「ぐ………ここは………………」

目を覚ました武哉は自分が見知らぬ部屋にいることに気がついた。

起き上がって周りを見渡すと自分のすぐ隣に慎吾が倒れていた。

「おい!慎吾しっかりしろ!」

何度かゆすると慎吾も目を覚ます。

「う……………武哉か?」

首の後ろをさすりながら起き上がり自分の時と同じように部屋を見渡す。

「お……おい!ここどこなんだ?!」

「わからん。和麻にやられた後に運び込まれたようだが……」


その時、二人が起きるタイミングを見計らったかのようにドアが開き、一人の背の高い青年が入ってきた。


「目が覚めたようだね。」


そうにこやかに言ってくる男に武哉は警戒心もあらわに聞き返す。

「あんた一体誰だ?それにここはどこなんだ。」

それに対して男は笑顔を崩すことなく答える。




「私は八神五十鈴という者だよ。そしてここは君たちが向かおうとしていた洋館の中さ」














蒼と黒の饗宴

第5話















これより数時間前







「まったく、お父様も心配性よね。あたし一人で充分だって何度も言ってるのに、いつになったら一人前だって認めてくれるのよ。そんなに私って信用できな い?」

「宗主はとっくにお嬢を認められているさ。それでも一人娘を心配するのは父親として当然のことだろ?」

不満たらたらの綾乃を、四十代の男が宥めていた。

横浜、山手町にある某神社で綾乃は解けかかった封印の補強を命じられた。

偶然にも先日、和麻が除霊を行なった場所の目と鼻の先だったが、綾乃がそれを知っているわけもない。

現地に赴いてみれば、封印の劣化は予想以上に進行していた。綾乃は即座に再封印を断念し、封じられたものを滅ぼすことに決めた。

ためらうことなく封印の壺に張られていた呪符を引き剥がす。

曰く『そのほうが手っ取り早い』と。

自分の実力に絶対の自信を持っていなければ言えない台詞であるが、同行する二人の男達も、それが分不相応な自信ではないと知っていた。

無論、重悟も知ってはいたが、それでも心配せずにはいられないのが親心と言うもの。

重悟は親馬鹿丸出しでそう考え、常に二人以上の術者に綾乃を護衛させていた。

「公私混同はするなって、いっつも言っているくせにさ。自分勝手だと思わない、雅人叔父様?」

まだ不満を抑えきれずに、綾乃は男―――大神家当主の弟、雅人に愚痴る。

「宗主とて人間なんだ。そう杓子定規に考えることも無いだろうよ」

雅人は骨太な笑みを浮かべて笑い飛ばした。分家の人間にしては随分遠慮のない口の聞き方をしている。しかし綾乃の方もそれを咎める様子はない。

この男―――大神雅人は、兄をはるかに凌ぐ力を持ちながら、当主の座を巡って争うことを嫌い、チベットの奥地まで修業の旅に出たという変わり者だった。

日本に戻ってきてからは『綾乃のお守り』を以って任じている。重悟の信頼も厚く、綾乃の初陣からずっと護衛役を続けてきた。


綾乃もまた、この豪放磊落を絵に描いたような親戚を気に入っている。

周り中からお姫様扱いされていた綾乃にとって、雅人の媚びる事のない態度はとても新鮮で、心地よく感じた。

今では『雅人叔父様』『お嬢』と気安く呼び合い、家族同然の間柄になっている。

「若い術者に勉強させてやっているとでも考えるんだな。なあ武志・・・・・・・・武志?」

「は、はいっ!?」

当然のように綾乃に見惚れていた若い術者――大神武志は、叔父に繰り返し呼びかけられ、ようやく我に返った。

「聞いてなかったな・・・・・・・・・お嬢に見惚れるのは理解できるが、気を抜くなよ。封印はもういつ解けるか分からないんだぞ」

「き、聞いていましたとも!叔父上のおっしゃる通りです!綾乃様の戦いぶりを見せて頂ければ、これに勝る喜びはありません!」

綾乃の前で恥を書きたくない一心で、武志は必要以上に力を入れて叫んだ。

彼の綾乃を見つめる目は、まるで女神か何かを見ているようだった。

彼女を見つめるその目には、尊敬を通り越して崇拝の色さえ浮かんでいる。

これは特に異常な反応ではなかった。武志と同世代の術者にとって、綾乃は女神にも等しい存在だった。

神凪には女性の術者も多くいる、だが美しさと強さともに綾乃は別格だ。

そんな姿を間近くで見ることのできる護衛の任務を望まない者など皆無と言ってよかった。

「そーゆーもん?」

「そうです!」

綾乃に話しかけられた喜びを、武志は全身で表した。

綾乃はこういう感情を向けられる事を好まない。

自分が神凪のような『普通じゃない』世界でさえも『普通』とは隔絶した人間であることを思い知らされ、いたたまれなくなるのだ。

しかし、そうした思いを理解しろといっても無理であろう。

武志は純粋に、自分よりも遥かに強大で美しい存在に敬意を表しているだけなのだ。

「ま、いいけどね・・・・・・・・・・・そろそろかな」

妖気の高まりを察知し、綾乃はその場で半回転して本殿に相対した。

プリーツスカートの裾がふわりと広がる。

これから立ち回りを演じるというのに、綾乃はなぜか高校の制服を着ている。

高校から直行したからではない。

まじめに高校生をやっていれば、最も多く着る服は当然制服になる。

そこで重悟は制服を特注し、能う限りの呪的防御をかけたのだ。

素材は気を通しやすい最高級の絹。それも糸をつむぐ時点から気を込め続けたという、途轍もなく高価な代物を使っている。

さらに、目に見えない部分に魔法耐性を向上するアミュレット(護符のこと)を着けている。

金と手間隙を惜しみなくつぎ込んだ結果、芸術品と言うべき高校の制服ができあがった。

しかし費用もそれにふさわしいもので、これ一着で車が買えるどころではなく、はっきり言って豪邸が建つ。

綾乃はいたくこの制服を気に入り ―――性能云々以前に父のプレゼントだからという理由のためだろう―――常にこの服で戦いに臨んでいる。

間違いなく世界で最も高価であろう戦闘服に身を包み、綾乃は崩壊寸前の封印を見据えた。

細く長い呼吸を繰り返し、体内に宿る力を活性化させる。

ばぁん!

清冽な拍手の音が空間を振るわせる。合わせた掌を引き離すと、両掌の間を炎の線がつなぐ。綾乃は炎の線を右手で掴み、それを引き抜くように横薙ぎに振るっ た。

一メートルほど伸びた炎の線は、瞬時に物質化し緋色の剣を形作る。

そして、あまりにも強大な霊威がこの地を覆う。

この剣こそが神凪の至宝・炎雷覇。神凪の始祖が炎の精霊王から承ったとされる降魔の神剣である。

代々神凪の宗主に与えられる神剣。


剣を扱う彼女の動きは何万、何十万回と繰り返し修練を続けた果てにこそ辿り着ける、完成された動きだった。

ついに限界を迎えた壺が鈍い音を立てて砕け散る。その破片が本殿に落ちるよりも早く、壺の中から白いものが綾乃目掛けて射ち出された。

綾乃は真っ向から炎雷覇を振り下ろし、それを迎撃する。熱したフライパンに水をかけたような音をたてて、蒸発する白い物質。

「粘液・・・・・・・?」

その物質を見て、綾乃は小さく呟く。

前方に目をやると、本堂の暗闇に、いくつかの光点が灯っている。それはゆっくりと前進し、己の姿を白日の下にさらけ出す。

「うわ・・・・・・・・・」

綾乃はそれを見て思わずうめき声をもらした。

暗闇より現れたのは巨大な蜘蛛の化け物だった。

数えるのも嫌になる複数の目。全身に汚らわしい剛毛を生やし、8本以上の足を有する。さらにはカサカサと長い足を動かしている。

その姿は見るものに例外なく生理的な嫌悪を引き起こさせる。

「土蜘蛛か・・・・・・・手を貸そうか?」

「けっこお」

綾乃は即座に雅人の申し出を断る。気持ち悪いのは確かだが、泣き言を言える立場ではない。

何よりも父に失望されるのが怖かった。それに比べれば、クモやゴキブリと戦うことなど何程のことか。

(おいで・・・・・・・・・)

炎の精霊に呼びかける。肉声は必要ない。綾乃の意思に応え精霊は自ら進んで集い、炎雷覇に飛び込んでいく。

刃の纏う炎が、放たれる破邪の力が一層輝きを増す。

意思の届く限りの精霊に綾乃は助力を請う。ほかの術者のように支配し命令することはしない。いや必要ない。

それがどれほど傲慢なことか、父に何度も教えられてた。

『我々は対等なのだ』

と、重悟は常にそう語る。

精霊は世界の秩序を守る存在。神凪一族は精霊王との契約により、精霊の協力者の任を負ったのだと。

綾乃は知っている。自分の力が借り物に過ぎないのだと。

精霊術師は皆力を借りているのだ。強大なその力を。

世界の『歪み』である魔性を封じ滅するために、そしてこの世界の秩序を守るために一時的に与えられたものに過ぎない。

故に命令はしない。そんなことをする必要は無いとわかっているから。

正しい願いに、精霊は必ず応えると知っているから。

世界に対する敬意を忘れないように、強大な力を得たと錯覚して傲慢にならないように、綾乃はいつもこう呼びかける。

『お願い、力を貸して・・・・・・・・・』と。

「す・・・・・・・・すごい・・・・・・・・・」

武志は呆然と呟く。膨大な数の精霊が綾乃の下に集まっていく。

自分が支配していたはずの精霊まで、根こそぎ持っていかれた。

初めて目の当たりにする宗家の力は、まさに桁違いと言うしかないものだった。

「ああ、すごいだろ?」

我が事のように誇らしげに、雅人は笑った。

「さっきはああ言ったが、勉強になるはずないんだよな。俺達がどう頑張ったって、あんなことできっこないんだからな」

叔父に返事をすることも忘れ、武志はひたすら綾乃だけを見ていた。






綾乃は炎雷覇を構え、対峙を続ける。

(どうしようかな…あまり近付きたくないし………)

炎雷覇は呪法具である以前に剣である。やはり剣として使ったときにその威力を最も発揮する。
つまり直接斬撃を加え、その上で内部に炎を伝わらせ、焼き尽くす……これが、炎雷覇と呼ばれる神剣の使い方であると綾乃は心得ていた



しかし――――――――


(斬りつけた瞬間、切り口から得体の知れない粘液なんかが飛び出して……爆裂させた瞬間にその破片が身体に降り掛かったり…ううん、もし雌だったら、腹か ら何百匹の子蜘蛛がわらわらと……どれもいやぁぁぁぁぁ!!)

これはある意味余裕と取れる態度だが、こんなことを気にしているようでは実力はどうあれ退魔士としては二流以下である。

そんな綾乃の煩悶を隙と取ったのか、土蜘蛛は脚を器用に動かし、反転する。

「逃げる気!?」

とっさに走り出した綾乃に向かって土蜘蛛は尻の先から白い糸を吐き出すも、綾乃は炎雷覇を振り被り、金色の炎が糸を焼くが、とめどなく吐き出される糸に阻 まれ、炎は本体に届かない。綾乃は足を止め、意識を集中した。呼吸を整え、意識を研ぎ澄ます。

(ちまちまやっても埒があかない、一撃で決める!)

上段に振り被った炎雷覇を、綾乃は渾身の力で振り下ろした。

金色の炎―――最高位の浄化の炎が、土蜘蛛から吐き出された大量の糸をものともせず焼き払い、土蜘蛛本体へと迫る。

爆音が轟き、土蜘蛛が炎に包まれる。

「やった……よね…?」

炎が消えていく中、自信なげに呟く綾乃の目の前に、白い繭のようなものが映った。

思わず眼を瞠る綾乃の前で、それはピキピキとひび割れていく。

薄いガラスが割れるような音をたてて繭が割れ、その中から傷一つない土蜘蛛が現れる。

恐らく己の作り出す糸に霊気を遮断させる性質があるのだろう。それで自分の身体を覆い隠し、浄化の力の浸透を防いだのだ。

「……やって、くれるじゃないの……」

綾乃は抑揚な口調で言った。

一見、平静のように見えるが、よく見るとこめかみが引きつっている。今の一撃は決して手加減したわけではない。

それを完全に防がれて、綾乃のプライドは痛く傷付いていた。

「たかが虫ケラの分際で……!!」

綾乃の怒りに応え、さらに膨大な炎の精霊が集結する。

炎として具象化してはいないものの、境内の内部は火山の火口にも匹敵するほどの精霊に埋め尽くされていた。

「さあ……覚悟はいい?」

怒ってはいるが、綾乃は我を忘れてはいない。

冷静に怒りをコントロールし、力へと転化する。

強く、強く精霊に呼び掛ける、今度は全方位ではない。細く絞った意志を、特定の場所の特定の精霊に向けて解き放つ。

綾乃は炎雷覇を身体の正面で垂直にかざし、身長に狙いを定めた。

深く息を吸い、呼吸と共に鋭い気合を放つ。

「はっ!!」

直後、土蜘蛛の体内で炎が弾けた。

膨らんだ腹が裂け、小さな火柱が立つ。

その小さな炎を目印に、境内中の炎の精霊が殺到する。炎は爆発的に増大し、土蜘蛛を今度こそ灰も残さず焼き尽くす。

後には何も残らなかった。土蜘蛛の身体の破片はおろか、撒き散らしていた妖気も跡形もなく浄化されている。

今までにここに妖魔がいたという痕跡さえ残されていなく、神社らしい清浄な気が境内に満ちている





「ふふんっ。ざっとこんなもんよ」

得意げに振り返る。


「さすがはお嬢だな。大したもんだ」


「さすがです!綾乃様!!」


二人の護衛はその強大なまでの力をただ見て驚くしかない。自分達では絶対にこんなことは出来ない。


「まあね♪」


褒められたことがうれしいのか、綾乃はさらに得意げな笑みをする。


「さあ、帰りましょうか」


もはやここに用はない。任務も達成したし、あとは帰って宗主である父に報告するだけ。



「そうだな、宗主に報告を………むっ!?」


最初に異変に気づいたのは雅人であった。


神凪の術者は索敵や諜報を風牙衆に任せきっているため、感知系の術や能力は総じて低い。

術者としてのポテンシャルが綾乃よりずっと低い雅人が先に気づいたのは、ひとえに彼が退魔士としての豊富な経験から、周囲の精霊の様子などに常に気を配っ ていたからである。

目の前の妖魔を討滅した時点で気を抜き、周囲への配慮を怠ってしまうあたり、まだまだ綾乃は経験不足であるといえる。






禍々しい黒い風が吹き3人を閉じ込める。




「え……な……なによこれぇ!」
「く、叔父上。これは一体!?」


突然振って沸いた異常事態に綾乃が狼狽する。

武志も何が起きているのか把握できないようだ。



唯一、雅人だけは落ち着いていた。


彼は分家では最強の術者。

さらにチベットで修行したこともあり、こういった突発的事態への対処に関しても冷静に見極められる。

宗家の術者でもこれだけ優れた判断力をもっているものは重悟や厳馬くらいだろう。

「二人とも落ち着け!!どうやら風の結界に閉じ込められたようだ」


その言葉に綾乃はハッとなる。風の結界。


それは昨日、起こった事件と同じ。神凪の術者が惨殺された事件。その犯人が今、自分達を襲っているのだ。


「じゃあ、これって和麻さんがやってるの!?」


綾乃は父から聞かされた容疑者の名前を出す。その時。この空間を支配している者の声が、全方位から流れてくる。


『フフ。先ほどは見事な手並みであったぞ神凪の術者よ。』

「なっ!」

『早速だが、貴様等には我の血肉となってもらう。おとなしく喰われるがいい』

「貴様何者だ!」



相手の姿は掴めないが、この気配は紛れもなく妖魔、それも先程の土蜘蛛とは比べものにならない程の妖気である。

間違いなく上級妖魔クラスであろう強大な妖気が境内に充満している。

それが今、眼前に突如として現われ、さらには自分達を喰らうと言う……三人は、冷たい汗が皮膚をつたうのを感じた。




『我が契約者、八神和麻の命により貴様ら神凪に死を与えよう』


「和麻だと!?」





その名を聞いたとき、全員がやはりと思った。

タイミング的にもおかしかったし、たった四年で強力な風の力を身につけてきた。

八神和麻の使う風の力は精霊魔術ではなく、この妖魔に借りたものなのだと、誰もが思った。綾乃はやっとこの事件の首謀者が誰であるか

知った。

やはり父の言う通り、あの男が今回の事件を起こした。神凪に復讐するために、自分達を皆殺しにするために。だが首謀者を知ったからにはここから逃げ出し、 そのことを報告しなければならない。


『さあおとなしく、その身を我に差し出せ!!』


「冗談!誰がアンタなんかに喰われるもんか!!叔父様!」


「ああ。みんな!炎を放つぞ、タイミングを合わせろ!!」


「は、はい!!」


三人はタイミングを合わせ炎を放とうとする。綾乃は炎雷覇を構え、雅人と武志は持てる力のすべてを引き出す。


この三人がかりの攻撃なら、いかに強大な妖魔でもあるていどはダメージを耐えられるだろう。


無論それだけで倒せるとは思わない。だがこのことを本家に報告しなければならない。


そのため一時的にここから逃げなければならない。

彼女達の力だけでは到底、滅ぼすことの出来ない相手である。


ここは一度引き、態勢を立て直すべきだ。

そうすれば、神凪は犯人である和麻を討ち、この妖魔を持てる力のすべてを使い滅ぼせばいい。


「いっくわよ!!いっけえぇぇぇぇ!!!」


綾乃は炎雷覇を大きく振りかぶる。そこから今まで以上の強大な炎が放たれる。


「うおぉぉぉぉぉ!!!」


「はあぁぁぁぁぁ!!!」


雅人も武志も持てる力のすべてを使い、妖魔に放つ。

三つの炎が一つになり、さらに強大な力を得る。


これだけのエネルギーを持つ火球を防げるはずはない。

仮に防げたとしても、この結界は消滅する。

誰もがそう思った。


だが・・・・・・・・・・・・・


『ふん、無駄な足掻きを!!』


三人の遥か頭上に、黒い巨大なものが出来上がっていく。


それは黒い風の塊。それが巨大な火球に向かい放たれる。その二つが激しくぶつかり合い、共に消滅していく。


「そ、そんな・・・・・・・・・」


「ま、まさか・・・・・・・・・」


「こ、こんなことって・・・・・・」



「ま、まだよ。炎雷覇を突き立てればいくらアンタでも・・・・・・・・・・」


まだ自分達には炎雷覇と言う、絶対的アドバンテージがある。これを突き立てればいくら強大な妖魔であろうと倒せるはず。


『ほう。我の姿を確認できていないのに、どうやってそれを突き刺すつもりだ?』


「くっ・・・・・・・・・・」


その通りだった。まだ自分達は相手の姿さえ確認していない。この強大な結界がある限り相手の姿を見ることなど叶わない。


『クク、まあいい。冥土の土産だ、我が姿を見せてやろう』


「えっ?」


その直後、結界の中に爆発的に妖気が収束する。


「な、なんて妖気だ」


さすがの雅人でさえ、この醜悪にして強大な妖気に当てられ身体を震わせている。


「う、うわあぁ・・・・・・」


武志も、今まで感じたこともない強大な妖気に恐怖する。足がすくみ一歩も動かない。少しでも気を抜くと意識を失ってしまいそうだ。


「ば、化け物・・・・・・・・・・」


綾乃は収束する妖気の方向を睨む。そこには黒い風が集まっていく。そして段々とそれが消えていく。その中から現れたものは・・・・・・・・・・・


「な、なによ、あれ」


現れた妖魔は大きさは5,6メートルくらいのおおきさで4足歩行の獣に龍の頭、馬の尾をもつ中国神話のアツユをそのまま小さくしたような姿だった。


『さあ、姿を見せてやったぞ小娘。我をそのおもちゃで滅ぼすのではなかったのか?』


あからさまな挑発だった。姿を現すことなどしなくても簡単にこの場の全員を殺すことは出来た。


だがあえてそれをしない。

こいつは遊んでいるのだ。


それに傷つくのがいやだから、先ほどまで様子を観察していたのに今になって現れたのは、綾乃を脅威と感じなくなったから。


この小娘では自分を傷つけることなど出来ないと判断したからだ。


その事実が、綾乃のプライドを逆撫でした。


「こ、の!ふざけるんじゃないわよ!!あたしの前に出てきたことを後悔させてやるわ!!」


綾乃は炎を精霊を炎雷覇に集め、目の前の妖魔に切りかかる。


「い、いかん!お嬢、やめろ!!」


だが雅人にはわかっていた。今の綾乃では100%勝てないということを。あまりにも力の次元が違いすぎる。


「はあぁぁぁぁぁぁ!!!!」


綾乃は全力で炎雷覇を振り下ろす。これが妖魔の身体に触れれば勝てる。だが、それが妖魔に届くことはなかった。


「そ、そんな・・・・・・・・・・」


炎雷覇は相手の身体に届く前に、妖魔の操る黒い風に阻まれた。凄まじいまでに黒い風を収束させた盾。それが完全に炎雷覇を防ぎきる。


『なかなかよい一撃だ。が、相手が無防備に斬られるのを待っているわけがなかろう?』


「!?きゃあぁぁぁぁ!!!!」


妖魔から風が綾乃に向かい放たれる。その凄まじい風が綾乃を吹き飛ばす。


「お嬢!!」


雅人はなんとか震える身体に命令し、綾乃をその身体で受け止める。


「大丈夫か!?」


「う、うん・・・・・・・けど」


その瞳には恐怖が宿っていた。全力の一撃をあっさりと受け止められた。


ここまで力のはなれている相手と戦ったことなどない。


それどころか自分と同格のものとさえない。


そんな彼女がこの状況を打開することなど出来るはずもなかった。その様子を見て、雅人は考えをめぐらせる。この状況では全滅してしまう。


何とか二人を逃がさなければ。だがどうすればいい。綾乃でさえ相手に傷一つ付けられなかったのに、自分がこの状況を打破できるわけない。


(特攻しかないか。結界をどうにかできれば二人だけでも逃げられる)


自分がすることは決まった。もはや方法はこれしかない。


命を捨て、この結界を破壊する。自分の命を糧に大規模召喚を行なえば、いくら強力な結界でも破れるはず。雅人は綾乃を武志の傍に降ろす。


「お、叔父様?」


綾乃はその尊敬する叔父が何か覚悟した顔をしているのがわかった。死を覚悟した顔。それが彼女にもよくわかった。


「お嬢、武志。俺がこの結界を何とかする。その間にお前達は何とか逃げろ」

「そ、そんな叔父様!!」


「だめです、そんなこと!僕もお供します!!綾乃様を守るためならこの命・・・・・・」


「だめだ」


二人に向かい、雅人はきっぱりと言い放つ。


「若いお前達が死んでどうする?ここは俺に任せろ。一瞬だけでもチャンスを作る。だから・・・・・・・・・・」


「叔父様!だめです!!あたしも戦います!!まだ負けたわけじゃ!!」


「お嬢ならわかっているはずだ。今のお嬢じゃ100%勝てない。奴は神凪の全術者を集結させなければ」


その言葉を綾乃は痛いほど理解できた。わかっている。今の自分では手も足も出ないことを。


だが、だからと言って叔父を見殺しに出来ない。


「あたしは次期宗主です!だから、こんなところで逃げるわけにはいかない!!」


綾乃の瞳から恐怖が消えた。

彼女は叔父を犠牲にして自分だけのうのうと生きていることなど出来ない。

ここで叔父と共に妖魔と刺し違える覚悟が、できた。


ぎゅっと炎雷覇を握り、妖魔に向き直る。それを見て、武志も恐怖を振り払い構える。


「叔父上、僕も逃げません!分家ですが、神凪の術者として戦います!!」


「お前達・・・・・・・・・」


雅人は感心した。まだ子供だと思っていた二人が、ここまで精神的に成長したとは。

だからなおさらここで死なせるわけにはいかない。何とか二人を助けなければ。


『話しは済んだか?そろそろ我も食事の時間にするとしよう』


相手から吹き出る凶悪な気配。今にも襲い掛かってくるだろう。


「アンタをここで滅ぼして、あたし達は和麻を討つ!それで全部終わりよ!!」


綾乃は先ほどよりも強大な妖気を浴びているはずなのに、まったく動じていない。


それどころか、感じる気配が前よりも強くなっている。


(この数分の間に成長しただと?すさまじい成長力だな・・・・・だが・・・・)


『それでこそ我が血肉となるに相応しい。敬意を表して我が最大の一撃で屠ってくれよう!!』


いくら成長しても、それだけでは自分は倒せない。たかだか十の力が十一になったところで、百以上の自分を倒せなどしない。


妖魔の前方に強大な妖気が収束を始める、これほどの妖気はいくら神凪の浄化の炎といえど神炎でもない限り相殺できないだろう。




(や、やられる!!)


彼女たちは死を覚悟した。その攻撃が放たれんとしたその時―――









突如として黒いナニカが風の結界を破り、妖魔を直撃した。


『グアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』


たまらず悲鳴を上げて後ろに跳び退る。






そして綾乃たちの前にダークスーツに身を包んだ白髪の青年が現れた。




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