妖魔の襲撃後、貴広たちは居間に移動して飯島から被害について報告を受けていた。


「死者11名、負傷者はおりません。」


つまり妖魔と交戦したものは全員死亡していることになる。

内訳は煉の部屋に突入した即応隊6名、庭にいた巡回班2名、門の詰所にいた守衛3名。

妖魔は正面から堂々と邸に入り、守衛と警邏を全員殺した後、窓を破って進入した。

その間推定1分足らずである。


監視カメラやセンサーが反応しなかった理由については飯島が推測した。

妖魔は監視カメラと守衛がいる門をセンサーが設置されている区域ごと飛び越え侵入したのだ。

事実、妖魔に殺された者は、全て門から煉の部屋までの直線上にいた。

妖魔の侵入を報告すべき守衛と巡回班は声を出す間もなく惨殺され、監視カメラではほとんど音速を超えるスピードで移動する物体を捉え

ることなど出来ない。

この戦闘で貴広の護衛も含めて、沖縄から連れてきたSSの半分以上が喪われた計算になる。



「邸にいるメイドや一般人はこの件が片付くまで沖縄に戻らせる。」


貴広の決断に異存を唱えるものはいない。

もしまた、妖魔が攻めてくるようなことがあれば守りきれる保証はない。

さらに今回受けた損害で、警備体制はズタズタにされてしまっている。

これでは仮に和麻達が不在の折に、神凪が攻めてきた場合、まともな抵抗ができるかどうかさえ怪しくなってきている。



和麻たちが綾乃と交戦した際に神凪はかなりの損害を出しているが、まだ本邸には20人以上術者がおり神炎使いも健在である。

いちおう一部の術者に関しては誤解は解けたようだが、何しろ妖魔の戯言を真に受けて退魔士に襲い掛かるような連中である。

警戒するに越したことはない。

そして暫く考え込んだ後、貴広はひとつの結論を出す。



「一度、神凪に出向く必要があるな。」



















蒼と黒の饗宴

第11話




















「・・・・・潰すんですか?」

和麻が言う。

神凪に出向くという決断は二つの意味と取れる。



これまでの敵対行為を理由に攻撃を仕掛け神凪を滅ぼす。


もしくは、和麻が誤解を解いたことで態度が軟化しているであろう神凪に出向き、妖魔に対する共同戦線を張ろうと意味だ。



戦略的観点から見れば選ぶべきは当然後者である。

神凪の神炎使い、隷が単独で倒せなかった獣型の妖魔、地の利が敵にあったとはいえ隷と和麻と五十鈴の三人がかりでも防戦一方であった

人型妖魔。



これらを同時に相手取るのは、貴広が戦力に加わったとしても厳しいだろう。


こちらの術者を殺傷した妖魔相手に、交渉など出来るはずもないから必然的に味方につけるのは神凪ということになる。

しかしあの妖魔の力を見れば神凪を味方につけたところでどれほど役に立つか怪しいものだ。

神炎使いのうち重悟は負傷により戦える体ではないし、そうなると戦えるのは厳馬と綾乃の二人だけ。

それに対してこちらの戦力は貴広、隷、和麻、五十鈴の四人。

風牙衆が犯人と仮定した場合、実質的にこちらが神凪の不始末の尻拭いをすることになる。



しかも、こちらから助勢を「頼む」のは政治的に見て余りにも不味すぎる。

向こうから一方的に難癖をつけられ、攻撃され、その挙句こちらから頭を下げて助勢など願ったりすれば神崎の権威は間違いなく失墜する




もともと一族の存亡がかかっている神凪と違い、神崎はあくまで巻き込まれただけ。


先の襲撃においても妖魔は煉を確保した時点でさっさと逃亡している。

つまり妖魔の目的はあくまでも神凪と言うことだろう。

神凪にはまだ神炎使い二人と炎雷覇の継承者である綾乃が無傷で残っている。

これらと妖魔が潰しあい弱ったところを神崎が叩くというやり方でも構わないわけだ。


それに、神凪にはこれまで散々挑発されながらも、積極的にこちらから仕掛けることはなかったわけだが、事ここに至っては和麻達も流石

に腹に据えかねていた。

神凪の内輪揉めに一方的に巻き込まれた挙句、戦力を無為にすり減らす羽目になったのだ。

この損害は術者の頭数が少ない神崎にとっては致命的とはいかないまでも容易に回復できるものではない。

今後の退魔活動に重大な支障が出ることは間違いないだろう。

向こうは妖魔の発言を真に受けた挙句こちらに攻撃を仕掛け、当事者である神凪よりも巻き込まれた神崎のほうが相対的に見て損害が大き

いというのでは腹立たしくもなろうというものだ。





「例の分家二人を連れて俺が出向こう。隷と和麻、五十鈴にも来て貰いたい。」


「それはつまり・・・・」

和麻と隷は露骨に嫌そうな顔をする。

あの二人をわざわざ連れて行くということは神凪と交渉するということだ。

いくら煉から頼まれたとはいえこれ以上神凪に対して下手に出なくとも・・・・。

和麻と隷からすればそういうことになる。

煉は当然助けるとして、炎術至上主義に凝り固まり、自分達以外の術者との連携など考えもしない神凪などかえって邪魔にならないか・・

・・。

和麻の頭からはその懸念がどうしても抜けない。



貴広は周りを見る。

殆どの術者は口にこそ出さないが神凪との交渉に乗り気ではなさそうだ。


「こちらから譲歩するつもりはない。風牙衆が妖魔と何らかの関わりを持っているのは間違いないのだ。向こうに行けば連中の動機なり何

なり分かるかも知れん。もし神凪が敵対するなら我々4人でも神凪を潰すには十分だろう。」


貴広の言葉は誇張でもなんでもない。

4人のうち2人はコントラクターであり、他の二人も少なくとも綾乃よりは実力は上である。

宗主が出てきた場合でも遅れを取ることはあるまい。

神凪の不手際、神崎に対する敵対行為を糾弾し、こちらの優位な状況を作り上げた上で神凪に協力させる。

向こうが頷かなければ、それこそ神凪を潰す格好の口実になる。

今回の事件の経過について国や他の退魔方に知らせれば退魔としての神凪は終わりだろう。



貴広の言葉に和麻たちは納得する。


「飯島達には冬葉たちを沖縄まで護衛してもらう。翠鈴もこの件が終わるまではここを離れたほうがいいだろう。」


和麻としても異存はない。


「・・・・ところで連れていく二人は?」


貴広の問いかけに飯島がどこか不機嫌そうにこたえる。


「まだ寝てます。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「・・・・・・・・・・・・・・分かった。朝になったら起こせ。交渉しだいではあの二人には文字通り永眠してもらうことになる。」


こめかみに青筋を浮かべながら貴広は吐き捨てた。


















早朝―――――――――




武哉と慎吾は八神邸を後にする。

二人を囲むように貴広、隷、和麻、五十鈴がいる。

二人の顔色は十三階段をのぼる死刑囚と見紛うばかりに悪い。

出かける前に「最後の朝日かもしれんからよく拝んでおきなさい」などと五十鈴に言われれば誰でもそうなるだろうが・・・・・。




武哉と慎吾の生死は神凪の対応しだいといえる。

そのことを聞いた時二人はそれぞれ自分の父親を思い浮かべ、慎吾は希望、武哉は絶望の表情を浮かべたとか。





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