「はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…!」







息を切らせながら男は走っていた。





!!!や、奴らは本当に人なのか!?





自分達の役割があくまで時間稼ぎに過ぎないことなど男は最初から承知していた。


戦場において自己の実力の過信ほど危険なものはない。


だが、風牙衆のなかでも実戦経験豊富なその男は今、混乱の極みにあった。


各所に配置されていた狙撃手や監視役達からの連絡が突如として取れなくなったのだ。

これまでの調査結果から和麻が自分達より遥かに高位の風術士であることはわかっていた。

だからこそ、彼らは穏行に加えて自然物を利用した迷彩によって物理的に身を隠し、通信は術法でなく無線によって行っていた。

勿論それが完璧な隠蔽だとは思わないが、時間を稼ぐくらいはできると踏んでいたのだ。







だが、和麻たちの実力は彼らの予想を遥かに超えていた。。

和麻たちはあらかじめ風牙衆の配置を知っていたかのように正確に敵を探し当て、容赦なくその命を刈りとっていった。






「君でラストだ」


ふと、そんな声が彼の耳元で囁かれたかと思うと、次の瞬間首元を冷たい感触が走り抜け、視界が反転する。


「い・・・・」



一体何が・・・


そう言おうとしたが何故か口は動かない。


そして意識が途切れる。


何が起きたのか理解できぬまま、その術者の切断された首は地面に転がった。



























蒼と黒の饗宴

第18話

























「やれやれ、街を出た時点で車から降りたのは正解だったな」

ぼやいたのは貴広。

一向は山を迂回したところで、車から降りて徒歩で先に進んだ。




まだ少しは車で行けそうではあったものの、トラップや妖魔を警戒したのだ。


彼らほどの精霊術士ともなれば地雷だろうが対戦車ライフルだろうがさして問題にはならないが、それらの攻撃を捌いてできた隙を妖魔に

狙われるようなことは避けたかった。

既に和麻と五十鈴は一行から離れて別行動をとっている。

今頃は山中に潜んでいる風牙衆の術者に攻撃を加えていることだろう。

そして当初の予定通り祠までの最短ルートを通っていた一行は貴広の予想通り大量の地雷とブービートラップに見舞われた。

もっとも、貴広と隷は薄い水の結界を自分の周りに張っているため、トラップはまるで意味を成していない。

綾乃や厳馬も炎の精霊を常に纏っているため破片や鋼線は肌に触れる前に焼き払われてしまう。







兵衛が宗家を恐れるのはこの圧倒的なまでの精霊の加護ゆえだ。



中世のように槍や弓などの武器しかなかった頃ならいざ知らず、銃火器が発達した近代以降は、対人戦に関しては風術士もかなりの戦闘力

を持つようになった。

風術士は大気の流れを調整することで数千メートル離れた地点からでもライフルで正確に目標を攻撃することも可能となったのだ。

目の前の対象を一瞬で焼き払うことのできる炎術士も己が知覚できるより遥か遠方から一方的に攻撃されるのでは抵抗のしようもない。





しかし神凪の宗家は別格である。

本人が意識さえすればアンチマテリアルライフルの弾丸を一瞬で融解させ無効化するだけの精霊を、その気になれば何時間もの間展開し続

けられるのだ。

たいていの炎術士は弾丸に耐火のルーンを刻んだりすれば充分に効果を期待できるが、神凪の浄化の炎「黄金」の前にはそれすら無力化さ

れてしまう。

風牙衆がいくら優れた穏行を駆使しようとも、攻撃でかすり傷一つ負わせられないのでは反乱など起こせるはずもない。

同じ理由から、国内外問わず積極的に神凪を攻撃しようなどという勢力は存在しなかった。

だが逆に、周りに敵が全くいなかったからこそ神凪がここまで腐敗、弱体化したとも言えるのだが……








「ああもう!うっとーしーわね!」




文句を言いながら罠を焼いていく綾乃を見て貴広は思う。







確かに神凪の力は強大だ。

宗家の術者は碌な訓練をせずとも、今綾乃がやっているような芸当はできる。

通常精霊術士が精霊の声を聞くことができるようになるまでには気が遠くなるほどの鍛錬が必要になる。

自然界の精霊に働きかけるということは、即ち世界そのものに働きかけるということに近い。

魔術の中でも格段に高い難易度を誇る。

殆どの魔術と違い精霊魔術は本人の意思一つで術を発動できる。

術式を発動させるための媒体も要らなければ、呪文の詠唱が必要なわけでもない。

便利といえばこれほど便利なものはないし、戦闘になれば「念じる」というワンアクションで術を発動できる精霊術士が退魔の世界で大き

な力を持っているのは充分納得できるものだ。

そんな大抵の術者、腕の良い者でも数年かけてようやく得ることのできるスキルを、神凪の術者は生まれつき持っている。

にも拘らず、神凪の分家が一流に届かないのは怠慢というしかない。

殆どの術者はゼロから出発して鍛錬を重ね、それでも、術者として大成できるかわからなくとも、そこに向かって邁進する。

しかし、神凪の術者には最初から将来は約束されている。

神凪の炎術士という肩書きがあれば実績の有無などは大して問題にはならないし、碌に訓練をつんでいない者でも低級の悪霊程度なら瞬殺

できる。

そして、彼らの手に余るような相手は宗家が対処するため、格上の相手と戦う機会に恵まれなかった。

故に彼らは堕落した。

なまじ素質に恵まれ、ぬるま湯のような世界に浸かりきっていたがために……









「風牙衆の術者の攻撃が無いところをみると、和麻たちは順調に倒していってるようだね?」

隷が言う。

「まあ、あの二人が相手では分が悪すぎるというものだろう。」





貴広が苦笑を返す。





同じ属性の術者が戦う以上、それは単純に力の大きいほうが勝つ。

風牙衆が山中で仕掛けたゲリラ戦術は例えば炎術士や水術士には有効なやり方だが、同属性で、しかも自分達より遥かに格上の術者である

和麻や五十鈴にはまるで意味を成さない。

彼らの穏行は一瞬で暴かれ、自分たちの身に何が起こったのかさえ知ることもなく息の根を止められる。


この調子でいけば後10分程度で祠に着くだろう。










もっとも、妖魔の襲撃がなければの話だが…………











不意に悪寒を感じて貴広は横に飛び退る。



一瞬前まで貴広のいた地点を風の刃が通過しその先にあった岩をバターのように切り裂いた。







「・・・・・え」






綾乃は何が起こったのかわからず呆然とする。

そこに隷の声が飛ぶ。

「ぼさっとするな!死にたいのか!!」

その声によって正気に返りあわてて飛び退る。


いつの間にか一行の前に陣取るようにして一体の妖魔が立っている。









「・・・・流也か」








僅かでも反応が遅れていれば貴広の胴体は真っ二つにされていただろう。




その鮮やかな奇襲攻撃に貴広は背筋を粟立たせた。







「本命がきたか。和麻たちから聞いてはいたが、なんとまあ規格外な………」

その妖魔が発している凄まじい妖気に貴広は思わず嘆息する。



………これならもう少しくらい神凪に吹っかけたほうがよかったかな?




憮然としている貴広を面白そうに見てその妖魔「流也」は口を開く。


「……やりますね、今のを回避するとは。しっかり隠蔽したつもりだったんですがね。」


興味深げに貴広を見つめる。


「その前に聞きたいんだが、君は流也なのか?それとも流也に憑いている者かね?」


先の攻撃をかわせたのは勘に過ぎない。

和麻や五十鈴のような超一流の風術士でさえ欺く穏行を水術士である自分が見破れるはずも無い。

しかし、馬鹿正直にそんなことを教えてやるつもりはない。

どんな些細なものであれ情報は可能な限り敵に渡すべきではないのだ。

それも、相手が自分より格上の相手となれば尚更である。


「流也本人だとも。もっともこのクラスの妖魔を抱え込んでると意識を保つのも一苦労なんだけどね?」


苦労どころかむしろ愉しむ様子で答える。


「あんたが流也ね!恥知らずにも妖魔の力を借り、神凪に牙を剥いた報い!その身に受けなさい!」

貴広と流也の会話を聞いているうちに気を持ち直した綾乃が炎雷覇を突きつけて言い放つ。




流也はそこで初めてその存在に気づいたような様子で綾乃のほうに目を向ける。



「おや、何かと思えば神凪じゃないか。まさかよりにもよって神凪から恥知らずと呼ばれるとは……ねぇ?」

あからさまな失笑を浮かべつつ貴広達神崎勢に話を振る。



「そりゃまあ……」
「確かに……」



貴広と隷がなにやら納得しているのを見て綾乃は更に頭に血を上らせる。

「あ、あんたたちねぇ……一体どっちの味方よ!」


「まあ、少なくとも風牙衆には同情の余地があるとは思うがね」

もっとも、助けてやるつもりは毛頭無いが……

そう続ける貴広に綾乃は信じられないという顔をする。

彼女にしてみれば、妖魔から力を借りるなど精霊魔術師としてもっとも唾棄すべき行為であり、それをやった風牙衆に情状酌量の余地があ

るとは思えなかった。

しかもその妖魔に自分達の身内を何人も殺されたとなれば尚更である。






しかし、貴広達に言わせれば「お前が言うな」といいたいところだ。

元々風牙衆の反乱は神凪の自業自得である。

神崎はそれに一方的に巻き込まれたにすぎない。

にもかかわらず妖魔によってもたらされた被害は以下の通り。




神凪   3名死亡

神崎  11名死亡




このほか神凪(というか綾乃)は神崎に対して、確たる証拠もなしに憶測だけで妖魔の仲間であると決めつけ、襲い掛かった挙句返り討ち

に遭い、8名の死者と10名の重傷者を出しているがこれは自業自得どころか皆殺しにされなかっただけ感謝して欲しいくらいだ。

道端を歩いている時に突然現れた不審者がいきなり訳の判らない言いがかりをつけ、こちらの言い分も聞かずに銃をぶっ放してきたような

ものだ。

返り討ちにしたところで咎める者はいまい。




風牙衆にしても、それまで影から神凪を支えてきた功績に対して神凪は報いるどころか更なる隷従を強要してきたのだ。

退魔士としての圧倒的な力の差は勿論のこと、政治力に関しても各方面に絶大な影響力を誇る神凪に対して風牙衆は泣き寝入りするしかな

かったのだ。

そのお世辞にも良いとは言えない扱いについて問われれば神凪の大抵の術者は「精霊王に選ばれた我ら一族の正当な権利だ」とでも言うこ

とだろう。

退魔に限らず歴史ある名家の中には選民思想じみたプライドのようなものを持っている者があるが、ここまで顕著なのは珍しい。

家柄という眼に見えないステータスだけでなく、炎の加護という明らかに他者と一線を画す要素を持ちえていたことが原因か。




かつては神凪に好意的だった貴広も実際に神凪の現状を目の当たりにしたことで、今では神凪をかなりシビアな眼で見ている。

実際に神凪に襲われている隷は尚更だ。




厳馬のほうは風牙の扱い云々はさておき、自分達が神崎から睨まれるだけのことをした自覚があるので何もいわない。

どんな言い訳をしたところで恥の上塗りにしかならないからだ。




彼らの冷ややかな視線の先で綾乃はなおも流也を睨みつける。


「僕らが精霊術士の恥晒しだというなら神凪はさしずめ退魔士の面汚しといったところかな?」

「なんですって!」


綾乃が色めき立つ。

これには厳馬も眉を顰める。

精霊王の加護を受け、千年に渡り魑魅魍魎から国を守ってきたことを誇りとする神凪にとって、これほどの侮辱はない。




「おいおい、妖魔の言うことを真に受けて退魔士に襲い掛かるような連中を他に何と呼べというんだい?」


「うっ……」


襲いかかった張本人である綾乃は、妖魔の正論(笑)と後ろから隷が向けてくる非好意的な視線に思わず言葉を詰まらせる。



「なんか妖魔のほうを応援したくなってきたよ……」


「ああ……俺もだ」



「ちょっと!あんたらね!」



綾乃の突っ込みを受けて貴広と隷も妖魔に向き直る。



「まあ時間もあまりないことだし、お前には早々に退場してもらおう。」





言い終わると同時に貴広を中心に漆黒が爆発的に広がり、同時に流也もそれまでのふざけた表情を消して風の精霊を呼び集める。










「同情はせん。我が神崎に噛み付いたことを後悔して果てろ……」


その言葉が合図となったかのように視界を埋め尽くさんばかりの漆黒が流也を飲み込まんと押し寄せる。






「端からそんなものは要らない!全ては風牙のために!!」


流也も手元に集った膨大な風の精霊を解き放つ。














そして、漆黒の奔流と穢土の風が激突した。





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