「うーん、疲れた……」
 
 ”凰華扇”をしまい腕を上に向けて伸ばしてから風の奔流に飲み込まれ倒れ伏している、厳馬を見ながら呟く。血が滴り落ちる左腕を見て、傷の確認をする。 軽い火傷と裂傷が在るが戦闘に支障が出るほどではない。
 
 問題は精霊術の行使による疲労、流石は神凪最強の術者厳馬と言った所だろう。勝てない相手ではなかったが楽勝とは言えない。
 
「まぁ、私の敵じゃないけどね」
 
 そう言いながら血まみれの厳馬に近づく。意識こそ無いがまだ呼吸音が聞こえるところを見ると生きているのだろう。タフさだけは規格外だと変な関心をし た。
 
「フッ、フッ、フッ」
 
 厳馬を見据えながら面白そうに笑う。右手でコートの内ポケットを探る。目的のものを見つけたのか嬉しそうな顔をしながら”あるもの”を取り出す。それは 長方形の形をした物体。所謂、携帯電話と呼ばれる物だった。
 
 何故アレだけの戦いを繰り広げ壊れなかったのかという疑問が残るが水輝は携帯を広げ、厳馬に向けて写メールを取る。
 
 カシャ、というシャッター音と共に水輝の携帯の液晶に気絶している厳馬の映像が写る。そのまま、その映像を保存してタイトル『炎の使えない無能者に負け た負け犬厳馬』と付け、知り合いに一斉送信をしだす。
 
「あーはっ、はっ、はっ、哀れね厳馬。貴方はこれから”炎の使えない落ちこぼれに負けた神炎使い”として未来永劫語り継がれていくのよ」
 
 携帯を内ポケットにしまった水輝は馬鹿笑いをあげる。その姿は何処の悪女だと突っ込みたくなりそうだが水輝は笑い続けた。そのため突如として空から降っ てきた風の鉄槌の対応に僅かに遅れる。
 
 風の鉄槌は水輝の位置に降り注ぎ、衝撃波を生み出した。まともに衝撃波を食らい吹き飛ばされ地面に二、三度叩きつけられる。痛みが全身を支配するがそれ を無視して、降り注ぐ風の鉄槌に向けて右手を掲げながら風の結界で防ぐ。
 
「私には、インターミッションも無いのかしら?」
 
 風の鉄槌が何度も風の結界を打ちつけその度に衝撃が右腕を駆け抜ける。疲労とダメージの蓄積の所為でいつもより結界の練りが甘い。そう判断した水輝は結 界を解くと同時に後ろに飛ぶ。
 
 風の鉄槌の嵐が咲き乱れる、それを動き回りながら避け続け叩きつけられる度に生じる衝撃波を凌ぐ、その作業を数度繰り返した所で水輝のよく知った物体が 視界に入る。
 
 所々紅く染まった中年の人間―――すなわち神凪厳馬が宙を舞い先ほどの戦いで運良く破壊を間逃れた雑木林の中に吸い込まれていく。厳馬の落下の衝撃で木 々が折れる音と、ドンという衝撃音が聞こえる。
 
「……」
 
 ほんの一瞬思考が止まる。流石に死んだかなという考えが頭を過ぎる。
 
(……アレだけ食らって生きてるんだから平気よね)
 
 そう完結させ厳馬の事を除外する。今はこの攻撃をする存在を探る事が大事だ。意識を集中させ僅かな違和感を探る。すぐさま妙な違和感、ある部分だけが歪 んだような気配を探知する。
 
「其処ね!」
 
 右腕を縦に振るい、風の刃を放つ。放たれた風の刃は水輝が見つけた空間の歪みに激突―――そして消滅した。
 
『流石は”契約者”か』
 
 空間がうねるように歪み出し其処から、一人の少女、”風華”が姿を現す。
 
「我が名は”風華”契約者よ貴様は此処で死んでもらう」
 
 右手を水輝に向けてかざし、其処から風の弾丸が撃ちだされる。すぐさま水輝は精霊に干渉し風の弾丸を消そうと試みる、だが。
 
(また!?)
 
 昼間の妖魔と同じでこちらの呼びかけに答えようとしない。いや違うと水輝はすぐさま胸中で否定する。この感覚には覚えがある。”人”である八神水輝より 上位の存在による支配。
 
「今度はそっち!? 日本はいつから神魔の無法地帯になったのよ!」
 
 頭を抱えてくなるような気持ちに陥りながらも横に飛んで風の弾丸を避ける。弾丸が地面を吹き飛ばし、余波が水輝を掠める。だが水輝の回避を見透かしたよ うに巨大な風の塊が水輝の眼前に迫る。
 
「さて、どうする?」
 
 巨大な直径数メートルほどの風の塊をどう凌ぐのか楽しむの様に声をかける。
 
「決まってるでしょ」
 
 何とかいつもの調子に戻った水輝はそう答えながら右手を風の塊向ける。精神を集中させ風の精霊に呼びかける。右手が風に包まれるのと同時に風の塊が右手 にぶつかる。
 
「くっ!?」
 
 衝撃に腕が軋み思わず顔をしかめる。幾多の風の奔流が渦巻きそれが球状の形に留まった風華の風の球。触れるだけでズタズタに切り刻まれるはずの風の球を 水輝は直接触れ、直に呼びかける。
 
(消えなさい)
 
 戸惑ったような声が頭に響く、だがそれを無視して直も呼びかける。王の代行者たる水輝と人を凌駕した存在である、風華の呼びかけに戸惑っている。
 
(この感じ、まさか!?)
 
 直も呼びかける中、何かに気がつく。一瞬動揺するがすぐさま切り替え、受け流すように右に飛ぶ。受け流された風の塊は地にぶつかり、放射状に地面を切り 刻む。
 
「ほぅ、凌いだか」
 
「何で私に敵対するのよ?」
 
 感心したような声をだす風華に向かっておもいっきり睨む。
 
「何でだと? お主が神凪だからだ」
 
「元よ、それに私は”契約者”よ。神に属する”盟友”さん」
 
 眼を細めながら言う。一目見ただけで風華と名乗った少女が神かその眷属に近い存在だという事は分かった。そして彼女の操る風に直に触れて、この少女、も しくは少女が属する存在が”王”の”盟友”だと理解した。
 
「この世界の成り立ちを説明するのはめんどくさいから簡潔に言うと昔は精霊王と神々達は争ってたのよね」
 
 宙に浮かぶ風華を見上げながら、水輝は話し出した。
 
「王や神々の争いは世界の地形を容易く変える。この世界を愛する王達はそれが耐えられない、そこで王たちは神々と手を組み―――すなわち盟友になることで 争いを回避してきた……貴方は王の盟友でしょ?」
 
 そこで言葉を切り軽くため息をつく。できれば外れててほしいというのが水輝の正直な思いなのだ。
 
「直に触れて分かった事だけど、精霊が困ってたのよね。私と貴方との間で物凄く」
 
 軽く精霊たちに同情する。分かりやすく言うと精霊たちは平社員。王は社長で、水輝は関係ないが王と同じ権限を持つ。風華達上位存在であり王の盟友達は言 うならば、取引先の社長達である。
 
 これが他の風術師なら取引先の社長を優先するが王と同じ権限を持つ水輝だからこそ精霊は戸惑ったのだ。王と同じ権限を持つ彼女には逆らえない、だが彼女 は王本人でなく赤の他人であり、風華は取引先の社長。何かしでかし王との関係を悪化させるわけには行かない。
 
 この二つの存在の呼びかけに精霊たちは戸惑った。水輝が唯の人なら風華を、もし王そのものだった場合は王を優先するのだが、水輝の立場もまた微妙なため に起きた事態である。
 
「ふっ、確かに私は風の精霊王の盟友だが、今の私には関係ない事だ」
 
 言い終えると同時に水輝目掛けて風の刃を放つが、水輝もまた腕を一閃させ風の刃を放ち相殺する。
 
「遅い」
 
 背後から聞こえる少女の声、反射的に後ろに向けて右足で回し蹴りを放つが、後に居た少女―――風華はあっさりと水輝の蹴りを手で掴む。
 
「!?」
 
「軽いぞ、契約者」
 
 左手で風の弾丸を撃ちだす。足を掴まれているため回避行動を取れない水輝はまともに、みぞおちに風の弾丸を撃ちこまれる。
 
「がはっ!」
 
 衝撃で後方に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。勢いは止まらず二、三度転がりながらも体勢を整え立ち上がる。すぐさま感じる殺気に後に飛ぶ、飛ぶと 同時に水輝の居た場所に風の塊が落ち破裂し、辺りを切り裂く。
 
「どうした、契約者? あの神炎使いとの戦いで見せた実力はこの程度は無いはずだ!」
 
(よく言うわよ、こうなる事を狙ったくせに)
 
 自分を弱らせてから、襲い掛かってきた少女を睨みながら思う。
 
 風華の放った風の刃を同じ風の刃を放つ事で相殺する。そんな中やはり精霊術の精度がダウンしている事に心の中で舌打ちをする。先ほどの厳馬との戦いで” 凰華扇”さらに一瞬とはいえ聖痕の解放による負荷が響いているようだ。
 
(それでも……やるしかないわよね)
 
 本日何度目か分からないため息をつく。風華と名乗った少女はどうやら神凪に憎しみを抱いており、自分もその対象に含まれているようだ。そう結論付けて、 つくづく家に恵まれていないなと思う。
 
 迫り来る風の刃を見据え、右腕を大きく薙ぐ。其処から生じる衝撃波が地面を抉り、風の刃をかき消す。
 
「!?」
 
 先ほどとは違う風の気配明確な意思の元、自分を確実に倒すという気迫が伝わってくる。
 
「ふむ、楽しめそうだな」
 
 水輝は間合いを詰め宙に浮く風華目掛けて飛びながらアッパーを打ち込む、だが風華を包むように薄い結界が水輝の打撃を防ぐ。
 
「無駄だ、そして空中では身動きできまい」
 
 攻撃硬直を狙い水輝を中心から二つに裂くかのように風の刃を放つ。普通の人間なら空中で身動きなどできない、そのため水輝の命を此処で散るはずである。 あくまで”普通”の人間ならだが。
 
 あいにく水輝は普通じゃない。少なくても普通の人間には空中で横に飛ぶなどといった動きは不可能である。
 
「馬鹿ね、私は風術師よ。例え空でも私にとっては地に居るのと同じよ」
 
 その言葉を証明するかのように、前に向けて足を突き出し。そのままその突き出した足を支点とし、壁を登るように動きバク転の要領で風華の頭頂部に爪先を 叩き込む。
 
 固い音が聞こえ薄い膜のように包まれた結界が水輝の攻撃を防ぐ。
 
「無駄だ、今のお主にこの結果は破れん」
 
「ふっ、甘いわよ小娘」
 
 結界を破れないとの風華の言葉を笑みを浮かべながら返す。その言い方が何処となく和麻を思い浮かばせ風華は不愉快な気分に陥る。だが水輝はそんな風華の 心情など気がつくも筈も無く、爪先に風の精霊を収束させる。
 
 爪先に緑色の光が放たれると同時にレーザーのような風が結界を貫き、風華を地面に叩きつける。轟音をたて地面にめり込む。そんな風華目掛けて水輝は空に 向けて風をジェット噴射のように噴出させ風華に向かって急降下し、蹴りを叩き込もうとする。
 
「くっ!?」
 
 立ち上がり風を纏うと同時に姿を消す。消えると同時に急降下した水輝が地面を砕く。轟音が響き地面が四方に散らばる中水輝は風華の居場所を探る。世界最 強の風術師である水輝にとって風華の居場所を探るのは難しい事ではない。
 
「其処ね」
 
 すぐさま居場所を特定した水輝は右手に精霊を収束させ”大気の拳”<エーテル・フィスト>を作り出し、後ろに振り向く。同時に髪がふわりと靡くそして気 配に向かって右拳を打ち付ける。拳から飛び出した空気の塊が気配―――風華に襲い掛かる。
 
 だが風華は薄く笑い迫り来る空気の塊を冷静に観察する。風華の右手に風が集まりだす。そのまま五指を曲げ引っかくように”大気の拳”<エーテル・フィス ト>目掛けて振り下ろす。
 
 風華の風の爪はあっさりと紙切れのように”大気の拳”<エーテル・フィスト>を切り裂き水輝に迫る。
 
(……やっぱり、威力が落ちてるわね)
 
 風華の放った風の爪を右に飛んで避けながらそう判断する。普段なら、あんなにあっさりと切り裂かれるはずは無いのだが、先ほどの厳馬との戦いのツケが否 が応でも目立つ。
 
(コンディションは最悪、切り札も”今”は使えない。逃亡も不可……最悪ね)
 
 風華が放つ風の刃を、右に左に舞うように避けながら自分がいかに不利かを判断しながらも軽く笑みを浮かべていた。
 
「何が可笑しい?」
 
「色々よ」
 
 こうなる事を予想できたのにあえて乗り厳馬と戦った間抜けな自分、なんの捻りも無く自分に問答無用で襲い掛かる風華、そしてこの不利な状況を楽しんでい る自分に笑う。
 
 コートを翻し風の刃を避ける。だが本当に紙一重で避けているため、裾の部分が切り裂かれる。だが休む暇も無く風の刃に圧縮させた空気の塊が四方四方八方 から水輝に襲い掛かる。
 
「ああ、もう嫌!」
 
 右腕を無造作に振るい風の刃を放ち、風華の攻撃を吹き飛ばし逃げ道を作りすかさず其処に飛び込む。包囲網を抜ける途中で右太もも、左の足首などに激痛が 走る。包囲網を潜り抜け、立ち上がり傷の確認をする。
 
(……こんなに傷ついてお嫁にいけるのかしら私?)
 
 白いズボンの右太ももに紅い線が走り、其処から紅い染みが広がり左足から血が染み出している自分の身体を見ながらそんな事を思う。もちろんそんな阿呆な 事を考えながらも、風華の風の刃を風で受け流しながら踊るように避け続けているのは流石だろう。
 
(”凰華扇”を出せないのはつらいわね)
 
 嵐のような猛攻だが今まだ何とか捌ける、だがこの攻撃をいつまでも裁き続ける自信は流石にない。水輝は人間だし人外の風華と単純な体力勝負をして勝てる はずなどない。風華もそれを理解しているのだろう、威力こそ大した事無い―――あくまで水輝の基準であり彼女以外だったら、例えが悪いが綾乃ならとっくの 昔に全身を切り刻まれ死んでいるだろう。
 
 風華もまた”凰華扇”の厄介さを分かっているからの戦法だ。水輝を倒しきる事はできないが、”凰華扇”といった神器や時間のかかる”切り札”を出す暇を 与えない。
 
 気の遠くなるような単純作業だが、厳馬との戦いで疲労が溜まり体力が低下している水輝との持久戦。どちらが有利かなど考えるまでも無い。
 
(契約者の様子から見て、もって三十分。十分に”間に合うな”)
 
 そう判断して風華はほくそ笑む。ふと、水輝と眼が合う。水輝とて今の自分がどういう状況か理解しているだろうだが彼女の眼に絶望の二文字は無かった。そ れどころか彼女は風華を見て笑みを浮かべる。
 
(どういうつもりだ?)
 
 風華が疑問を抱いた瞬間水輝は風華目掛けて走り出す。風華の放つ嵐のような風の刃に自分の身体が切り刻まれるのを省みず、血が舞い赤い霧が生まれる。そ して水輝は風華の側頭部に蹴りを叩き込む。
 
 蹴りはまともに入り骨が軋む音と共に風華は吹き飛ばされ、地面を転がる。風華が体勢を整える前に水輝は疲労と痛みが走る身体に、渇をいれ三桁に及ぶ風の 刃を呼び出し、風華目掛けて叩き付ける。
 
 衝撃で地面が吹き飛び、音と土煙が風華の姿を完全に消す。全発叩き込んだのを確認した水輝は左腕を振るい、風を呼び土煙をかき消す。わざわざ姿を消す機 会を与えるなど間抜けも良い所だ。それを理解しているので水輝は土煙をかき消したのだ。
 
「今のは効いたぞ……」
 
「良かったわ、今のは結構賭けだったのよ」
 
 額から流れる血を不機嫌そうに右手で拭いながら風華を見る。額、右頬、左肩、右太ももなどに傷があり、多少のダメージがあったと事が窺える。もっとも致 命傷には程遠いが、ダメージを受けるという事は絶対無敵な存在ではない事の表れなので精神的には楽になる、あくまで多少だが。
 
(とは言え、きついわね。不意をついて”大技”を叩き込めば多分倒せるけど)
 
 相手は風術師、しかも自分よりも高位な存在でもある風華の不意をつくのは至難の業だといわざる得ない。
 
「……貴方って、”風牙神”かしら?」
 
「……だとしたらどうする?」
 
「別にどうもしないわよ。唯気になっただけだから」
 
 ”風牙神”と言う単語が出た瞬間、風華の魔力が一瞬揺らいだからおそらく図星だろうと判断する。別に聞いたのに意味は無い。先ほど厳馬に風牙衆の話を聞 いたからふと聞いてみたのだが……。
 
(当たり……なのかしら? もしそうなら本当に救いが無いわよ神凪は)
 
 そう呆れる。だが同時に色々な疑問ができる。例えば、この風華と名乗った少女は”神”にしては気配が弱い。確かに人間とは比べものにならない程の力があ るが、”神”と呼ぶには弱い。
 
(確信は無いけどおそらく、彼女は本体じゃない。まあ、だからと言って私の状況が良くなる訳じゃないけどね)
 
 気持ちを切り替え、風華に向かって走り出す。風華もまた水輝に向かって走り出す。
 
「!?」
 
「先ほどのお返しをさせてもらおう」
 
 風華は右拳で空気を圧縮させ”大気の拳”<エーテル・フィスト>を放つ。本調子の水輝が放った”大気の拳”<エーテル・フィスト>と全く変わらない速度 で、水輝に襲い掛かる。
 
 空気を切り裂き亜音速で迫る、空気の塊を水輝は身体を捻り回避する。だが水輝が身体を捻った瞬間、風華は指を鳴らした。瞬間、風華の放った”大気の拳” <エーテル・フィスト>が破裂する。
 
「きゃっ!」
 
 破裂した瞬間、衝撃波が波紋のように広がり水輝の全身を強く打ち付ける。思わず、少女じみた悲鳴をあげながら水輝は膝をつく。
 
「ふむ、限界が近そうだな」
 
 左手で右のわき腹を押さえながら、額から汗を流し苦しそうな顔をしている水輝を見ながらそう判断した。
 
「ねえ、疲れたから一時間ぐらい休ませてくれない?」
 
「却下だ」
 
 右腕を振るい衝撃波を飛ばす。地を抉りながら迫る衝撃波が水輝に迫る。今の水輝なら十分に倒せる一撃だと風華は確信していた、衝撃波が水輝を飲み込み勝 利を確信し口元に笑みを浮かべる。
 
 勝った。そう思った瞬間、風の精霊が弾ける気配と全身を駆け抜ける”何か”を感じ後を飛ぶ。同時に鼻先に何かが掠め、血が宙に舞う。
 
「……まさか、まだそれほどの力を残しているとはな」
 
 風の精霊を足に収束し爆発の勢いを利用した突進で衝撃波を突きぬけ、自分の鼻先に回し蹴りを放った水輝に呆れと関心が混じったような感想を漏らす。
 
「自慢じゃないけど、人を謀ったり不意を突くのは得意なのよ」
 
 膝をついた水輝は本当に自慢にならない事を言う。この四年間一人で生き、一人で戦ってきた。中には自分より強い相手ともだ、そんな連中と戦ってきたため にこういった事が得意となってしまったのだ。
 
「だけどそろそろきついのよ。三十分で良いから休ませてくれない?」
 
「断る、まだ何を隠しているか分からんからな」
 
 水輝の提案を蹴る風華。先ほども限界が近そうに見えたがまだアレほどの力を残していたのだ。他に隠し球が無いとは言い切れない。何より、水輝はまだその 眼に絶望を宿していない以上、気を抜くわけには行かない。
 
(そう何度も痛い目を見るわけにはいかないからな)
 
 昼間の綾乃に目の前の水輝、つくづく神凪の”女”は苛立たせる、胸中にそんな怒りを抱きながらもそれを表に出さないように水輝を観察する。
 
「そろそろ、幕を閉じよう」
 
 腕を振るい風の刃を飛ばす。それを水輝は横に飛んで避ける、だが風華をそれを見越していたのか水輝の前に回り込み風を纏わせた蹴りを叩き込む。
 
「くっ!?」
 
 水輝は腕を十字に固め蹴りをガードするが、衝撃までは防ぎきれず顔を歪めながら地を滑りながら後退する。風華はさらに水輝に向かって風の弾丸を撃ちだ す。だがその数は五十にも及ぶ。それはまさにマシンガンから撃ちだされたかの如く水輝を撃ち付ける。
 
「まだ粘るか」
 
「当たり前よ……私は兄さんと結ばれるまで死ぬつもりは無いわ」
 
 咄嗟に風でカーテンの様に自分を覆い何とか直撃を避けたがダメージは大きい。コートの袖が両方とも肘の辺りまでボロボロに破け、頬や額から血が流れてい る。
 
(……本気でやばいわね、三十分位休めば何とかなるけどそんな提案呑んでくれるわけ無いだろうし)
 
 先ほど試しに提案したが案の定蹴られた事を思い出し苦笑する。となると何とかこの場を切り抜ける方法を考えなければいけないが―――いい案が思い浮かば ない。何パターンかシュミレーションするが、片っ端から弾いていく。
 
 ふと風華を見ると右腕に風を纏い自分に向かって駆け出している。避けきれない、そう判断した水輝は使いたくない”切り札”の一つを切る決意をする。
 
 
 ―――しろ。
 
 
 ドクン、心臓が跳ね上がる。頭の中に直接響いた声を聞いた瞬間、彼女は歓喜に包まれる。
 
 今まで感謝どころか嫌っていた神々に今日始めて目の前の神に感謝しよう、そう思い風華を見ると何故かスローモーションの様に遅く見える。これなら声に答 えられる、そう判断し身体を半歩ずらす。
 
 ズブリと肉を貫き骨を砕く音が響く。風華の右手が水輝の左肩を貫く、一瞬痛みに顔を歪めるがすぐさま、薄い笑みを浮かべ両手で風華の右腕を掴む。
 
「!?」
 
「逃がさないわよ。折角のチャンスなんだから」
 
 何をとは言えなかった、水輝との戦いに集中していたとは言え何故この男の存在に気がつかなかった。確かにあの男を此処で呼び寄せた。水輝を殺し、絶望を 与え殺すつもりだった。
 
「だが、早すぎる! 何故貴様が此処にいる!? ”黒炎”」
 
 明らかな焦りが見え隠れする風華と不敵な笑みを浮かべている水輝に向かって公園の中だというのに”黒い津波”襲い掛かる。否それは、黒い炎が津波のよう に襲い掛かる。
 
 それは容易く水輝と風華を飲み込み、風華”だけ”がダメージを受ける。高位の炎術師は対象のみを焼き尽くす、この黒い炎の術者は水輝を焼かず、風華だけ を焼き尽くそうとしている。
 
「うああああああ」
 
 背中を焼かれ苦悶の声を上げる風華を見ながら水輝は腕を掴んでいる両手を離すものかと力を込める。風華も必死でその手を引き離そうとするが万力で締めつ かれているのかと思うほどの握力があり引き離せない。
 
(やはり、この”身体”では限界か)
 
 舌打ちをしながら左手で掴まれている腕肘の辺りを切断する。切断面から血が噴出しその一部が水輝のコートに付着し、水輝は嫌そうな顔をする。風華は腕を 切断し自由の身になった瞬間、すぐさま上に飛んで炎から逃れる。
 
 だが上空に逃れた風華の頭上から”黒い龍”が大きな顎を開けながら、今まさに食い破らんと迫り来る。
 
「舐めるな!」
 
 左手を龍に向け風の奔流を放ち、龍の顎を押さえ込む。だが悲しいか、炎と風の単純な力のぶつかり合いでは炎の方に分がある。風華の風の奔流こそ破られは しないものの、ゆっくりと押され地面に近づく。
 
 そして、風華の落下予測地点に結構ボロボロになりながらも水輝が立ちふさがる。その右手の掌には風の奔流が渦巻いている。
 
「”兄さん”の炎を受けながらじゃ私にまで対応できなさそうね」
 
 ”兄さん”の部分で今まで見たこと無いほどの嬉しさがにじみ出ている。水輝はその感情を今は抑えながら、炎をせき止めながら落ちてくる風華の無防備な背 中に向けて”白虎牙”を打ち込む。
 
 強烈な衝撃音が辺りに響く中、水輝の手に骨を砕きその骨が肉に突き刺さる感触を感じ取る。風華は口から血の塊を吐き出しながら、再び上空に浮き上がりそ して叩き付けられる。
 
 ゴホと言う音共に再び血の塊を吐き出す。血が地面に染み込むのを視界に入れながら風華は自分の身体の状態を確認する。
 
 背骨と肋骨が砕け内臓に致命的な損傷があり、この”身体”が限界だという事が分かる。
 
(此処までか……)
 
「よっ、四年ぶりだな」
 
 風華がそう判断する中何処からか若い男の声が聞こえる。年のころは二十代前半に軽薄な雰囲気を醸し出している黒い髪の男が姿を現す。その男は水輝に向 かって右手を軽く上げながら話しかけた。
 
「……兄さん」
 
 そう、まるで年頃の恋する少女のような声を出しながら水輝は十メートル以上離れている和麻に向かって一瞬で近づき抱きついた。
 
「元気そうで何よりだ」
 
(お主の妹は意外と大胆だの)
 
 四年ぶりだというのに特に変わった様子のない和麻に対する嬉しさがあったが、突如頭の中に響いてきた女性の声に固まる。
 
「今の声は誰? 兄さん?」
 
 囁くように言うがその声音は厳馬の時に聞かせた声音よりも冷たく恐怖を抱くには十分すぎる効果があった。
 
「あーえーと……」
 
(ふむ、お主と違って妹は可愛いところがあるの)
 
「……」
 
 普段なら言葉に詰まる和麻に対してさらに追及するが、ハイシェラの思わぬ言葉に沈黙する。まあお互いがお互いに歪んだというか、本心をめったに表に出さ ない性格なので中々話が進まないのが現状とも言えるが……。
 
 だが、そんな二人を冷たく見据えながら風華は風の精霊に呼びかけ、かまいたちを飛ばす。二人は完全に油断していると判断し一瞬で構成した一撃。普通なら 大した力も発揮できないが人間相手なら十分過ぎる威力がある。
 
 元々人間はさほど優れた力を持っていない。一般的な戦闘力は地球上に存在する生物の中では下位に位置する。馬のような脚力も無ければ獅子や虎のような 牙、犬のような嗅覚や鳥のように空を飛べるわけでもない。
 
 水輝に和麻といえども、首を刎ねられたり心臓を貫かれれば死ぬ。油断すれば風術の一撃で死ねるくらいの存在なのである。だから不意さえつけばこの程度の かまいたちで殺せる。
 
 あくまで油断すればだが、水輝も和麻も自分達がいくら巨大な力を行使できようとも唯の人間であると言う事を理解している。だからこそ油断しない。二人は すぐさま風華の不意打ちに気がつき対応する。
 
 互いが背中合わせにくっ付きながら風華目掛けて和麻は右手で炎を水輝は左手で風を撃ちだす。
 
 黒い炎は風に煽られ速度、威力とも数倍までに高められる。かまいたちをかき消し炎の刃の嵐と化した二人の攻撃は風華の全身を焼き、そして切り刻み吹き飛 ばした。
 
 全身を切り刻まれ、其処から溢れ出した血が地面に紅い染みを作り出す。水輝と和麻は倒れこんだ風華に近づく。
 
「……何故貴様が此処にいる和麻? お前に指定した時間はまだ三十分以上あったはずだぞ」
 
 この男の性格は流也から聞きある程度理解している。楽に生きたいと人生を馬鹿にしたような男だと、受けた喧嘩などは必ず買うような男だがギリギリまで楽 をする姑息な男だと。
 
 だからこそ、今この場に現れた男に質問をした。
 
「パチンコってのはな、十時半ぐらいには帰らないといけないんだよ」
 
「「……」」
 
 風華と水輝は沈黙する。そんな理由で早めにきたのかこの男は? そしてそんな理由で来た男の所為で敗北した自分が酷く惨めで悲しく感じる。そんな思いに 支配されている風華をよそに、抑えきれないのか含み笑いを浮かべながら水輝は風華を見た。
 
「まあ、世の中なんて大抵こんな物よ」
 
「……なるほどな」
 
 そんな水輝の意見に肯定する風華。だがまだ負けを認めたわけではない、”あの時”も偶然が敵になり自分が敗北したのだ。
 
「良いだろう、貴様らは私が滅ぼす。後悔させてやろう、中途半端な強さを持つが故に絶対的な力の前に敗北する現実を教えてやろう」
 
「負け惜しみか小娘」
 
「嫌ね、ねちっこい女って」
 
 瀕死の重傷の風華に毒を吐く二人だが油断などしていない。先ほどまでとは比べ物にならない”魔力”が風華から溢れ出す。何より風華の眼からは狂気が見え 隠れしている。
 
「改めて名乗ろう、私は”風牙の神”風華。神凪よ三百年前の恨みを思い知れ、そして”契約者”……貴様だけは許さん」
 
 ゆらりと幽鬼のように立ち上がり魔力を解放する。ただそれだけで和麻と水輝は後方に吹き飛ばされる。だが同時に風華の身体にひびのようなものが走る。
 
「どういう意味かしら私は貴方に会った事無い筈だけど?」
 
「”王”に伝えておけ、”私は貴様も許さん”と……」
 
 確かな憎悪を撒き散らしながら、風華の魔力が膨れだしそして粉々に砕け散る。
 
「死んだか?」
 
 粉々に砕け散り光の粒子と化した風華を見ながら和麻はどうでも良いように呟く。
 
「……違うと思うけどこれからどうするの?」
 
 嬉しそうに笑みを浮かべながら和麻に尋ねる。そんな水輝を見ながら和麻は腕を組み、空を見上げる。そして何かを思いついたのか水輝を方を向く。
 
「なあ、此処って人払いとかしたか?」
 
「特にしてないけど……あっ!?」
 
 和麻の言葉に何かに気がついたのか水輝は慌てて風の精霊と同調させ辺りを探り出す疎らながら人の気配が感じられる。
 
「まずった……警察がこっちに来てるわ」
 
 右手で頭を押さえながら珍しくミスした自分を呪う。まるで災害か、戦場のように破壊された公共施設の公園。そこにいる血まみれの不審人物たる自分。捕ま る要素が多数出来上がる。
 
「逃げるぞ」
 
「ええ」
 
(お主ら似たもの同士だの)
 
 すぐさまこの場を去る提案した二人の兄妹に呆れの感想を漏らすハイシェラ。そんな剣の魔神の小言を無視しながら二人は森の中に消えていった。
 
(アレ? 何か忘れているような……)
 
 公園を警察に見つからないように走りながら何か大事な事が記憶から忘却している気がするが、特に思い出せないので無視してその考えを切り捨てた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「それで、これからどうするの兄さん?」
 
 無事公園から脱出した二人はこれからの事を相談する。正直な感想としてはこのまま和麻と何処か遠くに行きひっそりと平和に暮らしても良いのだが、濡れ衣 を着せられたままと言うのはむかつくのも確かだ。
 
「ん? 確か、風牙衆が一番怪しいんだろう、だったら確認するか?」
 
 人通りの居ない住宅街にある塀に寄りかかりながら和麻は提案を出した。今現在深夜であり人の気配など全く感じない、夜の暗闇が不気味さを醸し出している が和麻は特に気にしていなかった。
 
「確かにそうなんだけど……ね」
 
 何処か気乗りしない様子で答える水輝。風牙衆の屋敷に行くという事は自然と神凪の敷地に足を踏み入れる事になる。神凪に虐待されていた彼女としては進ん で行きたいと思う場所ではない。
 
(話を聞く限りでは水輝嬢ちゃんはかなり殺伐とした人生を送っておる様だの、良く人間不信にならなかったの?)
 
(なったさ)
 
 ハイシェラの問いに和麻は心の中で答える。実際水輝はかなり危ない状態であった、和麻との交流でずいぶんとたくましくなったが彼女の心の傷は決して浅く ない。
 
「まあ、別にお前は行かなくても良いぞ。俺は挨拶もかねて行って見るがな」
 
 そう答えると和麻は水輝に背を向けて歩き出す。そんな後姿を見て水輝は一瞬不安に陥り思わず右手を伸ばす。また兄は居なくなってしまうのでは? と言う 考えが頭を過ぎる。
 
 其処まで考え苦笑を浮かべる。自分らしくないと、こんな少女じみた考えは自分の趣味ではない、どうも日本に戻ってから調子が崩れている気がする。
 
(折角、再会したんだから……ね)
 
「待って……兄さん」
 
 自分にとって一番大事なものを確かめ、軽くため息をつきながら和麻に話しかける。 
 
「私も行くわ」
 
 それは大変不本意ながらも四年ぶりに神凪に近づく決意をした瞬間だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 其処は真っ暗であった。音も聞こえず光も指さない、あたり一面三百六十度黒で埋め尽くされた空間。そんなところに居れば常人なら数秒で発狂するだろう、 現に初めて此処に来た”彼女”もすぐさま発狂しかけた。
 
 
 ―――ようやく、会えたな。
 
 
 少なくても”その声”を聞かなければ彼女は狂ってしまっただろう。
 
 彼女は此処に来た経緯を話した。とは言っても彼女自身何故、こんな場所に来たのか分からないので此処に来る直前の出来事を話した。
 
 
 
 それから彼女は”声”と会話した。”声”はかつて自分達の”神”と呼ばれる存在であった。
 
 だが、ある日”ある一族”の所為で”神”はこの世界に居られなくなったらしい。だが”神”は最後に自分の力と意志の一部を最後まで自分に仕えていた”少 女”に宿したらしい。
 
 だが少女は長くは持たなかったらしい、だが力は受け継がれ、”神”は三百年の間呼び続けていた。自分を宿した存在の力を受け継ぐものをだが”神”の力は 年代を重ねる毎に弱体化していった。
 
 本来なら”彼女”も声を聞くことは無かった。だが彼女の精神は”事故”により剥離してしまい殆ど偶然”神”とコンタクトを取ってしまった。
 
 
 それから”彼女”は声を聞き続け”外”の様子を確認していた。自分は何もできない、”外”では彼女の大切な人が必死に自分を助ける努力をしていたが自分 は声を伝える事もできず唯その様子を眺めているだけであった。
 
 悲しみが彼女を支配する中、”神”は彼女に彼女の大切な人は自分を助けるため復讐を決意する事を知った。
 
 更なる悲しみが彼女を包み込んだ。”神”は言う、お前の魂は酷く損傷し修復は不可能に近いと。”神”は言う、私を受け入れ一つになるしか方法は無いと。
 
 彼女は迷い、そのまましばらくの時間が流れる。
 
 
 
 
 
 
 そして……。
 
 
 
『……我が分体が滅んだ。奴らは風牙衆を滅ぼすぞ?』
 
「!?」
 
 しばらく聞こえていなかった”声”に驚きが支配する。分体の力は彼女も知っていた。いくら神凪と言えど簡単に倒せるはずが無いと思っていた。
 
『奴らはもう直ぐ此方に来る……そして、流也も殺すであろうな』
 
「そ……んな?」
 
 声に動揺が混じる、あの二人と流也は友人関係だったと聞いている。だと言うのに殺すと言った声の言葉が信じられなかった。
 
『流也が”契約者”を利用したように、あの二人も自分の名を語った男に容赦する理由はあるまい』
 
「……」
 
 声の指摘に言葉が詰まる。確かに有り得ないことではない、だが……。
 
『断言しよう。今の流也では殺されるぞ』
 
「……」
 
 答えなど一つしかない、だが彼女は選べなかった。”選んでしまえば”流也の今までの行動を彼の決意を裏切ってしまうような気がして彼女はずっと迷ってい た。
 
「神よ……私は貴方を受け入れます」
 
『良かろう』
 
 その言葉と共に彼女の意志に何かが混ざる。それは神の記憶、神自体は今この世界には居ない。正確には封印されているため本来の力には遠く及ばないがそれ でも今の彼女は”人”を遥かに超えた力を得る。
 
(ごめんなさい流也様……貴方の思いを裏切ってしまって)
 
 涙を流す、もっとも彼女は意識体に近いので涙など流れないが彼女は涙が流れているように感じた。
 
『さあ、目覚めよう静音(私)……全ては神凪を滅ぼすために(流也様を助けるために)』
 
 彼女―――静音の意識は其処で混濁した何かに包まれた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ドン、そんな音と共に風牙衆の屋敷にある一室から翠の光の柱が天を貫く。その輝きは、神凪の神炎以上の浄化の力が込められ、見る人全てを圧倒していた。
 
「静音様!」
 
 風牙衆の一人が慌てて屋敷を駆け抜ける、あの光の柱の発生源は流也の婚約者でもあり、あの日から眠り続けている女性風巻静音の部屋から貫いていた。
 
「静音……様?」
 
 風牙衆の一人が静音の眠る部屋の前まで走り、部屋の襖を開けた所で眼を見開きながら固まる。
 
 一人の女性が立っていた。黒い髪を背中まで伸ばし、紺の着物を着た女性。出てるところは出ており引っ込むところは引っ込んでいる均整の取れた肉体、彼女 もまた水輝とは違った意味で美女の部類に入るだろう。
 
「静音……様?」
 
 術者がもう一度呼びかける。立っているのは間違いなく流也の婚約者でもある”風巻静音”だが今までの彼女とは明らかに雰囲気が違う。人を遥かに超えた魔 力に神聖な雰囲気を纏い、眼は未だに瞑っているが本当に静音かと疑いたくなる。
 
「し……!?」
 
 術者は言葉を紡ぐ事ができなかった。静音の身体に明らかな変化が起こり始める、黒い髪が緑に染まり彼女から溢れ出していた魔力の本流が収まる。そして今 まで瞑っていた眼をゆっくりと開ける。
 
 紅、血の様な紅、ルビーを思わせるほどに紅い眼が何処か遠くを見ていた。
 
「静音様?」
 
『来る……』
 
 静音の口から重なったような声が紡ぐられる、一人は静音、もう一人は何処かで聞いたが分からない。遥か昔、何処かで聞いたような少女の声だが術者はそれ が誰だか分からなかった。
 
 唯遥か遠い昔に、ずっと聞いていた様な記憶がある。その声を聞くと母のような、何処か暖かく懐かしい何かに包まれているような感覚に包まれる。
 
 そんな思考にふける術者をよそに静音は静かに右腕を上げ、そのまま振り下ろす。信じられないほどの風の奔流、静音は完全な補佐の術者間違ってもこれほど の風を呼び出せるはずは無い。
 
 だが、彼女は呼び寄せた。術者には分かる、静音が呼び出した風の精霊が悲しさと喜びの声を上げている。何故そんな声を上げるのか術者には分からない。静 音はそんな精霊に何処か悲しそうな視線を向ける。
 
 それは一瞬のこと静音が放った風の本流は屋敷を吹き飛ばし竜巻を形成する、何故感知できなかったのか不思議なほどの強大な”黒い炎”を空に巻き上げ消し 去る。
 
『……』
 
 静音は静かに歩き出す。一歩、一歩確実に足に力を踏みしめ歩き出す。半壊した屋敷の柱が静音に向かって倒れこむ。だが彼女に当たるより早く、静音の周り を渦巻く風の精霊が柱を弾き飛ばした。
 
 壁に突き刺さるほどの威力、柱は壁に突き刺さったのだが静音はそんな事に気にも取れず歩き出す。ギシギシと廊下が軋みだすが静音は特に気にする事も無く 歩き出し外に出る。
 
 
 
 外に居た術者達は唖然としていた。突如出現した神凪の宗家にすら匹敵するほどの黒い炎、何故感知できなかったのか誰もが理解できなかった。そしてその場 にいつの間にか現れた二人の男女の侵入に誰も気がつかなかった事が信じられなかった。
 
 探査や探知などと言ったことには並みの風術師を越える自負がある。事実彼ら風牙衆は風術師としての能力は高い、だが悲しいかな相手は世界最強の風術師で あり完全な規格外の化け物”八神水輝”。
 
 炎術師一人、しかも自分と飛びきりの相性のよさを誇る相手神凪和麻の気配を隠す事など難しくない。風の精霊に呼びかけ風牙衆達の眼を殺す。風牙衆の風の 精霊は水輝の命によって異常を探知しない。
 
 そうやって水輝と和麻は此処まできたのだ。もっとも風牙衆達は何故風の精霊が侵入者を知らせなかったのか理解できていないが。
 
『意外と早かったな……』
 
 風牙衆の庭に出た静音が話し出す。二つの声が混じった感覚、やさしさと目の前の二人に対する憎悪が入り混じった妙な声が辺りに響いた。
 
「貴方……風華?」
 
 水輝が尋ねる。風華の気配が混じっているが同時に今まで以上の人の気配も感じる。
 
『そうです。……この身体は静音(私)の物だが私は確かに風華だ』
 
 口調すら二人が混じる。その異常な光景に眉をしかめるも水輝。
 
(アレは融合したのか?)
 
(おそらくアレは……だが妙だの……聞いた話とは微妙に異なるのだがの)
 
 今の風華の状態をハイシェラに尋ねる。ハイシェラは何かに気がついたが何処か納得していないそんな心情が声に表れていた。
 
(知ってるのか?)
 
(……おそらくだがアレは―――)
 
 ハイシェラが言葉を発するより早く巨大な妖気が出現する。位置的には神凪の上空にこの日本ではありえないほどの巨大な妖気を感知した。炎術師でもある和 麻ですら知覚できるほど巨大な妖気。
 
「何だ?」
 
「昼間の妖魔……」
 
 風華を睨みながらも水輝は妖気の主を特定した。昼間感じた何重にも重なった妖気、間違いようの無い気配が神凪の屋敷から漂ってきていた。
 
『分かっていると思うが、あの妖魔は無関係です』
 
「そんな事分かりきってるわよ」
 
 少し呆れたように水輝は言う、目の前は”神”に属するもの。基本的に神と魔は対となる存在間違っても手を組み事など考えられない。つまりあの妖魔は別口 と言うことになる。
 
 つまり少なくても風牙衆以外にも神凪は狙われている事になる。其処まで判断して、またもため息をつく。此処まで恵まれないなんて涙すら出てこなくなる。
 
(どうしたものかしら……)
 
 あの妖魔と戦えば間違いなく神凪は滅ぶ、別にそのことに問題は無い。だがあの妖魔には借りがある。借りは利子を付けて返すのが水輝の流儀である。となる とこの目の前の存在をどうにかしなければいけないのだが。
 
「妖魔を倒したいなら別に行ってかまわないぞ」
 
 腕を組んで唸りながら考え込んでいる水輝に軽い呆れを含んで答える。
 
「兄さん……でも」
 
 いくらなんでも目の前の存在は一対一が卑怯だと言っていられる相手ではない。
 
「俺が負けると思ってるのか?」 
 
 だと言うのに和麻そんな事を言ってのけた。昔”あの出来事”があるまで和麻もまたこの世界全てを憎んでも過言ではないほどの憎しみに支配されていた。側 に居た水輝すらそんな和麻に恐怖を覚えていた。
 
 だがあの出来事の後和麻は何時も余裕を崩さず何処か人を馬鹿にした態度をとる様になった。だけどそんな兄がとても頼もしく、憧れていた。だから水輝は和 麻が負けるなど考えられなかった。
 
 例え相手が”神”に近い存在だとしても。
 
「兄さん、私が戻るまで死なないでよね」
 
「ラジャ」
 
 軽く手を振りそう答える。そんな和麻に安心したのか水輝は風を纏い宙に浮き神凪の屋敷のほうに飛んで行った。
 
 
「さてと、そろそろ第二ラウンドを始めようか”風華”」
 
『一人で私と戦う気か?』
 
 その眼は侮蔑の感情が含まれている。和麻程の使い手なら対峙しただけで相手との力の差ぐらい理解できるだろう。だと言うのに一人で戦おうとするこの男が 許せなかった。
 
「ああ、お前ごとき俺一人で十分だろ」
 
(一応我もおるしの)
 
『……良いでしょう―――その思いあがり貴様の死を持って後悔させてやろう』
 
 憎悪と共に魔力を解放する。唯それだけであたり一帯を吹き飛ばすほどの力だがそんな力を目の当たりにしても和麻は余裕を崩さずポケットに手を入れながら 口元に冷たい笑みを浮かべる。
 
「ああ、後悔するのがどっちか決めようぜ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 ようやく和麻登場、一応クロス作品の設定を少しづつ出す様にしています。最も聖痕の世界が主流なので微妙に違ったりしますが……まあこんなでも良いとい う方はこれからも読んでくれればありがたいです。
 
 これからもお願いします。
 





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