一瞬何が起きたのか分からなかった。

突然妖魔が吹き飛び、気がつくと境内を覆っていた結界が消えていた。

「な・・・・・・・・・・なにが起きたの?」

状況が把握できず雅人と武志のほうを見る。

武志のほうでも何がなにやら分からないようで周りを忙しなく見回しているが、雅人は真剣な―――多分に驚愕をはらんでいるものの―――表情である1点を見 据えている。

そちらに目をやるといつの間に入ってきたのか黒服の青年が妖魔と対峙していた。













蒼と黒の饗宴

第6話















『キ・・・・・・・・・・キサマアアアアアアァァァァ!!!!!!!』



「あー・・・・・・五月蝿いなぁもう」


激昂する妖魔をつまらなそうに見つめているのは隷だった。


東京に来て最初の依頼で見つけたきれいな住宅(彼主観)である坂本邸を見に、いわゆるハウスウォッチングに来ているときに、途中で強大な妖気を感知したた め、退魔士の務めとして来たのだが・・・・・・・・。


「何でこんな強力な奴がいるんだか・・・・・・・」


やる気のなさそうな表情であるが、目は真剣そのものである。

一応やってきたもののこれほど強力な妖魔だったとは計算外もいいところである。

これほどの妖魔ともなればいくら漆黒を保有していても彼ひとりでは手に余るかもしれない。

和麻に応援を頼むべきか・・・・。




表情を切り替え、油断なく構えを取る。

自分より格上かもしれない相手に隙など見せられない。




『グオオオオオオオオオオオオオオ』




妖魔はひと吠えすると、数え切れないほどの風の刃を作り出し隷に向かって投げつける。

隷はそれらを最小限の動きで回避しながら、避けきれないものだけを漆黒で確実に迎撃していく。




『おのれ!何者だ!!』


「さて、この場で死んでくれるなら教えてもいいけどね。」


『・・・・人間ごときが!!!』


さらに多くの風刃が辺りを飛び交い綾乃たちの周辺にも着弾し始め、3人が身をすくめる。

大量の風刃は、しかしその分狙いが甘くなる


「く・・・これで!」


それを見て隷はさらに大量の漆黒を呼び出す。


膨大な数の水の精霊が隷の周りに集結し、神崎の力の象徴ともいえる水気の奔流が姿を現す。









「デノテーション!」








呼び出された漆黒は隷の言葉にこたえて妖魔の元に殺到する。


妖魔によって迎撃され、やや勢いを減じたものの漆黒は妖魔を包み込み、直径10メートルほどの大きさのドームを形成する。


ドームの中は絶対零度の死の世界であり、しかも相手の魔力を喰らい続ける。


貴広ほど大量の漆黒を扱うことの出来ない隷が「略奪」の魔術を応用して編み出した技である。


人間ならば例え水術士であっても一秒たりとて生きてはいられないだろう。



風の結界で漆黒そのものから身を守りながらも、そこから魔力を急激に奪われていく妖魔をみて隷は笑みを浮かべる。






だが・・・・・・・




『ぬぅっ!まさかこれほどとはな、これ以上はまずいか』



そう言うと妖魔は、少なからずダメージを受けているようではあるものの全身にさらに多くの風を纏わせ始める。



隷は異変を察知し漆黒をぶつけようとするが、一足遅かった。



刹那、妖魔を包んでいたドームが膨大な風の精霊によって吹き飛ばされる。



力ずくで呪界をこじ開けられた余波が、暴風となって漆黒と共に境内を荒れ狂う。



「・・・・・くそ!なんて奴だ!!」



隷は必死に漆黒の制御を試みるが、嵐が収まった時には妖魔は既にその場にいなかった。







万全の体制で闘いに望んだ訳ではないが、全力で戦ったにも拘らずその妖魔に遅れをとったという事実。


そしてなにより、自分が全力ではなった漆黒を妖魔が跳ね除けたという事実が隷の焦燥を深める。



「逃がした・・・・・・・・いや、むしろ一人でここまで持ちこたえれたことを喜ぶべきかな?」


ぼやいていると後ろから声がかかる。


「あの・・・・すみません」

振り返るとそこには綾乃たちがいた。


「ん・・・・?あなたたちは」


「まずはお礼を言わせていただきます。御蔭で助かりました。しかし貴方は一体何者ですか?」


「最近この近くに越してきた退魔者ですよ。それより怪我はありませんか?」


「あ・・・いえ、大丈夫です。」

そこまで話したところで

「綾乃様、今回のことを宗主に早く報告しなくては・・・・」


と武志が綾乃に話しかける。


それに綾乃ハッとした表情になり、武志に頷き返す。


そしてもう一度隷に向き直り


「すみませんが私たちはこれで失礼します。」

といって雅人たちを連れて慌しく境内から出て行く。
















「なんだったんだ?」

三人から感じられた精霊の気配から察するに炎術士、それもかなり強力な術者のようだが。

真っ先に「神凪」という単語が隷の頭に浮かぶ。

暫く唖然としていた隷だったが、すぐに我に返り和麻に妖魔の事を知らせるために境内を飛び出した。









「あの男はいったい・・・・・・・・・・・・」


雅人は難しい顔をしている。

あの男が使っていた能力には見覚えがあった。

それは最高位の水術士たちの中でもさらに限られた人間しか使うことの出来ない闇の雫・・・・・・・・・

「(まさか・・・・・・・・それほどの重要人物がこんなところにいるはずがない。しかしあれは・・・・・・・・)」

思考の海に沈みそうになる雅人の横で綾乃が言う。

「あたしはこれから和麻を討ちに向かいます。叔父様達はお父様にこのこと報告しに行って」

その言葉に雅人が我に返る。

「いや、お嬢一人だけには任せられない。俺も一緒に行こう。武志はすぐに宗家に戻りこのことを宗主にご報告しろ。いいか、これは重要な仕事だぞ」

「は、はい!」


こうして三人は何とか、命を取り留めた。そして首謀者である和麻を討つために、綾乃と雅人は動き出す。


だがそれは真の敵の描いた、シナリオそのままに進行していた。


未だにその姿を見せない敵。それを彼女達が知るよしもない。



事態は最悪の方向へと進み始めていた。

























神凪の名無し二人組(慎吾と武哉)を八神邸に招待(拉致とも言う)した後、和麻は本来の目的である買い物に戻っていた。

買い物袋を抱えて歩いていると後ろのほうから強力な水の精霊の気配が近づいてくる。

和麻には馴染みの深いものであった。



「和麻!」



振り返ると隷が立っていた。


普段いつも穏やかな顔をしている彼には珍しく、表情は真剣だ。


ただならぬ様子に和麻は心持ちそれまでのまったりとした気を引き締めた。


「何かあったのか?」

「ああ実はさっきかなりの力を持った妖魔に出くわしてね、なんとか撃退・・・・・・・・いや、あれは見逃してもらったというほうが正しいかな・・・・」




実際、漆黒と魔力をフルに使ったデノテーションが破られた以上、あのまま続けていても隷に勝ち目は薄かっただろう。

漆黒を1点に集中させて相手の防御を破る技もあるにはあるが、相手は精霊召喚速度においてこちらを圧倒的に陵駕する風術使いである。

そんな隙を与えてくれるとは思えなかった。




隷の話を聞いて和麻の顔が退魔士としての表情になる。


隷の実力を和麻は良く知っている。


コントラクターとしての力を完全に解放した場合であれば和麻のほうが上だが、隷の場合、魔術や体術に関しても相当な実力者であり、総合的に見ると、二人の 実力は拮抗している。


突発的な戦闘にでもなれば和麻が勝つだろうが、準備を万全に整えた状態の隷を相手に勝つ自身は和麻にはない。




今回は遭遇戦であり、隷も丸腰の状態であったようだが、話を聞く限り、その妖魔の力は和麻のそれを上回っているだろう。



「全く、あのアホ二人といい東京に来てから碌な事がないな」


「同感だね・・・ってアホ二人ってのは?」


「ああ神凪の術者が何人か風術で殺されたらしくてな・・・恨み持ってそうな俺に疑いがかかってるらしくて、分家の術者が二人、俺を捕まえにきたんだ。」


「ふうん、で、その人たちは?」


「話がこじれるといきなり攻撃してきたんでな、眠らせた後、詳しい事情を聞くためにうちに運んだ。今頃は師兄が相手してるんじゃないか?」


「なんとまあ・・・さっきの女の子といい神凪ってのはわけが分からないねえ」


隷のぼやきに今度は和麻が興味を持ったのか聞き返す。


「は・・・・・・・・?女の子って?」


「ん?ああ、さっき言った妖魔に襲われてたのを助けたんだよ。何か急いでるみたいだったけど。」



「急いで・・・・・・?ふ・・・・・・なにやらいやな予感がしまくる気がするような・・・・・・」


「いや、わけわかんないし・・・・」


これまた珍しく隷のほうが突っ込む。




「まあとにかく一旦帰ってだな・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、これは・・・・」



ダベっていたため気づくのが遅れたが、いつの間にか自分たちを炎の精霊の気配が取り囲んでいる。




数は、ざっと20人といったところか。

(こいつら…まさか、神凪か………)

周囲に漂う炎の精霊の気配……それだけで相手が自然に特定できる。

「見つけたわよ、和麻!!」

その時、いきなり大声で名を呼びつけられた。

「「?」」

和麻たちは声のする方を見る。

そこには術者達の人垣を掻き分け、二人の人物が立っていた。

しかも女の方は、仁王立ちと言うのが一番適切であろう。

「あ、さっきの女の子・・・・・・・」


「そうなの?」


肝心の和麻は、例によってその姿に該当者が浮かばず、頭を捻る。

思い出せない。

何処かで会ったような気もするが、どうにも思い出せない。

元々、神凪では知り合いさえも微塵もないぐらい少ない。

分家では、唯一自分をかばってくれていた大神操くらいしか知らない。

少なくとも、こんな風にギャーギャー喚く女と話した記憶はない。

その隣から隷が助け舟を出す。

「神凪綾乃だよ。次期宗主なんだからそのくらい覚えとかなくちゃ仕事で恥かくよ?」



境内を飛び出してそのまま追ってきたのだろうがこの剣幕は一体・・・・

隷は首をかしげる。



「怨敵、八神和麻!! 妖魔と結託し、神凪の術者を惨殺した罪、その命で購ってもらうわよ!!」







「「はっ・・・・・・はいぃぃぃっ??!!」」






綾乃の啖呵に言われたほうの和麻と隷が素っ頓狂な叫びを上げる。






まったく身に覚えがない……先程も分家のアホ二人にも言ったが、和麻は神凪の術者を殺した覚えはない……ましてや、妖魔と契約したなどと言い掛かりもいい ところだ。



おまけにあの二人から聞いた段階では「釈明に来い」だったのがいまでは「抹殺」にランクアップしている。



しかし、綾乃と雅人はつい先程、和麻が使役したと思われる妖魔に襲われたばかりだ。



精霊とともに戦う彼らにとっては憎むべき妖魔……その妖魔と結託したと思しき和麻の存在は、まさに敵だった。


綾乃の反対側にいる雅人が言う。


「貴様、神凪を恨むのは解かるが、妖魔の力を借りて復讐しようとは何事だ!!」








「あのー、それは誤解では……?」


隷がおずおずと意見を述べる。



「あ、あんたはさっきの!!何でそいつといるのよ!」



「な…なんでって、友人というか仲間というか」


「仲間ですって!!」



「は、はい」



「あんたも和麻の……いえ、妖魔の仲間だったのね!!!」






「「なんでそうなるっっ!!!!!」」








こじつけもいいところだ。


和麻が犯人であることを前提に考えているせいで、自分の論理が破綻しまくっていることに全く気づいていない。

大体和麻が妖魔を使役したというのは妖魔自身がそう言っていただけであり、真に受けるほうがどうかしている。



これには和麻も隷もあいた口がふさがらない。






「同業者より妖魔の言うことを信じる退魔士って・・・・」

呆然と和麻が呟く。

「あの呆けっぷり僕でも真似できないよあれは………」

「せんでいい」

和麻が突っ込む。




二人が漫才をやっている間にも神凪の術者たちは包囲をじりじりと狭めていく。



「くそ…取り敢えずはこの場を切り抜ける方が先だな……話はそれからにしようぜ」

「……まったく、恩を仇で、しかものしつけて返されるとは思わなかったよ」

隷がげんなりとした様子で返事を返す。



彼としては神崎と神凪の遺恨にならないかという心配があったが、先ほどのやり取りからも、向こうに話し合う意思が無いことは明らかだ。


しかもその理由は一方的な言いがかりと来ている。


さっき命がけで助けてやったにも拘らず…………



内心、神凪の抜け作ぶりに怒りを募らせながら和麻に同意する。



命を奪いに来る敵に対して容赦する気は微塵も無い。










そして二人は戦闘体制に入った。











綾乃は苛立っていた。


神凪にとって忌むべき存在。


宗家の嫡子でありながら、妖魔と結託した恥知らずの和麻に。


だが、もし本当に和麻が妖魔と契約し、神凪を滅ぼそうと思っても仕方ない。


それだけの事を、神凪は和麻にしたのだから。


だが神凪には、自分達が精霊王に選ばれた存在であるという選民思想が深く根付いている。


綾乃にも、その考えは深く根付いている。


ゆえに綾乃は、眼前の二人に敵意を向ける……武志が早々と宗家に連絡したおかげで、周辺の術者達が集まってくれた。

神社であの男が使った妙な攻撃にも全員で波状攻撃を仕掛ければなんとかなるだろう。


そして炎雷覇を構え、意識を集中させる。







「話し合いの余地は無いんだな綾乃!」


それは和麻にとっての神凪に対する最後通告であったのだが



「気安く呼ぶなぁぁぁぁぁ!!!」



名前を呼ばれたのが余程の屈辱だったのか、綾乃は激昂し、そのまま炎雷覇を振り下ろした。

刹那、刃から炎が放たれ、二人を直撃する。

「やった!!」

綾乃が拳を握り締め、眼を輝かせる。

今のは確実に命中した。

神凪の次期宗主である自分が、それも炎雷覇によって放った炎である。

いくら強いとはいえ、風術士ごときに防げるものではない。


雅人や他の術者達もこれで決着はついたと思った。


しかし、ここで気を抜くというのは明らかに戦場では命取りだ。


実戦では何が起きるか分からない。

相手の息の根を完全にとめたと確信を得ていないのに、警戒を解くなど、愚の骨頂である。


その瞬間が、一番の無防備だということを先ほど体験したばかりであるのに。


「妖魔と結託した罪、自らの命で購いなさい」


フフンと鼻を鳴らし、綾乃は炎に向かって言い放つ。

そして、和麻が使役していた妖魔の追跡に移るべく綾乃達が踵を返そうとした瞬間、突如として炎が揺れ出した。


その異変に気付き、周囲はざわめき、振り向く。

瞬間、炎が周囲には弾け飛び、消滅した。

その中心には、無傷の和麻と隷が佇んでいた。

しかも二人とも、まるで『何かしたか?』と言いたげな態度で立っている。

「……次期宗主の全力がこの程度とはな……攻撃力だけが取柄の炎術士がこの様では……こういうのをなんて言うんだったか?」

「無能者…………」


揶揄するような口調で肩を竦める和麻……

そこにすかさず合いの手をいれる隷。

「くっ! 偉そうにするんじゃないわよ!」

よりによって和麻から無能呼ばわりされたことで綾乃は頭に血を上らせる。


歯軋りし、再度炎雷覇を振り上げ……炎を放つ。


今度こそ、と誰もが思った。

……だが、それは根底から覆された。

隷がおもむろに手を挙げ……落下してきた炎を片手で受け止めた。

その手にあるのは漆黒。

「くっ……!!?あの時の力ね……妖魔なんかから借り受けた力をひけらかしてそんなに嬉しい!?」

綾乃が隷を罵倒する。





「……なんだと?」







その時隷の雰囲気が変わった。








普段ふざけているものの、和麻以上に隷は退魔士という役目に誇りを持っており、伝統ある神崎の家にも誇りを持っていた。


あれだけ、無茶苦茶な因縁をつけられても何も言い返さなかったのは、ひとえに神凪と事を構えた場合、家がこうむる損害を考えたからである。


ところが綾乃は言うに事欠いて、神埼が数百年かけて培ってきた退魔の技を指して「妖魔からの借り物の力」などと罵倒したのだ。


この瞬間、隷の頭から手加減という文字が消滅した。


能面のような表情で告げる。


「その女は僕が殺る。和麻は他の有象無象どもを頼む。」


「お……おお、了解したぜ」


ややビビリが入った声で返事を返す。



和麻の返事を聞いた隷はすぐさま、あの妖魔と対峙した時のような膨大な漆黒を呼び集める。


その水の精霊のあまりに非常識な量に改めて気づき、綾乃は眼を見開き、雅人達も唖然となる。

巨大な炎を片手だけで悠々と受け止め、まったく動じてもいない……

「我が漆黒が妖魔などに真似できるようなものかどうか、その身で味わえ」

口の端を薄く歪ませる。








「う…………うわぁぁぁぁぁっ!!!!!」


恐慌に駆られた術者の一人が炎を放とうとする。



「ふん、目障りな」


綾乃の周りに大勢の術者がいることにいま初めて気づいたような反応をすると、腕を一振りしてそれらに漆黒を叩き込んだ。













綾乃の周辺にいた8人の術者は一瞬にして黒い本流に飲み込まれ、その瞬間に絶命した。














「あ、ああ……」



隷がやったような芸当……というか力技は、少なくとも重悟や厳馬なら「神炎」によって再現することができるだろう。

だが、彼らでも、その境地に到達するのに30年以上かかっているのだ。

この目の前の男は若いながらも、術者として神凪の神炎使いに匹敵するかもしれないのだ。

その術者としての圧倒的な力の差に綾乃は呆然とする。

もはや隷の前を遮るものはいない。











「……やりすぎだ馬鹿」

やや離れたところで―――戦闘開始と同時に散開した―――その光景を見届けた和麻は、思わず吐き捨てる。

このまま殺しすぎると下手をすればこちらが他の退魔から不信感を持たれかねない。

神凪の人間が何人死のうが心は痛まないが、それで家が迷惑をこうむるのは本意ではない。

こうなると自分の目の前の連中をさっさと片付けて、隷があの妄想&暴走迷惑女を殺すのを阻止しなくてはならない。

さすがに次期宗主を殺しては取り返しがつかなくなる。

そして目の前の術者たちに向き直る。

雅人を含めた全員の顔に恐怖と焦りが浮かんでいるが、戦意を喪失しないだけ立派なものだ。

既に戦況は打開不可能だが、せめて一番弱そうな和麻だけでも……といったところか。



「神凪の面汚しめ……!」

「仮にも宗家に生まれながら魔に堕するとは何事か!」

口々に和麻を罵倒する術者たちを和麻は冷ややかに見る。



「さっさとこいよ。隷が殺しに来る前に」

挑発すると、怒りと焦りにかられた術者達は次々に炎を放つ……だが、和麻は風の結界を展開してそれらすべてを防ぎきり、逆に高密度に圧縮された空気をエー テルフィストとして叩き込み、近くにいた数人をまとめてノックアウトする。

骨が砕け、肉が潰れる生々しい音があたりに響く。


表情を驚愕に歪ませる術者たちを前に

「さて……次はどいつだ?」

ニヤッと口元を歪める和麻……そこにはもはや、彼らが知っている以前の無能者の面影はなく、恐怖に戦慄した。



















和麻が分家の術者を叩きのめしている間、綾乃は隷に嬲られつづけていた。






「その線香花火みたいなのが噂名高い神凪の「黄金」かい?」



嘲笑いながら綾乃が放つ炎を漆黒で防いでいく。



「ま、負けられない!妖魔の手先なんかに負けるわけには行かないのよ!!」



その台詞に今度こそ隷は失望の溜息をつく。

僕らの攻撃から妖気が感じられないことくらい、いくら炎術士でも気づきそうなものなんだが……


もしかして和麻を妖魔の仲間に仕立て上げて抹殺するために、わざとそう言ってるんじゃ……


一瞬、隷はそんなことまで考えた。


「まったく、我が神崎は世間じゃこんなのと同列に見られてるわけか。」


この時点で既に隷は神凪を自分たちと同じ退魔とは見なしていなかった。

















その頃和麻は最後の相手と対峙していた。


大神雅人である。



「確かに神凪がお前に対して行ってきたことは許されることではない。こうなったのもある意味で自業自得かも知れんな。だが、我々とて退魔の端くれ。妖魔に 対しひざを屈するわけにはいかんのだ。」


そう言ってこちらを見据える雅人に対して和麻がうんざりしたように答える。


「うすらどもが、これだけの戦闘を経てもまだ俺の力が妖魔のものだと言い張るってのか。」



「なに……?」


そう呟くように聞き返したところで、場の空気から妖気がまったく感じられないことに初めて気づく。


「こ……これは!?」



ここにいたってようやく雅人は自分たちの勘違いに気づいた。




「やっと気づいたか。しかし気づくのが遅すぎたな」


そう言って一気に距離を詰め、雅人のあごに掌底を食らわせる。ある程度手加減したので顎が砕けることは無かったが、雅人はそのまま気を失う。




「これで少なくとも誤解は解けるか。あとは……」





そう言って隷のところまで駆け寄る。













「隷!その辺にしとけ!」



「なんだい和麻?邪魔する気かい?」


面白くなさそうな表情で振り返る。


その頃には隷も頭が冷えていたのでそう強く反発しなかった。




「?なんだ、もう落ち着いてんじゃねえか」


隷の変化に気づいた和麻が言う。


「まあね、そっちのほうのやり取りも聞こえてたし。」


そう言って隷が苦笑を返す。



「はぁ……、もういい、ならさっさと帰るぞ」



そこに綾乃が口を挟む


「ま、待ちなさい!逃がさないわよ!!」

「……まだ、身の程というものが分かってないみたいだね」



喚く綾乃の首筋に手刀を打ち込んで黙らせる。






「ようやく静かになったか」


「まったく、これで次期宗主だっていうんだから」

やれやれと言いたげな例に和麻が苦笑を浮かべる。

「まあ、戦意だけは評価してやってもいいがな」

「突っかかってくるだけなら犬にだってできるよ」





和麻はともかく隷は相当な力を使ったため疲れが顔に出ている。


まあ皮肉を言うくらいの空元気は残っているようだが。





「じゃあ帰るか」



「そうしよ、帰って早く寝たいよ……」








そんなことを言いながら、倒れ伏している綾乃たちを尻目に、二人は帰路についた。



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