――― 無能者 ―――


――― 一族の汚点 ―――


――― 宗家の出来損ない ―――


精霊魔術の大家であり、千年にわたり日本を霊的に守護してきた日本屈指の退魔、「神凪一族」。


世界最強の炎術士と謳われる一族にあって、その少年は生まれながらの「弱者」であった。


故に力を求めた。


自分の弱さが許せなかった。


















蒼と黒の饗宴





プロローグ










周囲を多数の魔術師に囲まれながら少年は目の前に横たわる少女達を呆然と見詰めていた。




力を得たと自惚れていた。





自分のことを見下してきた奴らを見返せるだけの力を得たと・・・・・。






だが・・・・・・・・・・・。





その過信の代償はあまりにも大きなものだった・・・・。





そして、少女の胸を短刀が刺し貫く光景が目に入ったとき、少年の中で何かが変わった。



















夜の帳が落ちた山の中を疾走するいくつもの影があった。


木々が生い茂り、まともな視界すら確保できないであろう夜の森の中で一定の隊形を維持しながら信じ難いスピードで駆け上がる「それら」は身にまとっている ――――――森の中を走ってきたにもかかわらず――――――塵ひとつ付いていないダークスーツとあいまって異様な雰囲気を醸し出していた。


陣の先頭を走っている男が指揮官らしき白髪の青年に声をかける。

「貴広様、このまま進めば後2分ほどでアルマゲストの『実験場』に到着します」

「・・・・・儀式は?」

この質問に貴広と呼ばれた青年の隣を走っていた初老の男が答える。

「結界の影響で実験場内の精霊たちを制御できないため詳しくは分かりませんが・・・時間を考えますと既に始まっているものと・・・」

貴広の、それまで能面のようだった表情に僅かに焦りが表れる。
彼が取り込んだアルマゲストの幹部から得た情報では本格的に儀式が始まれば、それが完遂されるまでの時間は呪文詠唱する5分程度である。

このまま進めば、1、2分程度の余裕を持って実験場に入ることが出来るが、それだけの時間では場内に展開しているであろうアーウィン・レスザールの直護衛 をはじめとしたアルマゲストの術者たちを突破し、生贄となっている「彼女」を奪還するには心許ない。

「糞・・・・・無事でいてくれよ」

「速度を上げますか?」

彼の部下が提案するが貴広はすぐに却下する。

「いや、風の結界で隠蔽しているとはいってもこれ以上派手に動くと連中の感知に引っかかる。それでは奇襲の意味がない。」

「このまま速度を維持し、突入後は冬葉のところまで一気に駆け抜けるぞ」

「「「はっ!」」」






















突入した一行は目を見張った。


膨大な数の風の精霊が場内に集結し、飛び交う風の刃によってアルマゲストの中でも最精鋭であるはずの魔術師たちが、文字通り刈り取られていく。



貴広はその地獄絵図の中心で座り込んでいる少年の姿を認め、その瞳に刻まれているものに思わず息を呑んだ。まさかこんなところで同類に会うとはな。

「コントラクターか・・・・・」

ほとんど無意識につぶやいたその言葉に周囲にいた者たちは目を剥いた。

「・・・・・あ・・・あれが・・・・」

「それではアーウィン・レスザールも既に・・・」

部下たちの動揺に我に帰った貴広は気を静めながら冷静に状況を分析する。

こうなった以上アーウィン・レスザール抹殺は不可能であろう。そもそも最大の目的はここにとらわれている実相寺冬葉を救出することだ。
目の前で暴れまわっている――――――本人は座っているだけだが――――――コントラクターのおかげではあるが、見たところこちらを敵と誤認しているよう であり、このままでは自分たちまで巻き添えになりかねない。となれば・・・・。

「いや、そう簡単に奴がくたばるとは思えんな。それより冬葉だ。あの小僧を俺が黙らせてる間に助け出す。島風・・・出来るか?」

「ん・・・了解した」

貴広の問いにどこか気だるそうな声が答える。

「良し、はじめるぞ。」

そういって貴広は膨大な水の精霊を召喚する。

あたかも大気の中から染み出すかのように漆黒の水気が現れ始める。






「「おお・・・・・」」





貴広の力を良く知るものたちの中からも畏怖と感嘆の声が漏れる。

水術の大家「神崎」の宗家において歴史上才能に恵まれたほんの一握りの者たちが、血のにじむような鍛錬の末にようやく得ることか出来たという水気の奔流。







漆黒は少年を取り囲み、徐々に包囲を狭めていく

するとそれまで周辺で荒れ狂っていた風がやみ、ほぼ同時に少年を囲んでいた漆黒が吹き飛ばされて消滅する。

「ったく・・・。成り立てとはいえ聖痕を解放した状態のコントラクターとやり合わねばならんとは・・・」

ぼやきながらもさらに漆黒を展開させ自分の周囲を守る。








風の精霊が貴広の周りに集まりきったのを見計らい島風が飛び出す。

強化魔術によって高められた脚力により島風はほとんど一瞬で冬葉の元にたどり着き、彼女を抱えて離脱する。



――――――――――――島風は神崎の分家のひとつである間宮の次男であり次期当主である。

ほとんどの精霊術士の家系は、例えば炎術士は炎術というように、その家がつかさどる属性の術を重点的に修練するものであり、それは神崎一門とて例外ではな い。

しかし、島風は水術よりも強化魔術・・・特に身体能力強化の魔術を習得することにこだわった。

当然ながら家の者からは猛反対を受けた。

しかし当時の神埼本家当主であった、貴広の父は退魔方としての活動を行っていく上で様々な分野の知識、技術が今後は必要になるだろうという、古い家系には 珍しく開明的な考えの持ち主であったため、水術の鍛錬もこれまで通り続けるという条件で、島風をロンドンの魔術協会へと留学させた。

当時はそれほど、成果が期待されていたわけではなかったが、結果として彼は封印指定とまでは行かないものの協会でも強化魔術に関してはトップクラスの実力 者となり、その実力でもって次期当主の座を周囲に認めさせた。――――――――――――








冬葉が救出されたのを見て、貴広もそれまでの防御から攻勢に転じる。


・・・といっても別になにか策を弄するわけではない。

貴広は自分の周囲にさらに大量の漆黒を呼び出すとそれを体にまとって少年に殴りかかった。

少年はすぐに自分の正面に風の結界を張るが、それは一撃で貴広に破壊される。


もともと精霊魔術の特性を考えれば、速度で勝る風に対して水は質量という点で上回っている。








そのまま貴広は一気に風の壁を突破して接近し、手刀を少年の首筋に打ち下ろした。















「・・・・さてと、この二人をどうするかだが。」

そういって貴広は目の前の少年少女に目をやる。暴走していた少年のすぐ近くにいたにもかかわらずにもかかわらず少女には見たところ傷はなく、少年の立ち位 置から考えてその少女を守っていたのではないかと見当付けた。

「少年の方はともかくとして、この少女は儀式の生贄にされたようですね・・・。」

治療術士の笹木が難しい表情で呟く。

それを聞いて貴広はやや顔を顰める。

まかり間違えば冬葉がこうなっていたかもしれないのだ。善人ぶるつもりはないが、その少女は冬葉の身代わりになったようなものであり

、出来ることなら助けたいところだ。

「既に手遅れであると?」

「いえ・・・。術式が儀式の半ばで破壊されているため本来の効果は現れていないようす。・・・・・しかし呪いがこの子の中に逆流したようで、このままでは 肉体は無事でも精神が破壊されるでしょう。」

「これだけ大規模な儀式のか。よほど高位の、それこそ封印指定クラスの浄化術でなければ気休めにもならんだろうな・・・・ん?まてよ・・・。」








「・・・・う・・。」

そのとき、貴広のそばに寝かせていた少年が目覚めた。


「・・・・ちょうどいいときに起きたな。笹木、コントラクターの浄化ならどうだ?」



貴広の提案に笹木はやや顔を伏せて考え込み、やがていいにくそうに答える。

「・・・・・微妙ですね、何しろこの儀式はアーウィンレスザールが手ずからお膳立てしたものです。そこの少年と貴広様2人であれば・・

、それなら浄化するだけの力としては十分でしょうが、問題は力の制御です。そこの少年がやり方を誤れば確実に少女は死にます。」

そういって笹木は少年を見つめる。

「八神あたりの風術士をそいつのサポートにつければいいだろう。どちらにせよこのままでは手の打ちようがな―――」

「お・・・おまえら翠鈴をどうするつもりだ!」

貴広の言葉を途中で遮るように少年が叫ぶ。

「あー、勘違いするな。俺らはアルマゲスト―――その翠鈴とかいう子を生贄にしようとした連中ではない。むしろこの場合味方だな。」

気軽に言う貴広に少年が反発する。

「信用できるか!」

風の精霊を呼び集めようとするが、貴広の隣に立っていた眼鏡をかけた長身の男が腕を一振りするとたちまち制御を奪われてしまう。

「餓鬼の駄々に付き合ってる場合じゃないんで簡潔に言うがな、その子は今アルマゲストが行った儀式の余波に体を蝕まれていて、このま

まだと遠からず死ぬことになる。」

その一言で精霊を奪い返そうと四苦八苦していた少年の動きが止まる。

「俺の実家・・・というか本拠地まで戻れば治療できんことも無いが、その場合お前の協力が必要だ。どうする?」




少年は少しの間迷っていたようだが、しばらくして貴広にうなずき返す。



「決まりだな。俺は神崎貴広だ。お前は?」





「か・・・神凪和麻だ」



この水のコントラクターとの出会いがその後の和馬の人生を大きく変えることになる。






「こいつらを連れていったん戻るぞ!。」


貴広の号令を受けて、その場にいた者たちは二人の少年少女を連れて離脱していく。















あとには死屍累々と横たわるアルマゲストの魔術師たちが残されていた。













――――――――――――そして数年後、舞台は日本へと移る――――――






後書き

はじめて投稿させていただきますredenといいます。
風の聖痕とモエかんのクロス、後、一部TYPEMOONの設定が入ってます。
元々、こういう設定のSSが読みたかったんですがなかなか見つからず、なら自分で書いてしまおうかと・・・。
えーと、話は基本的に風の聖痕編が中心になります。
拙い文章ですがこれからよろしくお願いします。


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