AM10:25 ハーシュトル山頂
デカベースのあるメガロポリスからより車で一時間ほどの距離にある大きな山。この山を中心に自然を多く残したこの場所は、休日にはハイキングに来る者も多い。
しかし今、ここに民間人が立ち入る事は出来なかった。
「どうだ、バン。何か見えるか?」
山の中腹には、まるで大口を開けたようにポッカリと穴が開いていたのである。
上空から見ても確認出来るほどに、その直径は大きい。
これならば宇宙艇でも入れてしまう程だった。
『いやー! 何も見えないぜ、相棒ー!』
「相棒って言うな!」
事実その通りで、これは本当に宇宙艇が激突した後だった。いや、激突と言う表現は正しくない……。
「なのは、そっちはどうだい?」
『……ごめんなさい、センさん。こっちには反応ありません』
「いや、いいよ」
宇宙艇は山に接触した勢いそのままに、山の中に潜ったのである。つまりこの穴は相当深く、肉眼では確認出来ないほどに喰い込んでいたのだ。
「……ホージー、引き上げさせた方がいい。ここまでやって何も出ないとなると、やっぱりこれはただの落下事故じゃない」
センが冷静にホージーに進言した。
今この穴には、バンとなのはが先行して中に入っている。しかしバンの身体能力と、なのはの中距離探知魔法―エリアサーチを使っても成果が出ないとなると、別の方法を考えるべきだった。
ここはホージーも、素直にセンに従う事にした。
「二人とも、探索はそこまでだ。一旦戻ってくれ」
ホージーが念話で二人に対してメッセージを送る。しかし………
「おい、どうした二人とも?」
反応がない。もう一度入念に呼びかけてみるが、効果はなかった。
「おい、バン! なのは!」
他のメンバーも、地下潜行組の異変に気づき、念話を飛ばすがやはり応答はなかった。
「なのは、なのは!」
「なのはちゃん、返事してや!」
フェイトとはやてに緊張が走る。普通の探索かと思ったが、これはただ事ではない。
「中が崩落して、それに巻き込まれたのか!?」
「落ち着いて、三人とも。ジャスミン、ウメコ、探知機はどうなってる?」
崩落ならばこっちにも何らかの影響があるはずだ。その場を宥めつつ、少し離れた場所に居る二人に異変が無いかのチェックをさせる。
「う〜ん、何の熱反応もないよ」
「音波探知機も同様ね」
「となると………」
報告を聞き、慌てる事無く状況判断をするセン。彼の最も優れている所は、どんな時でも自分のペースを見失わない事だった。
制服から自分の身分証明も兼ねている通信端末―SPライセンスを取り出し、直接の通信する。勿論、バンの持っているSPライセンスに対してである。
「お〜い、バンや〜い、聞こえるか〜い」
するとそこから、雑音が混じるが確かにバンの声が聞こえていた。山に出来た洞穴の中の為に反響しているが、確かに彼のものである。
『おう……聞こえ…てるぜ、センちゃん………』
なにやら腹の底から絞り出すような声だったが、取り敢えずは無事のようである。
センははやてとフェイトの方に向きなおって、苦笑しながら言った。
「たぶん、なのはも大丈夫だと思うよ。念話を取ってくれるかい?」
「は、はい!」
二人は集中して、親友の事を思い浮かべ、念話を飛ばす。すると間も無く答えが返ってきた。
「なのは……聞こえる?」
『うん、大丈夫。ちゃんと聞こえてるよ……ごめんね、ちょっと驚いちゃって』
「ううん、いいよ。無事でいてくれれば……」
「寿命が縮むかと思たけど……一安心や」
『驚いた』と言うのが何なのか、良く分らないが、取り敢えず聞きは去ったらしい。
もう念話に切り替えても大丈夫だと判断したセンは、SPライセンスのスイッチを切った。同時にホージーも再び魔法による交信に変更する。
「二人とも、一体何があったんだ?」
「多分、窪みにでもハマったんじゃないかな?」
センの推理は、あながち的外れではなかった。確かに二人は予想外の事態に出くわし、それで軽いパニックになったのである。そのために念話の余裕がなくなってしまったのだ。
しかし、バンもなのはも『窪みにハマった』わけではない。
『洞窟が垂直になったんだよ、垂直!』
「「「「は?」」」」
その場にいる四人が、同時に素っ頓狂な声を上げた。遠くで探知機に集中しているウメコとジャスミンも同様の反応を見せた。
『だから垂直だって!』
さっぱり要領を得ないバンの説明に、ホージー達はもう一人の理系魔法少女に説明を求めた。
「なのは、バンは何を言っているんだ?」
『えっと……どうもこの穴、最初は斜めに続いていたんですけど、急に方向が地下に向かっているみたいなんです。それも真っ直ぐに』
「何だって!?」
なのはの言う事でさえ、一瞬言う事が理解でなかったが、それは余りに事態が予想を超えていたからである。
『先に進んでいたバンさんがそこから落ちちゃって……とっさにバインドをかけて、今引き揚げている所です』
『そ〜言う……事だ、今からそっちに引き上げるぜ………』
どうやら逆さまに落下する直前、足にバインドが掛かったらしい。自然と腹式呼吸になったわけだ。
待機していた者達が呆れと安堵の溜め息をつき、取り敢えず念話を切ろうとしたその時、再びバンの大声が聞こえた。
『あ、なのは、ストップ!』
『はい!?』
念話とは通信したい特定個人、あるいは複数に連絡が取れる便利な魔法ではあるが、バンはまどろっこしい事が苦手だった為、全員との回線を開いていた。
『なんか岩の隙間に……引っかかってんだよ……』
「何?」
当然その声は外のメンバーにも伝わっている。
『これ……デバイスか?』
『えっ!?』
声こそ上げなかったものの、その衝撃的事実は他の六人にも影響を与えた。
そして、この事件が一筋縄ではいかない事を、直感で感じたのだった。
それは、突然の出会いでした。
新しい事を発見したとき、
今までとけれど世界は、いいことばかりじゃないのを私達は知っている。
それに出くわした時……私達は………
魔法少女リリカルなのはSPD………始まります。
Episode02 『Suddenly emergency〜いきなりの衝撃、非常事態なの〜』
AM8:00 デカベース
事の発端は、なのはたちが研修に来てから四日目のことだった。
さし当たっては重大な事件が起こる事も無く、デカベースのトレーニングセンターやシミュレーションルームで訓練する日々が続いていたのだが………、
「来たか。これで皆集まったな」
ミッドチルダ署の署長、ドギー=クルーガーの集合号令で、それは突如として破られたのだった。
デカルームには、ボスを初め他の五人も既に集まっている。
「事件ですか?」
はやる心を抑えつつ、なのはが質問する。もしこれが事件だとすれば、彼等が集まる理由は一つしかない。即ち異星人犯罪者―アリエナイザーの出現である。
「ああ、まずはこれを見てくれ」
ドギーはゆっくりと、自分の座る席の前にある端末を操作して皆が座っているデスクにメインスクリーンを起動させた。皆の目線は自然と、そこに映し出された光景に集中する。
「これって!?」
「うわ、でっかい穴!」
なのはが地震に続き第二の衝撃を受けたあと、ウメコがそこにいる人の気持ちを代弁するかのように叫ぶ。
スクリーンに映し出されたのは、山の中腹に穿たれた巨大な穴であった。
木々はほぼ残らず吹き飛ばされ、山自体も辛うじて原形を残している程度である。
その無残さが、事の重大さを物語っていた。
「五分ほど前の事だ。正体不明の宇宙艇が一隻、バリアを破って進入した……」
ほんの一瞬の出来事だったと言う。
今現在も他の地域では、宇宙艇が発進と入国を繰り返し行っている。
惑星バリアは、その隙間を縫って不法入国するものを防御する為のシステムであった。
それが、全く意味を成さなかった。
管理者たちが気付いた時にはもう不法入国の宇宙艇は、バリアはおろか大気圏をも突破し、デカベースへの連絡するまもなく地表へ衝突し現在に至るわけである。
「と言う事はこの穴は、その宇宙艇が激突した跡なんやね」
「でも、破片とかは見当たらないし……地面に潜った?」
はやてとフェイトの予想通り、あの揺れは宇宙艇と山の接触、更にその勢いでそのまま地下深くまで潜行した際に生じた衝撃であった。
「宇宙艇って、地面にも潜れるんですか?」
「う〜ん、不可能じゃないと思うな………」
彼女の質問に答えたのはセンだったが、このようなケースは彼も滅多に見ない。
なのはの疑問はつまり、新幹線が空を飛べるかと、そういう事である。
普通ならば考えられない事だし、そもそも宇宙を飛ぶものをわざわざ地下に潜らせる意味が不明だった。
「穴の大きさから察するに、この宇宙艇のサイズは準M級。君たちのよく知るアースラには大きさこそ及ばないが、ツテと金さえあれば地下潜行機能を持たせる事は十分に出来る」
そう言うとドギーはスクリーンを消し、椅子から腰を上げた。それにならって他の全員も立ち上がる。これは作戦会議の終了が近い事、そして実際に調査を起こす直前と言う事だ。
彼らのボスが全員を見渡し、そして指令を発する。
「これに乗っている奴が何者なのか……敢えて地下に潜ったのは何故か……直ちに現場に向かい、捜査を開始してくれ」
「「「「「ロジャー!」」」」」
「なのは、フェイト、はやて、君たちのデバイスの調整も終わっている筈だ。スワンの所に行ってデバイスを受け取り次第、彼らに同行してくれ」
「「「ロジャー!!」」」
なのは達の間にあった緊張感が一気に増した。訓練ではない。正真正銘、これが最初の任務である。だが、ここプレッシャーに負けているようでは、管理局のエースは張れない。
デバイスを受け取ったのち、バン達と共に現場に急行したのだった。
AM10:40 ハーシュタット山頂
「う〜ん、このオニギリ最高!」
ウメコが思わずはしゃいでしまう。今食べたのは、はやてが握った鮭の握り飯だった。
多少埃を被っている、インテリジェントデバイス―レイジングハートを持ったなのはと、泥だらけになってしまったバンが出てきたのは十五分後。
バンが『デバイス』と判断したそれは、明らかに人工の棒状の物だった。といってもレイジングハートや、フェイトが使うバルディッシュほど長くはない。せいぜい五十センチ程度のものである。
簡単に分析はしてみたものの、製造番号も表記もなく、一体どんな物なのか見当も付かない。
ホージーとジャスミンが、バンの発見した謎の機械の解析を本部にお願いしている間、取り敢えず簡易的な遅めの朝食を取る事にした。
二人の居ない所で悪いとは思ったが、栄養補給は取れるときに取っておくと言うのは、戦いに身をおく者としての鉄則である。その辺りはこの場にいない二人もよく理解していた。
これは今日の天気がよかった為、たまには外の庭で食べようと思い、朝起きて作ったものだった。もともと昼食用に三人で作ったものだから、六人では少し量が少ないが、今はちょうどよいと言える。
「三人とも、ほんとに料理上手だね!!」
「おおきに、ウメコさん」
思わず釣られてはやても笑ってしまう。
八神家の食事は殆どはやてが取り仕切っている為、この手の家庭料理はお手の物である。頻繁に家事を手伝っている二人も同様だ。
「これ作ったのはフェイトかな?」
「あ、そうです」
「うん……これならいつ何処でもお嫁にいけるね」
センが片手に持った箸で玉子焼きを口に運びながら言った。
「え……あ、ありがとうございます」
思わず顔を赤らめて答えてしまうフェイト。こういった類の台詞も、彼が言うと自然に思えるから不思議だった。
ちなみにもう一つの手は、バンの首筋の方に向けられている。そこから濃い緑色の光が発せられていた。
バンが美味しさの余りコブシを握り締めて感動していると、バンの首からセンの手が離れた。
「はい、バン。終わったよ」
「おう、サンキューセンちゃん!」
センが治療していたのは、落下時にバンが受けた首への衝撃に対してだった。
山に出来た洞窟を探索中、真っ逆さまに落ちたバンだったが、なのはが咄嗟にかけた設置型捕縛系魔法―レストリクトロックによって、難を逃れたのだ。
しかし問題はその後で、バインドの役割の果たす光のリングが引っかかった部分が足のみだったため、そこから一瞬身体が急激に伸びきり、首が突っ張ってしまったのである。
その様子を聞いたセンが念の為に確認すると、案の定、軽い外傷性頸部症候群……いわゆる『むち打ち』になりかけの状態だった。
幸いにも早期発見の上、症状自体も浅かった為、単純な治癒魔法を使えるセンが治す事にしたのだ。
「ごめんなさい、バンさん。私がちゃんと身体ごと掴めていれば……」
しゅんとした表情で頭を下げるなのは。彼女のサイドテールが心情を表すかのように垂れた。
「気にすんなって。これ位なら後遺症も無いって言うしさ!」
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫! それにこんなウマいモン食ったら、活溌溌地、意気揚々!!」
そう言うとバンは、なのはが握ったオニギリに手を伸ばした。
「でも、ホントに三人ともスゲエよな。AAAランク以上のエリート魔導師で、オマケに料理も上手なんてさ!」
バンはこの中で一番三人の料理の腕に感動しているようだった。
五人は普段、デカベースに寝泊りしながら勤務している為、帰省する機会は滅多にない。おまけにバンの実家は、彼らの中で一番遠い所にあった。
つまりバンは、この中で一番家庭の味に飢えていたのである。
「えへへ…な、なんかそこまで褒められると……照れちゃいます」
もう少しで地底人の仲間入りをしそうになったというのに、テンションは高いというか軽いというか……。
しかしそこに何か器の大きさを感じさせて、なのはは頭を書きながら笑顔で答えた。
だが他の四人は、ただあっけらかんなだけ、と言うバンの性格を見抜いていた。
そうしてバンが自分の分にと残った、玉子焼きとウインナーに手を伸ばそうとしたその時………、
「あれ!?」
突如上から舞い降りた刺客によって、まるでクレーンゲームの如く吊り上げられた。
慌てて上を見ると、そこには青い制服のリーダーと、黄色のサポート役が、いつしか任務を終えて戻っていた。
それぞれ手につまんだ玉子焼きとウインナーを、無造作に、そして無慈悲に口に放り込む。
「ああー!!」
「う〜ん、おいしいわね。この玉子焼き」
「この味……正に銀河の神秘だ。ベリーデリシャス………」
「何すんだよー! 俺の朝飯がー!!」
バンの悲鳴もむなしく、天下一品と褒め称えたバンの朝食最後の締めは、哀れホージーとジャスミンの腹の中に消えたのだった。
ちなみのこの姿を見た地元警察は、
「おい、あれがスペシャルポリスか?」
「子供もいるし………」
「わからん……まあ、ライセンスは持っていたしな……」
と、このような会話をしていたと言う。
ミッドチルダは、働くことの出来る年齢が低い為、なのは達ぐらいの年齢の者がいること自体はさして珍しい事ではない。
しかし目の前にシートを広げられ、楽しげに朝食を取っているとなれば話は別だ。
「なにやら誰か泣き叫んでいるぞ?」
「あ、青い服の人に殴りかかった!?」
「皆で止めているな」
「黄色い制服を着た女性は何もせずに微笑んでいるだけだ………」
やはり宇宙警察に対する謎は深まるだけで、これは次元七不思議として認定されるようになったと言う。
バンが発見した謎の物体のデータをデカベースに送り、調べてもらった所、極めて精密な機械であるという事がわかった。
その用途はいまだ調査中だが、違う次元の技術も使われていると言う。バンがデバイスと見間違えたのも無理はなかった。
「この穴に落下した宇宙艇は、そのまま山の中心まで移動。その後地面と『垂直』に潜行し、地下に消えてしまったわけだ」
センの推理通り、音波探知機と熱源探知機からも、同様の結果を得る。但し、消えた宇宙艇の行方だけは、ようとして知れなかった。
そこで、チームを三つに分け、聞き込みを開始する事にした。
ジャスミンの提案により、フェイト、はやて、なのははバン、ジャスミンと共に、パトロールを兼ねて聞き込みに同行したのだった。
「なのはちゃん達が居てくれて助かったわ」
通常捜査用に使う車両―デカビークル……その中でもジャスミンとバンが乗るマシンドーベルマンの補助席に座っているジャスミンが言った。
三人は後部座席において、街に以上がないかチェックをしている。
「常に360度気を配るのって、結構気を使うのよね」
戦闘中であれば話は別だが、あるかどうかわからない一見何も無い所で事件を見つけるのは、骨が折れる事であった。
危険でない状態で集中力を上げるのは、ある意味でもっとも困難な作業である。
「でも……特に被害は無いみたいやね」
「そうだね、パニックになってるわけじゃないし」
山に空いた穴の大きさに反比例するかのように、人々は普通に生活を続けていた。全く気がかりでないと言えば嘘になるが、いつまでも構っていられるほど、この世界の平日事情は甘くないらしい。
「しかしバリアシステムを突破するなんて、とんでもないヤツだな」
バンが周囲の安全を確認しつつ、車を進める。その途中でふと言ったセリフだった。
「そうね、確かにとんでもない」
ジャスミンが素直に同意する。しかしその言葉に込められている感情は全く逆だ。それに対し、フェイトが質問した。
「『とんでもない』って言うのは、バリアを簡単に通過した事ですか?」
「違うぜ、フェイト! 市民の安全を考えずにこんな事をしやがって……何処のどいつか知らねえけど、ぶっ飛ばしてやる!!」
「まあ……それもあるけど、フェイトちゃんの言った事は重大な事よ」
バンの手が、マシンドーベルマンのギアを怒りの余り変更しようとするのを目線で静止しながらジャスミンが言った。
「そうですよね……確か惑星バリアって二層になっているし」
そう言うなのはも、バリア自体を見たわけではない。しかしこの事は士官候補生時代に基礎事項として教わった事だった。勿論フェイトとはやても同様である。
今回のような不法侵入を防ぐ為の対物バリア、そして惑星外からの魔法攻撃や転移魔法を防ぐ為の対魔力結界。これら二つで構成されている。突破するのは容易ではない。
「どうしてデカベースにも、何の反応もなかったんやろ……」
しかし、それ以上の謎はあった。
バリアシステムは、その星が一つの巨大ネットワークとなって運営するものだ。当然ながらコントロールシステムは各地域に繋がっている。
つまり何らかの手段で持ってバリアを無力化したとしても、それだけの労力を使う行為をすれば、たちまちあらゆる建物に警報が鳴り響くわけだ。
「何かの手段で無力化したとしても、即座に知らせる筈だよね……」
「そう言えば、俺がぶつかった時も警報が鳴っていたらしいよな」
もう落ち着いた手つきでハンドルを切ったバンが言った。
「え、何それ?」
はやてにはバンの言った事が、一瞬よく理解できなかった。
「いや、今だから話すんだけど……俺がこの星に赴任してきた時、降下場所間違えちゃってさ…バリアにその、直撃しちゃったんだよな……」
「「「ええ!!?」」」
ギャグ漫画でもこれぐらいぴったりなユニゾンはないだろう、と言うぐらい息の合った驚きの声だった。
「……私も初めて聞いたわよ、それ」
「あんとき、偶然に次元航行艦が通りかかったから助かったんだよね。あと引っ掛かった所のガードがその時だけ甘かったんだってさ。俺って運が良いからな、はっはっはっ!」
少女たちは口をあんぐりあけて、そのまま固まってしまう。ジャスミンは大人なだけあって堪えていたが、それでも隠しきれる物ではない。
もし一歩間違えれば犯人逮捕に燃える熱血刑事は、そのまま宇宙の藻屑であった筈なのだ。
先程の穴の時といい、この話と言い、どうして自分のピンチをこうも笑いながら話せるのだろうか? と、疑問に思った。前向きと言えば前向きだが、ただの馬鹿とも言えなくもない。
「デカベースは反応しなかったんですか?」
「あの時は私達もゴタゴタしていたからね……」
バンが赴任する直前……正確に言えばバンが途中から参戦した時だが、他の四人はドン・モダイヤと言う男の起こしたある事件を追っていた。システムも人員もそっちの方に回していたので、鳴っていたとしても恐らくかまっている余裕がなかったのだろう。
「ボスやホージーにばれたら、始末書じゃ済まないわね。多分減給よ」
本日最大に呆れ果てた顔で、ジャスミンが呟いた。
「ええっ、マジ!?」
「安心して。喋る気はないから」
「ああ、良かった……信じてたぜジャスミン」
「なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、今度の休日にバンがスイーツ奢ってくれるらしいわ」
表情を変えずに窓の外を確認しながら、そのままの姿勢で語調も変えずに言った。
「ええっ、何でだよ!!?」
「口止め料よ。ああ、ウメコがおいしいお店見つけたって言っていたわね……」
「お、おい、ちょっと! 幾ら何でもそりゃないぜ!」
「どう、三人とも?」
「ほんなら私、あんみつがええな!」
「私、パフェが食べたいです……」
「は、はやてちゃん、フェイトちゃん………」
なのははバンが哀れに思ったか、出来る限り止めようとしたが、その時首からかけてある小さな赤い宝石から声が聞こえた。
『Master said that a cream puff of baked potato taste wanted to eat yesterday. (昨日マスターは、焼き芋味のシュークリームが食べたいと言っていましたね)』
「レ、レイジングハート!?」
なのはの使うインテリジェントデバイス、レイジングハートからの声だった。恐らく主が一人だけ食べられないのは可哀想だ、と気遣っての事だろう。ここまで主人想いのデバイスはそうは居ない。
しかしバンにとっては、この機械音声が笑っているように思えてならなかった。
「なのはだけ食べないんじゃ、結局怪しまれるよ」
「そやそや、バンさんの事を思うなら、食べた方がええよ」
「うう………」
それ以前に素直に黙っていればいいのだが、言い出せる雰囲気ではなかった。
はやてはともかく、フェイトは本来こんな事を言い出すような子ではない筈なのだが、どうやらここへ来て少しずつ、ウメコ辺りに感化されてきたようだった。
「決まりね。じゃあ、私は……ほらバン、ちゃんと前を見て運転する」
既に車は聞き込み先に入っている。周囲の安全を気にする必要はもうないが、運転を間違えるわけには行かなかった。
「とほほ………」
「あの、ごめんなさいバンさん……」
「いや、いいよ……どの道バレたら減給だし」
ボスにばれて給料を減らされるか、彼女達にスイーツを奢るか。
どちらが金銭的に得かを考えようとするが、あいにく赤座伴番と言う人間は、『細かい』と『計算』という言葉の対極に位置している男であった。到底計算は不可能だ。
「あ、そんな事を言っている間に着いちゃったわ」
ジャスミンがまた普通の表情に戻る。先程までのやり取りは微塵も感じられない。
四人が心なしか笑顔で、続けてバンがしゅんとした表情でマシンドーベルマンを降りた。
あとがき
東ひじりです。
いや、中途半端な形になってすいません。
これから忙しくなりそうで、全編書く暇がなくなりそうなので、とりあえず書いてある部分だけおきます。
私の小説では何故かバンの扱いがヒドイですが、皆さんどうか気を悪くしないで下さい。というか気のせいだと思ってください。かっこいい所は必ずあります。