※今回えぐいシーンが多数ありますが誓ってアンチ神凪というわけではないのであしからず。
 
 
 
 神凪では宴会が行なわれていた、厳馬が水輝に会いに行ったと知った長老連中は未だに馬鹿騒ぎを続けていた。何人かは酒を飲みすぎたのか完全に 酔いつぶれ眠りに落ちている。
 
 畳に無造作に捨てられた二桁以上に及ぶ空の酒瓶がその量の多さを示している。
 
『厳馬が向かったのだから何の問題も無い』
 
 甘い汁ばかりを吸い続け術者として完全に錆び付いてしまった長老連中にとって『強さが全て』という価値観を持つ厳馬は頼道ほどではないが煙たい存在で あった。だがその強さだけは神凪にいる誰もが”最強”だと信じて疑っていない。
 
 それ故に直ぐに厳馬がボロボロの水輝を引き摺って帰ってくると誰もがそう信じていた。
 
 
 
 
 
「……」
 
 長老連中がそんな馬鹿騒ぎをしている一方、自分の部屋で宗主である重悟は一人正座をしながら瞑想をしていた。重悟とて厳馬が負けることは無い と思っているのだが、何故か不吉な予感が脳裏を過ぎるのだ。
 
 理由は分からない。あえて言うなら勘だろうか重悟は厳馬が水輝の元に向かってからずっと一人部屋に篭り瞑想を続けていた。だからだろう、精神を集中させ ていたお陰で彼は突如として現れた巨大な妖気に反応する事ができた。
 
「!?」
 
 頭が異変を感知するより早く身体がかってに動いた。重悟が後に飛ぶと同時に巨大な妖気を纏った妖魔が高速で天井を突き破り、重悟の部屋に突撃する。衝撃 が部屋を振動させ、埃で妖魔の姿が隠れる。
 
 だが重悟は一瞬で炎を構築させ埃で隠れている妖魔に向かって”黄金”の炎を放つ。炎は一直線に畳を走りぬけ妖魔を一瞬にして包み込む。だが黒い風が”黄 金”の炎を中心として吹き荒れる。風はあっさりと炎を消し去った。
 
 炎が消えると同時に妖魔の姿がはっきりする。全身を黒いボロ布に覆われた異形、黒い靄に包まれた巨大な手に爬虫類を思わせる瞳には明らかな憎悪が宿って いる。
 
「……なんだ貴様は?」
 
 決して手加減した一撃ではない。例え”紫炎”で無かったとしても炎の中での最高位に位置する”黄金”の炎を受けて無傷の妖魔に油断なく尋ねる。
 
「カン……ナギ……ジュ……ウ……ゴ」
 
「何故私の名を知っている」
 
 呟くように名を呼ぶ妖魔を見て重悟は眉間を寄せながら聞く。右拳を強く握りながらいつでも炎が撃ち出せる構えを取る。
 
「ジュウ……ゴ……ジュウゴ……ジュウゴぉぉおおお!!!!!」
 
 妖魔は重悟の名を何度か呟いた後、突如咆哮を上げる。それと同時に巨大な妖気が妖魔の周りを渦巻く。重悟はその妖気を直に受け数歩後ずさる。長い間幾多 の妖魔を滅してきた重悟ですらこれほどの妖気を感じたのは数えるほどしかない。
 
(くっ……なんという妖気、果たして勝てるか)
 
 思わずそんな考えが脳裏を過ぎる、全盛期の自分なら勝てたかもしれない。だが今は右足を失い引退してから四年の年月がたっている。例えどんな名刀でも長 年使わなければ錆びる事があるように、重悟は術者としては格段に弱くなっていた。
 
 炎雷覇も無い今の重悟の力は恐らく全盛期の半分にも満たないだろう。
 
「宗主! ご無事ですか!?」
 
 異変に気がついたのだろう廊下から多人数の足音が聞こえる。思わず舌打ちしたくなる、目の前の妖魔は自分と厳馬以外が束になっても勝てる保証は無い。例 え宗家の術者でも此処に来るのは自殺行為に他ならない。
 
「馬鹿者! 早く逃げんか!!」
 
 自分の部屋に入ってきた五人の術者達に叱咤する。全員が宗家の者だがこの妖魔を相手にするのは明らかな力不足である。だからこそ重悟は逃げろと叫んだ、 だが世の中というのはそう巧くいかないようだ。
 
「妖魔め!! 炎の精霊王の加護を受けし我らの力受けろ!!」
 
 その言葉を合図に五人の術者が一斉に炎を放つ。だが悲しいかな彼ら五人がかりですら先ほど重悟が放った”黄金”の炎に比べ数段劣る。五人の術者が放った 炎は妖魔が無造作に振るった腕から放たれた黒い風の刃にあっさりと豆腐を切り裂くように裂き、五人の術者の胴体を通り抜ける。
 
 ずるり、そんな音をたてながら五人の術者達の胴から上の部分が赤い液体を撒き散らしながら後ろに倒れこむ。
 
「貴様!」
 
 無残に殺された術者達の無念を怒りに変え重悟は炎を放つ。妖魔は自分に迫り来る炎を右腕で無造作に弾く、弾かれた炎は壁に激突するが何事も無かったよう に消える。
 
 妖魔は炎を弾くと同時に走り出した、妖魔の右腕を巨大な靄が消える。其処から西洋の悪魔を思わせる異形な手が姿を現す。そのまま右手を突き出し重悟の顔 面を掴む。
 
「ぐっ!?」
 
 骨が軋み音がする、妖魔は重悟を掴んだまま壁に突撃する。轟音を立てながら壁を突き抜けた妖魔は重悟を掴んだまま更に突進する。更に壁を貫き妖魔は一番 神凪の術者の気配を感じる場所を探し出す。
 
 其処は直ぐに見つかった、右手に重悟を掴んだまま木でできた廊下を駆け抜ける。高速で走り抜けているため重悟にも負荷がかかる。だが妖魔はそんな事に気 にも留めず少し進んだ先にある大きな部屋に向けて重悟をおもいっきりブン投げた。
 
 弾丸の如き速度で重悟は襖に激突、あっさりと襖をぶち抜きながら部屋の奥にある壁に逆さの状態で激突する。その衝撃で壁に蜘蛛の巣状のひびが入る。
 
「宗主!?」
 
「何故!?」
 
 宴会場に居るまだ酒に潰れていない正気の術者や長老達が驚きの声を上げる。だがすぐさま現れた巨大な妖気を撒き散らす妖魔を見た瞬間誰もが言葉を失っ た。
 
 長老連中は決して無能ではない。いや術者としての腕は三流かもしれないが彼らはこの歳まで生きてこられたのは自分の実力を良く理解しているからだ。その 辺の選民主義にどっぷりと浸かった阿呆な術者と違い彼らは、自分達がいかに弱いかという事を誰よりも理解している。
 
 ”虎の意を借りた狐”などという言葉があるが長老達はまさにそれに当たる。自分達より強い相手には逃げ惑い、弱い相手には果敢に立ち向かう。そんな生き 方をしてきたが故に彼らはこの妖魔に戦う事が自殺行為だと一瞬で判断した。
 
「な……何をボケッとしておる。さっさとその妖魔を倒さぬか!」
 
 長老の一人が、あまりの事に唖然としている若い術者達に叱咤する。もちろん勝てるなど微塵にも思っていない、長老達にとって大事なのは自分の身、彼ら若 い術者達が戦っている間に逃げるつもりである。
 
 そんな長老の考えなど分かるはずも無く若い術者達は一斉に炎を放つ。妖魔は無造作に右腕を振るい風を纏う、唯それだけで若き術者達が放った炎は遮られ た。
 
「馬鹿な……」
 
 炎を放った術者の一人が信じられないものを見たとばかりの表情を浮かべる。自分達は”炎の精霊王”に選ばれた術者達、その術者達が放った炎が下術である 風術に防がれたのが信じられなかったのだ。
 
 妖魔は右腕を横に薙ぐ、黒い線のような風が神凪の術者達を駆け抜ける。ある者は首を飛ばされ、ある者は胴を切断される。その光景はまさに地獄絵図、紅い 液体が畳や壁にべっとりと着色し、大量の肉片が宴会場に散乱する。
 
 彼らはまだ幸運だろう、痛みや恐怖を感じることなく死ねたのだから。不運なのは切断されたのが腕や足だった術者達、死ぬほどの痛みを受けながらも致命傷 でないため死ねない。
 
 放っとけば出血多量で死ねるがそれまでは地獄のような光景と、死ぬほどの痛みを味わい続け無ければならないのだから。
 
「うわあああああ!!」
 
「痛い!! 痛いよぉぉおおおお!?」
 
 目の前で身内が殺され、腕や足を切断された痛みで正気を失うものが続出する。妖魔は同情とか哀れという感情は持ち合わせていないのだろう、苦しみ戦意を 喪失した術者達に向かって黒い風を放つ。
 
 線のような細さの風は宴会場を縦横無尽に駆け巡り、あらぬ方向から様々な場所を斬り飛ばす。
 
「あ……」
 
 運良く残った術者が腰を抜かし言葉を無くしている。頬や、腕を浅く切り裂かれているが命に別状はない。だが彼はこの地獄のような光景を直視してしまっ た、恐らく生きている限りこの光景は永遠に脳に刻まれるだろう。
 
「お……うぐええええええ」
 
 赤、紅、アカ一色に染められた宴会場とあちらこちらに散らばっている紅い肉片が視界入り、それと同時に錆びた鉄の匂いが鼻の粘膜を突く。その同時攻撃に 彼は思わず吐いた。
 
 右手で口を押さえるが、その行為を馬鹿にするように胃の残留物が食道を通り口から吐き出される。一通り吐き終えるのを待っていたのか妖魔は運良く生き 残った術者に一歩、一歩ゆっくりと近づく。
 
「あ……あ、く……来るな!」
 
 無我夢中で両手を突き出し炎を放つ。”黄金”とまではいかないがそれでも彼の中では今まで放ったどの炎より強力な炎である。だというのに妖魔は傷一つ付 かなかった。
 
「あ……はっ、はっ」
 
 股間から黄色い液体が染み出す、あまりの恐怖に失禁してしまったようだ。彼は死んだ、少なくてもこれだけの光景は二度と脳裏から離れる事は無い。恐怖に 負けたこの若き術者は、二度と戦う事は無いだろう。
 
 目の前まで歩んだ妖魔はゆっくりと異形の右手を頭上に掲げる。術者としてでなく人としての生を終わらせるように右腕を振り下ろそうとした瞬間、バスケッ トボールほどの紫色の炎弾が妖魔の背中に接触し小規模の爆発を起こす。
 
「グッ……が」
 
 僅かにたたら踏んだ妖魔が慌てて後を向く、其処には額から血を流しながらも先ほどとは比べ物にならないほどの気を発している重悟が右手を突き出した状態 で睨んでいた。
 
「これ以上の狼藉を許すわけにはいかん」
 
「そ……宗主」
 
「生き残っているものは、今すぐこの場から避難しろ! この妖魔の相手は私がする」
 
 重悟の気と炎が混じりあい紫色の炎”紫炎”が形成される。厳馬が使う”神炎”たる”蒼炎”に勝るとも劣らない威力を持つ重悟の炎、重悟はその炎を妖魔に 向けて放つ。
 
 妖魔もまた極限まで圧縮した黒き風の刃を重悟に向けて放つ。紫の炎と黒き刃がぶつかり爆発を起こす。妖魔は追撃の隙を与えないように更に二つの風の刃を 撃つ。
 
 二つの黒き風の刃は弧を描くように重悟を切り下ろさんと迫る、だが重悟が纏う紫の炎に触れた瞬間音も無く焼失する。
 
「言った筈だ―――これ以上の狼藉は許さんと」
 
 そう言い周りを確認し、眉をしかめる。長老を始め生き残った何人かは巧く逃げ出せたようだが、それでも此処には数十人に及ぶかつて神凪の術者だった物が 散らばっている。
 
「妖魔よ、貴様が行なった事断じて許すわけにはいかん」
 
 妖魔と向かい合いながらも心の中で無残に殺された術者達に黙祷する。だが今は殺された術者達よりも妖魔の殲滅の方が先だと思考を切り替える。怒りを糧と し莫大な精霊を呼び出す。
 
「滅べ! ”獅子炎舞”<ししえんぶ>」
 
 両手を突き出し其処から紫の炎が踊る。その炎は直ぐに四足の一メートルほどの鬣の獣―――獅子の形となり妖魔に襲いかかる。壁を駆け、天井を足場にしな がらその紫の獅子は妖魔に突進をする。
 
 妖魔が放った極限まで圧縮した黒い刃と紫の獅子が正面からぶつかる。
 
 眼が眩むほどの閃光、その白い輝きに思わず左腕で眼をかばいながら眼を瞑る。だがまぶた越しに白い光が差し、視界を奪う。それと同時に屋敷全体が大地震 が起きたかと思うほどの振動に包まれ、音の無い爆発が宴会場を中心に屋敷の一部を消し飛ばした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 神凪の屋敷から巨大な爆発と共に紫の炎が遥か上空に舞い上がる。その人知を超えた現象を静音の半同化した風華と対峙している和麻は感知していた。
 
(ずいぶんと激しい事になっておるの)
 
(ああ、宗主が本気で暴れてるんだ。屋敷は消し飛ぶかもな)
 
 神凪の炎の中でも頭一つ以上突き抜けた炎―――宗主の炎を感じ取りながら和麻は重大な事実を淡々と、本当にどうでも良いかのように思った。彼にとって神 凪の屋敷が消し飛ぼうが特に何も感じない。
 
 それどころかあそこまで激しく暴れていれば自分の事も感知されない可能性もあるなとほくそ笑む。
 
(に、しても……)
 
 其処まで思い風華を見る。お互いが無造作に腕をだらりと下げながら対峙している。唯それだけなのに其処は何人たりとも近寄りがたい結界が形成される錯覚 に陥る。
 
 現に風牙衆は隙あらば和麻を襲うつもりなのだがそれができないでいた。”邪魔をすれば殺される”それは術者としての腕云々というより生物としての本能が 警鐘を鳴らしていた。
 
「ふっ」
 
 不意に風華が笑い、両腕を広げる。その姿は”どうぞいつでも炎を撃ちください”と言っているような物だ。その動作に和麻の眉が不機嫌に動く。
 
「どういうつもりだ?」
 
「言っただろう、貴様には絶望を教えてやると。さあ先手は譲ってあげましょう」
 
「ちっ、―――上等だ」
 
 舌打ちしながら精霊に呼びかける、右手に見る見るうちに黒い炎が集いだす。その量、質共に流石というべきだろう。重悟、厳馬に勝るとも劣らないほどの精 霊が呼び出され、黒い龍の形と化す。
 
「喰らい尽くせ”黒龍”」
 
 右手を風華に向けかざす。すると黒龍が凄まじい速度で風華に襲い掛かる。圧倒的なエネルギー量を誇る”黒龍”の突撃、触れるだけであらゆる物を一瞬にし て焼き尽くす地獄の業火。
 
 それほどの火炎が迫ってきても風華は動じない。ゆっくりと両手を”黒龍”に向け風を呼び寄せその突進を受け止める。”黒龍”が風華の呼び出した風を焼き つくすよりも早く、風華の風は”黒龍”の顎から削ってゆく。
 
 顎から削られその形が崩れ何処か苦悶の表情を浮かべているようにも見える。風華の風は龍を包みながら確実に全身を削ってゆく。和麻の放った”黒龍”は数 秒ほどで跡形も無く消え去った。
 
「!?」
 
 ”黒龍”が消えると同時に和麻は全身を駆け抜ける不吉な死の予感を感じ取る。軽い舌打ちと共に、左に飛ぶ。飛ぶと同時に和麻の居た場所を基点とし巨大な 音と共に地割れのように大地が割れる。
 
 右頬に軽い痛みが走る、恐らく完全に避け切れなかったために頬が裂けたのだろう。だがその事を確認するよりも早く背後から風華の気配を感じる。すぐさま 右拳に炎を宿す。
 
 右足で地を踏みしめ、正拳突きのように真っ直ぐに打ち込む。風華もまた和麻の右拳目掛けて風を纏わせた己の右拳を叩き込む。二つの拳がぶつかり合い精霊 と光が収束しだす。
 
 二つの拳を基点に炎と風の精霊が破裂し衝撃波が辺りを吹き飛ばす、地面をなぎ払い和麻と風華はお互いが磁石の反発のように地を滑りながら後退する。
 
 風華は殆ど体勢を崩さなかったが、和麻はほんの少し横に傾く。だがすぐさま体勢を整え再び風華と対峙する。
 
 和麻は何の気なしに右手の甲で先ほど痛みが走った右頬を撫でる。確認すると甲に血が付着している、やはりさっきの風の斬撃を避けきれなかったかと眉を寄 せる。
 
(不味いな……あのイッちゃった姉ちゃんの方が僅かに強いかもしれねえな)
 
 ほんの一瞬の攻防で正確に相手と自分の実力差を感じ取った和麻はため息をつく。
 
(仕方が無いだの。恐らくあの嬢ちゃんは”神憑き”による”神格位”に近い状態だの。普通の人間では勝ち目はあるまい)
 
(”神憑き”?)
 
 ハイシェラの会話の中で気になる単語を見つけた和麻はその単語を聞き返す。もちろんハイシェラとの思念の会話中も風華から眼を逸らさないし隙を見せるよ うなヘマもしない。
 
(……詳しい説明は省くが何らかの偶発的な要因で精神が剥離し、神と同化”神格位”を得たものの事だの)
 
(……つまりあの身体は人間で、精神というかそのあり方が風華とか言う神ってことか?)
 
(話とは微妙に違うがの……恐らく間違いだの)
 
 その言葉を聞き疲れたようなため息をつく。全く持って自体は好転していない。それどころか相手が”神格者”のようなものだと再認識し少しこの場に残った 事を後悔する。
 
(御主……)
 
(まあ良いや。こんな危ない姉ちゃんの相手は水輝に任せれば)
 
 右手に炎を呼び出しながらそう結論付ける。術者としての威厳とか、プライドとかそう言った物が見事に欠落している。
 
「”魔剣”との相談は終わったか?」
 
 先ほどから黙って和麻を見ていた風華が口を開く。今まで動きが無かったのはハイシェラとの会話を終えるのを待っていたらしい、其処まで判断し和麻の不快 度数が急上昇する。
 
「ああ、本当は水輝が来るまで逃げてようかと思ったがやめた」
 
「貴様にプライドは無いのか?」
 
 妹に自分の相手をさせるつもりだった男に呆れる風華。だが和麻はそんな風華の呆れた様子に気にする事も無く右手の中指を立て風華を挑発する。
 
「プライドで腹は膨れないんだよ。だけど手前のその余裕ぶった態度が気にイラねえ。その顔色変えてやるから楽しみにしてろ」
 
 言い終えると同時に十にも及ぶ直径一メートルほどの黒い火球が風華を囲う様に浮かぶ。
 
「ほぅ」
 
 風と比べ術の構築速度が数段劣る炎術で、此処まで速く構成できる和麻の術者としての技量に素直に関心する。もちろんそんな賞賛などどうでも良い和麻は右 腕を振り下ろす。
 
 降ろすと同時に十の火球は一斉に、だがほんの僅かに誤差コンマ一秒以下だが確実に時間差を作りながら迫る。火球が風華に触れる瞬間、自身を包み込むよう に巨大な竜巻を出現し火球を防ぐ。
 
 竜巻に触れた火球が爆発、その衝撃と熱風は和麻や風牙衆にまで届く。
 
「うわああああ」
 
 その余波を浴びた風牙衆の術者が悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。だが和麻は風牙衆の悲鳴の効果音を無視しながら更に火球を作り出し竜巻にぶつける。
 
 爆発音が響き、衝撃波が辺りをなぎ払う。竜巻を中心に放射状に破壊された地面そんな惨状を作った和麻は冷たく竜巻を見据える。
 
「どうです、少しは己の無力さを思い知ったか?」
 
 竜巻の中から聞こえる二つの異なる口調が変に重なり合った二重のハーモニー。その声の返答とばかりに和麻は右腕を横に一閃させる。其処から黒い火線が一 直線に竜巻を貫く。
 
 貫くと同時に竜巻が破裂し黒い爆発が響き渡る。四大の中で最高のエネルギー量を誇る炎術を収束した火線。これなら少しは効いたかと考えながらも黒い炎に 包まれている風華を見る。
 
「流石にこれ位の芸当はできるか」
 
 何処か感心したような声、それが聞こえると同時に風がひゅるりと舞い黒い炎が吹き飛ばされる。同時に風華を中心に螺旋状に辺りを切り裂くその斬撃は和麻 の居る場所にまで襲い掛かる。
 
 すぐさま後ろに飛び同時に火球を放ち斬撃にぶつけ相殺させる。だがすぐさま感じる死の気配、殆ど反射で身を逸らす。風の刃が通り過ぎると同時に風華が和 麻の直ぐ側にまで移動する。
 
(速え!)
 
 風華の身体能力なのかそれとも風術を使ったのかまでは和麻には分からない。だが和麻が次の一手を考えるよりも早く風華の回し蹴りが和麻に首に突き刺さ る。
 
「がはっ!」
 
 爆発にも似たありえない轟音が和麻の首から鳴り響く。そのまま和麻は吹き飛ばされ地面を転げまわる。風華は追撃とばかりに風の刃を放つ、並みの術者なら その刃に切り刻まれ命を散らしただろう。
 
 だが和麻は並みの術者ではない、風の刃が彼の命を奪うべく切り刻もうとしたその瞬間地面に倒れていた和麻の身体から黒い炎がオーラのように包まれ風の刃 を一瞬にして焼き尽くした。
 
「痛っ……少しは加減しろ」
 
 常人なら首の骨がへし折れるどころか、砕け散るほどの一撃を受けたというのに和麻は強めに打ったという感じで右手で首を押さえながら立ち上がる。
 
「哀れだな」
 
「何がだ?」
 
 不意に呟いた風華の言葉に和麻が尋ねる。風華の表情は一瞬だが何かに同情するように見えた。
 
「神凪のように超越存在の加護がある一族は普通の家系よりも人を超えた力を持つものも少なくないが……そういった力を持った者はその殆どが碌な死に方をし なかったぞ?」
 
「……」
 
 和麻はその言葉を黙って聞く。その眼に宿る感情は昔を思い出したのか良く分からない感情が含まれている。
 
「貴様もそうです……神凪和麻。黒い炎を持ち、人でありながら人としての器を超えつつある貴方が辿る道など破滅しかない」
 
「……気に……イラねえな」
 
 俯いた所為か和麻の眼が前髪に隠れ風華の位置からでは見えなくなる。そんな中和麻は不意に何かを搾り出すように呟き、風華を覆い尽くすようにしたから黒 い炎の本流が螺旋状に放出される。
 
 自分を包む数千度にも及ぶかもしれない地獄の業火を風華は風を宿した手刀で切り上げる。それだけで炎は簡単に裂け、風の刃が地面を切り裂き屋敷と敷地を 囲う塀を破壊する。
 
 だが風の刃の射線軸に居たはずの和麻の姿は消えていた。不意に感じる炎のような存在、ふと見ると和麻が先ほどのお返しとばかりに炎を宿した右足で回し蹴 りを放つ。
 
 すぐさま風の防護壁を纏い和麻の蹴りを受け止める。槍の様な鋭さをもった蹴りを受け止めた風はギシギシと軋み音を立てる。
 
(”爆ぜろ”)
 
 和麻がそう念じた瞬間、風の防護壁と接触していた右足の炎が破裂し風を消し飛ばし再び風を形成されるよりも早く和麻は懐に潜り込む。
 
「!?」
 
 左足で大地を踏み抜き裂帛の気合と共に風華の水月に掌底を叩き込む。氣を込めた一撃なのか風華の水月からトラック同士の正面衝突したかのような轟音が鳴 り、衝撃が走りながら風華は弾丸の如き速さで吹き飛ばされる。
 
 空気を切り裂き、その速度は全く衰えることなく風華は自分が半壊させた風牙衆達の屋敷に激突する。
 
 衝撃で木材が四方に飛び散り、地面に突き刺さる。さらに和麻は追撃に両手から黒い炎の奔流を作り出し半壊した屋敷目掛けて解き放つ。黒い炎は吸い込まれ るように屋敷迫り、大爆発を巻き起こす。
 
「うわあああああああ」
 
「や……屋敷が」
 
 屋敷の大部分が爆発で吹き飛ばされ僅かに残った残骸も和麻の炎の残り火、すなわち精霊の炎ではなく唯の物理現象と化したオレンジの炎が綺麗に焼き尽くし てくれるだろう。
 
 闇の夜空を照らす炎、屋敷を基点とし雪のように舞い落ちる火の粉。そんな不可思議な景色の中和麻はゆっくりと歩を進める。一歩、二歩と進んだ所で立ち止 まり右手の中指を立てる。
 
「人の人生勝手に決めるなよ。俺の道が破滅かどうかなんて俺が決めるんだよ阿呆」
 
(なあ、翠鈴<ツオィリン>)
 
 今はもういない少女に同意を求める、もちろん答えなど無いのは分かりきっている。だがそれでも和麻はそう思いたかった。突如和麻は弾かれるように左に飛 び、自分が居た場所を風の刃が通過する。
 
「何のつもりだ?」
 
 眼を細め低い声音で、自分を攻撃した術者―――風牙衆の面々を眺める。
 
「黙れ、悪魔! 例え勝てなくても我々にも意地がある」
 
 破壊された屋敷を見た術者がそう叫びながら、風を纏い和麻に突撃を仕掛ける。その速度は野生の獣にも劣らないもしかしたら分家の術者になら通用したかも しれないほどの突きだ。
 
 だが相手はかつて”神凪の悪魔”と言われた男。和麻は突進しながら放たれた拳を半身をずらしながら回避し同時に自分の右ひざを風牙衆の術者の腹に突き刺 す。
 
「がはっ」
 
 肺に溜まっていた空気が口から吐き出され宙を舞いそして落下し始めた術者の背中目掛けて蹴りを叩き込む。背中の骨が折れるほどの衝撃を受けた術者は吹き 飛ばされ、近くに居た術者を巻き込みながら倒れる。
 
「やるなら……容赦しねえぞ?」
 
 獰猛な獣のような眼光した和麻が宣言する、術者達はそんな和麻の様子に思わず後ずさる。だがそれでも術者としての意地かそれとも和麻に倒されたものに母 のような暖かさを感じているために引けないのか五人の術者が一斉に襲い掛かる。
 
 一人の術者が風を纏わせながら右拳で突きを放つが和麻はその突きを身を逸らしながらカウンターの突きを心臓に打ち込む。
 
「まだだ!」
 
 突きで吹き飛ばされた術者を冷たく見据える和麻の背後から二人の術者が風の刃を放つ。だがその風の刃も和麻に直撃する瞬間黒い炎が一瞬で焼き尽くす、焼 き尽くすと同時に術者の一人の即頭部に蹴りを叩き込み地面に叩きつける。
 
 倒した術者の頭を踏み台にしもう一人の術者に膝を叩き込み宙を舞う術者を無視しながら背後に振り向き無造作に腕をなぎ払い、其処から放たれた黒い炎の波 が残り二人の術者を焼き尽くした。
 
「で、まだやるか?」
 
 五人の術者は三秒で倒した和麻は残りの術者達に問いかける。改めて和麻の力を目の当たりにした術者達は蛇に睨まれた蛙の如く動けないでいた。そんな中破 壊された屋敷から巨大な風が突如として現われ荒れ狂う。
 
「なっ……」
 
 誰かが驚きのあまり言葉を詰まらせる。それはそうだろうその風の量、質共に風牙衆の理解の範疇を遥かに超えている。その巨大な風は空間すら切り裂かんば かりの巨大な風の刃となり和麻に向かって振り下ろされる。
 
 両手を掲げ炎を呼び出しギロチンにも似た巨大な風の刃を受け止める。だが僅かな拮抗の後、質量を持たないはずの風の刃が地面に叩きつけられる。巨大な音 と共に土煙が大量に舞い、衝撃が地面を抉る。
 
 暴風と化した風の刃は和麻を遥か後方に吹き飛ばし屋敷を囲ってある塀に叩き付けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「邪魔だ!? どけえ!」
 
 まだいまいち状況を判断していない、若い術者達を我先にと押しぬけながらしわしわな顔を初め全身に嫌な汗を掻きながら長老達は廊下を走っていた。
 
「くそっ、頼道の奴め。自分だけさっさと逃げおって」
 
 仲良く集団で正門に向かって走っている爺達の一人が此処にいない頼道の不満を漏らす。襲撃があった直後頼道は一人とっとと身の回りの物を持って一部のも のしか知らない隠し通路を使い脱出していた。
 
 この逃げ足の速さはむしろ見事とほめてあげたいぐらいだ。一方長老達もそのまま逃げ出そうとしたが彼らは欲を張り金目のものを持てるだけ持ってから逃げ 出そうとし隠し通路に向かおうとしたら運悪く重悟と妖魔の攻撃の余波で隠し通路が埋まってしまい仕方がなく正門から逃げ出すため走っていた。
 
 
 そしてこの行動が彼ら長老達の運命を決定付けた。
 
 
 普段めったに運動しない長老達は、はあ、はあと息を切らしながらも何とか外に出る、出て直ぐに肩で息をしながら何とか呼吸を整えようとする。だが其処に は夜空を照らす月明かりをバックに一人の男が汚いものを見たとばかりに侮蔑の表情を浮かべながら長老達を見ていた。
 
「流也! 貴様何をしている! 風牙衆を連れてさっさと妖魔のところに向かい我らの盾にならんか!」
 
 長老達の一人が門の外にいる男―――風巻流也に対して非難の声を上げる。何度も言うが風牙衆は神凪にとってしてみれば代用の聞く道具でありそれ以上の価 値はない。
 
 そんな道具が自分達より早く外に、さらに明らかな侮蔑の表情を向けられ長老達の怒りは高まっていた。
 
「そうだ! 貴様ら風牙衆は誰のお陰で生きてられると―――」
 
「黙れ下種」
 
 長老の言葉を遮り侮蔑の言葉を吐き捨てると流也は爆ぜた。矢のように鋭く、彼は長老達の間を駆け抜ける。ただそれだけなのに長老達は首を、腕を、胴を、 足を全身をズタズタに切り刻まれ赤い液体をあたりに撒き散らしながら息絶えた。
 
「……身内すら犠牲にし自分たちの保身しかない貴様らに生きる価値なんてないさ」
 
 月明かりに照らされ、血の池に佇む流也は何処か悲しそうにも見える。長老達を始末した流也は先ほどから自分の屋敷で巻き起こる強大な精霊の反応を感知し ていた。
 
 すなわち自分の友である和麻と風華の戦いをだ。
 
「……」
 
 これからどうするか考える、此処に来る術者達を始末するのも一つの道だがやはり今は神凪の中で起こっている人智を超えた戦いのほうに向かうべきだろう。
 
 今の自分では決して勝てない二人、だがそれは真正面から立ち向かった場合に限る。
 
(そう……今こそが最大のチャンス、あいつを……神凪重悟を始末する)
 
 そして風華の詰問はコレが終わってからにしよう。
 
 闇のように暗い輝きを瞳に宿した流也はそう結論付けて重悟の元に向かうために風の精霊に呼びかける。不意に感じる違和感、ふと自分の上空を見上げる。其 処にあるのは自分とかつて神凪の術者だったものの成れの果てを寂しく照らす、月と星の光だけであり他は何も無い。
 
「気の所為か」
 
 これから行なう事に知らず知らずのうちに神経が高ぶり過敏になっているのかと自己完結しその場を後にした。
 
 
 
 
 
 
(へぇー、いくら今の私が本調子から程遠いといっても感づけるなんてね)
 
 丁度流也が見上げて居た位置に空気の屈折率を変え光学迷彩を施して姿を隠し気配まで遮断していた女性―――八神水輝は素直に流也の技量に感心していた。
 
 アレから多少の休憩を取ったのと兄と再会した嬉しさのお陰で彼女の体力は六〜七割ほど回復していた。といってもまだ色々な誓約はついているが、水輝は光 学迷彩をしたまま静かに長老達の成れの果てを見下ろしていた。
 
 もちろん傷の治療も多少している。顔はきちんと洗い、血の跡など綺麗に落ちておりその美しい顔がはっきりと映し出されている。両腕には包帯が巻かれてい る。コートは両肘の部分から破けたままだが。
 
(……まあ、あまりにも哀れな末路ね)
 
 そう結論付ける、色々な状況を知りたかったのでしばらく前から水輝は流也にすら感知されないほど隠行で姿を隠していた。もちろん長老連中が流也に瞬殺さ れるところも目撃していた。
 
 だが彼女は特に何も感じなかった。遠縁とは言え自分の血の繋がった家族のはずなのに彼女にはそれが何処か他人事のように感じていた。過去の出来事の所為 かそれとも今までの生き方のお陰か、もしくは”契約”の影響なのかは分からないがずいぶん冷たい女になったものだと苦笑する。
 
 そういう精神面でいえば何処までも人間らしい生き方をする長老連中が少し羨ましい気がする。だからと言ってああはなりたいとは思わないがそれでも半分人 として外れ始めている水輝にはできない生き方だ。
 
(まあ、だからと言って今の自分を否定する気はないけどね)
 
 ”神凪水輝”には手に入らなかったものがたくさん手に入れる事ができた。もちろん手が届かなかったり失った物だってたくさんある。だがそれでも神凪水輝 が”一番欲したものの変わり”が手に入ったのはまあ良い事だろう。
 
 
 ―――人から外れた者の末路など私と同じだ。
 
 
 不意に”あの男”の言葉を思い出し不機嫌になる。あの男は確かに言った、自分が人から外れてしまった以上幸せなどありえないと。
 
(くだらないわね……貴方はそうだったかもしれないけど私は違う―――兄さんと結ばれるまで絶対に死なないし不幸にもならない)
 
 僅かに過ぎる不吉な言葉、それを必死に否定するかのように頭を振り自分の考えを思う。自分の心を覆い尽くそうとした暗雲が僅かだが晴れた気がした。
 
「……とりあえずはこのめんどくさい出来事をどうにかしないとね」
 
 そう言い宗主と妖魔の戦いを見る。宗主は確か片足を失い現役から遠ざかっていたがその精霊の構築、量、質共に他の術者と比べるのも愚かしい。
 
(だけど勝算は低いわね……炎術だけで勝てる相手じゃないしね)
 
 片足を失った以上重悟の攻撃手段は炎術だけに絞られる。確かに宗家の中でも最強の使い手の上に”神炎”まで在るのだから並の妖魔など一瞬で滅ぼせるだろ う。
 
 だが今神凪を襲っている妖魔は上級に部類に入る、流石に最高位の魔神には及ばないがそれでも人間が単体で勝てるレベルを遥かに凌駕している。四年もの 間、術者として戦っていない重悟では勝ち目は低いといわざる得ない。
 
(一応宗主にはそれなりの恩もあるし死なれちゃ、後味が悪いわよね)
 
 少なくても手が届く範囲で死なれるのは後味が悪くて困る。仕方がないので本気でやばそうになったら助けよう、一応死ななければ平気だろう……多分。
 
(まあ、できれば関わりたくないのよね神凪には……)
 
 上空で機を窺いながら水輝は人知れず疲れたようにため息をついた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はぁ、はぁ、はぁ」
 
 自分を基点に扇状に神凪の屋敷を更地に変化させた神凪重悟は肩で息をしていた。先ほど放った”獅子炎舞”は神凪の屋敷の一部を綺麗に消し飛ばしていた。
 
 宴会場の畳は見事に蒸発し、天井も綺麗に消失僅かに残った梁なども炭化している。遮る物がなくなったためか月や星の光が重悟をうっすらと照らしている。
 
(情けない、たった一発でこうも疲労するのか……)
 
 今の自分の状態を確認しそう判断した。術者として戦っていた時には考えられない事態であった、大技一発で此処まで消費するなど全く持って情けなかった。
 
 何しろあの妖魔はまだ生きている。妖魔が放った風の刃と衝突した時の爆発の余波でダメージはあったものの致命傷には程遠い。現に妖魔は光り輝く月を背に 背中から蝙蝠を思わせる翼を生やしながら重悟を見下ろしていた。
 
 妖魔は突如風の刃を無造作に放つ。重悟はすぐさま横に避けようとしたところで右足に軋み音と違和感を察知する。
 
(くっ!?)
 
 違和感のある右足―――金属とプラスチックでできた義足にうっすらとひびのようなものが縦に走っていた。
 
 このまま動けば義足が壊れる。
 
 一瞬で判断した重悟は必要最低限の動きで避ける。だが完全には避け切れなかったために右肩の部分が裂け、鮮血が宙を舞う。
 
(何も、こんな時に!?)
 
 思わず自分の義足の状態を呪いたくなる。これでは攻撃は可能だがあの妖魔の風を捌く事ができない、妖魔も重悟の状態を理解したのか威力こそ低いが数十に も及ぶ風の刃と野球ボール程の大きさの風の弾丸を一斉に放つ。
 
「ぐおおおおお」
 
 咄嗟に炎で自分を覆う、風の刃が炎に触れた瞬間僅かに炎を切り裂き消え、弾丸が炎に減り込み消える。だが数十にも及ぶ風の刃や弾丸はその殆どが燃え尽き たが僅か数発ほどは、炎を突破し重悟の頬を裂き、左肩と右わき腹に弾丸が撃ちこまれ膝をつく。
 
 妖魔はすかさず重悟の背後に周り込み、風を纏わせた右拳をハンマーのように振り回す。後ろに飛ぼうとした所で右足の義足が限界に近く、これ以上動けば確 実に砕けると脳が警鐘を鳴らす。
 
 その警鐘を聞いてしまったがために重悟の身体が一瞬硬直し、妖魔のハンマーの如き右拳が重悟の腹に叩き込まれる。
 
「がはっ!?」
 
 まともに喰らい外に吹き飛ばされ倒れこむ。すぐさま上半身だけ起き上がり此方に突進してくる妖魔に向けて紫の炎を放つ。だが妖魔軽やかに上空に滑空し重 悟の火炎を回避する。
 
 そして回避と同時に風の刃を放つ、重悟はその風の刃を右に転がりながら避けるが風の刃が地面に叩きつけられた時の衝撃波が重悟を叩き吹き飛ばす。無様に 転がりながらも何とか体勢を整え立ち上がった重悟は上空に向けて紫の火炎弾を放つ。
 
 だが妖魔はその火炎弾をひらりと空を滑るように避け、お返しとばかりに風の刃を撃ちだす。義足が限界に近いため回避行動が取れない重悟は炎を纏い打ち消 そうとするが、僅かに風の刃の方が勝ったのか衝撃が重悟の全身を貫く。
 
「ぐっ……」
 
 膝をつき自分の限界が近い事を悟る。四年ぶりの精霊術の行使による疲労、出血による体力の低下さらに老化現象が始まっている年齢、様々な不利な条件の中 此処まで戦えたのは流石と言わざる得まい。
 
(せめて……炎雷覇があれば)
 
 思わずそんな弱音を吐く、今の身体では炎雷覇を使った剣術―――”火輪斬術”こそ使えなくても”炎雷覇”は元々呪法具、炎術の増幅器<ブースター>とし ての役目も持つ。
 
 もし重悟が”炎雷覇”を持っていればあるいは勝てたかもしれないだろう。
 
「グッ……グッ、グッ」
 
 上空から重悟の様子を眺めていた妖魔がくぐもった、なんとも言えない笑い声を漏らす。その眼に映るは歓喜、”自分をこんなにした”元凶を虫けらのように 痛めつけながらじわじわと弱らせ殺せるという喜び。
 
 突如として妖魔の姿が消える。すぐさま重悟は殺気を感じ取りほんの僅かに動く、否それしか今の彼には動けないのだ。同時に右わき腹から血が紅い霧のよう に舞う。更に肩、膝、頬、腕を切り裂かれる。
 
「クッ……」
 
 まだ重悟が生きているのは、紙一重で直撃を避けているのと妖魔が今までの恨みを晴らさんばかりにゆっくりと弱らせるつもりという二つの事象が重なった結 果だろう。
 
 だが重悟の肉体はすでに限界に近い、妖魔もそれを感じ取ったのか止めを刺すべく右腕に風を纏い前後左右に高速移動しながら重悟をかく乱する。
 
(せめて……居場所が分かれば)
 
 重悟に捉えられないようににあちらこちらに残像のようなものを作り出しながら迫る妖魔に対してそう思う。だが対抗策などなくこのまま重悟の命は散るはず であった。
 
 
「宗主! 右の方向に炎を!」
 
 
 その声を聞き、誰だ! と尋ねるよりも早く言われたとおりに右方向に紫の炎弾を撃ちだす。
 
「ググアアあああ」
 
 直後に爆発音、苦悶の声を上げながら妖魔は地を滑るように数メートルほど後退した。
 
「宗主ご無事ですか?」
 
 重悟の側に現れたに二十代頃の黒い髪の若者―――”風巻流也”が声をかけた。
 
「流也か……無事とは言えんがまだ生きていられる」
 
 直後に二人の背後に周り込んだ妖魔が右手を振り下ろす、だがその爬虫類を思わせる瞳に”流也”が映った瞬間ほんの僅かだが動きが止まる。そしてその僅か の時間に流也は風を纏い、重悟を掴みながら後ろに飛ぶ。
 
 飛ぶと同時に叩き付けられる拳、轟音と共に地面を砕く。流也は距離をとりながらも警戒を怠らない、今の自分では勝てるかどうか危ういほどの相 手なのだから。
 
「宗主、私があの妖魔の位置を予測するので”神炎”をお願いします」
 
「うむ」
 
 妖魔の姿がまた消える、不気味な空気を切り裂く音だけがあたりに響く。ほんの僅かに感じる違和感、すぐさま流也は重悟の左腕を引っ張りながら横に飛ぶ。
 
 ギロチンのような刃が先ほどまで居た場所に叩き付けられる。そう何度も回避はできないと判断した流也は全神経を集中させ居場所を特定する。
 
「正面です! 宗主!」
 
 極限まで圧縮された黒き風の刃が襲い掛かると同時に、残りの力を全て振り絞りながら重悟が呼び出した紫の炎が獅子の形になり風の刃に立ち向かう。右足で 切り裂き、その顎が風の刃を噛み砕き焼きつくす。
 
「!?」
 
「今度こそ終わりだ! ”獅子炎舞”」
 
 紫の炎の獅子が地面を駆け抜けながら、妖魔に飛び掛る。前足で肩を掴み、顎が妖魔の頭を飲み込むと同時に獅子の形が崩れ天すら貫かんばかりの巨大な紫の 火柱と化す。
 
「ぐがああああああああ」
 
 ”神炎”の直撃を受けた妖魔は滅ぶだろう。未だに炎に焼かれているのは妖魔が上位のためなのかどうかは分からないが滅ぶのは時間の問題だろう。そう判断 し膝をつきながらも安堵の息をつく。
 
「何はともかく助かったぞ流也、礼を言う」
 
 呼吸を整えながら立ち上がり背後に立っている流也に礼を述べた。
 
「いえ……」
 
 声音が変わる、一瞬で風の精霊を呼び出し右手に宿らせる。
 
「お礼を言うのはこっちですよ! 神凪重悟!」
 
 今までの怨念を吐き出すかのように流也は踏み込みながら風を宿した右手で突きを繰り出す。
 
「!?」
 
 ぐらりと揺れる重悟の身体、倒れそうになるのを何とか踏みとどまる。見ると、重悟の腹に背後から貫かれた真っ赤に染まった手が生えていた。
 
「流……也?」
 
「感謝しますよ宗主。僕ではあの妖魔には勝てなかったかもしれない。貴方との連携で倒す事ができました」
 
 普段宗主や神凪の術者に話しかける口調ではなく、いつもの話し方で冷たさすら感じ取れる声音で話し出す。チラリと視界に入る紫の炎に包まれている妖魔。 未だに滅んでいないのが気にはなるが、ダメージは大きいはず。今なら自分でも何とかなるはずだと判断する。
 
「何故……だ?」
 
「……貴方がソレを言いますか?」
 
 重悟の質問に呆れたように返しながら右腕を抜く。肘から先が血に染まり、指先から赤い液体がポタポタと地面に垂れ落ちる。
 
「くっ……」
 
「無駄ですよ、貴方より僕のほうが早い」
 
 重悟がすぐさま炎を呼び出そうとするが遅い、力を使いきり流也の不意打ちを喰らった今の重悟とでは召喚速度があまりにも違いすぎる。
 
「さよなら―――神凪重悟」
 
 右手を頭上に掲げ手刀をを振り下ろす―――だが振り下ろすその瞬間、上空から風の精霊の気配を感じ反射的に後ろに飛ぶ。槍のような鋭さをもった風の奔流 が左右から流也の居た場所を貫く。
 
 地面に穴を開けた風の槍に流也は驚きを隠せないでいた。自分が攻撃をされる瞬間まで気がつかなかったのだ、そんな反則的な力を持つ風術師なんて流也の中 では一人しか心当たりしかなかった。
 
「うーん、流石に”凰華扇”がないとこれが限度かしら」
 
 上空から流也の期待を打ち砕く何処か馬鹿にした声、慌てて振り向くと其処には二十前後の十人が十人美人というほどの袖のところが破れた黒いコートを着た 腰の辺りまで伸ばした青みかかった黒髪を靡かせた美女が流也と重悟を見下ろしていた。
 
「水輝!?」
 
「とりあえずお久しぶりね……濡れ衣の罪は大きいわよ」
 
 女性、八神水輝は薄く笑いながらそう宣言した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あとがき
 
 そろそろ戦闘のネタが尽きてきました……(オイ)
 
 今回、神凪の術者が悲惨な目にあってますが別にアンチとかそう言うつもりは在りません。私にとって彼らはお笑いキャラ? に近い立場です(オイ)
 
 次回で前半が終了でその次から京都に突入かな? その辺りから他の作品とは違う流れに持っていければと思ってますので……。
 




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