「………話をまとめると要するに、そいつ等は式森の下では働きたくはないと」

「うん、そういうことになっちゃうんだけど……」

そこにいる二人、初野華と伊庭かおりは昔からの付き合いだった。とある出来事を通じて知り合って以来、彼女達の仲は何でも話せる親友といってもいい位、深 いものとなっていたのだ。

「当の隊長さんは何やってんの?」

「別にそれほど塞ぎ込んでる訳じゃないけど……ショックだろうね、やっぱり……」

「情けないなあ。わが教え子ながら」

AIの基礎教育を施したのはかおりだ。そういう意味では、木竜と土竜も教え子になるわけなのだが、まあ言わないでおこう。

「それでね、かおりちゃん。具体的な理由だけど」

「かおりちゃんは止めろっての! ………で、何なの、それは」

何時も『ちゃん』付けで自分のことを呼ぶ彼女を、かおりは悪く感じはしなかった。最初は腹がたったがそのうち気にしなくなっている。突っ込むのは習慣に なってしまったけれど………。

「つまり、『情けないから』だって」

その言葉を聞いた瞬間、かおりは全てを理解した。

と同時に、これが難解な問題であることも、用意に予想できたのだった。








第四十四話        木と土(中編)








「和樹さん! 何をそんなに緩んじゃってるんですか!!」

夕菜はしきりに少年の肩をゆすっていた。

けれど少年、椅子に座ったまま、だらしなく笑っている。

「いいよ、夕菜……特に気にしちゃいないし」

「そういう問題じゃないです! いいですか、隊長として常に毅然とした態度でいてくれないと困ります!!」

「そうだ式森。そういう態度が、あの二体を付け上がらせるんだぞ」

凜は静かな声で言ったが、それでも苛立ちを隠せないでいる。

「そんな事言われてもなあ……」

二人の言ったことは確かに正論かもしれない。でもその前に木竜と土竜が言ったことのほうが的を射て正しいのだ。

和樹の中では、格納庫で二人が言ったことがリピートされていた。





『我々は伊庭かおり教官の指示で、式森和樹とガオファイガーの戦いぶりを見ておけといわれました』

『ついでに、獅子王前機動隊長の活躍ぶりもメモリーに入れておけ、と』

なるほど、確かに普通の流れだ。それによって戦いがどういうものかを把握する必要がある。如何にレスキュー用とはいえ、出動する場所は戦場なのだから。

『しかし、我々は疑問に思いました。なぜこうも戦い方に差が出てしまうのかと』

『前機動隊長と比べると、どうも後者は荒っぽい。敵の能力に差があるという点を差し引いても、戦い方にかなりムラがあった』

『そこで我々はデータバンクにアクセスし、式森和樹なるものがどういった人物なのかを測ることにしました』

そしてそこで、彼等二人は驚くべき発見をしたのだった。

『全然なってない。それどころかたった五回の戦闘で十回近くも死に掛けています』

『よく見てみれば、簡単な受身の方法すら取れていない。自身を鍛えていればあるいは、というケースが余りにも多すぎだ』

ぐさりと和樹の心に槍が突き刺さった瞬間だった。

そしてそれは超重力を味方につけたかのようにズブリズブリと深く食い込んでいく

『更に調べれば、ほんの一月ほど前まで、勉強できない、運動ダメ、無趣味と取り柄の欠片もなかったらしい』

『これでは我々の第一目標である人命救助を完遂することは、きわめて難しい。いや、救助どころか身を守る事さえ危ういでしょう』

『僕達が戦うこと自体は文句ない。それが僕達の使命だし、何よりこの仕事に携われることを誇りに思う。だが!』



『『その前に自分が死ぬようなことは、断じて避け たいのです』』





回想が一通り終了すると同時に、また夕菜が声をぶっかけた。

「和樹さん、話し聞いてますか?」

「え、何?」

「ほら、やっぱり聞いてない」

夕菜の顔が膨れ上がる。思えば嫉妬以外で彼女がこんなに苛ついているのは見たことがない。

珍しいな。そんな事をぼんやりと思っていると、横から舞穂が顔を出した。

「もう一回あの二人に会いに行こうって言ったんだよ」

「いくらなんでも狭量すぎる。お前がどんなに頑張ってきたか、教えてやれ」

「無理だと思うけどなあ………」

和樹の態度に、凜も苛ついた表様になった。いくら和樹でもこれは緩みすぎだ。あれだけ言われたら普通どんな男でも反発するのが普通だというのに。

それなのに目の前にいる隊長は、眼を薄く開けたまま物思いに耽っている。ぬかに釘を打つどころか、転んで頭から突っ込んでしまった気分である。

「止めときなさいよ」

横からキーボードを叩いている玖里子が声をかけた。彼女も一緒に事情を聞いたはずだった。けれどもこうして自分の仕事に取り組んでいる。

「そんな!?」

「玖里子さんまでそんな事言うんですか」

玖里子は眼を合わせる事無く答える。

「あの二体はね。人命救助を以下に適切かつ迅速に行えるかを考えて、そういう結論に至ったのよ。それを無理にロボット三原則で縛り付けたら、それこそ ショートしちゃうわ」

彼等が人間の命に従い、その命を遂行するために出した結論……それが機動部隊では働きたくないということだったのだ。それを無視しろと言う事は矛盾した命 令を送ることに等しい。

「和樹自身が何とかするしかないのよ。自分は充分できるんだって」

夕菜は押し黙った表情になった。こういうときに役に立てないのは、本当に心苦しい。胸が締め付けられそうになる。

「夕菜。心配しなくてもいいよ」

「和樹さん………」

「あの二人が言うことは事実なんだし、僕が不甲斐無いのも本当なんだから。これから何とかしていけばいいよ。だから、そんなに落ち込まないで」

「でも………」

自分の好きな人がそんな風に思われるのは心苦しい。夕菜はそう言おうとした。

けれども、運命の歯車は常に人を不幸にさせようと動き出す。



突如として警報が鳴り響いたのだ。

「ゾンダー!」

栗丘舞穂の、ゾンダーにのみ反応する、緊急のシグナルが!







鹿島第七トンネル。

交通の便の悪さを一気に解決するため打ち出された交通計画の、最後の締めとなる筈の、まだ開発中のトンネルだった。

「に、逃げろ! みんな逃げろぉ!!」

だが、いかに開発中だろうと、敵の魔の手は忍び寄る。

「う、うわあ!」

「か、怪物!?」

「ひええ………」

悲鳴と恐怖、慟哭と絶望が入り混じる世界が、そこでは展開されていた。

突如として現れたそれは、悪夢を撒き散らし、人の心を食い尽くしている。トンネルの中は、阿鼻叫喚の地獄絵図とはまさにこの事だった。

その様子を空高くからじっと眺めていたミレイは、基地へと檄を飛ばしたのだった。

「チィ! 空カラジャ良ク見えネエゼ。オイ、メインオーダールーム、サッサト発進シロ!」





『第三次緊急指令が発動されました。GGG全隊員は、非常マニュアルに従って行動してください。繰り返します……』

ドリルガオーに乗り込んでも、夕菜の放送は聞こえてくる。エヴォリュダーの持つ超鋭敏な聴覚の賜物だった。

そして、それに何処となく覇気が無いのもわかってしまう。

『いいか、式森君。ゾンダーがトンネル内にいることはわかったが、それ以上詳しい状況はわかってない。まずはドリルガオーで中に潜行してくれ。職員達も大 勢残っているはずだから、生死を確認してからだ』

今は作戦参謀となった紅尉の声がそれに被さった。

「わかりました」

『宮間君のことは気にするな。君が普段通りに戦っていれば、何の問題もない』

「はい………」

普段どおりというのは、前回や前々回のようにピンチになれということだろうか?

さすがにお断りの展開だった。

『システムオールクリア。発進口、開きます』

まあ、とりあえずベストを尽くそう。それが実父に近づく最良の道であり、皆を守る唯一の手立てなのだから………

『ドリルガオー発進、どうぞ!』

「式森和樹、ドリルガオー行きます!!」

和樹のため、ドリルガオーの操縦口の片方はエヴォリアルシステムを搭載してある。さらに緊急時にはオートで補助AIが作動するようになっている。これなら ば和樹も扱う事は可能だった。

轟音と共にドリルガオーは空母を離れ、地底深くへと走行した。





「木竜と土竜も出撃させてくれ」

「え?」

雷王が眉をひそめたまま言った。

「和樹一人で救助まで行うのは無理だ。へばっちまうのがオチだろうな。何より時間が掛かりすぎる」

「そうですね。98%、不可能ですな」

「やっと何時もの口癖が出たな両輔……よし!」

彼は意を決した様に華の方に目線をずらした。そしてそのまま指令を送る。

「初野!」

「まだシュミュレーションの段階ですよ?」

「構わないさ、ちょうどいい機会だ。伊庭に連絡とってくれ」





「了解………え?……別に構わないよ。昔からの付き合いだし、それじゃあ」

かおりは通信を切ると、傍にいる二体……木竜と土竜に向き直った。どうもする事無く、ただ彼女はそこにいるだけだったのだが、この場合は幸運だった。

「おーい。起きてるか?」

「「はい」」

「だったら、命令だ。これから言うポイントに向かって、取り残された人たちの救出を行うこと。わかった?」

「了解しました。しかし……」

彼女はその先を言わせなかった。

右手を突き上げて「待った」のサインを送る。

「式森もいるけどな、別に従う必要はないよ。お前達の自由意志で行動して、もっとも適切と思う行動を取れ。わかったね」

「そういうことでしたら……」

二体は納得したように……といっても口はないが、発進口へ向かい始めた。

それを見ていたかおりの顔には、心配している表情など一片たりとて無かった。むしろ二夜ついた表情で二体の発進を見送っている。

彼女に占いの素質は皆無だ。それでもわかる。

かおりは確信しているのだ。時間こそかかるだろうが、それでも木竜と土竜は、必ず和樹を『隊長』と呼ぶことになるだろうと。

「ま、がんばんなよ。式森………」





地中を走行して二十分ほど経ったが、一向に出口は見えてこない。時間的にはもうついてもいい頃だ。座標はドリルガオーに転送されているはずだから、放って おいても着く筈なのだが……

「道を間違える…分けないよなあ………」

一旦戻ってみようか、そんな事まで考えたとき。

「……うわた!」

ガクン、という音と共にドリルガオーがストップした。衝撃で前につんのめり、危うくフロントガラスに頭をぶつけそうになる。

危なかったと思った。通常の硬質ガラスの五倍の強度と言っていた。いくらエヴォリュダーでも痛いはずだ。

「あれ、ここは……?」

和樹は外の様子が少し違うことに気付いた。中が広い空洞になっている。天井は丸みを帯びていて、所々ひびが入っていた。おまけに今まで黒々としていた土 だったのが少し灰を帯びている。そう、これは………

「コンクリートだ……」

ゾンダーの反応があったのはトンネルだ。とするとここがその辺りと言う事になる。

和樹はドリルガオーを降りた。

「硫黄かな……うわ、嫌な臭い……」

変な臭いがする。融けたコンクリートとペンキ、それ以外にも何かしらの異臭が鼻を衝いた。まるで腐った卵だ……

和樹は連絡を取ろうとした。

「メインオーダールーム、聞こえる?………夕菜?」

が、反応はない。どうしよう……状況を整理しようにもこれでは何もできない。

「歩いて探すしかないのか………」

自分の不幸にもかなり磨きが掛かってきたと、ある意味感心した。

「死人はいないと思うけど………」

和樹は恐る恐る奥へと進んだ。





「ドリルガオー。反応が消えました」

「強力なジャミングね。これじゃあ、連絡は取れないわ」

一同の中に緊張が走る。中と連絡が取れないというのはもっとも危険な状態だ。

しかもさらに追い討ちがかけられる。夕菜の服の裾を、舞穂が引っ張っていた。

「夕菜さん。なんかおかしい」

「え?」

「ゾンダーは感じるんだけど、どこか妙なの。いつもみたいに一点に集中してるんじゃなくて、薄い膜を張ってある感じで……」

「薄い……膜……!?」

夕菜が十七歳でオペレーターになったのはただ保護を受けるためではない。彼女には状況把握するだけの充分な実力があった。増してや舞穂にこれだけのヒント を与えられれば、気付くのは当然だ。

「長官、和樹さんが!」

しかしそれは、彼女の中に不安を撒く事でもある。急いで彼女は叫んでいた。





「う〜ん………」

ゾンダーの最終的な進化の到達点、それは全ての生物をゾンダー化させるための苗床、ゾンダーメタルプラントなのだ。

つまり全生命のゾンダー化……いわゆる機界昇華を遂行するため、人間は生かしておかなければならない。

よってあえて人間を殺すようなことは絶対にしない。和樹が探しているのは、あくまで二次災害で逃げ遅れた人なのである。

しかし………

「何もないな……」

空洞がかなり広がっていて、一直線だったため迷うことはないが、それでも一人で歩くと心細い。

以前の自分だったら、足がすくんで動けなかったかもしれない。嫌、確実にそうだっただろう。それでも恐怖こそ感じるが、脚の動きは止まろうとはしなかっ た。

「僕も少しは成長したのかな……」

ぼんやりと思っていた次の瞬間。


ガタン!


前方から音がする。一瞬空耳かと思ったのだが。


ガタン!


また同じ音がした。今度は空耳ではない。しかもよく聞くとガリガリと何かを削るような音まで聞こえてくる。

「敵!?」

和樹は左手の肘に手をかけた。もし敵がゾンダーロボだとすればウィルナイフ一本では分が悪い。本体だけだったとしても重大な問題が残っている。

(舞穂ちゃんが………いない…)

ゾンダー化された人々を元に戻すための鍵を持つ人物が、ここにはいない。

おまけにここは地下だ。下手に動き回って生き埋めにでもなったりしたら、いくらエヴォリュダーでも生きて帰還するのは難しい。

考えている間に自分の中に恐怖が生まれてきた。足元を見ると、震えながら後ろにゆっくりと下がっている。

やっぱり成長なんかしていないじゃないか。僕はバカだ!

自分を呪いながら必死に押さえようとするが。のうがアドレナリンを多量に分泌するように指令を送り続ける。しかし、それでも反応はなかった。

そして、巨大な轟音と共に壁が破られた。



頼りない覚悟を決めた和樹の前に現れたもの、それは………



「ん? おい、木竜。あいつは……」

「データ解析完了。式森和樹と断定した」

雷王の司令を受け、別ルートから進行したビークルマシンだった。

相変わらず車……つまりはビークルモードの状態だが、それでも声は響いている。

和樹は恐る恐る声をかけた。

「き、君達もここに来たの?」

「まあな、僕達のAIは、ここに生存者がいる可能性が最も高いって判断したんだよ」

土竜がぶっきらぼうに答えた。

「でも……どうやってここへ?」

姿形だけ見てだけでは、彼等がここへ到達できるだけの装備をしているとは到底思えない。

しかし土竜はそんな事も知らないのか、といわんばかりの口調で答えた。

「僕達の能力を持ってすれば、造作もないことなのさ」

土竜はまだ何か言おうとしたが、なにやら別作業をしていた木竜が呼びかけた。

「土竜。どうやら半径二キロ圏内に生命反応は存在しないようだ。これ以上ここにいても無意味だろう」

「そうか。ま、そういうことだからよ。僕達はここで失礼するぜ」

余りにもそっけない態度だった。しかしそのそっけない態度だからである。一樹の脳裏に悪い予感が走ったのは。

方向を切り替えようとした二人を急いで呼び止める。

「ち、ちょっと待ってよ。もう少し調べたって……」

いくらなんでも人っ子一人いないと言うのは不自然だ。もしかしたら何か理由があるんじゃないのか。そう和樹は判断した。が、ビークルマシンはそれこそ迷惑 なように言った。

「私達は、私達の自由意志で行動する許可を得ている。残念ながらあなたの提案を呑むことはできない」

「でも………」

何とか呼び止めようとした。彼等を行かせてはならない様な気がしたのだ。ここで彼等が引き返せば、何かが起こる………そう感じたのだ。



和樹の判断は正しかったといってもいい。



但し………少し時間が遅かった………。



突如として巨大な轟音が和樹達を襲った。一回ではない。二回、三回四回。回を増すごとに衝撃は大きくなる。木竜たちが壁を突き進むときに出た音など、これ に比べれば可愛いものだ。

「こ、この地響きは………」

「木竜!」

「解っている………」

木竜が内蔵のセンサーで調べる。だがそれは、わずか数秒で恐るべき結果を伝えてくる。

「素粒子Zゼロ反応を感知……。こ、これは!」

「どうしたの!?」

ここへ来て常に冷静だった木竜の声質が驚愕に満ちていた。素粒子Zゼロ反応が出ただけではないというのはそれからも解る。

「この一帯……周り全てから検出されています……」

いつの間にか和樹に対して素っ気無く答えるという『常識』すら忘れてしまうほど彼の声は驚きに、いや恐れに満ちていた。

「じ、じゃあ、まさか………」

「このトンネル自体が………」

和樹はその先を言えなかった。

巨大な轟音と共に、壁が崩された………


BACK  TOP  NEXT


inserted by FC2 system