「C05よりS01、南庭の巡回完了。異常ありません。」


『S01、了解。このまま警戒に当たれ』


「C05、了解」




インターコムに向かって報告した後北側に移動を始める。

八神邸の警備にあたっていた香坂礼二はすぐ隣にいる同僚、江崎康太にちらりと視線を向ける。

警視庁から帰ってきて以来、この男の仕事に対するスタンスは変わった。

それまでの江崎は仕事はきっちりこなすものの、同時にプライベートな時間をことのほか重視する男だった。

しかし、向こうで何があったのかここ最近の江崎は体を苛め抜くかのようにオフの時間も訓練のために費やしていた。

一度何があったのか聞いてみたのだが、


「ふ・・・・そんな格好のいいもんじゃねえよ・・・」

などと自嘲気味に笑うばかりで何も言わない。

事情を知っている人間、上司の飯島や貴広に言わせれば下らんことで格好つけるなと言いたい所だろうが・・・。







そして最後の巡回区画である庭の北側に向かっている途中。



ドサッと何かが倒れるような音が聞こえた。それもすぐ近くで。


「・・・っ!!」


見惚れるような素早さでホルスターからベレッタを引き抜き、その方向へ向ける。

その時、鉄錆のにおいが鼻につく。



目の前に立っているのは先ほどまで隣で警戒していた江崎の「下半身」のみ。


香坂の表情が驚愕に歪む。


・・・・っ!!!妖魔かっ!!!


インターコムに向かって異常事態を告げるべく口を開きかけた香坂だがその機会は永遠に訪れることは無かった。



次の瞬間



耳に装着されたインターコムは香坂の頭部もろとも不可視の刃に両断されていた。



















蒼と黒の饗宴

第10話
















ガラス窓の割れる音が屋敷内の静寂を破った。

警備室――――――といっても客間にモニターを設置しただけの間に合わせ――――――で警備の指揮を執っていた飯島はすぐさま部下に

指示を出す。

もともと、神凪による攻撃を警戒していたため混乱は見られない。

窓が破られたのは煉が泊まっている部屋だった。

庭に設置されているはずのセンサーが反応しないことに疑問を覚えながらも部下に迎撃を命じる。

「即応隊は2階の客間に向かえ!それと貴広様や八神の方たちに連絡しろ!もし例の妖魔なら我々ではどうにもならん!」

隷が遭遇したという妖魔は隷や和麻を超える力の持ち主だったと聞いている。

侵入したのがその妖魔なら自分達では触れることさえ出来ずにやられるのがおちである。

立て続けに指示を下すと、自身の武器である懐のシグ・ザウエルと、鋼線の存在を確かめ、部下を連れて部屋を出る。











飯島の連絡を受けるまでも無く、屋敷内に強大な妖気が出現した時点で和麻、五十鈴といった風術士たちは部屋を出ていた。

邸内に進入されるまで気づかなかったことに違和感を覚えながらも煉の元へ急ぐ。

途中、隷と合流する。


「和麻!何があったんだ!」


「隷か、妖魔に侵入された!煉が泊まってる部屋だ」


「まさか・・・・何も感じなかったが・・・」


以前、隷は神社の境内で妖魔と対峙しておりその強烈な妖気を目の当たりにしている。


あんな妖気が屋敷内にあればすぐに気づくはずだ。


「何故かは分からんが俺たちも気づいたのは邸に入り込まれてからだ。」


「な・・・・・」


隷は絶句する。

和麻は風のコントラクターであり、その感知能力は紛れもなく世界最高である。

その和麻にも探知することが出来ないとは・・・・・。

「急ぐぞ・・・なんにせよこのままだと煉が危ない」













飯島の命を受けたSSの即応隊6人は、煉の部屋に殺到する。

ドアを蹴破り、中にはいると同時に先頭を走っていた者が風の刃によって首を刎ね飛ばされる。


「散開!」



指揮官の号令と同時に散らばり目の前にいる妖魔に対して各々サブマシンガンを構え、妖魔に銃弾を叩き込む。

MP5から発射される聖句が刻み込まれた法儀式済みの弾丸は、屍食鬼や下級妖魔程度ならたちどころに殲滅できる威力を秘めている。





そう―――――それが下級妖魔程度なら―――――






その人型妖魔が腕を一振りすると同時に膨大な風の精霊が黒き風の刃を形作り彼らに襲い掛かる。

対刃・防弾処理の施された戦闘服も鋼鉄すら切り裂くであろう風の刃の前には無力である。

即応隊の面々は一瞬にして細切れにされる。

撒き散らされた鮮血はクリーム色を基調とした内装を赤く染め上げた。









即応隊を全滅させた妖魔は床で気を失っている煉に手をかけようとしたところで強大な風と水の精霊をまとった者たちが接近してくるのを

感じ取る。


「煉!!」

和麻は気を失っている煉を見て、また虐殺された即応隊を見て怒りに顔を歪める。


「てめえ・・・・・・」




やや遅れて五十鈴と隷が到着する。

五十鈴は冷静に妖魔の実力を推し量ろうとする。


・・・・・聞いていた妖魔とは姿が違うな。


隷が遭遇した妖魔は獣の姿をしていたと聞いている。

隷のほうを見ると彼も新たな人型妖魔の登場に動揺しているようだ。

・・・・・まずいな。これほどとは。


・・・・・仮に兄さんと二人がかりでやっても勝てるかどうか。




妖魔は、さきほど邸の警備を惨殺したものと同じ風の刃を大量に作り出す。

それは見るからに禍々しく、瘴気によってどす黒く染まっていた。


それら一つ一つに内包された精霊の非常識な数に和麻の背中を冷たいものが走り抜ける。


一言で言うなら規格外。


明らかに自分たちを上回る力の持ち主であろう。

しかしだからと言ってこの場合逃げるわけにはいかない。

ここは八神の邸であり翠鈴をはじめとした一般人もいるのだから。



そして風の刃が3人に襲い掛かる。


隷は漆黒を自分たちの前面に展開して防御に徹する。

その背後で和麻、五十鈴が膨大な風の精霊を召喚して妖魔に向かって放とうとし―――――


―――――目の前の光景を見て慌てて結界に構成し直す。



黒い風の刃は、隷の漆黒の防壁をいとも簡単に突き破り、和麻、五十鈴の結界によって辛うじて防がれる。


「ば、ばかな・・・・・」

予想を遥かに超える妖魔の力に隷は思わず呻く。

この妖魔の実力は神社で対峙した獣の妖魔を確実に上回っている。

隷の放った漆黒は一瞬にして散り散りにされ消滅する。

その非常識な光景に思わず硬直する隷だったが、和麻と五十鈴が展開した結界が黒い風に浸食されはじめるのを見て、慌てて漆黒を呼び出

し妖魔に向かって放つ。


それによって妖魔は、風の一部を漆黒の迎撃に振り分けたため、結界への攻撃が弱くなる。


しかしこれではこちらからも攻撃することは出来ない。





「糞・・・・いったいどうなってやがる!」


和麻が苛立ったように叫ぶ。


「なんのことだ!?」

すぐそばで必死に付近の精霊を呼び集め、結界の強化に回している五十鈴が和麻に問う。

その声に普段の余裕は感じられない。

「奴が従えてる精霊をこっちに引き込めない!」


「な・・・なに!?」


和麻の返答に五十鈴は眼を剥いた。

すべての風の精霊の上位者である風の精霊王と契約した和麻に、精霊が反抗するなどありえない話だ。

そんな真似は同じコントラクターでもない限り不可能なはず。

しかし目の前の妖魔は、和麻と五十鈴を合わせた以上の精霊を支配下においており、これに隷の漆黒が加わってどうにか拮抗している状態

だ。






そして―――――






妖魔の手のひらの上に膨大な風の精霊が集結を始める。

和麻たちへの攻撃を続けながら小規模な台風にも匹敵する風の精霊が凝縮される。


「それ」を見て和麻たちは表情を強張らせる。

あんなものが室内で炸裂すれば間違いなく邸が崩壊する。


妖魔はニヤリと口元を歪めるとその風の塊を解き放つ。

それが狙うのは和麻や五十鈴では無く邸。

そしてそこには翠鈴たちがいる。



「・・・!!!糞がァッ!!!」
「い・・・いかん!」




二人は己の成し得る最高の速度で精霊を集め結界によって黒き風を防ぐ。

二人は連携してほんの一瞬のうちに凄まじい強度の結界を構築して荒れ狂う風の精霊力を封じ込めようとする。

しかし、それによって生じた隙を妖魔は見逃さなかった。







妖魔は煉を抱えあげると、入ってきた時と同じように窓から飛び出し凄まじい高速で上昇し、雲の上に脱出する。

それを見た隷は妖魔に向けて漆黒を放とうとするが、相手が煉を抱えているため思うように攻撃できず、そのまま妖魔は姿を消した。










室内では和麻と五十鈴が結界内に封じ込めた風の精霊を必死に制御しようとしていたが、突如としてその結界を強大な漆黒が包み込み、中

にある「爆弾」もろとも消滅させた。


振り返るとそこにはおっとり刀で駆けつけてきた貴広と、そこから一歩下がった位置に飯島が立っていた。





「完全に・・・・してやられたな・・・・・」



「・・・・・・・・・・・・」







本拠地を襲撃され、多大な損害をこうむった挙句煉は攫われ、相手には手傷一つ負わせることが出来なかった。



コントラクターである自分がいたにも拘らず・・・・・・。



和麻の脳裏に昔の光景がよみがえる。



魔術師に囲まれ、守ると誓った少女が目の前で呪いに犯されていくのをただ見ているしかできなかった自分・・・・・・・。



自分の驕りが生んだ、二度と繰り返さないと誓った過ちを再び犯そうとしている・・・・・・。



そんな考えが脳裏を掠め、和麻は思わず歯軋りする。


「・・・煉・・・必ず助けてやる・・・・」












「このままでは済まさんぞ・・・・」


この襲撃の首謀者が風牙衆と決まったわけではない。

だが、もしそうなら然るべき報いをくれてやる・・・・・。




貴広は血に染まった客室をひとしきり眺め呟いた。



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