――――――封印の祠
シャラン・・・・
シャラン・・・・
祠の最深部
三昧真火の燃え盛る、神を封じた祭壇の前で神楽鈴を手に巫女が舞を舞っている。
それを眺める兵衛のすぐ隣には、虚ろな目をした煉が立ち尽くしている。
舞が終わり次第煉は炎の中に分け入り、風牙の神を炎の束縛から解き放つことになる。
目的の達成まで後僅かという段階でありながら、兵衛の顔色は優れない。
和麻たちがあれほどの力を持っていたとはまったくの計算外であった。
山の各所に配置した術者たちは瞬く間に討ち減らされていき、慌てて流也と妖魔を向かわせたものの結局間に合わず、風牙の実働戦力は一
人残らず、文字通り全滅してしまった。
残っているものは封印を解く儀式のために残した術者――――目の前で舞っている巫女――――と、後は戦う術を持たない女子供ばかりで
あった。
ふと、兵衛は儀式の様子を興味深げに眺めている金髪の少年に眼を向ける。
八神邸への襲撃は少年の指示によって行われたが、そのことについて、兵衛は全く寝耳に水だった。
もし事前に聞いていれば、間違いなく反対しただろう。
自分達の目的はあくまで神凪である。
神凪が和麻を犯人だと思い込んで襲い掛かったところまでは良い。
神崎にしてみれば直接関わりの無い風牙よりも、いわれの無い咎で自分達を攻撃した神凪を敵と見做しただろう。
風牙は神凪が神崎によって滅ぼされるのを唯見物していればよかったのだ。
しかし、少年の独断専行によって計画は大幅に狂ってしまった。
八神邸を襲撃したことで風牙は神崎から完全に敵と見做されてしまった。
「(神凪と我らの間だけで事を済ませてしまえば、対外的には内部紛争として片をつけることもできたのだが……)」
妖魔を使役して反乱を起こしたことは今や神崎にも知られている。
これでは仮に反乱が成功しても自分達は日本中の退魔勢力から狙われることになるだろう。
こうなっては神の復活に望みを繋ぐしかない。
「…………(一体何を考えている……?)」
そろそろこの男と手を切るべきかも知れんな……
兵衛は思案を巡らせながらも敵を迎え撃つべく準備を始めた。
蒼と黒の饗宴
第19話
山中に潜伏していた風牙の術者をあらかた狩り終わり、祠に向かおうとしていた和麻と五十鈴は自分達の索敵範囲内に突如として巨大な妖
気の塊が出現したことに驚愕した。
「それ」が出現したのは山の裏手から祠へと向かうルート上。
コントラクターである和麻の感知能力すら欺くほどの穏行……
そんな真似ができる妖魔を彼らはひとりしか知らない。
「これは…………」
「煉を攫った奴か!?」
己の周囲に在る風の精霊を狂わせることによりコントラクターすらも欺くほどの隠蔽を行う上級妖魔。
流也
そのとき、妖気が出現した地点で膨大な水の精霊が召喚されたのを二人は感じ取った。
おそらく貴広達が戦闘に入ったのだろう。
二人はすぐさま貴広達に加勢に向かおうとするが、暫く走ったところで先程とは別の妖気の塊が近づいてくるのに気づく。
最初に見つけたものよりは弱いが、それでもかなりの妖気……隷が遭遇したという獣型妖魔だろう。
「ったく……次から次へと……」
和麻が愚痴るのを聞きながら五十鈴は素早く思考を巡らせる。
隷の分析では、その妖魔の戦闘力は隷を超えているとの事だ。
些か厳しいかもしれないが、こちらには和麻がいる。
五十鈴は和麻のほうをちらりと見る。
聖痕を解放するまでの時間さえ稼ぐことができれば何とかなるだろう。
しかし今回の任務には時間制限がある。
貴広達が流也と、自分達が獣型妖魔と戦っている間に神が復活してしまったのでは意味がない。
自分と和麻と隷の三人がかりでも苦戦した流也が相手では貴広でもそう簡単には勝てまい。
少し悩んだ後、五十鈴は自分の考えを和麻に伝える。
「とりあえず私達はあの獣型妖魔をどうにかしよう。あのまま放置して貴広様達が襲われては事だ。」
「けど、それじゃあ時間がかかりすぎる。煉の救出が間に合わなくなるが……」
和麻はやや渋ったような顔をする。
「貴広様の所に呼霊を飛ばして、厳馬殿と綾乃さんは煉の救出にまわしてもらおう。」
五十鈴に言われて和麻は難しい顔をする。
「煉の救出なら綾乃一人で充分だと思うがな?残ってるのは兵衛と風牙の雑魚が20かそこらだろ」
これまでに自分達が倒してきた風牙衆の数から考えて残っている敵はその程度だろう。
しかもその殆どは戦闘に堪えない女子供である。
それに自分と隷と五十鈴の三人がかりでも倒せなかった流也相手に貴広と隷の二人だけで大丈夫なのか?
そんな疑問が和麻の頭から離れない。
実際に妖魔と一戦交えている五十鈴ならそれはわかっている筈だが・・・・・・
和麻の懸念を理解している様子で五十鈴は自分の考えを述べる。
「流也相手に4人であたるにしても、水術と炎術じゃ相性が悪すぎるよ。それに神凪の宗家が他系統の術者との連携なんてできるとは思え
んね。」
炎術至上主義の風潮が著しい神凪にあって他系統の術者と連携する機会は殆ど無い。
特に、その炎自体が浄化の力を持っている宗家の術者であれば、殆どの妖魔は単独で滅ぼすことができるため、そういった機会は皆無に近
いだろう。
同系統の炎術や、炎の力を強めることの出来る風術士とであればそれなりに連携も可能だろうが、相克の関係にある水術とではかえって互
いの力を打ち消し合うことになりかねない。
「それに妖魔が二体だけと決まったわけでもない。流也クラスとはいかなくても例の獣型妖魔くらいの奴が出てきたら綾乃さん一人じゃ、
まず勝てないだろうからね」
それに貴広の退魔としての実力は和麻よりかなり上を行く。
術者としての経験もさることながら元々水術は風術よりも戦闘に適している。
加えて同じ漆黒使いである隷がサポートに回れば流也が相手でもそうそうやられはすまい。
相手の実力が未知数ということもあり、できればこちらも最大限の戦力で臨みたいところだがあまりもたついていると煉が生贄にされてし
まうため、そうもいかない。
「……選択の余地なしか。」
「しかたないさ。こっちはこっちでやれることをやろう。」
そう言って五十鈴は貴広達がいる方角に向けて呼霊法によってメッセージを伝える。
「じゃ、行くか」
和麻の言葉に頷きを返す。
そして二人は新手の獣型妖魔めがけて駆け出した。
「はぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「うおおおおおおおおおお!!!」
極限まで圧縮された空気が、鋼鉄をも切り裂くかまいたちとなって襲い掛かる。
貴広はそれを数十トンもの水を圧縮して作り出した盾によって防ぎながら流也に肉薄する。
いったん流也が姿を隠せば、貴広達では捉えることはできない。
ならば、相手に離脱するための隙を与えず、無理矢理接近戦に持ち込むしかない。
貴広の動きを見て、その狙いを悟ったらしい厳馬は流也が間合いをあけようとする瞬間を狙って炎弾を流也の後方に撃ち込み、貴広を援護
する。
元来、炎術士は攻撃偏重の術体系ということもあり後方支援には向かない。
自分が放った炎に味方が巻き込まれたのでは眼も当てられないからだ。
しかし、厳馬の場合、周囲に被害を及ぼすことなく、妖気のみを焼き払うことができるため、援護に回った場合でも、味方を巻き込むこと
を恐れてその力を発揮できなくなるようなことはない。
神炎使いということもあり攻撃力は隷を凌駕しているため、流也を傷つけることも可能だろう。
逆に綾乃では、流也に傷を負わせるのは難しく、貴広達を巻き込んでしまう危険性があるので、厳馬の精霊制御の補助に専念している。
この配置に、当初綾乃は反発したのだが厳馬に剣呑な眼光を浴びせられて渋々ながらも援護に専念することになった。
しかし、実際に戦闘が始まってみると…………
「(ば……化け物ね……)」
あまりに桁違いの力のぶつかり合いに綾乃は言葉をなくしていた。
流也も貴広も殆ど天災規模の精霊を纏って機動戦を演じている。
しかも、それであって周囲には殆ど影響を及ぼしていないのだ。
標的から逸れた風刃や、圧縮された水の弾丸が岩や木々を穿ち、切り裂くことはあるが、それでも被害は半径数十メートル以内に収まって
いるのだ。
これだけ大規模な召喚を行いながらその力のベクトルを一点に集中させる制御力は驚異と言うしかない。
「(伯父様…………いや、お父様以上かも…………)」
目の前の二人が召喚する風と水の精霊の数は、伯父の厳馬のそれを軽く上回り、ひょっとすると父重悟すら超えているかもしれない。
精霊の圧縮、制御にしてもそうだ。
召喚する精霊の数が多ければ多いほど、その制御は難しくなる。
厳馬や重悟は周囲に被害を及ぼすことなく目標を焼き払い、人体に憑依した妖魔や悪霊を、その妖気のみを選別して焼き払うなど、一族屈
指の制御能力を有しているが、それでも天災規模の精霊を制御するとなるとどうしても力の加減や狙いが甘くなってしまう。
重悟からそのことを教えられていた綾乃にとって、目の前の光景からは嫌が応にも二人と自分の間の力の差を思い知らされる。
そして綾乃は自分達神凪が、貴広達を敵に回さずに済んだことに心底安堵していた。
流也にさらなる追撃を加えようとしたところで、貴広は五十鈴が送ってきた呼霊を感じ取った。
「………まったく無茶を言ってくれる………とはいえ、この場合はやむをえないか」
綾乃達に声をかけようとしたところで大量の風刃が貴広に襲い掛かる。
同時にこれまで殆ど無視していた厳馬や綾乃に対しても攻撃を始める。
………どうやら五十鈴が送ってきた呼霊を盗聴したようだな。
そして、流也からの攻撃を捌きながら綾乃と厳馬に声をかける。
「ここは俺と隷で引き受ける。二人は祠へ向かってくれ!」
「!?だが………」
「今は時間が何より惜しい!さっさと行け!!」
「………わかった!行くぞ綾乃!」
厳馬にそう言われた綾乃は戸惑う。
今までは互角だったがここで二人も抜けてしまった場合貴広達だけでは荷が重いのでは……
そうして逡巡する綾乃を厳馬が一喝する。
「戯け!!封印が解かれるのを阻止することが今は最優先だ。迷っている場合ではないぞ!!……………………ではここはお任せします。
御武運を。」
貴広に一言告げて綾乃と共に戦場を離脱する。
「逃がすか!!!」
すかさず風刃を飛ばすが、隷の漆黒と厳馬の蒼炎によって悉く迎撃され、そのまま厳馬達は祠へと駆けていった。
「おのれ…………」
口惜しげに顔を歪める流也を涼しげな表情で見つめながら貴広は告げた。
「…………では続きといこうか?風術士殿」