突然の事態に、なのは達は困惑ということすら忘れていた。
だが時間が経つにつれて、はっきりと理解できていた。
周囲が全く闇になったということに
「え、ええ!?」
「閉まっちゃった………の?」
「胡堂さん、開けてください! 胡堂さん!」
はやてが慌てて駆け寄り、扉を叩くが、何の応答も無い。
それどころか、この部屋の外の気配すら、一切の感知が出来なかった。
「ど、どないなってんの?」
「わ、わからない、けど………」
いきなりの急展開に、三人はただ慌てふためくばかりだった。
何が起こったのか、それすら分からない。
自分たちがここに、閉じ込められた。その事実だけが辛うじて認識できる。
しかしそれすらも、理由が分からない。
小梅がわざと自分たちを閉じ込めたというのか?
先程まであれだけ自分たちを歓迎してくれたというのに?
全てが理解できない状況の中で、わずかな光も差し込まない『暗闇』という状況がなのはたちの正常な判断力を奪っていった。
「ど、どうしよう………」
「お、おち、おち、落ち着くんや、な、なななのはちゃん」
本人が落ち着いていない状況で言っても、全然効果がない。
そして更に、三人に追い討ちをかけるような事態が発生する。
ごそり―
闇の底からゆっくりと、小さく、しかし確実に何かが這い出るような音がした。
うひゃあ、と声を上げたなのはとはやては、本能的に一番冷静だったフェイトの背後の隠れるように引っ込む。
互いの姿が全く見えないような状況になっても、仲間のいる場所は分るのは、この三人の友情の深さの成せる技だろう。
しかしフェイトすら、真に冷静と言えるような状態ではなかった。
任務ならば何時どんな事態になっても不思議はない。
だがこのタイミングで、真っ暗な部屋に閉じ込められるなんて、誰が想像できるだろうか。
そしてやや数秒の沈黙があった後………、一つの声が少女たちの耳に響いた。
『………ふっふっふっふっふっふっふ……』
フェイトはゆっくりと、待機状態にしてある自分のデバイスに手を伸ばす。
うわぁ、と声を出して二人の友達が自分の腰や腕にしがみ付くのを感じながら、
先程の奇怪な音の主だろうか?
そんな事を考えながら、いつでも反撃できる準備をしていた。
緊張が高まる……
空気が張り詰め、何時爆発するか判らない……
そんな状況の中…………遂に……………………
『まんまと罠に掛かったな…………』
ヒュルルルル…………ガーン!
『ふおげっ!!?』
何かが落下する音と、一人の男の奇声が部屋中に木霊した。
「………は?」
「え、な、なに?」
「何が起こったんや?」
「なのは、取り敢えず明かりを出そう。このままじゃ何も見えないよ」
「う、うん………」
なのはにわざわざ指示を出したのは、自分が万が一の事態に備える為である。
が、その提案は無駄に終わることとなる。
閉まっときと同様、勢いよく扉が開いて、それと同時に部屋に明かりがついたのである。
「うわ、まぶし!」
慌てて目を覆う三人。明かりの無い状態からいきなり大きな光に晒されれば、誰でもこうしたくなる。
だが、それでも耳は聞こえる。彼女たちの耳に入ってきたのは、またも意外なものだった。
「バン!?」
なのは達をすり抜けて入ってきたのは、小梅だった。
そのまま部屋の中央に駆け寄る。
なのはたちも明るさに慣れてきた為、ゆっくりと小梅のいる所を見てみた。
「あ、あれえ!?」
「なにこれ………」
「ひ、人が倒れてる?」
フェイトが叫んだとおり、中央には一人の男が頭から血を流して倒れこんでいた。
そのすぐ横を見ると、ゴロゴロと金色の玉が転がっている。
その大きなこと………おそらく川上から流れてきた桃より大きいだろう。
一部分がへこんでいる所を見ると、どうやらこれで頭を打ったらしい。
この人が先程の声の正体なのだろうか?
「バン! ちょっとしっかりしてよ! これじゃ計画が台無しじゃないの!」
起き上がらせた勢いそのままに、胸倉を掴んで思い切り揺さぶる小梅。
そこからは、あの大人な雰囲気の面影は、全くといっていいほど無かった。
だが、バンと呼ばれた頭から血を流している男は、まるで目を覚ます気配が無い。
それを見た、三人の魔導師達は取り敢えず、危険は去った。それを彼女たちの経験と本能によって理解する事が出来た。
だが、なのはたちに状況理解ができていないのは、依然として変わらない。
一体あの暗闇はなんだったのか?
今転がっているこの男は何者なのか?
小梅が先程から胸倉を揺さぶっているが、この態度の急変が何を意味するのか?
それ以前にこれは一体、何の刑事ドラマなのだろうか?
少女たち三人の頭の中では、『火○サスペンス〜研修先の暗闇殺人〜』というタイトルが踊っていた。
「あ、あのー、胡堂、さん?」
恐る恐るなのはが声をかける。
小梅はビクリ、と一瞬身体を振るわせるとゆっくりと錆付いたブリキ人形のような動きでこちらを向いた。
「え、ええっと………こ、これはね……その…………」
しどろもどろになる小梅を見て、ますます当惑する三人。
その時、一同の後ろから足音が聞こえてきた。
「何だ、今の音はどうした!」
最初に入ってきたのは、ブルーの制服に身を包んだ、精悍そうな顔つきの男性だった。
だが、目の前の惨状を見るにつれて、その顔は、怒りと呆れの感情が入り混じった表情に変わっていく。
「ウメコ………なんだ、これは…………」
「え、えっとね、ホージーさん………取り敢えず話を聞いて………」
取り敢えず小梅が弁解を始めようとしたが、余り効果は無い。
ホージーと呼ばれた青年は、その内全身がプルプルと震えだしていた。
小梅はもはや、これから起こる出来事に、別の意味でプルプルし始めている。
と、次の瞬間ウメコが何かに気付き、目から涙をこぼしながら叫んだ。
「センさん! ジャスミン! 助けて、作戦失敗だよ〜!」
小梅が泣きながら助けを求めたのは、更に後ろから現れた三人に対してだった。
「………あ〜りゃりゃ〜こりゃりゃ〜、頭から血が出ちゃっているよ」
「う〜む、題して『くす玉殺人事件』」
呆気に取られたままの表情で、更に入ってきた人達を凝視する三人。
一人は緑色の制服を着た、センと呼ばれた細目をした青年だ。先程入ってきたホージーと同じぐらいの年だろうか。
もう一人、ジャスミンと呼ばれたのは女性だった。黄色の制服が似合う、こんな事態でなければ、思わずハッとするほどの美人である。
他の人と違うのは、制服の色と、一人だけ革の手袋をしていることだ。
「俺はそもそも反対だったんだ、こんな馬鹿な計画。いや、計画にすらならないな! お前とバンがどうしてもと言うから仕方なく許可したのに………」
「ウメコ、どうするんだい。こんなにグチャグチャにして………」
「どうしようもないわね」
ホージーが怒鳴り、センが呆れ、ジャスミンは苦笑している。
謎、なぞ、(?_?)、全てが分らなかった。
痺れを切らしたはやてが、全く異なる表情をしている四人に尋ねかけた。
「あ、あの………これは一体、どうゆう事なんですか?」
この時三人は、倒れているバンという男と小梅、そして入ってきた三人は、なのはたちを挟んで立っていた。そのため、気絶している一人を除く四人から一斉に見られることになる。
先程まで収まりつつあった緊張感が少しだけ蘇ろうとしたが、それはすぐに収まった。
ホージーと呼ばれた青年がゆっくりと深呼吸しながら、感情を抑えつつ話すタイミングをうかがい、ややあって、ようやく話そうとした時だった。
もう一人、その場にいた誰よりも大柄な男が、新たに部屋の中に入ってきたのである。
「何だ、作戦は上手くいったのか?」
それを見た三人は思わずぎょっとした。
前情報はエイミィにもらっていたはずなのに、それを忘れてしまっていた。
今までの停電と、この不思議事態がそうさせたのであろう。
だが,そんな原因をいちいち解明する余裕もない。
彼女たちの前に立っていたのは、体つきは確かに人間だが、首から上が狼の頭という、どう考えても人間とは懸け離れた姿の者だったのだ。
「ア、 アヌビス星人………」
思わず口が出てしまうはやて。
その名前は、候補生時代に習ったことがあった宇宙人の名前である。柔軟かつ頑健な筋肉によって鍛えられた運動能力は、銀河一と噂の星の住人たちである。
制服は、他の五人は色が違うだけで基本的なデザインは同じだが、彼の着ている制服は黒を基調とした指揮官服だ。
そんな彼も、この奇異な状況に多少驚いた様子だったが、しばらく考え込むとポンと手を打った。その手も、よく見ると狼の蒼い毛が生えている。
「これはお前たち、失敗したな………」
「うう……ボス、すみません。こんなつもりじゃ…………」
「いいから、さっさと片付けろ。あと変装もいい加減に解け。皆、すまないが手伝ってやってくれ」
「はあ………了解」
「やれやれ、大したたまげた………」
「ほら、さっさと起きろバン!」
小梅が取り敢えず外に出て行き、他の三人が、くす玉と転がっている青年を担ぎ始めた。
その間にボスと呼ばれた狼頭の男が、なのはたちに近寄る。
そう、そのボスという小梅が呼んだ名前で、なのははぴんと来たのだった。
「あの、もしかして貴方が………ドギー=クルーガー署長ですか?」
「そうだ、遠路はるばるご苦労だったな。俺が君たちの身柄を預かることになった、ドギー=クルーガーだ」
アヌビス星人ドギー=クルーガー、それが、彼の本当の名である。
このミッドチルダ署の面々からは『ボス』のあだ名で親しまれ、尊敬されている。
宇宙警察歴戦の勇士で、様々な任務を経験し、また数々の部隊の隊長を歴任した強者である。
現在は、ミッドチルダ署の署長を務めているが、彼自身も時空管理局に研修にいった過去があり、共に多くの難事件を解決した、正に両組織にとっての憧れの的なのである。
「何だ、俺がアヌビス星人と聞いていなかったのか?」
「は、はい……一応、異星人ゆーこと自体は聞いとったんですけど………」
「………エイミィ=リミエッタ君の仕業だな。相変わらずだ」
「ご存知なんですか!?」
「昔、少しな。それと、この状況に困惑していると思うが、どうか悪く思わないでほしい。あいつ等も悪気があった訳じゃないんだ」
「はい?」
「順を追って説明すると面倒だから、まずはあれを見てくれ」
そういってドギーが部屋の中央、先程青年が倒れていたちょうど真上の部分を指差した。
なのは達が指の方向を眼で追うと、そこには先端が切れた少し太めのロープと、大きな垂れ幕が掛かっている。
垂れ幕の方には横書きで、『大歓迎 時空管理局御一行様! ようこそミッドチルダ署へ!!』と殴り書きで、お世辞にも綺麗とはいえない字が書いてあった。
話を総合すると、こう言う事であった。
今回新しく来るという、三人の研修生。
それも詳しく話を聞けば、まだ中学生やそこらの子供という話である。
そこで、ミッドチルダ署の一部の悪戯好きの署員らが、あるドッキリ企画を考えたのだ。
まず、一人が案内しますと言って、デカルームまで誘導する。
もちろん恭しい態度でもって相手を安心させ、油断させておいた上での話である。
そして、予め真っ暗にしておいたデカルームの中に彼女たちを閉じ込める。
暫くしてから犯罪者のフリをしたバンが出来てきて脅かした後、一気に部屋を明るくし、くす玉と垂れ幕、そして隠し持っていた自動可動式マジッククラッカーを一斉に開き…………
「見事ドッキリ大成功!……の筈だったんだけどなあ……………」
「何がドッキリ大成功だ!」
青い制服を着た青年が、持っていたチリトリで頭を叩く。
先程倒れていた男。小さな絆創膏一つを張っている彼は、しょんぼりとした態度で謝った。
「う〜悪かったよ、相棒………」
「だったらとっとと手伝え。それと相棒って言うな!」
「そうは言うけどさ、ホージー。もう殆ど後始末は終わったよ」
「その位で許してあげたら?」
細目の青年と、髪の長い女性がポンポンと肩を叩く。
それでようやく、彼のイライラも収まって来たようだった。
結局、散らばってしまったクラッカーやら眼などの後始末は、なのは立ちも手伝うことになった。
彼らは『やらなくていい!』と拒んでいたが、彼女たちの姿勢についつい手伝わせてしまったのである。
ちょうどその時、ドアを開けてもう一人が入ってきた。
「みんなー。ゴミ出し終わったよ〜。いやいや、ホントにゴメンね」
先程、彼女たちをこの部屋まで案内して閉じ込めた、胡堂小梅である。
ただし、最初になのはたちに出会ったときとは、姿形も違えば声質も異なる。
言葉遣いそのものさえも違った。
ピンク色が基本の制服で、茶色に染めた髪の毛をポニーテールにして纏めている。
ここまで先程と姿形が違うのは、先程話した計画の為である。
彼女たちを羨ましがらせる『大人の女性』が必要不可欠だったため、彼女がこの人ために練習していた変装だったのである。
「俺たちじゃなくて、彼女たちに謝れ。嫌な顔一つせず手伝ってくれたんだからな。ほらバン、お前もだ!」
「は〜い………」
「え〜と、ごめんなさい! 流石に悪ふざけが過ぎました!」
「いや、俺も最初はちょっと驚かそう位だったんだけど……ごめんなさい!!」
二人が頭を下げて三人に謝る。
ちょっと所じゃくて、とんでもなく、それも別の意味で驚きました。とは言わないことにした。
二人とも、先程ドギーが言ったように、悪気が無いと言う事は、態度と姿勢。そしてこの謝罪で嫌というほど伝わっている。
「いえ、そんなに気にしないで下さい」
「でも、あんなに怖がってたのに……わたし達ったら」
「あんなに怖がっとった、私達も悪いんです。どうか気にせんといてください」
「それより、頭の方は大丈夫ですか? 結構強く打ったみたいだけど………」
「す、すまねえ……感謝感激、恩恵御礼。ありがとう!」
フェイトが包帯の巻いてある頭に優しげに撫でる、彼はその様子に感激したらしく、うっすらと涙まで浮かべていた。
その一部始終を見たボスことドギー=クルーガーは、なのはたちに向かって言った。
「よし、それじゃあこの事件は一件コンプリートだ。済まないが、三人とも前に来てくれないか?」
「は、はい」
出来るだけ、直立不動で、候補生時代に習った『背骨で背筋を支える』という教訓を忘れないように起立する。
「よし………………皆、彼女達のことは知っていると思うが、改めて紹介する。時空管理局から、今回ミッドチルダ署に研修生として来る事になった三人だ。右から高町なのは君、フェイト=T=ハラオウン君、そして八神はやて君だ」
「高町なのは武装教導官です!」
「フェイト=T=ハラオウン執務官です」
「八神はやて捜査官です! よろしくおねがいします!」
一斉に礼をする三人。こうした礼儀的なものは、三人は堂に入った物だった。
「で、今度はこっちのメンバーを………」
紹介する……という前に、赤い服を着た、先程の倒れた男がずずい、と前に進み出た。
ツンツンと立っている頭は、まるで某Z戦士を髣髴とさせる髪型だ。
「俺、赤座伴番! バンって呼んでくれよな!」
「え、は……はい!」
怒られたり感激していた時の表情は何処へやら、元気ハツラツに言ってのけた。
しかし次の瞬間、バンを押し退ける様にしてもう一人が前に出る。前にバンや小梅を叩いたり叱っていたりした、あの青年である。
「こら、バン。前に出すぎだ!………俺の名前は戸増宝児。ホージーでOKだ。よろしく、ベイビー」
(べ、ベイビー………)
本人は格好良く決めているつもりらしいが、いや、この地域ではもしかしたらかっこいいかもしれないが、残念ながら地球ではこの台詞はストライクゾーンどころか、フォアボールを貰いそうな物である。
そう思っているうちに握手をしてきたのは、緑色の制服を着た、細目の男性である。
穏やかな雰囲気が全身から出ているのが、自然と分った。
「僕は、江成仙一。センちゃんでいいよ。『セン』でも『センさん』でもいいけどね」
どこか間延びした感じの声だが、彼の握手には三人全員が答えていた。
もしかしたら、これが彼の魅力なのかもしれない。
「礼紋茉莉花、あだ名はジャスミンよ。宜しくね」
「よ、よろしゅうたのんます………」
次に名乗ったのは、隣にいた黄色の制服を着た女性である。先程までは分らなかったが、とても艶やかな髪の毛と清楚な雰囲気は、同姓であっても憧れを抱くようだった。
どうやら先程の小梅の変装は、彼女がモチーフだったらしい。
「ええっと……さっき名乗ったけどもう一回! 私は胡堂小梅、ウメコって呼んでね!」
ニッコリと三人に対して笑いかけるのは、その変をして、『彼女たちをドッキリさせよう計画』の発案者だった、胡堂小梅こと、ウメコだった。
ただし、変装を解いても、彼女にはまた別の魅力があった。
明るく活発に笑うその様は、ヒマワリの輝きを連想させる物があるからだ。
彼女たちも、不思議と笑顔になれるような、そんな空気にさせてくれたのだった。
全員の自己紹介と顔の確認が終わると、ドギー=クルーガーはなのはたちに向かい合った。
「これから一ヶ月、君達はこのミッドチルダ署で共に事件を捜査してもらう」
「はい!」
そう言うと彼は、左腕をコブシにして、そのまま腕に当てた。
これは、彼ら宇宙警察の敬礼の仕方。そして、相手に乗って最大級の敬意を払うという証だった。
それを見た瞬間、三人は理解した。
同時に自分たちには、特級の期待が寄せられていると言う事に…………。
「ようこそ諸君、ミッドチルダ署―デカベースへ!」
だから自分たちも、一番の礼儀で返した。
宇宙警察が使うという、彼らの応答の言葉を。
かの宇宙警察………スペシャルポリスの敬礼に習って。
「共に、戦おう。宇宙の平和のために!」
「「「ロジャー!」」」
次回予告
『Episode02』
「皆、緊急事態だ」
「早速事件ですか!?」
「正体不明の宇宙船が一隻。バリアを破って進入した………」
「ようし。ここで管理局の実力を見てもらおうやないか!」
「そうだね」
「うん、頑張ろう!」
「あれは…………っ! バン、彼女たちを行かせるな!」
「なのは! フェイト! はやてー!」
『Suddenly emergency〜いきなりの衝撃、非常事態なの〜』
君のハートに、ドライブ・イグニッション!