勇気をエネルギーに変換させるGストーンと違い、ゾンダーメタルの燃料の元は『怒り・憎しみ』と言ったマイナス思念、いわゆる負の感情なのである。

つまり、精神的に追い込まれた人間の中にあるマイナス思念をエネルギーとして取り込み、素体を精神的に追い込んだ直接の原因に対しての不満を満たすため に、ゾンダーは活動を行う。

それ故、ゾンダーロボの姿形は、深層意識が特に影響する。WIZ-02が高層ビル型のゾンダーだったのは、こうした理由があったからなのである。

「って長ったらしい、説明をしてる場合じゃねえな! もうこうなった以上ギャグかましてる場合もねえもんだ」

そういうと彼は勢いよく椅子から立ち上がった。よく考えると前回もこの『承認』はやったような気がするが今は考えないことにする。

「いくぜ。ファイナルフュージョン承認!!」





ファイナルフュージョンの承認はすぐに三段飛行甲板空部に入った。そしてそれはガオファーへとよどみなく伝わっていく。

『了解! ファイナルフュージョン、プログラム・ドライヴ!!』


ガシャン! ピピピピピピピ


「ファイナル! フュージョーン!!」



金色の竜巻がガオファーの胸部中央から迸る。その閉鎖された空間に、四つの閃光が突入して行った。ドリルガオー、ステルスガオー、ライナーガオー、三つの ガオーマシンである。

それらが組み合わさり、一つの巨人が誕生する。

あらゆる脅威から、人類を守るために新生した、ファイティングメカノイド。

その名は………

「ガオ! ファ イ! ガー!!!」



そして、霧は今こそ晴れる。

「ファイナルフュージョン完了!」





使徒を形作ったゾンダー(以後WIZ−03と認定・呼称)はその姿に一瞬圧倒されたが、再び光の触手を展開させる。

勢いそのままに和樹に襲い掛かった。

『ゾォォンンダァーーー!』

ビシュシュシュ!!!

「二度も同じ手を食うか!」

ガオファイガーの胸部中央から光でできた輪が飛び出した。和樹が左腕を突き出すと同時に掌へと巻きついていく。

「プロテクトウォール!」

刹那、周囲の空間が歪んだ。歪みは反発力となって、向かって来た触手を全て弾き返した。

「ようし! 今度はこっちの番だ!!」

和樹とのシンクロ率が上昇するガオファイガー。

再び胸部中央から発生した光の輪が今度は右腕に巻きつく。そしてそのまま回転していく。

「ブロウクン、ファントム!!」

あらゆる物質を無に帰す破壊の右腕、これまでも多くの敵を屠って来た剛力の一撃が、ガオファイガーから放たれる。

見事と言って良いほどのパワーが、難なく敵のバリアを貫通し、顔面を貫いた。

顔面から巨大な火柱が上がる。しかも顔に留まることなく、全身へと飛び火して言った。

『ゾオォォォンダァア………』

力無くその場にへたり込んだゾンダー。

しかし、完全に動きを止めたわけではなかった。

『和樹、再生してるわよ!』

玖里子の言ったとおり、無くなった顔の付け根の部分から、ゆっくりと小さな根のようなものが生えてきた。

そして徐々に、徐々に、よく見ないと分からない位のスピードで、身体を再構築していった。

「あれだけ、火傷してもまだ動けるなんて………」

『感心してる場合じゃないでしょ! 再生するスピードは遅いみたいだから、ちゃちゃっと片付けちゃいなさい!!』

「は、はい!」

玖里子の容赦ない一声が、再び和樹を前進させる。

ガオファイガーは黒々と焦げているゾンダーに歩み寄った。





実のところ和樹はもう余裕が無い。

(さっきの一撃が、効いたかな………)

ガオファーの時に投げつけられた痛みは予想以上に深かったのだ。

先ほどまで踏ん張って立ってはいたものの、人間の状態ならば足ががくがくいっているだろう。

おまけに頭がぐらぐらしてバランス感覚を取るのも一苦労になっている。

(格闘技……凜ちゃんに教わる前に、やっとけば良かったかな……)

いくらエヴォリュダーになっても基礎体力そのものは変らない。ガオファイガーに乗る前までごく普通の高校生だった和樹にとって、今までの一連の動きはかな りの負担なのである。

さらに和樹は山に叩きつけられたとき受身を取っていなかった。

格闘技の玄人、もしくは達人ならば受身を取ってダメージを最小限に抑えることができるが、生憎凜から教わったのは単純な組み手程度だ。その為背中の衝撃は 手足、さらには脳にまで達している。

『和樹さん! 早くヘル・アンド・ヘヴンでやっちゃってください!!』

夕菜の声がかなり遠くから聞こえてくるように感じた。

(いけない、このままじゃ!)

今倒れたら敵が再生してしまう。そうなったら最後だ。

もしかしたら戦いの後で倒れるかもしれない。それでもいい。こんなところで自分は倒れるわけには行かない。

そうしなければ、皆を守れない。何より、父に近づけない!

(あと……あと、もう少しでいいんだ)

だから……もっておくれよ……僕の身体!!

必死に自分の身体を奮い立たせ、必死に敵の身体に向き直る。

両腕を広げて、そこに全てを集中させる。

「ヘル・アンド・ヘヴン!」

左手に黄色の波紋が、右手には紅蓮の螺旋が広がっていく。

「ギム・ギル・ガン・ゴー・グフォ………」

ガシィ! シュバババ!!

組み合わせた両腕から、翠緑の竜巻が相手に向かって 伸びていく。倒れた相手を浮き上がらせて、そのまま空中に縛り付けた。

「ハアアァァッッ!!!!」

ガオファイガーが突撃していく。相手の心臓部、核のある位置にめがけてブースターを噴射させ、組んだ両腕を前へ突き出す。

「オオオオオオオ!!!!」

そしてそれは、核の周りのボディごと取り込み、

敵を粉砕しながら、核を抉り出す。





筈だった………





キュオオォォン……………


「な、何だ!?」


突然和樹の視界が暗くなった。

「夕菜! どうなってるの!?」

慌てて向こうにいるはずの夕菜を呼び出す。

が、

「夕菜? 夕菜!」

返事が無い。いくら呼びかけてもそこにあるのは静寂ばかりだった。

「玖里子さん! 凜ちゃん!」

どんなに声をからしても、和樹の声は宙を舞うばかり。

「嘘でしょ………」

何がどうなっているのか解らなかった。

さっきまで確かに自分は敵と対峙していた筈だ。その証拠に手足の感覚は自分がコックピットに乗っていることを教えている。ここがガオファイガーの中という ことは間違い無いのだ。

何とか、手探り非常照明のスイッチを入れた。

本来ならば緑色の光が灯っている筈だが、今ばかりは普通のライトだ。

(あ、あれ!?)

外の様子を見て和樹は驚愕した。

ガオファイガーが停止している。

腕を組んだままの状態で止まっていた。それだけではない。先ほどまで敵を捕縛していたはずのEMトルネードさえも消えていた。

そして真下には依然としてゆっくりと再生を続けているWIZ−03の姿がある。

「な、何で動かないんだよ!」

いまだに状況を理解できない和樹ではあったが、さらに追い討ちを掛けられた。

ジュルジュルジュルジュル………


ゾンダーの昆虫のような足から、光の触手が一本伸びていた。

無論先ほどまでの勢いは無く、光そのものの強さも先ほどまでとは比較にならないが、今の和樹にとっては十分に恐怖の対象だった。

「ひい!」

今までの勇み振りが嘘のように、気弱になる和樹。

何もできないことを自覚しても、痛みへの今日は拭い切れない。

逃げ出そうと機体を動かすが、以前ガオファイガーは組んだ両腕を突き出したまま、そこから動こうとしなかった。

そして、突然物凄いスピードで、触手がガオファイガーの腹部に突き刺さった。

ジュウウウウウウ!!!!


「あ、あああああああ!!!!」

腹の辺りに信じられないような激痛が走る。

初めて乗ったときも機関の暴走で電撃が走ったことがあったが、そんなものはこれに比べたら屁でもない。

「あああああああ!!!!!!!」

必死に抜こうとするが、ガオファイガーはまったく動かない。指の一本すらも動かなかった。

引くことも押すこともできないまま、熱いとも寒いとも取れない痛みが、ジュウジュウとガオファイガーと和樹を焼いていく。





「式森!? おい、返事をしろ式森!!」

凜が必死になって呼びかけたが効果は得られない。

彼女たちも何が起こったか解らなかった。突然EMトルネードが解けたと思ったら、ガオファイガーが停止して、しかも止まっているゾンダーから触手が伸び て、ガオファイガーの腹部を貫通したのだ。

「夕菜ちゃん!?」

華が夕菜にどうなったか尋ねる。

「GSライド第三ブロック損壊。このままじゃ危険です! 和樹さんが……和樹さんが死んじゃいます!!」

どうして動かなくなったのかそれを答えるべきなのだが、今の夕菜は現状の伝えることで精一杯だった。

だが慌てているのは夕菜だけではない。周りのGGG隊員にも驚愕の声を上げている者がいる。中には悲鳴を上げる女性隊員もいた。これでは原因究明どころで はない。

「玖里子ちゃん。敵の触手のエネルギーレベルは?」

「WIZ−03、出力の低下を確認しました。停止まで後25秒!」

玖里子も焦りを必死に押さえながら自分の役目を果たそうとした。

スクリーン越しに見えているガオファイガーの腹部から、融けた金属片が垂れ流されていた。それらが地面に落ちて、周囲の大地をも液状化させる。

「後25秒!」

徐々に、触手の放つ光量が落ちていった。

巨人の腹を焼きながら。

「後15秒!」

玖里子の声はもはや叫び声ではなく、泣き声だった。今まで必死にこらえていたが、ガオファイガーの融ける姿を見て、もう我慢が出来なくなっていた。

「後10秒!」

お願い、早く止まって、早くしないと和樹が死んじゃう……

「後、5秒!」

4…………

3………

2……

1…





光が止んだ。

WIZ−03はまだピクピクと動いてはいたが、触手は完全にガオファイガーの前から消滅した。

もう何も言えなくなった玖里子の代わりに、凜が静かに、だが決して平静ではない声で、言った。

「エネルギーレベル………ゼロ。WIZ−03、停止しました」

わざわざ『停止』という表現を使ったのはゾンダーの核を摘出していない。つまりは『殲滅』していないからだったが、今は誰もそんなことは気にしていない。

「凜ちゃん。救護班に、和樹君の救出を頼んで!」

「了解!」

「夕菜ちゃん。GGGに連絡して、水陸両用整備装甲車を出してもらって!!」

「はい!」

「舞穂ちゃんも一緒に!」

「うん、わかった!」

いざと言う時に和樹を助けられるのは、浄解が行える舞穂だけである。

その他にも華は急いで指示を出す。時は一刻を争った。

なぜガオファイガーが突然動きを停止したのか、未だに解らなかったが、それは後でいい。今は和樹の救出が先決だ。みな、和樹のことしか考えていない。



その中で、玖里子は虚ろな目で、動かないガオファイガーを見つめていた。

「玖里子さん? 玖里子さん!?」

隣にいて呼び掛けている筈の凜の声も聞こえない。

ただ瞳から、ぽろぽろと涙が零れるだけだった。



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