「お前も……どういう事だ?」
バッカスは目の前に起きている現象が理解できないようだった。
今までデバイスというデバイスを見てきたが、こんな形のものは見たことがない。
腰には、一本の刀が挿しており、精悍なマスク越しに伝わる眼光は、鎧を身に纏う前とは段違いだ。
「勉強不足だったね」
彼の疑問を説明するように、クライドが後ろから言った。
「宇宙警察が使うのは、デバイスじゃあなく、形状記憶宇宙金属デカメタルからなる特殊スーツ」
形状記憶宇宙金属デカメタル。
それは、微粒子レベルにまで分解しても、ある一定の波長の魔力波を送ることで、再び構築されるという特性を持っていた。
これを利用し、基地に保管してある特殊装甲服を、装着者からのコールを受けることで送信し、何時でも身に着ける事ができるシステムを開発したわけだ。
「通称デカスーツと呼ばれているんだよ。彼の場合は特注品だけど……この程度は大抵の犯罪者が知っていると思ったのだが………」
「そ、それがどおしたぁ!」
苦し紛れに魔力弾を発射するバッカス。
しかしそれは、今のドギー=クルーガーにとっては、まさに蟷螂の斧だ。
力を込め、握り締めた拳を振り上げる。
それだけで、バッカスの渾身の一撃は虚空の彼方へと消え去っていった。
「そ、そんな………」
「言った筈だ。今の俺に、油断はないと」
そう言うと、ドギー=クルーガーは、相手を睨みつけた。
悪魔すら逃げ出すであろう、相手を叩き伏せる、そんな表情だ。
「お前は一体……何者だ」
思わず、そう口にしてしまうバッカスに、ドギーは雄雄しく名乗った。
「百鬼夜行をぶった切る………地獄の番犬、デカマスター!!」
胸に付いている『100』のマークと、デカスーツが、何よりも大きく輝いて見える。
それは、後ろにいるクライドも同様だった。
「ドギー、分っていると思うけど、殺しては駄目だよ」
「当然だ。この世間知らずには、世の道理を教えてやる………Dソード・ヴェガ!」
『Roger boss』
ドギー=クルーガー………デカマスターが腰に抜いてある刀を抜き払い、地面と水平に横に構える。
それと同時に狼をあしらった刀のつばが、文字通り大口を開いた。
そこから魔力の奔流が発せられ、ただの石のように黒々していた刀身が一瞬にして青白い刃に変化する。
「銀河一刀流の剣技………得と味わうがいい! 一口だけの、超美味だがな!!」
「ほ………ほざくなっ!!」
バッカスは、叫び声を挙げると同時にデバイスを構えたまま、相手に向かって突進していった。
確かに最初は驚いたが、よく考えてみれば、あんな一本の刀で、どうこう出来る訳がない。そもそも自分の鎧には魔法は通用しないのだ。
そう確信をしながら、魔力を集中させ、駆け出していく凶悪犯。
だが、彼の姿は、次の瞬間、消えうせていた。
「Dソード・ヴェガ………フルドライブ!」
『Finish mode』
機界音声が返答すると同時に、デカマスターが刀を脇構えに、両手でもって持ち直す。
そして神速の速さで一気に足裏で地面を蹴飛ばし、跳躍した。
『Vega slash』
「ヴェガ・スラァァッシュッ!!」
一陣の風が駆け抜けた後、残っていたのは、無敵だったはずの鎧を粉々に打ち砕かれた、文字通り三日天下の男の姿だった
結局の所、彼の敗因は、身近にある情報しか仕入れていなかったと言う事だ。
裏の世界に身を投じて数年で、偶発的に手に入れたロストロギア、それが彼を舞い上がらせていたのである。
つまりは若すぎたのだ。
もっと世界を知り、敵を知れば、少なくともこのような事態は防げたのだから。
そうすれば、ただ少しばかり強いだけだと………真性の冥界の炎の前には無力だと、悟れたのだ。
「お疲れ様、手続きは済んだよ」
「おう」
後から来た他の局員に、バッカスを引き渡してきたクライドは屋上にいたまま動かないドギーの元へ戻った。
ドギーがここから動かないと分っていたのは、長年の付き合いから来るカンである。
犯人を逮捕できたというのに、彼の表情は余りいいものとは言えなかった。
だが、その原因も、クライドは良く分っている。
分っていて、敢えて質問した。
「どうしたんだい、ドギー? 顔色が冴えないよ」
「そう見えるか………」
変身を彼はまだ解いていないのに、その中身が見えているように振舞っているクライド。『ように』ではなく、本当に見えていたのだろうが………
「全く変身も解かないで。こんな屋上なんて、誰も通りっこないのに」
もう少しすれば、現場検証の為に局員たちがやって来るが、その間は彼ら二人きりと言う事になる。
つまりは、この時間帯は、何をしようがお構いなし。斬り放題だ。
「ほう………それはいい事を聞いたな」
そういうとドギーは、デカスーツ同様まだ待機状態に戻していないDソード・ヴェガを、目の前にいる優男に突きつけた。
「さっきの問題がまだだったな………俺ごと魔法で打ち抜こうとしやがって……査問会に出す前に、俺がたたっ切ってやる」
このときのドギーの殺気は、恐らく本気だったに違いない。
しかし、ハラオウン執務官は、しゃあしゃあと言ってのけた。
「ドギー、君の気持ちも分るけど……アレは事故だったんだよ。そんなに怒らないでくれ。そうだ、今度、骨っ子でも贈ろう。カルシウムが取れて、カリカリしなくなるよ」
「殺す!」
刀を両手でがっちり押さえ、大上段に振りかぶる。地獄の悪魔も震えだすというドギーの異名を、ここでも存分に発揮していた。無論、クライドにとってこの行動は予想できたものだった。
全く彼をからかうのは何時になっても面白い。これだから止められない。
そう思って、デバイスの起動と、防御魔法の展開を同時に行おうと思ったその時………。
ドギーのマスターライセンスから、通信コールが届いていた。
「むっ………」
もし本部からの連絡ならば、出ない訳には行かない。渋々ながら、右手で刀を振りかぶったまま、腰の後ろに挿しているライセンスを取った。
「……こちらドギー=クルーガー研修捜査官」
苛立ちに隠す用もなく、ドギーは言った。
しかし通信機の機能も兼ねるマスターライセンスから聞こえてきたのは、意外な声だった。
『ああ、ドギー。私よ、リンディ』
その声を聞いた瞬間、クライドの全身が、まるで石化魔法でもかけられた様に硬直する。
「リンディ? 何故お前が俺に掛ける?」
通信の相手は、自分たちが所属する艦の管制指令を勤めるリンディからだった。
『クライドさんに連絡したいんだけど、思念通信もデバイスによる直接通信も応答がなくって』
「クライドの奴ならここにいるぞ」
バッカスと退治したときに流れた冷や汗など、比べ物にならないほどの脂汗が、クライドの全身から噴出していた。しかしそれにはドギーも気付かない。
『本当? じゃあ、代わってくれないかしら』
「…………」
しばし、ドギーは考えていた。
電話を代えようとしている相手は、本来ならここで斬り捨てたいのだが、通信相手はその恋人だ。せめて最後の会話ぐらいはさせてやろう。
刀を下ろしながらドギーは思った。
『ドギー?』
「いや、なんでもない、今代わる。おい、クライド……」
最初は、恋人のいきなりの通信で戸惑っているのかと思った。
「ア、ああ………わ、わ、わか、わか、分った……」
しかし、余りのどもり様に、更に何か別の事情があると察した。
これも、クライドがドギーの怒りを察したのと同様、長年の付き合いと、捜査官としての勘が分らせたのである。
ゆっくりと、震えるような手で、マスターライセンスを受け取る。その顔は蝋燭よりも白く、最早真っ青だった。
「や、やあ、リンディ………」
『クライドさん? 良かった……連絡が付かないから、何かあったんじゃないかって、心配してたの………』
少し涙ぐんだ声でリンディが言う。本来なら優しく自分の無事を伝えて、心配をかけたことを謝罪するはずだが、今の彼に、それは不可能だった。
「ご、ごめんよ……デバイスの調子が、少し良くなくて………それに、任務に集中していたからさ。余裕がなかったんだ」
明らかに嘘だ、とドギーは理解したが口には出さなかった。
自分をおちょくるまでに、器用な真似が出来たクライドが、思念通話に出られない事態など、あの状況ではありえない。
デバイスの故障にしても、完璧主義者のコイツがデバイスの欠陥をそのままに等する筈がない。第一、先ほどの戦闘では、普通に魔法を使っていたではないか。
『そう、なら良かったわ。あ、そうだ! これから食事にしない? 私が作ったんだけど……』
「いいっ!?」
先程まで二枚目な表情は何処へやら、クライドの顔は恐怖一色に染まっている。
その顔と、リンディの言葉を聞いた瞬間、ドギーは思い当たった。
『前に話した、地球って星にある黒砂糖の話、覚えてる? あれがつい先日届いたのよ。早速、パスタに使ってみたんだけど、これがもう絶品なのよ!』
やはりか………。
ドギーは、眼が虚ろになっていくクライドを見て、確信した。
美人で、品行方正で、男女問わず人気のあるリンディの唯一とも言える欠点。それは彼女の破壊的とも言える超激甘主義だった。
どんな物にも、砂糖を入れるその味覚は、明らかに異常であり、それが男たちを一歩『退かせて』いたのである。
恐らくクライドは、今回も彼女がその趣味を自分に与えようとしている事を、どこかで察知したのであろう。
それで、できるだけコンタクトを拒否していたのだ。
全く持って無駄な抵抗である。
『それで、どうかしら? そっちの仕事が一段楽してからで構わないんだけど………』
ここでNOといってしまえば、それで終わりの筈だった。
しかし、
「あ、ああ……ありがとうリンディ………楽しみにしている、よ……」
男には、引いてはならない時がある。時空管理局の人間ならば、撤退してはいけない時がある。こんな時にもその規律に従う、クライド=ハラオウンは真面目な男だった。
『本当に? ありがとう、嬉しいわ! それじゃあ待っているからね』
ブッツリと、通信が切れる音は、彼の運命の糸が切断されることと同義だったに違いない。
がっくりと膝をつくクライドを見て、ドギーは刀をしまった。そのマスクの下に、満面の笑みを浮かべながら。
「良かったな、クライド。お前の恋人に免じて、斬るのは今度にしておいてやる」
そう言って変身を解除するドギー。マスクが外されて、顔が露わになったが、やはりその顔はとても愉快そうだった。
そんなドギーの感情も分るはずのクライドだが、今はそんな長年の経験も付き合いも役に立たない。
「ドギー……頼む、助けてくれ…………」
地獄の番犬に助けを求めるその様は、本当に懺悔をしている悪人の表情だった。
そして、ドギーはそんな『友人』を、無残にも突き離す。
「何を言っている?せっかくディナーに招待されたんだろうが。俺が行った所で野暮なだけだろう。ああ、もう日が昇るから、朝食かな?」
「わ、分って言っているな!」
「何の話だ?」
あくまでドギーはシラを切る。本当に『君が何を困っているのか分らない』という声質だった。それが余計にクライドを追い詰める。
「………悪魔め…………」
「悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で、お前に復讐するから」
全く彼をからかうのは何時になっても面白い。これだから止められない。
「くううっ………」
歯を食いしばって必死に屈辱と、これから起こるであろう悪夢に耐えるクライド。その様は、今までおちょくられたドギーにとって、とても爽快だった。
最高の笑顔でもって、ドギーはビル郡に向かって叫んだ。
「これにて一件コンプリート! 悪がいる限り……俺は斬る!」
「そこで話を締めるなあああ!!!!」
朝日が昇る中、若き執務官の魂の叫びがこだまし、一時世間を賑わせた凶悪犯罪事件は、解決したのであった。
「む……ううん……」
暗くなった一室の中で、宇宙警察ミッドチルダ署の署長、ドギー=クルーガーはゆっくりと目を覚ました。
「夢……だったのか…………」
ひどくリアルな、現実とごっちゃにしてしまいそうだった。
ここは、ミッドチルダ署の作戦司令室………通称デカルームと呼ばれる場所だ。断じて、あの頃、親友と共に事件を追っていた時空管理局ではない。
「親友、か………」
自分で口に出して、一人で苦笑する。あの頃ならば絶対に言えない様な台詞だ。
あの事件の後、研修期間を終えた自分は、その功績が認められて、このミッドチルダ署の署長に就任した。
クライドもクライドで、リンディからの愛の試練を無事に乗り切り、時限航空艦エスティアの艦長を任されるまでになったのだ。
新しい『提督』という立場と共に。
「そう言えば………あの子も艦長になったと聞いているな」
提督という言葉で思い出した。
クライドに顔はそっくりだったが、人懐っこい所はリンディ似だと、あの子が生まれたばかりの時に思った事を。
もっとも、父親が死んでからは、そのような笑みを見せることも無くなってしまったが。
「……あいつと出会ってからもう、二十年以上になるのか…………」
時が経つのは早いもので、どんな魔法を使っても、どんな科学技術を駆使しても、こればかりはどうしようもなかった。
生き物は置いて、やがて死んでいくのだ。時代に希望を託して。
「おっと、忘れる所だった」
だから自分も、それを果たさなければならない。自分と親友があの時に培ってきた心を、二度と失わせない為に。
「スワンか? 悪いが、転送ポッドを一つ、起動しておいてくれ。時空管理局からの研修生が三名、こちらに来ることになっているからな」
マスターライセンスの通信機能を使い、開発部に連絡を取りながら、ドギーはふと、そんなことを思った。
あとがき
一日二日で書きあがる筈だったのですが……すいません。超遅くなりました。
なのはやフェイトが出てくると思った人……本当に申し訳ないです。なんでプロローグが本編よりも長いんだよ!と、自分でも反省したくなります。
このエピソードは、ストーリーに一本芯を通す為に必要かと思ったんです。
全くいらねえよ、という人もいるかもしれませんが(笑)
次からは………まあ、次があるかは分りませんが、もしあるならば、なのはが、バンが、フェイトが、ホージーが、画面せましと叫びまくります。
宜しければ、感想を下さい。