「和麻ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

一瞬の迷いすら無く炎雷覇を振り下ろそうとする綾乃であったが、貴広による迎撃よりも先に重悟による大喝が彼女を襲った。








「喝ぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」








炎を纏った綾乃の勇ましい姿を目の当たりにした厳馬は、「おお……あれが神凪の終末の光か……」などと一瞬脳が異世界に逃避しかけた

が、重悟の大喝によって正気を取り戻す。



分家の当主達は完全に腰を抜かしていた。

特に綾乃が突貫してきた時、湯飲みに口をつけて茶を飲もうとしていた久我家当主、久我従道は熱い液体が妙なところにでも入ったのか目

に涙をうかべながら床に突っ伏している。




広間にいた面々は突然降って沸いた事態に唖然とする。

貴広はここに来て神凪がとんでもない醜態を晒したことに対して、ますます神凪に対する評価を下げ、それとは別に炎雷覇保有者の纏う精

霊を一瞬で奪い去った重悟の実力に感嘆した。


現役を退いてなお、その実力に翳りは無かった。

超人的とさえ言える意志力である。


しかし、重悟は貴広の、そして和麻の感嘆の視線に気づかぬ様子で綾乃を睨みつけている。

厳馬も同様だ。


「お、お父様……?」

何故かわからないが自分が父の機嫌を著しく損ねたことだけは理解したのだろう。

逃げ出す機会を伺うように腰が引けている。

だがその機会が訪れることは永遠に無かった。


「こ……の……っ……馬鹿者がぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


次の瞬間、重悟の更なる大喝が広間を揺るがした。
























蒼と黒の饗宴

第15話
























凄まじい怒号で全身を叩かれ綾乃はおびえた子供のように身を竦ませていた。



「この馬鹿娘がっ!!!考えなしに剣を振るうなと何度言えば判るのだ!!炎雷覇の持ち主が好き勝手に力を使えばどうなるか理解できん

のかっ!!!力を使う前に少しは状況を見ろ!!!戯けがっ!!!」



「ひっ……」


いつもは優しい、というか甘い父に容赦の無い叱責を受け綾乃は腰が抜けたのか畳にしりもちをついて呆然としていた。

今にも泣き出しそうに目が潤んでいる。






重悟と厳馬は貴広たちに向き直り畳に頭を擦り付けんばかりに頭を下げ娘の不始末を詫びた。


「「誠に申し訳ないっ!!!」」


ここまでの自分達の努力が一瞬で水泡に帰すほどの大失態である。

よりにもよって、神凪が神崎に対してこれまでの敵対行動を詫びているところに乱入して攻撃したのだ。

重悟も厳馬も顔面蒼白である。






しかし、貴広にはいまさら神凪と事を構える気は無かった。

煉君が生贄のために連れ去られたのなら自分達には神凪にかかずらわっている暇などない。

もっとも、そんな考えはおくびにも出さないが……



「フム……これが次期宗主とは、神凪も程度が知れるな。今回は大目に見るが……重悟殿、賠償金に一本追加だ。」


その台詞に分家当主達がガックリと肩を落とす。

この上更に毟り取られたのでは神凪の台所事情はかなり苦しくなる。

しかし、重悟や厳馬にすれば、金で許してもらえるのであれば万々歳である。

とはいえ、さすがにこれ以上の出費は神凪が破産しかねない。

綾乃や分家の者達にはきつく言っておかねばな……。







「和麻たちもそれで……む?」


和麻たちに話を振ろうとした貴広であるが、和麻たちの様子に首をかしげる。


隷は先ほどの久我家当主の醜態がツボにはまったのか畳に突っ伏して笑いを堪えており、和麻は異世界に逃避しかかっていた厳馬の表情が

よほど可笑しかったのか、こちらもニヤニヤ笑っている。


それを見て貴広は溜息をつく。







「まったくこいつらは……」







話しかける気も失せたらしく重悟に向き直る。

綾乃の事は無視。






「さて重悟殿、話の続きを……」


「いや、綾乃も知らねばならぬこと。一緒のほうが手間が省けるというもの。よろしいですかな?」


先ほどの綾乃の醜態のこともあるので、貴広に許可を求める。

貴広としても特に問題はない。


「かまわんよ。」


貴広の同意に頷きを返し、綾乃を呼び寄せる。


綾乃は炎雷覇を納め、両者から慎重に距離をとって腰を下ろす。


「綾乃……」



「申し訳ありませんでしたっ!」


綾乃は即座に平伏する。

よく分からないがとにかく謝ってしまおうという選択肢を採ったようだ。




「次はないぞ。以後、注意せよ。」

しっかりと釘を刺す。

このような失態をまたやれば、綾乃の人生と共に神凪の歴史が終わる。

そして重悟は話を元に戻す。




「よいか綾乃、犯人は和麻ではない。風牙衆だ。」

「風牙?あんな弱い連中がどうやって?」



綾乃の認識によるところの風牙衆は分家のそれとさして変わらず、敵の居場所を知らせる「だけ」の脆弱な存在であった。

勿論綾乃には風牙衆を下等な連中と蔑むようなことはないが、やはり、自分達炎術士がいてこその存在であると認識していた。

綾乃自身が風牙衆を公然と虐待したことがないということもあり、彼らが神凪に牙を剥くなど想像できなかった。



余計な口を挟んだ綾乃を重悟はひと睨みで黙らせる。



「直接手を下したのは風巻流也。もしくはそれにとりついた妖魔だ。」

「それはもう知っている。それより煉君が生贄になるというのはどういう意味だ?」

貴広は続きを言うよう促す。

そこにまた綾乃が横槍を入れる。

「なにそれ?煉ったら捕まっちゃったの?」



「「「「「お前は黙れ」」」」」



五十鈴と分家当主達を除く全員の声が唱和する。

綾乃は不服そうに唇を尖らせるが、先ほどとんでもない失態を演じたばかりなので立場が弱い。

仕方なく聞き役に回る。


「話を続けよう……そもそも神凪と風牙衆は祖を同じくするものではない。」


その言葉に、和麻たちは動揺しない。

全く異なる術体系。

そして風牙衆の立場の弱さ。

術者としてのポテンシャルが隔絶していることから充分に予想できたことだ。

力の弱い風牙衆を神凪が吸収したということだろう。

その記録が外部に全く知られていないことに違和感を覚えるが……



「三百年前の事だ。風牙衆は強大な風を操る一族として栄えていた。いや、暗躍していたというべきかも知れん。暗殺、誘拐、破壊工作と

、金さえすれば何でも闇の組織だったらしい。しかしあまりにも残虐な行為が多すぎたため、幕府から神凪に討伐命令が下った。激しい戦

いの末、ついに我々の先祖は風牙の力の源を封じた。そしてその大半の力を失った風牙を下部組織として神凪に吸収した。」



「その力の源とは?」

「神だ。」


重悟の答えは完結にして明瞭であったがその内容は和麻たちの想像を超えるものだった。


「か、神ぃぃぃぃ!?」


「そんなものをどうやって封じたのだ?」

綾乃が甲高い声で叫ぶのをうるさそうに見ながら重悟に質問する貴広。

彼とて驚かなかったわけではないが、元々、生贄という単語から、神凪の嫡子を媒体に更なる上級妖魔の召喚でもやるのではないかと想像

していただけに、すぐに冷静さを取り戻す。

「その辺の伝承は失われておるから詳しいことは判らん。だが、おそらくは精霊王の御力を借りたのではないかと考えておる。」

その言葉に貴広達は考え込む。

当時は神凪の分家もまだまだ「黄金」を保有しており、術者一人一人の質は、今とは比べ物にならなかっただろう。

それに加えてコントラクターという要素が加わればあるいは……


しかし和麻にはどうしても納得できないことがあった。

「けどよ、いくら精霊王と再契約したといっても、その力を借りるのは人間だ。神そのものに打ち勝つなんてのは無理な話だと思うぜ。精

霊王の直接召喚でもやらかしたのか?」


「――――――そんなことできるものなの?」

綾乃が問う。

上位世界にある王を直接この世界に降臨させる。

そんなことが理論上でも可能なのか?


聞かれた和麻は慎重に言葉を選びながらこたえる。


「……さてな。精霊王と契約を交わしたコントラクターならあるいは……しかし……」


そう言って貴広に視線を向ける。

コントラクターとしての経験で言うなら和麻は貴広に到底及ばない。

自分にはわからなくとも、貴広ならあるいは……

そう考えてのことだが、貴広にもそれはわからなかった。


「さすがに想像がつかんな。その伝承についてはまったく伝わっていないのかな重悟殿?」


そう言って重悟に話を振る。

重悟に対してタメ口を利く男に胡散臭げな視線を送りながら綾乃も重悟の答えを待つ。


「残念ながら……」


その答えに一同は落胆する。

気を取り直して、今度は和麻が質問する。

「兵衛の目的はその神を復活させることなんだよな?」

「たぶんな、封印に関するすべては代々宗主のみに伝えられる秘伝だったのだが、このような暴挙に出たからには封印の地や解法について

も探り当てられていると見るべきだろう。」



焦燥の色も濃く重悟は語る。

無理もない。

封印が解かれた場合、もはや神を封じる手だてなど神凪にはない。

それどころか、一族全体が弱体化している現状では、かつての力を取り戻した風牙衆にさえ勝てるかどうか……。

それを聞いて分家の当主達は顔を青褪めさせる。

事実上の死刑宣告を受けたようなものだ。

これまで自分達の力を傘に着てやりたい放題やってきていただけに、そのしっぺ返しが恐ろしいのだろう。

仮にも分家の当主である彼らがこの様では、頼道や長老達がどんな反応をするかなど考えたくもない。


「―――――で、煉は復活した神に最初にささげる供物って事か?」

和麻は冷静に問う。

うろたえたところで煉が戻ってくるわけではない。

窮地にあってこそ冷静さを保たねば。

綾乃を見る。彼女は戦意を漲らせているが、隷を相手にしたときでさえ圧倒的な力の前に一時的とはいえ自失していたくらいだ。

実際に神、いや、あの人型妖魔と対峙した時に戦意を保てるかどうかは甚だ心もとない。





「いや、封印を解くためには煉が、神凪直系の血が必要なのだ。」


そして、口を開きかけた和麻を制止、重悟は続ける。


「神凪の直系でなければ封印は解除できん。なぜなら神を封じた封印は三昧真火のなかにあるからだ」

三昧真火とは、一切の不純物が無い『火』のエレメントの結晶、地上に存在するはずの無い純粋な炎である。

それに触れたものはどんなものであれ一瞬で焼き尽くされ、灰も残らない。

確かにそんなものを掻き分け、封印にたどり着くことができそうな人間は神凪の直系くらいである。


「けどよ、炎が邪魔なら吹き散らせばいい。例え三昧真火だろうが俺ならそのくらい出来るし妖魔も同じだろう。」

「封印は炎のうちにあるのだ。」

重悟は和麻を試すかのようにもう一度繰り返す。


「おい……まさか……」



「そうだ。炎そのものが神を封じている。炎を散らしてしまえば神もまた姿を消す。だからこそ炎の加護を受けたものでなければ封印を解

くことは出来んのだ。」




時の宗主は、封印に何重もの安全弁をかけたのだ。封印の存在そのものを秘し、風牙衆を吸収した経緯も記録から抹消した。

あたかも神凪と風牙衆が、その発生から一つであったかのように。

そして封印は決して風牙の手では解けないようにした。そこまでしなければ、風牙衆の滅亡を望んだ幕府を納得させることはできなかった

のだ。


「解き放たれた神が最初に目にするのはかつて自分を封じた一族の末裔。どうなるかはいうまでもあるまい。」


「なるほどな……ったく、最初から皆殺しにしとけばこんな事にならなかったのによ……」


和麻の言葉に貴広達も同意を示す。


「まったくだな。」


残酷に思えるかもしれないが将来へ禍根を残さぬことを考えるなら、それもひとつの手だ。

仮に共存を考えるのであれば、ある程度世代交代が進んだ時点で、風牙衆の地位の向上を図るなどして相互理解を深めるべきだったのだ。

力の殆どを奪い去った挙句、自分達に完全に隷属させ、神凪への無償の奉仕を義務付けたやり方では、反乱を起こされて当然である。

しかも、その扱いにも拘らず、風牙衆に自分達一族の情報収集部門を任せきり、自分達はまったくノータッチであったというのだからお粗

末というしかない。

これでは、反乱を起こされた時に、全く事態を把握できずに滅ぼされていただろう。

実際、神崎の手が入らなければそうなっていただろう。




しかし綾乃にはその和麻たちの態度が冷酷と映った。


「あんたたち……人の情けってものがないの?」

綾乃の口調は心からの軽蔑を隠そうともしていなかった。


そんな綾乃を一同は冷ややかに見つめる。


「情け……ねぇ」

隷が呆れたように呟く。

「よりにもよって神凪から人の道を説かれることになるとは……」

五十鈴も穏やかな口調で辛辣な内容の台詞を言う。

風術士である五十鈴にすれば、これまで神凪がしてきた行為を棚に上げて人格者面されるのは片腹痛いとしかいえない。

もちろん、自分達を攻撃した風牙衆に同情するつもりはないが、神凪の肩を持つつもりもないのだ。

神凪が滅ぶとしたら因果応報。

そう考えていた。



和麻も冷ややかな表情で綾乃の言い草を皮肉る。



「まさか、お前は神凪が善意で風牙を救ったとでも思ってんのか?」



「な、何よ。違うって言うの?」

「風は炎を煽ることができる。そのうえ術者としては自分達よりも遥かに格下。手下として利用するには最適だよなあ?」

その言葉は明らかに重悟に向けられていた。

重悟も今更言葉を飾っても無意味だと判断したのか、重悟は率直に真実を告げる。

「そうだ。我々の先祖は道具として風牙を手に入れた。便利な道具としてな……」

「そんな……」

綾乃は絶句する。

「自業自得という奴だ。先祖の罪を理由に……いや、事実を隠蔽したのだからそれは違うか……力が劣る風術士というだけで彼らに隷属を

強いてきた神凪の責任だろう。」

貴広は冷静に神凪の落ち度を言ってやる。

情報収集に関して言うなら神凪は―――――神崎が八神に任せる以上に―――――風牙衆に任せきっていた。

己の目と耳の役割を完全に風牙衆に握らせていたのだ。

これでは力をつけた風牙衆が反乱を起こしたくなるのも無理はないだろう。

「つまり文句を言う筋合いはないってこった。」

和麻がしたり顔で言う。



「な、何他人事みたいに言ってるのよ!だからって煉が殺されてもいいの!?それに煉だって神凪の術者だわ。脅されたってあんな奴に従

ったりはしないわよ!」


煉のことを―――――表面上は―――――気にもかけない和麻に綾乃が噛み付く。


「無理だな。」


和麻はにべもなく言う。


「煉は才能はともかく、現時点では十二歳のガキに過ぎない。一日ありゃ親だって殺すようにし向けられるぞ」


冷静な指摘に、綾乃は口ごもる。


洗脳、憑依、手段はいくらでもある。神凪の強大な力は血脈に宿るものだ。肉体さえ無事なら、自我が消失していようと、妖魔が憑依して

いようと、精霊は煉の身体を護るだろう。



「急がねばな。封印が解かれたら、もうどうにもならん。その前に煉を救い出すのだ」



「まあせいぜいがんばってくれ……」



貴広は人事のように言う。

協力する気はあったが、元をただせば神凪の身から出た錆である。

こちらの戦力はもう少し高く売りつけてやるべきだろう。

そう考えた貴広は和麻に目配せする。

和麻が微かに頷き返し、それを見た貴広は重悟に向き直る。





重悟達のほうでも神崎側の意を汲んで、戦力の提供を受けるための交渉に入ろうとする。

しかし、その言い草に綾乃はいきり立つ。

「さっきから聞いてればなんなのよあんたは!!偉そうにしちゃって!!」

綾乃の罵声に重悟、厳馬、分家当主達が顔を青褪めさせる。

重悟と厳馬は言わずもがな。

分家の当主達からみても神崎本家の当主に対して綾乃の言い草は無礼であった。

せっかくこれから協力をえるための交渉に入ろうという時に綾乃は、そのための雰囲気を完膚なきまでに破壊してのけた。




驚きと怒りのために二の句が継げない重悟に代わり、厳馬が説明する。

「…………こちらは水術の大家「神崎」の当主、貴広殿だ。今回、我々が一方的に神崎の術者に攻撃を仕掛けた件について話し合うために

こられた。」



噛んで含めるように厳馬は言う。

一瞬綾乃は厳馬の言葉が理解できなかったが、しばらくして、自分が罵声を浴びせた相手が誰であるかを悟り表情を変える。

「!!!も……申し訳ありませんでした!!!」

平伏して詫びる綾乃に貴広はどこか気圧されたように答える。

「あ……ああ、以後気をつけるように」


どうやらあまりのテンションの高さに調子を崩されたようだ。


暫くして再起動した重悟が綾乃に地の底から響き渡るような声音で話しかける。


「あ―――――や―――――の―――――」


「ひっ……も、申し訳ありませんでした!!!」


その憤怒の形相に綾乃は腰を抜かす。




そんな親子の様子に一同は呆れたような溜息を漏らす。







気を取り直して貴広が問う。


「それで……神凪は単独で妖魔にあたるということでいいのかな?」










それに対して重悟は神崎に支援を申し入れ、交渉が再開された。



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