隷と共に帰宅した和麻を翠鈴が出迎えた。

「あ、おかえりなさい和麻、ずいぶん遅かったじゃない」


「ん、少し昔の知り合いにあっててな、なかなか返してくれなかったんだよ。」


まあ嘘は言ってない。


「貴広さんと話したいんだが・・・・できるか?」


和麻が屋敷を離れた時点ではまだ貴広は部屋でくだをまいていた。


「貴広さんならそこの応接室で人とあってるわよ。」


「そうか・・。なら少し待つか」


「何でも神凪の分家の人だとか・・・・」


「なんだ、それなら気を使うこともないか。はいるぞ。」

そう言ってドアをノックし、自分の名前を告げる。


「和麻です。ただいまもどりました。」


「やっと戻ったか。入っていいぞ。」


返事が返ってきたのでそのままドアのノブをつかみ、後ろから物問いたげな様子でこちらも見てくる翠鈴を気にしながらドアを開けた。



中に入るとそこには貴広と五十鈴、そして神凪の分家二人組がいた。
















蒼と黒の饗宴

第8話


















薄暗い廊下を兵衛は歩いていた。


「(神凪煉は屋敷を出た・・・・あの小僧を攫えば我らの悲願の成就は目前・・・・・)」

これまでのところ、事態はこちらが描いたシナリオどおりに進んでいる。

神凪は和麻を・・・ひいてはその背後にいる神崎、八神を完全に敵に回した。

後は神崎が神凪を葬ってくれるだろう。

神凪の炎術士どもはそうは思っていないだろうが、情報収集と索敵を一手に取り仕切る自分たちが抜けてしまえば神崎が目と耳を失った神

凪を滅ぼすのは造作もないことだろう。


仮に神凪が生き残ったとしてもこちらが神を復活させればその時点で神凪は終わりだ。

ここまで予定通りに事が運ぶとは兵衛自身にも予想外だった。

こちらの思惑が外れた場合に備え、2手、3手先まで保険を用意していたのだが、神凪は見事に彼の策に嵌っていた。。

彼の予想を超えて神凪が愚鈍であったというべきだろう。

こちらで仕向けたことであるとはいえ妖魔の言うことを真に受けて和麻を攻撃したなど神凪一族の正気を疑ったほどだ。

「予定通りなのは喜ばしいことだが、ここまで頭の悪い連中だったとはな・・・・」

こんな低能連中に数百年も奴隷同然に扱われてきたと思うと我が一族の事ながら情けなくなるな・・・

余裕が出てきたのか、兵衛はそんなことをぼんやりと考えながら自室へと歩みを進める。

そろそろ神凪本邸から一族のものを脱出させるべきだな・・・・・・とはいえただ逃げ出すというのでは芸がないな。

思考にふけり、暗い笑みを浮かべながら襖を開けて部屋にはいる。

「嬉しそうだね、兵衛・・・」

襖を閉めたところで後ろから声がかかる。


入るときには気配は全く感じられなかった。


兵衛の後ろにはいつの間に入り込んだのか微笑を浮かべる金髪の少年が立っていた。。


兵衛は動揺することなく振り返り一礼する。


「これはこれは、よくおいでくださいました」




「流也の様子はどうだい?」


「はい、あれほどの上級妖魔ともなれば肉体にかかる負荷も尋常ではなく、現在、調整を続けております。」




風牙の神の化身・・・・


そう名乗る少年が最初に目の前に現れた時、当初、兵衛は一笑に付した。


いきなり子供から神などと言われて信じる馬鹿はいない。

だが、少年が呼び出したという妖魔を目の当たりにした兵衛は、考えを改めた。


少年の妖魔から感じられる力は明らかに上級妖魔、例え神凪宗家の術者であっても到底太刀打ちできないほどのものであった。


神凪の選民思想じみた炎術至上主義に憤ってはいたものの、彼ら――――――特に宗家の術者――――――と風牙衆の間には厳然たる力の

差が横たわっており反乱など起こしたところで簡単に捻りつぶされてしまう。

だがあの妖魔の力を借りることが出来たならどうだろう。

何も神炎使いと正面からやりあう必要などない。


生贄として宗家の術者を一人攫うことさえ出来れば、三昧真火のなかにある封印を解き、風牙の神は完全な復活を遂げるだろう。

そうなれば腐敗しきった神凪など恐れることはない。


そして兵衛はその神の化身を名乗る少年を信じた。


「神の化身」云々はさておき尋常ならざる力の持ち主であるということを信じた。

その少年の力を借りれば反乱は成功すると兵衛は考えた。

その少年は妖魔を兵衛に与え、さらに病によって死の床にあった兵衛の息子である流也にも妖魔を憑依させた。

息子を化け物に変えたことに対して抵抗が無かったわけではない。


だが、すべては神凪に対する復讐と風牙衆の栄華を取り戻すため。

一族の繁栄のため、彼は息子を妖魔にささげたのだ。

「(わしが死んだらまず地獄行きは確実だろうな)」

そうやって物思いにふける兵衛に少年が声をかける。


「まだやってるのかい?神炎使いにも勝てるようなのがいいって言うからアレにしたんだけど・・・大盤振る舞いしすぎたかな?」

「い・・・・いえ!とんでもありません。貴方様のご助力なくしてここまでくることは出来ませんでした。」


「まあいいや。ところで流也を僕に少し預けてくれないかな?」


「は?流也を?」


「こちらで使えるようにしておくよ。僕が召喚した妖魔は神社で受けた傷を治してるところだから生贄の確保は流也にやってもらう」


「はっ、承知いたしました。」



そして兵衛は配下の術者たちに神凪本邸からの脱出準備の指示を出すため部屋を後にした。












一人部屋に残った少年はつまらなそうにひとりごちる。

「・・・しかし、神凪もそろそろ相手が神崎であることに気づきそうだな。」

大勢の神凪の術者の前で隷が漆黒を使ったことで、相手が自分たちと同じ退魔であることに気づいた術者がいるかもしれない。

神凪を神崎にけしかけて双方を消耗させる算段だったが、少しばかり予定を変更するべきかもしれないな・・・。

神凪は今のところ自分たちが戦っている相手を和麻と妖魔の一味だと思い込んでいるが、それもいつまで持つかは分からない。

神凪が相手の正体に気づき、神崎と不可侵もしくは同盟を組んでこちらに向かってくるようなことになっては目も当てられない。

連中の中にもそれなりに頭の回るものはいる。

そうなる前にどちらかを襲撃して各個撃破するべきか・・・・。




少年にとって風牙衆も神凪も実のところどうでもよかった。





そして先ほどとまでとは打って変わって怨嗟に満ちた声で呟く。


「神崎貴広、八神和麻・・・・・・お前たちは必ずや我が仕留めてくれる。星と叡智の名の下に・・・・・・」























八神邸―――――――


目の前に座っている神凪の術者二人から事情を聞いていた貴広の頭にはある疑問があった。



「和麻が神崎の庇護下にあることを神凪は知らなかったのか?」



いくら神凪が傲慢であるといっても、自分たちと同格の勢力である神崎に対して碌に話し合いの場も持とうとせず、一方的に攻撃してくる

というのはどう考えても不自然である。

「い・・・いえ、風牙衆はこの屋敷に和麻がいるとだけ報告していたので・・・・」

やや震える口調で武哉がこたえる。

目の前にいる男は自分たちにとって絶対者に等しい存在である宗主、神凪重悟に比肩する退魔方の大物である。

それだけに二人は緊張を隠せない。

はっきり言って、武哉と慎吾は生きた心地がしなかった。

和麻の報告によれば、神凪は神崎本家の術者を妖魔の仲間と断定し、攻撃したという。

それはとりもなおさず神凪と神崎の戦争を意味しており、そして今自分たちがいるのは神崎本家当主の前である。

先に仕掛けたのが自分たちなだけに殺されても文句は言えない。

武哉の回答を聞いて貴広は眉を顰める。

「おかしな話もあったものだな。我々は別にここに隠れて住んでいるわけではない。数百年もの間、諜報一筋でやってきた風牙衆がここが

神崎の拠点だと掴めなかったなど考えられん話だ。この土地は神凪の膝元なのだからな。」

貴広の頭の中で急速に風牙衆に対する不信感が頭をもたげてくる。

続いて五十鈴が彼自身感じていた疑問を述べる。

「大体、最初の殺しにしたところで不自然極まりない。現場にそれだけ強烈な妖気が漂っていながら風牙衆がそれに気づかなかったとはと

ても思えませんね・・・・」

炎術士、中でも神凪の炎術士の感知能力はお粗末の極みと言えるほどなので気づかなくとも不思議ではない。

その鈍さは和麻と隷が最初の依頼でしっかりと見せ付けられている。

だが風牙衆は――――――風術士としての総合的な能力では国内で中堅クラスだが――――――索敵能力のみに関して言えば掛け値なしの一流

である。

こうなるといよいよもって風牙衆が怪しい。

大体、神凪に恨みを持つ風術士というなら彼ら以上に恨んでいるものはいないだろう。

もっとも神凪は風牙衆が自分たちに反抗するなど微塵も考えていなかったようだが。




「しかし、どちらにせよ、神凪からの攻勢には備えなくてはなりませんね。」

五十鈴が発言する。

和麻の話では綾乃をはじめとした術者たちは和麻を連行するのではなく最初から殺すつもりで仕掛けてきたという。

どうにかして神凪との誤解を解く方向で考えていたが、和麻の報告を聞いてもはや神凪との交戦は避けられないだろうと考えた。

そして貴広自身、これまでの神凪の強引極まりないやり方に憤りを感じていた。

彼は、7年前に当時まだ現役の退魔士であった神凪重悟に会っており、そのひととなりに敬意を抱いていたが、ここまであからさまに敵対

行動をとられて何もしないわけにはいかない。



とはいえ、横浜の街中で堂々とドンパチやるのはどう考えてもまずい。それも退魔同士で・・・。




それに、すべて「敵」の思惑通りというのも癪に障る。







そのとき部屋にあった内線電話が鳴る。


電話に出た五十鈴は二、三言話すと受話器を置いて和麻のほうを見る。


口元に苦笑を浮かべながらこういった。









「和麻にお客さんだ。君の弟さんらしいよ。」





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