厳馬の案内によって一行は重悟のいる広間に向かう。

道中、和麻は一言もしゃべらず、また、厳馬も口を開くことはなく、ぴりぴりとした空気が流れていた。

最も、空気が悪い原因は二人だけのせいではないだろう。

途中ですれ違う神凪の術者は事件の容疑者である和麻と、先日、神凪の術者8名を殺害した隷に対して露骨な敵意を見せている。

さすがに厳馬がいる手前、面と向かって罵倒したり攻撃してくるものはいないがあまり居心地のよいものではない。

和麻たちのほうでも自分達のしてきたことを棚に上げ、お前らが元凶だと言わんばかりの視線を向けてくる神凪の術者たちの態度に腸が煮えくり返る思いであっ た。

特に神凪から最も多くの被害を受けている和麻と隷は、仮に神凪の術者が攻撃的な素振りを見せたらその場で瞬殺してやる腹積もりだった。

ちなみに、慎吾と武哉は重悟のいる広間に向かう前に別れている。


「こちらで宗主がお待ちです。」


そう言って襖を開けると、中には宗主である神凪重悟と分家の当主達がいた。






















蒼と黒の饗宴

第13話















「か・・・和麻!?何故貴様がここにいる!」

和麻が部屋に入ると開口一番そういったのは大神雅行。

雅人の兄であり武哉の父でもある大神家当主である。

「大罪人である貴様がよくもおめおめと顔を出せたものだ・・・・よもやと思うが、まさか我らが貴様の命乞いなど聞き届けるとでも思ったか?」

続いて四条家当主、四条岳彦が和麻を嘲弄する。

綾乃たちが和麻に敗れた時には、次は自分かと戦々恐々していた彼らだが、今この場には重悟や厳馬がいる。

いくら力をつけたところで所詮は和麻、神炎使いが相手となれば手も足も出ないだろうと彼らは考えていた。

自分の身が安全だと分かれば自然、態度も大きくなる。

和麻が神崎の一員であることなど彼らの理解の範疇にはない。

いくら力をつけようがどれほどの影響力を持とうが、彼らにとって和麻は炎術が使えない無能者に過ぎないのだ。





「(こいつら・・・この期に及んでまだ状況を把握できないのか)」

怒りよりもまず呆れが先に来た。

貴広達も同様だ。

鈍いのもここまでくると哀れでさえある。

もっともそんなに暢気でいられないのが重悟と厳馬だ。

既に神崎との交渉は絶望的と考えていただけに、今回の貴広の来訪はまさに彼らにとって吉兆であった。

交渉が難航するであろう事は当然覚悟していたし、やたらと自尊心が高い分家の当主達には客人に対してくれぐれも失礼のないようにと散々言い含めていたのに 結果はこの有様だ。

重悟も厳馬もまさか部屋に入るなり罵声を浴びせかけるなどとは想像もしていなかったため一瞬、思考が硬直する。

しかし、分家の当主達にすれば宗主の命に反しているような意識はない。

彼らはあくまで「敵である和麻」を弾劾しているのであって、「神崎の客人」に対して無礼を働いているような意識は微塵もない。

さらに和麻を罵ろうとする雅行達に重悟の怒声が飛ぶ。


「やめんかぁっ!!!!大神雅行、四条岳彦、客人に罵声を浴びせることなど許した覚えはない!口を慎まんかっ!!!!」


「「は・・・・・・ははっ!」」


突然の宗主の怒りに驚き慌てて平伏する。

彼らには、普段温厚な宗主がここまで怒る原因が全く分からなかったが、それでも絶対者の怒りが自分達のほうを向いていることに恐れおののき、畳に頭を擦り 付けて萎縮する。

そんな彼らを見る重悟と厳馬は苦虫を10ダースほど噛み潰したような表情をしている。

こんなことなら同席などさせるべきではなかった・・・・。

二人の心境は一言で言うならこんなところだ。

元々交渉するにあたっての神凪側の条件は非常に悪い。

下手をすれば退魔としての命脈を絶たれることになりかねない。

どれほど上手くいったとしても神凪は、少なくとも今後数年は神崎に頭が上がらないだろう。

一族の今後の行く末が左右されかねない会談であるため、一族の中で重要な位置を占める分家当主達もオブザーバーとして出席させたのだが・・・・

よりにもよって部屋に入るなりこの大失点である。

厳馬などは、この馬鹿どもは蒼炎で跡形もなく焼き払ってやろうかと半ば本気で考えたほどだ。

神炎使い二人から射殺すような視線で射抜かれ、分家当主達は顔を青ざめさせる。


分家の者達を黙らせた重悟は貴広達のほうに向き直り深々と頭を下げた。


「下のものが大変な失礼をした。まことに申し訳ない。」


「・・・・・・まあいい。いまさら神凪に常識など求めはせんよ。」


対して、神凪の者たちのやりとりを見ていた貴広は冷ややかに返す。

隷の言葉に耳を貸さず、いきなり襲い掛かってきた綾乃といい、貴広の頭の中では神凪の評価はとどまることを知らず下がり続けていた。

東京に来る以前は宗主である重悟のひととなりに好感を持っていたこともあり、神凪の術者にそれなりの敬意を払っていた貴広だが、神凪の内紛に巻き込まれた 挙句、自分のところの退魔士を10人以上失うことになれば、自ずと評価も違ってくる。

さらに、神凪本邸に来てから、彼ら神凪の失態の数々を目の当たりにするに至り、貴広の忍耐力も限界に近づいていた。

しかし、少なくとも風牙衆に関する情報を得るまでは神凪と事を構えるのはまずい。

また、旧知の仲である重悟の手前、どうにか殺意を押さえ込む。

もっとも完全には抑え切れなかったらしく、神凪の分家の者達は顔面蒼白となって身を震わせている。






重悟に促され、貴広、和麻、隷、五十鈴の四人はその場に腰を下ろす。

「久しいな、貴広殿。それに和麻も・・・・」

そう言って貴広のほうに目をやり、ついで和麻にも目を向ける。

「元気にしていたか?」

「ん?・・・・あ・・・ああ・・・」

その気安い反応に和麻はやや調子を狂わせる。

貴広はその様子に苦笑をもらし、それから表情を改めて重悟を見る。

「では重悟殿。早速だが本題に入るとしよう。」







「まず、そちらに伝えておきたいことがある。昨夜、我々の邸が妖魔の襲撃を受けてな、宿泊していた神凪煉君が攫われた。」


「な・・・・・煉が!?」


貴広が頷き、和麻が後の言葉を継ぐ。



「そうだ。俺と隷も含めたうちの主力がほぼ総がかりでかかったが結局取り逃がした。そっちがどの程度の情報を持っているかどうか知らんが少なくとも妖魔は 二体。うち1体は隷よりやや上。もう1体は俺と隷が二人がかりでかかっても五分にはとどかねえな。」

和麻は冷静に分析する。

あの時点で自分達は邸を守り、煉に被害が及ばないように配慮しながら妖魔と戦わなければならなかった。

しかし、そうだとしてもあの妖魔の実力は桁が違っていた。

自分ひとりではまず勝ち目はないだろうし、そこに隷が加わったとしても勝ち目は薄いだろう。



その言葉を聞いた重悟の頭の中にひとつの不等式が成立する。


人型妖魔>獣型妖魔>隷・厳馬≧和麻?>綾乃


和麻の実力がどれほどのものかは知らないが少なくとも綾乃を圧倒していることだけは分かる。

和麻は綾乃の炎を正面から受けて余裕で防いだという。

風術士が炎術士と拮抗するには4倍の精霊を集めねばならない。

つまり単純計算で和麻は精霊術士として、綾乃の4倍の実力を有している計算になる。

もちろん、和麻が綾乃の攻撃を予期してあらかじめ精霊を集めていた可能性はあるが、厳然たる事実として、綾乃は和麻に敗れている。

その和麻と、漆黒使いである隷が二人がかりでも勝てない相手なら、厳馬一人では勝算は薄いだろう。

しかも、それに加えて隷と互角以上の実力を持つ妖魔もいるというのだ。



悪いことはそれだけではない。

敵に関する情報をこちらは何一つつかめていないのだ。

神崎の情報がなければ妖魔が複数いることさえ気づかなかっただろう。

この時点で神凪が単独で妖魔を撃破できる可能性は潰えた。










「・・・・・まあこちらからの連絡事項はこんなところだ。それではここに来た用件を言わせてもらおう。神凪は今回の件についてどんな形で責任を取る心算か ね?」


その問いかけに重悟は苦い表情をする。

弁解の余地など無い。

妖魔の仲間であると一方的に決めつけて攻撃を仕掛けたのはこちらなのだ。

それも攻撃を仕掛けた隷には、直前に妖魔から助けられているにも関わらずだ。

この事を雅人から聞いた重悟はすぐに綾乃を呼び出して叱責しようとしたが、綾乃は隷が和麻の仲間であることを理由に、隷が妖魔の仲間であると決め付け譲ろ うとせず、重悟が止めなければ神崎の邸に殴りこみでもかけに行きかねない剣幕だった。

もしここで綾乃が神崎の邸を襲っていたら、妖魔の前に神崎によって自分達は滅ぼされていたかもしれない。

なんとも・・・・全ては身から出た錆という訳か・・・・。

重悟は自嘲する。









「冤罪によってあなた方を攻撃したことに関しては弁解の余地も無い。賠償の他、要望があれば可能な限り受け入れるつもりだ。」


「ではまず風牙衆について調べてもらいたい。」


「風牙衆を?」


重悟と厳馬は怪訝な表情をする。


「今回の事件の犯人ではないかと睨んでいるんだがな。」

和麻がそう言うと結城家の当主、結城廉治が横槍を入れる。

「何を馬鹿な!慎治を殺したのは貴様だろうが!!」

続いて大神雅行も和麻を嘲笑する。

「馬鹿馬鹿しい。風牙衆ごときに何が出来ると言うのだ」




状況を弁えずに和麻たちに喧嘩を売ろうとする者達に重悟も厳馬も頭を抱えそうになる。

「やめんか!お前達に発言を許した覚えはない。今後、許しあるまで発言することは許さん。わかったな!!」

重悟は殺気をこめた視線を分家の当主達に向ける。

これ以上こいつらを野放しにしておくと自分が知らないうちに神崎に宣戦布告でもやりかねない。

そう危惧した重悟は分家の当主達を話し合いから締め出すことにした。










そして、貴広達は重悟との本格的な交渉にはいった。


神崎に対するこれまでの敵対的な行動に対する謝罪と賠償。


神凪の内紛に巻き込まれたことで被った損害に対する補償。


今回の神凪の失態に関する口止め。








しかしそれらの交渉は重悟や厳馬にとっては前哨戦にすぎない。

妖魔との今後の闘いに際して、神崎からのバックアップを得ることが出来なければ、神凪は間違いなく滅亡するだろう。











妖魔への対処に関する交渉は、まだ始まってすらいないのだ。




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