AM10:00 時空管理局本部

「それじゃあ、行って来ます」

武装教導官兼捜査官の高町なのはが、ぺこりとお辞儀をしながらいった。

その横には、同世代と思われる二人の少女が立っている。

右にいるのがフェイト=T=ハラオウン、左は八神はやてと言う。
三人とも、同じ局に勤めている仲間であり、親友同士だ。

「うん。フェイトちゃんも、はやてちゃんも頑張ってね」

三人を見送っているのは、次元航空艦エイミィ=エミリッタ管制指令と、はやてを守護する騎士、シグナム。

そして、次元航空艦アースラ艦長の、クロノ=ハラオウンだった。

「ほんの一ヶ月やから、それまで辛抱してや」

「心配要りません、主はやて。留守はお任せください」

「滅多にない機会だ。多くのものを得て来るんだぞ」

「うん。頑張るよ、クロノ」

フェイトがクロノに、はやてがシグナムにそれぞれ挨拶をする。

本来なら見送りに来たい人は、もっと多かったのだが、別の任務などについていて、それは出来なかった。クロノたち三人はその代表というわけだ。

「それじゃあ、三人ともポッドの上に乗って。転送するから」

三人がコードにつながれた機械の上に揃って立つ。同時に立つには少し小さめで窮屈だったが、転送に掛かる時間は僅かなので我慢することにした。

彼女たちがこれから赴くのは、魔法が最も栄えている次元、その中で、一番の科学技術が発達している都市だった。

なのは達の周りを、上から降りてきたガラス上のドームが覆い、粒子が周りを覆っていく。部屋自体も大きな光で満たされていった。

やがて一際大きな光が飛び、それが消えたときには、ポッドの中にいた筈の三人の姿は綺麗さっぱり消えていた。
エイミィが操作していたパネルには『complete』の文字が表示されている。

「よっし、OK。これにて一件コンプリート」

「まだ。終わってないだろう、今から研修に行くんだから」

手を挙げて万歳をするエイミィをクロノがたしなめる。ぺろりと舌を出しながらエイミィは答えた。

「いやいや、一回言ってみたかったのよ」

「なんだそれは?」

横からシグナムが顔を出す。

「研修先の彼等が使う、合言葉みたいなものだよ」

「って言うか、決め台詞だよね」

呆れ顔のクロノに対して、そう言うエイミィは苦笑していた。

「結構、熱血だからねえ、宇宙警察って」

「二人は詳しいのか。やはり研修に行ったことが?」

「うん。向こうの署長さんが、リンディ提督の友人でね。士官学校時代からの知り合いなんだって」

魔導師になる素質のある者は、いったん士官学校に入学される。そこから様々な訓練をつみ、卒業したら、各自の配属先が決定するのだ。
それは各々の能力や、魔法特性によって異なるのである。

「逆にこっちに研修に来たこともあるらしくてね。色々良くしてくれたよね、クロノ君」

「……ああ」

「どうかしたのか、クロノ提督?」

「いや………」

「ふふふ……木刀で散々引っ叩かれて、私に泣きついてきた時のクロノ君の顔ったら無かったよ、もう」

「だ、誰がそんな事を!?」

「あはははは、いいよ、いいよ。恥ずかしがらなくても」

「? エイミィ、その署長は剣を使うのか?」

現在、使われている魔法の発動体『デバイス』は、魔法体系ミッドチルダ式に基づいて大抵が杖状の形を取っているが、これは連携体制を取りやすい為である。
その考え方は、魔法を直接使わない、違う専門家である宇宙警察でも例外ではない。

今の時代、なのは達の様に能力が突出していない者にも、犯罪者たちと同等に戦わせる為には、集団戦闘をやらせるのが一番いい。

そういった思想でもって作り出される武器も、当然ライフルか、短銃等が殆どだ。例外があるとすれば、非常用の警棒ぐらいである。

教官が指導用に持つというのは、たまにあることだが、それにしたって普通は竹刀だ。木刀ではない。

剣を使っているとしたら、何故なのか?

そんなシグナムの疑問は当然のものだった。

「うん。銀河一刀流って言う剣術の、免許皆伝なんだって」

「ほう、それは………。是非一度、手合わせしたいものだな」

同じく剣を扱う騎士としての血が騒ぐのか、シグナムは興味津々の口調だった。

「う〜ん……機会があるかどうか分んないけど、あったらお願いしてみたら」

エイミィは、苦笑しながら答える。

シグナムどころか、なのはたち三人が同時に仕掛けても、勝てるかどうかは微妙………。

そう言うのを必死で堪えながらだった。





それは、突然の出会いでした。

私達に訪れた機会は、大きな変化をもたらします。

だけど、戸惑ってばかりじゃない。

皆と…五つの力が支えてくれるから………、

私は立ち上がれる…………立ち向かえる。


魔法少女リリカルなのはSPD…………始まります。





Episode01  『Special police come out〜宇宙警察、参上なの〜』






「宇宙警察ミッドチルダ署に、君たち三人を研修生として派遣する」



始まりは、時空管理局提督であり、巡航L級八番艦、次元航空艦アースラ艦長のクロノ=ハラオウンのこんな一言からだった。

「宇宙警察?」

次になのはの素っ頓狂な声が響く。
確かに研修に行くことは多かったが、宇宙警察なんて言葉が出てくるのは全く予期していないことだった。

呼び出された他の二人とも、同じことを考えている。

「そうだ。ミッドチルダの中でも、特に科学技術が発達しているメガロポリス。今現在、最も異星人との交流が深まっている所だ」

メガロポリスとは、地理学者ゴットマンが提唱した都市の一型である。
メトロポリスと呼ばれる大都市が発展し、いくつかの大中都市が帯状に連続した地域なのだ。

言うなれば巨体都市とも呼ばれる場所である。

「でもクロノ君。どうして、そんな所に私たちが行くん?」

「クロノ君じゃなくて、『艦長』」

「ええやん。べつに私達しかおらへんし」

「そういう問題じゃなくて…………」

「まあまあ。………でも私も聞きたいな。何で宇宙警察に行くのか」

はやてとフェイトの質問は、先程のなのはの疑問にも繋がる。
宇宙警察と時空管理局は、それらを統括する省が違う、『異なる組織』と呼ばれているのだ。

だが、クロノも彼女らの疑問は予期していた。

「君達も、異星人の存在は一応知っているはずだが、やはり彼らの中にも異分子や犯罪者は存在する。この事は候補生時代に習ったな」

異星人との交流自体は、そんなに最近の事ではないのだ。
むしろ次元交流が始まるもっと昔から、この繋がりはあった筈である。

当然、宇宙からの犯罪や、惑星がらみの事件も起きている。

「うん。それで、異星人犯罪者の専門家がいるんだよね」

「そうだ。そこの魔導師たちは通称、『スペシャルポリス』と呼ばれている」

「スペシャルポリス………」

フェイトが感嘆の言葉を口にする。

『スペシャルポリス』………それには、何か特別な響きがあるように思えた。

「一見すれば、確かに二つの組織は別々に活動しているように思える。実際ほんの少し前まで、いがみ合っていたからね」

しかし、この衝突を回避する、ある問題が浮上した。

異星人犯罪者が次元犯罪に携わった場合、その逆も然り、もしくはその両者が結託する場合もありうる。

そこで、ある人物が主張したのだ。

時空管理局は時空犯罪者。そして宇宙警察はアリエナイザー。
相手にする犯罪者たちが違うという点はあるが、超技術によって不可思議犯罪を行う、という点では二つの組織の目的は一緒だ、と。

そこで、両組織の間で協定が結ばれる事となった。
魔導師としての戦闘能力、捜査官に求められる技術。共に教えあい、発展していくと言うものだ。

それまで対立していた事もあり、一部の保守派からは反対も起こったが、これによって、それぞれの分野での検挙率が上がったのは事実である。
それ以降、お互いに研修生を派遣し合うというシステムは通例となっていた。

「今回は、こちらから君たち三名を派遣する事が決まった」

「それで、その研修期間って?」

「一ヶ月だ。君たちの学校は夏休みらしいから、丁度いいだろう」

その言葉を聞いた瞬間。三人の顔が強張った。

要するに夏休みは殆ど潰れてしまうと言う事になる。
学業と魔導師としての仕事。ほぼ同時に行ってきた三人にとって、夏休みは待ち望んでいた事なのだ。それなのに、研修で消えてしまうとは………。

そんな三人の心情を知ってか知らずか、若き艦長は答えた。

「なに、向こうの署長も異星人だ。コツは過ぎに掴めるさ。少しレベルが高いがね」

そうじゃなくて、研修に行くこと自体にショックを受けているのに………

果たして、それでどれだけのフォローになっていないのか、クロノが理解しているようにも、三人は思えなかった。





AM10:05 宇宙警察―ミッドチルダ署

ポッドから転送された三人の身体は、まず魔力で全身を固定され、ガードされる。そこから転送魔法と同様に、移動するのだ。

そうして移動した場所は、ミッドチルダ署の転送ルームだった。

時空管理局の本局と同様に、管制官がいる筈だったが、中にいたのは大人の女性だった。オレンジ色の口紅が似合う。鼻筋の通った中々の美人だ。
タッチパネルでの捜査をしながら、恭しく話しかけてきた。

「本局からデカベースへの転送を確認しました。時空管理局からの研修生ですね」

「は、はい」

「ようこそ、宇宙警察ミッドチルダ署へ。こちらで登録を行いますので、ライセンスを提示してください」

言われた通りに、自分たちの身分証明書を出す。綺麗な仕草でそれを受け取ると、女性はなにやら身分証明書とパネルを見比べながら操作をしていたが、エイミィと遜色ないぐらいの手つきの早さである。

(キャリアウーマンって感じや……)

(うん。手馴れてる感じだし……)

(美人だし………)

小声で話しかけながら、初っ端から感心させられた事を思う三人。

(あ、あかん、あかんよ。ここで怯んだからこっちの負けや)

(ま、負けって………)

(向こうが大人の魅力なら、こっちは淑女な態度で応戦や)

(お、応戦ってなに〜………)

はやては幾らか考え込むと、何か閃いたような顔つきになる。
扇の代わりに手で顔を隠しているような仕草は、諸葛孔明をイメージしているようにも思える。
そして、操作をしている女性の前に、勢いよく話しかけた。

「あの!」

「はい?」

「………お姉さん、儲かってまっか?」

(は、はやてちゃ〜ん! 何処が淑女なの〜!?)

「ぼちぼちでんな」

(………普通に返したよ。やるね、あの人)

(フェイトちゃん、感心しないで〜!)

機械を挟んで、はやてが女性の前に、ショックを受けた様子で座り込んでいた。

私はツッコミ担当か……とよく分らないことを言っている。

そうやっている内に、三人分の証明登録が終わったらしく、女性は身分証明書を返した。
先程のやり取りはまるで無かった様に振舞っている。

「はい、登録完了いたしました。どうぞこちらへ、デカルームへご案内いたします」

「デカルーム?」

「この基地の作戦司令室ですわ。じゃあ、私について来て下さいね」

「よろしくお願いします。えっと………」

「私ですか? 胡堂小梅と言います、以後お見知りおきを」

小梅、と名乗った大人の女性は、穏やかな態度を崩すことなく微笑む。その態度に、三人はますます憧れの感情を抱いたのだった。
小梅は、三人を引き連れてポッドのある転送ルームを後にする。



そして、三人に聞こえないように、通信端末の電源を入れた。
この時なのはもフェイトもはやても、誰一人として、この行動に気付いていない。



位置的に彼女の後ろだった事もあるが、何よりこの女性が気付かれないように細心の注意を払っていたのである。

そうして小梅は、小声で端末の向こうにいる相手に話しかけていた。

(バン? 今、三人が着いたわ。これからデカルームに行くから、抜かりの無いようにね!)

『まかせろ。先手必勝、度肝抜いてやるぜ! ウメコも悟られんなよ』

相手も、相手に気取られない様に声の抑揚を抑えている。
しかしそこには、出来るだけ笑いを堪えよう、という悪戯っ子の感情が見え隠れしていた。

(ふふふ……この私を、舐めなさんなよ。じゃ、連絡切るね)

このとき、言葉の上で、確かに小梅は笑っていた。

しかし表情と後姿からは、そんな態度など、微塵も感じ取る事は出来なかったのである。






―デカベース―

最も魔法、及び科学技術の発達した次元の名を冠するこの建物は、周りの市民や、基地に勤務する人間から、そう呼ばれている。

ここは異星人犯罪者『アリエナイザー』へ対抗する為の最前線基地なのである。

三人が時空管理局との違いを一番に感じたのは、外の風景が見えるという事だった。

「やっぱり青空が見えるんは、ええもんやね」

「うん。そうだね」

フェイトも素直に感じた事を口にする。
本局は、次元空間の中に設置してある為当然の事ながら窓から見えるのは無限に広がる無機質な風景のみである。

しかし、時折すれ違う人たちも、その事に感心を示す様子は無い。

やはり当然といえば当然だが、この日常には慣れているのであろう。

「そう言えば、三人は本局の方からいらしたのですよね」

数歩先を歩いていた小梅が、唐突に話しかけてきた。
取り敢えず、正直に答えるなのは。

「はい。そうですけど………」

「皆さん若くしてAAAランク以上のエリートと聞いています。基地の人は全員、会うのを楽しみにしていたのですよ」

「そ、そうなんですか………」

「な、なんか照れてまうな………」

(よっし! 油断してる、油断してる)

思わずガッツポーズをとりながら、口元が緩む小梅。

その様子を不審に思ったものが一人いる。フェイトだ。
ゆっくりと声をかけてみる。

「あの、どうしたんですか?」

「え!? いや、あ、いえ、な、何でもありませんわよ」

急にどもった口調になる小梅。他の二人も窓の外を見ていたが、彼女の変化に気づき、やはりフェイト同様疑問に思うのか、訝しげな眼で小梅を見つめた。

「あ、そ、そろそろ着きましたわよ!」

急に話題をそらす勢いで、一つの部屋を指差す小梅。

そこには大きく『デカルーム―ミッドチルダ署作戦司令室―』と書かれた文字が上に彫ってある。
ドアの所にはこれまた大きな、犬をあしらった様なエンブレムが書かれている。

「ここがデカルームです。ボスがお待ちですよ」

ボス、と聞いて三人は強張った。一ヶ月研修と聞いたときの三倍ぐらいの強張り度である。

ミッドチルダ署のボスも異星人。という前情報を予めエイミィから聞いていた三人は(聞いておかないと、思い切り後ずさりする可能性があるから)どんな異星人なのか、興味を覚えると同時に少しばかり恐怖を感じていた。

何しろ異星人といっても正に千差万別である。
エイミィも、そこは敢えてお楽しみ、とばかりに詳しいことは言ってくれなかった。

(どんな人だろうね?)

(タコ型宇宙人とか………)

(そ、それは………)

(サ○の惑星みたいなボスやったら、どないしょう?)

(どんな人、それ?)

「どうしました?」

「あ、いいえ! 何でもないです」

慌てて我に帰る三人。
女性は、特に何事も無いように、そうですかと答えただけだった。

慣れた手つきで、カードキーを横にあるスリットにくぐらせる。
プシュ、という音を立てて、ドアが開く。扉すらも歓迎しているような、そんな雰囲気だった。

「どうぞ、入ってください」

「は、はい………」

そうしてゆっくりと、中に入った三人だったが…………。



「あ、あれ………」

「真っ暗だね………」

なのはとフェイトが素っ頓狂な声を上げる。

デカルームと案内された部屋は、明かりがついていなかった。薄暗いなんてものじゃない本当に真っ暗闇だ。

昼間なのだから、本来窓から差し込む光だってある筈だ。それなのにそれも無い。

「あの………どうして電気が…」

点いていないんですか? と、なのはは続けることが出来なきない。



入って来た時以上の大きな音と勢いで、扉が一気に閉まっていた。



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