煉は居間で待たされていた。

応接室を和麻たちが使っているからなのだが、煉としてはどうやって和麻はこれほどの屋敷を持ったのか不思議でならなかった。

この時点で煉は和麻が神崎一門の人間となっていることも、八神の養子となっていることも知らない。

神凪宗家でも同様である。

和麻が神崎と手を組んでいることは分かっているものの、あくまで協力者に過ぎないと踏んでいた。

このような憶測をしなければ、後日無用な損害を出さずに済んだというのに。



煉は気づかないが彼のいる部屋の周囲には9人ものSS要員が完全武装で待機しており、窓の外から見えるいまだ建設中の別邸にはスナイパーが配されていた。


神崎は目下、神凪と交戦状態にあるため迎え入れた術者、それも宗家の術者が家の人間に襲い掛かることが無いよう配慮したSSのチーフである飯島克己の指示 である。

飯島に言わせればこれでも不安なぐらいである。

術者としてのポテンシャルにおいては神凪宗家は紛れも無く日本最強の一角であり正面からやりあったのでは精鋭をもって鳴る神崎のSSといえども一瞬で灰へ と変えられるであろう事に疑いない。

単純に倒すだけなら不可能というわけではない。

術者の能力にもよるが超長距離から狙撃するなり、これはある程度実戦慣れしたものには通用しないが背後から近づいて脾腹をナイフで一突きすれば事足りる。

だが今回やるべきことは「暗殺」ではなく「護衛」でありどちらがより困難であるかは言うまでも無い。


まあこのように、全くもって信用されていないわけだが、その責任の大部分は「彼の従姉」と「分家の二人」に帰することになるだろう。


はっきり言って警戒されるだけのことはしてきたのだから。


そんなわけで和麻たちが来るまで飯島はひたすら神経をすり減らしていた。















蒼と黒の饗宴

第9話















「煉!久しぶりだな」

その言葉に驚いたのは煉では無く、貴広をはじめとした神崎の人間である。


「「「「「か・・・和麻が・・・名前を覚えてる・・・・・」」」」」


同時に理由は分からないがSSが待機しているであろう部屋から何かが転んだような音が聞こえてきた。何故かは分からないが。


それらの大変失礼な(と、本人は思っている)リアクションに和麻は額に青筋を浮かべる。

「お前らでてけ」

そう言って追い出そうとする和麻を貴広が権力に物を言わせて押さえ込む。


不服そうながらも和麻はソファに腰を落ち着ける。


他の者たちも同様だ。



「会うのは四年ぶりになるかな・・・・」


懐かしげに和麻は言う。


対して煉は不機嫌そうだ。


「兄さまは僕に何も言わずに出て行かれました。」

それを聞いてややすまなそうにこたえる。


「あ・・・ああ・・・すまなかったな・・」


和麻を慕っている煉だが、それほど長く和麻と接してきたわけではない。

兄と違ってあふれんばかりの炎術の才能を持っていた煉に和麻の無能が移るとでも思ったのか、厳馬と深雪は煉が和麻と接触するのを可能な限り避けようとし た。

兄弟が会えるのはそれこそ半年にあるかないかであったが、煉は親の思惑など関係ないように無心に和麻を慕った。

接点はあまり無くとも二人は非常に仲むつまじい関係であったといえる。



「それでお前はどうしてここにきたんだ?」


和麻は早速本題を切りだす。


「兄様を・・・・兄様を説得に来ました。」


半ば和麻が予想していた台詞だ。

討伐に来るならそれこそ綾乃や厳馬を連れているはずである。

「外では妖魔が虎視眈々とねらってるってのに、厳馬はよく許したな」


自分の父を呼び捨てにする兄にやや眉を顰めながら、煉は言う。


「いえ・・・、これは僕の独断です・・・・」


煉としては大事な兄が一族によって殺されるところなど見たくなかった。


「いい弟さんじゃないの和麻」

和麻の弟と聞いて半ば強引についてきた翠鈴が言う。


「あの・・・・あなたは・・・・?」

翠鈴を不思議そうに見ながら煉が問いかける。


「ああ、俺の婚約者。」


「・・・・・・・・え・・・・ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」



一瞬その答えの意味を理解できなかった煉だがしばらくして理解すると状況を無視して絶叫する


「よろしくね、煉君!」


笑みを浮かべながらそう告げる翠鈴とニヤニヤ笑いを浮かべながら和麻を見る貴広たち。


「ええい!喧しいやつだ。俺に婚約者がいてなんか困ることでもあるってのか!?ああ!?」


「ゴホッゴホッ、そ、そんなことありませんよ。ただ驚いて・・・・」

叫びすぎてむせていた煉は和麻の詰問に慌てて言い訳する。




「まあそういう話は後だ。本題に入ろう。ここに来たのがお前一人の意思だってのは分かった。それじゃあ来た理由はなんなんだ?」


「説得に来ました。」


煉は迷わず即答する。

半ば予想していた返答であるので和麻は落ち着いて質問を重ねる。

「説得とは言うがな・・・・仕掛けてきたのは神凪のほうだ。説得するなら相手が違うんじゃないか?」


「・・・・・・・・・それでは伺います。ここ数日の間に術者を殺して回っているのは兄様なのですか?」


「違うな、会う奴全員に説明して回ってるがなぜか誰も信じねえんだよ」


「な、ならなぜ釈明に来ないのです!?このままでは兄様は神凪を敵に回すことに・・・・!」


「まだなってなかったのか?」

平然と返す和麻に煉はきついまなざしを向ける。


やはり迫力はない。



「すくなくとも次期宗主の綾乃は俺と出会い頭に炎を浴びせてきたぜ。このまま出てくと門をくぐった瞬間に炎の洗礼を浴びることになりかねないな」


和麻は冷静に反論する。


「(姉様・・・一体なにやってるんですか!!!)け・・・けど・・・」


煉としては和麻を一方的に犯人と決め付けていた家の者たちに内心憤りを感じていたため、和麻の言い分に一瞬納得してしまい反論することが出来ない。

「こっちは向こうが手を出すまで攻撃はしなかった。はっきり言うが神凪は信用できない。」


「で・・・でも誤解されたままではこれからずっとねらわれることに・・・・」


何とか翻意を促そうとする煉に対して和麻は告げる。

「どうかな・・・・。それまで神凪という家が残ってればの話だ。」


「ど・・・・どういうことです?」


「神凪は近いうちに滅亡する。あの妖魔の実力ははっきり言って神炎使いだって手に負えるもんじゃない。」


その言葉に煉は愕然とする。


あの父が負けるところなど煉には想像することさえ出来ない。

神凪のほとんどのものがそう思っているように煉にとって父、厳馬は最強の退魔士であり、例え相手が上級妖魔であろうとも負けることなど想像もつかない。

ここに来た理由にしても兄が厳馬によって処断されるのをどうにかして防ごうと考えていたからであって妖魔そのものは厳馬がいれば負けることはないと考えて いた。

しかし、もしそれが本当なら、なおのこと和麻には神凪との関係を治してほしい。


なぜなら、おそらく和麻は・・・・・・・。


「お願いします兄様!父様や姉様を助けてください!」


必死な煉を見て、神凪を見捨てるという決意をややぐらつかせながら、ある疑問が和麻の頭に芽生える。


「・・・無能者の俺にそんなことが出来ると?」


試すように問いかける。


「噂を聞いたんです。ヨーロッパのオカルトサイトで・・・コントラクターは日本人だって・・・」


それを聞いて和麻は溜息をつく。

やっぱり知ってたか。

煉が自分をここまで頼る理由がようやく分かった。


しかし協力するかどうかはまた別の話だ。





「今の俺は神凪の人間じゃない。俺を殺そうとした連中のために命を懸けて戦う義理なんぞ無い。」


煉は和麻を見上げる。


「勘違いするな、俺が神凪を捨てたんじゃない。神凪が俺を捨てたんだ。」


煉は和麻を見上げる。


「戦っている最中に後ろから刺されることを心配しなくちゃならん連中のために戦うつもりはない。」


煉は和麻を見上げる。


「そ・・・それでもお前は俺が神凪のために動く義務があるって言うのか!?」


煉は和麻を見上げる。


「・・・・・・」


煉は和麻を見上げる。

その目には今にも零れ落ちんばかりの涙。

「あー・・・・誰か助けてくれ。」



そこで翠鈴が助け舟を出す。







煉にだが・・・・・







「久しぶりに会った弟さんを泣かすなんて・・・」


「お・・・俺か?悪いのは俺か!?」


周囲を見回す。

されど孤立無援。




「・・・・・うっ・・・うぇっ・・・ひっ・・ひん・・・・・・」




会話の途絶えた空間を悲痛な泣き声だけが流れる。


和麻はちらりと貴広のほうを見る。


ややあって貴広は肩をすくめた。好きにしろということか・・・・・。


「・・・・・・とりあえず今日は泊まっていけ、明日になったら・・・・とりあえず本邸まで送ってやる。」

「・・・・兄様・・・・」


「言っとくがこちらから譲歩する気は無いからな。これ以上俺らに敵対するなら神凪は潰す」



兄の決意を知り煉は神妙にうなずく。










「さて、それじゃ部屋を用意しなくちゃね。」

そう言って翠鈴が笑う。



つられて煉も笑う。

「そういえば兄様、こんなお屋敷一体どうしたんです?」

来た時から気になっていたことを聞く。

それに翠鈴が婚約者なのは分かったが彼を門から居間まで案内した黒服の男達は一体なんなのか。

そして今この場にいる、和麻と一緒にいる眼鏡をかけた白髪の男は一体。

「ああ、もらったんだよ。」


「も・・・もらった?」


「八神・・・・水術の神崎家と関係の深い風術の家系なんだが、そこの養子になってな。」


「よ・・・養子・・・」


既に自分たちが法的に赤の他人であると知って呆然とする煉。

そんな煉の同様を知ってか知らずか和麻が言う。

「言っとくが法的な関係云々を言うなら4年前に勘当された時点で神凪との関係は終わってるぞ。」

なんでもないことのように言う。


「う・・・」

それを聞いて煉は口ごもる。

いまさらだが和麻を放り出したのは自分たちなのだ。

いまさら家族面する資格など無いかもしれない。


「まあお前に対して含むところなんてねえよ。それより暫くぶりにあったんだ。何か聞きたいこととかあるか?」


それを聞いて煉は少し悩んでから切り出した。


「その・・・どうやったら兄様みたいに強くなれますか?」

「炎術士の修行法なんて知らんよ」

身もふたも無い言い方に煉は頬を膨らませる。

「大体お前才能は十分あるんだから普通に修業していりゃ十分強くなれるだろうが・・・」


「無いですよ。そんなに才能なんて」

「・・・・あのな。お前の今の発言は全国の精霊術士の皆様に喧嘩売るようなもんだぞ。大体神凪なんてのは碌に修業しなくたってそこらの精霊術士を圧倒でき るんだから才能に関して文句をつけるような資格はない。」

「うー・・・」

正論といえば正論なので煉としては反論できない。

「大体無能のせいで勘当された俺の立場はどうなる」

「兄様にはあるじゃないですか!風術を極める才能が!僕の炎は父様や姉様に遠く及びません」

「そうか?厳馬はともかくとして綾乃の場合精霊力を炎雷覇で増幅してるからな。あれさえなければお前や他の宗家の術者とそれほど変わらんと思うぞ。」

「・・・・」

煉は神妙な表情で話を聞いている。

「そもそも、精霊術ってのは退魔の役目を果たすための手段に過ぎない訳だから、他の技術や知識についても十分に精通して―――――」

和麻による退魔士のあり方についての持論の開陳が行われ、煉はそれに熱心に聞き入っていた。


その光景を微笑ましげに見たあと翠鈴は煉が泊まる部屋を用意すべく居間を後にした。















そして夜が来る―――――――――――――――






















神崎が風牙衆討伐を決意する切っ掛けとなる夜―――――――――――――――






















鮮血に彩られた夜が―――――――――――――――



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