山中を疾駆する和麻たちの正面から、突如として黒き風の刃が襲い掛かる。


「はぁっ!!!」

和麻はとっさに両手を前に突き出し、風の精霊を圧縮した盾を作り出し、五十鈴と自分の前面に展開する。

その隣で精霊を集めていた五十鈴は風刃が飛んできた方向に向かって風を放つ。




「鉄風!!」




極限まで圧縮され、鋼鉄のように硬化し鋭くなった風の刃は、進路上の木々をなぎ倒し、岩をも切り裂きながら妖魔めがけて突き進む。


風の刃は妖魔が迎撃するべく放った黒き風をたやすく切り裂き、妖魔に命中する。







だが







「ククク………我の風を切り裂くとは、大したものだよ人間」


妖魔は大してダメージを受けた様子もなく、平然とそこに立っていた。

その様子に五十鈴は溜息をつく。

「やれやれ、流石に風の上級妖魔が相手じゃ通じないか………」


そして和麻のほうを見る。


「だな。俺が攻撃するからそっちは防御に専念してくれ。」


「了解。」


そして二人は風の精霊を凄まじい速度で召喚していく。

それを見た妖魔は一瞬眼を見張り、二人を脅威と見て取ったのか黒き風を全身に纏わせ始める。





















そして




風牙との戦いは佳境へと向かう。































蒼と黒の饗宴

第21話




























封印の祠を目指して疾走していた綾乃と厳馬の前に突如、一陣の突風が吹き、二人は驚いて足を止める。








いつの間にか目の前には風牙衆の頭領、風巻兵衛が立っていた。





「やれやれ、せっかちな連中だ。儀式完了まで流也と遊んでおればよいものを………」


厳馬、綾乃という神凪の現役最強の術者たちを前にしながらも、その顔には余裕の笑みが浮かんでいる。




「あんたは兵衛!!一体自分が何をしたかわかってるの!!?自分の息子を妖魔に変えるなんて…………」

綾乃が兵衛を弾劾する。




退魔が妖魔の力を借りたというだけでも許しがたいというのに、この男は自分の息子さえも妖魔に変えたのだ。

それは退魔以前に人として到底許せるものではない。




「ほう?流也を憐れんでおるのか?」



兵衛はさも可笑しそうに言う。




顔は笑っているものの、それは綾乃の正義感を喜んでいるわけではない。

数百年もの間、自分たちのことをまともに人間扱いしてこなかった神凪がこの期に及んで「人の道」を説くなど兵衛にしてみれば悪質なジョークにしか聞こえな い。

内心、腸が煮えくり返っていたが、それを表情には出さずに少しでも会話で時間を稼ごうとする。




「笑えん冗談だな。数百年に渡り、我ら風牙を犬畜生同然に扱ってきた神凪が、今さら人の道を説くか?」




「な、なんですって!!!」


兵衛の嘲弄に綾乃はいきり立つ。


「我ら風牙がどのような扱いを受けてきたと思っている?戦場だけでなく日常において神凪の炎術士が振るう暴行によって命を落とした者がどれだけいると思っ ているのだ?」



「ふざけないで!神凪がそんなことするはず無いじゃない!!」

「ならばそこの男に聞いてみれば良い」


自信たっぷりに言い放つ兵衛をひと睨みして伯父に目を向ける。





「………………」




しかし厳馬は苦みばしった表情を浮かべるばかりだ。

風牙の扱いについては厳馬もうすうす気づいてはいた。

神凪の炎術を退魔のための技と考えている厳馬にしてみれば、そういった行為に走る術者たちのことはあまり好ましくは思っていなかった。




しかし、厳馬自身幼い頃から炎術至上主義を親兄弟から刷り込まれ、風牙衆の虐待もほとんど日常的に眼にしてきたため、その光景に無意識のうちに慣れてしま い積極的に止めることは無かった。

そこには退魔でありながら碌に妖魔と戦うことの出来ない風術士に対する侮蔑の感情もあったかもしれない。





だが、事実神凪がこれまでに風牙に対して行ってきたことは、人道などという言葉からはかけ離れたものであった。


それに気づいていながら止めようとしなかった厳馬もある意味では同罪である。



「………………お、伯父様!?」

何も語ろうとしない厳馬に綾乃は顔色をなくす。






信じたくない。




これまで自分は神凪の術者であることに誇りを持ってきた。




人々を魑魅魍魎から守る退魔士という役目にも誇りを持ってきた。




だが




だがもし兵衛の言うとおりなら




自分達神凪は一体なんだというのか












煩悶する綾乃を見ながら兵衛はある程度の時間が稼げたことに満足していた。

綾乃たちに積年の恨みつらみをぶちまけながらも、兵衛はどうにか冷静さと保っていた。

感情を押し殺すくらいのことは神凪に仕えていれば、風牙の術者なら誰でも身につけている。






そのとき、それまで黙っていた厳馬が口を開く。

「…………如何なる理由があろうと妖魔と結託した貴様らを見逃すわけにはいかん。」

そう言って炎の精霊を体に纏わせ始める。


「綾乃。考えるのは煉を助けてからにする事だ。今は戦いに集中しろ」


「…………はい!」

そう言って綾乃は何かを振り払うかのように炎雷覇を構えなおす。

「(そうだ、今は煉を助けるのが先、迷ってる場合じゃないわ!)」








「ふん。まあよいわ。厳馬の息子は間も無く封印を解く。それで神凪は終わりだ。」

兵衛は相変わらず落ち着いている。

綾乃たちは一瞬それを不審に思ったがすぐに気を取り直す。

風牙衆の実力は知っている。

下級妖魔相手でさえてこずるような連中が自分達を妨げることなどできるはずが無い。

兵衛もそれが分かっているからこそああやって時間を稼いだのだ。


そう考えて一歩踏み出そうとしたところで二人は膨大な炎の精霊を感知する。




「!?」

「これは!」




身の危険を感じて飛び退る。



刹那、先程まで自分達が立っていた地点を炎弾が直撃する。







「う…………そ…………」



綾乃だけではなく厳馬も二の句が継げない。

自分達を狙った炎の色は金色…………神凪の浄化の炎「黄金」であった。






――――――――――ひふみよいむなやことにのおと、ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ――――――――――







見ると、いつの間にか兵衛を守るようにして8人の男が立ちふさがっている。

その男達は綾乃や厳馬がよく知るものたちであった。










「あ…………あなたたちは…………」



兵衛を守るように立っている男達は、先日、綾乃が和麻を妖魔の手先と誤認して攻撃した際、隷によって殺害された分家の術者たちであった。

体の一部が欠けているもの。

脳漿がはみ出ている者もいる。

だがその顔は見間違えようも無い。



「貴様!一体何をした!!」


厳馬が激昂する。


単に死体に妖魔を宿らせたというのでは先程の浄化の炎の説明がつかない。

炎の色は即ち、その者の魂の色でもある。

もし術者の死体に妖魔を宿らせたのであれば炎は妖気の色に染まっているはずなのだ。






「くくく…………これだよ…………」


そう言って兵衛は玉の形をした何かを掲げて見せる。



「?」


綾乃はわからなかったようだが、それを見た厳馬は顔色を変える。



「…………そ、それは…………」



「死返玉…………かつて天照大御神が物部氏の祖神たる饒速日命に授けたとされる十種の神宝がひとつよ」

愉悦に満ちた表情で兵衛は言った。

それを聞いて、それまで疑問の表情を浮かべていた綾乃もハッとなる。



十種の神宝(とぐさのかんだから)


それはかつて天照大御神(アマテラスオオミカミ)が物部氏の祖神たる饒速日命(にぎはやひのみこと)に授けたとされる天璽(あまつしるし)の瑞宝(みずの たから)。

死返玉(まかるかえしのたま)はそのひとつ、死せるものを蘇らせる神宝。

死から返る魂の象徴である。

今となっては喪われたものも多いが、現存するものは石上神宮によって管理されている。


それを何故兵衛が………







「魂振りだと…………馬鹿な…………そんなものを何故貴様が…………」


呻くように厳馬が呟く。



目の前にいる分家の術者たちに宿っているのは妖魔ではない。

死返玉によって現世へと舞い戻った術者本人の魂が宿っているのだ。




それに対して兵衛は嘲りの表情を浮かべる。


「簡単なことだ。石上神宮から借り受けたのだよ。神凪の名前で、正式な手続きを踏んだ上でな?」



「!!!!!!」


兵衛は特別なことは何もしていない。

元々、神凪は情報収集から他の退魔との折衝にいたるまで風牙衆に任せきっていた。

兵衛が石上神宮に対して神凪の名前で死返玉の貸与を求めた時、それを疑う者などいなかったのだ。



厳馬は今更ながら、神凪の情報管理の杜撰さを思い知っていた。


厳馬が口を閉ざすと今度は綾乃が兵衛を問い詰める。



「何で彼らが黄金の炎を出せるのよ!?」


分家の術者は黄金の炎を失って久しい。

まれに、素養のある術者は黄金を発現させることがあるが、分家の中でも並程度の術者たちが一度に8人も発現させるというのはどう考えてもおかしい。






「不可能ではない。そやつらは己が魂を糧として召喚を行っているのだからな!」


「な…………」



己の魂を削っての大規模召喚。

それならば分家の術者であっても「黄金」を発現させることは不可能ではない。

だがそんなことを続ければ魂魄が磨耗してしまい下手をすれば消滅してしまう。

ある意味死よりも惨い。




見れば蘇った術者たちはいずれも苦悶の表情を浮かべ、その体の傷口は流血を続けている。


「十種の神宝は全て揃えてはじめて本来の効果を発揮する。死返玉で還るのは魂だけに過ぎん。肉体は死したときのまま、想像を絶する苦痛だろうよ」


兵衛は嗜虐に満ちた笑みを浮かべる。



「貴様らの始末が終われば、元通り黄泉へと戻ってもらう。……それまで魂が残っておればの話だがな?」





「貴様、そこまで堕ちたか…………」

厳馬は心底蔑むように言うが兵衛は相変わらず飄々とした態度を崩さない。

自分や息子の命さえなげうって始めたこの戦いである。

怨敵である神凪の術者などどうなろうが知ったことではない。




「ふん、分家だと思って侮らんことだな。こやつらはまがりなりにも「黄金」の使い手。風牙数百年にわたる怨嗟、とくと知るがよいわ!!」



――――――――――ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ――――――――――



死返玉が淡い光を発しはじめると、それまで苦悶の表情を浮かべていた術者たちは途端に無表情になり、各々手に膨大な炎の精霊を集めはじめる。







「くっ……」



二人が身構えるのとほとんど同時に、8人の術者の手から黄金の炎が放たれた。




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