「知っておるか? あの水輝が帰ってきたらしいぞ」
「なんでも風術師になったとか」
「いや、わしは悪魔に魂を売ったと聞いたぞ」
「いやいや、わしは、黒魔術師になったと聞いたぞ。あの能無しが術者になろうとしたら、悪魔に魂を売るしかないだろう」
「確かに」
「「「わっははははは」」」
その日、神凪に水輝が日本に戻ってきた事が知れ渡った。しかしその話を慎冶から聞いた長老達は、特に危険視する事もなく、逆におもしろい話のネタを手に
入れたと喜び、おもしろおかしく噂を広めていった。
曰く、水輝は行方不明の和麻と結ばれた。水輝は仕事でかち合った慎冶を瞬殺した。魔剣を手にいれて使いこなしたとか、または風の精霊王と契約したなどの
話が流れていた。
微妙に真実と嘘がごちゃ混ぜになった噂が面白おかしく、長老達の手によって神凪中に知れ渡った。
慎冶は水輝の力の一端を見て恐怖を覚え、その危険性を知らせたかったらしいのだがまったくの無駄に終わったようだ。
そしてその話は宗主たちの耳にも届いていた。
「ほう、水輝が風術を覚えこっちに戻ってきてたと。知っておったか厳馬?」
現神凪家当主、神凪重悟は従兄であり二人の父親でもある神凪厳馬に尋ねた。
「はっ……」
厳馬は短く答えた、すでに耳に入れており動揺している様子はない、しかし彼の身体からは怒りのオーラが出ていた。
「はっ、お恥ずかしい限りです」
「別に、恥ずかしくはないだろう。ふむ詳しい話を聞きたい、慎冶を呼べ」
「そうか……」
その後、慎冶から話を聞いた重悟は眼をつぶりながら水輝と現在行方不明の和麻の事を思い出していた。
(思えばかわいそうな子達であった)
片や忌み嫌われる黒い炎の使い手、もう片方は炎が使えない異端児。
二人とも、それ以外は優秀が故に、その苦労は計り知れなかっただろう。
だからこそ思う。
(何故、私に頼らなかった。私ならお前たちを救えたかもしれないのに……)
二人の血縁を救えなかった無力感を味わっていたがそれは違う。
確かに二人は神凪にとって異端である、それ故に
救いはない。
だからこそ、二人の絆は強くなっていった。
お互いがお互いに神凪にとっていらない存在、忌み嫌われる悪魔に、落ちこぼれ、異なる二人だが孤独のつらさをわずかだが知っているからこそ絆が深まって
いったのかもしれない。
二人の痛みを完全に理解するのは少なくても彼らと同じ境遇にならなければいけないだろう。
「宗主、水輝はすでに神凪とは縁のないもの。もう気にする必要はないかと」
「厳馬……お主は実の子を……」
「私の子は煉一人でございます」
四年前、和麻が神凪を出た時とまったく同じ言葉を言った厳馬を重悟は何処か複雑そうな表情で見る。
「……もうよい。水輝は結局、風術師として大成したのだ。神凪を出て正解だったのかもしれん。それとも流也、お前のところに預けていれば、良き力となった
か?」
「かも、しれません」
下座に居た三人目の男。二十代ぐらいの若い黒髪をした術者であり風牙衆の長でもある、風巻流也ができるだけ感情を表に出さないように答えた。
風牙衆と言うのは神凪の下部組織であり、主に探査などで神凪の補助を担当している。だが今現在は神凪の選民主義的な考え方と、風牙衆の戦闘能力の低さの
所為か奴隷に近い扱いを受けている。
風牙衆の使う風術は本来、探査と言った補助的役割が主で、攻撃力は圧倒的なエネルギー量を保有する炎や質量がある水や地に比べたら悲しいほど低い。その
所為か、圧倒的な力を保持する炎の使い手の神凪はいつしか風牙衆の本来のあり方を忘れ、力がないと言うだけで奴隷、家畜のような扱いをしていた。
宗主である、重悟は風牙衆のあり方を理解しているが、厳馬は違う。彼は良くも悪くも炎術至上主義。そのため、風術を下に見ているくらいがあった。
「恐れながら、風術など所詮は下術。炎術の補佐をするのが、関の山でございます。仮に四年前、水輝に風術の才能があると分かったとしても、風牙衆に預ける
くらいなら、迷わずアレを勘当したでしょう」
遠まわしに風術を見下している厳馬の言葉は神凪の中では当たり前の認識なのだ。
「……」
流也は公然と自分の技を侮辱されても何も言わない。いや言えないのだ。もし何か言って、反逆の意思があるととられれば一瞬にして殺される。それが分かっ
ているため流也は何も言えなかった。
「……この話は此処までにしよう。飯がまずくなる」
辺りの空気の変化に気がつき始めたものは安堵の息をつく。重悟の言葉で食堂の雰囲気が明るくなる。先ほどの風牙衆の侮辱の言葉など始めからなかったかの
ように。
だからこそ気がつかなかったのかもしれない。
(厳馬……貴方がそんなんだから二人は居なくなったんですよ)
心に深く暗い闇の炎を宿した流也の眼を……。
「神凪……いや、八神水輝か……まったく、タイミングが良いというか悪いと言うか」
光が射さない、闇に閉ざされた薄暗さが其処にはある。演出なのかそれともそれが当たり前なのかその部屋は真っ暗であった。そしてその部屋の主でもある風
巻流也は虚空に向かって呟いていた。
流也は風牙衆の長である風巻兵衛の一人息子である。本来ならまだ一族の長を務めることは無いのだが兵衛が死んだために彼が長を勤めている。
「あれから、一年か……」
眼を瞑り、自分の運命が変わってしまった”あの日”の事を思い出し始めた。
彼の友人でもある水輝や和麻が去った後も彼は風牙衆として働いていた。とは言っても彼もまたいつの日か神凪から出ようと考えていた。
(……こんなにも、弱っているのか神凪は)
ある日の除霊、流也はいつものように風牙衆として居場所を探知、それを神凪の炎術師に教えそれを炎術師が倒す。そんないつもの光景を何処か他人事のよう
に見ていた。
「流石、綾乃様」
「炎雷覇の剣捌きいつ見てもお見事です」
神凪の時期宗主でもある天才美少女と名高い綾乃を見ても流也はそうは思わなかった。炎雷覇と言えば強力な魔剣の一つ。それを用いてこの程度なのかと内心
呆れていた。
(そもそも、この程度の悪霊にこんなに必要なのかな?)
綾乃の付き人と言うか護衛のようなものが五人ほどいる。はっきり言って多すぎる。この程度なら一人でも十分対応できる、綾乃がまだ若いから不安と言って
も付き人など一人いれば十分のはずだ。
(和麻のほうが凄かったけどな)
思い出すのは自分が一番補佐した性格破綻者。黒い炎の所為か長老、特に頼道に嫌われていた和麻は除霊も一人でする事がほとんどであった。しかも、本来な
ら数人係で対応しなければいけないような、強力な妖魔と戦ったのは一度や二度ではない。
もちろんこれには理由がある。頼道は和麻を始末したがっていた。自分を毛嫌いしている厳馬の息子の上、黒い炎を使う異端児。和麻にそんな気は無いが彼は
いつ厳馬の命令で和麻が自分を殺しにくるか気が気でなかった。
得意の策略で和麻をどう殺そうか考えた。分家の連中をそそのかして始末させようかと考えたが、昔に起きた分家の暴走の所為で重悟が眼を光らしているから
それは不可能である。
次に考えたのは毒殺、だがこれは誰かに密告される恐れがあるし、自分に疑いがかかる危険があるので断念した。
そして最終的に思いついたのが事故死だ。妖魔の討伐中による戦死これが一番簡単で効率が良かった。書類を捏造し、強力な妖魔に和麻一人向かわせる、さら
に風牙衆の補佐をつけて、不自然さをなくす、と言う容易周到さ。
和麻の力なら一人で行っても不思議ではないし、風牙衆が死んでも代わりなどいくらでも居る。頼道の計画は完璧のように見えたかもしれない。誤算があると
すれば頼道は和麻の力を侮っていた事だ。
強力な妖魔と日々戦い続けた所為か和麻は当然のように強くなった。なんとも皮肉な結果であろう、神凪で最低の術者の妄信によって、和麻は知らず知らずの
内に対妖魔のスペシャリストになってしまったのだから。
流也の基準はそんな和麻である。例え綾乃でも弱く見えて仕方がないのかもしれない。もっとも、もうすぐ神凪を去るつもりの流也には関係ないことであった
が。
「死んだ? 父が……」
綾乃の補佐が終わった流也は直ぐに宗主である重悟に呼び出された。部屋に入り、座りかしこまる。普段は感じないほどの重苦しい雰囲気でただ事でない事は
流也にも理解できた。そして聞かされたのは彼にとっては信じられない言葉であった。
「すまない」
頭を下げ本当に申し訳ないと謝る。しかしそんな重悟の謝罪も、今の流也には聞こえていなかった。
「ど、どうして……で、しょうか……」
放心、悲しみ、戸惑い、そんな感情が螺旋のように渦巻く中、流也はかろうじてその言葉だけを搾り出す事ができた。
「実は―――」
重悟が話した内容はこうだ。
今回の兵衛の任務は結城慎冶ほか数名の補佐であった。兵衛が妖魔を見つけ慎冶たち炎術師がそれを倒す。ただそれだけだった。
だが今回は違った、予想より妖魔が強かったのか、炎術で燃やしたはずの妖魔が生きており慎冶たちに攻撃をしてきたのだ。倒したと油断しきっていた慎冶に
回避する手段は無くこのまま殺されるはずだった。
―――兵衛がその身を盾にしなければ。
ただ一人気がついた兵衛は反射的に身を挺してかばい妖魔の爪によって右腕を吹き飛ばされ、そのまま真横に斬り飛ばされ崖下に落ちていった。
その後、妖魔に気がついた慎冶達、他数名によって妖魔は倒されたが兵衛の探索は行なわれずそのまま帰還して今に至る。
「今現在、風牙衆達に兵衛を探さしておる、連絡があるまで休んでいてくれ」
重悟も飲み友達でもある兵衛をなくし悲しみにくれている。もちろん妖魔との戦いで命を落とす事は当たり前であり、覚悟はできている。とは言っても実っさ
いに起こればその悲しみは深く、平静ではいられない。
「いえ、私も……父の捜索に当たります」
重悟に非はない。それでも、あまりにも悪い対応の悪さに、怒りが、悲しみがどす黒い感情と共に口から出そうになるのを恐れ、できるだけ感情を出さないよ
うに部屋を後にする。
「……すまない」
部屋を出る直前に聞こえた重悟の謝罪は流也には聞こえていなかった。
結局、その後風牙衆の必死の捜索むなしく兵衛が見つかる事はなかった。右腕だけを持ち帰り、そのまま死亡扱いとして葬式を行なった。もちろん神凪のほと
んどが参加する事は無く、来たとしても重悟ぐらいであった。
葬式が終わり、いつまでも長が空位ではいかんと流也が長を継ぐ事になった。
「……あれから、一年神凪は父、そして”彼女”に対して何も感じる事も無く、今までどおりの日常を過ごしている」
風牙衆は神凪にとって道具でありそれ以上の価値はない。一族をすべる立場になってそれが今まで以上にわかった。そして、風牙の闇もまた理解してしまっ
た。
「水輝ちゃん。君には悪いけど、おとりになってもらうよ」
時は来た。この日のために力を求めた、古い書物を探りさまざまな力を調べ求めた。その結果彼は力を得た。だがそれでも神凪最強の術者でもある厳馬に勝て
る自信はない。
だから、まずは自分の力の把握、そしていかに効率よく神凪を始末するかを考える。水輝にはその間のスケープゴートになってもらうつもりだ。
「……分かってるよ。貴方の願いは僕がかなえる。それが―――貴方と僕の”契約”だ」
暗闇に向かって流也は何処の誰かも分からぬ存在に語りかけた。
こうして、彼の復讐は始まる。だが彼すらも予想できない出来事が起こるとはこのときの流也には想像もできなった。
「くそっ!」
深夜の繁華街、其処に一人の柄の悪いチンピラにしか見えない男が、二人の取り巻きをつれて悪態をついていた。彼の名は結城慎冶、彼は今日の除霊の失敗か
ら謹慎を言い渡されていたがこっそりと抜け出して夜の街を楽しもうとしていた。
「気にイラねえ!!」
水輝に負けた彼は神凪から『無能に負けた屑』とまで陰口を叩かれていた。いつもなら良い女を引っ掛けて楽しむのだが何故か今日に限って慎冶の目にかなう
ほどの美女は居ない。
この怒りを足先にに集中させゴミ箱を蹴飛ばし八つ当たりをする。
「落ち着けよ」
「そうだって」
彼の取り巻きが慰めようとするが慎冶には届かない。今の彼は、水輝に負けたことに対する怒りでいっぱいであり、この繁華街を照らすネオンの光すら彼の怒
りを増す材料の一つとなっていた。
「くそが!」
これ以上女探しをしても時間の無駄だと悟ったのか慎冶達は神凪の屋敷に引き上げることにした。それからも、慎冶が文句を言いながら物に当たり、取り巻き
がそれを慰めるそんなやり取りがしばらくの間続いた。
そして、神凪の近くまで着いた所で―――ようやく異変に気がついた。
「なんだこれ?」
怒りの所為で周りが見えていなかったのか、いつの間にか人々の喧騒やネオンの光、そして夜の空に存在する月や星なども見えなくなっていった事に、ようや
く気がつく。
例え、此処が神凪の家の近くで繁華街から距離があったとしても、多少ぐらいならざわめきが聞こえるはずなのにそれも無い。
「なんだよ!!コレ!!」
慎冶に続いて取り巻きの一人も異変に気がつく。そう、いつの間にか慎冶達は音も聞こえない、光も射さない真っ暗な空間に閉じ込められていた。
「コレが今の神凪ですか」
「誰だ!!」
闇の中から聞こえる声に取り巻きの一人が未知への恐怖を隠すように過剰に反応する。
「”名も無き魔術師”そう名乗っておきましょうか」
闇の中から現れた人物はそう名乗った。全身を黒いローブで姿を隠し、何処か薄ら寒い何かを纏う、声の低さから男だと思うがそれ以上の事は分からなかっ
た。
「てめえ!! 俺たちが誰だかわかってるのか!!」
姿が見えた所為か幾分恐怖が和らいだ取り巻きの一人が叫ぶ。だが魔術師はそんな取り巻きを冷たく見下ろしながら思った事を口にした。
「血しかとりえのない三流術者ですか」
「ぶっ殺す!!」
その言葉と共に取り巻きや慎冶が一斉に魔術師に向かって炎を放つ。意思も何もない無理やり従えただけの力任せの一撃。そんな炎を魔術師は特に動じる事も
無く冷たく見据え、そして―――炎に包まれた。
「へっ、ざまあ見やがれ」
「精霊王に選ばれた俺たちに舐めた口を叩くからだ」
彼らの中では魔術師は骨も残らず燃え尽きていると信じて疑っていなかった。少なくても炎が消え其処から、魔術師が無傷で姿を現すまでは。
「な!?」
「この程度では、肉も焼けませんよ」
さも、落胆したように魔術師は大げさに呆れる。もちろん挑発の意味合いが含まれている。そしてそんな挑発に取り巻きの一人が怒りに任せて炎を放とうとし
て―――突然腰から上、上半身が斬り飛ばされた。
「はっ?」
慎冶が間抜けな声を上げる。その声を合図に残された下半身が思い出したかのように真っ赤な血を噴水のように噴出し、前に倒れこんだ。
「てめえええええ!!」
取り巻きの片方が相棒を殺した相手に怒りの声を上げる。
「貴方方の相手は彼ですよ」
そんな怒りを何処吹く風と言う風に受け流しながら上を指差す。慎冶と取り巻きも魔術師に釣られて上を見る。其処には”何か”がいた。
”何か”と言うのはそれを形容する単語がうまく見つからないからだ。身長は百六十ほど、全身は黒いボロ布のようなもので包まれている人型の異形。異形と
判断したのはコレだけの妖気を発する存在が人間であるはずが無いからだ。
何より、その存在の布の隙間から見える爬虫類を思わせる暗い瞳が彼が妖魔だと判断させた。
そして、黒い靄のような巨大な右腕に掴まれた取り巻きの上半身。
「あっ……あ、あはははっは」
ありえない事にその取り巻きはまだ生きていた。傷口を黒い何かで無理やり押さえ出血を防ぎ、掴まれた頭に軽く爪のようなものが食い込む。
「あははっははは」
取り巻きは完全に壊れていた。自分の身体を二つに切られ、強大な妖気を直接浴び彼は壊れた。そんな取り巻きに妖魔は興味をなくしたのか頭を握る黒い手に
力を込める。
「なっ!?」
「うわあああああ」
トマトがつぶれたような音をたて頭を潰された取り巻きは、今度こそ完全に死んだ。押さえが無くなり地面に叩きつけられた取り巻きを無視して妖魔は地上に
降りる。
「……」
爬虫類のような瞳で二人を睨む。それだけで慎冶と取り巻きは動けなくなった。蛇に睨まれた蛙そんな言葉がピッタリ合うのだろう、彼らは恐怖のためか動け
ない。
「あ、あ……あ」
何かを必死に喋ろうとしている取り巻きに妖魔は右腕でなぎ払う。肉が切り裂かれ血が舞う、取り巻きは後方に吹き飛ばされ倒れこむ。
「ぐがあああ、痛てええええ」
両手で胸元の傷口を押さえながら悶え苦しむ。そんな取り巻きに妖魔は右腕で殴りつける。ぐしゃりという耳障りな音を立て、取り巻きは色んなものをぶちま
けながら壁に張り付いていた。
「うえええええええ」
そんな光景をもろに見てしまった慎冶は口元を手で押さえながらも嘔吐物を吐き出す。恥も外聞もない、この妖魔は異常以外の単語が見つからないほどにヤバ
イ存在だと慎冶は悟った。
「……」
妖魔はそんな慎冶に一歩、一歩、ゆっくり歩みを進めながら近づく。一気に殺さないで、ゆっくり近づくのは慎冶の恐怖を高めるためか。慎冶はその様子が死
神の足音に聞こえた。
自分を殺すための死神に。
「な、なんだよ……」
腰が抜けしりもちをつきながらも、必死に腕を使い後ろに下がる。しかし妖魔はそれにあわせるようにゆっくりと近づく。
「み、水輝なのか?」
「……」
妖魔の動きが止まる。慎冶の中でこれほど圧倒的な力を持ち、此処まで神凪に恨みを持つ風術師は今日出遭った水輝しか思いつかなかった。
「水輝なんだろ!? 俺が悪かった……だから……ゆるしてくれ!!」
わずかな願いを込めて慎冶は命乞いをする。彼にはもはや神凪の威光などと言ったチンケなプライドなど何処にも無くただ死にたく無い一心で命乞いをする。
しかし、そんな願いもむなしく妖魔は無造作に右腕を縦に振り降ろす。其処から妖気を纏った漆黒の風の刃が飛び出し慎冶の右腕を肩の付け根から切断した。
「うわあああああああ」
痛みを感じる事も無く、ただ無我夢中に生き残りたいがために炎を放つ。死から逃れるため、ただ生き残るため。死を目前とした極限状態の集中力、そして生
への執着と言う明確な意思が、彼が生きた中で最高の威力を発揮した。
妖魔の身体が黄金に包まれる。慎冶は失われたはずの『黄金』の炎を繰り出し妖魔を焼きつくしたのだ。
「やった……あはは、ざまあ見やがれ」
腕の痛みを忘れ、勝利の余韻に浸る。いつの間にか結界も消え、遠くから人々の声が、そして夜の闇を月と星の光がうっすらと射し、慎冶は生の喜びを感じ
取っていた。
「えっ!」
突然強烈な突風が吹き荒れる。風の色は黒、その黒い風は慎冶を下から掬いあげるように、何処かやさしく、そして、空に引っ張るかのように上空数百メート
ルまで吹き飛ばした。
「はっ?」
いきなり景色が変わり間抜けな声を上げる。一面に見える星と月、そして豆粒のように小さな人々。止まったのは一瞬、直ぐに慎冶は重力に引かれながらもの
凄い速さで地面に近づく。
「うわああああああ!!」
慎冶とて馬鹿ではない。この高さでこれだけの速度で地面に激突すれば自分がどうなるかなど考えるまでも無い。慎冶はただ自分の未来に恐怖する。
「あ、はっ、ははあははっはっはは」
打開策もあるわけも無く、明確に自分の運命を悟った慎冶は壊れた笑いをあげながら地面に激突した。
地面にクレーターを作った慎冶を見た妖魔は特に興味を示すことなく、その身体を黒い風の刃で切り刻み始めた。
同時刻、慎冶達の殺害現場から一キロほど離れたビルの屋上で全身を黒で固め、右腕に黄金の腕輪をつけた風巻流也は全てを見ていた。
「なん……だ、アレ……は?」
両腕で自分を抱きしめ、恐怖を無理やり抑えつける。
流也は復讐を誓い、最初のターゲットを探していた、力を手に入れ一流以上の風術師になった流也にとって神凪の術者を見つけるのは造作も無かった。そして
神凪の術者を見つけ、このビルから狙撃をしようとした所で今まで感じたこともない強大な妖気を感じとった。
一体何がと、考える時間も無く神凪の術者は結界に閉じ込められた。流也は精神を集中させ何とか中の様子だけでもと思い、覗いていたが直ぐに後悔した。
そこで行なわれたのは虐殺、絶対的強者による、戯れのような殺し。正気の沙汰とは思えない。流也も復讐をしようと考えていたが、此処まで残虐に、命をも
てあそぶような殺しをしようなどとは思わない。
しばらく吐き気を抑えながらも、見ていた。すると突然神凪の術者が失ったはずの黄金の炎を放ち結界が解けたのだ。
コレには流也も驚いた。神凪の力は弱まり分家は黄金の炎を失ったはずなのだ。それを使えたという事は、彼らの力は失ったのではなく眠っている、つまり引
き出していないだけなのではと、考えを改めた。
だが、すぐさま巨大な妖気を含む風が術者を吹き飛ばし上空数百メートルの高さから地面に叩きつける。
(酷い……)
右手で口元を押さえながら死体を切り刻む妖魔を見据える。あの妖魔は危険すぎる、退魔士としてはすぐさま滅さねばならない。
(だが、あんなのに勝てるのか!?)
恐怖がまるで目に見えない鎖のように身体を縛り付ける。初めて、和麻の炎を見たときも恐怖を感じた。だが彼はまだ良くも悪くも人間であり流也の理解の範
疇の存在であった。
だがあの妖魔は違う、退魔士としての本能が警告する、アレは滅ぼすべき魔だと。同時に生物としての本能があの存在と戦えば殺されると激しく警報を鳴ら
す。
流也の中で異なる二つの感情がせめぎ合う。葛藤しながらも流也の注意は妖魔に集中している。これ以上近づけば確実に殺される、だからと言って下手に動く
わけにはいかない。
しばらくの間流也は動く事もできずただ妖魔の戯れを見続けていた。
そんな中、妖魔が不意にこちらを向く。爬虫類のような眼が何処か遠く、正確には流也の方向を見据える。
(気づかれた!?)
その瞬間、流也の行動が決まった。全身に力を入れて自分の意思を脳に伝える、その時間は刹那にも満たない。流也自身、自分が動けたのは奇跡に近いと思っ
ている。
流也が風の精霊を纏い後に飛ぶのと同時に、妖魔から放たれた黒い風の塊が流也の居たビルを破壊する。黒い風がコンクリートを弾き、弾かれたコンクリート
の破片が地面に落下する。
突然の災害に下に居た人々が騒ぎ出す。
だが、流也はそんな事に気をとられている場合ではない。今は自分が逃げ切る事が最優先だ、復讐に来て何もせず訳のわからない妖魔に殺されるなんて滑稽以
外の何者でもない。
しばらく、無我夢中で逃げ出し、妖魔の気配が消えた事を確認して何処かの空で立ち止まる。
(どうやら、逃げ切ったみたいだね……)
安堵の息を漏らす。下からパトカーや救急車のサイレンの音がうるさいくらいに鳴り響く。おそらく先ほど妖魔が破壊したビル関係だろうと頭の隅で納得す
る。
(当面の問題はこれからどうするかだ)
復讐はやめるわけにもいかない。流也の決意でもあるし彼女の”契約”でもある。だがあの妖魔は危険すぎる、おそらく神凪宗家、いや下手をすれば厳馬です
ら敵わないかもしれない。
(……しばらくは、様子見か)
妖魔の目的が分からない以上、下手に動くのは危険すぎる。そう判断して流也は帰路に着いた、色んな複雑な思いを抱きながら。
(何かしら今の)
深夜のファミレスで水輝は一人、アイスコーヒーを飲んでいた。この時間ほとんど人は無く、いたとしても夜遊びをしている高校生などがいるくらいだ。その
高校生や、数人の男子が水輝を見ている。
彼女は間違いなく、美人の部類に入り異性よりも同姓にもてるタイプだ。彼女自身、学生時代は男より女のほうの告白回数が多いのは密かに悲しかったりする
過去だったりする。
「……」
自分の悲しい過去を思い出し眉がつりあがり不機嫌になる。アイスコーヒーを飲み終え、近くを通りかかったウエイトレスに声をかけ追加の注文をする。
ウエイトレスは水輝の注文を聞きながらも水輝の顔をじっと見ている。
ウエイトレスも一般から見れば美人だが水輝が相手では残念ながらかすんでしまう。そして第三者から見れば比較対象がいる所為か水輝の美貌がさらに目に付
く。
ウエイトレスもそんな視線を感じたのか若干居づらそうな表情をしている。ウエイトレス自身も水輝が美人だと思うので仕方がないのだが。
そしてウエイトレスは水輝の注文を聞き奥に向かっていった。
(妖気を感じたけど何かしら?)
周りの視線を見事に無視しながら、水輝はウエイトレスが下がるのを見ながら先ほど感じた妖気の事を考えていた。
かなりの距離があったため正確な位置はつかめなかったが途轍もない妖気を感じた。少なくてもこの日本で感じられるようなレベルではない。
(……勘弁してほしいのよね。厄介事は)
自分の厄介事に好かれる嫌な体質を思い出し、人知れずため息をつく。
(関わりたく無いのよね)
自分に害が無い限り無視をしようという結論をだし、丁度ウエイトレスが持ってきたアイスコーヒーを手に取り飲む。
(そろそろよね)
壁にかけられている時計を見ながら今だ現れない待ち人に愚痴を漏らす。彼女としては向こうが遭いたいと接触してきたのでわざわざ兄を探す時間を割いてま
で待っているのに、現れない事に対することに苛つき始めてきた。
(帰ろうかしら)
そう考える。とりあえず目の前にあるアイスコーヒーを飲み終えても姿を現さなかったら帰ろうと考え始めた時、一人の女性が入ってきた。
「……」
背中まで伸びた黒い髪を首の後で一本に縛り、緑の瞳で誰かを探しているようだ。整った顔立ちが目立ち、さらに翠を強調したドレスと相まって彼女にとって
不本意の事だが、かなり人目につく。
現にファミレスの客はほとんどの例外を除いて中に入ってきたおしとやかな雰囲気を醸し出す彼女を見つめている。見ていないのは時計を見ながらアイスコー
ヒーを飲んでいる水輝だけである
そんな彼女は水輝を見つけ、ウエイトレスに二、三話すとゆったりとした足取りで水輝の座っている席に近づく。
「八神水輝様ですね」
めんどくさそうにアイスコーヒーを飲んでいた水輝に彼女が話しかける。その声は、彼女の雰囲気にピッタリの森の妖精のような声音だった。
「貴方は?」
同姓ですら、見とれるであろう彼女に特に興味を示すことなく本気でどうでもいいように尋ねる。
「橘霧香の代理のラピス・サウリンです。どうぞよろしく」
お辞儀をして、水輝の正面に座る。その動作は洗練されて、彼女の生まれのよさが目立つ。
「そう、それで用件は」
彼女と同じ生まれが良いはずの水輝はそんな雰囲気を醸し出すことなくやはりめんどくさそうに尋ねる。彼女の目の前には空のコップがある。どうやらあと少
しラピスが来るのが遅かったら帰るつもりだったので、偶然丁度良いタイミングでこの場に来たラピスが気に食わないのかもしれない。
「―――八神水輝様、私達の所に来る気はありませんか?」
そんな彼女の様子を感じ取ったラピスをそれを表に出さないように、霧香に頼まれた用件を切り出した。
人々の喧騒が届かない薄暗い、何処かの裏路地。そこで和麻は壁に寄りかかり懐からタバコを取り出し口に銜える。銜えると同時にライターすらないのにタバ
コに火がついた。おそらく炎の精霊に呼びかけ火をつけたのだろう。そのまま彼は夜の空、暗い闇が支配し、その所々に星の光が見え隠れする空を見上げてい
た。
「……暇だ」
(お主……)
いきなりそんな事をほざいた。まあ、日本についたものの特に仕事をするでもなくただ街中をぶらぶらしているだけなのだから、この意見も当たり前なのだ
が。
(ならば、あの依頼を受ければよかったではないかの)
「めんどくさそうだろ」
ハイシェラの言葉をばっさりと切り捨てる。ちなみにハイシェラの言っていた依頼は横浜での悪霊退治だったが和麻曰く、『なんか、この依頼人に会ったら燃
やしそうだから嫌だ』との理由で断ったらしい。
「まあ、こんな所で夜空を眺めてるのもアホらしいから、帰って寝るか」
タバコを地面に落とし右足で踏み消す。そのまま和麻は人々の気配が全く感じられない裏道を歩き出そうとして”それ”に気がついた。
「何だ、お前」
「ほう、炎術師の癖に私に気がついたか」
何処か感心したような言葉と共に一人の女性が現れる。
(子供だの)
(ああ)
ハイシェラの言葉に和麻が肯定する。目の前の女性は女性というより、少女といったほうが正しい存在であった。見た目は十くらいで身長は和麻の腰ぐらいま
でしかなく、背中まで伸びた緑の髪に血のような赤い眼、紺の色をした和服のようなものを着ている。
顔の造形もしっかりとしており少女でありながらその存在は、女としての色香を纏っていた。
「なんだ、小娘。あいにく俺は少女を愛でる趣味はない、とっとと消えろ」
関わるのもわずらわしいと、ばかりに右手でしっしっと追い払う動作をする。だが少女はそんな和麻の動作に嫌な顔をするわけでもなく、その行動を何処か面
白そうに眺めていた。
「そう言うな、私はお前に興味があるのだよ、”神凪和麻”」
そう言うと、少女の眼が妖しく光り、彼女の身体から気のようなものがあふれ出す。少女はすぐさま右腕を振るう、其処から不可視の何かが飛び出し和麻を斜
めに二つに切断した。
「……なるほど、コレくらいはかわすか」
少女は後に振り向きながら、光りが差さない、真っ暗な闇が支配する路地に向かって話しかける。
「最近の小娘はいきなり、人を殺そうとするのが主流なのか」
明らかな呆れを含みながら和麻は路地から姿を現した。
(気をつけるだの、この女”人”ではないだの)
(ああ、分かってる)
ハイシェラの忠告に、思念で頷く。そんな事は分かってる元々炎術師はその特性上、探知や感知などには向かない。だが和麻は一人で生きるためその苦手な能
力にも対応できるため工夫をしていた。
そのうちの一つが熱源探知、生き物である以上体温などが存在する。和麻はそれを感知する事で探知などが可能にしていた。もっとも範囲はせいぜい半径数百
メートルぐらいが限度だが。
そして目の前に少女はその体温が感じられなかったのだ、少なくても人間が保有する程度の温度は。
「ふ、私の正体などどうでも良いだろう。神凪和麻、貴様の力見極めさせてもらう」
少女はそう言うと右腕を頭上にかざす。其処から大量の風の精霊が集めだす。
「ちっ!?」
その収束率、召喚速度に多少動揺しながらも和麻もまた炎の精霊を集めだす、だが速度は風である少女の方が圧倒的に速いのか、和麻の召喚が終わるより早く
少女は右腕を前方に突き出し、風の刃を和麻に放った。
「くっ!?」
まだ、不完全ながらも和麻もまた炎を少女に放つ、和麻の支配を受け炎が闇のような黒に染まり少女に迫る。風の刃と黒い炎が丁度二人の中間地点で激突しせ
めぎあう。
「マジかよ」
自分の炎と少女の風が全くの互角な事に和麻は素で驚いていた。炎は四大の中で最高のエネルギーを保有しており、その量は風の四倍ほどと言われている。い
くら自分の精霊の量が不完全でも目の前の、どう見ても自分の半分以下の年齢の少女と五分という状況に和麻は驚いていた。
「どうした、今の神凪はこの程度なのか?」
少女は何処か挑戦的な目つきで和麻を笑う。その言葉に和麻は―――薄く、何処か寒気すら感じるように哂った。
「図に乗るなよ、小娘」
不意に和麻は自分の炎を弱める、少女の風の刃は炎が弱くなったため先ほどの均衡が嘘のように、豆腐を切り裂くように炎を裂きながら和麻に迫る。
本来なら回避至難の風の刃、しかし今は炎を裂きながら和麻に迫っているためその軌跡を見切るのは、和麻でなくても容易い。案の定和麻は迫り来る風の刃を
身を反らしながら避ける。
そしてそのまま自身を一回転させ、左腕を横になぎ払う、其処から四つの矢のような黒い炎が現れ少女の上の方向に向けて放つ。
「何処を狙っている」
和麻の全く見当違いの攻撃に少女は明らかな嘲笑を浮かべる、その顔はこう語っていた。『今の神凪は此処まで落ちたのかと?』だがそんな少女の言葉を聞き
ながらも和麻からあの、何処か人を馬鹿にしたような笑みが消える事はなかった。
「図に乗るなと、言ったはずだぞ小娘」
和麻の言葉と、少女をはさんでそびえ立つビルが爆発するのは同時だった。
「何!?」
今まで余裕だった少女の顔に初めて驚愕の表情が生まれる。少女に向かって落ちてくるコンクリートの破片、破片といっても、かなりの大きさであり少女を押
し潰すには十分な大きさであった。
少女はすぐさま、自分に迫るコンクリートの塊に向かって風の刃を放つ。本来ならこの程度で死ぬことはない、だが”今の状態”では確実に戦闘不能に陥る。
それを避けるために少女は風の刃を放ち、コンクリートの塊を切り刻み、風であさっての方向に吹き飛ばす。
そして、吹き飛ばすと同時に和麻は少女の目の前、距離にして五十センチほどの距離に迫っていた。
「終わりだ」
そのまま少女の顔面に炎を纏った拳を叩き込む、叩き込むと同時に爆発し少女は後方に吹き飛ばされる。二、三回ほど地面に叩きつけらながらも数メートルほ
ど飛ばされた所で少女はうつぶせに倒れていた。
(相変わらず容赦ないの、お主は)
「俺は男女平等主義者なんだよ、理解したか小娘」
何処か呆れを含んだ、ハイシェラに自分の主義のようなものを伝えながらも和麻は、もう動くはずのない少女に冷たく呼びかける。その声はまだ少女が生きて
いると信じて疑ってみないようにも見える。
「……なるほど、少々お前を見くびっていたようだ」
少女は何事もなかったかのように起き上がる、顔に拳を打ち込まれ、爆発したのに少女の顔には少々の傷があるだけで特にダメージはなかった。
「安心しろ、次は骨も残さないように焼き尽くしてやる」
ポケットに両手を突っ込んだまま和麻は冷たく宣言し、炎の精霊を集めだす。和麻の意に答え炎の精霊が頭上に集まり、黒く染まりだす。そして巨大な竜の顔
と首の辺りまで形成された。
「一つ聞く、今の神凪にお前より強い術者は何人いる?」
「……居ない、俺が最強だ」
いきなりの少女の質問に、和麻は一瞬の間があったものの自分の思った通りの答えを言う。
「ほう、つまりお前が神凪最強の術者というわけか」
「ああ、そうとってもらってかまわないぜ」
特に否定する要素もないのでそう答える。実際今の神凪で和麻に対抗できるのは厳馬位である。片足を失った重悟では和麻と戦うのは不可能であるし、綾乃や
煉ではまだ和麻には遠く及ばない。
「そうか―――なら、今回は退くとしよう。神凪の強さの確認もできたし、向こうも、何かあったようだ」
何処かを見ながら少女は呟き、すぐさま和麻の方を向く。
「覚えておくがいい。私の名は”風華”神凪に終焉をもたらす者だ」
「そんな、誇大妄想はいいから死ね」
ポケットから右手を取り出し、風華と名乗った少女に向かって振り降ろす。炎の竜、”黒龍”は少女に突撃する。轟音と共に爆発し、龍が崩れ、少女の居た場
所が炎の海に包まれる。
「……逃げたか」
何処か、残念そうに言いながら和麻は指を鳴らす、すると炎は嘘のように消え去り其処には何も存在しなかった。少女の姿もない、和麻の炎で燃え尽きたので
はなく逃げたのだろう。そう判断しながら和麻は懐からタバコを取り出す。
(どうするのだの?)
日本に来ていきなり厄介な者に出遭ったのだ、これからの行動次第では物凄くめんどくさい事になるのは当然和麻も理解している。
―――明日の、深夜十二時、フランス山に来るがいい。
何処からか少女の言葉が聞こえる。その声を聞き”呼霊法”と呼ばれる遠くから自分の声を届ける風術があったなと、和麻は思い出していた。
「決まったな、売られた喧嘩は買うのが俺の主義だ」
タバコを踏み消しながら未だに暗闇が支配する空に顔を向ける。
「後悔させてやるよ、小娘。この俺にくだらない真似をした事をな」
飢えた肉食獣のような気を放ちながら和麻は空に向かって宣戦布告をした。