「何だ、雨が嫌いなのか?」

「嫌いじゃないよ………むしろ結構好き」

「涼しくなるよなあ……」

雨が降っているにしてはやけに蒸す……



ああ、そうか……今は夏だっけか……



自然と、悟っていた。



夏だということも、二人が『誰』なのかも。



「こういう季節は、思い出しちゃう」

「そうだな。雨はそれを忘れさせてくれるものな……」



こういう季節?



何を思い出す?



夢の守人は、静かに見守る。その二人を



「あ、凱。雨、上がったよ」

「本当だ。日差しも出てきたな……」



二人の言うとおり、雲の間から、閃光のような眩しさが照らした。



二人だけではない。それらを眺め続ける『それ』にも、その恩恵は理解できた。



「俺達がEI−01に遭遇したのは、夏で……だから、嫌だったんだろ……」

「うん……けど、こういうのなら、平気かな…蒸し暑いのも、余計に好きになるかも……」



二人の言うことは理解できない。第一理解という行動を行う前に、頭が良く働かない。



ぼんやりしていた。



「ほおら、見ろ和樹、いい景色だろ」



彼は、その微笑を絶やす事無く、隣の恋人からそれを軽々と持ち上げる。



「ああ! そんなに急に持ち上げたら、泣き出しちゃうわよ」

「平気だよ。ほら、さっきと何も変わってやしないよ」

「もう………そういうとこだけ、パパに似ちゃったのね」



もう一つの、大切な人を



「そんな事はないさ。寝相が悪いのは、命にそっくりだぜ」

「変な事言わないでよ!」



彼女の顔は笑っていた。彼の顔も笑っていた。

そして二人の間の子供は………中途半端だった。



「ねえ………凱」

「ん?」

「私……本当は怖い」



それは『二人』がその場ではじめて見た、空虚が入り混じった表情。



「この子が大人になったとき、地球はどうなってるかな……」

「え?」

「誰もが安心して、平和に暮らせるかな……この子は、幸せになれるかな……」



その恐怖は全てに対する怯え



あらゆる『魔』に対しての恐れ……



それでもそれが余り表情に出ないのは、鍛え抜かれた経験によるものか、



二人に対して、見せまいとする気遣いか、



何れにせよ、不幸なものだろうか……それとも、最良の選択なのか……





いや………





「なれるさ」



そのどちらでもない。



「ほんとうに?」



聞き返す彼女は、実はもうわかっていた。

彼が微笑み返すとき、それは勇気の証なのだから……



幸も不幸もないのだ



「少し違うかな………『なれる』んじゃないよ。俺達がそう『させる』んだ。絶対に」



風が吹いていた



蝉が鳴き始めた



草が………揺れていた



「うん………そうだったね」

「不幸になんかさせやしないさ……俺が、俺達が、護っていくんだ。この子の未来を」



命は、飛んでいこうとする帽子を手で押さえながら、遠くを見つめていた。

何処までも、何処までも遠くを……



「んぅ……うみゅあ……」

赤ん坊の方が不満を訴え始めた。

「ああ、ごめん。退屈だったよな………」

「そろそろ帰りましょう。結構遅くなっちゃった」

「雷王のやつがまた騒いでるな、こりゃ」



その言葉と同時に、ブラックアウトとフェードアウトが同時に起こる。



画面がぐるぐる回転する。



『終わり』が近づいているのだ。始めと同じように、それは自然と理解できた。



「和樹、約束するよ………」



「俺は、絶対にお前を幸せにしてみせる。この手で、お前を護ってやるからな」



「夏と、雨が好きになれるように……」



最後の言葉は、響いていた。



獅子王凱……彼の、父親の言葉は……

































ピピピピピピピピピピ!!!!!!



ゴゴン!!!


「痛ったあ!!」

式森和樹は飛び跳ねるようにベッドから転げ落ちた。

「ううう………」

最初に叫んだ悲鳴の後は呻きだ。どうやら頭から落下したらしい。しかも相当いい場所にクリーンヒットしたようだ。

丸太のように床を這い回る。否、転がりまわった。

しばらくすると、ようやく起き上がれる程度に回復したらしい体をゆっくりと起こす。

「あう……酷い、酷すぎる………」

自分の寝相の悪さは理解しているつもりだが、ここまで悪い体制で起きたのはほとんどない。いくらなんでも行き過ぎだった。

「何か悪い夢でも見たっけかな……」

いや、そんなはずはないと思う。

内容はほとんど覚えていないが、とてもいい夢だったのは確かだ。

「何だったかなあ……」

真昼あたりの夢だったはず……それで雨が降って、途中で止んで……

そんな事を思っていると、ふと一緒に落下してきた時計が眼に入った。

あんなに勢いよく落下したのにまだ壊れてはいない。

「結構こっちも丈夫………」

彼の言葉はそこで止まった。

なぜならその時計は………



月曜日の、午後三時半を指していたのだから。



「ああああああああ!*?‘@¥@^−:・」



式森和樹、本日二度目の悲鳴でありました。









第四十三話   木と土









「おーい、休憩だ」

「へい………」

彼はこの仕事を始めて、もう三十年以上になっていた。

ビルの下請け仕事や、道路、トンネル工事などは手馴れたものとなっている。
但し、それと不満がないかということとは別問題だ。なれてしまったのは、この仕事を続けたから。続けなければならなかったからだ。

「あ〜あ……いつまでこんな仕事やってんだろ」

自分には魔法回数が平均よりも低かった。それが為、学生時代にも大して目立った成績は出ず、大学にも行けず、こんな所で労働している。

「大体、低賃金でこんな重労働なんて割に合わないっての……」

不満があったのは昔からだが、最近特にそれが酷くなってきたような気がする。セメントを混ぜるとき、発破を仕掛けるとき、その他もろもろ全ての作業中にこ うした空しい怒りが込み上げるのだ。

「何か、一気にスパッと切れるようなものないもんかねえ……」

彼のいった『切れる』という言葉にはどんな含みがあったのだろう。

世を切りたいのか、

トンネルか、

人か、

はたまた自分自身か、



「いいでしょう……その望み、叶えてあげ るわ」



何れにせよ彼等が……機械四天王が現れた以上、そんな疑問は意味を成さない。

「な! 何だアンタ!!」

彼らの瞳に魅入られし者は決して逃れられない……

「正義の味方よ。あなたの願いを叶えてあげる」

「あ…ああ………」

ただ破壊を行うのみ。ただ紫の光に飲まれるだけ………

「さあ、これを受け取りなさい」

ただ苦痛も快楽もなく、ただ精神を蝕まれるだけ………

「う、うあ……うあああ!!!



全ての怒りは忘却へ、全ての空しさは彼方へ……

全て帰依するだけなのだから………





キ〜ン、コ〜ン、カ〜ン、コ〜ン

この日本で生きとし生ける人間、全ての者が必ず耳にしたであろう、あるいはこれからするであろう音。

「よ〜し、じゃあ今日はこれで終了」

そこにいる大人にとっては脱力と共に訪れる安堵の音であり、子供にとっては気合と一緒に迎える愉悦のサインだ。

「いいか、お前等。カツアゲ、万引き、拾い食いは言うまでもないが、詐欺や麻薬密輸、競馬に放火に株の売買も全て我慢しろ。破ったらただじゃおかんぞ」

要するに、授業終了の合図。

もちろん葵学園二年B組の生徒はこんな内容の忠告を聞くはずがない。というより聞いても聞かなくても結果は同じなのだ。いつものように、仲間割れで終わる のだから。

「お〜い。宮間、ついでに栗岡も」

「はい?」

「舞穂はついで?」

夕菜は担任である教師、伊庭かおりに呼び止められた。これから夕菜や舞穂と一緒に帰ろうとしたのだが、そこを呼び止められる形となった。

「式森のやつは?」

「眠そうだったんです。学校ですよって言ったんですけど、『あと五分だけ』って言うから……」

「そりゃ無理だよ。あと五分って言うやつが起きる確率は限りなくゼロに近いんだからな。いくら勇気で補ったって駄目だ」

「すみません。ちゃんと起こすべきでした……」

「大丈夫だよ。舞穂が×××して起こしてあげるから」

次の瞬間周りの空気が真っ白を超えた青白になった。ゆうなどは聞いた瞬間卒倒しかけてしまう。

「舞穂ちゃん、何てこと言うんです! そういうことは駄目って言ってるじゃないですか!!」

「え〜どうして? これなら確実に起きるよ。万が一駄目でも××××××とか××なんかでも……」

「やめなさーい!」

余りの発言に耐えかねたのか、夕菜が愛穂の口を押さえようとする。だが舞穂も負けじと続けようとした。

「なんで? 夕菜さんも一緒に××××××すればいいよ。何なら×××で一緒に××××でも……むぐう……」

「ストーップ! それ以上、禁止用語は使っちゃいけません!!」

伊庭はそれをあほらしそうに見つめていた。





そんな状態が十分ぐらい続いた後、ようやく伊庭は本題を話し始めた。

「GGGのGSライド搭載AIが完成したんで、今日は早めに来るように伝えてくれって、式森の親父さんから連絡があったの。私も行くからな」

「AI…………レスキュー用ビークルロボットですね」

二人とも先ほどの騒動で乱れた服装を直しながら神妙に話を聞いていた。



AIロボ………すなわち、アーティフィカル・インテリジェンス・ロボット。人工知能を搭載した人型機械である。

旧GGGもこれらAIロボットによって、それによって勝利を勝ち取ることができた。

「それが完成したって事は、それを利用すれば、和樹さんの負担も減るって事ですね」

「うん、そうだね」

夕菜の笑うしぐさに舞穂もつられて笑顔になる。

だが伊庭はその夕菜の言葉に気付き、戒める様に言った。

「宮間、いい機会だから言っておくけど、間違ってもあいつらの前で『利用する』なんて言葉を使うなよ」

「え?」

「あいつらのAIはそんじょそこらのものとは違うんだからな。絶対に拗ねるぞ、そんな事言ったら」

AIロボットは、その機体の稼動にはGSライドを用いているが、その動力源自体は全てGストーンを用いている。

Gストーンはその結晶構造を保ったまま分割させることで、微細な欠片までもが能力を維持できるという特性があった。これによって、数々のGストーン機械を 作り出すことができたのである。

さらにGストーン搭載のAIは自己学習機能が付けられており、人語さえも話すことができる。つまりは人間と変わりない能力が待てるのだ。

「そうですか……気を付けないといけませんね」

AIとて人間と同じ。

それはGGGにおいて忘れてはいけない暗黙の了解だ。夕菜は解っていなかったのを少し恥じた。

「ああ、あいつ等のAIは自己育成型だ。一応基本概念は教えてあるけど、これからの教育でどうなるかわかったもんじゃないからな」

「ごめんなさい」

「まあ、風椿と神城にはもう言ってあるから、早いとこ行こう。式森には基地で合流するように言っておいて」

「はい」



ちなみに、AIの基礎学習は伊庭が施したものだという。だからいままで出番が無かったというのだが………

「絶対あとから付け加えた、こじつけですよね。伊庭先生の出番が第十話以降ないからそれを隠すための……」

「舞穂もそう思う」

「やっぱりお前等もか……」





実はこの時、和樹はもう基地についていた。どうせ今行っても帰りのHRに参加出来るかすら怪しい。いっそのこと今日は欠席にして、直接GGGに向かった方 が早いと思ったのだ。

「ふうん、学校も大変だね。和樹くんは苦労人だ」

「解ってくれるんですか?」

今まで和樹の事を親身に思ってくれる人は、皆無と言っていいほどだった。こうやって話を聞いてくれる人がいるだけでも、涙がでるほど嬉しい。

「うん。まあ君の身にはなりたくないけど、学校っていうのは色々あるしね……」

ここはGGGベイタワー基地のCライン。機動部隊緊急出動用海底道路網や物資搬入路など、外へももう一つの出口を司る所である。

彼は今、オペレーターの初野華と共に移動中なのであった。

「最近夕菜と一緒に変える日も多いから、クラスの皆に目を付けられる回数も、徐々に増してきて……」

「あはは、人気あるものね。夕菜ちゃん」

「それいったら、華さんだって人気あるじゃないですか」

これは本当のことだった。彼女は新生GGG発足当時から隊員達の憧れの的なのだ。GGG女性隊員たちはどれも美人ぞろいで、ファンクラブも多数あるのだ が、華はそれらの中でもトップの座にいた。

『あのルックス、あの手腕、そして何よりあの笑顔!』と、整備部の人が和樹にこう語ったことがある。

「そんな事ないわよ。私って、そそっかしい事あるし」

華は笑いながら和樹に答えた。

まただ、と和樹は思った。いつも華はこんな形でしか答えない。告白の類が後を絶たないにも―――男性どころか女性までも存在する―――関らず、それらに 乗ったという話は聞いていない。

やんわりとした態度で断られてしまうため、それ以上何もいえないのだ。

(つかみ所が、あるようでないよなあ……華さんって)

だが次の瞬間、和樹はあるものに気付いた。

「華さんの指についてるそれ……指輪ですよね……」

それは左手の薬指にはめられていた。緑色に輝いていて、ほのかに黄金にきらめく、シンプルだがそれだけにその美しさには目を張るものがある。

和樹は少し安心したように笑った。

「なんだ。華さんだって、『そういう人』がいるんじゃないですか」

彼は気付いていなかった。

「誰に貰ったんですか? 僕の知ってる人ですか?」

彼女の顔が、ほんの少しだけれど……曇っていたことに。



「和樹くん。着いたよ………」

「え? あ……ハイ」

和樹は言葉を中断せざるを得なかった。彼女の口調が少し強かったようにも感じたからだ。

見ると華は先ほどまでと違い、和樹よりもやや前を歩いていた。先導するためとも取れるが、顔が少しうつむいているように見えた。

(もしかして……変なこと聞いちゃったかな……)

よく考えればこれは彼女のプライベートだ。仲良くなったとは言っても土足でそこまで踏み込んでいいものではない。

少し気まずかった。

「あの……華さ…」

「じゃあ、開けるよ」

またも和樹の言葉が中断される。彼女は二人が辿り着いた『壁』にあるパネルを叩き始めた。

程なくして、巨大な轟音と共に、扉が開き始めた。

これが彼等の目的。新型ビークルマシン『木と土』を見るために、和樹たちはわざわざ歩いていたのだ。

どういても葵学園から夕菜が到着するまで和樹は暇を持て余す事になってしまう。それならば…ということで一足先に見学というわけなのだ。

「入ってもいいんですか?」

「もちろん。だって和樹君といっしょに戦うんだよ。今明かりつけるから」

『彼等』は機動部隊に配属予定である。当然直接に命令するのは、隊長の和樹というわけなのだ。

これから部下と上司に板挟みになる中間管理職になるのかなあ……そんな事をぼんやりと思っていると一瞬にして部屋の中が光で満たされた。



「うわ………」

次の瞬間、和樹は言葉が出なかった。

部屋が思ったよりも広いとかそういうことじゃない。ビークルロボットの収納するのだから、広いことぐらい予想はつく。

もはやさっきまで華との間に感じていた僅かなわだかまりなどどうでも良かった。

中に存在していたそれは、圧倒的な威圧感と強烈までの存在感を出していたからだ。

「これが、『木と土』………」

ビークルというには余りにも大きすぎる。レスキュー用というには余りにもあでやか過ぎる。

その二体………



「木竜と、土竜………」



だが、彼の驚愕はこれだけでは終わらない。

突如、鈍い音が彼の耳を叩いたのだ。それは二体のマシン、AI起動音に他ならない。

「え? 何の音……」

「ああ、起きたのね、二人とも。どう、よく眠れた?」

華の問いに、その『二人』は間髪いれずに答えて見せた。

「ええ、体調も良好ですぜ」

「初野隊員も、お元気そうで何より」


和樹は文字通り、開いた口が塞がらなくなってしまった。

前の事件で出会ったマイトガインにも、彼等のようなAIは搭載されていて、和樹自身それを目の当たりにしている。だが、こうして再び見ると、どうしても疑 いたくなってくる。

「ええっと……黒緑のパワーショベルカーが木竜。茶赤のタンクローリー車が土竜ね」

華はそれぞれの機体説明をする。実際見たほうが早いと思って、詳しいことは教えてなかったのだ。

「でも、なんでショベルカーとかなんです? レスキュー用だったら、もっとほかに適切な車が……」

「それは私達の武装に関係しているのだ」

横から、いや上から木竜が口を挟んだ。その声は冷静だが、どこかトゲのあるように思える。

さらにその隣の土竜までもが、荒々しい声で突っ込んできた。

「そのぐらいカタログでチェックしてくれよ。つーか、アンタ誰だよ? 今まで僕達が見た事無い顔だけど?」

「え?」

「ああ、この子は式森和樹君。前から話したとおり、君たちの隊長よ」

華は彼等の機嫌の悪さに気付いているはずだった。それでも笑みを絶やす事無く和樹を紹介する。

「でも、君たち彼だって本当は知ってるはずでしょ。どうしてそんな事聞いたの?」

傍にいる和樹まで背筋が凍る。

華の顔は笑ってはいたが、ある種の恐怖を感じずにはいられなかった。それはイタズラをした子供に対し、親が怒る気持ちに似ていたかもしれない。

「すまねえっす、解りました。初野さん」

「本当のことを話しましょう」

彼等の語気が元に戻る。それと同時に、二人の口調には真剣さが含まれていた。



「あなたにお願いがあります」

「とても大切なことです。そこにいる彼にとっても」

隊長といわずに、和樹を彼と呼んだ。

その時点で、あるいは彼等の要求は予想できたかもしれない。



「「我々は、式森和樹の下では、働きたくありませ ん」



という願いは………

BACK  TOP  NEXT




inserted by FC2 system