貴広にはひとつの疑問があった。

「何故、煉君を攫う必要があった・・・・・」

妖魔の目的が神凪の滅亡なら煉を生かしておく必要はない。

人質?・・・・いや、彼は宗主の従兄の息子であるに過ぎない。

人質としては些か弱い。

武哉たちから聞いた話では、これまでに襲われた分家の術者は悉く殺害されている。

力の弱い分家でなく宗家の術者を攫う理由があるのか?

すべては神凪に着いてからだな・・・・・

そこに行けば少なくとも風牙衆が犯人であるかどうかは判明する。

まあ風牙衆が関わっていようがいまいが神凪には相応の償いをしてもらうことになるが・・・・・


















蒼と黒の饗宴

第12話





















「な・・・・お前達は!!!」


神凪本邸まで後十数メートルというところまで来て門の見張りに立っていたと思われる術者はようやく気づく。



「気配を消していたわけでもないというのに・・・・」

その鈍さに貴広は失望を露にする。

炎術士はその精霊が持つ性質上、索敵に向かないことは勿論知っている。

しかし自分達は気配を消していたわけでもなく普通に歩いてきたのだ。

これならそこらのデパートの警備員のほうがまだましだろう。


すぐ隣で和麻たちも露骨に侮蔑の視線を向けている。

どうやら早くも神凪と共同戦線を張る意味に疑問を見出しているようだ。


その後ろでやや白けた表情をしていた五十鈴が武哉たちに話しかける。

「我々が宗主と話ができるよう交渉してください」

そう言って二人に前に出るよう促す。

そして和麻が駄目押しの一言。


「あー・・・交渉に失敗した場合、今日が命日になるからな。」


誰の・・などと言う必要はない。

二人はこの瞬間、己の命を賭した一世一代の交渉に臨む羽目になった。

その相手が自分達の親戚というのがなんとも間抜けな話であるが・・・・



「和麻!貴様この期に及んでゆ「ま、まて!!」武哉!?」


和麻に対して罵声を浴びせようとする術者を武哉が慌てて止める。


「無事だったのか!?」

「あ・・・・ああ・・・・それより話がある。此方におられるのは神崎家現当主の貴広様だ。宗主との会談を望んでおられるので取り次いで欲しい。」

武哉の言葉にその術者は気でも違ったかとでも言わんばかりの表情をする。

実際、神崎は地理的な関係から本土において退魔の活動をする機会があまり無い為、東京ではあまり知名度はない。

まあ退魔士をやっていれば誰でも知っているくらいには有名な一族ではあるものの、そんな重要人物が連絡もなしに、歩いてひょっこり現れるなどとは、なかな か信じられないだろう。

しかし信じてもらえなければ文字通り武哉たちの首が飛ぶ。

当然彼らは必死の形相でその術者を説得にかかる。

自分達の後ろで風と水の精霊が集まり始めるのを感じ取り、二人は焦りまくる。




「ほ・・・本当だ。雅人叔父さんに連絡してくれ!分かってくれるはずだ!」




和麻から聞いた話で、雅人については和麻達の誤解は解けていると分かっているため、どうにかして雅人と連絡をつけようとする。

「む・・・まさかお前・・そいつらに脅さ「いいから言うとおりにしやがれ!!」し、慎吾!?」

そこに業を煮やした慎吾が口を挟む。

元々気が長いほうではない上、このままでは目の前の術者が自分達を「救出」するために和麻を攻撃しかねない。

風術蔑視の考えが完全に抜け切ったわけではない。

しかし、少なくとも和麻と五十鈴は自分達程度が敵う相手ではないと充分に思い知らされたし、今回は神崎の当主とその弟、即ち神凪の神炎使いに匹敵するとい われている漆黒使いがいる。

はっきり言って厳馬や綾乃(少なくとも慎吾の中では)でもない限り瞬殺されるのがおちである。

しかもその場合真っ先に自分が死ぬことになるだろうと慎吾は本能で悟っていた。

故に彼は目の前の術者の「危険極まりない発言」にキレた。


「いいからとっとと上に伝えろ!でねえとここで俺がお前を焼き殺す!!!」


目を血走らせながら恫喝する慎吾にその術者はひるむ。


「う・・・・し・・・しかしだな。」


「できねえってのか・・・・・」


そういいながら自分の手に炎の精霊を集め始めた慎吾にとうとう観念する。


「わ、わかった!今、雅人殿に連絡するから少しだけ待ってくれ!」

慎吾と面識のあったその術者は、その据わりきった目を見て慎吾が本気であることを悟り、転げるように邸に駆け込んでいく。




「なるほど・・・神凪には理をもって説くよりも武力による恫喝のほうが効果的か・・・・。」

「勉強になりましたね。」

貴広と五十鈴が口々に言う。

そんな二人を横目に見ながら武哉がぼそりと呟く。

「俺ら・・・助かったのか?」

「みたいだな・・・・」

武哉と慎吾はどうにか危機を乗り越えたとばかりに安堵の溜息をつく。

そこに貴広が水を指す。

「まあ、重悟殿との会談が終わるまでは保留といったところかな」



「「・・・ほ・・・・保留っすか・・・・」」



あまりに御無体な言葉に二人はそろってガクリと膝を落とした。













暫くして先ほどとは別の術者が現れ、貴広達に中にはいるよう促す。

門をくぐるとそこには20名あまりの術者が待ち構えており、全員が驚愕の表情を顔に貼り付けている。

その視線は和麻に向けられている。

どうやら、神崎家当主の来訪については聞いていても和麻まで一緒とは知らなかった様だ。

「和麻!?何故貴様が!」

「く・・・・・・のこのこ現れるとはいい度胸だ!」

そう言って何人かの術者が炎の精霊を集め始める。







「バ、バカ!!!」

「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


武哉と慎吾の悲痛な叫びがこだまする。


そんな二人をよそに、和麻達はこの場にいる神凪の術者全員を抹殺すべく各々精霊を集め始める。









そして神凪の術者たちが今まさに炎を放とうとしたとき・・・・












「やめんかぁぁッ!!!!!!!!」











突如として雷喝が響き渡り術者たちが制御していた炎の精霊が根こそぎ奪われる。












「・・・・なかなかどうして、やるもんじゃないか。」

「ま、他の術を役立たず呼ばわりするならせめてこのくらいはね・・・・」

貴広は感心したような声を出す。

続いて和麻も、こちらはあまり面白くなさそうな表情で呟く。

炎を放とうとした術者の中には宗家の者もいたというのに、それらの術者から精霊の制御を一瞬で奪い去るとは・・・・。







「その男」は何を考えているのか読み取れない無表情のままこちらに歩いてくる。


「大変なご無礼、まことに申し訳ない。宗主は奥の間でお待ちです。」




その男、「神炎使い」神凪厳馬は貴広の眼を見据えて言った。




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