「テンペルム……」

浄解―――

それは、ゾンダー化された人間に、元の姿と心を呼び戻すことのできる魔法。

「ムンドゥース……」

『魔法』と表現したのはあくまで比喩表現である。それが証拠に、浄解を行った後でも、栗岡舞穂の魔法回数はまったく減少していない。

「インフィニ……」

全てが謎に包まれた

「ドゥーム……」

しかしそれでも、人の心を呼び覚ます、唯一つの行為。

安らぎへと導く、儀式なのだ。



「レディーレ!」



舞穂の全身から発せられた紅の光。

それは腕へと集まり、指先へと伝わり、ゾンダー核へと放たれた。

光が届くと同時に、核の形に変化が訪れる。醜い紫の塊が、ウネウネとその姿を変えていったのだ。やがて、それは人型を形成し、ついには元の人に戻る。

嫌、正しく言えば、それは『元』ではない。

「あ、ああ……ああ、うう……」

男は涙を流しながら、笑顔で舞穂を見上げていた。

深いマイナス思念を持った素体の人間は、浄解されることで、その暗黒面を一気に消失される。その結果、裏表のない健全な心の持ち主になるのだ。

「ふぅー」

これをやるのは魔法を普通に使うよりも、少しばかり精神力が消費されるらしい。人間で言えば、軽いランニングをこなしたぐらいのものだろう。核を握ってい たガオファイガーの両腕に、舞穂も降り立った。

ちなみに紅に輝く舞穂のこの状態は『浄解モード』と呼ばれる。エヴォリュダーほどではないが、身体能力もアップするのだ。

「お疲れ様、舞穂ちゃん」

「うん!」

『へえ……それが浄解か』

隣から、ガオファイガーと同じぐらいのロボットが話しかけてきた。といっても話すのは中にいる人だが。

「あ、あの……助かりました。ええっと……」

和樹は礼を言うべく、マイトガインのコックピットに呼びかける。だがそこから返ってきた答えは、浄解に関して興味を示した人物だけのそれではなかった。

『いいや。困ったときはお互い様だよ』

『舞人の言うとおりだ。君も世界のために戦うのならば、我々は仲間だ』

「はい。ありがとう……って、ええ!?」

和樹は唖然とした。戦闘中は気付かなかったが、モニター越しに映るパイロットのほかに、もう一つの声があるのだ。

それも人間の発する声ではない。その声はロボットから発せられていた。目の部分が点滅するのに合わせて、音が出ている。

「ろ、ろ…ロボットが、喋った………!?」

にわかには信じがたい出来事だった。確かに喋る機械なんて物は沢山ある。介護用のロボットなどがそうだ。しかし今和樹の耳に入ってきたそれは、そんな説明 では納得できない。

その口調、語勢、韻律、どれを取っても人間そっくりだ。

改札口や駅のホームから流れる声ならばわかるが、あれは元々録音したものだ。実際に機械が出したわけではない。

しかしセンサーが『中にいるのは一人だけ』、と伝えてくることもまた、事実だった。

そんな様子を、旋風寺舞人は少し疑問に思った。何をいまさら、と思っているのが表情で分かる。

和樹の戸惑いの理由を舞人に教えたのは、その戸惑いを与えた張本人だ。

『舞人。どうやら彼は、超AIを見るのは始めての様だ』

『ああ、そうみたいだな。ヌーベルトキオ以外では、まだ知られていない技術だから』

「超…………AI……?」

『詳しくは、後で話すよ。そう………』

マイトガインは後ろの方を振り返った。アスカの乗る弐号機は和樹たちが話している間も、そっちを見ていた様だった。

『この戦いが……終わったらね…』







第四十一話       天使の刃! 撃てポジトロンライフル!!(決着編)






「ヤシマ作戦、スタート!!」

ミサトの指示を受け、ネルフの職員たちに緊張が走った。一斉に作業を開始しる。

同時に、膨大な量の電力が変電機械を通じて、その砲身に供給されていった。

「第1次接続開始」

ヤシマ作戦に使われる、ポジトロンスナイパーライフル。

「第1から第803区まで送電開始」

ネルフに置いてある陽電子砲、ポジトロンライフルに、旋風寺コンツェルンが提供した超電磁砲のプロトタイプを組み合わせ、完成したものだ。

「電圧上昇。出力最大へ」

近接すれば打ち落とされる、完全無欠の敵の加粒子砲。それを攻略するための兵器だ。

「全冷却システム、出力最大へ」

強力なエネルギーと電圧が、砲身と接続ケーブルに苦痛を与える。たまらず煙という悲鳴を上げる部品。

だが冷却装置でそれを無理やりに押さえ込んだ。唸りを上げる冷却装置が、氷で真っ白になって行った。

(やはり無理があったか……)

仕方が無いか、そうミサトは思った。そもそも全ての機械が急造仕様なのだ。作戦成功確率は10%に満たない。

しかし失敗するわけには行かない。ここで負ければ人類は滅亡なのだ。
何よりこれには日本中の力を使っている。その努力まで不意にすることは許されない。

「シンジ君。日本中のエネルギー、あなたに預けるわ。頑張ってね」

『―――ハイ』

実はポジトロンスナイパーライフルには日本中の電力がかき集められていた。敵のATフィールドをも貫くエネルギー総量を集めるにはそれしかなかったのだ。

「陽電子流入、順調なり」

「二次接続」



失敗は許されない、そんな状況の中、シンジは一心に遥か彼方の使徒を凝視する。

迷いが拭い去れたわけではない。しかし、ここで生き残らなければ迷うことさえできないのだ。今は戦うしかない、シンジはそう決めていた。



「加速器、運転開始」

「第三次接続、完了」

司令室では、碇ゲンドウと冬月構造がその様子を眺めていた。この緊迫した状況において、彼等には一筋の汗すら流れていない。しかし、時たま見せる薄ら笑い を浮かべてもいなかった。

「全電力、ポジトロンライフルへ」





シンジの頭にヘルメットのようなものがかぶされた。目標に対しての照準合わせを円滑にするものだ。

『最終安全装置、解除』

『撃鉄、起こせ!』

日向の指示をいけて、初号機がライフルの撃鉄を起こした。安全装置が『安』から『火』に変わり、それと同時にモニターのマークがそろっていく。後はこの マークがそろうのを待つだけだ。

『地球時点誤差修正、プラス0.0009』

ライフルのエネルギーである陽電子は、地球の自転などの影響を受け、そのままでは直進しない。その誤差を修正する必要があるのだ。

『電圧、発射点へ上昇中。後15秒』

変電機械がうなる、冷却装置が白く染まる。

シンジの額に汗が滲む。

山の頂が輝き始めていた。

『十、九、八、七、六……』

後はその瞬間を待つだけだった……



だが



『目標に高エネルギー反応!』

これだけ大きな動きをしていて、気付かないわけがない。使徒もまた、加粒子砲を打つため、急速にエネルギーを溜め始めた。

「ちぃ! 気付かれたか」

軽く舌打ちをするミサト。

だがまだ勝機は十分にあった。敵のエネルギー充填完了までの時間は確かに早いが、それでもこちらは随分前から用意をしていた。

使徒よりも一秒でも早くに撃つことができれば、勝機はある。



『三、二、一…!』

「くぅ!」



日向の声と、使徒へのカーソルが合わさる声が重なった瞬間、シンジは力強くレバーのスイッチを……最終兵器への引き金を引いた。

人類の希望を乗せた一筋の閃光が、眼にも映らぬスピードで飛んでいく。

同時に八面体の円周部から、それと対を成す白色の光が打ち出された。



二つは次第に距離を詰め、そして激突………



しなかった。



二つの光は互いを湾曲しつつ、発射点と十メートルずれた所に着弾した。

衝撃で、近くの木々が吹き飛び、急遽設置していた仮基地の窓が盛大な音と共に吹き飛ばされる。

基地内の職員は悲鳴を上げたが、それすらも轟音によってかき消された。





「うわあ!」

『きゃあ!?』

『くう……ガイン!?』

『大丈夫だ、舞人!』

衝撃は距離がある程度離れている筈の和樹たちにも影響を与えていた。

衝撃で倒れそうになるガオファイガーを何とかマイトガインと弐号機が支える。

『大丈夫か、和樹君?』

『全く、手間かけさせないでよ!』

「ご、ごめん………」

しかし和樹は心そこにあらず、といった感じだ。

一発目を、外してしまった………。

衝撃の質こそ違えど、その事実には爆発の余波以上の威力があった。

敵のほうがエネルギーの充填が早いのは、先の戦闘でもう証明済みだ。気付かれてしまった以上、こちらのエネルギーがたまるまで待ってくれるはずもない。

「な、何とか……助けなきゃ……」

和樹は体勢を立て直し、ウルテクエンジンを作動させようとする。

が、それは土台無理な話だった。力を込めようとすると逆に前進から流出する………。

「あ、あれ……」

再び倒れこみそうになる所を、慌ててマイトガインが支える。

『無理をするな、和樹君!』

『そうだ。今の君の機体は、立つだけで精一杯なのだぞ』

「で、でも………」

このままでは、初号機はおろか一緒にいる零号機すら危ない。

今行動を起こさなければシンジは死んでしまう。何とかして止めたかった。いや、止めなければならない。

「シンジ君は………死なせたくないんです!」

それは、かつて少年が夕菜を助けるときに決意した森の中の小さな誓いに似ていた。和樹はあの時、最後までその誓いの正体はわからなかったが、今回は理解で きる。

彼は、自分なのだ。

鏡の様な、反対に映っていて、それでもそっくりな運命をたどる。彼は自分と同じ存在なのだ。

だから彼を助けたい。死なせたくなかった。

「僕は…僕は……」

『解ったよ。和樹君』

『ならば、我々も協力しよう』

「え?」

『マイトガインの武装では、彼を助けることはできないが、君にエネルギーを補給することぐらいはできる』

マイトガインに限らず、全てのロボットは、非常用のエネルギーコネクターを装備していた。外部から直接に補給を行うための装備だが、これはガオファイガー にも装備されていた。

新生GGGがガオファイガーを新しく建造するに当たって追加した、機械大戦のときには無かった新装備である。

『後はGGGの保有する、あのツールを使えば』

『敵の砲撃を無視して、直接ぶつけることが可能だ』

「あのツール……!」

しばらく和樹は二人の言うことがわからなかったが、数秒の後に理解した。

(そうか!……あれがあったんだ)

いまだ使われざる、三段飛行甲板空母に眠りし、ガオファイガー専用ツール。

これが、彼を救う手立てになるはずだ。

「じゃあ、舞人さん。お願いします!」

『うん! まかせてくれ!』

それと同時に、和樹は夕菜に連絡を取っていた。





「目標は、ジオフロント内に進入!」

「まずい!」

ネルフ全体に緊張が走った。もはや一刻の猶予もなくなったのである。

「シンジ君急いで!」

『はい!』





初号機の行動は素早かった。すぐさま撃鉄を引きなおし、次弾を装填する

『ヒューズ交換!』

『再充填開始!』

『シンジ君逃げて! 時間を稼ぐのよ!!』

「はい!」

このままここに居ては良い的だ。シンジはミサトの言う通りにした。

充填の為の機材や車をケーブルごと引っ張り、山の崖を伝って下へ降りる。

『発射まで、残り五十秒!』

シンジがポジトロンスナイパーライフルを構える。後は完了まで待つだけだったが……

『目標に、再び高エネルギー反応!』

『そんな!』

「ええ!?」

シンジにもミサトたちの悲鳴は届いている。

「く、くそっ!」

だがもう遅かった。青白い光が、円周部に満ちてゆく。



そしてそれが、放たれた………



「うわあ!」

もう逃げられなかった。今から動いても間に合わない。

シンジは目をつぶった。

(だ、駄目だ……もう、無理だ……)

もう自分はここまでなのだろうか

いや、多分ここまでなんだろうな……

痛みは感じないだろう。多分このままならば……楽に死ねる……


そうだ、楽に………





(君は……本当にそれでいいの!?)

ふと頭の中を、誰かの言葉がよぎった。嫌に響く声だ。

(誰の、声だろう………)

シンジはそこで妙な違和感を覚えた。不快感を覚えるのだ。これは死んだことによるものなのだろうか? いや、やけに生々しい。そう思って目を開ける。

そうしてそこに飛び込んできたのは……

(!?)

「綾波!?」

必死に砲撃を防ぐ、エヴァンゲリオン零号機の姿だった。

「綾波! 綾波!!」

シンジは我に返って零号機に向かって呼びかけた。だが返事が返ってこない。当然のことだった。

『後三十秒!』

(早く、早く、まだなのか!)

だがその間にも、零号機の体は敵の砲撃に蝕まれていった。もう盾はとっくに融け、今やその体で防いでいる有様だ。

これでは、発射まで時間を稼げても零号機は大破してしまう。そうなればパイロットも同じだ。

「綾波!」

もはやパイロットの生死すら解らぬ状態。





しかし、そこへ一つの勇気が………獅子の咆哮が届いた。



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