夜の街―――本来ならば、女子供は寝る。本来ならば、男性は仕事を終わらせ帰宅するか、もしくは色街に繰り出すか……

何にせよ、各々の目的によって住み分けは出来ていると言う訳だ。
だが、今のこの状態を一言で表すならば、それは『混沌』だった。

「ハッ! どうやらここまでは追って来れないようだな!」

一人の男が、高層ビル群の中を移動していることからも、それは明らかであろう。
空を飛ぶこと自体は、この魔法の発達した世界……特にこの首都ミッドチルダでは、さして珍しい事ではない。

「この私を捕えるなど………追いつくことすら出来ん!」

しかし、彼の行動は、明らかに正規の手順を踏んではいない。それどころか、彼の雰囲気は決して表街道を出歩く身ではない。

「よし………」

十分に追っ手を引き離したと判断した彼は、近くの高層ビルに降り立った。

「ここまで来れば……」

追ってはこれない。
後はいつも通り、闇にまぎれて姿を消すのみだ。

そう思った瞬間………

「ん?」

天空から、光り輝く火の玉が降ってきた。

「なにっ!?」

間一髪で、彼はその場から飛びのくことが出来た。あともう少し気付くのが遅れていたら確実にやられていたはずである。
それは先程まで自分のいた場所が魔力弾によって抉られている事からも明らかだ。

男の額に冷や汗を流しているのがわかる、しかしそれを拭う心の余裕はなかった。

(クッ……一体何者……)

この心情を言葉に表す前に、

「そこまでだ」

凛とした声が、男の後ろから響く。それを聞いて、男はますます驚愕した。

バカな、何時の間に後ろを取られた!?

魔力弾を避けた後、自分は周囲に気を配っていた。その後に自分の背後に回るのは不可能だ。探知能力には自身がある。
万が一気付かなかったとしても、それならば自分はかわせる事無く死んでいる筈だ。

(………と言う事は!?)

男は今更ながら後ろを振り向き、思った。
魔力弾を放ったものは、初めから自分の後ろを取っていたのだ。

「管理局の………追っ手だと!?」

夜のネオンサインをバックのそびえ立つ、その男は………ずっと離れる事無く、自分についてきたのである。

「一つ違うな……俺は管理局の人間じゃない」

精悍な狼の顔から発せられる眼光が、彼を貫いた。

「宇宙警察SPDミッドチルダ署捜査官………ただ今、時空管理局研修中のドギー=クルーガーだ」





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男の名はバッカス。

彼はロストロギア不法所持の疑いで、指名手配中の凶悪犯罪者だった。
そしてこの日、時空管理局はトラップを仕掛け、彼を追い詰めることに成功したのだ。

が、運命は彼を見捨てず、力で持って強引に包囲網を突破。更にここに来るまで追って来た捜査官を、全て殺害したのである。
そしてこのミッドチルダの街を全力で飛行しながら逃亡中というわけだった。

そう、彼の中には今まで、お上の手を退け続けてきた自信があったのだ。
しかし彼、ドギー=クルーガーにとって、そんな自身などは全く意味を成さない。

「ロストロギア不法所持、並びに二十三名の職員殺害の罪で逮捕する」

「宇宙警察だと………馬鹿な!?」

バッカスの驚いた様子に、ドギーは苦笑するのを抑えた。

宇宙警察は、彼ら違法魔導士を捕まえるのが仕事ではない。

その完璧な畑違いな男が、自分についてきた。
しかもこの星の人間ではない。アヌビス星人の自分に………

違う専門家………そして、異星人に出し抜かれた。
この事実が、更に彼の自尊心を傷つけたのであろう。

少しばかり同情を覚えた研修中の宇宙警察捜査官は、できるだけ優しい声で自首することを提案した。

「安心しろ。管理局は、その場で裁判所に即決を求めることは出来ないらしいからな。おとなしく投降すれば、弁護の機会はお前にある。おとなしく、武器とお前が持つロストロギアを………」

「誰がやるか!」

そのドギーの態度の逆上したのか、バッカスはそう言うと、コートの奥に隠していた銀色のボールを取り出した。

大きさは野球の球よりも二回り大きいぐらいだろうか……所々に穴が開いていて、黒い内部が覗いていた。

「来い、アーナロイド!」

『OK. Standing by.』

球はバッカスが放り投げると、即座に機動音を発し、そして地面に落ちると同時に、開いていた穴から、螺旋状に黒い光が吐き出された。

やがてそれは、人の形を形成し、実体化する。それも何体もの量だった。

「アーナロイドか………」

ドギーの目の前に出現した機械仕掛けの人形は、ざっと見ただけでも三十体はいる。

だがドギーは怯んだ様子もなく、ただ少し感心しただけだった。

「良く、これだけの量を集められたものだな」

「何を言うか! どれだけの凄腕かは知らんが、私とのこのドロイド兵を相手に出来ると思っているのか!?」

ドロイド兵というのは、この星のみならず、多数の次元に置いて出回っている戦闘機械兵である。

アーナロイドは、その中でも最も量産性に適したもので、性能や一対一の技量こそ、魔術師や他のクグツ兵に劣るが、その凡庸性は侮れないものがある。

事実、彼が包囲網を突破した理由も、このドロイド兵を上手く利用したことにあるのだ。

だが、目の前に立つ追っ手は、それに臆した様子など微塵も見せない。

「どうやら、かなり大きなバックアップがあるらしいな。黒幕は誰だ?」

「ほざけ!」

自分に対する態度が少しも変わらないこと。格下扱いしていること。両方が彼の気に障った。
もう、最初の冷静さは完全に消し飛んだといってもいいだろう。

自分は昔から、相手の神経を逆撫でさせる事だけは上手かった。

恐らくバッカスは、アーナロイドに一斉攻撃を命じるはずだ。

「覚悟し………」

今の自分はデバイスはおろか、まともにファイティングポーズを取ってすらいない、腕を組んだままだ。

(説得は無理か………仕方がない)

出来る限り不用意に力は使いたくなかったが、この世間知らずに世の中を教えてやるのも、また捜査官の務めかもしれない。たとえ本来担当する相手が違ったとしても。


が………


その目論見は、先程の魔力弾と同様に突如飛来した、乱入者によって砕かれる事となる。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

「な!?」

「にぃ!?」

バッカスとドギーが同時に驚愕し、叫び声を挙げる。だが、それには遅すぎたかもしれない。

天空からの叫び声から、数秒もいかぬまに、無数の魔力刃が出現していた。一つ一つに環状の魔法陣が取り巻いており、とても数え切れる物ではない。

瞬く間に、空と、彼らの立つビルの屋上との距離を詰め、ネオンの光など比べ物にならない位の閃光が迸った。

「うおおおお!!!??」

自分に襲い掛かる予定だったドロイド兵が、あっという間に魔力刃に貫かれ、その機能を停止する。
ドギーは必死に、その一本一本を回避する。ほんの少しでも当たれば致命的だった。

そう、自分はこの魔法を良く知っている。当然それを使ったやつが誰なのかも、わかっている。

自分がいることを知っておきながら、この魔法を使ったのである。
魔法が止んだ時、先程まで冷静沈着だった、彼の脳内は、一瞬にして沸騰していた。

「こぉら、クライド!! お前また俺ごと打ち抜くつもりだったな!!!」

怒りの余り罵声を空に向かって浴びせかける。土煙の中で、視界はハッキリしないが、それが余計に彼の怒りをあおった。

やがて、黒い無機質な杖―ストレージデバイスを構えた男が、ドギーの前に降り立った。ドギーと違って普通の人間の顔つきである

「何を言うんだ、クルーガー捜査官。僕は一つ一つに狙いを定めていたんだよ。君に当たるはずがないだろう」

クライドと呼ばれた男は、特に悪びれた様子もなく、平然と言ってのける。
顔の下半分だけが、煙の向こうからこっちを笑っていた。

「ふざけるな! 半分がこっちに来ていたぞ!!」

「ああ、だったら頭が冷えて、ちょうど良かったんじゃないか?」

反省の色すらない。

ドギーはその態度で確信した。コイツは明らかに、ワザと放ったのだと。

無論、今冷静になって考えれば、本当に全力で発射するはずはないだろう。ドギー向かう部分だけ威力を下げると言うのは、彼にとっては朝飯前だ。

「ハラオウン執務官………覚悟は出来ているのだろうな」

だが、今のドギーはそもそも冷静になることなんて出来やしない。

彼の………クライド=ハラオウン執務官の、特に隠しもしない嫌がらせに、怒り心頭中であった。

「ほんの冗談だよ。それ位も解らないのか、ドギー」

最初は、ドギーが名前、クライドが苗字で相手を呼び合っていたのに、今は逆になっていた。

それは、ドギーはついにプッツンしてしまった事………そしてクライドはそれも知りつつも、面白がって相手の感情を更に煽らせている事の証明である。

二人の間に、ある種の緊迫感が生まれていた。

先程のクライドが放った魔法が、まだ土煙を巻き上げているが、まるでウエスタンの荒野のごとく、その場の雰囲気を盛り上げてしまっている。

壊れた地面から声援を受け取って、緊迫感は更に大きくなる。

「この前の模擬戦の決着……今ここでつけるか」

「お望みならばね………」

「リンディには名誉の戦死を遂げたと言って置いてやる………」

「僕はスワンに、君の友人は保健所に連れて行かれたと伝えておくよ」

限界まで膨らんだそれが、一気に弾けようとしたその時、


「貴様ら、こっちを向けぃ!」


先程のドギーの罵声に勝るとも劣らない大声が響くと同時に、膨大なエネルギーを込めた魔力弾が飛んできた。

「何!?」

ドギーが驚きの声を上げる。

間髪、クライドが前に出て、防御の結界を発生させるべく、デバイスを前に構えた。

念をこめ、魔力を集中し、そして己が愛杖に命じる。

「H2U!」

『Wheel Protection』

無機質な声が、デバイス………F2Uから発生し、先端から魔力の渦が発生する。

前方から迫り来る魔力弾と激突し、周りに魔力の奔流が飛び交った。
だが、クライドが立っている後ろ側……ドギーがいる辺りだけは、何とかその余波から逃れている。

ドギー本人も手を眼前にかざして、何とか眩しさから目を護る。

やがて二つも魔法による衝突が収まった時、一気に土煙も吹き飛ばしてしまったらしい。むしろ視界が良くなったぐらいだった。

未だに、バッカスがいる向こう側までは見えないが、とりあえず互いの無事を確認するには十分だ。

デバイスを構えたまま、さっきまで喧嘩をしていた、後ろにいる研修捜査官に向き直る。

「怪我はないか、ドギー!?」

「ああ………だが、まさかあの男、まだ生きていたのか」

礼を言わない所が彼らしいと思いつつも、クライド自身にとっても意外な出来事だった。

魔法は、その威力と規模によってSからFまでのランク付けがなされている。クライドが使った『スティンガーブレイド・エクスキューションシフト』は、AAA並みの威力を誇っている。クライドが、非殺傷性に魔法を調整していたとしても、反撃が出来るとは到底思えなかった。

だが、数秒の思考の末、ある一つの結論に至った。

「僕も正直驚いているが……今のバッカスならば納得はいくかもしれない………」

「奴の魔法か?」

ドギーは冷静に聞いた。取り敢えず、未だ彼にむしゃくしゃしているのは事実だが、今はそんな事をしている場合ではない。

クライドも、そんなドギーの心情を察してか、あるいは彼も同じ思いだったのか、静かに答えた。

「いや……そうじゃない。僕がここに来たのは、そもそもこれを伝えるためだったんだ」

「まさか………ロストロギアの能力」

「その通りだ!」

前方の煙がようやく晴れてきた。

二人とバッカスの間には、先程のクライドの魔法と、バッカスの魔力弾に巻き込まれて、バラバラになったアーナロイドの腕や胴体、それに頭が転がっている。

そしてその向こうに立っていたのは、

「ふん、いきなりの奇襲は見事だったかもしれないが、これで終わりだ!」

全身を黒光りした鉱石を身に纏った、指名手配犯の姿だった。

「石の……鎧?」

「そうだ。ロストロギア『ミラージュ=ロック』………周りの金属元素を手当たり次第に集めて、膨大な量の魔力で変換・固定。そうして装着した鎧は、強力な防具になる」

「クックック………その通り」

ロストロギアは全身を覆っており、バッカスの声はくぐもっていたが、なんとか聞き取れた。

「しかし、このロストロギアの真骨頂はそれだけじゃない」

「何だと?」

疑念を抱きながら前に出たドギーに、クライドが答えた。

「『ミラージュ=ロック』は、外部から来る魔力を全て地面に流す、アースの役割も持っているんだ。何とか使う前に倒したかったんだが………」

クライドの顔に冷や汗が流れる。魔導士にとって最大の特徴であり、長所でもある魔法が通じないのであれば、今の彼を封じる手段はほぼ皆無と言っていい。

だが、彼の隣にいる男はそうではなかった。

「成る程な………少し舐め過ぎていたようだ」

そう言ってクライドを半ば押しのける形で出たドギーの眼には、もう油断の文字はなかった。

「バッカスとやら………『こっちを向け』なんて言わないでおけば、俺たちを倒せたかもしれないだろう。何故、すぐに撃たなかった?」

「フン、知れたこと。その余裕の笑みを変えてから出ないと、俺の気が納まらん」

そう言って、デバイスを構える。どうやら普段の高飛車な表情の下には、短期は本性が隠れているらしい。

ドギーはゆっくりと、目の前にいる鎧の男に言った。

「また一つ……お前は間違いを言った」

「なに!?」

そう言ってゆっくりと、ドギーは初めて自分の制服に手を入れた。

「今の俺は油断などしていない………笑っているとしたら………」

「ドギー………」

クライドは、自分の前に立っている『友人』の姿を見ると、デバイスを降ろし、数歩下がった。

彼がああなれば、もう事件は解決したも同然だ。

なぜならば、彼が不適に笑うのは………

「…………それは俺の中の正義が、燃え滾っている証拠だ!」

彼が………ドギー=クルーガーが、全身全霊を賭けて、犯人を打ち倒すと誓った時なのだから。

ドギーは制服の奥から、腕を引き抜く。

その手には黒く輝く、宇宙警察専用手帳……SPライセンスが握られていた。

「エマージェンシー!」

ドギーが、手帳の上についているボタンを押しながら、前に突き出し、そして更に叫んだ。

「デカマスター!」

『Roger. Transmit a suit』

警察手帳から、クライドのデバイスと同様、機械音声が返答し、行動を開始した。
瞬間、彼の身体が白く輝き、辺りに閃光が撒き散らされる。
そして、数秒の後、光がドギーの全身を包み、やがて人の形を成し……装着されていった。

『DEKAMASTER, standing by』

「フェイス・オン!!」

そして、光が収まった時、そこに居るのは、バッカスと対照的な、メタリックブルーの鎧に身を包んだ、ドギー=クルーガーだった。



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