――――――神凪本邸、広間


重悟と貴広による交渉は難航していた。

賠償問題についてはすぐに片がついた。

神凪にとっては資産の大半を売却せねばならないほどの負担であったが、一族の存亡には変えられないということで、神崎側の要求を全面

的に受け入れる形となった。

その金額を聞いていた分家当主達は顔を青褪めさせたかと思うと、次の瞬間にはこれ以上ないほど顔を赤黒く染めて貴広に食って掛かろう

としたが、重悟の隣に控えていた厳馬が彼らに睨みを利かせつつ炎の精霊を纏い始めるのを見て口をつぐんだ。

賠償に関する交渉は終始、神崎の弾劾に対して神凪側が謝罪し、神崎優位な形で進んだ。

しかしそれは重悟の交渉能力以前に神凪側の条件が悪すぎたというべきだろう。

何しろ神崎は、神凪の弱みをほとんど握っている。

今回の事件のあらましについて国や他の退魔方に報告されただけでも神凪の没落は確実である。

相手が格下の相手ならば、神凪の武力と政治力を背景に恫喝を行い、揉み消しを行うことも出来ただろうが、神崎は同格どころか、少なく

とも武力という点では神凪より上である。

政治的なコネでは神凪に分があるものの、日本政府に手を回すには時間が圧倒的に足りない上、先に述べたように国に知られるとまずい情

報を神崎が握っているため政治的なカードは切ることが出来ない。

さらに差し迫った問題として妖魔のこともある。

現在、神凪には妖魔に関する情報が全くといっていいほど無い。

貴広、和麻から風牙衆造反の疑いについて連絡を受けた重悟は、事実関係の確認のため兵衛を呼び出すと共に風牙衆の術者を拘束しようと

したのだが、その頃には風牙衆は皆、神凪本邸を脱出しており居所がつかめなくなっていた。

風牙衆が今回の事件の首謀者であったことが判明し、それによってこれまでに風牙衆から受けた妖魔に関する報告全てを疑って掛からなく

てはならなくなり、神崎が持つ情報の価値が飛躍的に上がったのだ。

神崎からの支援が欲しい重悟としては賠償金の払い惜しみをするつもりは全く無かったしそれは厳馬も理解していた。

そして内心、そんなことも理解できない分家当主達に嘆息した。
























蒼と黒の饗宴

第14話























賠償問題については割りと早く片がついたものの、妖魔への対処に関する交渉は難航した。

何しろ神崎は直接妖魔に狙われているわけではない。

神凪が妖魔と潰し合い、弱ったところで神埼が叩くというやり方でも一向に構わないのだ。

実際、和麻や隷はその考えだし、五十鈴もそれに対して異論を唱えることは無かった。

もっとも、和麻は攫われた煉だけはどうにかして助け出したいと考えていたようだが・・・・・





そして交渉の最中、ここに来て神凪はようやく和麻が八神家の人間となっていることを理解した。

これまで時間があったにも拘らず、和麻のことを神凪が把握していなかったことには原因がある。

別に神崎が情報を秘匿していたわけではない。

八神という家名がマイナーであったことが原因のひとつである。

八神は風術士としては日本国内でトップクラスの実力をもつ家系である。

しかし、風術士そのものが日本ではあまり重要な位置を占めていないことからそれほど有名なわけではない。

風術が役に立たないわけでは決して無い。

風術には当然、風術ならではの利点があり情報収集に関して言えば重宝されている。

しかし、退魔士として考えた場合、風術はどうしてもその性質上サポートなどの裏方に回らざるをえず、単独で妖魔を殲滅できる炎術士や

水術士、地術士に戦闘能力で見劣りする。

日本国内における精霊術の大御所が「炎術の神凪」「水術の神崎」「地術の石蕗」の御三家と呼び習わされ、そこに風術が加わらないのは

ひとえに単独での退魔能力の低さが原因である。

特に神凪は炎術至上主義の風潮が著しく、また、風牙衆も自分達の都合から和麻の素性について報告しなかった。

そのため、和麻の口から明かされるまで神凪は和麻のことをフリーランスの退魔士だと勘違いしていたのだ。

万一交渉が失敗した場合、せめて和麻の力を借りられないか・・・などと都合のいい事を考えていた神凪としてはこのことはまさに一大衝

撃であった。

もっとも、和麻がフリーランスだったとして自分の命を狙ってきた連中のために命を張る義理も無いとは思うが・・・・

神凪がこれまでに和麻にしてきた仕打ちを思えば、重悟や厳馬としては、自分達の考えが厚顔無恥の極みであることを知りつつも、一族の

存亡が掛かっていることを考え、恥や外聞をなげうってでも助けが欲しいところであった。





和麻が神崎の人間となっていることに関して厳馬はなにも言わなかった。

そもそも和麻を捨てたのは自分なのだ。

文句をつける筋合いはないしいまさら父親面など出来るわけもない。

むしろ和麻のほうこそ自分を糾弾できる立場なのだ。

いくら和麻に愛情を抱いていたとしてもそれを行動で伝えなければ意味など無い。

理由はどうであれ、自分は和麻の父親であることを放棄したのだ。

結果として、和麻が自分達と肩を並べるほどの術者に成長し、こうして相対することが出来たのは、むしろ僥倖というものだろう。







隣にいる重悟はそんな厳馬の思いを知ってか知らずか、何も言わなかった。

神凪がこれまでに和麻に何をもたらしたというのか・・・・

炎が扱えないというだけで和麻の全てを否定し、挙句の果て、身一つで家から放り出したのだ。

和麻には見捨てられるどころか復讐されても仕方ないだけのことをしてきたのだ。

そう考えれば、冤罪で命を狙われたにも拘らず、こうして話し合いの場にいてくれることに感謝すべきかもしれない。

重悟はそう考えた。





「お前には・・・いくら謝罪してもし足りないな・・・」

暫くして重悟は呟くように言う。

和麻の虐待を止められなかったのは宗主である自分の責任でもあった。

分家の者達は重悟が和麻を気にかけていることを知っていたため、重悟の前で和麻に暴行を加えることは決してなかった。

一度、久我の術者の一人が和麻を炎術の的にしているところを重悟に見られ、その場で紫炎に焼かれたことがあった。

それ以来、和麻が瀕死の怪我を負うと、分家の当主達は自分の子供達を庇うために治療術士を手配し、和麻の傷を癒すことで、暴行の事実

そのものを隠蔽していた。

子供たちの中に和麻を庇うようなものは殆どおらず、和麻のほうでも報復を恐れて泣き寝入りするしかなかったため、事態は全く改善され

なかった。

そんな中で、同年代の者達の仲で唯一和麻を庇っていたのが大神家の娘である大神操であり、彼女のことは和麻もしっかりと覚えていた。

自分のことを気にかけていながらも、一族の者達を止められなかったことに対して当初和麻は重悟に憤りを感じていたが、今になって思え

ば、それも仕方ないかと思っていたりもする。

神凪一族に対する一種の諦めなのかもしれないが、宗主一人がいくらまともな感覚を有していたとしても、組織は一人で動かして行けるも

のではない。

神凪の腐れっぷりを目の当たりにするに至り、こんな連中を纏めていかなくてはならない重悟がある意味気の毒でさえあった。




「昔の話だよ・・・・結果として今の俺があるんだから、そう捨てたもんでもないさ。・・・・神凪に対して感謝するつもりはないがね」

冗談めかして言う。







そのとき貴広が疑問に思っていたことを切りだす。

「妖魔は煉君を殺すのではなく連れ去った。」

そうなのだ。

これまでに襲われた分家の術者たちは悉く殺されている。

襲撃の際に出くわした神崎家の者達も同様だ。

しかし煉は攫われた。一体どんな理由で・・・・・・


それを聞いた重悟は少しの間考え込んだあと、何か思い当たったのか顔を強張らせる。



「・・・・・・まさか・・・・・」


その時ふすまが開き重悟の側近らしい男が入室する。


「資料をお持ちしました。」

そう言って何枚かの写真が添付された書類を差し出す。

重悟はその書類の何枚かをパラパラとめくり、貴広に差し出す。

「10年前のものしかないのだが判るかね?」

貴広はそれを受け取ると自分で一通り目を通してから和麻に見せる。

「この顔に見覚えは?」


「ああ、間違いない。邸を襲ったのはこいつだな。」


その写真に乗っている少年に10年分加齢するとちょうどあの人型妖魔の人相に合致する。

こいつ人間だったのか?・・・・・・・

そんなことを考えながら資料を隷や五十鈴に見せる。

彼らもあの妖魔と直接相対している。

和麻に差し出された写真を見て、二人も和麻の意見に同意を示す。


「風牙衆かね?」

貴広は重悟にそう問いかけながら書類を返す。

「うむ、風牙衆の長である兵衛の息子だ。名を流也という。病気のため療養中と聞いていたのだがな。」

そして側近の男に書類を渡す。

「ご苦労だった。下がってよい。」

そう言われた男は一瞬で姿を消す。


どうやって消えたのか判らなかった和麻たちは驚きの表情を見せる。

もっとも、貴広と五十鈴は内心はどうであれポーカーフェイスを保っていたが。



「あいつ・・・何者だ・・・?」

一瞬前までその男がいた空間を見ながら和麻は呆然と呟く。

隣にいる隷も似たような表情を浮かべている。


「私の側近の周防だ。知らなかったか?」


これまでずっと冷めた表情をしていた和麻や、退魔士としての威名を轟かせる漆黒使いの隷を驚かせたことがうれしいのか、ニヤニヤとほ

くそ笑む重悟に和麻は追及を諦めた。

そんな重悟を見ながら貴広は苦笑を漏らす。






・・・・・変わってないな・・・この人は・・・・・・






少しの間、感慨に浸っていた貴広だが、暫くして話を本題に戻す。

「しかし・・・妖魔を使役しての反乱とは。彼らもとうとう耐えられなくなったということか。」

「まったく、苛めすぎたんじゃねえのか?」

和麻も貴広の言葉に同調する。

妖魔の力を借りるということは退魔勢力を敵に回すということだ。

この時点で風牙衆は、反乱が成功するか否かに関わらず、国内の退魔の殆どを敵にまわすことになる。

妖魔の力を借りること自体は、それほど珍しいことではない。

召喚魔術や鬼を使役する高位の陰陽師などもやっていることだからだ。

しかし、妖魔を使役して退魔と戦争を始めたとなれば話は違ってくる。

退魔方としては見せしめの意味もかねて風牙衆を討滅に掛かるだろう。

その危険を冒してまで、反乱を起こさねばならないほど風牙衆は虐げられていたということか。






「・・・・かもしれん。」

「・・・・・・・・・・」





重悟は苦々しく呟く。

その隣に控えている厳馬は相変わらずの無表情であるものの、その握り締めた拳から心中穏やかでないことがわかる。

普段、炎術至上主義を公言している厳馬にしてみれば、自分の普段の言動が今回の反乱の引き金となっていたかもしれないのだ。

一族の繁栄を願う厳馬が受けた心理的なダメージは計り知れない。

それに、これで今回の事件がすべて神凪の内輪揉めから来るものであることが判ってしまったのだ。

このことが外部に漏れた場合の影響を考えると、神凪は今後、神崎に逆らえない。








二人の表情を観察しながら貴広は考える。

・・・・・神凪に対する優位はほぼ確立したと見るべきだろう。


・・・・・後は妖魔の討伐にどんな形で手を貸すかだが。


和麻達の考えとは別に、既に貴広は神凪の風牙衆討伐に協力することを半ば決めていた。

いずれにせよ、神崎の術者を殺傷した者達には死の鉄槌を食らわしてやらないことには収まりがつかないし、神崎の威信にも関わる。

それに、協力をダシに神凪から更なる譲歩を引き出す手もある。

うまくすれば神凪を半ばこちらの統制下に置くこともできるだろう。

本土への進出を狙っている神崎一族としては、ある意味チャンスでもあるし、こちらの不手際によって攫われた煉君の救出は行わなければ

ならない。

和麻は表面上興味なさそうにしているが煉のことは助けたいと考えているだろう。


そんなことを考えながら貴広は重悟から風牙衆に関する情報を得ようとする。


「彼らに煉君を攫う理由があったと?」


「うむ・・・・おそらく生贄にするためだろう。」



重悟の言葉に貴広と和麻は顔を強張らせる。


生贄・・・・・・


それは二人にとってある意味トラウマであった。


アルマゲストとの1年に渡る戦いの切っ掛けとなった出来事。







古傷を思い切りかきむしられ、和麻は血相を変え、貴広も苦痛を堪える様に歯を食いしばる。













荒い息をついて、どうにか動揺を鎮めた二人は重悟に向き直り会話を再開しようとする。


その時・・・・・・





「む?・・・・・・」






五十鈴が違和感を感じ取り、外のほうに目をやり次いで目を剥く。


五十鈴の表情の変化を怪訝に思った和麻だが、すぐその理由を理解する。


窓の外に目をやると強大な炎の精霊をまとった綾乃が炎雷覇を構えて突貫してくる。








「「「「なっ・・・・・・なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!」」」」







あまりに非常識な光景に和麻や隷は勿論のこと泰然自若、冷静沈着をもって鳴る貴広、五十鈴も絶句する。


「一体何を・・・・・・・・・・・・・・・・・って、うおあぁぁっっっ!!!!!」

彼らの狼狽を不審そうに見ていた分家の当主達だが彼らが見ている方向に目をやり、腰を抜かす。


炎雷覇が窓ガラスに接触し、ガラス、窓枠、果ては壁の構成材に至るまでが風化したように崩れていく。





「んな馬鹿なぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


その光景に和麻が絶叫し、隷は思考停止状態。







貴広と五十鈴はとっさに防御しようとするが、五十鈴では炎雷覇を防ぐほどの結界を構築できず、貴広だけが漆黒によって鉄壁の防御壁を

作り上げて対応する。










その時・・・・・・・










「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁつ!!!!!!!!!」










重悟の大喝と共に綾乃が纏っていた精霊は一瞬で霧散した。





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