『日本中から電気を集めるなんて…すごいですねえ…』

「………」

宮間夕菜はしきりに和樹に話しかけていた。

『あのポジトロンライフルも、旋風寺コンツェルンから借りてきそうです』

「………」

既に和樹は、ガオファイガーに乗り込み、発進準備を進めている。

「私も話でしか聞いたことはないんですけど。そこの総帥さん、まだ十五歳なんだそうです!」

「………」

ガオファイガーの修理はまったく持ってギリギリだった。この分だと敵の活動開始予定までに間に合うかは五分五分だ。

しかし和樹は夕菜の言葉に答えようとしなかった。

「御礼をしないといけませんから、その時は私も行きますね。って和樹さん? 聞いてます?」

「………」

「和樹さん!!」

「え!? あ、ああ、うん……」

「ああ、聞いてませんでしたね!! さっきからずっと」

「ご、ごめん……」

翠緑の光が点灯している中で、和樹は謝った。

夕菜は怒っていると言うより、困った顔をした。

「もう………。もうすぐ『ヤシマ作戦』が始まっちゃうじゃないですか! 気を抜いてると、今度は怪我じゃすまないんですよ!」

「う、うん………」

もちろん、和樹は気を抜くつもりなんてない。むしろ今まで以上に集中して望むことが出来ると思う。あんな体験をしたくないと一番思っているのは他ならぬ和 樹本人なのだから。

そんな和樹の心情を知ってか知らずか、夕菜も沈痛な顔になる。

『もう、何なのよしてくださいね……』

「え?」

『心配してるの……玖里子さんだけじゃないんですよ』

その声質で、和樹ははっとなった。

和樹は夕菜の本当に言いたいことを知っている。

自分でも知らぬうちに、彼女たちの心を読み取る癖が付いてしまった。

本当は、戦うのなんか止めて欲しいのだ。こんな所で、こんな事をやっている身分ではないはずなのに。

また、こんな思いをさせてしまったことを、和樹は少し恥じた。

「ごめん、夕菜。でも、大丈夫だよ」

『和樹さん……』

怖くないはずがない、だが。

玖里子の時も誓ったように、彼女たちに対し笑顔を絶やさぬことが、自分の義務なのだ。

「僕は、二回目は失敗しません。それは、昔から変わりないよ。約束する。絶対に戻ってくるよ」

それを見て、夕菜も自然と笑顔になる。

『はい。頑張ってください!』

が、その時

『うん! ううん!』

巨大な咳払いとともに、凜の移ったスクリーンが割り込んできた。

わずかに顔を赤らめた、それでも少し怒った表情だ。

『二人とも。少し不謹慎ではありませんか? 後二十分もないのですよ』

『いいんです! 妻の務めなんです!!』

『そういう問題ではなくてですね……』

プツン!

和樹は通信を切っていた。





ヤシマ作戦―――

葛城ミサトが提案したこの作戦は、ATフィールドの中和による近接戦闘をあえて排除し、長射程距離から、ロングライフルを使って一気に仕留めるというもの であった。

その為に急遽建造されたものがこれ、

ポジトロンスナイパーライフル。

ネルフが開発した陽電子砲を、超電導リニアカタパルトで補修。発射する出力を大幅にパワーアップさせたものである。元々旋風寺コンツェルンが開発途中だっ たものを、ネルフに提供し、そこから作り出された。

さらに、スペースシャトルの装甲版にも使われる、電磁コーティングを施した盾を使用。

初号機が砲手、弐号機が防御、そしてガオファイガーと弐号機で、再生中のゾンダー殲滅を担当する。

そして、ライフルのエネルギーとして使用されるのは、日本中から送られてくる、莫大な電力である。

まさに日本中の戦力を総結集させた、技術の塊とも言える作戦なのである。

しかし、そんな失敗を許されない状況の中、式森和樹はいまだ、一人光明を見出せないでいた。







第三十八話        正義の刃! 撃てポジトロンライフル!!(混迷編)







あのあと、事態の収拾は困難を極めた。シンジへの誤解を解くことにかなりの時間を費やしたし、それ以前に夕菜達の魔法で医務室が半壊し、それに関しては GGGが全面的に責任を負うことになってしまったのだ。

温和な華も、さすがにこの時ばかりは眉を吊り上げて、和樹達をたしなめた。

しかし、その原因が自分にあるとは自覚しないで、和樹は先ほどの初号機パイロットとの会話を思い出した。





「和樹さん……僕は、エヴァに乗りたくないです」

「え?」

「でも、どこかで乗りたいって思っている自分がいるんです。それが何でか解らないんです……」

悲痛な顔つきで、込み上げる思いを話すシンジ。しかしその表情からは、毒を吐き出していないことは明白だった。

表現できないメランコリアが、彼の全身に渦巻いている。

それだけは、嫌というほどに感じ取れた。





(シンジ君は………突然パイロットになったって聞いた…。だとしたら、僕とも立場は同じなのに………)

いや、同じではない。

和樹もシンジも、同じパイロット、父親が付く職も同種のものだ。年も近い。それでも、和樹とシンジには明確な違いがある。

和樹がGGGに入ったのは、夕菜を助けるためだった。その為なら何をしても構わないと、心から誓った。

しかしシンジは『エヴァが存在意義』だといった。友達を助けるのは、あくまでそこから出る副産物に過ぎない。ただ乗ることそのものが、ここにいる理由なの だ。果たしてそれが自分のレゾン・デートルになりえるのか。それが、心を苦しめているのだろう。

しかし、和樹は何も言えなかった。

少年の心情を理解はしても、それに見合うだけの答えをすることが、和樹には出来ない。自分はまだそこまで大人ではなかった。何か意見をいったとしても、そ れは自分と価値観の違う人間の言う『たわごと』の様な物に過ぎないのだから。

「父さんなら……出来るのかな……」

雷王なら、もしくは生きているのかさえ不鮮明な実の父、獅子王凱ならば、何か答えを導き出してくれるのだろうか。

けれども、父の手をこれ以上借りるのは憚られたし、なんとなく嫌だった。

それは自分よりも年下の人に頼られた問題を、他人に預けることへの躊躇。つまりは意地である。

ふと気になって、スクリーンを少し下に移動してみた。

いた、シンジだ。エヴァ初号機の横に繋がるタラップに座っている。

隣には黄色のエヴァンゲリオンがあって、そこにつながれたタラップには、白いプラグスーツを着た少女が立っていた。見覚えがある。確か綾波レイ、もう一人 のパイロットだ。

何か会話をしているらしい。

一瞬盗聴みたいな真似をするのはどうかと思ったが、好奇心がそれに勝った。和樹は二人のいる場所にボイスキャッチャーを飛ばした。これは元々偵察用モビル アーマーに取り付けられるものだが、ガオファイガーにも装備されている。エヴォリュダーの能力ならば、少し離れたところからでも会話を拾うことができる。

ややあって、二人の声が聞こえてきた。

『絆って……父さんとの?』

『……皆との』

『強いな、綾波は…』

会話の内容は大体理解できた。少年は自分の問題を、相手に投射しようとしているのだ。

戦う理由を見つけるために。

『私には、それしかないから……』

『それしかって……』

シンジは反論しようとしたのだろうか、何を言い出すつもりだったのか、和樹にはわからない。しかしレイはその言葉を遮った。

『時間よ……』

例は体育座りから立ち上がる。

そして、シンジとは目を合わせずに、言った。



『それじゃ、さよなら』



それは、短い、別れの言葉。

彼女の声に悲しみなど無い。何の感情もない。

それでも、悲しみに満ち満ちた声だった。





(シンジ君は、何も言い返さなかった………)

目的地、使徒が再生を、今まさに終えんとしている時も、和樹の心は揺らいでいた。

(君は……本当に、本当にそれでいいの!?)

『来るわよ! 式森!!』

隣からアスカの声が響いて空気を切る。

その瞬間、和樹は渦巻く疑問を無理やり頭の隅に追いやった。

『大丈夫でしょうね?』

「とりあえず、勝手に水の中に潜って動かなくなるとか、そういう失敗はしないようにするよ」

一瞬目をぱちくりとさせたが、言われた意味に気付いた。この前の海上戦のことを言っているのだ。

『な、何ですってえ!!』

アスカの怒鳴り声がまたも到来、と思われたその時。

「…………来る!!」

自分の中からGストーンの鼓動を感じる。敵が戦意を完全回復させ、憎しみと怒りに身を震わせるのが和樹の脳に伝わった。

そして、ついに、あの咆哮が第三新東京市中にこだました。



「ゾーーーーーンダーーーー!!!!」



光の触手が、四本、それぞれ両腕と思しき部位に二本ずつ出現した。勢いも完全に復活している。

『来るわよ!!』

「んん!!」

和樹がガオファイガー正面にファントムリングを発生させる。握り締めた拳と、前腕部が、それぞれ逆方向に回転した。



(こうなったら、先手必勝だ!)



「ブロウクン・ファントム!!」



和樹が右腕を突き出すと同時に、何人たりとも阻む事のできない破壊の刃が、使徒に突撃した。

しかし、

「ブオオオオ!!!」

うち二本の触手を巧みに使い、ブロウクン・ファントムに叩きつける。

次第にバランスが崩れていき、ついに、ブロウクン・ファントムがその効力を完全に失った!

弾かれる様に、ガオファイガーのもとへ帰還する右腕。

「う、嘘!!」

(ブロウクン・ファントムが、効かない!?)

常に和樹とガオファイガーを勝利へと導いてきた装備。敵を貫くと信じて疑わなかった必殺の一撃。

それが通用しない。

(どうして……)

しかしその疑問は思いもよらない方向から打ち砕かれた。

『おーい。和樹、聞こえるか?』

「父さん!?」

雷王の声質を聞いて、和樹はしまったと思った。大体この場合、雷王はロクな事を言わない。

『すまん。さっき言い損ねたんだけどな』

『長官!?』

『まさか………』

『言ってなかったんですか!? あんな重要なことを!!?』

隣から聞こえてくるのは、夕菜と凜、それから玖里子だ。

やっぱり思ったとおりだ。

それも和樹の勘が正しければ、戦局を左右するようなことに違いない。



「いったい何!?」

『前の戦いのとき、GSライドが一つ破損してな。こればっかりは修理できなかった。戦闘自体には問題ないんだが……』

「ないんだが?」

『全体的に出力が落ちている。多分、半分ぐらいが関の山じゃないか?』

「そんな!? 嘘でしょ!?!?」

『いや〜。俺も嘘と思いたいんだけどな……』

「バカ野郎!!」

和樹は許されざる言葉を吐いてしまったが、そんなことは今この問題に比べれば微々たる物だ。



GSライドとはGストーンから発生するエネルギーを抽出する機関である。ガオファイガーの活動エネルギーをほぼこれでまかない、これによって勇者王は爆発 的な力を得ることができる。

転じて言えば、いくらエネルギーを搾り出そうとしても、これがなければ動かない。石炭だけがあって、ピストンの無い蒸気機関車のようなものだ。



『とにかく無茶はするなよ、式森君。ヘル・アンド・ヘヴンも、威力は殆どない』

『ナントカ死ニ掛ケノ状態ニシテカラ、使ウンダ』

隣から割り込んできたのは紅尉とミレイ。

「死に掛けの状態にしろったって……」

『こら! 何話し込んでんのよ!!』

アスカの罵声が届くと同時に、WIZ-03の攻撃が始まった。

防御に使っていた分の触手も使い、弐号機とガオファイガーに襲い掛かる。





「こんのおっ!」

弐号機は向かってくる触手に、パレットライフルを一斉掃射した。

すると今度は一本を防御に使い、残りが弐号機に襲い掛かることになる。

「ちいぃ!!」

このままじゃやられる。

そう判断した弐号機は、近くのコンテナからもう一本ライフルを持ち出した。

使徒迎撃用の第三新東京市には、エヴァ専用装備が、至る所から着装できる様になっている。無論この山とて例外ではない。

二丁銃の弐号機が、二本の触手を撃ちまくった。

「この、この、この、このお!!」

触手が弐号機に迫る。だがパレットライフルから打ち出される鋼の弾丸がそれを阻む。

距離を詰める。だがそれを防ぐ。また近づく、それを阻止する。

一進一退とは正にこの事だ。光の触手は両者の間を行ったり来たりしたままの状態だった。

『アスカ!』

隣からシンジの声が聞こえる。息が荒い。心配しているのだろうか。

だが、彼女のか基地な声と意思は、まったく揺らぐことはない。

「いいから! あんたはあの六面体を見る!」

『でも…・・・』

「アンタが私の心配なんて、百年早いのよ!!」

そうは言うものの、シンジの声によって、首筋を通っていた冷や汗が少し引いたこともまた、事実なのであった。





「まずい、このままじゃ………」

和樹はとっさにプロテクト・ウォールを展開させることで凌いでいた。だがあくまでも時間稼ぎだ。本体と直結しているこの触手は、弾くことはできても跳ね返 す事はできない。それに機体の出力が落ちている今の状態では、いずれ破られる可能性が高い。

何とかしないと………

和樹は少ない頭の武装を使って必死に策を考えた。何か、何か手は無いか……。



ブロウクンファントムはもう使えない、万が一右腕そのものが破壊されてしまったら、もうヘル・アンド・ヘヴンすら使えなくなってしまうのだ。

となると他の装備で何とかするしかないが……

「そうだ!!」

和樹の頭の中に妙案がひらめいた。それならばいけるかも知れない。

「アスカちゃん!」

『なによ! こっちは忙しいの!!』

「今から反撃するから、ちょっと待ってて」

そう言うと、アスカの返事を待たずに、ガオファイガーは翼のウルテクエンジンを展開させた。

ステルスガオーの両端が開き、翠緑に輝く。

同時に、左腕に隠された。もう一つの機構を開いた。



「はああ! プラズマホールド!!」



それまでプロテクト・ウォールを敷いていた筈だった左前腕部から、浅黄色の電撃が迸った。

いや、正確には反発エネルギーを利用した捕縛用拘束鎖である。

使徒から伸びた触手が、少しずつ先端から消滅していった。




「やったあ!」

「すごい! 触手を消滅させるなんて……」

夕菜と凜がそれぞれ歓喜と驚愕の声を上げる。

紅尉と高之橋は、この状況を冷静に分析していた。

「なるほど………式森君、考えたな…」

「そうですね。プラズマホールドなら……和樹君も、やりますね」

「和樹君、一体どうやったの?」

舞穂の疑問には高之橋が答えた。

「プラズマホールドの際に発生する強力な電磁場を利用し、触手を構成する光子をイオンに変化させ、その場で対消滅させたのですな。あれならば、敵の攻撃を 完全に無効化することができます」



プラズマホールド……

本来これはプロテクト・ウォールの反発的防御フィールドを逆転させ、その内部に敵を閉じ込めるというものである。

電離現象によって電子機器を破壊するという付随効果はあるものの、あくまで、敵を捕縛するための装備であり、直接的に殲滅するにはいたらない物だ。

しかし和樹はそれを逆に利用した。

元来光子はイオンよりもさらに小さい素粒子に属するが、逆転した反発フィールドはそれを無理矢理に結合させる。

その結果、敵の触手はイオンとなり、消滅した様に見えたのだ。

しかもこれなら出力がどうこうと言う事はない。発生しただけのエネルギーで、十分に対処できる。



「けどさあ………」

玖里子がふと一言漏らした。

その目はかなり疑惑的だ。

「和樹にそんな知識があったの? 戦闘中にそんな事思いつかないわよ、普通」

確かに、と一同は思い直した。

「マア、アイツノ頭ハ未ダニ『パー』ノ筈ダシナ……」

何度も重ねて言うようだが、エヴォリュダーになっても頭が良くなるわけではない。

エヴォリュダーに覚醒したと言うのは、別に脳改造を受けたと言う訳ではないのだ。

だがそんな疑問を、和樹に訪ねる暇はなかった。



敵が、恐ろしい速さで触手を再構築し始めたのである。

一旦根元まで消えかかっていた触手が、またもや伸びて来たのだ。

『そんな!?』

『敵の光子収束率が早すぎます!』

『和樹さん!!』

「くうっ!!」

叫びは聞こえていたが、これに答えている暇は無い。

ここで少しでも気を緩めるわけには行かないのだ。



「ぬああああ!!!」



しかし次の瞬間、ガオファイガーの取った行動は思いもよらないものだった。

突然、プラズマホールドが停止したのである。

その瞬間、両者の間で眩いばかりの閃光が発され、激しい轟音が鳴り響いた。



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